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2020年11月29日 (日)

矢口高雄追悼

 11月20日に漫画家の矢口高雄氏が亡くなった。大好きな漫画家の一人だったので残念でならない。冥福を祈ります。

 おそらく彼の作品に最初に振れたのは「釣りキチ三平」だろう。中学生の頃から読んでいたような気がしていたが、調べてみると驚いたことに『週刊少年マガジン』に連載されたのは1973年から1983年までの10年間だった。1973年は僕が大学に入学した年だ。そんな後だったか!いやはや記憶とはあいまいなものである。したがって「釣りキチ三平」をよく読んでいたのは大学生時代と言うことになるが、長い間それ以外の作品は読んだことがなかったと思う。

 「ゴブリンのこれがおすすめ 48 漫画」でも書いたが、彼を「再発見」したのは上田に来てからである。講談社文庫に入っている「蛍雪時代」を読んだことがきっかけだった。これは彼を代表する傑作のひとつで、夢中になって読んだものだ。後に文庫版では小さくて見ずらいのでハードカバーの大きい版(講談社コミックス)を買ったほどである。

 その後はコレクターの性で見つけ次第買いあさった。どの作品も水準が高く、今まで駄作だと思ったものは一つもない。それでも何とか無理をして代表作を10本(シリーズ)挙げるとすれば次のようになるだろうか。

「釣りキチ三平」&「平成版釣りキチ三平」
「蛍雪時代」
「ふるさと」
「マタギ」
「ボクの学校は山と川」
「又鬼の命」
「ニッポン博物誌」
「おらが村」
「幻の怪蛇バチヘビ」
「9で割れ!!」

 この中で2つだけ触れたい。矢口高雄氏は漫画家になる前は銀行員だった。その銀行員時代を描いたのが「9で割れ!!」(講談社漫画文庫)である。不思議なタイトルだが、これは毎日その日の取引結果を集計するわけだが、たまに収支が合わないことがあると飛び交う言葉だという。逆に一発で計算が合った時は「一算」というそうな。この場合は早く帰れるので、みんな喜んで一杯やって帰るという。ではなんで計算が合わないときに9で割ると良いのか。まだコンピューターが普及する前の時代、すべては手計算である。人のやる事だから当然間違いもある。例えば1万5千円の支払いを求めてきた客に間違って15万円支払ってしまった場合。差額の13万5千円を9で割ると1万5千円になる。これで桁を間違えていたこと、つまり10倍の額を支払っていたことがたちどころに判明するというわけだ。

 まあこんな単純なミスなら9で割らなくてもすぐに分かりそうなことだが、ある時299万9千700円の不足が出たという例が挙げられている。これを9で割ると333,300円になる。このように循環数が出た場合、その数だけ桁違いをしていることになるそうである。つまりこの場合300円と300万円の4桁の間違いをしていたと言うことになる。当時小切手の金額を書く欄は縦書きで、漢数字を使っていたので(金参百圓というように)、癖の強い字を書く人の場合相当読みにくかったらしい。それでこんな考えられないような間違いが起こることがあるらしい。それにしても額面300円の小切手を出して300万円を受け取り、素知らぬ顔をして出てゆくというのも相当面の皮が厚い。

 実は弟が元銀行員なのでこの「9で割る」というのを知っているかと聞いたら、聞いたことがないと言っていた(小椋佳なら知っているだろうか?)。さすがに今の時代はこんなことはしないらしい。矢口高雄が銀行に勤めていたのは50年代終わりから60年代にかけてだから、銀行の様子も半沢直樹の世界とはだいぶ違ってのんびりしたものだ。もちろん暇さえあれば釣りに行っている場面もたくさん描かれている。地方都市ののどかな生活と風情も良く描かれていて、あまり知られてはいないが見かけたらぜひ読んでみてほしい。

 もう一つ取り上げたいのは「平成版釣りキチ三平」(KCデラックス)。おそらくこれが最後の作品集だと思う。単行本になって出版されるのが待ち遠しかった。この作品を取り上げたのは司馬遼太郎の『菜の花の沖』との関連が気になるからである。「平成版釣りキチ三平」の最後の辺りはこの『菜の花の沖』の翻案になっている。『菜の花の沖』は傑作で、高田屋嘉兵衛という江戸時代に実在したとんでもない偉人を主人公にした歴史小説である。とにかく並外れてスケールの大きい人物で、廻船商人として成功し、後にゴローニンに拿捕されてロシアに抑留される。しかしたちまちロシア語を覚え、ゴローニンと親しくなり、日露交渉の間に立ってゴローニン事件として有名になった事件を解決に導いたのである。

 『竜馬がゆく』に匹敵する面白さで、夢中になって読んだものだ。おそらく矢口高雄も同じようにこの小説(あるいは高田屋嘉兵衛という人物)に魅せられてしまったのだ。この小説を「釣りキチ三平」に取り込もうとしたのである。なんとあの谷地坊主が高田屋嘉兵衛の子孫という設定になっている。これにはびっくりした。もちろん原作があれだけ面白いのだから、漫画の方も面白くないはずがない。読んでいて矢口高雄のただならぬ入れ込みようが伝わってきた。取りつかれたように描き続けた。「平成版釣りキチ三平」のカムチャッカ編は第11巻で終わり、その後12巻まで出るが、それが最後となっている。

 「平成版釣りキチ三平」が気になるのは、この高田屋嘉兵衛に取りつかれて矢口高雄は燃え尽きてしまったのではないかと感じたからだ。「平成版釣りキチ三平」の新刊が出るのをずっと待ち望んでいたが、結局出ないまま亡くなってしまった。オリジナルのストーリーではなく、実在の人物、あるいはその人物を主人公にした小説を下敷きにしたため、彼の想像力がすり減ってしまったのではないか。そんな感じがして何となくすっきりしなかった。しかし今振り返って考えてみると、もう体力的に限界だったのかも知れないというように思えてきた。自分でもそれが分かっていて、だから最後の力を振り絞って高田屋嘉兵衛という類まれな人物を描く大作に最後に取り組んだのではないか。今はそんな気がしてならない。

合掌。


<追記>
 秋田魁新報社から矢口高雄編『マンガ万歳―画業50年への軌跡』(1300円)が出ました。聞き書きシリーズとして『秋田魁新報』に連載された記事を加筆・修正したもので、画業50周年の記念版として書籍化されました。漫画家として成功するまでを語っています。

 

 

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