ゴブリンのこれがおすすめ49 写真集
【ゴブリンのお気に入り写真集】
アフロ『世界の天空の城』(青幻舎、2016年)
岩下哲典、塚越俊志『レンズが撮らえた幕末の日本』(山川出版社、2011年)
内山りゅう『水の名前』(平凡社、2007年)
及川さえ子編『ここだけは行ってみたい 秘境を巡る景色』(東京印書館、2007年)
木村聡『赤線跡を歩く』(ちくま文庫、2002年)
木村ゆり『Saudade』(幻冬舎、2019年)
栗田貞多男『信州百水』(信濃毎日新聞社、2001年)
小荒井実『しぶき氷の世界』(歴史春秋出版、1999年)
佐藤健寿『奇界遺産』(エクスナレッジ、2010年)
佐藤秀明『川物語』(本の雑誌社、2003年)
佐藤秀明『路地の記憶』(小学館、2008年)
世界の絶景調査委員会『地球とは思えない世界の絶景』(宝島社、2015年)
竹下育男『月の夜に』(小学館文庫、1999年)
武田雄二『英国木造建築の美』(グラフィック社、1994年)
千房雅美『世界の路地裏100』(ピエ・ブックス、2005年)
辻丸純一『ビアトリクス・ポターが残した風景』(メディアファクトリー、2010年)
土門拳『腕白小僧がいた』(小学館文庫、2002年)
野村哲也『パタゴニアを行く』(中公新書、2011年)
野村哲也『パタゴニア』(風媒社、2010年)
野村哲也『悠久のとき』(中日新聞社、2002年)
野呂希一『文字の風景』(青青社、1999年)
野呂希一、荒井和生『心の風景』(青青社、2001年)
野呂希一、荒井和生『続 言葉の風景』(青青社、2002年)
藤田治彦『ナショナル・トラストの国 イギリスの自然と文化』(淡交社、平成6年)
平野 暉雄『日本の名景 橋』(光村推古書院、2000年)
平野 暉雄『橋を見に行こう』(自由国民社、2007年)
星野道夫『アークティック・オデッセイ』(新潮社、1994年)
星野道夫『新装版 Alaska 風のような物語』(小学館、2010年)
星野道夫『長い旅の途上』(文芸春秋、2003年)
星野道夫『森と氷河と鯨』(世界文化社、2006年)
星野道夫『悠久の時を旅する』(クレヴィス、2012年)
藤田洋三『世間遺産放浪記』(石風社、2007年)
藤田洋三『世間遺産放浪記 俗世間編、』(石風社、2011年)
前沢淑子『前沢淑子写真集 イタリア・くらしのうた』(本の泉社、2018年)
前田真三・前田晃『二人の丘』(講談社、2007年)
増田正『英国のカントリーサイド』(集英社、1997年)
水谷章人『信濃路』(日本写真企画、2016年)
水野克比古『京都雪景色』(光村推古書院、平成25年)
八木沢高明『フクシマ2011、沈黙の春』(新日本出版社、2011年)
山田哲司『天空の軌跡(光村推古書院、平成24年)
吉村和敏『Du CANADA』(日経ナショナル・ジオグラフィック社、2019年)
吉村和敏『MAGIC HOUR』(小学館、2010年)
吉村和敏『MORNING LIGHT』(小学館、2017年)
WANDERLUST編『世界のさんぽ道』(光文社、2019年)
『いつかは行きたい美しい場所100』(日経ナショナル・ジオグラフィック社、2013年)
『かさねいろ 風景にみる日本人の心』(求龍堂、2009年)
『世界でいちばん素敵な夜空の教室』(三才ブックス、2016年)
『地球一周 空の旅』(パイ インターナショナル、2011年)
『地球 不思議の旅』(パイ インターナショナル、2012年)
『地平線』(パイ インターナショナル、2011年)
『日本の美しい秘境』パイ インターナショナル、2018年)
『日本の自然風景 50人の写真家たち』(日本カメラ社、平成23年)
『別冊太陽 土門拳 鬼が撮った日本』(平凡社、2009年)
『別冊太陽 木村伊兵衛 人間を写しとった写真家』(平凡社、2011年)
『別冊歴史読本 異国人の見た幕末明治JAPAN』(新人物往来社、平成15年)
クレマン・シェルー『アンリ・カルティエ=ブレッソン20世紀最大の写真家』(創元社、2009年)
スーザン・ヒル『シェイクスピア・カントリー』(南雲堂、2001年)
ソール・ライター『ソール・ライターのすべて』(青幻社、2018年)
ベルンハルト・M. シュミッド『道のむこう』(ピエ・ブックス、2002年)
ベルンハルト・M. シュミッド『道のかなた』(ピエ・ブックス、2006年)
ベルンハルト・M. シュミッド『世界の橋』(ピエ・ブックス、2006年)
ユージン・スミス『ユージン・スミス写真集』(クレヴィス、2017年)
ロバート・キャパ『ロバート・キャパ スペイン内戦』(岩波書店、2000年)
ロバート・キャパ『ロバート・キャパ 決定版』(ファイドン、2004年)
ロバート・キャパ『ロバート・キャパ 時代の目撃者』(岩波書店、1997年)
ロバート・キャパ『ロバート・キャパ写真集 訳・解説沢木耕太郎』(文芸春秋、1992年)
ロバート・キャパ『ロバート・キャパ写真集 [戦争・平和・子どもたち] 』(JICC出版局、1991年)
サンニ・セッポ、他『フィンランド・森の精霊と旅をする』(プロダクション・エイシア、2010年)
Alfred Stieglitz, Camera Work (TASCHEN, 2018)
Shaen Adey, Jane Burton Taylo, OUTBACK Australia (New Holland, 1998)
Sigrugeir Sigrujönsson, LOST IN ICELAND (FORLAGID, 2002)
■ベルンハルト・M. シュミッド『道のむこう』(ピエ・ブックス、2002年)
1冊目に取り上げるにふさわしい写真集を選びました。風景の見方に関して目を開いてくれた写真集です。タイトルは『道のむこう』。ベルンハルト・M・シュミッドという写真家が撮った道の写真集です。この人は道ばかりを撮った写真集を何冊も出しています。この『道の向こう』という写真集は非常に啓発的で、これに刺激を受けて「道の向こうに何があるか」というエッセイを書いてしまったほどです。もう1冊同じ出版社から出ている『道のかなた』も持っています。この人は橋フェチでもあるようで、下で紹介するように橋の写真集も出しています。
彼の写真集に刺激を受けて自分でも時々道の写真を撮ってみるのですが、納得のゆく写真はまだ1枚も撮れていません。理由は簡単。日本では北海道にでも行かなければ遠くまで続く道の写真など撮れないからです。山に囲まれた信州ではまず見晴らしのいい道など望めませんし、電線や看板などが写らない道の写真を撮るなどほとんど不可能だからです。
■『地球一周 空の旅』(パイ インターナショナル、2011年)
世の中にはいろんな写真集がありますが、この写真集がとりわけユニークなのは何とすべて空撮で撮った写真だということ。この写真集を発見した時は、ガツンと殴られたような衝撃を受けました。そういう発想は全く思いつきもしなかった。
世の写真家は戦場であれ、人跡まれな秘境であれ、まずは自分の足で踏み入れて、その場に立って写真を撮る。そうするものだと思い込んでいた。なるほど空から撮るのか。写真の重要な要素の一つはアングルだと思いますが、空から見降ろして撮れば人間の目の高さから撮るのとは全く違う映像が撮れるはずです。目からうろこの写真集です。ドローンという言葉が耳になじむようになったのは2016年ごろからだと思いますが、それ以降空撮映像は良く観るようになりましたが、写真集となると今でもさすがに珍しい。
表紙は有名なモン・サン=ミシェルの写真です。見慣れた景観ですが、なかなか上から見た写真にはお目にかからない。いつもと違う角度から見るといろんなことが分かります。なるほど、こんな風になっていたのかと感心することしきり。
そのほか同じような建物が視界いっぱい立ち並ぶ都市空間や色違いの花が幾何学状に植えられたオランダの花畑など、空からでないとその全容が分からないようなものがこれでもかと載っています。中国の羅平にある光景はそのページを開けた時しばし目を疑いました。こんな風景が本当にあるのか?一面の菜の花畑が広がる黄色い大地のあちこちにコーンのような円錐形の山が点在している。何とここはカルスト地形なのだそうです。そうか、それであんな形の山が、と頭では納得しても、まるでおとぎの国のような感覚は消えません。もう20年以上前になるだろうか、中国のある地域に初めてNHKのテレビキャメラが入って、山水画に出てくるようなあのとがったごつごつした山々が映像で映し出された時には驚嘆したものです。水墨画の世界は実在したのか!しかしまあ中国は奥深い。まだまだアッと驚くような地域があるに違いない。この写真集を見てそう思いました。
■スーザン・ヒル著『シェイクスピア・カントリー』(南雲堂、2001年)
これは純粋な写真集というよりは写真と文章がコラボレーションしている本です。シェイクスピア・カントリーを紹介しているのはイギリスの有名な女性作家スーザン・ヒル。彼女の本は数冊持っていますが、今のところ読んだのはこの1冊だけです。
この本の魅力は数々のすばらしい写真が見られるだけではなく、シェイクスピア・カントリーの近くで育ったスーザン・ヒルのその地域に対する思いが込められた文章が読める事です。大判の本で文章の量も相当ありますが、面倒なら写真を眺めるだけでも十分楽しめます。
ストラットフォード・アポン・エイヴォン、チッピング・キャムデン、ケニルワース、ウォリックなどシェイクスピアゆかりの様々な地域、その地域の自然やお城やお屋敷、そして街並みなどが取り上げられています。日本でも有名になった「世界で一番美しい村」コツウォルズもシェイクスピア・カントリーの一部ですから当然言及されています。
この地方の紀行文はたくさん出ていますが、これほど豊富な写真が付けられているものはありません。しかも大判の本ですから写真の迫力が違う。イギリスやシェイクスピアに関心のある方は、いやない方でも、ぜひご覧になってください。
■武田雄二『英国木造建築の美』(グラフィック社、1994年)
■辻丸純一『ビアトリクス・ポターが残した風景』(メディアファクトリー、2010年)
■藤田治彦『ナショナル・トラストの国 イギリスの自然と文化』(淡交社、平成6年)
■増田正『英国のカントリーサイド』(集英社、1997年)
僕はイギリスを紹介する月刊誌『mr partner』(株式会社ミスターパートナー発行)を定期購読しています。なかなか時間がなくてじっくり眺める機会がないのですが、いつか仕事を辞めたらたまりたまった本や雑誌をのんびり読みふけってみたいと思っています。その点文章が少ないのでさっと見られるのが写真集である。スーザン・ヒルの『シェイクスピア・カントリー』を紹介したついでに、イギリス関連の写真集をまとめて紹介しておきましょう。
国土の7割が森林におおわれている日本と違って、同じ島国でもイギリスは森林が国土の1割程度しかありません。高い山もなくイギリス最高峰のベン・ネビスの標高は1,334mにすぎないのです。テムズ川は全長346キロもあり、日本なら信濃川についで2番目に長い川にあたります。しかし水源の標高は驚くなかれわずか110メートルしかない!オックスフォード高地をゆったりと流れるこの川を見れば、いかにイギリスがなだらかな地形の国かわかる。
したがってイギリスの田園風景とはほとんど森林のない小高い草原がうねうねと続いている風景なのです。そこにはパブリック・フットパスと呼ばれる遊歩道が何本も張り巡らされ、大地主が所有する他人の土地ながら歴史的に獲得した「通行権」によって誰でも散歩ができるのです。高い山も木もなく、なだらかな草原が続くイギリスの田園地帯は見晴らしがよく、実に美しい。イギリスはまた水路が発達した国です。産業革命がおこり世界最初の工業国家となったイギリスは、製品を運ぶために水路を張り巡らした。なだらかな丘ばかりだから舟で物を運ぶのは陸路より楽なのです。そしてこれまたイギリスで発達したナショナル・トラストにより、歴史的な建物や景観を買い取り開発から守ることも連綿と続けられてきました。
イギリスの田舎はまた建物が美しい。『英国木造建築の美』や『英国のカントリーサイド』にたくさん写し出されているハーフ・ティンバーという建築様式が独特の美しさを醸し出している。建物の壁を白一色に塗りつぶしてしまうのではなく、わざと木材(ティンバー)を壁から浮き出させ、それが独特の模様を形作るのである。壁に半分しか埋め込まないのでハーフ・ティンバーと言うわけです。日本の古民家でも時々見かけます。茅葺の屋根が残っている建物も結構あります。80年代に首相を務めたイギリス最初の女性首相サッチャー首相の、「サッチャー」という名は屋根ふき職人のことです。茅のことをthatchというのです。茅葺屋根は冬暖かく夏涼しい屋根です。
ナショナル・トラストが守ってきた景観遺産がいかに美しいものであるかは『ビアトリクス・ポターが残した風景』を見ればわかります。ビアトリクス・ポターゆかりの湖水地方が取り上げられていますが、ビアトリクス・ポター自身がナショナル・トラストの創立者の一人なのです。
■内山りゅう『水の名前』(平凡社、2007年)
『水の名前』。写真集にしては変わったタイトルですが、内容もなかなかユニークです。池、川、湖、海、田んぼ、湧水、水滴、金魚鉢など水に関わる様々な題材を取り上げている写真集です。水中写真も多用されています。
しかし真にユニークなのはそれぞれのページに付けられた小見出しです。「雨水」、「川遊び」、「秋の川」といった一般的なものだけではなく、「小濁り」、「花筏」、「水桜見」、「水中林」、「水影」、「水烟る」、「花の雨」、「水毬」などといった素晴らしい響きの言葉を次々に生み出す感覚がすごい。それぞれのページに付けられたエッセイのような文も良い。写真の美しさだけではなく、言葉の響きの美しさにも魅了される写真集です。
■星野道夫『新装版 Alaska 風のような物語』(小学館、2010年)
一時期星野道夫の本を夢中になって読み漁った時期がありました。何冊も読んでいると、結構同じ話を何度も語り直していることに気付きますが、それでも飽きる事はありませんでした。
それまでアラスカの紀行文というと野田知佑の『ユーコン漂流』、『ゆらゆらとユーコン』、『北極海へ』などしか読んだことはありませんでした。そういえば、野田知佑と椎名誠も一時期読みふけったものです。ただ野田知佑の場合はカヌーによる川下りの話ですので、ユーコン川やマッケンジー川の話に限られていました。また川が凍結していない時期の話に限られていたわけです。
それに対して星野道夫はアラスカに住みつき、誰もいない厳冬の原野に一人で数カ月も過ごして写真を撮るなどということもしていたわけです。彼の文章は時に詩的な響きを帯びます。感性の鋭さが彼の文章の魅力です。しかしなんといっても彼の本の魅力はその写真の素晴らしさです。およそ日本の日常生活とは程遠い世界が放つ光、その壮大さと躍動感、野生動物の素顔、等々。原野に分け入らなければ決して撮れない写真。その魅力は圧倒的でした。時に詩的な響きを帯びる文章と圧倒的な迫力の写真、星野道夫の本の魅力はこの二つが結び付いた魅力です。
文章に限って言えば、『長い旅の途上』が一番好きです。最初に読んだ星野道夫の本だからということもあるでしょう。彼の本の中で一番多く線を引いた本です。他の本を読んでいると繰り返しが多いので、前に読んだことがあるエピソードは当然線を引きません。『長い旅の途上』は遺稿集として編集されたもので、単行本未収録の文章を可能な限り収録したものであるから、結果的に網羅的になったのかもしれない。星野道夫という人物の関心のあり方や考え方が一番良く分かる本だと思います。そうそう、タイトルもまたいいのです。アラスカという土地とそこに住む人々と動物の生活を文章に刻み、写真に記録することをライフワークと考えていたであろう彼の本にふさわしいタイトルだと思うからです。
ただ残念なことは、僕が持っている星野道夫の本は文庫本が多いため、どうしても写真が小さくなってしまうことです。「ブックオフ」で大量に買い込んだのがたまたま文庫本だったのです。単行本は『長い旅の途上』など2、3冊しかありません。写真集にふさわしい大型本は1冊もありませんでした。写真集『星野道夫の宇宙』(朝日新聞社)を手に入れたいのですが、アマゾンでも見つかりません。
それが先日、文庫で持っていた『アラスカ 風のような物語』の新装版が出ていることに気付きました。さっそくアマゾンで入手しました。ぱらぱらとめくってみると、掲載されている写真が文庫版とだいぶ違うことに気付きます。一部同じ写真もありますが、ほとんどは文庫版と違う写真です。どのような事情で写真を入れ替えたのかは分かりません。単行本から文庫本になる時小さいサイズの写真を多めに入れたのを、新装版にする時に元の単行本の写真に戻したということなのか。ただ大型本になった新装版には、文庫本には収めにくいスケールの 大きい写真が増えていることは確かです。いずれにしても、星野道夫が撮った写真は膨大な数だったということはできるでしょう。これだけ入れ替えが可能なのですから。
■星野道夫『アークティック・オデッセイ』(新潮社、1994年)
『新装版 Alaska 風のような物語』を手に入れた直後に、『アークティック・オデッセイ』も入手しました。こちらは本格的な写真集で、文章はあまり付いていません。ホッキョクグマ、カリブー、クジラ、オオカミ、オーロラや氷河など、素晴らしい写真がぎっしり詰め込まれています。一家に一冊置いておきたい大型写真集です。
■ロバート・キャパ『ロバート・キャパ スペイン内戦』(岩波書店、2000年)
あのあまりにも有名な写真、頭部を撃ち抜かれ倒れる瞬間の人民戦線兵士を撮った「崩れ落ちる兵士」が収録されていますが、それは収録されたたくさんの写真の中の1枚にすぎない。それほどキャパが取材したスペイン内戦の初集大成版には素晴らしい写真があふれています。
戦場の緊迫した様子が収められた写真もいいのですが、何と言っても僕は人物を撮った写真に心を引かれる。写真集の扉におさめられた10歳前後と思われる銃を背負った少年、おどけた表情で笑いかけている若い兵士、何かを食い入る様に見つめている兵士たち、固い決意でじっと前を見つめる兵士、茫然とした顔で瓦礫の中にたたずむ女性、子供を抱きかかえ不安そうに前を見つめる若い母親、銃を背負い頭にスカーフを巻きつけたひげ面の兵士、満面に笑みをたたえたベレー帽の兵士、荷物を両手いっぱいに抱え疲れた表情で道を行く初老の女性、顔に深いしわを刻んだゴマ塩ひげの老兵、道端に座り込み暗い表情でじっと前を見つめる初老の女性、チェロ(?)と弓を両手に持ってまるで泣き出しそうな、深い悲しみをたたえた顔でこちらを見つける男性、等々。
どれも忘れ難い顔です。これらに匹敵する写真を僕は生涯に1枚でも撮れるのだろうか。スナップ写真を除けば、ほとんど人物写真など撮ったことがない僕としてはそう思わざるを得ない。これらの写真はそれぞれの人物の肖像写真であると同時に、また時代の肖像でもあった。その時代のその場所に生きた人々。どれだけの人が内戦を生き延びたのだろうか。たとえ内戦時代を生き延びても、その後長く続いたフランコの独裁時代を生き延びられたのか。そんなことを想像せずにこれらの写真を見る事は出来ない。個々の人物を映しながら、その時代と時代の雰囲気(緊張感、強い決意と意思、不安、哀しみ、希望、怒り、喪失感などが入り混じった時代の空気)をも写し取る。天才的カメラマンの目はかくも鋭い。
■野村哲也『パタゴニアを行く―世界でもっとも美しい大地』(中公新書、2011年)
パタゴニアというとまず思い出すのは岩波新書で出ていた『パタゴニア探検記』という本。日本・チリ合同パタゴニア探検隊が処女峰アレナーレスに登頂した時の記録です。高校生か大学生の頃(70年代の前半)読んだものなので、もう50年近く前のことになります。
実に面白い本でした。著者の高木正孝は元南極越冬隊の隊長だった人だという記憶があります。それまで人が入ったことがない土地に分け入ると、どんなに寒くても決して風邪を引かないということをこの本を読んで初めて知りました。ウイルスがいないからです。
日本人隊員とチリ人隊員の習慣などの違いによる行き違いや反感なども面白かった。ある時とうとう我慢が出来なくなって、すぐ近くの見える所で大便をするのはやめてくれと日本人隊員が言うと、チリ人隊員がそれじゃあお前達も人前で鼻くそをほじるのはやめてほしいと言ったというエピソード。失礼にあたること、不愉快に感じる事が国によって違うことが良く分かった。
閑話休題、『パタゴニアを行く』は写真をふんだんに載せた紀行文としては珍しい新書版です。この本を買ったきっかけは、タイトルにパタゴニアが入っていたからです。この本を読んで感じたことは、著者の野村哲也という人は第二の星野道夫になる素質があるということです。野村哲也も時々パタゴニアを訪れて写真を撮るというのではなく、変化に富んだ自然に魅せられてそこに住みこんでしまった。アラスカ、アンデス、南極などの辺境の地に惹かれていること、自然と人々の中に飛び込んで行こうとする情熱などに共通点を感じました。
僕は本を読んで線を引いた部分をパソコンに書き写して、必要な時に引用するのに利用しています。この本から書き写した文章を一部以下に載せておきましょう。この著者が星野道夫と同様、時に文学的な表現を使うということ、人々の言葉を聞きとる耳を持っていることが分かると思います。
「異国から来た友よ、耳を澄まし、よく聞いておくれ。私たちの足元に広がる大地は、祖先たちの“生命の灰”で作られている。大地は、常に仲間たちの魂で満ちている。大地が人間に属しているのではなく、人間が大地に属しているのだよ。土地の所有権を賭けて人々は争いを起こす。でも最後に人を所有するのは誰だい、大地ではないのかい?誰もがいつかはその下に埋められるのだから」
マプーチェ族のセルマ婆ちゃんの言葉
日が完全に落ちると、照り返しが起こり、多様な雲が変幻自在に宙を駆けていく。パタゴニアに長く滞在すると、「雲」は「風」の一部だと実感せずにはいられない。風に吹かれて雲ができ、風がまた雲を消していく。
インディアンの言い伝えなどがよく人生の指南書のような形で売られています。そういう利用の仕方には疑問を感じますが、土に生きる、あるいは自然に生きる人たちの素朴な言葉には耳を傾けたくなる素晴らしい言葉が多いのは確かです。
しかしそういう言葉を引き出せるところまで人間関係を作ることはなかなか容易なことではありません。星野道夫にしろ、野村哲也にしろ、そういうことが自然にできているところがすごいと思います。写真にしても、自然はそこまで行けばだれにでも撮れますが、人間を撮るには信頼関係がなければ撮らせてもらえません。撮ったとしても構えた姿しか撮れません。
自然の中だけではなく自然の中で暮らす人々の中にまで飛び込んで行けるところ、この二人が、そして彼らのみならず一流の写真家と呼ばれる人たちがすごいのはその点だと思います。
■野村哲也『悠久のとき』(中日新聞社、2002年)
野村哲也の写真集『悠久のとき』も手に入れました。その中に「星の道を継ぐ者」という章があります。そこで野村氏は星野道夫を「師匠」と呼んでいます。師匠と一緒に幾夜も過ごしたとも書いています。上に「野村哲也という人は第二の星野道夫になる素質がある」と書きましたが、この二人は実際に師匠と弟子の 関係だったのですね。
『悠久のとき』は野村哲也の本格的写真集です。写真集として『アークティック・オデッセイ』と比べても全く見劣りしない極めて優れたものです。上で紹介した『パタゴニアを行く』とほとんど写真は重なっていません。しかも大型本ですので、写真の迫力は新書サイズの『パタゴニアを行く』より遥に勝ります。
とにかく写真がすごい。『アークティック・オデッセイ』がカナダを中心とした北極圏を撮ったのに対し、『パタゴニアを行く』は南極に近いパタゴニアを撮ったものです。同じ極地に近い地域でも、どこか違いがあります。パタゴニアはとにかく山が美しい。パタゴニアには富士山そっくりの山もありますが、荒々しい山容の山が多い。とがった奇岩が山頂にそそり立つ奇っ怪な山。これらの山々の写真を見るだけでも買う価値があります。
他にも氷河の美しさに魅せられたり、動物の可愛らしさにひかれたり、さまざまな楽しみができる写真集です。日本とは全く違う荒々しい自然が残るパタゴニア。一家に一冊の必需品です。野村哲也には大判写真集『パタゴニア』もあります。こちらも大迫力の写真がびっしりと並ぶ本格的写真集。これも凄いです。
■ベルンハルト M.シュミッド『世界の橋』(ピエ・ブックス、2006年)
■平野 暉雄『日本の名景 橋』(光村推古書院、2000年)
■平野 暉雄『橋を見に行こう』(自由国民社、2007年)
ゴブリンが写真日記を書き始めたのは浦野川とその川に架かる橋に魅せられたのがきっかけでした。その後しばらくは川と橋の写真を中心に撮っていました。その頃にアマゾンでまとめて買ったのがタイトルの3冊の写真集。日本中、世界中の様々な橋の写真が載っています。
いやあ素晴らしい。これまで自分が撮った橋の写真などとても及ばない素敵な橋ばかり。やはり遠くまで足を運ばなければいい橋とは出会えません。
何といっても撮ってみたいのは石橋です。信州にはいい石橋があまりありません。なぜか九州など西の方に多いようです。
小さな川にかかる風情のある小さな木橋もいい。夕暮れ時に橋と橋を渡る人影をシルエットで撮ってみたい。いろんな橋の写真を見ながら、心は旅先へと飛んでゆきます。
■藤田洋三『世間遺産放浪記』(石風社、2007年)
これもゴブリンが多大な影響を受けた写真集です。「世界遺産」ではなく「世間遺産」という考え方には大いに共感しました。観光地でもないごく普通の地域にある風景や建物、遺物、石碑などを意識的に撮って来た自分の姿勢に重なるものを感じたからです。
この写真集にはどこかあか抜けない奇妙奇天烈なものから「う~ん」と感心するものまで、地元の人でもうっかり見落としそうなものがこれでもかと並んでいます。以下にこの本からの引用を二つ紹介しましょう。
民の手による遺産をめぐるこの放浪記は、無名の人々の営みを寿ぐ(ことほぐ)、パッションとミッションとセッションのレクイエム。誰も気にとめない。誰も語らない。けれども知っている。無名で風土的でプリミティブな「働く建築」たちは、一切の無駄を省いた、機能美のモダニズム。
「世界遺産」や「近代化遺産」が脚光を浴びる中、社会からはなかなか見向きもされない、これら「世間遺産」たちとの出会いは、筆者自身に強い印象を与えるものばかりでした。長く人の生業(なりわい)やくらしとともにあった、「用の結果の美」としての建築や道具。または庶民の饒舌、世間アートとでも呼びたくなるような不思議な造形の数々…。
「無名の人々の営み」、「無名で風土的でプリミティブな『働く建築』」、「機能美」、「用の結果の美」、「庶民の饒舌、世間アートとでも呼びたくなるような不思議な造形」、等々。キーワードを拾ってゆくと、著者の視点や姿勢が読み取れてきます。
「近代化で捨ててきたモノを懐古するのではなく、置き忘れられたモノにひそむ物語を知ることで未来を探るのが、世間遺産の方程式」という言い方もしています。そこにあるのはレトロさを味わいノスタルジーに浸る姿勢ではなく、時代と地域の要請に応じて生まれたもの、ザラザラごわごわした手触りが伝わってくる 「今の時代に生まれないもの」への敬意です。
■佐藤健寿、『奇界遺産』(エクスナレッジ、2010年)
『世間遺産』の次は『奇界遺産』です。こちらは摩訶不思議で奇妙奇天烈な建造物、人、習慣などを集めた奇怪な写真集です。度肝を抜く奇想、一体何のためにこんなものをと呆れる逸脱ぶり、執念の塊のようなこだわりぶり、ほとんどゲテモノのような偏執ぶり。笑ったり、呆れたり、仰天したり。次はどんなものが、とページをめくるのが楽しみになる。楽しめますよ。
■『地平線』(パイ インターナショナル、2011年)
信州は山国で、360度どこを見渡しても常に山で視界が遮られている。信州にいる限りまっ平らな地平線を眺めることなど望むべくもない。たまに東京へ行ったりして関東平野に出ると、はるか遠くまで見通せて開放感がある。僕は海岸近くで育ったので、海が見えたりするとホッとする。信州で育った人たちは逆に周りに山がないと不安になるそうだ。
関東平野に育ちながら信州に住んでいるせいか、『地平線』という写真集を手にとってぱらぱらとめくった瞬間欲しいと思った。最初に紹介したベルンハルト・M.・シュミッドの『道』シリーズ同様、はるか遠くまで見通せる壮大な光景に引き込まれてしまう。
しかしこの写真集を眺めていると、日本という国がいかにごちゃごちゃと家の建てこんだ狭苦しい国かということを痛感せざるを得ない。また逆に、世界には見渡す限り家一軒なく、人っ子一人見かけない土地がこれほどあるのかと驚く。地平線の遠さ、空の大きさ、日本では北海道でもなければ体験できない開放感をたっぷり味わえる本です。
■Alfred Stieglitz, Camera Work (TASCHEN, 2018)
スティーグリッツは1980年代に渋谷の松涛美術館で個展が開かれ見に行ったことがあります。渋谷駅から道玄坂をてくてく上っていったのを良く覚えている。今となっては懐かしい思い出です。スティーグリッツに関心を持ったのは、セオドア・ドライサー著『シスター・キャリー』(ウィリアム・ワイラー監督「黄昏」、1951年、の原作)の英語版の表紙写真にスティーグリッツの写真が使われていたから。その写真のすばらしさに魅了され、彼について調べていたら、たまたま松涛美術館で展示会が開かれるのを知ったのです。
彼の写真集は高くてなかなか手に入らなかったのですが、英語版ならひょっとして安いのもあるかも知れないと思って探したら手ごろな値段で見つかったのがこの写真集。5センチもあろうかと思う分厚い本です。『シスター・キャリー』の表紙に使われた写真も130ページに載っていました。この本に収録されている写真のほとんどはセピア色ですが、『シスター・キャリー』の表紙は白黒で、正直この写真に限っては白黒版の方が良いと思った。写真というより絵画に近いポーズを取っている人物写真が意外に多い。人物写真はほとんどすべてポーズを取っています。写真集の表紙に使われている写真も、まるでルノワールの絵のようだ。顔だけ大写しにした写真はまさに肖像画。現場に出向いてそこに生きる人々を時代とともに切り取って来たロバート・キャパの写真とはそこが違う。
スティーグリッツはむしろ絵画のような写真を意識していたようです。戸外で撮った写真もありますが、それもやはり風景画を思わせる写真です。しかしそれでいて印象的な写真も少なくない。その多くは何気ない風景を写し取った写真ですが(『シスター・キャリー』の表紙写真もただ道を走る馬車を撮っただけの写真)、絵画的写真にも忘れがたい写真がいくつもあるのです。写真が絵画の影響下から離れて独自の世界を切り開く前の時代の遺物だと切り捨てられない何かがある。英文の解説もたっぷり付いているので、時間があるときにじっくり味わいたい。
■Shaen Adey, Jane Burton Taylo, OUTBACK Australia (New Holland, 1998)
■Sigrugeir Sigrujönsson, LOST IN ICELAND (FORLAGID, 2002)
最後に輸入版写真集を紹介したい。まずアイスランド。アイスランドと聞いてまず思い浮かべるのはフリドリック・トール・フリドリクソン監督の映画「春にして君を想う」(1991)。老人二人が老人ホームを脱出して故郷を目指すというロード・ムービーですが、その旅の途中で映し出される景色の寒々とした美しさに目を奪われました。この名作に2000年代に入って2本の傑作が加わりました。一つはベネディクト・エルリングソン監督の「馬々と人間たち」(2013)。何とものんびりした人間と馬たちの生活がほほえましく描かれる。もう1本はグリームル・ハゥコーナルソン監督の「ひつじ村の兄弟」(2015)。こちらは冬のアイスランドの過酷さがリアルに描かれる。
美しさと過酷さを併せ持つアイスランドの景観。それを余すところなく写し取ったのが LOST IN ICELAND である。これは見かけたらぜひ買うべきだ。横長サイズの版型が一面に広がる荒涼とした、かつ幽玄でもある凄味のある景観にマッチしている。
一方オーストラリアの内陸部を写した OUTBACK Australia はひたすら荒涼として過酷な環境を映し出す。延々と続く荒れ地や砂漠地帯。フィリップ・ノイス監督の映画「裸足の1500マイル」(2002) で収容所を脱走したアボリジニの子供たちが故郷まで延々歩いて行ったのはまさにこのアウトバックと呼ばれる荒れ地帯です。しかしアボリジニの子供たちに食料を分け与えたりして親切にしてくれたのはアウトバックに住む、あるいはそこを旅する人たちであった。オーストラリアは有名な白豪主義(White Australia policy)を掲げていましたが、これはオーストラリア版アパルトヘイトである。しかしイギリス帝国主義の流れを汲む優生思想に染まる都市部の偏見に満ちた白人たちと違って、アウトバックに住む人々は先住民のアボリジニとも接する機会が多く、また厳しい自然の中で寄り添って生活してきただけに、同じ白人でも逃亡中のアボリジニの子供たちに対する接し方が違う。写真集の多くは世にも美しい、あるいは奇怪な景観を写そうとしますが、旅行者などほとんど足を踏み入れることのない荒涼としたアウトバックにあえて焦点を当てた写真集を企画した人々に惜しみない称賛を送りたい。
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