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劇場新作には面白そうな作品が結構ある。大いに心を惹かれるのは「黄金のアデーレ 名画の帰還」、「独裁者と小さな孫」、「みんなのための資本論」、「ひつじ村の兄弟」など。「黄金のアデーレ 名画の帰還」はクリムトの名画返却をオーストリア政府に求めたユダヤ人女性を描いている。非常に興味を引かれるエピソ-ドであり、かつヘレン・ミレン主演とくれば文句なし必見の作品だ。「独裁者と小さな孫」はクーデターにより逃避行を余儀なくされた独裁者が、自分の圧政が招いた現実を見せつけられるという皮肉と風刺が効いた作品。イランを追われたモフセン・マフマルバフ監督の作品というだけでも観たくなる。
「みんなのための資本論」は格差がとんでもなく拡大したアメリカ資本主義の現実を観客に付きつけるドキュメンタリー映画。日本もアメリカも、ハムレット風に言えば、とっくに社会の関節が外れてしまった。元クリントン政権の労働長官を務めた経済学者がアメリカ社会に対して警鐘を鳴らす。「エコノミカル・エンタテイメント」、いいじゃないか。ぜひ観てみたいね。「ひつじ村の兄弟」はアイスランドのヒューマン・ドラマ。アイスランドと言えば忘れがたいロード・ムービーの傑作「春にして君を想う」を生んだ国であり、今年観た「馬々と人間たち」も実にアイロニカルでかつヒューマンな作品だった。「ひつじ村の兄弟」は馬ではなく羊が重要な役割を果たす。ある小さな村になかの悪い兄弟がいた。ある時兄が買っている羊の間に伝染病が広がり、全頭殺処分が決定される。しかし弟はひそかに数頭をかくまっていた。断絶していた兄弟の絆が羊を通して結び直されてゆく。よくある展開だが、そこはアイスランド映画、きっと面白い映画に仕上がっているに違いない。
他にアニメ「リトルプリンス 星の王子さまと私」、「ハッピーエンドの選び方」、「マイ・ファニー・レディ」、「クロスロード」、「尚衣院 サンイウォン」、ドキュメンタリー「放射線を浴びた X年後2」などにも注目している。もう1本、旧作だがデジタルリマスター版が再上映される「放浪の画家 ピロスマニ」にもぜひ触れておきたい。グルジア(どうもジョージアという新しい表記にはまだなじめない)で作られた映画で、78年に岩波ホールで上映されたと言えば、地味だが上質の映画だと察しがつくだろう。淡々とした描き方だが、あの独特の絵の様にユニークな味わいがある。忘れがたい映画だ。昔出たDVDはアマゾンでとんでもない高値が付いているので、この機会に出し直してほしいものだ。ピロスマニ本人に関しては画集『ニコ・ピロスマニ 1862―1918』(2008、文遊社)が出ている。大型本で安くはないが、映画を観てピロスマニの絵に心惹かれた人はぜひ買っておくことをお勧めする。
新作BD・DVDは結構充実している。注目作は「あの日の声を探して」、「靴職人と魔法のミシン」、「ボヴァリー夫人とパン屋」、「犬どろぼう完全計画」、「真夜中のゆりかご」、「海街diary」、「ハイネケン誘拐の代償」、「キングスマン」、「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」、「ルック・オブ・サイレンス」、「アリスのままで」、「ターナー、光に愛を求めて」、「グローリー/明日への行進」、「マーシュランド」、「天使が消えた街」、「ギヴァー 記憶を注ぐ者」、「天使が消えた街」、「神々のたそがれ」など。
旧作BD・DVDはずいぶんと寂しい。ただ、「晩春」や「残菊物語」など、日本映画の財産というべき名作のデジタル修復作業が続けられていることは称賛に値する。もっとも、修復もやり過ぎると不自然に感じると知り合いが言っていた。それでも傷んだフィルムの状態で修復を待つ幾多の名作が眠っていることを思えば、デジタル修復版が次々と世に出てくることを願わずにはいられない。最後にもう1本コメントしたい。よくぞ出してくれましたというのが「オーソン・ウェルズのフォルスタッフ」。考えてみればこれほどオーソン・ウェルズの体型にぴったりの役柄はない。とはいえ、シェイクスピア劇の脇役を主役にするとは面白い所に目を付けたものだ。映画の出来も上々。ぜひ一見を。