先月観た映画(10年3月)
「セントアンナの奇跡」(08、スパイク・リー監督、米・伊)★★★★☆
「Ray/レイ」(04、テイラー・ハックフォード監督、アメリカ)★★★★☆
「グッド・バッド・ウィアード」(08、キム・ジウン監督、韓国)★★★★
「静かな生活」(95、伊丹十三監督、日本)★★★★
「南極料理人」(09、沖田修一監督、日本)★★★☆
「先月観た映画(10年2月)」と「先月観た映画(10年3月)」をようやく書き上げました。「先月観た映画(10年2月)」をご覧になった方はすでにその変化に気付いておられるでしょう。少しはレビューらしい文章を書こうと頑張るのをやめて、思い切って短い感想を集めただけにしました。少し事情を説明します。
最近は嵐のような忙しさも過ぎ、結構まとまった時間も取れるようになりました。しかし「先月観た映画」シリーズすらどんどん遅れて「先々月観た映画」になってしまっているのが現状です。どうしてなのかと考えてやっと気付いたのですが、「先月観た映画」シリーズは何本もの映画をいっぺんに取り上げるのでどうも面倒なのです。4~5日間根を詰めて集中しないと書けない本格レビューより短評を集めた「先月観た映画」シリーズの方が気楽だろうと思って始めたのですが、7~8本も一気に書くのはこれまたしんどい。映画を観たらその都度短評を書き込んでおけばいいのですが、これがなかなかできない。だから結局まとめて書くことになってしまうわけです。そうなると、今日は疲れたからまた今度書こうとついつい先送りにしてしまう。この繰り返しでした。
そこで「先月観た映画」シリーズは気楽に感想だけ書くことにして、その代わり月に数本の本格レビューを書く努力をしようと思ったわけです。以前の様な集中力が取り戻せるかどうかはなはだ自信はないのですが、せめて月に1本は本格レビューを書きたいと思っています(うう、書いているそばからどんどん目標が小さくなってゆく、涙)。
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「セントアンナの奇跡」
この映画を観てまず驚いたことは黒人部隊″バッファロー・ソルジャー″が第二次世界大戦まで続いていたことだ。ジョン・フォード監督の「バッファロー大隊」(60)やエドワード・ズウィック監督の「グローリー」(89)で描かれていたので、てっきり南北戦争時代特有のものだと思い込んでいた。調べてみると、バッファロー・ソルジャー師団の第92歩兵師団がイタリア戦線で戦ったのは史実であり、最期のバッファロー・ソルジャー部隊、第27および第28騎馬兵部隊が解散したのは1951年のことだった。ついでながら、「遠い夜明け」(87)で非常に印象的な若い黒人俳優を観た。その俳優を次に観たのが「グローリー」だった。その俳優とはデンゼル・ワシントンである。そういえば、「ドライビングMissデイジー」(89)に続いてモーガン・フリーマンを2度目に観たのも「グローリー」だった。
さて、「セントアンナの奇跡」は久々に観たスパイク・リー監督作品。「ドゥ・ザ・ライト・ シング」(89)、「モ’・ベター・ブルース」(90)と傑作を立て続けに送り出し、非常に優れた黒人監督が出てきたと当時大いに注目した。しかしその後は傑作「ゲット・オン・ザ・ バス」(96)を除いて、期待に応える作品をなかなか作れないでいた。「インサイド・マン」(06)から4年ぶりに観た「セントアンナの奇跡」は久々の秀作だった。4人の黒人兵の個性が丁寧に描き分けられている。内容について詳しいことは書かない。印象的なせりふを一つだけ書いておくことにする。「妙なんだ。ここではニガーじゃない。″俺″なんだ。イタリア人は黒人差別を知らない。今、俺は自由だ。恥ずかしいよ、外国の方が自由だなんて。アメリカの未来に懸けていたのに。」
「Ray/レイ」
これはだいぶ前にDVDを買っていたが、気になりつつも観ていなかった。ある機会にようやく観ることになったが、予想以上にいい映画だった。なかなか観る気になれなかったのは、ただの″そっくりさん映画″ではないかという気持ちが心のどこかにあったのかもしれない。しかしドラマが実にしっかりしていた。レイを支えていた母親と妻が印象的だ。次から次へと名曲が出てくる。ちらっと出てくるだけの人や名前だけ出てくる人も含めて、登場する人物が錚々たる大物ぞろい。アート・テイタム、ローウェル・フルソン、クインシー・ジョーンズ、ルース・ブラウン、ラヴァーン・ベイカー、等々。
弟がおぼれるのを助けられなかった心の傷、「決しておまえを″障害者″とは呼ばせない。自分の足で立ちなさい。」という母の言葉、麻薬に溺れていたレイに妻デラ・ビーがかけた「あなたが好きなのは私でも、子供でも、(愛人の)マージーでも、麻薬でもない、音楽なのよ。それを失ったらあなたはダメになるわ」という言葉が心に残った。
「グッド・バッド・ウィアード」
韓国製ウェスタン。マカロニ・ウェスタンの例に倣って、キムチ・ウェスタンとでも呼んでおこうか。西部開拓やカウボーイの伝統を持たない国の西部劇だから当然模倣である。列車強盗犯、殺し屋、バウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)といった西部劇のお約束的役どころをそろえ、ハチャメチャな展開で突っ走る。まあお遊び的な作りでたわいないが、十分楽しめます。
何といってもソン・ガンホがうまい。とてつもない存在感。彼が出ているだけでうれしくなってしまうのだから大したものだ。イ・ビョンホンも凄味を出そうと懸命に努力しているが、まだまだソン・ガンホ御大には及ばない。表面は穏やかだが底知れぬほどの凄腕という難役に挑んだチョン・ウソンに至っては明らかに役柄の重みに応えられていない。なんとも存在感が薄い。しかしソン・ガンホがいれば大丈夫。3人分の大活躍。思う存分ひっかきまわしてくれます。
しばらくいい韓国映画が来ないと思っていたが、どうしてどうしてかなりの充実ぶり。ホラー・サスペンスの「チェイサー」はアメリカのサイコ・キラーものなどはるかに凌ぐ出来栄えだし(あまり気持ちのいい映画ではないが)、まだ観ていないが十分期待できそうな「母なる証明」、「牛の鈴音」もある。この2本は早く観たい。
「静かな生活」
「カゴメのシネマ洞」のカゴメさんからだいぶ前に推薦していただいていたが、ようやく観ることができた。これで伊丹十三監督の作品で観ていないのは「大病人」だけとなった(俳優時代の作品は「黒い十人の女」、「北京の55日」、「ロード・ジム」の3本しか観ていない)。
大江健三郎の原作は読んでいない。大江の小説は大学生のころに何冊か読んだきりでもう長いこと読んでいない。映画化作品を観るのも大島渚の「飼育」(61)以来だ。一体どんな映画になるのかと思っていたが、意外に淡々とした映画だった。日常を描くということだからある意味で当然だが、エピソードの積み重ねといった展開である。
ちょっとしか出てこないが、下水の詰まりを直そうとして大失敗し、すっかりしょげかえる山崎努が相変わらずうまい。チョイ役なのにしっかり記憶に刻まれている。障害者のイーヨーを渡部篤郎が演じたていたのにはびっくり。だいぶ健闘していたが、このころはまだ若造という感じだ。マーちゃん役で主演した佐伯日菜子がかわいい。市川実日子、ペ・ドゥナと似たタイプという印象があって、3人とも好きだ。
家の門に水の入ったペットボトルをいつも置いてゆくあやしいおじさんが登場したり、下心のある新井君(今井雅之)にマーちゃんが襲われそうになるという波乱もあったが、マーちゃんの絵日記にイーヨーが「静かな生活」というタイトルをつけるのが可笑しい。「マルサの女」や「ミンボーの女」シリーズとはまた違う、飄々とした伊丹十三ワールドにしばし浸ることができる。
「南極料理人」
もうちょっと面白いかと思っていたが、まあ標準の出来。原作はもっと面白いだろうと思うが、映画の方は中途半端だ。笑い転げるでもなく、極地での作業の大変さがビシビシ伝わってくるでもない。
主演の堺雅人(料理人)がどうもミス・キャストな気がするし、せっかく生瀬勝久やきたろうを起用しながらも彼らの才能を十分生かし切れていないと感じる。 エピソードとして面白かったのは、ラーメンが切れてしまうと隊員の士気が極端に減退してしまうこと。タイチョー役のきたろうがボロボロになって、「僕の体はラーメンでできているんだよ」などと泣きついてくるあたりは可笑しい。やっぱり日本人はラーメンが好きなんだなあと改めて納得した次第。