「記憶の扉」と「ふくろうの河」を観ました
昨日本館ホームページ「緑の森のゴブリン」に「1972~73 月間ベストテン」と「1974 月間ベストテン」という記事を載せました。1972年9月から1974年12月まで手書きの古い映画記録ノートにテレビで観た映画のベストテンをつけていたのです。作品、監督、主演男女優、助演男女優の6項目ごとにベストテンを選んでいました。もう30年以上も前のことでもあり、タイトルを見てもどんな映画だったか全く覚えていないもの、観たことを忘れてまだ観ていないと思い込んでいたものなどが結構ありました。
そこで、ベストテンの上位に入っているほとんど忘れている作品を手に入れようと昨日の日曜日にあちこちの中古店などに出かけました。500円DVDに結構入っているかと思ったのですが、そのシリーズに入っていない方が圧倒的に多いことが分かりました。500円以外のものも含めて入手できたのは5本のみ。同じ作品ばかり繰り返し発売して、本当に欲しいものはなかなか出ない。何とかして欲しいものです。
ところが思わぬ副産物がありました。「ヨーロッパ名画DVDコレクション」シリーズに入っている「記憶の扉」と「ふくろうの河」を見つけたのです。今年に入って最大の収穫でした。さっそく家で2本とも鑑賞。結果は言うまでもありません。2本とも期待通りの優れた映画でした。
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「記憶の扉」(1994)はジュゼッペ・トルナトーレ監督作品。オムニバス「夜ごとの夢」と傑作「明日を夢見て」の間に作られた作品である。実に不可解で謎めいたミステリー作品。なんとも不思議な雰囲気。まるで幽霊屋敷か廃屋のような警察署。最初から最後まで雨が降り続き(ラストでやっと降り止む)、陰鬱でうっとうしい雰囲気が全編に漂っている。びしょぬれの男、雨漏りがする警察署での尋問。雨がメインのイメージを作っている。
登場人物は作家のオノフと名乗る男とレオナルド・ダ・ヴィンチと名乗る警察署長、そしてその部下の数人の警官たちだけ。冒頭拳銃から弾が発射され誰かが殺されたらしい。容疑者のオノフが取調べを受けるが、そもそも誰が殺されたのかもなかなか明らかにされない。オノフの記憶には欠落がある。その欠落した部分を暗示するように時々はさまれるフラッシュバックの映像。何がなんだか分からないままに、夜明けを迎え、オノフは「ではよい旅を」と見送られて護送車に乗せられる。キツネにつままれたような終り方。後でよくよく考えてやっと納得がゆく。なるほど、そういうことか。ヨーロッパ映画でしか作れない、独特の裏寂れたような建物と雰囲気。得がたい作品だ。
ロベール・アンリコ監督の「ふくろうの河」(1962)はずっと観たいと思っていた作品。観て初めて分かったが、これは何とアンブローズ・ビアスの『生のさなかにも』が原作だった(岩波文庫からも『いのちの半ばに』というタイトルで出ているが、こちらは抄訳なので翻訳を入手するなら完訳版の創元推理文庫をおすすめする)。この長い間幻の作品だった映画に関しては情報が少なく、誤解もあるので最初に整理しておきたい。何か短編集『生のさなかにも』所収の「アウル・クリーク橋の一事件」だけが原作になっているような誤解が広まっているが、それは3部作の第3話の原作に過ぎない。『生のさなかにも』は15の短編からなる「兵士の物語」と11の短編からなる「市民の物語」の2部構成になっている。映画「ふくろうの河」はその「兵士の物語」から3つの短編を選んで映画化したものなのだ。第1話の原作は「ものまね鳥」、第2話が「チカモーガ」、第3話が「アウル・クリーク橋の一事件」なのである。
このような混乱が生じたのはこれまで第3話の部分しか公開されていなかったからである。63年に日本で公開されているが、キネマ旬報のベストテンでは選外である。この傑作にどうして1点も入らないのかと不思議に思っていたが、恐らく短編として上映されたからだろう。その後もこの第3話だけが『ミステリー・ゾーン』のエピソードの1つとして放送されたり、一部で上映されたりしていたため、「アウル・クリーク橋の一事件」が3部作全体の原作だと勘違いされてきたのではないか。
僕は大学の英文科を出たが、アンブローズ・ビアスはアメリカ文学史で必ず習う作家である。英文科を出ていれば、少なくとも名前ぐらいは知っているはずだ。たださしたる大作家というわけではない。短編の名手で、南北戦争を題材にした短編集『生のさなかにも』はその代表作の一つ。ただ一般には『悪魔の辞典』を書いた人だと言ったほうが通りはいいだろう。
「ふくろうの河」というタイトルは不思議な響きがあるが、原作が「アウル・クリーク橋の一事件」だと分かれば納得がゆく。自然描写の類まれなる美しさと、その中で命を失ってゆく人間のはかなさ、戦争のおぞましさ、皮肉な運命が見事に表現されている。第2話で少年が走り回る楽園のように美しい自然と、その後に遭遇する悪夢のような光景(戦場で傷ついた無数の兵士たちが地面を這い回っている)。この対比的な展開が作品全体のパターンを象徴している。どうしてこれまで完全版が出なかったのかと不思議に思うほどの傑作だ。
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コメント
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ツバサさん
古い記事ですが、コメントを頂きありがとうございます。
僕もアマゾンで調べてみましたが、「ふくろうの河」のDVDは1万円を超えていますね。僕が2008年に中古屋で買った時はいくらだったのか記憶にありませんが、恐らく2000円台~3000円台だったのではないでしょうか。こういう作品はぜひ再発してほしいですね。
原作(創元推理文庫版)の方はアマゾンで見ると何と7円で売っていますね。これまた安すぎてびっくりです。もう手に入れられたでしょうか?ぜひじっくりと読んでみてください。
投稿: ゴブリン | 2015年8月15日 (土) 23:41
はじめまして。ふくろうの河、気になっていました。映画を観たかったのですが、Amazonで一万円以上もしたので、本文にあった原作を探してみたいと思います!
投稿: ツバサ | 2015年8月10日 (月) 08:06