寄せ集め映画短評集 その16
なかなか本格的なレビューが書けないので、久々に「寄せ集め映画短評集」シリーズを復活させます。他に待望の「クイーン」を観ました。期待通りの傑作でした。ヘレン・ミレン(彼女が観たくてこの映画を観たようなもの)が文句なしに素晴らしい。こちらは何とか本格レビューを書きたい。
ブラックブック(2006年、ポール・バーホーベン監督、オランダ・他)
評価:★★★★
観る前はサスペンス映画に流れて肝心な人間ドラマが薄っぺらになっていないか心配だった。ポール・バーホーベン監督作品は「ロボコップ」、「トータル・リコール」、「氷の微笑」、「スターシップ・トゥルーパーズ」と観てきたが、要するにハリウッド大作路線にどっぷり浸かった監督というイメージしなかったからだ。それでもあえて観てみたのは本国オランダに帰って撮った映画だからである。
ひょっとしたらという期待に賭けてみたわけだが、結果は悪くないと思った。思った以上にドイツ占領下の緊張した雰囲気がリアルに描かれていた。レジスタンスの描き方も斜に構えた描き方にはなっていない。スパイとなったエリス(カリス・ファン・ハウテン)がドイツ人将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)に近づいてゆくハラハラするプロセスは、「影の軍隊」でシモーヌ・シニョレたちがドイツ軍本部に乗り込んでゆくシーンを想起させる。レジスタンス内の裏切り者が誰なのかをめぐるサスペンス調の展開も悪くない。「影の軍隊」にしろ「日曜日には鼠を殺せ」にしろ、組織内の裏切りはつき物だ。エリスとムンツェが恋愛関係になるのはいかにもハリウッド調だが、これも不自然だと感じさせるほどではない。
ただ不満だったのは裏切り者の描き方である。裏切り者が誰であるか分かってからの展開はまさにハリウッド映画。最大の問題点は裏切り者の葛藤が何も描かれていないこと。単なる腹黒い男という薄っぺらな描き方になっている。レジスタンスにしろナチスにしろ、ぎりぎりのところでせめぎ合っている。裏切り者も、どうにもならないところまで追い詰められて、意志に反して裏切らざるを得ないのである。「影の軍隊」でも「麦の穂をゆらす風」でも、裏切り者を処刑する場面は実に悲痛だった。「ブラックブック」にそれはない。身を犠牲にしてドイツ軍に潜入したエリスの描き方に比べると、裏切り者の描き方はあまりに浅薄だった。ハリウッドで身についた垢は肌にびっしりとこびりついていて、簡単には取れないようだ。
ザ・シューター 極大射程(2006年、アントワーン・フークア監督、米)
評価:★★★★
原作(スティーブン・ハンター著『極大射程』)の翻訳はだいぶ前にブックオフで手に入れていたのだが、それを読む前に映画の方を先に観ることになってしまった。原作はかなり評判になっていたので期待して観た。いや~、結構楽しめました。娯楽映画としては上出来だと思った。もっとも、近頃この手の映画はほとんど観なくなってしまったので、何を観ても楽しめてしまう傾向があるが(汗)。
ストーリー自体は、元海兵隊の名狙撃手がある陰謀に利用されて使い捨てにされるところを間一髪逃げおおせ、罠にかけた奴らに復讐するというよくある展開。しかしどこかマット・デイモンの「ボーン・シリーズ」を思わせる作りで、主人公役のマーク・ウォルバーグが1人で陰謀グループに立ち向かう活躍ぶりがなかなか魅せる。「パーフェクト・ストーム」、「プラネット・オブ・ザ・エイプス」ではほとんど印象に残らなかったが、「ザ・シューター 極大射程」のマーク・ウォルバーグはいい。善人役が多いダニー・グローバーが悪役で出てくるのも新鮮だった。
ボビー(2006年、エミリオ・エステベス監督、米)
評価:★★★★☆
「ドリームガールズ」のレビューに載せた年表に少し書き足して、もう一度載せよう。
55-56年:バス・ボイコット運動
57年:リトルロック高校事件
61年:フリーダム・ライダーズ運動
63年:ワシントン大行進とキング牧師の有名な演説、ケネディ大統領暗殺
64年:強力な公民権法の成立、都市部で人種暴動が吹き荒れた「長く暑い夏」
65年:ベトナムへの北爆開始とベトナム反戦運動の高まり、マルコムXの暗殺
66年:黒人の急進的な政治組織ブラック・パンサー党の結成
68年:キング牧師とロバート・ケネディの暗殺、レッド・パワーの高まり
ベトナム反戦運動、黒人の公民権運動などに揺れた60年代。アメリカの60年代は30年代と並ぶ政治の時代だった。マッカーシー旋風が吹き荒れた50年代の後、今度は反体制派の運動が盛り上がった。ヒッピー、アングラ(アンダーグラウンドの略)文化は日本にも影響を与えた。それは体制派の激しい反発も呼び起こし、暗殺事件が相次いだ。
この時代はこれまでもいろんな映画に描かれてきた。「マルコムX」、「ロング・ウォーク・ホーム」(バス・ボイコット運動)、「ゲット・オン・ザ・バス」(ワシントン大行進)、「ミシシッピー・バーニング」、「レニー・ブルース」、「JFK」、「グッド・モーニング・ベトナム」などの一連のベトナム戦争もの、「小さな巨人」、「ソルジャー・ブルー」、「真夜中のカーボーイ」など(最初の2本は60年代が舞台ではないが、明らかに当時の価値観が反映している)のアメリカン・ニュー・シネマ、等々。
「ボビー」は兄に続いて暗殺されたロバート・ケネディの暗殺場面をハイライトにして、その場に集まっていた人々を群像劇のように描いた作品である。群像劇の部分はさながらロ
バート・アルトマンのようなタッチ。アンソニー・ホプキンス、デミ・ムーア、シャロン・ストーン、リンジー・ローハン、イライジャ・ウッド、ウィリアム・H・メイシー、ヘレン・ハント、クリスチャン・スレーター、ローレンス・フィッシュバーン、マーティン・シーン、ハリー・ベラフォンテ、そして監督のエミリオ・エステベス本人と、綺羅星のように有名俳優たちが入れ替わり立ち代り登場する。そしてなんといっても圧巻は暗殺場面に続く、大混乱になって人々が逃げ惑う映像にボビーの演説をかぶせたラストの場面。演説の力強さとその言葉を裏切るような映像のギャップがすごい。言葉が力を持っていた時代、そして暴力が言葉を押しのけていった時代。
壁に書かれた”The once and future king”の文字に血痕が飛び散っているカットが印象的だった。最後にケネディ家の肖像写真が次々に映し出される。エンディング・ロールに流れるザ・アンダードッグズ・アンド・ブライアン・アダムズ、ウィズ・アレサ・フランクリンの「ネバー・ゴナ・ブレイク・マイ・フェイス」がぐいぐいと胸に迫ってくる。機会があればもう一度観直して、じっくりとレビューを書いてみたい映画だ。
不都合な真実(2006年、デイビス・グッゲンハイム監督、米)
評価:★★★★
アメリカの元副大統領アル・ゴアのスライド講演にパーソナルな映像をプラスしたドキュメンタリー映画。環境問題、特に地球温暖化の問題を取り上げ、豊富なデータを駆使してこの問題を無視し続けているアメリカ政府の姿勢を批判している。例えば、氷河が年々後退している様を、あたかも使用前・使用後の比較宣伝のように、具体的な映像を映し出すことで分かりやすく示している。最後には具体的な行動提起もしている。
彼が訴えている内容自体は、様々なテレビや新聞の報道などで大体知っていることである。それほど新鮮味は感じなかったが、訴えていること自体にはある程度説得力を感じた。ただし、このまま行くと将来はこうなると示すあたりは不確かな推測が入り込んでいるし、数字が大げさな感じもする。また、彼の活動やこの映画自体が政治キャンペーンのような色彩を帯びていて(講演会というよりショーである)、また立候補したいのかと余計な勘繰りをしたくなったことは率直に書いておきたい。さらにアメリカがなぜ環境問題に不熱心なのかという点に関してもツッコミが不十分だと感じた。
あなたになら言える秘密のこと(2005年、イサベル・コイシェ監督、スペイン)
評価:★★★★
「死ぬまでにしたい10のこと」のイザベル・コイシェ監督と主演のサラ・ポーリーが再び組んだ新作。前作は、難病ものというお涙頂戴になりやすいテーマを扱いながら、安易に泣かせの演出を避け、残される人々へのヒロインの想いと彼女の人生最後の輝きを抑えた演出で描いて出色だった。"MY Life Without Me"という原題に込められた、自分の死んだ後の周りの人々の人生を気遣う彼女の優しさと、その人生を共有することができない悲しさが静かに胸に迫ってきた。
はっきり言って、「あなたになら言える秘密のこと」は二番煎じの感は否めない。前作と似たようなムードの映画だという意味と、「ソフィーの選択」とほぼ同じ主題を描いているという意味で。どうしても「ソフィーの選択」と比較してしまうので、ハンナの告白は衝撃度が弱いと感じてしまう。サラ・ポーリー自身の演技は決して悪くはないのだが、メリル・ストリープや彼女が迫られた究極の選択と比べられたのではさすがに分が悪い。 ただし、告白部分の衝撃度を別にすれば、ベッドで寝たきりのティム・ロビンスとサラ・ポーリーのやり取りは素晴らしい出来だ。さすがは名優ティム・ロビンス、布団から顔が出ているだけの状態であるにもかかわらず、忘れがたい印象を残す。「ザ・プレイヤー」、「ショーシャンクの空に」と並ぶ彼の代表作になるだろう。
海上にある油田掘削所の中の一室という限定された舞台。しかもティム・ロビンスは体に大やけどを負いベッドから動けない。その限られた条件の下で展開される二人の会話。動きをほとんど描けないという負の条件を軽妙でよく練られた会話で補っている。イザベル・コイシェの脚本が見事だということである。ただ残念なのは、ラストがアメリカ映画のようなありきたりの結末になっていること。スペイン映画なのに会話がすべて英語だということと何か関係がある気がする。
輝く夜明けに向って(2006年、フィリップ・ノイス監督、米・仏)
評価:★★★☆
たまたま「あなたになら言える秘密のこと」と同じ日に観たので、またティム・ロビンスが出てきて驚いた。南アフリカのアパルトヘイトを映画いた映画には「遠い夜明け」、「ワールド・アパート」、「白く乾いた季節」、「アマンドラ!希望の歌」などの傑作がある。「輝く夜明けに向って」はこれらと比べるとアメリカのサスペンス映画に近い演出で、その分問題の掘り下げ方が浅いと感じた。サスペンス映画と社会派ドラマの中間的な作品で、どっちつかずという印象を受けた。
監督はフィリップ・ノイス。ハリウッドで「デッド・カーム/戦慄の航海」(未公開作品だが、なかなかの拾い物)、「パトリオット・ゲーム」、「硝子の塔」、「今そこにある危機」、「ボーン・コレクター」などを作った後、故郷のオーストラリアで「裸足の1500マイル」を製作した。アボリジニの女の子を主人公にした堂々たる傑作だった。アパルトヘイトを扱ったこの作品もハリウッド大作とは一味違うが、作りと演出は大きくハリウッド映画の方に振れている。
この映画の曖昧なスタンスはティム・ロビンス演じるテロ対策班のニック・フォス部長に象徴的に表れている。この映画はアフリカ人のパトリック・チャムーソ(デレク・ルーク)が主人公なのだが、どうもニックの視点から描かれている気がするのだ。パトリックはテロリストと間違われて拘束され、拷問を受ける。妻までも捕らえられて暴力を受ける。やがて疑いは晴れるのだが、このことをきっかけにパトリックは本物のテロリストになるのである。パトリックは一貫して「テロリスト」と呼ばれているのである。これは明らかにニックの視点である。
もちろん抑圧されているアフリカ人の側から見れば彼らは「自由の戦士」であり、フリーダム・ソングを歌う民衆の姿なども描かれてはいるのだが、どうも視点が不徹底なのだ。ニックが途中でアフリカ人の側に回る展開かとも思ったが、終始彼の立場は変わらない。最後にアパルトヘイト崩壊後何年かたってすっかりボケ老人のようになった哀れな姿が映されるだけだ。パトリックをテロリストとして執拗に追い詰めるニックの視点が異様に強調され、実際ANC(アフリカ民俗会議)の一員になったパトリックは破壊活動に走る。こういう描き方にはどうも9.11後のアメリカの対テロ戦争姿勢が反映している気がしてならない。この不徹底な姿勢とアフリカ民俗会議を単なるテロ集団とみなす姿勢が、この映画をサスペンス映画とも社会派ドラマともつかないどっちつかずの作品にしてしまっているようだ。
« ゴブリンの映画チラシ・コレクション① | トップページ | ゴブリンの映画チラシ・コレクション② »
この記事へのコメントは終了しました。
トラックバック
この記事へのトラックバック一覧です: 寄せ集め映画短評集 その16:
» 「ボビー BOBBY」映画感想 [Wilderlandwandar]
ロバート・ケネディ暗殺事件を題材にした映画「ボビー」(原題BOBBY)を見てきま [続きを読む]
コメント