1931年 ドイツ
評価:★★★★★
監督:フリッツ・ラング
製作:シーモア・ネベンザル
原作:エゴン・ヤコブソン
脚本:フリッツ・ラング、テア・フォン・ハルボウ、カール・ファース
撮影:フリッツ・アルノ・ヴァクナー、カール・ファース
美術:エミール・ハスラー、カール・フォルブレヒト、エドガー・G・ウルマー
出演:ペーター・ローレ、オットー・ヴェルニッケ、グスタフ・グリュントゲンス
エレン・ヴィドマン、インゲ・ランドグート、フリードリッヒ・グナス
パウル・ファルケンベルク、シーモア・ネベンザル、テオ・リンゲン
古い映画ノートを調べてみると、最初に観たフリッツ・ラングの映画は「復讐は俺にまか
せろ」である。72年6月24日にテレビで観ている。内容は全く覚えていない。観たことすら忘れていた。次に観たのが「飾り窓の女」。73年8月30日にこれもテレビで。その次が「暗黒街の弾痕」で、82年1月に三百人劇場で観ている。何と9年も間があいている。しかしこの後80年代に次々とラング作品を観ている。「ジークフリード」をACTで。「ドクトル・マブゼ」をドイツ文化センターで。「メトロポリス」を新宿文化シネマ1で。「死滅の谷」をユーロスペースで。「死刑執行人もまた死す」と「恐怖省」を三百人劇場で。最後に観たラング作品が「M」で、90年9月にビデオで観た。
こうしてみると、ラングは80年代に再評価されたことが分かる。70年代に自分がラングをどの程度に認識していたのかは覚えていない。ただ、高校生時代に映画史を徹底して勉強し、過去の名作と言われる作品や有名監督・俳優の名前は頭に叩き込んであったので、少なくともサイレント時代に多くの名作を作った人だという程度の知識はあったと思われる。おそらく観たくても観る機会がなかったのだ。だから80年代にこれだけいろんなところに足を運んでむさぼるように観たのだろう。
フリッツ・ラングはエルンスト・ルビッチと並んで今でもカルト的人気を得ている。確かに彼の作品は再評価に値する。幸いDVDの普及で彼の作品に身近に接することが可能になった。G.W.パプストやF.W.ムルナウの作品も高額ではあるがDVDで入手可能になった。80年代と比べたら隔世の感がある。今後ラングの作品は意識的に追及したいと考えている。彼の作品をレビューで取り上げるのは「死刑執行人もまた死す」に続いて2作目。今回新たに「M」をDVDで観直したが、その画面の鮮明さには驚いた。前回観た時はビデオだった。今更ながら技術の進歩に目をみはる思いだ。
「M」は2005年8月4日に公営テレビの北ドイツ放送「NDR」が発表した「ドイツ映画ベスト100」で17位にランクされている歴史的名作である。20年代から30年代にかけてのドイツ・サイレント映画はまさに黄金時代で、ナチスの台頭で才能ある映画人が国外に亡命ないし追放されるまで数々の傑作を送り出してきた。この時代のドイツ映画は「ドイツ表現主義映画」として一括りにされることが多い。しかし「表現主義的」要素を含んでいるものは少なくないと思うが、はっきり「表現主義映画」と呼べるものは一握りの作品だけである。
20世紀初頭は様々な芸術分野において種々様々な実験的創作が試みられた時期である。ドイツ表現主義、ロシア・アヴァンギャルド、イタリア未来派、シュールレアリズム、等々。表現主義絵画と表現主義映画の関連についてはもっと調べてみないと正確なことは言えないが、一般的には極端なデフォルメが特徴的な要素として挙げられる。「カリガリ博士」の極端に歪んだ街路や、斜めになった煙突などがよく指摘される有名な例だ。音のないサイレント映画という制限があったために、視覚的効果を最大限に利用しようとする方向に向かっても不思議ではない。そこにワイマール時代の社会不安(第1次大戦での敗戦による戦後の混乱とナチスの台頭)がかさなり、ドイツ映画は独特の怪奇・幻想映画を産み出すにいたった。
かくしてイギリス文学の『ドラキュラ』や『フランケンシュタイン』が題材に取り上げられ、ドッペルゲンガーや催眠による殺人、性格異常者による連続殺人などが取り上げられるよ
うになる。歪んだ映像が生み出す不安感、壁に映った不気味な影、白黒画面という特性を生かした光と影の演出が効果的に用いられている。闇は人間心理にも入り込み、独特の心理的不安感や恐怖感を醸し出す作品が多く作られた。この時代のドイツ映画が後世に与えた影響は計り知れない。もちろんエルンスト・ルビッチの喜劇的なタッチ、徹底したリアリズムを追求したG・W・パプストなどもおり、決してこの時代のドイツ映画を一枚岩のように考えるべきではないが、多くはアメリカに逃れて、そこでも注目すべき作品を作っているという意味でも、この世代のドイツ系映画人の存在は大きい。他にヘンリー・コスター、ロバート・シオドマクなどがおり、ジョセフ・フォン・スタンバーグ、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ビリー・ワイルダー、オットー・プレミンジャー、フレッド・ジンネマンなどのオーストリア系映画人と共に、アメリカ映画の中でドイツ系映画人(多くがユダヤ系)が果たした役割は大きい。
「M」においても殺人鬼の登場場面に表現主義的演出方法が見られる。女の子が一人で立っている横に柱があり、その柱に連続少女誘拐殺人犯を捕まえたものに1万マルクの賞金を出すというビラが張られている。そのビラに帽子をかぶった不気味な男の影が映る有名なシーンだ。直接犯人を映すのではなく、その影を映す。この手法が醸し出すぞっとするような効果は絶大だ。いや、比喩的な意味では犯人の「影」は映画の冒頭から表れている。子供たちが輪になって歌いながら遊んでいるシーンである。輪の中に女の子が一人いて、日本の「かごめかごめ」に驚くほど似ている。一見なんとも可愛らしい場面なのだが、決してほほ笑ましくはない。なぜなら子供たちが歌っているのは殺人鬼の歌だからである。「もう少し待てばやってくるよ、黒い影法師の男の人が。手に持つその小さなオノでその男に切り刻まれるのは、あなたよ。」輪の中の少女は無邪気に一人の少女を指差す。楽しそうに遊ぶ子供たちの姿とその子供たちが歌っている歌の残虐な内容のギャップが身震いするような異化効果を生んでいる。全く調和しない映像と音声のモンタージュが生み出す薄気味悪い感覚。見事な導入部分である。
冒頭の遊びのシーンは子供たちが遊びに取り入れるほど殺人鬼の噂が街中に広まっていることを示している。しかし、違和感を覚えるのは子供たちがまるで他人事のように無邪気に歌っていることである。そんな縁起でもない歌はやめなさいと近所のおばさんに注意されても、おばさんがいなくなるとまた歌い始める。その無警戒さ。この異様なまでの無警戒さにはおそらくある隠喩が込められているに違いない。冒頭場面に込められた隠喩はラストで子供を殺された母親がつぶやく言葉と結び付けられた時より明確になる。だが、それはもっと後で触れることにする。
冒頭場面ばかりではなく、この映画には様々な乖離やズレ、歪み、あるいは逆転が描かれる。初めて連続殺人事件の犯人が登場する場面もこの「ズレ」が際立っている。鏡に丸ぽちゃの男が映る。その時にはまだ分からないが、この男が実は殺人鬼なのである。見る
からに残虐そうな、あるいは冷酷そうな男ではない。むしろ童顔で人のよさそうな顔である。その男が鏡に向かってほほ笑んだり、口を大きく歪めたりしている。1度目に観た時この場面をどう感じたかは覚えていないが、今回観た時にはその何げない表情に不気味なものを感じた。ここにも異質なものをモンタージュする手法が効果的に使われている。その男は口笛を吹きながら新聞社に手紙を書いている。自分の犯行を認める手紙であり、同時に挑戦状でもある。あるいは、自分には殺人を止められないと書いているところを見ると、自分を捕まえてほしい、自分を止めてほしいというSOSでもあるだろう。
ここでラングはさらにモンタージュを重ねる。筆跡鑑定の専門家が送られてきた声明文から犯人像の分析をしている(今で言うプロファイリング)シーンである。このシーンが、鏡に自分の顔を映している犯人の映像とカットバックされるのである。筆跡鑑定家は、犯人は芝居じみた性格を持ち、怠け者で無気力な人物である、“すさまじい狂気”が声明文から浮かび上がってくると口述している。より重要なのは、犯人は普通の人間の間で何食わぬ顔をして普通に暮らしているだろうという指摘である。450万の市民は恐怖に震えあがっているが、自分たちのすぐ近くに犯人が潜んでいることには気づいていない。
子供たちも親たちも、冷酷な殺人鬼が身近にいることに気づいていない。これは明らかにワイマール時代の社会不安を暗示している。主権在民、人権保障を謳ったワイマール憲法は当時最も民主的な憲法であったが、ワイマール時代は第一次大戦での敗戦による混乱で不満が充満し、ヒンデンブルクの独裁政治、さらにはファシズムの台頭につながったと言われる。人々は「気づかぬうちに」とんでもない方向に引きずられているのではないか、そう警告しているのだ。冒頭の場面で子供たちに注意した女性に別の女性が、子供たちの「声が聞こえるということは安全ということよ」と話しかけるシーンがある。それで最初の女性はいったん納得したが、結局その晩彼女の娘エルシーは家に帰ってこなかった。次に娘と会った時には無残な姿となっていた。気づいた時には既に遅い。ファシズムは静かに近づいてくる。熱いお湯にいきなり入れられたカエルはあわてて飛び出るが、少しずつ水を熱せられると気付かないままに茹でられてしまう。
では誰が子供たちを、ひいては市民を守るのか?「M」はさらに大胆な逆転を描いてみせる。犯人を見つけ、追いつめ、拘束し、「裁判」にかけたのは警察ではなかった。その警察に追われる立場の犯罪者たちであった。このあたりの展開が面白い。実は、殺人鬼を警戒する警官が街中にあふれ、おかげでギャングたちの商売はあがったりだった。困り果てたギャングたちは緊急に会合を開き、打開策を練る。同じころ警察も犯人捜査の会議を開いていた。この二つの会合がカットバックで並行して描かれるところが面白い。どちらの部屋もたばこの煙がもうもうと立ち込めている。警察の会議では「大衆なんて無関心の塊ですよ」との声が上がり、一方の犯罪者たちの会議では自分たちの手で犯人を捕まえることを決める。しかし自分たちは表に出られない身。自分たちの代わりに、怪しまれずに子供を見張れるのは誰か?ボス(グスタフ・グリュントゲンス)は意外な決定を下す。浮浪者を組織しろ。
かくして、無関心の塊であったはずの「大衆」が犯人探しを始める。警察と犯罪者たちが同じ犯人を同時に追うというとんでもない展開になる。犯人はそのころ次の獲物に迫っていた。今のアメリカ映画なら犯人の残虐行為をこれでもかとばかりに映し出すだろう。「M」は70年以上も前の作品なのでそこまでは描けない。いや描くつもりもなかっただろう。この映画の狙いはセンセーショナルな猟奇犯罪そのものを描くことではない。恐ろしい犯罪の上に、さらに深刻な社会不安を重ねて描くことに真の目的がある。代わりに犠牲者に忍び寄る犯人の「影」が実に効果的に描かれている。犯行を直接描かなくても恐怖を盛り上げられるのだ。そこにラングの非凡な才能があった。店のショーウインドウを覗いている少女に男の口笛の音がかぶさる。軽快な「ペールギュント」のメロディがかえって不気味だ。犯人の姿は映らない。口笛だけを「登場させる」演出がすごい。
幸い、男が手をかけようとする直前に女の子の母親が現れて事なきを得た。しかし、その口笛を覚えていた男がいた。風船売りの盲目の男である。彼はギャングに頼まれて殺人鬼を探していた浮浪者の一人である。最後の犠牲者エルシーを連れ去る前に、犯人は彼女の気を惹くためにたまたまこの盲目の男から風船を買ったのだ。盲目の男は別の浮浪者に犯人の後を追跡させる。仲間が見失わないように、その男は手のひらにチョークで“M”と書いて、どさくさにまぎれて犯人の背中を叩く。犯人の黒いコートに白い“M”の文字が浮かび上がる。“M”は「殺人者」という意味のドイツ語“Mörder”の頭文字である。このあたりの一連の展開は有名な場面で、実際今観ても素晴らしい。
こうして犯人は特定され、追い詰められる。一方警察も決して無能ではなかった。ローマン警部(オットー・ヴェルニッケ)たちは別の線(アリストンという銘柄のたばこ)から同じ犯人に行きついていた。しかし犯罪者たちの方が一歩先んじていた。犯罪者たちは犯人を追いつめ、捕らえる。このあとが意外な展開になる。実はここから先はほとんど覚えていなかった。犯人が正体を現し、童顔の顔がすさまじい形相に変わってゆくところは覚えていたが、彼が何と犯罪者たちによって裁判にかけられることは全く忘れていた。犯人役のペーター・ローレの鬼気迫る演技ばかり記憶に残っていた。こんな突拍子もない展開をどうして忘れていたのか不思議なくらいだ。
それはともかく、犯人は大きな部屋に引き出される。そこには犯罪者や浮浪者、そして子供を殺された母親たちがずらりと並んで座っていた。そこは即席の裁判所だった。ここからの展開が重要である。警察や裁判官ではなく、犯罪者や浮浪者たちなどの「大衆」が犯人を裁くのである。それもリンチまがいのいい加減な裁判ではない。犯人には弁護士がつけられ、彼にも弁明の機会が与えられる。映画が描こうとしていることは明確だろう。もはや国家権力には「国民」を裁く資格はない。「人民の名において」(ラストで本物の裁判官が使った言葉)大衆が「正義の法廷」を開くのだ。
この長々と続く裁判場面で犯人と犯罪者たちが交わしたやり取りはこの上なく重要である。「お前らなんかに何の権利があるというんだ」と突っかかる犯人に対し、ギャングたちのボスはこう反論する。ここにいる者たちは嫌というほど法の力を知っている(監獄の中で学んだわけだ)。「彼らが君を裁くのだ。弁護人もいる。すべて法律に従うのだ」と。ボスが「これ以上犠牲を出さないためだ。君には死んでもらう」と言うと、犯人が激して「これは殺人じゃないか。警察を呼ぶことを要求する。法の下に公平な裁判を要求する」と怒鳴る。これに傍聴人たちは大笑い。
犯人も負けずに「お前ら、一体何様なんだ。みんな犯罪者じゃないか」とやり返すが、やがて独白のように自分の苦悩を吐き出し始める。「おれは選択しようがなかったんだ。自分の中に悪魔が棲んでいるんだ。炎、叫び、責め苦が。・・・ひとりで通りを歩くといつも感じるんだ。追ってくる奴がいる。おれ自身だ。音もなく追いかけてくる。でもおれには聞こえるんだ。まるでおれ自身に追いかけられているように。自分で自分を追ってるんだ。・・・おれと一緒に亡霊たちもついてくる。母親たちの亡霊やその子供たちの亡霊がいる。いつもそこにいるんだ。どんな時でも。それから解放されるのはあの時だ。それは・・・それから記憶がない。覚えていないんだ。」
犯人はすさまじい形相で身をよじりながら、体から毒を吐き出すように言葉を吐き出す。両目は飛び出さんばかり。今の感覚からするとセリフや身振りが大仰に感じられるが、それでもペーター・ローレの熱演に思わず引き込まれてしまう。ボスは飽くまで死刑を宣告しようとするが、そこに弁護人が割って入る。犯人の行為は「強度の強迫観念による」もので、「自身で責任のとれない行動は処罰でき」ない。「必要なのは医者であり、死刑ではない」と弁護する。
それでもボス(裁判官の役)は死刑を迫る。監獄に入れただけではいずれ恩赦でまた出てくるし、病院も退院したらまた同じことを繰り返すだろうと譲らない。興奮した傍聴人たちが被告に襲いかかろうとするところへ警察が突入してくる。驚く犯人の肩にすーっと手が伸びてくる。そして「法の下に」という声。直後に裁判所の場面に切り替わる。「人民の名において・・・」という裁判官の声。さらにまた場面が変わり、喪服を着た母親たちの言葉が最後に流れる。「私たちの子供は生き返らない。誰かが・・・子供たちにもっとしっかり注意を向けていたら。(画面暗転)あなた方が!」
最後のメッセージがただ単にもっと大人が子供をしっかり守るべきだという単純なものでないことは明白だろう。脚本を担当したラングと彼の妻であったテア・フォン・ハルボウが当
時どの程度ファシズムの脅威を意識していたかは分からない。しかし失業者があふれかえっていたワイマール共和国時代のドイツが暗く希望の見出せない混乱状態にあり、その混迷の中からさらに恐ろしい脅威が生まれ出ようとしているという認識を持っていたことは間違いないだろう。ぎょろぎょろと目を剝き、髪を振り乱した殺人鬼がその迫りくる脅威を象徴していることも明らかだろう。この映画を単なるサスペンス映画と解釈したのでは、なぜ後半これだけ疑似裁判の場面に力を込めているのか理解できなくなる。「M」は政治映画なのである。警察や司法などの権力に対する不信感。犯罪者たちは殺人鬼ばかりではなく、混迷した社会と政治体制をも裁いていたのである。しかし、結局手柄は警察に奪われ、どれだけ時間をかけて審議したのか描かれないままに「人民の名において」といきなり判決が下される。「人民の名において」という言葉が何とうつろに響くことか!(本物の)法廷の場面はほんのワンショットしか描かれないが、見るからに権威的で威圧感に満ちている。裁判官がこの一言を発しただけですぐ画面が切り替わってしまう。判決そのものではなくこの言葉だけをあえて言わせたところに辛辣な皮肉が込められている。
お前らに俺を裁く権利があるのかという犯人に対して、ボスのシュレンカー(演じるグスタフ・グリュントゲンスが実に堂々としていて見事だった)がはっきりと「ある」と断言していることが意味深長である。社会の混乱が犯罪者を生んだのだという認識がその背後にあるに違いない。さんざん臭い飯を食わされた俺たちや社会からはじき出された浮浪者たちこそ法の力を知っている。俺たちの法廷こそ正義の法廷であるという含意が込められている。
「M」はファシズム批判を全面的に展開した力作「死刑執行人もまた死す」と並べて解釈されるべき作品である。ラングの祖母はユダヤ人である。「M」を撮った2年後の33年、ラングはゲッベルスから彼の下でドイツ映画を統括してほしいと持ちかけられて仰天する。彼はその日のうちにフランスへ亡命した。
DVDの附録映像が実に面白い。何と吹き替えではなく、フランス語で撮り直された別ヴァージョンが収録されている。こんなものがあったとは。オリジナルに比べて編集が多く、ペーター・ローレの演技はずっと大袈裟になっている。また、ジョセフ・ロージー監督によるアメリカ版があったが、監督がコミュニストだという理由で上映禁止になっていたことも初めて知った。出来は悪くないというから、これも観てみたいものだ。
「M」はラングのトーキー第1作である。ところどころ車の音や歩く音が無音になっていて気になったが、解説によると意図的なものだったという。必ずしも納得はできないが、面白い指摘ではある。
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