「プルートで朝食を」を観ました
「麦の穂をゆらす風」が素晴らしかったので、キリアン・マーフィーつながりで「プルートで 朝食を」を観てみた。「これから観たい&おすすめ映画・DVD(06年12月)」で取り上げていたが、なぜかこれまで観落としていたのである。「キンキー・ブーツ」、「トランスアメリカ」、「ブロークバック・マウンテン」など、このところゲイ映画、あるいはトランスセクシュアル映画に優れた作品が多いので期待して観た。
正直言って期待はずれだった。DVDのジャケットにはニール・ジョーダン監督の最高傑作と書いてあるが、本当にそうなのか?そもそもニール・ジョーダン監督の作品で傑作だと思ったものは1本もない。これまで観てきた「モナリザ」(1986)、「プランケット城への招待状」(1988)、「クライング・ゲーム」(1992)、「マイケル・コリンズ」(1996)、「ダブリン上等!」(2003)などはどれも悪くはないが、傑作とまでは言えない。アイルランドの監督としては「父の祈りを」や「イン・アメリカ/三つの小さな願いごと」で知られるジム・シェリダンと並ぶ代表格だが、まだまだイギリスには水をあけられている感じがする。
何が物足りないのだろうか?まず、全体に散漫な印象を受ける。これには二つの理由が考えられる。ひとつはこの映画が一種のロード・ムービーのような作りになっていることだ。主人公のキトゥン(「子猫」という意味)はあれこれと人生行路を踏み迷い、最後に父親を発見する。旅に出るわけではないが、人生の道を踏み迷っている。ロード・ムービーのように様々な人物と出会い、くっついてはまた離れの繰り返し。脇役がそれぞれ魅力的だが、どうも全体に散漫な印象を受ける。
もちろん、ロード・ムービーがすべて散漫なわけではない。「プルートで朝食を」のテーマが十分掘り下げられ、追及されていないことが問題なのである。もちろんキトゥンはただ当てもなく彷徨っていたわけではない。彼の旅は母親を探す旅であった。彼は母を探し当てた。しかし皮肉にも取り戻したのは父親だった。「とても不思議だわ。母さんを捜しに行き、父さんを見つけた。」彼の父親は“不燃性の神父様”だった。ラストの終わり方は明るい。ルベッツの懐かしい「シュガー・ベイビー・ラブ」が流れる中、母親と病院ですれ違うが、たがいに他人のように別々の方向に曲がってゆく。もうキトゥンには母親は必要なかったからだ。なぜなら彼は父親を見出し、また彼自身が「母親」になったからである。親友チャーリー(女性)の子供を共に育てているのである。
大きなテーマの枠組みとしてはそれなりに一貫している。それでも散漫なのはキトゥンの内面の悩み・人間的苦悩が十分伝わってこないからである。「トランスアメリカ」や「キンキー・ブーツ」に比べて物足りないのはその点である。キトゥンことパトリックは子供のころから女性の服装にあこがれ、人前ではパトリシアと名乗って女性で通している(アイルランドの守護聖人がセント・パトリックなので、パトリックあるいはパトリシアという名はアイルランド系に多い)。一方、キトゥンの親友はチャーリーという男性のような名を名乗っている。この交錯は意図的なものだろう。しかしこの点もそれ以上深く追求はしていない。IRAの爆弾テロも描かれるが、これも毎日のニュースのようにあっさり流れてゆくだけ。
何よりもキトゥンの行動が行き当たりばったりで、成り行き任せなのである。彼は何も苦 悩を語らないし、苦悩しているようにも思えない。カトリック国アイルランドで女装の男を通すのはかなり困難で勇気のいることだが、何の緊張感もない。キトゥンの父親である神父の教会が焼き討ちにあうシーンがあるが、ほとんどそれだけだと言っていい。そういうものをさらっと乗り越えていったのだと言えば聞こえはいいが、差別に対する前向きな描き方というよりは、むしろ避けて通ったという方が当たっている。母親もずっと追い求めていたというよりは、忘れたころに見かけて追いかけるという展開だ。ずっと細切れのエピソードをつなげたような展開。一言でいうと軽すぎるのだ。だから「キンキー・ブーツ」の後では色褪せて見えるのである。
「プルートで朝食を」 ★★★☆
2005年 ニール・ジョーダン監督 イギリス・アイルランド
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