「春にして君を想う」を観ました
「麦の穂をゆらす風」以来12日ぶりに観た映画。「春にして君を想う」(1991)は5、6年前 に中古ビデオを買ったが、気になりつつも観ていなかった。今年アマゾンであれこれ検索していたときにDVDが出ていることを発見。嘘みたいに安かったので迷わず買った(43インチのプラズマテレビを買った時に思い切ってDVD1本に切り替えたので、今家にはビデオデッキがない)。「母たちの村」のレビューを書こうと思いながらなかなか筆が進まなかった昨日の夜中、映画でも観て気分転換しようと選んだのが「春にして君を想う」だった。山のように床に積まれたDVDの中からこれを選んだのは、おそらく何となく癒しを感じさせるタイトルとジャケット写真に引き付けられたからだろう。パソコンに向かう気力が萎え、体に疲れがたまっていた。気分が乗らなければ途中でやめて寝てしまってもよいという気持ちで観はじめたが、冒頭の哀愁に満ちた男たちの歌からどんどん引き込まれていった。
「世界中の映画を観てみよう」をモットーとして掲げ、さまざまな国の映画を意識的に観てきたが、アイスランドの映画を観るのはこれが初めてだ。素晴らしい傑作だった。一種のロード・ムービーであることは知っていたが、老人二人を主人公にした映画だとは知らなかった。死期の近い老人が生まれ故郷を目指すというストーリーはアメリカ映画の傑作「バウンティフルへの旅」を思わせる。ほぼ共通したストーリーだが、「バウンティフルへの旅」には生への意欲を感じた。キャリーは死ぬ前に故郷のバウンティフルを観たいという積年の思いに駆られて家を抜け出し、一人故郷を目指す。彼女の積極的な行動は死の影を吹き払っていった。
一方、「春にして君を想う」は死に向かっての旅だった。妻に先立たれたゲイリは突然娘の家を訪れる。しかし娘の家族に冷たくされ、老人ホームに入れられてしまう。そこで彼は同郷の、恐らくかつて思いを寄せあっていたと思われるステラと出会う。ゴミ捨て場の隣の墓地に埋められたくないというステラを連れてゲイリは施設を抜け出し、二人の故郷を目指す。「バウンティフルへの旅」のキャリーは息子夫婦と同居していたが、彼女も毎日壁に向かって独り言を繰り返す寂しい生活を送っていた。子供たちに疎まれる老人たちというテーマはどこの国にも共通してある。老いた両親が子供たちの家をたらいまわしにされる小津の「東京物語」も同じテーマを含んでいた。
「バウンティフルへの旅」のキャリーが目指した故郷も、「春にして君を想う」の二人が目指した故郷も、今ではすっかり寂れていた。しかし同じ寂れていても、「春にして君を想う」はアイスランドという土地柄のせいでかなり違った印象を与える。北極圏に位置するこの国の風景は荒涼として寒々しいが、またこの世のものとは思えないほど美しくもある。記録映画の名作「アラン」に描かれたアラン島(アイルランドの西に位置する)は文字通りなにもなかった。ただ岩ばかりの世界。アイスランドはむしろ「ククーシュカ ラップランドの妖精」で描かれたラップランドに近い。だがアイスランドはそれよりももっと美しい。霧に包まれた寒々しい風景と楽園のようなお花畑が同居する。どこか天上の世界のような神秘的な雰囲気が漂っている。だからゲイリとステラの乗った車が突然消えてしまったり(パトカーに追われていた)、岩だらけの海岸で全裸の若い女性が手を振っていたり、果てはラストシーンでゲイリの前に天使(ブルーノ・ガンツが特別出演)が現れたりしても、違和感がないのだ。
どこかファンタジーがなじむ風土。故郷への旅は死後の楽園への旅へといつの間にか変わってゆく。ゆっくりと天国への階段を上ってゆくような旅。寂れてはいるが、花が咲き乱れた故郷で二人の老人は長かった人生の旅を終える。しかし、ただ美しいばかりの世界ではない。途中で動かなくなった車を捨てて、歩いて旅を続けた二人は荒野で夜を明かす。夜空を見上げる二人。ステラ「あの月と昔見た月は同じかしら?」ゲイリ「わからん。」ステラ「どうして?」ゲイリ「あれから人間が月へ行った。きっと荒れてるよ。」そのあと二人は哀愁に満ちた賛美歌がどこからか流れてくるのを聞く。「輝く夜空の星の世界よ」で始まるあのメロディだ。美しさと無常感のようなものが混じり合っているのだ。ゲイリがたどり着いた最後の場所、天使が迎えに来た場所は丘の上にある廃墟のような建物だった。石ころだらけの坂を裸足で上がってきたゲイリの足は血だらけになっていた。廃墟に横たわるゲイリの姿にはゴルゴダの丘で磔にされたキリストの姿が重ねられていたに違いない。
建物から出たゲイリの姿を砂埃が一瞬覆い隠し、再び視界が晴れた時にはゲイリの姿はなかった。映像詩という言葉がしっくりと当てはまる数少ない映画の一つである。
「春にして君を想う」 ★★★★☆
1991年 フリドリック・トール・フリドリクソン監督 アイスランド・ドイツ・ノルウェー
出演:ギスリ・ハルドルソン、シグリドゥル・ハーガリン、ルーリック・ハラルドソン
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コメント
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真紅さん コメントありがとうございます。
この映画をどうしてもっと早く観ておかなかったのかと後悔しました。いい映画でしたね。
ブルーノ・ガンツは僕も映画を観た時は「この人誰?」と不思議に思いました。DVD裏の説明を読んで「そういうことか」と納得した次第です。
「コールド・フィーバー」はこの映画を観た後、すぐにアマゾンで注文して手に入れました。永瀬正敏は好きな俳優なので、これも観るのが楽しみです。
投稿: ゴブリン | 2007年5月17日 (木) 23:13
ゴブリンさま、こちらにもコメント失礼します。
この映画はかなり前(10年以上前かもしれません)に観ました。その時、ブルーノ・ガンツが出てきて頭の中が「???」になったのを憶えています(笑)
「この人、『ベルリン・天使の詩』の人?じゃあ天使ってことかな?」などと・・。
永瀬正敏くんが主演した『コールド・フィーバー』もいいですよ。こちらのほうが分かり易かったです(笑)
ではでは。
投稿: 真紅 | 2007年5月17日 (木) 11:09