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2007年5月 3日 (木)

「麦の穂をゆらす風」を観ました

 アイルランドの歴史に関する本は学生の頃に何冊か読んだことがある。イギリス文学が0070 専門だったが、イギリスを知る上で世界中に植民地を持っていた帝国主義国家としての面を見落とすわけに行かないからだ。アメリカの歴史を知る上で奴隷制の問題、先住民や黒人などへの人種差別問題を欠かすことが出来ないのと同じである。

  アイルランドに対するイギリスの支配は過酷なものだった。恐らくその根底にはケルト系民族に対する差別意識があったに違いない。アメリカ映画だが、イングランドに対するスコットランド人の闘いを描いた「ブレイブ・ハート」の冒頭で、スコットランドの貴族たちがイングランド軍に虐殺されて天井から吊るされている場面が描かれる。全編を通じてスコットランド人を下等な生き物のように扱っているイングランド人の差別意識が描き出されている(原作ほどではないが)。「麦の穂をゆらす風」の冒頭にもホッケーの後「集会を開いた」と主人公たちがイギリス兵に難癖をつけられ、質問に英語で答えなかったミホールが殺される場面が出てくる。人を人とも思わない高圧的で傲慢な態度は「ブレイブ・ハート」と同じだ。恐らくインドや南アフリカなどで取っていた態度と同じだろう。帝国主義と人種差別意識は一体のものである。

  以前「『ウォレスとグルミット 危機一髪!』とファンタジーの伝統」という記事で次のように書いた。

  『ガリヴァー旅行記』と言えば巨人の国と小人の国の話が有名だが、宮崎駿の「天空の城ラピュタ」のラピュタと検索エンジン「ヤフー」のヤフーは『ガリヴァー旅行記』に出てくるものである。『ガリヴァー旅行記』は4話からなり、ガリヴァーは巨人の国、小人の国、ラピュタ、ヤフーの国を訪れるのである。ヤフーはほとんど猿にまで退化した人間で馬に支配されている。まるで「猿の惑星」の世界だ。ラピュタは空飛ぶ島だが、実はこれはイギリスを暗に示している。 アイルランドは長い間イギリスの植民地だった。ラピュタは空中から下界を支配し、ひとたび反乱があれば地上に落下して「暴徒たち」を押しつぶすのである。

  『ガリヴァー旅行記』は風刺と皮肉に満ち溢れた本だが、子供向きに書き直されたときにその政治性がすっぱり削り落とされたのである。『ガリヴァー旅行記』の著者ジョナサン・スイフトはダブリン生まれのアイルランド人である。思想的には保守派だが、こと対イギリス問題となると徹底してラディカルな態度を取った。地上の民を支配するラピュタは明らかにアイルランドとイギリスの関係の暗喩である。「麦の穂をゆらす風」はアイルランドとイギリスの歴史的関係を抜きにしては語れない。

  ケン・ローチ作品はオムニバスの「セプテンバー11」も含めて9本観たが、どれも優れた作品である。ディケンズのように階級社会イギリスを上からではなく下から描いた作家である。しかもディケンズよりはるかにラディカルな立場に立っている。その彼の傑作群の中でも「麦の穂をゆらす風」は今のところ頂点に位置する作品ではないか。この映画を観てそう思った。ケン・ローチはついに抑圧され奪い尽くされてきた植民地の立場からイギリスを見るところまで至った。甘さの入り込む余地のない非妥協的でリアリスト的な態度はほとんどの作品に一貫しているが、この作品には抑圧からの解放という熱くたぎる思いが前面に押し出されている。同時に、裏切った仲間を処刑せざるを得ない非情さに揺らぐ内的葛藤も描きこまれている。さらには、完全独立か不完全ではあっても実を取るかというアイルランド人内部における路線の対立もリアリストの冷徹な目で見つめている。

  2006年度公開作品で見逃している作品はまだまだあるが、少なくとも今のところ「麦の穂をゆらす風」が暫定1位である。「母たちの村」、「ココシリ」、「スタンドアップ」、「ホテル・ルワンダ」、「スティーヴィー」、「ノー・ディレクション・ホーム」、「スパングリッシュ」、「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」、「ククーシュカ ラップランドの妖精」までがベストテン。上位を戦う映画ばかりが占めているのはもちろん僕の好みである(下記のタイトルにレビューへのリンクを付けてあります)。

「麦の穂をゆらす風」 ★★★★★

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