2006年 アイルランド・イギリス・他 2006年11月公開
評価:★★★★★
原題:The Wind That Shakes The Barley
監督:ケン・ローチ
プロデューサー:レベッカ・オブライエン
脚本:ポール・ラヴァティ
撮影:バリー・エイクロイド
美術:ファーガス・クレッグ
音楽:ジョージ・フェントン
史実監修:ドナル・オドリスコル
配給:シネカノン
出演:キリアン・マーフィー、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム
オーラ・フィッツジェラルド、メアリー・リオドン、メアリー・マーフィー
ローレンス・バリー、デミアン・カーニー、マイルス・ホーガン
マーティン・ルーシー、シェイン・ケーシー、ジョン・クリーン
マーティン・ド・コガン、 ジェラルド・カーニー、シェイン・ノット
ケヴィン・オブライエン、ウィリアム・ルアン、ペギー・リンチ
ロジャー・アラム、サブリナ・バリー、フィオナ・ロートン
キアラン・アハーン、クレア・ディニーン、トマス・オヘーリー
アイルランドを描いた映画と言えば、真っ先に思い浮かぶのはジョン・フォード監督の「静かなる男」である。ジョン・フォードも主演のジョン・ウェインとモーリン・オハラもアイルランド系。ジョン・ウェインとヴィクター・マクラグレンという大男同士の殴り合いがハイライトだが、延々と何時間も殴り合う二人の戦いはヘビー級のタイトル・マッチのごとき迫力。村中の人たちが総出で応援、賭けは五分五分。警官までも賭けに参加している。隣村からは人々がバスを仕立てて殴り合いを見物に来る。とまあ、何とも伸びやかでおおらかな映画である。舞台となったイニスフリーはイーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」にも出てくる。アイルランド系のフランキー(イーストウッド)が読んでいたのはアイルランドの大詩人W.B.イェーツの「イニスフリーの湖島」という詩だった。赤毛のモーリン・オハラ(オブライエン、オドノヴァンなど名前に「オ」がつくのはアイルランド系)は顎が張ったきつそうな顔で、見るからにアイリッシュというイメージ。かつてはアイルランド系の女優というと誰でも真っ先に彼女を思い浮かべたものだ。どこかキャサリン・ヘップバーンを思い起こさせる顔で、大女優というほどではないがお気に入りの女優だった。
他にデヴィッド・リーン監督の「ライアンの娘」、アラン・パーカー監督の「ザ・コミットメンツ」、ニール・ジョーダン監督の「クライング・ゲーム」と「マイケル・コリンズ」、ジョン・クローリー監督の「ダブリン上等!」、未見だがジム・シェリダン監督の「父の祈りを」と「プルートで朝食を」あたりが代表作だろう。「ザ・コミットメンツ」は「静かなる男」のようなユーモラスなタッチの作品で、音楽映画としては出色の出来。デヴィッド・リーン監督の「ライアンの娘」はさすがに堂々たる大作。崖から海にパラソルが落ちてゆく冒頭シーンの息をのむような美しさ、ジョン・ミルズの名演、サラ・マイルズの美しさなど見どころが多いが、アイルランド問題に対する切込みはケン・ローチに比べるとはるかに不徹底だ。アイルランド人の人妻と英軍将校の恋愛というテーマに逃げてしまっている。
アイルランドは“エメラルドの島”と呼ばれ、美しくのどかな国、街中に音楽があふれる国というイメージである。しかしそんな国にもイギリスから独立するまでには長い悲痛で苛烈な歴史がある。何人もの英雄が生まれては殺されていった。ボイコットという言葉があるが、これは大不況が襲った1880年にアイルランドで起こった土地戦争に関連した人物の名前が語源である。チャールズ・カニンガム・ボイコット大尉は不在地主に代わって土地を管理していたイギリス人の土地差配人である。小作人たちの地代を下げてほしいという要求をはねつけた上に、彼は小作人たちを土地から追い出そうとした。小作人たちは一斉に反発して働くのをやめ、彼との関係を一切断ち、彼を孤立させた(日本風にいえば、地主を村八分にしたようなものか)。郵便すら届かなくなった。ついにボイコット大尉は小作人たちの要求をのんだ。このような出来事はアイルランド史を読めば無数に出てくる。
不在地主(absentee landlord)という言葉もアイルランド史のキー・ワードの一つである。日本の戦国時代の論功行賞のように、アイルランドを侵略したクロムウェルは配下の将校たちにアイルランドの土地を分け与えた。土地を手に入れた上級将校や投機家たちの多くは、イギリスに住みながら不在地主としてアイルランド人から地代を取り立ててぬくぬくと暮らしていたのである。アイルランドはイギリスによって徹底的に搾り取られていたのだ。
イギリスは今でこそアメリカの腰巾着になり果てたが、かつては大英帝国として七つの海
を支配したのである。大英博物館はその帝国時代に略奪した戦利品の壮大な展示場だとよく言われる。実際その通りだ(と言いつつ二回も行ってきました、はい)。アイルランドはそのイギリスによる支配が最も苛烈だった植民地の一つである。アイルランド人による独立に向けた闘争が何度もあった。その度に鎮圧され、関係者は処刑された。イギリスの桎梏から解き放たれたい、自分たちの国を持ちたい、自由の国を実現したい!アイルランド人たちの自由への熱い息吹。これまでも「マイケル・コリンズ」などで描かれてきたが、アイルランド人の戦いを描いた最も優れた映画を作ったのは皮肉にもイギリス人監督だった。
ケン・ローチはBBCで数々の優れたドキュメンタリーを作っていた頃から、一貫して階級社会であるイギリスを下から、虐げられた弱い者の立場から描いてきた。「麦の穂をゆらす風」が彼の作品群の中で、同時にイギリス映画全体の中で占める意義は、彼がついにイギリスの帝国主義を正面切って批判するところまで踏み出したことにある。この点は誰も指摘しないが、この映画を批評する上で絶対にはずすことができない重要な観点である。イギリスにおいて弱者であった者も、植民地では抑圧者であり掠奪者であった。日本人が南京虐殺を映画に撮ったようなものだから、イギリスで大論争になったのも当然である。彼はそこまで踏み込んだのである。監督自身、カンヌ映画祭で次のように語っている。
私は、この映画が、英国がその帝国主義的な過去から歩み出す、小さな一歩になってくれることを願う。過去について真実を語れたならば、私たちは現実についても真実を語ることができる。英国が今、力づくで違法に、その占領軍をどこに派遣しているか、皆さんに説明するまでもないでしょう。
もちろん、虐げられたアイルランド人を描いたという点から見れば、これまでのケン・ローチの姿勢と変わらないとも言える。しかし彼らを虐げていたのがイギリス人だという点を無視すべきではない。彼はアイルランド人の視点で描くことによって、イギリスを相対化したのである。もちろん、アイルランド人は単にイギリス人を相対化するための道具というわけではない。彼らに注ぐ熱い視線、彼らに寄せた共感は真摯なものである。だから、あの悲惨な内戦とそれがアイルランド人たちの心に残した深い傷をリアルに描けたのである。これまでもボスニア紛争を題材にした悲痛極まりない映画がいくつもあった。「顔」のない敵と戦う外国との戦争と違って、内戦の場合同国人同士、知った者同士の戦いになる。時には親子や兄弟同士が殺し合わなければならない。「ビューティフル・ピープル」や「ライフ・イズ・ミラクル」のようにコミカルな要素を取り入れなければとても観るに堪えない。それほど悲惨である。ケン・ローチはその悲惨な現実と悲痛な悲しみにもひるむことなく正面から向き合った。イギリス帝国主義の暴虐行為とそれに立ち向かったアイルランド人の戦い、それに続く悲痛な内戦を徹底して描き切ったこと、それが「麦の穂をゆらす風」を痛切であるが同時に感動的な作品にしたのである。
イギリス人の横暴な支配とそれに対するアイルランド人の誇りと反抗は冒頭シーンで鮮明に描かれている。ハーリングというホッケーのようなゲームの後、主人公のデミアン(キリアン・マーフィー)は別れの挨拶のためペギー家を訪れた。彼はロンドンの病院で働くことになっていたのである。そこへブラック・アンド・タンズと呼ばれるイギリス人の武装警察隊が現れ、お前たちは禁止されている集会を行っていると難癖を付ける。名前を聞かれた時ミホールは頑としてマイケルという英語名を名乗るのを拒否した。彼はそのために見せしめとして殺されてしまう。殺されてもミホールという本来の名前を言い続けた彼の強い意志と、自分はアイルランド人だという揺るがない誇り。それと対比的に描かれる、アイルランド人を人とも思わないイギリス人の高圧的で傲慢な態度。
デミアンは独立を求めるアイルランド人の気持ちをよりはっきりと言葉で表現している。クリスの密告で逮捕されたデミアンは尋問を受け、やはり名前を聞かれる。イギリス兵「名前は?」デミアン「僕はアイルランド共和国軍の兵士だ。正規の扱いを要求する。」「いやお前はただの人殺しだ。」「僕は民主主義者だ。シン・フェイン党が議席の7割を制した。党の公約は英国からの完全分離独立。民主的な決定だ。」「私はただ政府から派遣された兵士にすぎない。」「英政府が議会を弾圧し決定を無効にした。君らは不法にわが国を占領している。我々はどうすればいい。もう700年耐えろと言うのか?」「私の責任ではない。」「国から出てゆけ!」「名前を言え。」「国から出てゆけ!」
デミアンはイギリスで医者になろうとしたが、駅でイギリス軍を列車に乗せるのを拒んだ運転手をイギリス兵がさんざん殴るのを見て、デミアンもイギリスとの戦いに身を投じる決意をする。その時の運転手ダンとデミアンは監獄で再開する。その時のエピソードが重要である。デミアンは監獄の壁に一篇の詩が書かれているのを見つける(詩集『経験の詩』に収められている"Garden of Love"からの一節)。「だから私は愛の園に向かった 黒い法衣の僧たちが各々の持ち場を歩き回り そして私の喜びと希望を棘で縛る。」それがウィリアム・ブレイクの詩であることを教えたのがダンである。「俺は英国の収容所に入れられた。あれは俺の人生で最高の数年だった。読み書きや考えることを学んだよ。」ダンはイギリスで教養を身に付けた。その時にブレイクと出会ったのだろう。イギリス人は侵略者であるが、また高度な文明と優れた文化を築いた国民でもある。ダンは獅子身中に飛び込み、教養と革命思想を身につけて帰ってきたのだ。教養と指導理念がなければ戦えない。必要なものは敵から奪え。ダンはそういう考えの持ち主なのだろう。ブレイクを単なる神秘主義者、抒情詩を書いたロマン派詩人と理解するべきではない。彼には革命詩人としての面がある。彼は反逆者でもあった。アイルランド人は黒い制服を着た武装警察隊に抑えつけられ、自由を奪われていた。壁にブレイクの詩を書いた囚人は「私の喜びと希望を棘で縛る」という言葉に自分たちの国の現状を重ね合わせていたのだろう。アイルランド人の結束は強まってゆく。デミアンたちを牢から脱出させたのもドニゴール出身の兵士だった。
しかし戦いは熾烈を極め、仲間から裏切り者も出る。裏切り者は幼なじみのクリスだった。彼を処刑しなければならないデミアンの苦悩は深い。「僕は解剖学を5年学んだ。なのに今はあの男(領主)を撃つ。クリスは幼なじみだ。それだけの価値のある戦いかな。」クリスは自分が裏切り者であることを自覚し、抵抗はしなかった。しかし彼の残した最後の言葉はデミアンばかりか我々の胸にも突き刺さる。彼の母親は字が読めないので遺書は書かないとクリスは言った。「“愛してる”と言って埋めた場所を教えてくれ。デミアン、奴の横に埋めないと約束して。」クリスが「奴」と言ったのは彼の主人である領主のことである。領主は先に処刑されていた。読み書きもできないほど無教養状態に置かれていた人々、字の読めない母親に残された文字のない「遺書」。裏切り者のクリスでさえ領主と一緒に埋められるのを拒絶した。彼もまた虐げられたアイルランド人だった。力のぶつかり合いである戦争は弱いものをくじいてゆく。領主に脅迫され仕方なく彼は仲間を売ったのだ。それが分かっているだけに、撃ったデミアンもつらい。クリスを撃つ前彼は頭を抱えて落ち着きなく動き回り、撃った後は足早にその場から立ち去る。まるで一瞬たりとも自分の「行為」の結果の近くにいたくなかったかのように。この場面はラストのデミアンの処刑場面以上に悲痛である。
デミアンがシネードに語った、クリスを処刑した後彼の母親に会いに行った時の話も聞いていてつらい場面だ。話を聞いた母親はただ黙って靴を履き、息子の墓に連れて行ってくれとだけ言う。二人は黙々と礼拝堂まで6時間歩いた。息子の墓を確認した母親からデミアンは「二度と顔を見せないで」と言われる。デミアンにしてみれば、裏切り者ではなく仲間を撃った心境だろう。母親の言葉が彼の胸に突き刺さる。デミアンは恋人のシネードに「僕は一線を越えてしまった」ともらす。「心が何も感じなくなった」と。
戦争という大きな波は容赦なく個人を押し流し翻弄してゆく。大義は個人の都合に優先する。しかし人間は感情を持った生き物である。幼なじみを自分の手で処刑するという矛盾にデミアンは苦しみ悩む。そしてやがて感情をすり切らせてゆく。苛酷な現実をケン・ローチは妥協なく描き通した。もはやデミアンは感情を押し殺した革命の闘士になっていた。目標達成のために揺るがない決意。イギリス軍の反撃と報復がさらに彼の決意を鉄のように固めていった。
デミアンたちは待ち伏せ攻撃で英軍を全滅させた。しかしその帰りブラック・アンド・タンズたちが一軒の農家をもやし、女たちの髪の毛を切っているところに出くわした。その中にはシネードもいた。しかし救出しようにも先ほどの攻撃で弾薬を使い尽くしていたので攻撃できない。シネードは髪を切られ頭から血を流している。歯ぎしりしながらも、手を出せずに見守るしかないデミアンたち。ようやくブラック・アンド・タンズたちが去った後、デミアンたちは助けに向かう。ぼさぼさに髪の毛を切られ頭から血を流しているシネードが言った。「私はここで死にたくない。もう少し人間らしい生活がしたいの。」そんなささやかで当たり前の生活すら奪われてゆく人々。その直後休戦の知らせが届いた。
形勢不利なイギリスは譲歩し、休戦になったのだ。長い闘争に倦みつかれていた人々はパブに繰り出す。アイリッシュ・トラッドが流れ、人々は踊り回る。しかしこの喜びは長く続かなかった。その後調印された平和協定が、「自由国は自治領として大英帝国に留まる。自由国の国会議員は英国王に忠誠を誓う」という不徹底なものだったからだ。しかも北アイルランドは英国内に留まるというのだ。
この協定をめぐって共にイギリスに対して戦った仲間の間で意見が対立する。「1916年を忘れたか!」「こんな条約のために戦ったのか?」次々に抗議の声が上がる。1916年とはピアースやコノリーらがイースターの4月24日にダブリンで武装蜂起した「イースター蜂起」を指しているのだろう。コノリーたちの死は無駄だったのか?こんなことのために彼らは死んだのか?ダンは激しくこの協定を糾弾する。「俺たちは国土を所有する権利がある。だからこそ俺たちは戦ってきたんだ。・・・もしこの条約を批准すれば、変わるのはただ権力者の言葉の訛りと国旗の色だけだ。」
アイルランドは二分されてしまった。条約は批准されたが、ダミアンたちは軍事訓練を続けた。自由国派と共和国派の対立はもはや調停できなくなり、アイルランドは内戦状態に入る。ダミアンとダンたちは完全独立派、ダミアンの兄テディ(ポードリック・ディレーニー)は協定支持派と、兄弟も互いに敵対する立場になってしまう。やがてダンは自由国軍に撃たれて死亡する。死体の前でデミアンが叫ぶ。「何てことをしたんだ。丸腰のダンを後ろから撃ったんだぞ、デニス。」敵対する者同士が互いの名前を知っている悲劇。デミアンも敵につかまってしまう。テディは「俺の代わりはいるがお前の代わりはいない」と弟を説得するが、デミアンは厳として折れない。ついに、兄のテディがデミアンを処刑することになる。
デミアンの残したシネード宛の遺書は次のような内容だった。「僕らは何と不思議な国民だろう。・・・ダンの言葉の意味を考え続けてきた。“誰と戦うかは簡単にわかる。何のために戦うかをよく考えろ”。僕は今何のために戦うか分かった。テディをよろしく頼む。彼の心はすでに死んでいるように思える。時計の動きが君の心臓の拍動を思い出させる。君がくれたメダルに勇気をもらった。君も勇気をもらえるように。さよならシネード。今もそして永遠に君を愛している。」テディは処刑後シネードにデミアンの遺書と形見のメダルを渡す。シネードはテディに殴りかかる。「二度と顔を見せないで。」皮肉にも、クリスの母親がデミアンに言ったのと同じ言葉だった。
「何のために戦うか」という疑問に対するデミアンの答えとは何だったのか。祖国の完全なる独立のためか。兄弟同士、幼なじみ同士が殺し合うことのない世界を実現するためなのか。答えは分からない。むしろケン・ローチはこの問いを現在のイギリスに向けて投げかけているのかもしれない。今この時もイラクをはじめ、世界の各地で戦争や紛争やテロが起きている。何のために戦うのか、それは戦うに値するのか。
荒涼としたアイルランドの大地を舞台としながら、画面には自由を目指して戦う人々の熱い息吹があふれている。最初は医者になるためにアイルランドを出ようとしていたデミアンの優しい目も、強い視線で前を見つめる戦士の目に変わる。戦い、裏切り、処刑、仲間の死。過酷な現実が彼を変えていった。この映画に歴史的な英雄は登場しない。無名の人たちが力を合せ一つの目標のために戦ったのだ。しかし休戦協定が不徹底なものだったた
めに、それまで一本の線だったものが二つに分かれてしまった。過酷な抑圧との戦いは悲痛な内戦に変って行った。テディは敵側に回ってしまった。デミアンの顔は精悍なものから無表情なものに変わってゆく。しかし最後までデミアンが信頼を寄せていた人物がいる。ダンである。彼が言った言葉、「この戦いは、アイルランドの貧しい人々を救うためのものであるべきだ」という言葉は最後までデミアンを支えていたのではないか。そしてその言葉は映画のラストまでずっと映画の根底を地下水脈のように流れていた。この言葉こそ彼の戦いの原点であり、彼が最後に到達した答えであったのかもしれない。
1937年、アイルランド自由国はエール共和国と改称し、完全独立国家を宣言した。1949年、アイルランド共和国樹立。イギリス連邦からも脱退し、完全独立を達成した。2本のわだちが地平線で交わるようにアイルランドはついに一つになった。
配給はシネカノン。相変わらずいい仕事をしている。最後に映画のタイトルとなったアイリッシュ・トラッドの歌詞を引用しておこう。
ふたりの絆を断ち切るつらい言葉は
なかなか口にできなかった
しかし外国の鎖に縛られることは
もっとつらい屈辱
だからわたしは彼女に告げた
「明日の早朝あの山へ行き、勇敢な男たちに加わる」と
静かな風が峡谷をわたり
麦の穂をゆらしていた
(茂木健訳)
<追記>
"The Wind That shakes the Barley"をおさめたアルバムとしてロリーナ・マッケニットの同名のアルバムを推薦しておきます。カナダ出身だが、ケルト・ミュージックを中心に歌っている。「マスク・アンド・ミラー」、「パラレル・ドリームス」、「ザ・ヴィジット」など名盤が多数。
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