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2007年5月

2007年5月31日 (木)

「父親たちの星条旗」を観ました

 

Ob_065  ずいぶん久しぶりに映画を観た感じがする。実際、5月18日に「明日へのチケット」を観て以来だからもう10日以上映画を観ていなかった。遅れに遅れていた「麦の穂をゆらす風」のレビューをやっと書き終えたので、これからはせっせと映画を観ることにしよう。

  「硫黄島からの手紙」を観たのは4月の23日。ほぼ1カ月遅れて「父親たちの星条旗」を観た。公開は「父親たちの星条旗」の方が先だが、おそらく日本人には「硫黄島からの手紙」の方がより関心が高いと考えたのだろう。作品としては「父親たちの星条旗」の方が上だと思う。テーマとメッセージが明確だ。「硫黄島からの手紙」はとかく誤解・偏見まみれで描かれることが多い日本人をほとんど違和感なく描いている。その点は十分評価できる。しかし何か物足りない。何か突き抜けるものがない。どうも焦点が拡散してパノラマ的になっている気がする。西郷(二宮和也)と清水(加瀬亮)の二人は線が細くて印象が弱く、一方栗林中将(渡辺謙)と西中佐(伊原剛志)などは英雄的に描かれている。

  だが、英雄は本当に英雄なのか、「父親たちの星条旗」が問うたのはまさにそのことである。擂鉢山の頂上に星条旗をたてようとしている米兵たちの写真、ロバート・キャパが撮った銃弾に貫かれてのけぞる兵士の有名な写真と同じくらいよく見かけるこの写真を元に、イーストウッドはその旗の下にいた兵士たちのその後を描いてゆく。彼らは作られた英雄だった。旗を押し上げているあの勇ましい兵士たちの姿から連想される英雄的イメージは虚像だった。ラストでドクの息子が語った「英雄なんてものはいない。・・・英雄とは人間が必要にかられて作るものだ」という言葉がこの作品の主題を簡潔に表現している。そしてこのメッセージが貫こうとしているのは描かれた当時のアメリカではなく、9.11後のアメリカである。泥沼化したイラク侵攻。しかし増派はあっても撤退はない。いつまで力の政策を続けるのか、いつまで同じ虚像を作り続けるのか。「父親たちの星条旗」が問うているのはまさに現在のアメリカである。

  「アメリカ、家族のいる風景」のレビューで9.11後に現れたアメリカ映画の顕著な変化をまとめた。アメリカは混迷を深めている。もはや強いアメリカという標語は色あせ、アメリカは自信を失い進むべき方向を見出せずにいる。不信感が広がり、人間関係がきしみ出し、家族が崩壊し帰るべき家とて見出せない。「ロッキー・ザ・ファイナル」は観ていないが、かなり興味をひかれる映画だ。シリーズ中唯一の傑作である第1作に戻ったからである。あからさまな英雄志向ではなく、「16ブロック」のように、初老になったロッキーがぼろぼろになりながら強敵に立ち向かう。彼を突き動かしていたのは名声でも栄誉でもない。勝利ですらない。そういう描き方になっているようだ。だから興味をひかれる。もはやこの流れは小さく細い流れではなくなっている。「父親たちの星条旗」はアメリカ映画の主流が追い求め、連綿と描き続けてきたヒーロー像を地面に引き倒した。もっとも、その像はすでに写真の旗竿と同じ角度くらいまで傾いていたのだが。

  「父親たちの星条旗」はそれ自体完結した作品だが、「硫黄島からの手紙」と対になっている。同じ戦いを双方の側から描くという試みはおそらく初めてである。このアイデアはそれ自体賞賛されていい。その卓抜なアイデアをプラスすれば、「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」を1つの作品として5つ星を付けてもいいとさえ思う。

  最後にもう一点付け加えておきたい。あの旗竿の写真は確かに素晴らしい写真である。いや、あの旗竿の角度が完ぺきだったと言うべきか。旗竿の角度がもっと小さかったならばあの躍動感は出ない。逆にほぼ垂直に立て終わっていても動きが出せない。ただ旗の下に人が集まっているだけの写真になってしまう。6人の兵士が力を合せアメリカの旗を今まさに垂直に立てようとしているその動きの途中だからこそ、あの躍動感と力強さが出せたのだ。報道カメラマンはその一瞬のタイミングを逃さず見事に切り取った。ポスターとしてこれ以上ないくらいに絵になる。しかし、そのこととその旗竿を立てかけた兵士たちを英雄視することとはまた別のことである。

「父親たちの星条旗」 ★★★★☆
 2006年 クリント・イーストウッド監督 アメリカ


【追記】
 「NHKスペシャル 父は日本人を殺した」が面白かった。ピュリツァー賞作家のデール・マハリッジは、父が亡くなる直前に沖縄で日本の少年兵とばったり出会い目が合い、とっさにその少年兵を撃ち殺したと告白された。一体沖縄戦で何があったのか。デールは父と同じ部隊の生き残りに会いインタビューを重ねた。そして沖縄にも行き、そこで当時を知る老人にインタビューをする。非常に優れた番組だった。中でも印象的な言葉が二つある。一つは、デールが話を聞いたアメリカの老兵たちは、誰ひとり沖縄戦のことを誇らしげに語らなかったということ。もう一つは、一人の老兵が語った言葉だ。「私たちは決して英雄ではなかった。ただ生き残っただけだ。」(2011年6月19日の日記より)

2007年5月27日 (日)

浦野川散策

  天気がいいのでミニ・ドライブに行くことにした。143号線をしばらく走る。いつものようPhoto_71 に、特にどこへ行くというあてがあったわけではない。仁古田の信号を越えたところで浦野川に架かる橋を渡った。左側の浦野川の眺めがなかなかいいので急遽左折して橋の近くに車をとめた。橋は古郷橋。143号線の橋より一つ上流にある橋だ。古郷橋とは面白い字だ。橋のたもとで一瞬何と読むのか迷ったが、日記に書いてみてその理由が分かった。故郷でも古里でもなく、両方を掛け合わせた古郷なのだ。「ふるさと」と読むのか。それとも「こきょう」か。あるいは「こさと」だろうか。上田には古里と書いて「こさと」と読む地名もあるが。いずれにしてもユニークな組み合わせだ。(追記:読み方は「こきょうはし」でした。何のことはない、橋の反対側にひらがなで書いてありました。この時はまだ知りませんでしたが、橋の欄干の両端にある合計4つの柱にはそれぞれ橋の名前と川の名前が漢字とひらがなで書かれています)。

 

 橋の上から川を眺めてみる。水は薄茶色に濁っているが、なかなか眺めがいい。もう一Photo_72 つ上流の橋の横に「浦里保育園」の建物が見える。143号線の(青木方面に向かって)右側には何度か「裏道探索」に行ったことはあるが、左側にはまだ行ったことがない。ずっと気になっていたのだが、とっさの判断で図らずも初めて足を踏み入れることになった。川の両側の堤の上に道がある。草に覆われているが、車のわだちができている。そこをたどれば歩けるだろう。まだ日が高いし、上流の眺めがよさそうなので、上流に向かって歩いてみることにした。

 

 デジカメを持ってこなかったことを後悔する。出がけに迷ったのだが、置いてきてしまった。まあ、また来週の土曜か日曜にもう一度来ればいい。川の左右に山があり、正面あたりでつながっている。左側はすぐ山。右側は広い平地。ちょうど広い扇状地の左寄りにいる感じか。正面のずっと奥の方に水源があるようだ。川の近くには人家が少なく、木立が多い。ほとんど人を見かけない。実にのんびりした場所だ。歩いていて気持ちがいい。数はPhoto_73 少ないとはいえ人家が絶えず視界に入るのは興ざめだが、よく絵に描かれるような美しい田園風景の中に自分がいる。2週間前に書いた「不思議な空間のゴブリン」で分け入ったのは山の中だったが、今回は川沿いの道。気持ちがいいのはそのせいだ。

 

 97年の12月に「川沿いを自転車で」というエッセイを書いた(本館HP「緑の杜のゴブリン」のエッセイ・コーナー所収)。千葉県の流山市や東京の調布市に住んでいた頃、そして上田市に来てからも、僕はよく自転車で川沿い(江戸川と野川そして千曲川)を散歩していた。僕はなぜか海、川、湖、池などの水辺が大好きなのだ。塩田に家を建ててからは千曲川から遠くなってしまい、以前のように川沿いの散歩をしなくなった。だから今日の浦野川散策はとても楽しかったし、懐かしい気がした。

 

Photo_74   向川原橋、梅之坪橋、越戸橋と次々に橋を越えてゆく。橋と橋の間隔が短い。それだけ生活空間に近いということだろう。上流に行くにつれて家の数が減ってくる。堤防道のわだちもだんだん草に覆い隠されてくる。川がどんどん野性的になってきて、川の表情も良くなってくる。淀みができているところでは親子が釣りをしていた。なんて長閑なんだ。上田市も青木村のすぐ近くまで来るとこんな所があるんだ。川の横に赤い色の洋風の建物がある。ここは必ず写真に撮ろう。あちこち歩きながら、いくつも必写ポイントを見つける。無意識のうちにアングルまで考えている。ああ、本当にカメラを持ってこなかったのが残念。

 

 越戸橋まで来たところで引き返す。40分くらい歩いただろうか。もう少し近辺を見てみたかったので、車で川から少し離れた道を上流の方向に向かって走ってみる。道の右側には比較的新し家が立ち並んでいる。分譲地だったのだろうか、どれもしゃれた感じの家だ。ほとんど対向車もなく、走っていて気持ちがいい。だいぶ走って右折したらなんとすぐ143Photo_75 号線に出た。道の向い側は青木の道の駅だった。何だここに出るのか。自分ではもっと沓掛温泉の方に向かっているのかと思っていたので、いささか拍子抜けした。家に戻る。忘れないようにすぐフリー・ソフト「そら日記」に書き込む。地図で調べてみると、何と浦野川はほぼ143号線と並行して流れていた。古郷橋近くで143と交差するところではほぼ直角に交わっていたので錯覚したのだ。そういえば向川原橋の先あたりから川は右にカーブしていたなと今更ながら合点した。

 

 地図を見ていて面白いことに気づいた。浦野川をさかのぼってゆくと青木村役場のあたりで二股に分かれている。というよりも、沓掛温泉の方から流れてくる沓掛川と田沢の方から流れてくる田沢川が青木村役場のあたりで合流しているのである。こうして川は1本になるが、青木村役場のすぐ下流は田沢川と書いてある。それが途中から突然浦野川になるのだ。ちょうどその境目あたりで道路地図のページが変わっているので一瞬面食らった。同じ川が33ページでは田沢川と書いてあり、34ページでは浦野川になっている。理由はすぐ分った。青木村を流れている間は田沢川と呼ばれ、上田市に入ると浦野川と呼ばれているのである。ちょうど長野県内では千曲川と呼ばれている同じ川が新潟県に入ると信濃川と呼ばれるように。県境だけではなく、市と村の間でもこういうことがあるとは知らなかった。探せば他にもあるかもしれない。実に興味深い現象だ。

 

Photo_76   日記を書いている間フランシス・ブラックの「トーク・トゥー・ミー」のCDを流す。このCD、不思議なことにステレオに入れると「no disc」と表示されて音が出ない。不良品をつかまされたかと思ったが、試しにDVDプレーヤーに入れたら音が出た。一体どうなってるの?キツネにつままれた感じだったが、音楽は良かった。フランシス・ブラックは有名なメアリー・ブラックの妹。「トーク・トゥー・ミー」は94年製作のソロ第1作。メアリーよりももっとフォーク寄りで、聞きやすい曲が多い。アイリッシュ色が薄い代わりに幅広い人が楽しめるだろう。いい曲がそろっていて素晴らしいアルバムだ。

 

 「ゴブリンのこれがおすすめ 38」でアイリッシュ/ケルト・ミュージックを特集した直後に、アマゾンでCDを一気に20枚も注文してしまった。これもその中の1枚。「追加」のコーナーに入っている、チェリッシュ・ザ・レイディーズの「スレッズ・オブ・タイム」、デフ・シェパードの「シナジィ」、ベグリー&クーニーの「アイルランドの絆」、ミジャドイロの「ガリシアの誘惑」はみなその時注文したもの。フランシス・ブラックの「トーク・トゥー・ミー」も追加しておきます。Photo_77 ジャンルが違うので入れなかったが、クラース・ドルテの「イン・マイ・ネーム」も傑作だった。こちらはスウェーデン出身のシンガー・ソングライター。ずっとマークしていたのだが、やっと今頃になって手に入った。フォーク調の静かで滋味深い歌を聞かせてくれる。僕はフォークが大好きだ。もちろん、これもおすすめです。

 

 

 

<写真の説明・上から>
古郷橋
向川原橋
梅之坪橋
梅之坪橋上流の河原
赤い家
越戸橋
越戸橋上流の河原Photo_78
浦野川と堤防道

 

(注)
写真は6月2日に撮ったものです。

 

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2007年5月26日 (土)

麦の穂をゆらす風

2006年 アイルランド・イギリス・他 2006年11月公開 Inaka009
評価:★★★★★
原題:The Wind That Shakes The Barley
監督:ケン・ローチ
プロデューサー:レベッカ・オブライエン
脚本:ポール・ラヴァティ
撮影:バリー・エイクロイド
美術:ファーガス・クレッグ
音楽:ジョージ・フェントン
史実監修:ドナル・オドリスコル
配給:シネカノン
出演:キリアン・マーフィー、ポードリック・ディレーニー、リーアム・カニンガム
    オーラ・フィッツジェラルド、メアリー・リオドン、メアリー・マーフィー
    ローレンス・バリー、デミアン・カーニー、マイルス・ホーガン
    マーティン・ルーシー、シェイン・ケーシー、ジョン・クリーン
    マーティン・ド・コガン、 ジェラルド・カーニー、シェイン・ノット
    ケヴィン・オブライエン、ウィリアム・ルアン、ペギー・リンチ
    ロジャー・アラム、サブリナ・バリー、フィオナ・ロートン
    キアラン・アハーン、クレア・ディニーン、トマス・オヘーリー

 アイルランドを描いた映画と言えば、真っ先に思い浮かぶのはジョン・フォード監督の「静かなる男」である。ジョン・フォードも主演のジョン・ウェインとモーリン・オハラもアイルランド系。ジョン・ウェインとヴィクター・マクラグレンという大男同士の殴り合いがハイライトだが、延々と何時間も殴り合う二人の戦いはヘビー級のタイトル・マッチのごとき迫力。村中の人たちが総出で応援、賭けは五分五分。警官までも賭けに参加している。隣村からは人々がバスを仕立てて殴り合いを見物に来る。とまあ、何とも伸びやかでおおらかな映画である。舞台となったイニスフリーはイーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」にも出てくる。アイルランド系のフランキー(イーストウッド)が読んでいたのはアイルランドの大詩人W.B.イェーツの「イニスフリーの湖島」という詩だった。赤毛のモーリン・オハラ(オブライエン、オドノヴァンなど名前に「オ」がつくのはアイルランド系)は顎が張ったきつそうな顔で、見るからにアイリッシュというイメージ。かつてはアイルランド系の女優というと誰でも真っ先に彼女を思い浮かべたものだ。どこかキャサリン・ヘップバーンを思い起こさせる顔で、大女優というほどではないがお気に入りの女優だった。

 他にデヴィッド・リーン監督の「ライアンの娘」、アラン・パーカー監督の「ザ・コミットメンツ」、ニール・ジョーダン監督の「クライング・ゲーム」と「マイケル・コリンズ」、ジョン・クローリー監督の「ダブリン上等!」、未見だがジム・シェリダン監督の「父の祈りを」と「プルートで朝食を」あたりが代表作だろう。「ザ・コミットメンツ」は「静かなる男」のようなユーモラスなタッチの作品で、音楽映画としては出色の出来。デヴィッド・リーン監督の「ライアンの娘」はさすがに堂々たる大作。崖から海にパラソルが落ちてゆく冒頭シーンの息をのむような美しさ、ジョン・ミルズの名演、サラ・マイルズの美しさなど見どころが多いが、アイルランド問題に対する切込みはケン・ローチに比べるとはるかに不徹底だ。アイルランド人の人妻と英軍将校の恋愛というテーマに逃げてしまっている。

 アイルランドは“エメラルドの島”と呼ばれ、美しくのどかな国、街中に音楽があふれる国というイメージである。しかしそんな国にもイギリスから独立するまでには長い悲痛で苛烈な歴史がある。何人もの英雄が生まれては殺されていった。ボイコットという言葉があるが、これは大不況が襲った1880年にアイルランドで起こった土地戦争に関連した人物の名前が語源である。チャールズ・カニンガム・ボイコット大尉は不在地主に代わって土地を管理していたイギリス人の土地差配人である。小作人たちの地代を下げてほしいという要求をはねつけた上に、彼は小作人たちを土地から追い出そうとした。小作人たちは一斉に反発して働くのをやめ、彼との関係を一切断ち、彼を孤立させた(日本風にいえば、地主を村八分にしたようなものか)。郵便すら届かなくなった。ついにボイコット大尉は小作人たちの要求をのんだ。このような出来事はアイルランド史を読めば無数に出てくる。

 不在地主(absentee landlord)という言葉もアイルランド史のキー・ワードの一つである。日本の戦国時代の論功行賞のように、アイルランドを侵略したクロムウェルは配下の将校たちにアイルランドの土地を分け与えた。土地を手に入れた上級将校や投機家たちの多くは、イギリスに住みながら不在地主としてアイルランド人から地代を取り立ててぬくぬくと暮らしていたのである。アイルランドはイギリスによって徹底的に搾り取られていたのだ。

 イギリスは今でこそアメリカの腰巾着になり果てたが、かつては大英帝国として七つの海Ki0008 を支配したのである。大英博物館はその帝国時代に略奪した戦利品の壮大な展示場だとよく言われる。実際その通りだ(と言いつつ二回も行ってきました、はい)。アイルランドはそのイギリスによる支配が最も苛烈だった植民地の一つである。アイルランド人による独立に向けた闘争が何度もあった。その度に鎮圧され、関係者は処刑された。イギリスの桎梏から解き放たれたい、自分たちの国を持ちたい、自由の国を実現したい!アイルランド人たちの自由への熱い息吹。これまでも「マイケル・コリンズ」などで描かれてきたが、アイルランド人の戦いを描いた最も優れた映画を作ったのは皮肉にもイギリス人監督だった。

 ケン・ローチはBBCで数々の優れたドキュメンタリーを作っていた頃から、一貫して階級社会であるイギリスを下から、虐げられた弱い者の立場から描いてきた。「麦の穂をゆらす風」が彼の作品群の中で、同時にイギリス映画全体の中で占める意義は、彼がついにイギリスの帝国主義を正面切って批判するところまで踏み出したことにある。この点は誰も指摘しないが、この映画を批評する上で絶対にはずすことができない重要な観点である。イギリスにおいて弱者であった者も、植民地では抑圧者であり掠奪者であった。日本人が南京虐殺を映画に撮ったようなものだから、イギリスで大論争になったのも当然である。彼はそこまで踏み込んだのである。監督自身、カンヌ映画祭で次のように語っている。

  私は、この映画が、英国がその帝国主義的な過去から歩み出す、小さな一歩になってくれることを願う。過去について真実を語れたならば、私たちは現実についても真実を語ることができる。英国が今、力づくで違法に、その占領軍をどこに派遣しているか、皆さんに説明するまでもないでしょう。

 もちろん、虐げられたアイルランド人を描いたという点から見れば、これまでのケン・ローチの姿勢と変わらないとも言える。しかし彼らを虐げていたのがイギリス人だという点を無視すべきではない。彼はアイルランド人の視点で描くことによって、イギリスを相対化したのである。もちろん、アイルランド人は単にイギリス人を相対化するための道具というわけではない。彼らに注ぐ熱い視線、彼らに寄せた共感は真摯なものである。だから、あの悲惨な内戦とそれがアイルランド人たちの心に残した深い傷をリアルに描けたのである。これまでもボスニア紛争を題材にした悲痛極まりない映画がいくつもあった。「顔」のない敵と戦う外国との戦争と違って、内戦の場合同国人同士、知った者同士の戦いになる。時には親子や兄弟同士が殺し合わなければならない。「ビューティフル・ピープル」「ライフ・イズ・ミラクル」のようにコミカルな要素を取り入れなければとても観るに堪えない。それほど悲惨である。ケン・ローチはその悲惨な現実と悲痛な悲しみにもひるむことなく正面から向き合った。イギリス帝国主義の暴虐行為とそれに立ち向かったアイルランド人の戦い、それに続く悲痛な内戦を徹底して描き切ったこと、それが「麦の穂をゆらす風」を痛切であるが同時に感動的な作品にしたのである。

 イギリス人の横暴な支配とそれに対するアイルランド人の誇りと反抗は冒頭シーンで鮮明に描かれている。ハーリングというホッケーのようなゲームの後、主人公のデミアン(キリアン・マーフィー)は別れの挨拶のためペギー家を訪れた。彼はロンドンの病院で働くことになっていたのである。そこへブラック・アンド・タンズと呼ばれるイギリス人の武装警察隊が現れ、お前たちは禁止されている集会を行っていると難癖を付ける。名前を聞かれた時ミホールは頑としてマイケルという英語名を名乗るのを拒否した。彼はそのために見せしめとして殺されてしまう。殺されてもミホールという本来の名前を言い続けた彼の強い意志と、自分はアイルランド人だという揺るがない誇り。それと対比的に描かれる、アイルランド人を人とも思わないイギリス人の高圧的で傲慢な態度。

 デミアンは独立を求めるアイルランド人の気持ちをよりはっきりと言葉で表現している。クリスの密告で逮捕されたデミアンは尋問を受け、やはり名前を聞かれる。イギリス兵「名前は?」デミアン「僕はアイルランド共和国軍の兵士だ。正規の扱いを要求する。」「いやお前はただの人殺しだ。」「僕は民主主義者だ。シン・フェイン党が議席の7割を制した。党の公約は英国からの完全分離独立。民主的な決定だ。」「私はただ政府から派遣された兵士にすぎない。」「英政府が議会を弾圧し決定を無効にした。君らは不法にわが国を占領している。我々はどうすればいい。もう700年耐えろと言うのか?」「私の責任ではない。」「国から出てゆけ!」「名前を言え。」「国から出てゆけ!」

 デミアンはイギリスで医者になろうとしたが、駅でイギリス軍を列車に乗せるのを拒んだ運転手をイギリス兵がさんざん殴るのを見て、デミアンもイギリスとの戦いに身を投じる決意をする。その時の運転手ダンとデミアンは監獄で再開する。その時のエピソードが重要である。デミアンは監獄の壁に一篇の詩が書かれているのを見つける(詩集『経験の詩』に収められている"Garden of Love"からの一節)。「だから私は愛の園に向かった 黒い法衣の僧たちが各々の持ち場を歩き回り そして私の喜びと希望を棘で縛る。」それがウィリアム・ブレイクの詩であることを教えたのがダンである。「俺は英国の収容所に入れられた。あれは俺の人生で最高の数年だった。読み書きや考えることを学んだよ。」ダンはイギリスで教養を身Ku_005_1に付けた。その時にブレイクと出会ったのだろう。イギリス人は侵略者であるが、また高度な文明と優れた文化を築いた国民でもある。ダンは獅子身中に飛び込み、教養と革命思想を身につけて帰ってきたのだ。教養と指導理念がなければ戦えない。必要なものは敵から奪え。ダンはそういう考えの持ち主なのだろう。ブレイクを単なる神秘主義者、抒情詩を書いたロマン派詩人と理解するべきではない。彼には革命詩人としての面がある。彼は反逆者でもあった。アイルランド人は黒い制服を着た武装警察隊に抑えつけられ、自由を奪われていた。壁にブレイクの詩を書いた囚人は「私の喜びと希望を棘で縛る」という言葉に自分たちの国の現状を重ね合わせていたのだろう。アイルランド人の結束は強まってゆく。デミアンたちを牢から脱出させたのもドニゴール出身の兵士だった。

 しかし戦いは熾烈を極め、仲間から裏切り者も出る。裏切り者は幼なじみのクリスだった。彼を処刑しなければならないデミアンの苦悩は深い。「僕は解剖学を5年学んだ。なのに今はあの男(領主)を撃つ。クリスは幼なじみだ。それだけの価値のある戦いかな。」クリスは自分が裏切り者であることを自覚し、抵抗はしなかった。しかし彼の残した最後の言葉はデミアンばかりか我々の胸にも突き刺さる。彼の母親は字が読めないので遺書は書かないとクリスは言った。「“愛してる”と言って埋めた場所を教えてくれ。デミアン、奴の横に埋めないと約束して。」クリスが「奴」と言ったのは彼の主人である領主のことである。領主は先に処刑されていた。読み書きもできないほど無教養状態に置かれていた人々、字の読めない母親に残された文字のない「遺書」。裏切り者のクリスでさえ領主と一緒に埋められるのを拒絶した。彼もまた虐げられたアイルランド人だった。力のぶつかり合いである戦争は弱いものをくじいてゆく。領主に脅迫され仕方なく彼は仲間を売ったのだ。それが分かっているだけに、撃ったデミアンもつらい。クリスを撃つ前彼は頭を抱えて落ち着きなく動き回り、撃った後は足早にその場から立ち去る。まるで一瞬たりとも自分の「行為」の結果の近くにいたくなかったかのように。この場面はラストのデミアンの処刑場面以上に悲痛である。

  デミアンがシネードに語った、クリスを処刑した後彼の母親に会いに行った時の話も聞いていてつらい場面だ。話を聞いた母親はただ黙って靴を履き、息子の墓に連れて行ってくれとだけ言う。二人は黙々と礼拝堂まで6時間歩いた。息子の墓を確認した母親からデミアンは「二度と顔を見せないで」と言われる。デミアンにしてみれば、裏切り者ではなく仲間を撃った心境だろう。母親の言葉が彼の胸に突き刺さる。デミアンは恋人のシネードに「僕は一線を越えてしまった」ともらす。「心が何も感じなくなった」と。

  戦争という大きな波は容赦なく個人を押し流し翻弄してゆく。大義は個人の都合に優先する。しかし人間は感情を持った生き物である。幼なじみを自分の手で処刑するという矛盾にデミアンは苦しみ悩む。そしてやがて感情をすり切らせてゆく。苛酷な現実をケン・ローチは妥協なく描き通した。もはやデミアンは感情を押し殺した革命の闘士になっていた。目標達成のために揺るがない決意。イギリス軍の反撃と報復がさらに彼の決意を鉄のように固めていった。

  デミアンたちは待ち伏せ攻撃で英軍を全滅させた。しかしその帰りブラック・アンド・タンズたちが一軒の農家をもやし、女たちの髪の毛を切っているところに出くわした。その中にはシネードもいた。しかし救出しようにも先ほどの攻撃で弾薬を使い尽くしていたので攻撃できない。シネードは髪を切られ頭から血を流している。歯ぎしりしながらも、手を出せずに見守るしかないデミアンたち。ようやくブラック・アンド・タンズたちが去った後、デミアンたちは助けに向かう。ぼさぼさに髪の毛を切られ頭から血を流しているシネードが言った。「私はここで死にたくない。もう少し人間らしい生活がしたいの。」そんなささやかで当たり前の生活すら奪われてゆく人々。その直後休戦の知らせが届いた。

  形勢不利なイギリスは譲歩し、休戦になったのだ。長い闘争に倦みつかれていた人々はパブに繰り出す。アイリッシュ・トラッドが流れ、人々は踊り回る。しかしこの喜びは長く続かなかった。その後調印された平和協定が、「自由国は自治領として大英帝国に留まる。自由国の国会議員は英国王に忠誠を誓う」という不徹底なものだったからだ。しかも北アイルランドは英国内に留まるというのだ。

  この協定をめぐって共にイギリスに対して戦った仲間の間で意見が対立する。「1916年を忘れたか!」「こんな条約のために戦ったのか?」次々に抗議の声が上がる。1916年とはピアースやコノリーらがイースターの4月24日にダブリンで武装蜂起した「イースター蜂起」を指しているのだろう。コノリーたちの死は無駄だったのか?こんなことのために彼らは死んだのか?ダンは激しくこの協定を糾弾する。「俺たちは国土を所有する権利がある。だからこそ俺たちは戦ってきたんだ。・・・もしこの条約を批准すれば、変わるのはただ権力者の言葉の訛りと国旗の色だけだ。」

  アイルランドは二分されてしまった。条約は批准されたが、ダミアンたちは軍事訓練を続けた。自由国派と共和国派の対立はもはや調停できなくなり、アイルランドは内戦状態に入る。ダミアンとダンたちは完全独立派、ダミアンの兄テディ(ポードリック・ディレーニー)は協定支持派と、兄弟も互いに敵対する立場になってしまう。やがてダンは自由国軍に撃たれて死亡する。死体の前でデミアンが叫ぶ。「何てことをしたんだ。丸腰のダンを後ろから撃ったんだぞ、デニス。」敵対する者同士が互いの名前を知っている悲劇。デミアンも敵につかまってしまう。テディは「俺の代わりはいるがお前の代わりはいない」と弟を説得するが、デミアンは厳として折れない。ついに、兄のテディがデミアンを処刑することになる。

  デミアンの残したシネード宛の遺書は次のような内容だった。「僕らは何と不思議な国民だろう。・・・ダンの言葉の意味を考え続けてきた。“誰と戦うかは簡単にわかる。何のために戦うかをよく考えろ”。僕は今何のために戦うか分かった。テディをよろしく頼む。彼の心はすでに死んでいるように思える。時計の動きが君の心臓の拍動を思い出させる。君がくれたメダルに勇気をもらった。君も勇気をもらえるように。さよならシネード。今もそして永遠に君を愛している。」テディは処刑後シネードにデミアンの遺書と形見のメダルを渡す。シネードはテディに殴りかかる。「二度と顔を見せないで。」皮肉にも、クリスの母親がデミアンに言ったのと同じ言葉だった。

  「何のために戦うか」という疑問に対するデミアンの答えとは何だったのか。祖国の完全なる独立のためか。兄弟同士、幼なじみ同士が殺し合うことのない世界を実現するためなのか。答えは分からない。むしろケン・ローチはこの問いを現在のイギリスに向けて投げかけているのかもしれない。今この時もイラクをはじめ、世界の各地で戦争や紛争やテロが起きている。何のために戦うのか、それは戦うに値するのか。

  荒涼としたアイルランドの大地を舞台としながら、画面には自由を目指して戦う人々の熱い息吹があふれている。最初は医者になるためにアイルランドを出ようとしていたデミアンの優しい目も、強い視線で前を見つめる戦士の目に変わる。戦い、裏切り、処刑、仲間の死。過酷な現実が彼を変えていった。この映画に歴史的な英雄は登場しない。無名の人たちが力を合せ一つの目標のために戦ったのだ。しかし休戦協定が不徹底なものだったたInaka0006_1 めに、それまで一本の線だったものが二つに分かれてしまった。過酷な抑圧との戦いは悲痛な内戦に変って行った。テディは敵側に回ってしまった。デミアンの顔は精悍なものから無表情なものに変わってゆく。しかし最後までデミアンが信頼を寄せていた人物がいる。ダンである。彼が言った言葉、「この戦いは、アイルランドの貧しい人々を救うためのものであるべきだ」という言葉は最後までデミアンを支えていたのではないか。そしてその言葉は映画のラストまでずっと映画の根底を地下水脈のように流れていた。この言葉こそ彼の戦いの原点であり、彼が最後に到達した答えであったのかもしれない。

  1937年、アイルランド自由国はエール共和国と改称し、完全独立国家を宣言した。1949年、アイルランド共和国樹立。イギリス連邦からも脱退し、完全独立を達成した。2本のわだちが地平線で交わるようにアイルランドはついに一つになった。

  配給はシネカノン。相変わらずいい仕事をしている。最後に映画のタイトルとなったアイリッシュ・トラッドの歌詞を引用しておこう。

  ふたりの絆を断ち切るつらい言葉は
  なかなか口にできなかった
  しかし外国の鎖に縛られることは
  もっとつらい屈辱
  だからわたしは彼女に告げた
  「明日の早朝あの山へ行き、勇敢な男たちに加わる」と
  静かな風が峡谷をわたり
  麦の穂をゆらしていた
  (茂木健訳)

<追記>
 "The Wind That shakes the Barley"をおさめたアルバムとしてロリーナ・マッケニットの同名のアルバムを推薦しておきます。カナダ出身だが、ケルト・ミュージックを中心に歌っている。「マスク・アンド・ミラー」、「パラレル・ドリームス」、「ザ・ヴィジット」など名盤が多数。

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2007年5月20日 (日)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(07年6月)

【新作映画】
5月26日公開
 「ボラット」(ラリー・チャールズ監督、アメリカ)
 「コマンダンテ」(オリバー・ストーン監督、スペイン)
 「低開発の記憶 メモリアス」(トマス・グティエレス・アレア監督、キューバ)
6月1日公開
 「ザ・シューター 極大射程」(アントン・フークア監督、米・加) Rashinban1
6月2日公開
 「あるスキャンダルの覚書」(リチャード・エアー監督、英)
 「スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー」(シドニ・ポラック監督、独)
 「女帝」フォン・シャオガン監督、中国・香港)
 「終わりよければすべてよし」(羽田澄子監督、日本)
 「そのときは彼によろしく」(平川雄一郎監督、日本)
6月9日公開
 「プレステージ」(クリストファー・ノーラン監督、英・米)
 「ストーン・カウンシル」(ギョーム・ニクルー監督、仏)
 「それでも生きる子供たちへ」(エミール・クストリッツァ監督・他)
6月16日公開
 「ハリウッドランド」(アレン・コールター、アメリカ)
 「ゾディアック」(デヴィッド・フィンチャー監督、アメリカ)
 「キサラギ」(佐藤祐市監督、日本)
 「雲南の少女ルオマの初恋」(チアン・チアルイ監督、中国)
6月8日~12日開催
 「ドイツ映画祭2007」(有楽町朝日ホール)

【新作DVD】
5月25日
 「タッチ・ザ・サウンド」(トーマス・リーデルシェイマー監督、英・独)
 「名犬ラッシー」(チャールズ・スターリッジ監督、英・米・仏・アイルランド)
5月26日
 「サラバンド」(イングマル・ベルイマン監督、(スウェーデン・他)
6月1日
 「武士の一分」(山田洋次監督、日本)
6月2日
 「リトル・ミス・サンシャイン」(ジョナサン・デイトン監督、米)
6月8日
 「あるいは裏切りという名の犬」(オリビエ・マルシャル監督、フランス)
 「ディパーテッド」(マーティン・スコセッシ監督、米・香港)
 「夏物語」(チョ・グンシク監督、韓国)
 「ワサップ!」(ラリー・クラーク監督、アメリカ)
6月14日
 「輝く夜明けに向かって」(フィリップ・ノイス監督、英・米・仏・南ア)
6月20日
 「イカとクジラ」(ノア・バームバック監督、アメリカ)
 「モンスター・ハウス」(ギル・ケナン監督、アメリカ)
6月22日
 「ドリームガールズ」(ビル・コンドン監督、アメリカ)
 「モーツァルトとクジラ」(ピーター・ネス監督、米)
 「グアンタナモ、僕達が見た真実」(マイケル・ウィンターボトム監督、英)
 「紙屋悦子の青春」(黒木和雄監督、日本)
 「ラッキーナンバー7」(ポール・マクギガン監督、米)
6月27日
 「鉄コン筋クリート」(マイケル・アリアス監督、日本)
6月29日
 「市川崑物語」(岩井俊二監督、日本)

【旧作DVD】
5月24日
 「ドント・ルック・バック」(67、D.A.ベネベイカー監督、アメリカ)
5月25日
 「リコシェ」(91、ラッセル・マイケル監督、アメリカ)
 「イン・ザ・スープ」(92、アレクサンダー・ロックウェル監督、米・仏・日・伊)
 「コミッサール」(67、アレクサンドル・アスコリドフ監督、ソ連)
 「ルスランとリュドミラ」(72、アレクサンドル・プトゥシコ監督、ソ連)
 「自由を我等に」(31、ルネ・クレール監督、フランス)
 「田園交響楽」(46、ジャン・ドラノワ監督、フランス)
5月26日
 「友だちの恋人」(87、エリック・ロメール監督、フランス)
 「緑の光線」(86、エリック・ロメール監督、フランス)
 「満月の夜」(84、エリック・ロメール監督、フランス)
 「月世界の女」(29、フリッツ・ラング監督、ドイツ)
6月14日
 「大草原の小さな家 シーズン1」(マイケル・ランドン監督、米)
6月27日
 「二十四の瞳」(54、木下恵介監督、日本)デジタル・リマスター版
6月30日
 「スピオーネ」(28、フリッツ・ラング監督、ドイツ)
 「戦艦ポチョムキン」(25、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督、ソ連)

  新作では「Golden Tomato Awards発表 その2」で紹介した(コメディー部門1位)「ボラット」がいよいよ公開される。珍しいところではキューバ映画「低開発の記憶 メモリアス」の公開。68年製作の社会派ドラマ。キューバ映画を観る機会はめったにないので(僕は「バスを待ちながら」も「苺とチョコレート」もいまだ観ていない)、カストロを描いたオリバー・ストーン監督のドキュメンタリー「コマンダンテ」と一緒に観ておくといいかもしれない。
  新作DVDはすごい!「武士の一分」、「リトル・ミス・サンシャイン」、「ドリームガールズ」、 「紙屋悦子の青春」と傑作が続々とDVD化される。他にも話題作ぞろい。旧作ではフリッツ・ラングのドイツ時代の名作やエリック・ロメールの傑作が登場。ソ連映画のDVD化が途切れずに続いているのもうれしい。ボブ・ディランのドキュメンタリー映画「ドント・ルック・バック」にも注目。

2007年5月19日 (土)

明日へのチケット

2004年 イギリス・イタリア 2006年10月公開
評価:★★★★☆
監督:エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチ
脚本:ポール・ラヴァーティ、エルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ
撮影:クリス・メンゲス、マームード・カラリ、ファビオ・オルミ
出演:カルロ・デッレ・ピアーネ、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ
   シルヴァーナ・ドゥ・サンティス、フィリッポ・トロジャーノ
    マーティン・コムストン、ウィリアム・ルアン、ガリー・メイトランド
    ダニロ・ニグレッリ、カロリーナ・ベンベーニャ、マルタ・マンジウッカ
    クライディ・チョーライ、アイーシェ・ジューリチ、ロベルト・ノビーレ
    エウジニア・コンスタンチーニ

  列車は乗客の数だけ人生を運んでいる。そんなことを感じさせる映画だった。列車や駅T1 などの公共の場所は、またさまざまな人生が交錯する場所でもある。それぞれに憂いや悩みや喜び、そして悲しみを抱いた人々が行き交い、すれ違い、出会う。

  列車を舞台とした作品には、古くはイエジー・カワレロウィッチ監督の名作「夜行列車」(1959)があり、最近もオムニバス映画「チューブ・テイルズ」(1999)がある。アニメでは宮沢賢治の有名な原作をアニメ化した杉井ギサブロー監督「銀河鉄道の夜」が懐かしい。

  「チューブ・テイルズ」は多数の監督によるオムニバスだった。「明日へのチケット」はエルマンノ・オルミ、アッバス・キアロスタミ、ケン・ローチという3人の監督たちが3つのエピソードをそれぞれ担当したが、オムニバスのようにはっきりと分けるのではなく、切れ目なくつないで1本の映画にまとめるというユニークな作りになっている。駅ごとに何人もの人々が乗り降りする列車の特性をうまく利用している。

  3人の監督の中では、何といってもエルマンノ・オルミ監督が懐かしい。90年1月に「シネマスクエアとうきゅう」で観た「聖なる酔っぱらいの伝説」以来だから17年ぶりである。彼の代表作「木靴の樹」を岩波ホールで観たのはさらに遡って79年9月10日。あまりに長くて途中退屈したが、イタリア伝統のリアリズムで農民たちの生活を描いた雄渾なタッチの名作である。実はその前の76年から78年にかけては年間に一桁しか映画を観ていなかった。それぞれ大学4年生、大学院浪人、大学院の1年生に当たる年で忙しかったのである。しかし、いかに忙しかったとは言え、年間に一桁しか映画を観ていなかったとは今振り返ると信じられない。まあ、それはともかく、再び映画を意識的にもっと見ようと努力し始めたのは、79年に岩波ホールで「家族の肖像」、「木靴の樹」、「旅芸人の記録」を観たからである。この3本の傑作は僕の中に眠っていた映画への情熱に再び火を付けた。そういう意味でも「木靴の樹」は忘れがたい作品である。

  そしてアッバス・キアロスタミ。94年5月に上田映劇で観た「友だちのうちはどこ」と「そして人生はつづく」は衝撃的だった。初めてのイラン映画体験。特に「友だちのうちはどこ」の瑞々しい感性には新鮮な感動があった。以来「クローズアップ」、「桜桃の味」、「風が吹くまま」と観てきたがどれも素晴らしい。ここ数年イラン映画の一般公開が減っているのは残念でならない。中古DVDもとんでもない高値が付いている。こういう作品こそ廉価版を出してほしいのだが。

  ケン・ローチについては「麦の穂をゆらす風」のレビューも控えているし、これまでも2本レビューを書いてきたので特に触れない。さて、本題である「明日へのチケット」。エルマンノ・オルミが担当した最初のエピソードは老教授の淡い恋心を描いている。ウッディ・アレンに鬚をつけさせたようなカルロ・デッレ・ピアーネの、枯れているようでいて時にぽっと顔を赤らめるような表情がいい。「追憶の旅」(1983)というイタリア映画で1度観ている人だが、悲しいことに映画自体の記憶が全く残っていない。彼以上に鮮やかな印象を残すのはヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。「ふたりの5つの別れ路」でも強い印象を残した人だが、ここでは短い出演ながらその美しさが際立っている。美人だがクローズアップにすると重たく感じる彼女の顔が、教授の心に重たくのしかかる彼女のイメージとうまく重なっている。ほとんどこれといった筋のないイメージの積み重ねで展開され、周りの人々の様子が中心の二人と同じくらいの比重で描かれている。

  教授はパソコンで彼女にメールを出そうとするが、知り合ったばかりの若い女性にどんな文章を書いたらいいのか分からず、さっぱり筆が進まない。最初の1行だけが書かれたパソコンの画面。集中できない教授は車内で起こる様々な出来事が気になる。パソコンの画面からさ迷い出る彼の意識の中に、落ち着かない車内の様子や先ほど別れたばかりの女性と過ごした短い時間の記憶、そして教授の少年時代の回想などが入り込む。その分中心の二人の印象が弱まるが、それが逆に見知らぬ人々どうしが寄り集まる列車の中という設定にうまく合っているとも言える。導入部分として考えれば悪くない。

  偶然同じ車両に乗り合わせた人たち、それぞれに生きてきた年月分の人生がある。「明日へのチケット」は短い3つのエピソードの中に、各中心人物たちの過去を巧みに織り込み、それぞれの人生の一端を垣間見させる。そういう作りになっている。

  二つ目のエピソードは一転して強烈な個性の人物に焦点を当てる。しっとりとした味わいの最初のエピソードに対して、こちらは不愉快ながら滑稽な味わいがある。でっぷりと太った堂々たる体躯の中年夫人と彼女に付き添う気の弱そうな青年フィリッポ。夫人の性格は傲慢で高圧的だ。青年を顎で使い何度もどなりつける。その様子から母と息子かと最初は思うが、フィリッポは兵役義務の一環として将軍の未亡人の世話をしていたのだった。2等車の切符で1等車の席に座る彼女のずうずうしい態度、自分の席と携帯電話を取られたと思った男性客が携帯電話を返してくれと言った時のぴしゃりとはねつけるような態度(男性客の方が座席を間違えていた)、はてはその座席の切符を持った客が現れても頑としてどかないと居座る姿勢に観ているこっちもあきれて腹が立ってくる。

  この傍若無人なほどのわがままぶりから彼女のそれまでの生活ぶりが想像されるというものだが、この2つ目のエピソードに挿入される過去はこの夫人の方ではなくフィリッポの方である。あまり夫人の近くにいたくない彼は(その気持はよ~く分かる)コンパルトメントから出て通路に立つ。通路の横のデッキに若い女の子がいた。声をかけてみるとその子は偶然フィリッポを知っていた。若かったころの記憶がよみがえってくる。何の屈託もなく遊んでいた子供時代。それに比べて自分は今何をやっているのか。この思いが彼の心の底にしだいに鬱積したのだろう、着替えを手伝っている際に夫人に散々罵倒されたフィリッポは、止める夫人の声を振り切ってコンパルトメントを飛び出す。夫人は追いかけるが見つからない。駅に着いて、たくさんの荷物を抱えてホームに呆然と座り込む夫人。あまりにも横暴な夫人の態度に辟易するが、フィリッポの思い切った行動にはほっと救われる。

  それでも夫人の強烈な毒素はしばらく嫌な苦みとして口に残っている。しかし3つ目のストーリーが動き出したとたんにこの苦みもかき消されてしまう。ケン・ローチが監督した最後のエピソードは3つのエピソードの中でも特に素晴らしい。スコットランドからサッカーの試合を見に来た3人の若者たちの1人が列車の切符を失くしてしまい、すったもんだの大騒ぎをするという話だ。まず3人のサッカー小僧たちがいい。「SWEET SIXTEEN」に出演したマーティン・コムストンとウィリアム・ルアンという悪ガキ2人に小太りで間抜けな感じのガリー・メイトランドを加えたお騒がせ3人組。ごちゃごちゃと騒ぎたてながら登場するところから、切符が無くなって上を下への大騒ぎを始めるあたりまで軽快に飛ばす。こんな時のために予備のお金をとっておいたのだが、なんと間抜けな太っちょがその金でイタリア製の靴を買ってしまっていたというあたりは爆笑ものである。互いに誰かを責め合い、一人が冷静になると別の一人が頭に血を上らせるという混乱状態。

  しかし、このエピソードの真価が発揮されるのはなくなった切符が発見されてからである。実は同じ車両に乗り合わせていた難民一家の息子が切符を盗んでいたのである。警察に知らせるという若者たちに難民一家の母親が泣いて訴える。その詳しい事情は書かないが、これが若者たちの混乱を一層大きくする。若者たちの意識に難民たちが経験してきた苛酷な「過去」が入り込んでくる。可哀そうだから切符を上げようと言い出すもの、馬鹿そんな話を真に受けるやつがあるかと怒鳴りだすもの、仰天している他の乗客をしり目に蜂の巣をつついたような大騒ぎ。そう、この場面こそが本当に素晴らしいのだ。一見サッカー以外なにも関心がなさそうなあんちゃんたちだが、チケットを難民の家族に渡すかどうか彼らは真剣に悩み、怒鳴り合った。結果は書かないが、結果以上に真剣に怒鳴り合った彼らの姿が感動的なのである。

  3つのエピソードを比べてみると、やはりケン・ローチのものが一番いい。ケン・ローチらしさがしっかり出ている。他の二つも決して悪くはないのだが、それぞれの持ち味がもう一つ出ていない気がする。元々は3部作にするつもりだったようだが、この形にした方が良かったのかどうかは比べようがないのでわからない。ただ、明確に3つのエピソードに分けるオムニバス形式にしなかったことは成功していると思う。

<付記>
  最初は「観ました」シリーズのつもりで書きだしたのですが、書いているうちにどんどん長くなってしまったのでレビューの体裁にしました。ただ、あくまで長くなった感想文という性格ですので本格的なレビューという書き方ではありません。いずれ何らかの形で書き足すことがあるかもしれません。
  「麦の穂をゆらす風」のレビューはまだまったく手をつけていません。近々、今度こそ本当に近々書き上げます。

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2007年5月17日 (木)

ゴブリンのこれがおすすめ 38

【ブリティッシュ・トラッド/フォーク】
 ヴァシュティ・バニヤン「サム・シングズ・ジャスト・イン・ユア・マインド」
      〃     「ジャスト・アナザー・ダイヤモンド・デイ」
      〃     「ハートリープ」
      〃     「ルック・アフタリング」
 ヴィッキィ・クレイトン「イン・フライト」
 オファ・レックス「ザ・クイーン・オブ・ハーツ」
 ケイト・ラスビー「オークワード・アニー」
    〃    「テン」
    〃    「メイク・ザ・ライト」
 ケイト・ラスビー&キャサリン・ロバーツ「ケイト&キャサリン」
 ザ・アルビオン・バンド「ザ・HTDイヤーズ」
 サンディ・デニー「ザ・ベスト・オブ・サンディ・デニー」
    〃    「サンディ」
    〃    「ザ・レディ ジ・エッセンシャル」
    〃    「ライク・アン・オールド・ファッションド・ワルツ」
 サンディ・デニー&ストローブス「サンディ・デニー&ストローブス」
 シャーリー・コリンズ「ノー・ローゼズ」
      〃    「ロードスター」
 シャーリー&ドリー・コリンズ「ラヴ、デス&ザ・レディ」
 ジョン・レンボーン「ア・メイド・イン・ベドラム」
      〃   「ザ・ナイン・メイデンズ」
      〃   「トランスアトランティック・アンソロジー」
      〃   「レディ&ユニコーン」
 ジョン・レンボーン&ステファン・グロスマン「ザ・スリー・キングダムズ」
 ストローブス「骨董品」
 ドノヴァン「サンシャイン・スーパーマン」
 バート・ヤンシュ&ジョン・レンボーン「バート&ジョン」
 フェアポート・コンヴェンション「ザ・クロプレディ・ボックス」
        〃       「ナイン」
        〃       「ハウス・フル」
        〃       「50:50@50」
        〃       「フル・ハウス」
        〃       「ホワット・ウイ・ディッド・オン・アワ・ホリデイズ」
        〃       「リージ・アンド・リーフ」
 フォザリンゲイ「フォザリンゲイ」
    〃   「フォザリンゲイ2」
 ブリジット・セント・ジョン「サンキュー・フォー…プラス」
       〃      「ソングズ・フォー・ザ・ジェントルマン」
       〃      「BBCラジオ 1968-1976」
 ペンタングル「クルエル・シスター」
    〃  「スウィート・チャイルド」
    〃  「ソロモンズ・シール」
    〃  「ファースト」
    〃  「フィナーレ」
    〃  「ライブ・イン・コンサート」
    〃  「リフレクション」
 リチャード・トンプソン「ミラー・ブルー」
 リンディスファーン「フォグ・オン・ザ・タイン」
 VA「ザ・ベスト・オブ・ザ・ケンブリッジ・フォーク・フェスティバル」
 VA「ザ・ハーヴェスト・オブ・ゴールド~イングリッシュ・フォーク・アルマナック」
 VA「ザ・ベスト・オブ・ブリティッシュ・フォーク」
 VA「ベスト・オブ・スコティッシュ・ミュージック」

【追加】
 VA「快適日常音楽10 コーンウォール」

【アイリッシュ・トラッド/ケルト系】
 アイリス・ケネディ「タイム・トゥ・セイル」
 アイリーン・アイヴァース「イミグラント・ソウル」
       〃     「クロッシング・ザ・ブリッジ」
 アナム「リップタイド」
  〃 「ファースト・フッティング」
 アネット・リンドウォル「サイレント・ヴォイシズ」
 アルタン「ダンス・オブ・アルタン」
  〃  「ハーヴェスト・ストーム」
  〃  「ブルー・アイドル」
  〃  「ベスト・プラス・ライヴ」
  〃  「ランナウェイ・サンデイ」
  〃  「ローカル・グラウンド」
 ヴァン・モリスン「キープ・ミー・シンギング」
     〃   「ダウン・ザ・ロード」
     〃   「デュエッツ」
     〃   「トゥー・ロング・イン・エグザイル」
     〃   「バック・オン・トップ」
     〃   「ヒーリング・ゲーム」
     〃   「ホワッツ・ロング・ウィズ・ディス・ピクチャー?」
     〃   「ロール・ウィズ・ザ・パンチズ」
 ヴァン・モリスン&リンダ・ゲイル・ルイス「ユー・ウィン・アゲイン」
 ウォ-ター・ボーイズ「ザ・ベスト・オブ・ウォ-ター・ボーイズ」
      〃    「ドリーム・ハーダー」
      〃    「ルーム・トゥ・ロウム」
 エヴィア「誰のものでもない世界」
  〃 「未知なる心への旅」
 エリン・オドネル「ア・スクラップ・ブック・オブ・ソーツ」
 エレノア・マックヴォイ「ホワッツ・フォロイング・ミー?」
 カパケリ「ヴォイス・オブ・カパケリ」
  〃  「クロスウインズ」
  〃  「ゲット・アウト」
  〃  「サイドウォーク」
  〃  「トゥ・ザ・ムーン」
  〃  「サイドウォーク」
 カラン・ケイシー「ザ・ウィンズ・ビギン・トゥ・シング」
    〃    「ソングラインズ」
 カルロス・ヌニェス「アモーレス・リブレス」
     〃    「スパニッシュ・ケルトの調べ」
     〃    「CINEMA DO MAR」
 カレンニグ「ウェールズの雪」
 キーラ「ルナ・パーク」
  〃 「トーゲ・ゴ・ボーゲ」
 キーン「アンダー・ジ・アイアン・シー 深海」
 クラナド「アナム」
   〃 「ドゥラマン」
   〃 「マカラ」
   〃 「バンバ」
   〃 「妖精のレジェンド」
   〃 「ランドマークス」
 ケイティ・カーティス「ア・クラッシュ・コース・イン・ローゼス」
 ケイト・セント・ジョン「夜のいたずら」
 ケルティック・ウーマン「ケルティック・ウーマン」
 ザ・コアーズ「トーク・オン・コーナーズ」
    〃  「遥かなる想い」
 シイラ・ウォルシュ「ホープ」
 シネイド・オコナー「生きる力」
     〃    「ソー・ファー・ザ・ベスト」
     〃    「セオロジー」
     〃    「ユニヴァーサル・マザー」
 シネイド・ローハン「ノー・マーメイド」
 シャロン・シャノン「イーチ・リトル・シング」
     〃    「ザ・ダイアモンド・マウンテン・セッションズ」
     〃    「シャロン・シャノン」
     〃    「チューンズ」
 シャロン・シャノン&フレンズ「ダイヤモンド・マウンテン・セッションズ」
        〃      「リベルタンゴ」
 ソーラス「ザ・ワーズ・ザット・リメイン」
  〃  「ジ・アワー・ビフォー・ドーン」
  〃  「ソーラス」
 ダーヴィッシュ「ザ・グレイト・アイリッシュ・ソング・ブック」
    〃   「ディケイド」
 ダン・ア・ブラース「ケルトの遺産」
 チェリッシュ・ザ・レイディーズ「スレッズ・オブ・タイム」
 チーフタンズ「アイリッシュ・イヴニング」
    〃  「アナザー・カントリー」
    〃  「ヴォイス・オブ・エイジズ」
    〃  「ウォーター・フロム・ザ・ウェル」
    〃  「エッセンシャル」
    〃  「セレブレーション」
    〃  「ダウン・ジ・オールド・プランク・ロード」
    〃  「ティアーズ・オブ・ストーン」
    〃  「ファイアー・イン・ザ・キッチン
    〃  「フィルム・カッツ」
    〃  「ベルズ・オブ・ダブリン」
    〃  「ロング・ブラック・ヴェイル」
    〃  「ワイド・ワールド・オーバー」
 チーフタンズ&カナディアン・フレンズ「ファイアー・イン・ザ・キッチン」
 デ・ダナン「アンセム」
   〃  「ザ・ミスト・カヴァード・マウンテン」
   〃  「スター・スパングルド・モリー」
   〃  「ヒベルニアン・ラプソディ」
   〃  「ボールルーム」
 デフ・シェパード「シナジィ」
 ドーナル・ラニー「クールフィン」
 ドーナル・ラニー&ヒズ・フレンズ「ギャザリング」
 ドロレス・ケーン「織の中のライオン」
    〃    「ザ・ベスト・オブ・ドロレス・ケーン」
    〃    「ソリッド・グラウンド」
 ドロレス・ケーン&ジョン・フォークナー「さらばアイルランド」
          〃         「Sail Og Rua」
 ナイトノイズ「アイランド・オブ・ホープ・アンド・ティアーズ」
    〃  「ザ・パーティング」タイド」
    〃  「シャドウ・オブ・タイム」
    〃  「ホワイト・ホース・セッションズ」
 ナタリー・マクマスター「イン・マイ・ハンズ」
      〃     「スケッチズ」
      〃     「マイ・ルーツ・アー・ショウイング」
      〃     「ユアーズ・トゥルーリー」
 ニーヴ・パーソンズ「イン・マイ・プライム」
 フィオナ・ジョイス「ディス・エデン」
 フォー・メン・アンド・ア・ドッグ「ロング・ローズ」
 プランクシティ「ブラック・アルバム」
 ベグリー&クーニー「アイルランドの絆」
 ホットハウス・フラワーズ「ピープル」
 ミジャドイロ「ガリシアの追憶」
   〃   「ガリシアの誘惑」
 ミッジ・ユーロ「ブリーズ」
 モイア・ブレナン「ウィスパー・トゥ・ザ・ワイルド・ウォーター」
    〃    「ミスティ・アイド・アドベンチャーズ」
    〃    「モイア」
 モーラ・オコンネル「ワンダリング・ホーム」
     〃    「ヘルプレス・ハート」
 ルナサ「ザ・メリー・シスターズ・オブ・フェイト」
  〃 「ソー・ファー・ザ・ベスト・オブ・ルナサ」
  〃 「レッドウッド」
 ロリーナ・マッケニット「アン・エンシェント・ミューズ」
      〃     「ザ・ヴィジット」
      〃     「ザ・ウインド・ザット・シェイクス・ザ・バーリー」
      〃     「パラレル・ドリームス」
      〃     「マスク・アンド・ミラー」
      〃     「ライヴ・イン・パリ・アンド・トロント」
 VA「ウーマンズ・ハート 1」
 VA「ウーマンズ・ハート 2」
 VA「ケルティック・ウーマン」
 VA「ケルティック・シスターズ」
 VA「ケルティック・サークル」
 VA「ケルティック・ストーム」
 VA「ケルティック・タイド」
 VA「ザ・ケルティック・ハートビート・コレクション」
 VA「シスターズ・オブ・アイルランド 1」
 VA「魂の大地」
■DVD
VA「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム アイリッシュ・ソウルを求めて」
ザ・チーフタンズ「ダウン・ジ・オールド・プランク・ロード」
    〃   「ウォーター・フロム・ザ・ウェル~我が心のアイルランド」

 今回はアイルランド/ケルト・ミュージックの名盤を紹介します。ついでにブリティッシュ・トラッド/フォークの名盤も付け加えました。アイリッシュ・ミュージックはジャズと並ぶ僕の一番好きなジャンルです。ただなかなか田舎の中古店では手に入りにくいジャンルですので、好きな割にはそれほど多くは持っていません。乏しいコレクションの中から選んだものですので、網羅的であることを自負するものではありません。もちろん、ここに挙げたものはすべて持っているものです。

  アイリッシュ/ケルト・ミュージックとはどんな音楽なのか、どんなアーティストがいるのかをてっとり早く知るには、何種類も出ているコンピレーション盤をお勧めします。ここでも何枚か取り上げていますが(VAとなっているものがそうです)、ケルト音楽のコンピ盤はどれもレベルが高いので、目についたものを適当に買っても失敗は少ないと思います。特にお勧めは「おまけ」コーナーに入れておいた「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム アイリッシュ・ソウルを求めて」のDVDです。CDも出ていますが、イーリアン・パイプなどアイルランド独特の楽器がどんな形で、どんなふうに演奏するのか分かるのでDVDがお勧めです。出演陣も豪華で、メアリー・ブラック、ポール・ブレイディ、ドーナル・ラニー、シャロン・シャノン、デ・ダナン、デイヴィ・スピレーンなど有名どころから、エルヴィス・コステロやエミルー・ハリスまで見られます。僕は音楽DVDはめったに買わないのですが、これとザ・チーフタンズのDVDは買って損はしません。

  ディスク・ガイドとしては「アイリッシュ&ケルティック・ミュージック」(音楽之友社)、「アイリッシュ・ミュージック・ディスク・ガイド」(音楽之友社)、「ブリティッシュ・フォーク&トラッド・ロック」(雑誌『ストレンジ・デイズ』2004年1月号増刊)などがあります。アマゾンか古本屋で探してください(この手のものは見つけしだい即買っておくべし)。

2007年5月15日 (火)

「狩人と犬、最後の旅」を観ました

  このところ映画を観る本数は減っているが、いい映画にあたっている。「狩人と犬、最後Morinoie1k の旅」もカナダの大自然とそこに生きる狩人と犬たちの生活をたっぷり堪能できた。映画の作りとしてはテレビのドキュメンタリー番組のような感じである。BBC製作の2時間番組を観ている感じだ。そういう意味では、「WATARIDORI」、「皇帝ペンギン」、「ディープ・ブルー」などの流れの延長線上にある作品だと言える。これらの作品との一番大きな違いは人間を中心に描いていることである。しかしその人間は自然の征服者としては描かれていない。人間も自然の中で生かされている一つの動物としてとらえ、動物、植物、自然が複雑に絡み合う関係性の中で描いている。人間と犬と野生の生き物と自然のドラマなのである。

  この映画の一番の魅力は自然の美しさである。舞台となったのはカナダのユーコン準州。この地域はひところ読みふけっていた野田知佑の『ユーコン漂流』や『ゆらゆらとユーコン』などでお馴染みだったが、やはり映像で見るとその美しさに圧倒される。冬は雪と氷の世界だが、雪が解けて緑にあふれる季節は木々の緑と水や空の青が絵のように美しい。そしてその雄大さ。映画館の大画面で見たらものすごい迫力だろう。日本では想像もできない楽園のような美しい自然。ああ、自分の表現力不足が情けなくなる。とにかく言葉では表せないほどの美しさだ。

  もちろん主題は自然の美しさではない。そこに住む猟師夫婦の生活が主題である。彼らは狩りと漁で生活している。魚はもっぱら食料として獲るのだが、動物は食料と毛皮を手に入れるのが目的である。毛皮が彼らの唯一の現金収入源なのである。仕留めた獲物は感謝して食べ、必要以上に生き物を殺すことはしない。夏は馬を使い、冬は犬ぞりを使う。自然の中で生活する狩人の生き方、考え方は日本のマタギによく似ている。ラストで主人公の狩人は自分が死んだら探さないでくれ、自分の死はほかの動物を生かすことになるのだからと語る。これは鳥葬の考え方に一部通じるものがある(輪廻思想には触れていないが)。自然の中で暮らす人間には同じような考えが生まれるのだろう。

  この映画にはさらに二つのサブテーマがある。一つは自然の破壊と自然の消失というテーマ。材木会社が木を切り倒しつくしているために罠を仕掛ける場所がどんどんなくなっていることが何度も言及されている。日本は伐採と植林を並行して行ってきた。これだけ国土が緑の樹木におおわれているのは営々と植林を繰り返してきたからである。切るのは一瞬だが木が育つには何十年もかかる。先を見据えて取り組まないと取り返しのつかないことになる。この映画はそういう警告を発している。フランス語の原題で「最後の狩人」と題されているのは、主人公が老いてきているという意味だけではなく、罠を仕掛け狩りをする場所自体が消失しつつあるという意味も込められているのだろう。しかし一方でただ放置しておくだけでは自然は荒れてゆくとも語られている。自然を生かすには適度に人間の手が入ることが必要だという主張が盛り込まれており、いろいろと考えさせられる作品である。 もう一つのサブテーマは、もともとレース犬として育てられたシベリアン・ハスキーのアパッシュがそり引き犬として成長してゆく過程である。北極圏に近いユーコン準州の冬は厳しい。ブリザードに襲われたり、氷が割れて川に落ちたり、そりが崖から落ちそうになったりと絶えず猟には危険が伴う。オオカミやグリズリーも警戒しなければならない。アパッシュはそれらの試練を乗り越えて、そり引き犬たちのリーダーとして成長してゆく。

  ドキュメンタリー・タッチなのでドラマに「天空の草原のナンサ」のような深みはない。また、「運命を分けたザイル」のようにハラハラさせ、グイグイと引き込んでゆく力もない。しかしそれでもこの映画には十分一見の価値がある。自然が壊されつつある(したがって自然の中での人間の暮らしもなくなりつつある)という警告は陳腐ではあるが、耳を傾けるべきである。とにかく良質のドキュメンタリーを楽しむ喜びをたっぷり味わえる。

「狩人と犬、最後の旅」★★★★
 2004年 ニコラス・ヴァニエ監督 フランス・カナダ・他

2007年5月14日 (月)

母たちの村

2004年 フランス・セネガル 2006年6月公開
評価:★★★★★
原題:Moolaade
監督・製作・脚本:ウスマン・センベーヌ
撮影:ドミニク・ジャンティ
音楽:ボンカナ・マイガ
美術・衣装:ジョゼフ・クポブリ
出演:ファトゥマタ・クリバリ、マイムナ・エレーヌ・ジャラ、サリマタ・トラオレ
    アミナタ・ダオ、ドミニク・T・ゼイダ、マー・コンパオレ

 この映画の直接の主題は2000年以上も続いてきたといわれる女性性器切除の風習でTr07ある。「お浄めの儀式」と言われ、不衛生な状態での施術のために何人も命を落とす者が出ているにもかかわらず続けられてきた。アフリカのある村に実の娘二人を女性性器切除のために亡くし、3人目も帝王切開でかろうじて産んだ女性がいた。シレという男の第2夫人コレ・アルド(ファトゥマタ・クリバリ)。彼女は一人娘アムサトゥ(サリマタ・トラオレ)をビラコロとして育てる決意をしていた。ビラコロとは女性性器切除を受けない女性のことである。「母たちの村」は女性性器切除をのがれて逃げてきた4人の少女たちがコレのもとに「保護」(モーラーデ)を求めてやってくるところから始まる。モーラーデとはアフリカの古い風習で、助けを求めに来た人間を保護することである。保護を求められた人間は、これを守らねば罰があたると信じられている。一旦モーラーデが宣言されれば本人が取りやめるまで周りの人々は保護されている人に手を出すことはできない。

  「お浄めの儀式」という言葉が暗示的だ。逆にいえば、女性は「汚れている」ということになる。アフリカは遅れているなどと笑えない。ついこの間まで日本でも「不浄な」女性は「神聖な」相撲の土俵に上がれなかった。「女性の処女性と貞節を守るため」などと様々な理由をつけても、結局女性性器切除の風習は男性優位の父権制的権力構造を維持するための手段にすぎない。果ては女性性器切除を「割礼」という宗教的儀式と結びつけ、「割礼は大昔から伝えられたイスラムの定め」であると権威づける。

  「母たちの村」が暴きだしたのは「支配の構造」である。ただ単に野蛮な風習が否定され、少しは先進国に近づいたなどと受け止めていたら、全くこの映画の本質を見落としていることになる。「女性性器切除」も単なる表向きの主題というわけではない。これはまさに女性を男性より劣った「汚れた」存在と貶め、女性自ら「支配の構造」の中に組入られるように作用する支配の装置なのである。「女性性器切除」は「支配の構造」の根幹をなすものなのだ。だからこそ「女性性器切除」を真っ向から否定するコレの反抗は村の権力構造そのものを揺るがしかねない大事件になったのである。コレの決意も生半可なものではなかった。「モーラーデを始めたわけだね。大変なことだよ」と言う第一夫人に、コレは「命がけさ」と答えている。

  いや、「支配の構造」もこの映画のすべてではない。「母たちの村」が優れた作品になったのは単に「支配の構造」を暴きだしただけではなく、自分たちの足かせとなっていた「女性性器切除」をはねつけてゆく女たちの戦いを肯定的に描き出しているからである。一人の女性から始まった女たちの戦いはやがて村を二分する大きな騒動にまでなり、「支配の構造」そのものを揺るがしていった。「母たちの村」が一般に社会派と言われる作品であるにもかかわらず、映画として決して重苦しくならないのは、不当な扱いに反逆してゆく女たちの力強さや明るさが作品全体に満ち溢れているからであり、その戦いが殺し合いを含む苛烈な闘争ではなく、生命を産み出す性としての女性の豊かさと力強さを前面に押し出しての戦いだったからである。女たちは武器ではなく歌で立ち向かった。ラストで歌われる女たちの歌は戦いの鬨の声であり、また高らかな勝利と歓喜の歌であった。「ワッサー、ワッサー」というコレの雄たけびがこれに重なってゆく。

 女性たちは素晴らしい。女性たちは生命を産む。女性たちに教育を捧げよう。だからこう言いたい。女の子が生まれたら、ぜひ教育を与えてください。立派な花嫁になるために。ぜひ学校にやりなさい。昔から言われてきたことがある。(リフ)でも割礼のことは書かれてはいない。(リフ)それは書かれていないのだ。

  「立派な花嫁」、この言葉の意味は映画が始まった時点と終わった時点では大きく異なっている。もはや何の疑問も抱かずに自ら進んで「割礼」を受ける、唯々諾々と夫に従うのが「立派な花嫁」ではなくなっている。教育を受け、知識を身につけていなければならない。何も知らないままでいてはいけない。無知のままで理不尽な「伝統」を受け入れてはいけない。この歌にはそういう女性たちの思いが込められている。そして何よりも女は生命を生み出す存在なのである。男を産むのもまた女なのだ。

Ftkgm001_3   コレもはじめから村の伝統を覆そうと考えていたわけではない。彼女は逃げてきた娘たちを叩こうとすらしていた。娘の「お浄め」こそ拒否していたが、コレも村のしきたり全般には従っていた。彼女はただ、彼女を頼って逃げてきた4人の娘たちをモーラーデで守りたかっただけだろう。映画は村のしきたりを丁寧に描き出してゆく。男の前では女はひざまずく。何とも大時代的で、まるで大奥でも見ているようだ。コレ自身もこのしきたりには従っている。村長の息子がフランス留学から村に帰って来た時など、女たちがかいがいしくスカーフのような布を地面に敷いている。その上をドクレ家の息子が背広姿で歩いてゆく。

  このシーンに支配の構造がよく表れている。花道を敷く女とそれを踏みつけて歩く村長の息子。額ずく女と踏みつける男。いやそれだけではない。権力と金を持った男だけが外国で知識を得ることを許されている。男も女もそのことに何の疑問も持っていない。掟とはそういうものである。そこには何ら合理的な理由づけはない。ただ理屈抜きで守るべきもの。掟は絶対的なもので、女たちが自ら服従しようとする意識を刷り込む装置となっている。知識は男だけが専有するものである。暴力はほとんど使わない。掟が機能している限り必要ないからだ。せいぜい鞭打ち程度である。この空気のような支配構造が男の権威、夫の権威を支えている。長老の一人が言った「夫は妻に対して絶対的な権力を持つ」という言葉はこの構造の上で成り立っている。これにもう一つの支配の道具「宗教」が重ねられて支配は貫徹する。

  村の長老たちが最も恐れたのは女たちが知恵をつけることだ。だからコレが頑強に反抗したとき、男たちは女たちからラジオを奪ったのである。ラジオは外の世界とつながっている。その意味でラジオは「知恵の箱」だ。「割礼は大昔から伝えられたイスラムの定めだぞ」という村の呪術師ケモーテクラの言葉をコレが論破したのも、ラジオで得た知識があったからである。「イスラムはあの儀式を求めていない。ラジオで指導者が言っていた。毎年何百万という女たちがメッカに行く。みんな割礼などしていない。」これに対して長老たちは何ら論理的な反駁を加えられない。ただ「アラーの冒涜者!」「コレ・アルド、お前は悪魔だ。まさに悪魔だ」と繰り返すばかり。そもそも合理的根拠などはじめから無いのだ。「あの女は狂ってる。」憐れなことに男どもにはそうとしか理解できないのだ。

  その点では女たちの方がよほど事情を理解している。「ラジオやテレビを禁じても意味がない。今は誰でもどこでも利用している。生活必需品のラジオやテレビをなくしたら、世界から取り残される。」村の二人の女の会話が強烈だ。「なぜ男どもはラジオを持っていくの?」「私らの心を閉じ込めるためさ。」「目に見えないものを閉じ込めるとはどういうこと?」「私らはみんな無知なんだよ。」自らの無知を理解することは知識に対する欲求の入り口である。ラジオを取り上げられた日の夜、女たちは集会を開く。集会では隠し持っていたラジオの音が流されていた。村の広場に集められ積み重ねられたラジオの山は、男たちの危機感の象徴なのである。

  後で触れるが、知識は男たちにとっても当然重要な役割を果たしている。男たちの間にも序列がある。男たちも否応なく村の長老を頂点とした支配構造の中に組み入れられているのである。コレの夫シレの兄はシレに対し、言うことをきかない妻を鞭打てと命ずる。ついに男たちは暴力にまで訴えてきた。見方を変えれば、そこまで彼らは追い詰められていたのである。シレはしぶしぶ妻を鞭うち、モーラーデをやめると皆の前で言わせようとする。「言わないで、がんばって、倒れないで。」女たちがコレを励ます。コレは耐え抜いた。女たちの団結の輪が広がってゆく。コレがモーラーデを始めた時、必ずしも第1夫人と第3夫人はコレの味方ではなかった。コレとの間には不協和音があった。しかし決してあきらめないコレを観て二人ともコレを支持する側に回る。

  コレの強さはどこから来るのか?逃げてきた4人の子供たち(ウミ、ジャトゥ、アワ、ナEarth1_2 フィ)をかくまった時、おどろおどろしい赤い服を着て頭に赤いハチマキのようなものを締め不思議な形の杖を持った割礼師たちと4人の子の母親たちが押し掛けてきた。ジャトゥの母親がコレに聞く。「なぜまた拒否するのか?」コレは次のように答えた。「確かに私は割礼を受けたが二度も縫った。子供を二人土に埋めた。アムサトゥの時は(腹の傷を示して)取り出すために女の医者がここまで切った。今度は子供たちが逃げてきたからかくまった。」コレは女性性器切除の風習がどんな結果を生むかを体で知っていた。彼女の腹に残るむごたらしい傷跡が実に雄弁だ。自らの手で子供を葬った悲しい記憶、もう二度とそんなことは繰り返したくない。誰にも繰り返させない。だから彼女は命を張ってモーラーデを死守した。いやそれだけではない。彼女自身が「割礼」を受けている。女性性器切除は手術の時の死亡率が高いだけではない。排泄、生理、分娩そして性交時と、その傷は一生女性を苦しめるのだ。夫とのセックスの時コレが指を噛んで必死で痛みに耐えている凄絶なシーンがある。女性性器切除は、女性を男性に従わせるために女性の体に埋め込ませた拷問道具に他ならない。コレはそれを体で知っていた。単なる西洋からの知識の受け売りではない。そこに彼女の強さがあると言っていいだろう。

  コレが夫の鞭打ちを受けた時、もう一つある重要な変化の兆しが現れる。見かねた「傭兵」がシレから鞭を奪ってやめさせたのだ。「傭兵」とは村で屋台の店をやっている男のあだ名である。昔国連平和軍に入っていたが、将校たちが給料をピンはねしていると文句を言ったために不名誉除隊にされ、5年の刑を受けた。それ以後「傭兵」と馬鹿にして呼ばれるようになったのである。外国にいた彼は外の世界を観ていた。彼がフランス帰りの村長の息子イブラヒマとフランス語で会話するシーンは象徴的だ。これら外の世界を観てきた男たちが最初に村の長老たちに反抗するのだ。「傭兵」はその日の晩どこかへ連れ去られ、殺されてしまった(ハゲタカが多数空を舞っているショットで暗示される)。しかし彼のまいた種はイブラヒマに、そしてコレの夫シレにまで広がった。「弟よ、お前は裏切り者だ」と怒鳴る兄に、シレは「コレはもう一人前だ。わしの女房に手をあげたら承知しないぞ」と言い放ち、席をけって立ち去る。これにイブラヒマが続いた。「父さん、結婚は僕がすることだ(彼の婚約者はコレの娘アムサトゥである)。父さん、僕を叩くのは簡単だ。でも暴君が威張る時代はもう終わった。僕はテレビを視るよ。」

  もう一人面白い立場の男がいる。長老たちに付き添う語り部のような男。彼はシェイクスピアの「リア王」に出てくる道化のような役割を果たしている。権力者に雇われてはいるが、多少の戯言は許される。彼が歌う「女性は王を産み落とす。貧乏人も産むが勇者も産む。女性に敬意を!勇敢な女性には男と同様にズボンをはいてもらおう」という歌は、冗談めかせているが、真実を語ってもいる。

  ほとんどの女はコレの側につき、男たちの中からも次々に反逆者が現れる。「ビラコロは臭いと言われてきたけど、体を洗わない男の方がよっぽど臭いよ。」アムサトゥも「私は一生ビラコロでいるわ」と宣言する。この流れはもう誰にも止められない。「この子を切らせない、誰も切らせない。」女たちは割礼師たちを取り囲み、ナイフを取り上げる。「今日は女の苦しみの終わりの日だ。みんな勇気を出すんだ。きっとよくなるさ。」「この土地の女よ帯を締めよ。あんた方は男どもより勇敢だ。」コレはすでに戦う姿勢を固めている。「ラジオを燃やした上に私に手をあげたら、このコレは村を燃やし血の海にしてやる。」女たちの反乱を見て、呆然と立ち尽くす赤い服の割礼師たち。女たちは歌い始める。「私らは産む、やつらは殺す。」「女性たちは素晴らしい、女性たちは生命を産む。」

  女たちが輝いている。原色の衣装がさらにその輝きを強調する。彼女たちが輝いているのは単に美しいからではない、不当な扱いと闘っているからなのだ。コレは顎の下を黒く塗っている。日本人の価値観から見ればむしろ醜い。それでも彼女は輝いている。彼女の精神が理不尽な掟などに縛られていないからだ。自由への意志が脈打っているからだ。美醜は顔や姿の美しさなどで測れない。彼女の存在そのものが輝いているのである。

  「ホテル・ルワンダ」、「ダーウィンの悪夢」、「ナイロビの蜂」、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」、「ブラッド・ダイヤモンド」、「ツォツィ」等々。一連のアフリカ関係の映画が西洋人の手と西洋人の資本で次々に作られてきた。その中にあって「母たちの村」がアフリカ人自らの手で作られたことは高く評価されるべきである。「アフリカ映画の父」ウスマン・センベーヌ監督の、「エミタイ」(71)、「チェド」(76)に続く日本公開第3作。文句なしの傑作である。

<追記>
 07年6月13日の新聞に、ウスマン・センベーヌ監督が同月9日ダカールの自宅で亡くなったとの記事が載った。享年84歳。心からご冥福をお祈りいたします。
 改めて彼の生前に「母たちの村」を日本で公開した岩波ホールと配給のアルシネテランを高く評価したい。しかしその一方で彼の作品がわずか3本しか日本で公開されていないことを残念に思わざるを得ない。これから彼の作品が1本でも多く公開されることを願う。

2007年5月13日 (日)

不思議な空間のゴブリン

  日曜日。晴天。昼食の後、陽気に誘われてミニ・ドライブに行きたくなった。BGMは小野リサの「コレソン~ザ・コレクション」。ドライブにはボサノバが合う。浅間サンライImg_0441 ンに出る。久しぶりにサンライン脇道探検に行こう。道の駅「雷電くるみの里」を越えた次の脇道あたりで左折。何となく見覚えがあるので前にも来た道のようだ。山の方に向かってしばらく進むと左側の奥の方に東屋が見える。気になるが左に曲がる道がないので帰りに寄ることにする。さらにしばらく行くと右側に入る細い砂利道が見えた。何となく面白そうなところに出る気配。迷わず車を乗り入れる。小さな橋を渡ったところで車を止める。橋の下にはコンクリートで囲った水路のようなものが走っている。水は流れていない。車を降りて道の先の方へ行ってみる。細い道が続いていて、あちこち枝道がある。車が1台やっと通れる幅だが、舗装されている。日曜日のせいかあたりに全く人気がない。畑もあちこちにあるから平日なら人もいるのだろうか。40分ほど歩Img_0446 きまわってみたが、車1台通らないし、人っ子一人見かけなかった。遠くの方からモーターのような音や人の声が風に運ばれて時々聞こえてくるだけだ。どこかの木にウグイスがとまっているのだろう、しきりに「ホーホケキョ」と鳴いてくる。街中ではまず聞かない鳴き声だ。

  道に迷わないよう気をつけながらも、あちこち脇道に入ってみる。廃車にされた車が林の中に放置されているのを何台も見かけた。写真を何枚か撮った。道の先も後ろもただ道があるだけ。人気はない。遠くの音とウグイスの鳴き声だけが聞こImg_0449 えるし~んとした不思議な空間。遠くの山がきれいだ。この数カ月何かと気忙しくて、ゆったりと過ごす時間がなかなかとれなかった。人気のない不思議空間と何物にも邪魔されず思いを巡らせる自由な時間。久々に味わう開放感だった。暑い日差しにうっすらと汗をかくが、そんなことは気にならない。

  作家はこんなところをぶらつきながら小説の着想を練るのだろうか。たとえばサスペンス小説。こんな人気のないところなら死体の遺棄場所にふさわしいかもしれない。主人公は 五分林太郎。「不思議空間探検家」を自称する写真家。今日もいつものように人気のない山の中を歩き回っていた。おや、遠くの丘の上にポツンと1軒だけ家が建っている。あんなところに誰が住んでいるのだろう。なぜあんなところに家を建てたのか・・・。

  突然頭の上から「ホーホケキョ」という鳴き声が降ってきてはっと我に返る。またいつものImg_0443空想癖が出ていた。気がつくと道の分岐点に立っていた。右に行けば下り道で、道のずっと先に千曲川沿いの緑の山々が見える。左に行くと登り道。細い道は右にカーブしていて、その先は木立ちに隠れて見えない。左に行くことにした。体の向きを変えようとした瞬間、眼の隅にそんなところにあるはずのないものがちらっと見えた。何だろう。林の下をびっしりと覆っている草の間から何かが突き出ている。少し近寄ってみImg_0447 るとそれが靴だとわかった。しかもその先には白っぽい足が見える。ぎょっとして2、3歩後じさった。とんでもないものを「発見」してしまった。パニックに陥り車に引き返そうとして数歩前に歩きだして、ふと足が止まった。何か変だ。早くこの場を離れたいという衝動を無理に抑えて、もう一度林の方を見る。靴はやはりそこにあった。消えていてほしいという期待はあっけなく打ち砕かれた。幻でも錯覚でもない。靴を履いた白い足が草の下から突き出ている。それを確認した林太郎は、不自然な印象の「原因」にも気づいた。二本の足があり得ない角度で並んでいるのだ・・・。

  失礼。この辺でやめておきましょう。まあ、こんなことを想像させる空間だったわけです。車に戻り、道を引き返す。しばらく道を下ってから、上がってくるときに気になった東屋の方Img_0456 へ行くために右折する。さっきの道よりさらに狭い道。林の中を少し進むと急に視界が開ける。目の前に田んぼが広がっている。棚田というほどではないが、緩やかな斜面に何枚も田が並んでいるので階段状になっている。車を停めて写真を撮った。右に曲がりまた坂を上る。正面に丸い建物が見える。何の建物が分らないが、フロントガラス越しにこれも写真に撮った。さらに細い道を上ると来る時に見えた東屋が現れた。道の右側にはため池もある。上田とその周辺は全国でも3本の指に入Img_0458るほど雨の少ないところである。したがっていたるところにため池がある。だからため池自 体は珍しくないが、ここはため池然としていない。小さな湖のような趣があった。眺めがいいので東屋の横に車を停め、写真を撮った。しばらく池を眺めてから帰ってきた。帰ってから地図で調べてみた。恐らく弁天池だと思われる。

 そんなに長いドライブではなかったが、いい場所を2か所も発見し た。これだから脇道探検は止められない。
Img_0460

「春にして君を想う」を観ました

  「麦の穂をゆらす風」以来12日ぶりに観た映画。「春にして君を想う」(1991)は5、6年前Tasogare2_1 に中古ビデオを買ったが、気になりつつも観ていなかった。今年アマゾンであれこれ検索していたときにDVDが出ていることを発見。嘘みたいに安かったので迷わず買った(43インチのプラズマテレビを買った時に思い切ってDVD1本に切り替えたので、今家にはビデオデッキがない)。「母たちの村」のレビューを書こうと思いながらなかなか筆が進まなかった昨日の夜中、映画でも観て気分転換しようと選んだのが「春にして君を想う」だった。山のように床に積まれたDVDの中からこれを選んだのは、おそらく何となく癒しを感じさせるタイトルとジャケット写真に引き付けられたからだろう。パソコンに向かう気力が萎え、体に疲れがたまっていた。気分が乗らなければ途中でやめて寝てしまってもよいという気持ちで観はじめたが、冒頭の哀愁に満ちた男たちの歌からどんどん引き込まれていった。

  「世界中の映画を観てみよう」をモットーとして掲げ、さまざまな国の映画を意識的に観てきたが、アイスランドの映画を観るのはこれが初めてだ。素晴らしい傑作だった。一種のロード・ムービーであることは知っていたが、老人二人を主人公にした映画だとは知らなかった。死期の近い老人が生まれ故郷を目指すというストーリーはアメリカ映画の傑作「バウンティフルへの旅」を思わせる。ほぼ共通したストーリーだが、「バウンティフルへの旅」には生への意欲を感じた。キャリーは死ぬ前に故郷のバウンティフルを観たいという積年の思いに駆られて家を抜け出し、一人故郷を目指す。彼女の積極的な行動は死の影を吹き払っていった。

  一方、「春にして君を想う」は死に向かっての旅だった。妻に先立たれたゲイリは突然娘の家を訪れる。しかし娘の家族に冷たくされ、老人ホームに入れられてしまう。そこで彼は同郷の、恐らくかつて思いを寄せあっていたと思われるステラと出会う。ゴミ捨て場の隣の墓地に埋められたくないというステラを連れてゲイリは施設を抜け出し、二人の故郷を目指す。「バウンティフルへの旅」のキャリーは息子夫婦と同居していたが、彼女も毎日壁に向かって独り言を繰り返す寂しい生活を送っていた。子供たちに疎まれる老人たちというテーマはどこの国にも共通してある。老いた両親が子供たちの家をたらいまわしにされる小津の「東京物語」も同じテーマを含んでいた。

  「バウンティフルへの旅」のキャリーが目指した故郷も、「春にして君を想う」の二人が目指した故郷も、今ではすっかり寂れていた。しかし同じ寂れていても、「春にして君を想う」はアイスランドという土地柄のせいでかなり違った印象を与える。北極圏に位置するこの国の風景は荒涼として寒々しいが、またこの世のものとは思えないほど美しくもある。記録映画の名作「アラン」に描かれたアラン島(アイルランドの西に位置する)は文字通りなにもなかった。ただ岩ばかりの世界。アイスランドはむしろ「ククーシュカ ラップランドの妖精」で描かれたラップランドに近い。だがアイスランドはそれよりももっと美しい。霧に包まれた寒々しい風景と楽園のようなお花畑が同居する。どこか天上の世界のような神秘的な雰囲気が漂っている。だからゲイリとステラの乗った車が突然消えてしまったり(パトカーに追われていた)、岩だらけの海岸で全裸の若い女性が手を振っていたり、果てはラストシーンでゲイリの前に天使(ブルーノ・ガンツが特別出演)が現れたりしても、違和感がないのだ。

  どこかファンタジーがなじむ風土。故郷への旅は死後の楽園への旅へといつの間にか変わってゆく。ゆっくりと天国への階段を上ってゆくような旅。寂れてはいるが、花が咲き乱れた故郷で二人の老人は長かった人生の旅を終える。しかし、ただ美しいばかりの世界ではない。途中で動かなくなった車を捨てて、歩いて旅を続けた二人は荒野で夜を明かす。夜空を見上げる二人。ステラ「あの月と昔見た月は同じかしら?」ゲイリ「わからん。」ステラ「どうして?」ゲイリ「あれから人間が月へ行った。きっと荒れてるよ。」そのあと二人は哀愁に満ちた賛美歌がどこからか流れてくるのを聞く。「輝く夜空の星の世界よ」で始まるあのメロディだ。美しさと無常感のようなものが混じり合っているのだ。ゲイリがたどり着いた最後の場所、天使が迎えに来た場所は丘の上にある廃墟のような建物だった。石ころだらけの坂を裸足で上がってきたゲイリの足は血だらけになっていた。廃墟に横たわるゲイリの姿にはゴルゴダの丘で磔にされたキリストの姿が重ねられていたに違いない。

 建物から出たゲイリの姿を砂埃が一瞬覆い隠し、再び視界が晴れた時にはゲイリの姿はなかった。映像詩という言葉がしっくりと当てはまる数少ない映画の一つである。

「春にして君を想う」 ★★★★☆
1991年 フリドリック・トール・フリドリクソン監督 アイスランド・ドイツ・ノルウェー
出演:ギスリ・ハルドルソン、シグリドゥル・ハーガリン、ルーリック・ハラルドソン

2007年5月 9日 (水)

七尾の青柏祭を見てきました

  連休中の4日と5日に石川県の七尾と金沢に行ってきた。連休の間はどこへ行っても混5_3 むので、いつもは家で庭いじりをしたりちょっと近場へドライブしたりして過ごしていた。特に今年は映画のレビューが滞っているので連休中に一気に書きだめしておきたいという思いもあった。しかし知り合いに七尾の青柏祭を見に行こうと誘われたので、少し迷ったが思い切って行ってきた。

  長野県から石川県へ鉄道で行くのは非常に不便である。前は直通の特急があったが、何年も前になくなってしまった。電車だと6時間くらいかかるので、車で行くことにした。朝の6時半に上田を出発。ほとんど寝ていないので助手席でずっと寝ていた。もっとも高速はトンネルばかりなので特に眺めがいいわけでもない。途中氷見あたりで海岸に出る。非常に美しい海だった。驚いたことに波が全くない。考えてみれば湾になっているので当然なのだが、海と波は僕の中で分かちがたく結びついているので、プールのような海は不思議な感じがした。海岸沿いの道の駅で休憩。おにぎりとめった汁で軽く食事。めった汁は豚汁のような感じで、とてもおいしかった。帰ってからネットで調べてみたら、めった汁は豚汁の方言らしい。道理で似ているはずだ。汁の味が少し違う感じはしたが。10時半ごろ七尾の知り合いの家に着いた。

3_2   しばらくゆっくりして、お昼ごろ車で海岸へ。海べりの駐車場に車を止める。ものすごく暑 い日だった。上着を持っていったが、必要なかった。山王寺の境内で山車(「でか山」と呼ばれている)を見る。かなり大きい。でか山は3台ある。でか山の形は実にユニークだ。船のような形だが、両端が異常にせり上がっている。真横から見るとお猪口のような形。長方形の上に台形を載せたような形だ。扇を広げたような形なので上の方は下部の倍ほどの長さがある。高さも相当ある。ホームページで調べたら何と12メートルもある。車輪も2メートルあるので大人の背丈より高い。長さが13メートルで幅が4.5メートル。実に不安定な形だ。下部の長方形の部分が土台で、上の台形の部分が舞台のようになっている。歌舞伎や大河ドラマなどにちなんだ人形や背景がしつらえられている。例えば1台は「川中島の合戦の場」が舞台で、山本勘助や上杉謙信、武田信玄などの人形が立っている。

  舞台には子供たちが何人も上がっている。昔は男の子しか上がれなかったそうだが、今7 は女の子も上れるようになった。扇状に広がっている翼の部分に横棒がくくりつけてある。大胆な子供はそこに上っている。かなりの高さだし、その横棒しか掴まるところがないのでかなり怖いだろう。特に動いている時はスリル満点だろうな。

  僕は大きな祭のないところで育ったので、祭が近づくと血が騒ぐなどという感覚は全くない。神輿を担いだこともないし、法被すら着たことはない。だから山車を引く気もなく写真だけ撮ろうと思っていたが、知り合いの奥さんが綱を引けと強く勧めるので仕方なく引くことにした。

  いきなり動き出すのではなく、でか山の前部の台に5人の人が立っていて、その人たちがまず歌を歌う。それが終わってから山車を引くという手順。合図があって縄を持つ。みんなで一斉に3本の縄を引っ張る。でか山が動き出した。ここの祭は見物客が自由に縄を引ける。でか山のすぐ前は危険なので(あの2メートルの車輪の下敷きになったら命はない、戦車にひかれるようなものだ)そこだけは地元の慣れた人たちが固まっているが、真ん中から先の方は誰でも自由に縄を持てる。

16_1   最初は若干方向転換するのでかなり力がいったが、一旦まっすぐになると大して力は要らない。すいすい進む。前部の台に立っている5人の人たちが声をあげて(マイクが付いているようだ)盛り上げる。大して力は要らないが、何せ道が狭い。わざわざ広い道路ではなく、狭い路地を選んで走る。ちょっと進む角度がずれると両脇の民家や電柱と接触する。綱を引いていたので見えなかったが、道具を使って方向を調整しているようだ。一気に四つ辻まで引いてそこで一旦とめる。

  実はそこからが見せ場なのだ。四辻で方向転換をするのだが、山車はまっすぐにしか進めないし、道幅ぎりぎりなので普通には曲がれない。ではどうやって曲がるのか。とんでもなく面倒な方法を取るのである。僕は実際に見るまでは岸和田の「だんじり祭」のようなものを想像していた。だんじり祭は角に来ても止まらずに、かなりの勢いで角を曲がる。しかし青柏祭のでか山は曲がるのが大変。長々としち面倒くさい手順を経なければならないのだ。まず長い棒を山車の下に入れて、てこの原理で後ろの二つの車輪を持ち上げる。そして、何と後輪を持ち上げている間に5つ目の車輪を下におろすのである。といってもボンド・カーのようにボタン一つで入れ替えられるわけではない。この車輪は後輪の間に組み込んであって、これを手動で下ろすのである。5つ目の車輪は横向きに15 取り付けてある。二つの前輪と新たな車輪の3つの車輪で山車を支える形になる。3つ目の車輪は前輪と直角に交わる角度になっているので、前輪を軸にして3つ目の車輪を横に回して向きを変えるわけだ。丁度お尻を振る形になる。方向を変えた後は、また逆の手順で浮いていた後輪を元に戻す。方向転換が完了するまでかなりの時間がかかった。しかも山車が進むコースはわざわざクランク状になっているところを選んでいるので、角に来るたびにこれを繰り返すのである。なんとも気の長い祭だ。それでも山車がぐるっと回転した時には「おおっ」という歓声が上がった。

  二つ目の辻に来たところで綱を引くのをやめた。暑い日だったが、湿度が低いので心配Photo_70 したほど汗はかかなかった。その後は七尾の街を散策した。古い街並みが残っていてどことなく風情を感じる。ただ、祭がないときはだいぶ寂れた感じなのかもしれない。丁度各店先で「花嫁のれん」の展示会をやっていた。このあたりの古くからの風習で、花嫁に行くときにのれんを持ってゆくそうである。のれんといってもふすま2枚分の大きさがある。着物を買うような値段だそうだ。のれんというよりも着物の柄を楽しむ感じ。色々な店を覗いたが、様々な柄と色合いがあって興味深かった。一軒の店では家紋の話を聞かせてもらった。自分の家の家紋すら知らないが、結構面白い話だった。一旦家に戻り、夜はまた海岸へ出て花火大会を楽しんだ。

  翌日は車で金沢へ行った。途中千里浜という所で海岸へ出る。なんと波打ち際に「なぎさドライブウェイ」とかいう車道が作られている。車道といっても単に砂浜を踏み固めたもの3_1 だ。波がその「道路」のすぐそばまで打ち寄せていた。ここは湾の外側になるので波がある。ちょっと車を止めて写真を撮る。それにしても誰がこんなものを考えたのか。摩訶不思議な「道」だった。

  兼六園の近くに車を止める。金沢は昔出張で何度も来たことがあるが、ここしばらくご無沙汰だったので懐かしかった。兼六園の中を歩いて横切る。二の丸公園で催しをやっていた。色々なお菓子を集めた催しで、屋台がたくさん出ており、人も多かった。この日もものすごい暑さ。半そでの人が多い。日陰は涼しいが、日向に出ると汗ばむ。

4_4   昔の郭に行く。ここも3度目くらいになるか。疲れたので喫茶室に入って休憩。冷たいハーブ・ティーを頼んだ(名前は忘れた)。赤い色で、甘くておいしかった。

  帰りは糸魚川で高速を下りて、小谷村、白馬村、小川村、長野市を通って上田へ。こっちの方がずっと景色はいい。

2007年5月 6日 (日)

ゴブリンのこれがおすすめ 37

レディ・ソウルを楽しむ

 

ソウル、R&B女性ヴォーカルを堪能する名盤】
アシャ「ASA」
アニタ・ベイカー「ラプチュア」 
    〃    「リズム・オブ・ラブ」
アリシア・キーズ「アンプラグド」
アレサ・フランクリン「あなただけを愛して」
    〃      「スパークル」
    〃      「スピリット・イン・ザ・ダーク」
    〃      「ヤング・ギフテッド・アンド・ブラック」
    〃      「レディ・ソウル」
アン・ヴォーグ「EV3」
    〃   「ファンキー・ディーヴァズ」
アンジー・ストーン「マホガニー・ソウル」
アンジェラ・ジョンソン「ゴット・トゥー・レット・イット・ゴー」 
アンドレア・マーティン「ザ・ベスト・オブ・ミー」Mado_renga_g_1
アン・ピーブルス「ストレート・フロム・ザ・ハート」
ヴァネッサ・ウィリアムズ「アルフィー」 
ウェンディ・モートン「ウェンディ・モートン」
エターナル「エターナル」
エッタ・ジェームズ「テル・ママ」
エモーションズ「フラワーズ」 
オリータ・アダムズ「リズム・オブ・ライフ」 
カーリーン・アンダーソン「ブレスト・バードゥン」
キャリン・ホワイト「リチュアル・オブ・ラブ」
     〃    「キャリン・ホワイト」 
グラディス・ナイト&ピップス「ザ・ベスト」
        〃       「アンソロジー」
        〃       「さよならは悲しい言葉」
        〃       「イマジネーション」
        〃       「恋の苦しみ」
        〃       「スタンディング・オベイション」
        〃       「オール・アワ・ラブ」 
ケリー・プライス「ミラー・ミラー」
   〃    「ディス・イズ・フー・アイ・アム」
   〃    「ケリー」
シフォンズ「ワン・ファイン・デイ」
シャーリー・マードック「ノー・モア」
ジョイス・ケネディ「ルッキン・フォー・トラブル」
ジョス・ストーン「ザ・ソウル・セッションズ」 
   〃    「ソウル・セッションズ vol.2」
ショーラ・アーマ「マッチ・ラブ」
     〃   「スーパーソニック」
ジョーン・アーマトレイディング「ホワッツ・インサイド」 
ダイアナ・キング「シンク・ライク・ア・ガール」
ダイアナ・ロス&ザ・スプリームズ「アンソロジー」 
チャカ・カーン「ビ・バップを歌う女」
    〃   「アイ・フィール・フォー・ユー」
ディオンヌ・ファリス「野性」
ディー・ディー・ブリッジウォーター「ディー・ディー・ブリッジウォーター」 
ディナ・キャロル「オンリー・ヒューマン」
   〃    「ソー・クロース」
ティナ・ターナー「プリーズ・プリーズ・プリーズ」
     〃   「リバー・ディープ・マウンテン・ハイ」
     〃   「トゥー・ホット・トゥー・ホールド」
デニ・ハインズ「イマジネイション」
デニース・ウィリアムス「私のデニース」
       〃     「ソング・バード」 
デニス・ラサール「ベスト・オブ・デニス・ラサール・オン・マラコ」
     〃    「ア・レディ・イン・ザ・ストリート」 
デブラ・モーガン「ダンス・ウィズ・ミー」
    〃    「イッツ・ノット・オーヴァー」 
デボラ・コックス「センチメンタル」
トニ・ブラクストン「シークレッツ」 
トリーネ・レイン「そよかぜを胸に抱いて」
    〃   「ファインダーズ・キーパーズ」
トレイシー・チャップマン「トレイシー・チャップマン」 
ナタリー・コール「ザ・ソウル・オブ・ナタリー・コール1975-1980」
     〃   「エヴァーラスティング」
     〃   「スターダスト」
     〃   「スノウ・フォール・オン・ザ・サハラ」
     〃   「テイク・ア・ルック」
     〃   「ナタリー」
     〃   「ラヴ・ソングス」
     〃   「リーヴィン」
ニーナ・シモン「ニーナとピアノ」
パティ・ラべル「ウィナー・イン・ユー」
     〃  「ビー・ユアセルフ」
     〃  「ベスト・オブ・パティ・ラヴェル」 
パフ・ジョンソン「ミラクル」 
ブランディ「フル・ムーン」
ホイットニー・ヒューストン「ザ・グレイテスト・ヒッツ」
        〃      「天使の贈りもの」
        〃      「そよ風の贈りもの」
        〃      「ホイットニーⅡ」
ポインター・シスターズ「ザ・ポインター・シスターズ」
      〃      「ブラック・アンド・ホワイト」
ミリー・ジャクソン「アン・イミテーション・オブ・ラブ」
    〃    「スティル・コート・アップ」
メアリー・J・ブライジ「グロウイング・ペインズ」
メアリー・メアリー「サンクフル」
メイヴィス・ステイプルズ「ウィル・ネバー・ターン・バック」
      〃      「ザ・ヴォイス」 
メイシー・グレイ「ザ・トラブル・ウィズ・ビーイング・マイセルフ」
メリー・ウェルズ「グレイテスト・ヒッツ」
モナ・リサ「“11-20-79”」
ラヴァーン・ベイカー「ラヴァーン・ベイカー」
ラッシェル・フェレル「ラッシェル・フェレル・デビュー!」
ラベル「マ・メール・ロワ」
 〃 「ナイトバーズ」 
ルトリシア・マクニール「マイ・サイド・オブ・タウン」
ロバータ・フラック「やさしく歌って」
     〃    「ファースト・テイク」
     〃    「チャプター・トゥー」
ロリータ・ハラウェイ「クライ・トゥー・ミー」 
ローリン・ヒル「MTVアンプラグド」
サントラ「ドリームガールズ」

【こちらも要チェック】
ココ・リー「ジャスト・ノー・アザー・ウェイ」
サラ・ジェーン・モリス「リーヴィング・ホーム」
フェイス・ヒル「フェイス」
ルトリシア・マクニール「ワッチャ・ビーン・ドゥイング」

 

  「ドリームガールズ」のレビューをやっと書き上げました。もうだいぶ映画の記憶は薄れかけているので、映画というよりも音楽に関する記述が多くなってしまった。それはともかく、勢いで自分のお気に入りソウル/R&BのCDリストを作ってしまいました。せっかくなので「ゴブリンのこれがおすすめ」シリーズに入れることにしたしだい。以前にもシリーズの10回目と11回目で「女性ヴォーカルを楽しむ」を特集していますので違和感はないでしょう。

  僕の一番のお気に入りソウル女性歌手は”レディ・ソウル”アレサ・フランクリンではなくグラディス・ナイト。彼女もモータウン出身だが、ブッダ時代にも傑作が多い。「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソンに感動した人は是非「夜汽車よ!ジョージアへ」(「イマジネーション」に収録)や「さよならは悲しい言葉」を聴いてほしい。

  リストにはアレサ・フランクリン、ナタリー・コール、ホイットニー・ヒューストン、ロバータ・フラックなどの誰でも知っているビッグ・シンガーからかなりディープな人・グループまで入っています。一方で、アシャンティ、エリカ・バドゥ、エリーシャ・ラヴァーン、シャーデー、ジャネット・ケイ、デスティニーズ・チャイルド、ビヨンセ、ミッシー・エリオットなどは入っていません。もう一つ僕の口に合わないからです。人に好みがあるのは当然ですので、あくまで参考として受け止めてください。

ドリームガールズ

アメリカ 2007年2月公開Jewelgrape5
評価:★★★★☆
原題:Dreamgirls
監督・脚本:ビル・コンドン
撮影:トビアス・シュリッスラー
振付:ファティマ・ロビンソン
作詞:トム・アイン
音楽:ヘンリー・クリーガー
音楽スーパーバイザー:ランディ・スペンドラヴ、マット・サリヴァン
出演:ジェニファー・ハドソン 、ビヨンセ・ノウルズ、ジェイミー・フォックス
    エディ・マーフィー、アニカ・ノニ・ローズ 、 ダニー・グローバー
    キース・ロビンソン、シャロン・リール、ヒントン・バトル、ジョン・リスゴー
    ロバート・チッチーニ

  僕はジーン・ケリー、フレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース、ビング・クロスビーなどが歌い踊る「正統派」のミュージカル映画はあまり好きではない。楽曲が古いし、ストーリーは貧弱なのでどうももう一つ乗れない。ただ、作曲家やミュージシャンの伝記ものはストーリーの骨格があるので結構好きである。古くは「未完成交響楽」、「愛情物語」、「ベニイ・グッドマン物語」、「グレン・ミラー物語」、「五つの銅貨」など。もう少し下って、「歌え!ロレッタ愛のために」、「ローズ」、「アマデウス」、「永遠のマリア・カラス」、「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」あたりになると傑作ぞろい。この伝統は最近の「Ray/レイ」、「五線譜のラブレター」、「ビヨンドtheシー」などへとつながっている。一方、「シカゴ」、「プロデューサーズ」など「正統派」のミュージカルにも優れた作品が現われてきた。楽曲、演出共にかつてのものに比べると格段によくなっている。一時廃れたと思われていたこれらのジャンルは最近また充実してきた。

  この二つの系統の延長線上に優れた映画がまた1本加わった。「ドリームガールズ」は「ザ・スプリームズ」をモデルにしているので伝記映画の系統に近いが、せりふの途中で突然歌い出すあたりはオーソドックスなミュージカル的でもある。しかし主要な登場人物がすべて黒人キャストというのは異色である。他に思い当たるのは少ない。東京にいた頃渋谷の「ユーロスペース」で観たキャブ・キャロウェイの記録映画「ミニー・ザ・ムーチャー」、渋谷ジョイシネマで観た同じく記録映画「ゴスペル」(ジェームズ・クリーブランドやシャーリー・シーザーなど出演)が思い浮かぶ程度。劇映画では「黒いオルフェ」くらいしか思い当たらない。しかし、いずれもソウル・ミュージックをたっぷり堪能できる劇映画からは程遠い。音楽のジャンルとして一番近い劇映画は、ダイアナ・ロスが偉大なジャズ歌手ビリー・ホリデイを演じた「ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実」やウーピー・ゴールドバーグ主演でゴスペル・ブームの火付け役になった「天使にラブ・ソングを」とその続編あたりになるだろうか。こう考えてみると、ブラック・ミュージックの、いやアメリカの音楽の主要なジャンルであるソウル/R&Bを前面に押し出した劇映画がこれまでほとんどなかったことが逆に分かる。ミュージカルや音楽映画のジャンルは一貫して白人と白人音楽中心だったのである。

  「ドリームガールズ」の一番の魅力は歌そのものにある。ブラック・ミュージックに慣れていない人にはうるさいし暑苦しくてかなわないだろうが、それこそがブラック・ミュージックの魅力である。そもそも白人とは声の質が違うのだ。総じて声が太い。ちょっと声を聴いただけで歌っているのが白人か黒人か分かるほどだ。だから朗々と歌い上げるかシャウトするタイプの歌手が多い。もちろん黒人歌手でもディオンヌ・ワーウィックやナンシー・ウィルソンなどソフトな声の持ち主もいる。ダイアナ・ロスもどちらかといえばこのタイプだろう。

  「ドリームガールズ」は60年代に一世を風靡したザ・スプリームズ(当時は「シュープリームス」と呼んでいた)をモデルにした映画である。当初まだ「ドリーメッツ」と言っていた頃のリード・ヴォーカルは野太い声でシャウトし歌い上げる一時代前のタイプのエフィー・ホワイト(ジェニファー・ハドソン)だった。しかし「ドリームガールズ」としてデビューした時リード・ヴォーカルはソフトな声のディーナ・ジョーンズ(ビヨンセ・ノウルズ)に代わっていた。その理由は二つある。一つはディーナのほうがスタイルもよく美人だったこと。もう一つはエフィーの野太い声と熱唱型の歌い方が白人のリスナーも視野に入れたポップ路線には合わなかったこと。この主役交代による確執が「ドリームガールズ」の中心ストーリーである。それと並行するように、やはり一時代前のスターであるジェームス・“サンダー”・アーリー(エディ・マーフィ)の人気の失墜が描かれる。エディー・マーフィのリトル・リチャード風もっこりリーゼントは50年代のスタイルだ。

  「ドリームガールズ」の歌曲の魅力を語る前にブラック・ミュージックの豊かさ多様さを強調しておかなければならない。ブラック・ミュージックはアメリカの音楽に計り知れないほど大きな影響を与えた。白人の音楽が黒人の音楽を取り入れなかったならば、今のアメリカの音楽はずっと貧弱なものになっていただろう。吉田ルイ子の『ハーレムの熱い日々』(昭和47年、講談社)に面白い記述がある。「いかにもハーレムの建物らしいのは、エレベーターの扉が開くたびにちがった音楽が聞こえてくることだ。三階ではゴスペル、五階ではブルース、十二階でジャズ、十六階でリズムアンドブルース、そして二十階ではキューバンリズムというように。」黒人の音楽と白人の音楽が出会い、融合したからこそアメリカは世界でもっとも多様な音楽を生み出したのである。「ドリームガールズ」の中でも60年代の多様な音楽がふんだんに出てくる。

  冒頭の新人発掘オーディションで優勝したのはリトル何某という大柄な男。B・B・キングばりにブルースをうなっていた。当時の大物歌手ジェームズ・アーリー(エディ・マーフィ)はJBばりにR&Bをど派手にシャウトしていた。優勝こそ逃したものの(最初から優勝者は決まっていた雰囲気)、エフィー、ディーナ、ローレル(アニカ・ノニ・ローズ)の3人による女性コーラスグループ「ドリーメッツ」の歌った「ムーブ」もすごい。この「ドリーメッツ」が後に「ドリームガールズ」になるわけだが、リード・ヴォーカルのエフィの歌のうまさ、豊かな声量にいきなり惹きつけられてしまう。ジェニファー・ハドソンの力量は驚くべきである。へヴィなR&Bで観客の心をのっけから鷲づかみにしてしまう。

  「ドリーメッツ」に対する観客の圧倒的支持に目をつけたのがカーティス・テイラー・ジュニア(ジェイミー・フォックス)という男である。車のディーラーだが音楽業界に食い込みたいという野心を持っていた。モータウンの創設者ベリー・ゴーディ・ジュニアがモデルである。この男とにかく時代の流れを読むのがめっぽううまい。彼の野心は大胆なものだった。それまで黒人の音楽はほとんど黒人の中でしか聞かれなかったが、彼はさらに白人のリスナーまで取り込もうと考えていたのである。そのためには人目を引く素材が必要であり、泥臭い黒人音楽ではなく、ポップな白人向きの歌を黒人に歌わせようと言うわけだ。かくして「ドリームガールズ」の旗揚げとなるが、その際にリード・ヴォーカルが歌のうまいエフィから美人のディーナに替えられてしまう。そして「歌え!ロレッタ愛のために」でも描かれたような猛烈な売り込み。札束が飛ぶ。

  しかしこの映画の見所は、主役が美人のディーナではなくエッタ・ジェイムズのような体型のエフィーだという点にある。音楽業界の裏側を見せつつ、主役交代をめぐる人間ドラマに焦点が当てられる。のし上がってゆくものとその影で落ちぶれて行くもの。エフィーのモデルとされるフローレンス・バラードは主役交代後アルコールに溺れ若くして亡くなるが、エフィーは持ち前の歌の力で再起を図り、ラストでは4人目の「ドリームガール」として舞台で「ドリームガールズ」と共演する。ラストの泣かせの演出はいかにもハリウッド的だが、ドラマよりも歌に重きがあるのでそれほど大きな欠点ではない。

  とにかくオリジナルの楽曲がどれも素晴らしい。しかもドラマの要所要所でその場面にUtahime1_1 ぴったりと合った楽曲が用意されているので効果はさらに倍増。見事な演出だ。勢いに乗っているときの曲ももちろんいいのだが、大きな転機が訪れた時の曲がとりわけ素晴らしい。エフィーの目に余る「わがまま」(遅刻したのはカーティスの子を妊娠してため病院にいっていたからだが、彼女はその事を誰にも言わなかった)のためにカーティスに首を宣言された時に歌う”And I Am Telling You I’m Not Going”。この映画のハイライトとなる力強い曲だ。哀しみと悔しさを込めて切々とかつ朗々と歌い上げるスケールの大きい曲である。低音から高音までうねるようにいくつもの起伏があるこの長い曲をジェニファー・ハドソンは語るように、そして思いのたけを振り絞るように歌いきった。声だけではなく心まで天に駆け上ってゆくような名唱である。しかしこの曲だけが突出して素晴らしいわけではない。彼女の復帰第1作"I Am Changing"や作曲家C.C.ホワイト(キース・ロビンソン)がエフィーのために書いたバラード"One Night Only"も素晴らしい曲だ。

  ジェニファー・ハドソンに比べるとビヨンセはどうしても見劣りしてしまうが、エフィーに続いて彼女も強引なカーティスの下を離れようと決意した時に歌う”Listen”も、操り人形だったそれまでの自分を乗り越え、これからは自分の歌を歌いたいという気持ちがこもった熱唱だった。もう一人忘れてはいけない。エディ・マーフィ演じるジェームス・アーリーの最後の熱演。彼も気に染まないまま流行のやわな歌を最初は歌っていたが、途中で彼本来のブリブリR&Bを歌い出す。「下品」なブラック・ミュージックに白人の観客たちは引いてゆく。しかしジェームズは止まらない。ついには乗りすぎて興奮のあまりズボンを下してしまう。これが彼のミュージシャン生命と彼自身の命を絶ってしまうわけだが、俺が本当に歌いたいのはこれだという彼の熱いパフォーマンスには感動すら覚える。

  時代の変化についてゆけなかったジェームズの死。ところどころ差し挟まれるキング牧師の演説や暴動のシーン。この映画のもう一つの主題は時代の変化だった。残念なことに、当時の社会情勢を映す映像は点描的にしか差し挟まれていない。時代の動きに敏感なカーティスによってディーナが髪型をアフロ・ヘアーに変えた程度だ(ロバータ・フラックの3作目「クアイエット・ファイアー」のジャケット写真を意識しているのかもしれない)。しかしこの時代の変化は劇的だった。アメリカが空前の繁栄を享受していた黄金の50年代の後に続いたのは激動の60年代だった。公民権運動とベトナム反戦運動の高まり。それまで押さえつけられていた黒人や先住民たちの不満と怒りがブラック・パワーとそれに呼応したレッド・パワーと呼ばれる社会的運動として噴出した。この10年間にアメリカ現代史の重要な出来事が相次いで起こっている。

 

63年:ワシントン大行進とキング牧師の有名な演説、ケネディ大統領暗殺
64年:強力な公民権法の成立、都市部で人種暴動が吹き荒れた「長く暑い夏」
65年:ベトナムへの北爆開始とベトナム反戦運動の高まり、マルコムXの暗殺
66年:黒人の急進的な政治組織ブラック・パンサー党の結成
68年:キング牧師とロバート・ケネディの暗殺、レッド・パワーの高まり

 対立する政治の流れがぶつかり合い、暗殺事件が相次いだ。当然黒人大衆の意識も大きく変化した。黒人が白人に対して劣等感を感じる主要な要素は二つある。黒い肌とちりちりの髪。マルコムXの自伝には、彼が若い頃髪の毛をコテと薬剤を使って直毛にしようと涙ぐましい努力を重ねていたエピソードが記述されている。しかし60年代に入って彼らの意識が変わった。彼らは逆にこの二つの要素を誇示し始めた。「ブラック・イズ・ビューティフル」の標語を掲げて黒い肌を誇示し、こぞって髪型をアフロ・ヘアーに変えてちりちりの髪をむしろ目立たせた。カーティスが髪型をアフロ・ヘアーにしたディーナのポスターを作ったのはこの変化に乗っかったのである。

  「ドリームガールズ」の背景にはこのような社会の変動が隠れている。「ドリームガールズ」というタイトルが意味深長だ。「ドリーメッツ(小さな夢)」から「ドリームガールズ」へ。黒人大衆の意識の変化に乗って大きな夢をつかんだ3人の女性たち。そして「ドリーム」は言うまでもなく”I have a dream.”と何度も繰り返されたキング牧師の有名な演説(これは20世紀で最も優れた演説の一つである)と重なっている。「私には夢がある。私の四人の小さい子ども達が、肌の色ではなく内なる人格で評価される国に住める日がいつか来るという夢が。・・・将来いつか、幼い黒人の子ども達が幼い白人の子ども達と手に手を取って兄弟姉妹となり得る日が来る夢が。」残念ながら「ドリームガールズ」にはこれほど強い、そして痛切な思いは込められていない。彼女たちの夢はむしろ「成功の夢」だった。

  しかしその夢は彼女たちがチャンスをつかめる可能性があって初めて実現するものである。60~70年代の公民権運動はマイノリティたちが社会に進出するチャンスを大きく広げた。なにしろ70年代までは白人俳優と混じってスクリーンに立てる黒人俳優はハリー・ベラフォンテやシドニー・ポアチエくらいだったのである。今思うと隔世の感がある。カーティスはこの時代の変化を的確につかんでいたに違いない。カーティスが目指した路線はそれまでの黒人音楽が持っていた泥臭く、野太く、粘つくような音楽性をスマートで口当たりのいいものにする路線だった。その点で正直物足りないと感じるところもある。しかしそうすることで、それまでほぼ黒人たち内部に限られていたリスナーを飛躍的に増やした功績を過小評価すべきではないだろう。その勢いは、当時ビートルズを始めとするイギリス勢の攻勢にアメリカ側で唯一対抗できたのは「シュープリームス」だけだったと言われるほどである。

  4人で舞台に立つラストは甘いと感じるが、その前にディーナが独善的過ぎるカーティスの下を去る決意をするシーンは、彼女たちの新しい可能性を示唆していて素直に胸を打つ。いやあのラストですら、フローレンス・バラードが果たせなかった夢をスクリーンの上で実現させたと考えれば感慨深いものもある。

  最後にジェニファー・ハドソンについて一言。確かに彼女はビヨンセのような美人ではない。しかし彼女には茶目っ気があって、ちょっとしたそぶりが可愛く見える。実に魅力的な女性だと思う。歌手としてだけでなく女優としても、とてつもない可能性を持った大器だ。この後どんな作品に登場するのか、実に楽しみだ。

〔参考〕
  ブラック・ミュージックの源流の一つにミンストレル・ショーがある。白人が顔を黒塗りにして舞台に立つショーである。有名なトーキー第1作「ジャズ・シンガー」(1927)やそこで主演したアル・ジョルソンの伝記映画「ジョルスン物語」(1946)でミンストレル・ショーが描かれている。あるいは先日紹介した『黒人ばかりのアポロ劇場』にもその舞台裏が紹介されている。

  インターネット上では「Crisscross」という非常に優れたサイトに収録されている「明らかになるミンストレル・ショーの真実」を是非読んでいただきたい。最近の研究成果も取り入れた優れた考察である。「Crisscross」というサイトはだいぶ前から本館HP「緑の杜のゴブリン」のリンクに入れてあるが、このサイトに納められている論考(「記事」ではなくこう呼ぶのがふさわしい)はいずれもきわめて水準の高いものばかりである。恐らくプロの手になるものだろう。時間があるときにじっくり目を通してみることをおすすめする。

  モータウンからはザ・スプリームズ以外にも、コモドアーズ、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、テンプテーションズ、ジャクソン・ファイヴ、フォー・トップス、マーサ・リーヴス&ザ・ヴァンデラス、マーヴェレッツ、グラディス・ナイト&ピップス、スティーヴィー・ワンダー、メリー・ウェルズなどの素晴らしいグループやシンガーが生まれた。よりディープな世界を覗きたい場合はサザン・ソウルやブルースを中心にしたスタックス・レーベルをおすすめする。スタックス傘下のアーティストたちが結集した一大野外コンサートを収録した「ワッツタックス」は是非聴いてほしい。CDとDVDの両方が出ている。アイザック・ヘイズ、カーラ・トーマス、ステイプル・シンガーズ、アルバート・キングなどの熱い演奏が聴ける。

 「ゴブリンのこれがおすすめ 37」でソウル女性ヴォーカルの名盤80枚を挙げていますので、興味のある方はそちらもどうぞ。

2007年5月 3日 (木)

「麦の穂をゆらす風」を観ました

 アイルランドの歴史に関する本は学生の頃に何冊か読んだことがある。イギリス文学が0070 専門だったが、イギリスを知る上で世界中に植民地を持っていた帝国主義国家としての面を見落とすわけに行かないからだ。アメリカの歴史を知る上で奴隷制の問題、先住民や黒人などへの人種差別問題を欠かすことが出来ないのと同じである。

  アイルランドに対するイギリスの支配は過酷なものだった。恐らくその根底にはケルト系民族に対する差別意識があったに違いない。アメリカ映画だが、イングランドに対するスコットランド人の闘いを描いた「ブレイブ・ハート」の冒頭で、スコットランドの貴族たちがイングランド軍に虐殺されて天井から吊るされている場面が描かれる。全編を通じてスコットランド人を下等な生き物のように扱っているイングランド人の差別意識が描き出されている(原作ほどではないが)。「麦の穂をゆらす風」の冒頭にもホッケーの後「集会を開いた」と主人公たちがイギリス兵に難癖をつけられ、質問に英語で答えなかったミホールが殺される場面が出てくる。人を人とも思わない高圧的で傲慢な態度は「ブレイブ・ハート」と同じだ。恐らくインドや南アフリカなどで取っていた態度と同じだろう。帝国主義と人種差別意識は一体のものである。

  以前「『ウォレスとグルミット 危機一髪!』とファンタジーの伝統」という記事で次のように書いた。

  『ガリヴァー旅行記』と言えば巨人の国と小人の国の話が有名だが、宮崎駿の「天空の城ラピュタ」のラピュタと検索エンジン「ヤフー」のヤフーは『ガリヴァー旅行記』に出てくるものである。『ガリヴァー旅行記』は4話からなり、ガリヴァーは巨人の国、小人の国、ラピュタ、ヤフーの国を訪れるのである。ヤフーはほとんど猿にまで退化した人間で馬に支配されている。まるで「猿の惑星」の世界だ。ラピュタは空飛ぶ島だが、実はこれはイギリスを暗に示している。 アイルランドは長い間イギリスの植民地だった。ラピュタは空中から下界を支配し、ひとたび反乱があれば地上に落下して「暴徒たち」を押しつぶすのである。

  『ガリヴァー旅行記』は風刺と皮肉に満ち溢れた本だが、子供向きに書き直されたときにその政治性がすっぱり削り落とされたのである。『ガリヴァー旅行記』の著者ジョナサン・スイフトはダブリン生まれのアイルランド人である。思想的には保守派だが、こと対イギリス問題となると徹底してラディカルな態度を取った。地上の民を支配するラピュタは明らかにアイルランドとイギリスの関係の暗喩である。「麦の穂をゆらす風」はアイルランドとイギリスの歴史的関係を抜きにしては語れない。

  ケン・ローチ作品はオムニバスの「セプテンバー11」も含めて9本観たが、どれも優れた作品である。ディケンズのように階級社会イギリスを上からではなく下から描いた作家である。しかもディケンズよりはるかにラディカルな立場に立っている。その彼の傑作群の中でも「麦の穂をゆらす風」は今のところ頂点に位置する作品ではないか。この映画を観てそう思った。ケン・ローチはついに抑圧され奪い尽くされてきた植民地の立場からイギリスを見るところまで至った。甘さの入り込む余地のない非妥協的でリアリスト的な態度はほとんどの作品に一貫しているが、この作品には抑圧からの解放という熱くたぎる思いが前面に押し出されている。同時に、裏切った仲間を処刑せざるを得ない非情さに揺らぐ内的葛藤も描きこまれている。さらには、完全独立か不完全ではあっても実を取るかというアイルランド人内部における路線の対立もリアリストの冷徹な目で見つめている。

  2006年度公開作品で見逃している作品はまだまだあるが、少なくとも今のところ「麦の穂をゆらす風」が暫定1位である。「母たちの村」、「ココシリ」、「スタンドアップ」、「ホテル・ルワンダ」、「スティーヴィー」、「ノー・ディレクション・ホーム」、「スパングリッシュ」、「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」、「ククーシュカ ラップランドの妖精」までがベストテン。上位を戦う映画ばかりが占めているのはもちろん僕の好みである(下記のタイトルにレビューへのリンクを付けてあります)。

「麦の穂をゆらす風」 ★★★★★

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