「それでもボクはやってない」を観てきました
今日電気館で「それでもボクはやってない」を観てきた。確かに評判どおりの傑作だっ
た。常々日本映画から社会派作品が消えたことを嘆いていたが、日本の裁判制度そのものを問題にした作品が現われ、かつ非常に高い評判を得ていることはうれしいことである。それにしても、痴漢行為そのものも許せないが、それを裁く日本の裁判制度もひどいものだ。ジョン・グリシャムなどのリーガル・サスペンス物を読めば、裁判で争われるのは真実ではないということはもはや常識である。真実なんて誰にも分からない、とにかく重要なのは裁判で勝つか負けるかの駆引きなのである。ここまで来ればほとんどゲームである。しかしアメリカもひどいが、日本はさらにひどいと思った。あきれるのを通り越して怒りすら覚える。日本の裁判制度は暗黙のうちに「推定無罪」ではなく「推定有罪」の上に立っている。「疑わしきは罰せず」ではなく、疑われたものはみんな罰しろ。これはもはや司法犯罪ではないかという気すらしてくる。コメディばかりが流行る中で、久々に心の底から憤りを感じる日本映画を観た。じっくり取材に時間をかけた周防正行監督の力作である。「ファンシイダンス」(1989)、「シコふんじゃった」(1991)、「Shall we ダンス?」(1996)と、これまで観てきた周防正行監督の作品はどれも面白かった。コミカルな作品を得意としてきたが、ここではシリアスな作品に敢えて挑戦、見事に成功した。彼の復帰を素直に喜びたい。
他にこの間観た映画は「アタゴオルは猫の森」と「ローズ・イン・タイドランド」。前者はほとんど評判も聞かず、最初から期待していなかった。それでも観たのは原作のますむらひろしのファンだからである。彼の漫画はほぼ全作品持っていると思う。大学生の頃千葉県流山市の江戸川台に住んでいたという縁もある。とにかく、ヒデヨシやテンプラの動く映像が観たかった。しかし予想通り貧弱な映画だった。原作のファンタジー・ワールドをそのまま映像化するだけでいいのに、余計な「演出」を加えているために安っぽいテレビアニメのような作りになってしまった。あの素晴らしい原作をこんな風にしてしまうなんて腹立たしい。テンプラやツキミ姫の顔はまるでブログのアバターみたいだ。ヒデヨシの声がイメージに合っていないのはアニメ化の宿命みたいなものだから我慢するとしても、ギルバルスばかりが活躍して、パンツ、ヒデ丸、カラアゲ丸、テマリなどはほとんどエキストラ並の扱いなのはあまりにひどい。3D-CGなんかにする暇があったらその分原作の味をアニメに置き換える工夫をすべきだった。「銀河鉄道の夜」のようなアニメ化作品の傑作もあるのだからもっと見習うべきだ。
「ローズ・イン・タイドランド」を一言で言えば「アリス・イン・ナイトメアランド」である。ルイス・キャロルのナンセンス・ファンタジーをドラッグの悪夢世界に変えてしまった。『不思議の国のアリス』も映画化、アニメ化が難しい作品である。何度も試みられたがいまだに決定打はない。テリー・ギリアム監督は正面から挑むのをやめて、ミッチ・カリンの『タイドランド』を原作にひねりにひねった映画に作り変えた。ユーモラスな原作の登場人物を怪しげで病的なキャラクター群に置き換えた。かくして、実におぞましくも不気味ながらどこか惹かれるものもあるティム・バートン的世界が出来上がった。一部で絶賛されているが、僕はそれほど褒めるつもりはない。しかし辛らつなダーク・ファンタジーとしては悪くない出来だ。テリー・ギリアムらしいアイロニーに満ち溢れている。少なくとも彼の作品としては「未来世紀ブラジル」に次ぐ出来である。いかにもイギリス的なコメディであるモンティ・パイソン・シリーズはそこそこ楽しめるが、「バンデットQ」は単なるオバカ映画だし、「12モンキーズ」は平凡な出来。「未来世紀ブラジル」と「ローズ・イン・タイドランド」以外で論ずるに足るのは「フィッシャー・キング」くらいか。「ローズ・イン・タイドランド」でようやく彼らしさを取り戻した。しかもローズ役のジョデル・フェルランドはアリスのイメージにぴったり。よくこんな子を探し出してきたものだ。その点は感心する。
「それでもボクはやってない」★★★★★
2007年 周防正行監督 日本
「アタゴオルは猫の森」★★★
2006年 西久保瑞穂監督 日本
「ローズ・イン・タイドランド」★★★★
2005年 テリー・ギリアム監督 イギリス・カナダ
「ローズ・イン・タイドランド」と「それでもボクはやってない」はレビューを書きます。
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» それでもボクはやってない [しぇんて的風来坊ブログ]
アメリカでもヒットしリメイクもされた「Shall we ダンス?」の周防正行監督の新作です。
日本の裁判制度というかデティールを描いたもので、ほんとに細かく描写されており、ある意味、被疑者・被告人デビュー前に(って犯罪はしたらあかんけど)観ておくと、あるいはデビューの予定はなくても観ておくとためになります。
いわゆる単純に冤罪もの人間ドラマとも違うと思います。冤罪が作られる可能性はそんなに低くない事。特に痴漢犯罪はっていうことです。この作品は、だから冤罪者を増やさないために捜査など甘くしろと... [続きを読む]
台所のキフジンさん コメントありがとうございます。
おそらく今回のコメントは「それでもボクはやってない」のことではなく、日本映画一般を指して言っているのだと解釈しました。
日本映画の水準はちょっと前に比べればはるかに上がりましたが、一部の傑作を除けば確かに安易な企画が多いと思います。有名俳優さえ集めれば客は入るだろうと言わんばかりの内容の薄さに肌寒さを覚えます。
しかし一方で優れた作品も生まれ始めています。それらが全体の水準を引き上げてくれるのではないかと期待してもいます。お手軽な作品はいつの時代にもあります。それらを駆逐してゆくのは観客の目です。観客自身の目が肥えてゆくことが必要でしょうね。
投稿: ゴブリン | 2007年4月23日 (月) 13:31
作りたい・・作品なのか・・??・・
もっと考えて・作る・・べき・・と・オモイマス
いくら・・お金の心配しなくてイイ・・宣伝付き・・
・・・・豪華キャスト・・折込・・と・・いっても
ホントウニ・・ソレがつくりたい・・のか・・??・・
才能のないものから・・言わせて・もらうと
才能・・監督だけでヮ・・なく・・キャスト
・・あのエンドロールに出てくる・・
ナマエのヒト・・皆さん・が納得して・・映画の
フイルムのながさを・・決めてほしい・・です
そーしたら・・一分くらいの映画もできたり・・して・・
投稿: 台所のキフジン | 2007年4月22日 (日) 11:43
台所のキフジンさん コメントありがとうございます。
どうもお久しぶりです。裁判制度は国によってだいぶ違うでしょうから、確かに外国人には理解しがたいところはあるでしょうね。何しろ日本人にとっても理解しがたいくらいですから。
本当に久々に観た骨のある日本映画でした。どうもバブル崩壊以来、日本という国はあちこちほころびが出来、そのうち大変な時代が来るのではないかという不安を持っている人は多いと思います。いくらでも社会の矛盾を突ける題材が転がっているのにほとんど手をつけない。映画人が望んでいないというよりも、製作側の壁が厚いのかもしれません。それを何とか突き破らないと日本映画の豊かな未来はないと思います。
投稿: ゴブリン | 2007年4月 9日 (月) 18:36
お久しぶりです・・
コドモたち・・も『ソレでも・・・』見てきて
・コワい・・って云う感想でした・・
気合の入ったまじめな日本映画・・が
ヤッパリ・・イチバンと思います
洋画・ヮヤッパリ・『説明』が要る・・もん
宗教的なこと・・とか・・・民族・・とか・
まあ・元ヮ・宗教・なんだろうケド
その点邦画・・ヮ説明ぬきで・ワカル・・でしょ
コトバがなくても・ダイジョウブ・・だよね
投稿: 台所のキフジン | 2007年4月 9日 (月) 09:15