2006年公開映画を振り返って
まだ昨年劇場公開された主要な映画の半分ほどしか観ていない段階で1年間の概況を書くのは無茶な話だが、少なくとも大まかな傾向についてはある程度書けるだろう。自分の年間ベストテンは今年も『キネマ旬報』のベストテン号発売に合わせて2月上旬に載せようと考えている。
特徴1 日本映画の好調さ
2006年の一番目立つ特徴は日本映画の好調ぶり。まず、全般的な傾向から確認しておくと、シネコンの急増で映画館数が増えた。スクリーン数は3000を越えたようだ。日本映画の公開本数が増え、前年の356本から380本超へ。洋画との比率で見ても前年までの洋画7邦画3に対し、2006年は6対4になった。興行収入も久々に日本映画が洋画を超えそうな勢いだった。
作品的にも充実していた。以下に挙げる注目作を見ても前年よりぐっと質が上がってい
ることがわかる。昨年は5点をつけた邦画は1本もなかったが、今年は既に4本ある。ただし、全体的にコメディ調の作品が多く、シリアスなものは相変わらず少ない。その意味では晩年戦争を追い続けた黒木和雄監督の遺作「紙屋悦子の青春」は貴重な作品だった。戦争を題材にしたものでは「男たちの大和/YAMATO」が大ヒットしたが、地味な良心作に佐々部清監督の「出口のない海」や池谷薫監督のドキュメンタリー「蟻の兵隊」もある。「かもめ食堂」の荻上直子、「ゆれる」の西川美和、「赤い鯨と白い蛇」のせんぼんよしこ、「酒井家のしあわせ」の呉美保など女性監督の進出が目立ち、「フラガール」の蒼井優をはじめ若い女優が大活躍。また後述するがドキュメンタリー映画に力作がそろったことも昨年の特長だった。
劇映画やドキュメンタリー映画が好調だったために、例年話題を集めていたアニメが昨年はあまり目立たなかった。「ゲド戦記」は評判倒れだったようなので、「時をかける少女」や岩波ホールで公開された人形アニメ「死者の書」が主な成果ではないか。昨年は「白蛇伝」、「太陽の王子ホルスの大冒険」などを製作した東映アニメーションの創立50周年に当たった。「太陽の王子ホルスの大冒険」から高畑勲と宮崎駿という二人の優れた監督が育ち、今や世界レベルにまで日本アニメの質を高めた。しかしどんどん外注をしてアニメを作っている現状なので、いずれは日本に優れたアニメーターがいなくなる可能性もある。スタッフの待遇面もいまだ改善されたということを聞かない。韓国のように国が本腰を入れて支援しなければ遠からず危機的状況が訪れるだろう。
全体として好調ではあったが、いいことずくめではない。ヒット作は「日本沈没」「ゲド戦記」「LIMIT OF LOVE 海猿」などの東宝作品に集中している。テレビとの提携が大きく影響している。作品の質ではなくマスコミの露出度で人気度が左右される現状には疑問を感じる。テーマ的にもシリアスなものが少なく、非常に偏っている。これには製作側の事情が大きく関与しているだろう。儲け一本の姿勢ではやはり健全な映画製作状況とは言えない。映画製作に対する国の援助という点でも改善されているわけではない。これまで何度も書いてきたが、映画を文化としてとらえるという見方がいまだ日本では定着していないことが最大の問題点なのである。映画は単なる娯楽で商品であるという捉え方が制作会社や国の支援姿勢に露骨に表れている。
では、そのような状況下でなぜ日本映画がこれほどの活況を呈しているのか。これを解明するには日本での映画製作状況だけではなく、監督や技術スタッフそして俳優たちが現在どのように養成されているのかを調べてみる必用がある。国立の映画大学もなく、かつての映画会社による徒弟制度のような養成システムがほぼ解体された中で、彼らはどこで映画製作を学びどのように製作の機会を得ているのか、これを調べてみたいがなかなかその余裕がない。そういう関心で日本映画を論じた研究が進んで欲しいものだ。
「THE有頂天ホテル」(三谷幸喜監督)
「かもめ食堂」(荻上直子監督)
「フラガール」(李相日監督)
「死者の書」(川本喜八郎監督)
「博士の愛した数式」(小泉堯史監督)
「嫌われ松子の一生」(中島哲也監督)
「ゆれる」(西川美和監督)
「チーズとうじ虫」(加藤治代監督)
「時をかける少女」(細田守監督、アニメ)
「武士の一分」(山田洋次監督)
「長い散歩」(奥田瑛二監督)
「手紙」(生野慈朗監督)
「紙屋悦子の青春」(黒木和雄監督)
特徴2 アメリカ大作映画は低調 9.11後を意識した映画が続出
ここ数年のアメリカ映画の一般的傾向については「アメリカ、家族のいる風景」のレビューである程度まとめてあるので、まずはそちらを参照し
ていただきたい。とにかくハリウッド製大作映画が振るわなかった。05年度には興行収入が10億円を越えた洋画が39本もあったのに対し、06年度はわずか14本程度。大ヒット作はいずれも「ハリポタ」、「パイレーツ・オブ・カリビアン」、「ミッション・インポッシブル」などのシリーズ物ばかり。一方で主に低予算だが9.11後を反映した映画が噴出した。ボブ・ディランのドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」のタイトル通り、家族が崩壊し、社会における自分の位置を見失い、方向性を見失った人々を描く映画、アメリカの政治姿勢を正面から批判する映画、タブーに挑戦した映画。文字通り一気に噴出した感じである。もはや英雄が英雄として描きえなくなってきた。
この傾向は今年も続くのではないか。ハリウッド大作の巻き返しもあるかもしれないが、その場合でもかつてのように娯楽に専念するのではなく、何らかの社会性を持った作品が増えるだろう。
「クラッシュ」(ポール・ハギス監督)
「スタンドアップ」(ニキ・カーロ監督)
「ホテル・ルワンダ」(テリー・ジョージ監督、南ア・米・英・伊)
「アメリカ、家族のいる風景」(ヴィム・ヴェンダース監督)
「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」(トミー・リー・ジョーンズ監督)
「グッドナイト&グッドラック」(ジョージ・クルーニー監督、英米仏日)
「ナイロビの蜂」(フェルナンド・メイレレス監督、英独)
「ユナイテッド93」(06、ポール・グリーングラス監督)
「ワールド・トレード・センター」(オリバー・ストーン監督)
「Vフォー・ヴェンデッタ」(ジェイムズ・マクティーグ監督、米独)
「父親たちの星条旗」(クリント・イーストウッド監督)
「硫黄島からの手紙」(クリント・イーストウッド監督)
「ブロークバック・マウンテン」(アン・リー監督)
「カポーティ」(ベネット・ミラー監督)
「サンキュー・スモーキング」(ジェイソン・ライトマン監督)
「スティーヴィー」(スティーヴ・ジェイムス監督)
「ダ・ヴィンチ・コード」(ロン・ハワード監督)
「プルーフ・オブ・マイ・ライフ」(ジョン・マッデン監督)
「リトル・ミス・サンシャイン」(ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス監督)
特徴3 記録映画に力作がそろった
ついこの間までは記録映画というと真っ先にマイケル・ムーア監督を思い浮かべたものだが、昨年はだいぶ事情が変わった。山形ドキュメンタリー映画際や「ポレポレ東中野」の果たした役割が大きいだろうが、ドキュメンタリー映画が公開される機会が増え、一定のファン層も生まれてきたようだ。ドキュメンタリーは映画の原点。初めてキャメラを手にした人たちが最初にやるのは現実を写し取ること。ほとんどの国の初期映画史はドキュメンタリー映画が重要な役割を果たしている。今のような不安定な社会では現実が想像をしばしば超えてしまう。9.11の映像がそれを雄弁に示している。
これを機会にドキュメンタリーが上映される機会がさらに増え、過去の名作も含めてDVD化が進むことを切に願う。
「蟻の兵隊」(05、池谷薫監督、日本)
「六ヶ所村ラプソディー」(鎌仲ひとみ監督、日本)
「エドワード・サイード OUT OF PLACE」(佐藤真監督、日本)
「三池 終わらない炭鉱の物語」(熊谷博子監督、日本)
「ガーダ パレスチナの詩」(古居みずえ監督、日本)
「ヨコハマメリー」(中村高寛監督)
「スティーヴィー」(スティーヴ・ジェイムス監督、アメリカ)
「ダーウィンの悪夢」(フーベルト・ザウパー監督、オーストリア・ベルギー・仏)
特徴4 韓国映画勢い止まらず
いつのまにかレンタル店の棚一面どころか壁一面を占めるようなった韓国映画やTVドラマ。06年もその勢いは続いた。3月にはシネマート六本木で「韓流シネマフェスティバル2006」も開催された。相変わらず恋愛物が圧倒的に多い。あまりに多すぎてどれを観ていいのか迷うほどだ。しかし話題になった作品はさすがに評価が高い。現時点では未見のものが多いが、楽しみな作品ばかりだ。
「グエムル 漢江の怪物」(ポン・ジュノ監督)
「僕が9歳だったころ」(ユン・イノ監督)
「トンマッコルへようこそ」(パク・クァンヒョン監督)
「ファミリー」(イ・ジョンチョル監督)
「うつせみ」(キム・ギドク)
特徴5 その他の国々、国別の特徴
・中国・台湾映画久々に充実、アジア映画の紹介進む
このところ公開本数が落ち込んでいた中国映画がやや持ち直した。中でも「ココシリ」は力作。評価が分かれているが「胡同(フートン)のひまわり」も優れた作品だと思った。ただ
それ以外はもう一つ。もっと優れた作品がたくさんあるはずだ。韓国映画ばかりではなく中国映画もどんどん輸入して欲しい。
ホウ・シャオシェン、エドワード・ヤン以降やや落ち込んでいた台湾映画もやや上向きになってきた。9月にはアン・リー監督の初期三部作もDVD化された。
中国・韓国・台湾を除くアジア映画はまだまだ一般の観客の眼に触れる機会は少ない。主に上映される機会は「東京国際映画祭」や「東京フィルメックス」などである。東京国際映画祭では特集上映されたマレーシア映画が注目された。しかし映画祭上映作品はその一部しか劇場公開されないし、当然DVD化されるものも少ない。大都市に住むものしか観る機会がないという状況は何とか改善されないものか。
「ウォ・アイ・ニー」(チャン・ユアン監督)
「玲玲(リンリン)の電影日記」(シャオ・チアン監督、中国)
「ココシリ」(ルー・チューアン監督、香港・中国)
「胡同(フートン)のひまわり」(チャン・ヤン監督、中国)
「緑茶」(チャン・ユアン監督、中国)
「楽日」(ツァイ・ミンリャン監督、台湾)
「夢遊ハワイ」(シュー・フーチュン監督、台湾)
「深海」(05、チェン・ウェンタン監督、台湾)
・イギリス・フランス映画は好調
イギリスとフランス映画はまだほとんど観ていない。本数的にはまずまず。内容的にもケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」をはじめ期待できそうだ。単館ロードショーに回ることが多いので目立たないが、この2国の映画はこのところ充実している。
「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」(ニック・パーク監督)
「オリバー・ツイスト」(ロマン・ポランスキー監督、英・チェコ・仏・伊)
「プルートで朝食を」(ニール・ジョーダン監督、アイルランド・英)
「レイヤー・ケーキ」(マシュー・ボーン監督、イギリス)
「マッチポイント」(ウディ・アレン監督、イギリス)
「キンキー・ブーツ」(ジュリアン・ジャロルド監督、英米)
「麦の穂をゆらす風」(ケン・ローチ監督、アイルランド・英、他)
「ナニー・マクフィーの魔法のステッキ」(カーク・ジョーンズ監督、英米仏)
「ローズ・イン・タイドランド」(テリー・ギリアム監督、カナダ・イギリス)
「愛より強い旅」(トニー・ガトリフ監督、フランス)
「親密すぎるうちあけ話」(パトリス・ルコント監督、仏)
「狩人と犬、最後の旅」(04、ニコラス・バニエ監督、仏・他)
「薬指の標本」(ディアーヌ・ベルトラン監督、仏・独・英)
「あるいは裏切りという名の犬」(オリビエ・マルシャル監督、仏)
「オーロラ」(ニルス・タベルニエ監督、フランス)
「キングス&クイーン」(アルノー・デブレシャン監督、仏)
「ぼくを葬る」(フランソワ・オゾン監督、フランス)
「合唱ができるまで」(マリー=クロード・トレユ監督、フランス)
・スペイン、ドイツ映画
ここ数年傑作をいくつも送り出してきた両国だが、昨年の公開本数は少なかった。観たのはまだ「白バラの祈り」だけ。平凡な出来だと思ったが高く評価する人もいる。「戦場のアリア」は話題になった作品。出来もよさそうだ。スペイン映画で目に付いたのは1本だけ。さびしい限りだが、数々の傑作を生み出してきた名匠カルロス・サウラ監督作品なので見逃す手はない。
「イベリア 魂のフラメンコ」(カルロス・サウラ監督、スペイン・フランス)
「白バラの祈り――ゾフィ・ショル、最期の日々」(マルク・ローテムント監督、独)
「戦場のアリア」(クリスチャン・カリオン監督、仏独他)
「太陽に恋して」(ファティ・アキン監督、独)
・その他の国々の映画
ロシアの「ククーシュカ」と「太陽」、アフリカの「母たちの村」、3人の有名監督のオムニバス「明日へのチケット」、ベルイマンが久々にメガホンを取った「サラバンド」など、話題作が結構ある。イラン映画がひところほど公開されなくなったのは残念。05年に「亀も空を飛ぶ」(未見)が公開され高い評価を受けたが、ここ数年はほとんど「福岡アジア映画祭」や「東京フィルメックス」で上映されるにとどまっている感じだ。かつての映画大国イタリアも低調が続く。北欧、東欧、南米もいまひとつぱっとしない。ただ、まだ観ていない作品が多いので、意外な傑作があるかもしれない。
「ククーシュカ ラップランドの妖精」(アレクサンドル・ロゴシュキン監督)
「太陽」(05、アレクサンドル・ソクーロフ監督、ロシア他)
「ファーザー、サン」(アレクサンドル・ソクーロフ監督、ロシア他)
「美しき運命の傷痕」(ダニス・タノビッチ監督、伊仏ベルギー)
「サラバンド」(イングマル・ベルイマン監督、スウェーデン、他)
「歓びを歌にのせて」(ケイ・ポラック監督、スウェーデン)
「愛より強く」(ファティ・アキン監督、独・トルコ)
「隠された記憶」(ミヒャエル・ハネケ監督、オーストリア他)
「クリムト」(ラウル・ルイス監督、オーストリア、他)
「明日へのチケット」(E.オルミ、K.ローチ、A.キアロスタミ監督、伊・英)
「13歳の夏に僕は生まれた」(マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督、伊・仏・英)
「人生は、奇跡の詩」(ロベルト・ベニーニ監督、イタリア)
「夜よ、こんにちは」(マルコ・ベロッキオ監督、イタリア)
「トリノ、24時からの恋人たち」(ダビデ・フェラーリオ監督、イタリア)
「ニキフォル」(クシシュトフ・クラウゼ監督、ポーランド)
「敬愛なるベートーヴェン」(アニエスカ・ホランド監督、ハンガリー、英)
「母たちの村」(ウスマン・センベーヌ監督、フランス・セネガル)
「僕と未来とブエノスアイレス」(ダニエル・プルマン監督、アルゼンチン)
「ダック・シーズン」(フェルナンド・エインビッケ監督、メキシコ)
「カクタス・ジャック」(アレファンドロ・ロサーノ監督、メキシコ)
特徴6 旧作のDVD化が急速に進んだ
7月にフィルムセンターで「ロシア・ソビエト映画祭」、8月にアテネ・フランセで「アルメニア
映画祭」が開催された。こういった地道な特集は80年代ごろから盛んになった。その意義は大きい。ただ、こういった局地的開催ではごく一部の人にしか観る機会がない。何度も言うようだが、広くいきわたるにはDVD化が望まれる。地方の小都市に住むものにとってはそれが唯一の接点なのである。アメリカ映画の同じ作品が装いを変えて何度も繰り返し発売されているのに、こういう地味な作品は発売の機会さえ与えられていない。それでは存在しないも同じだ。何とかして欲しいものだ。正直、怒りすら感じる。
とはいえ、2006年は旧作のDVD化が一気に進んだ年である。待ち望んでいた作品がだいぶDVDになった。個人的には、「芙蓉鎮」「家族の肖像」「ドン・キホーテ」(57、グリゴーリー・コージンツェフ監督)「拝啓天皇陛下様」「愛妻物語」「揺れる大地」「ムッソリーニとお茶を」「ゲット・オン・ザ・バス」などがDVDで手に入るようになったのがうれしい。最大の話題は何といっても溝口健二のBOXセット。ほかにルビッチやブニュエルもほとんど手に入るようになった。国別では特に日本映画とソ連映画のDVD化が進んだ。喜ばしい限りである。
次世代DVDもいよいよ実用化されたが、どこまで根付くかは今のところ未知数。DVD-BOXが1枚になって出るようならそういうものだけ買ってもいいとは思っている。いずれにせよ自分としては当分の間今のDVDで行くつもりだ。
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