あの頃こんな映画があった 1988年
■1988年
僕の映画自伝である「あの頃名画座があった(改訂版)⑧」の最後で「88年以降につい
てはまた切り口を変えて年毎にまとめて行くつもりです」と書いた。その後時間がなくてほとんど放り投げていたが、そろそろまた連載を始めようと思う。「あの頃名画座があった」は自分がどこでどんな映画を観てきたかを中心に、覚えている限りで当時の映画環境も書き込んだ(東京中心だが)。88年からは東京を離れ長野県の上田市という地方小都市に移り住んだので映画はほとんどビデオ/DVDで観ている。「あの頃名画座があった」と同じ趣向では書けないので、新連載は日本で公開された作品を年毎にまとめることを試みてみようと思う。
これまで何度も嘆いて見せたが、東京を離れると一気に映画環境は悪化する。当時上田にあった映画館は「ニューパール」、「上田映劇」、ポルノ専門館になっていた「東横劇場」、「敦煌」を観ただけですぐなくなってしまった「上田テアトル」の4館だけ。今残っているのは「映劇」だけである。4月1日にさっそく「上田映劇」で「フルメタル・ジャケット」を観ている。併映は何と「エルム街の悪夢」。どういう組み合わせだ!?最終上映回だったのでこちらは10分ほど観てパス。あんなもの真っ暗な中で1人では観たくないからね(始まった時はほかにもう1人観客がいたが、5分ほどで出て行ってしまった)。
上田では物足りないので長野まで足を伸ばして「千石劇場」、「東宝中劇」、「長野東映」、「東宝グランド劇場」、「長野ロキシー」などへ行っている。しかし大した作品をやっていないのですぐ行かなくなってしまった。この年はまだ東京への未練たらたらで、結構週末を使って東京まで出かけている。まだ新幹線がなかった頃だから、片道2時間半もかけて通って
いたことになる。体力と若さがなければできないことだ。
代わってビデオ生活が始まる。当時既にレンタルビデオ店があったが、東京にいた頃は当然映画館で観ていたのでビデオは借りたことがなかった。映画ノートを見ると、上田で借りた最初のビデオは「刑事ジョン・ブック目撃者」。9月の4日である。半年間我慢したわけだ。しかし背に腹は代えられない。一旦踏み切れば、後は堰を切ったように懐かしい映画、それまで見落としていた映画を借りまくっている。当時のビデオは嘆かわしいほど画質が悪かった。斜めの線などはぎざぎざになってまっすぐにならない。今のような大画面テレビもないので、小さな画面で画質の悪いビデオを見る情けなさ。しかし他にどうすることも出来ない。こうして、半年以上遅れて新作を観る生活が始まった。
【興行成績】
<洋画>
1位 「ラストエンペラー」
2位 「ランボー3 怒りのアフガン」
3位 「危険な情事」
4位 「ウィロー」
5位 「ニューヨーク東8番街の奇跡」
6位 「ロボコップ」
7位 「インナー・スペース」
8位 「クロコダイル・ダンディー2」
9位 「007/リビング・デイライツ」
10位 「フルメタル・ジャケット」
<邦画>
1位 「敦煌」
2位 「優駿 ORACION」
3位 「いこかもどろか」
4位 「あぶない刑事」
5位 「ドラえもん のび太のパラレル西遊記」
「エスパー魔美 星空のダンシングドール」
「ウルトラB ブラックホールからの独裁者B・B」
6位 「マルサの女2」
7位 「ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎狂騒曲」
「はいからさんが通る」
8位 「マリリンに逢いたい」
9位 「帝都物語」
「またまたあぶない刑事」
「・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・」
「男はつらいよ 寅次郎物語」
「女咲かせます」
興行成績を見てみるとその年どんな映画がはやり、何が話題になったか手っ取り早く分かる。88年は「ラストエンペラー」と「ロボコップ」の年である。壮絶な夫婦間の「戦争」を描いた「危険な情事」も話題になった。一方日本映画を見てみると情けなくなる。上記の諸作品と比べると、この1、2年の日本映画がいかに高いレベルに達し
ているか分かろうというものである。まさに天と地の差である。数々の名作を生み出した50年代を頂点に、60年代以降はテレビに押されて下降線をたどり、80年代の末にはここまで落ち込んでいたのである。僕は80年代には年間に日本映画を数十本も観ていたが、そのほとんどは30年代から60年代にかけての作品だった。70年代までは日本映画の名作を観る機会が限られていたので、上映機会が増えた80年代に飢えたように観まくっていたからだが、新作に観るべきものがなかったからでもある。
さて、興行成績はともかく、この年の特徴をゴブリン的視点から見直してみたい。この年
の最大の成果と特徴は中国映画「芙蓉鎮」の公開と韓国映画の登場である。以下7点にわたってこの年の特徴をまとめてみたい。
1 「芙蓉鎮」の衝撃
この年岩波ホールで公開された謝晋監督(この当時はまだ漢字表記だった)の「芙蓉鎮」は日本の映画ファンに大きな衝撃を与えた。文革のすさまじい実態をつぶさに描いた映画が日本で初めて公開されたのである。僕が中国映画を観たのはその前年の87年だが、まだその時は一部で注目されていたに過ぎない。この「芙蓉鎮」によって事実上はじめて中国映画のレベルの高さを日本人は知ったのである。僕は迷わずこの作品を88年のベストテン1位に選んでいる。
文芸座の「中国映画祭‘88」では6本が上映されたが、その中では「北京物語」と「晩鐘」が印象に残った。
2 韓国映画が初めて注目される
この年に「旅人は休まない」、「鯨とりコレサニヤン」、「ディープ・ブルー・ナイト」が公開さ
れた。この頃はまだ韓国映画に対する僕の意識は低く、翌年に公開された台湾の「童年往時」や「恋々風塵」、あるいは「誰かがあなたを愛している」などの香港映画とかなり混同していた覚えがある。正直言って、91年公開の「達磨はなぜ東へ行ったのか」など、奇妙なタイトルの映画が入ってくるようになったなという程度の認識でしかなかった。だから観たのはいずれも数年後である。「誰かがあなたを愛している」は90年、「旅人は休まない」、「ディープ・ブルー・ナイト」、「恋々風塵」は91年、「童年往時」は93年、「鯨とりコレサニヤン」と「達磨はなぜ東へ行ったのか」は未だに観ていない。とにかくこの時期の韓国映画はまだ珍品扱いだったといっても過言ではないだろう。作品的にも今の恋愛もの全盛とは違ってより瞑想的で難解な作風だった。
3 イギリス映画
イギリスからはこの年「遠い夜明け」と「ワールド・アパート」というアパルトヘイトを告発した傑作が2本入ってきた。アパルトヘイトが撤廃されたのは3年後の91年。2002年には「アマンドラ!希望の歌」という傑作ドキュメンタリーが生まれている。
イギリス映画では他にジョン・ブーアマン監督の秀作「戦場の小さな天使たち」やピーター・グリーナウェイ監督の「建築家の腹」があった。
4 フランスとイタリア映画
フランス映画は上映数こそ多くないが、「愛と宿命の泉」、「さよなら子供たち」、「グレート・ブルー」、「フランスの思い出」などの傑作が公開された。エリック・ロメール作品も前年
の「緑の光線」に続いて、「友だちの恋人」と「モード家の一夜」が公開された。他に「汚れた血」、「カンヌ映画通り」など。
イタリア映画は「ラスト・エンペラー」の公開が最大の話題。しかし作品的には「1900年」に及ばない。他にフェリーニの「インテルビスタ」、フランチェスコ・ロージの「予告された殺人の記録」、エットーレ・スコラの「マカロニ」など、こちらも数は少ないが粒はそろっていた。
5 アメリカ映画
88年はベトナム物に秀作がそろった年である。上記の「フルメタル・ジャケット」の他にベトナム物は「グッド・モーニング・ベトナム」と「ディア・アメリカ 戦場からの手紙」がある。ベトナム物以外では地味な作品に傑作が集中している。「ラジオ・デイズ」、「八月の鯨」、「メイトワン1920」、「ミラグロ 奇跡の地」、「エル・ノルテ 約束の地」など。
他に注目すべき作品としては、「存在の耐えられない軽さ」、ジェイムズ・ジョイス原作の「ザ・デッド」、「月の輝く夜に」、「ミッドナイト・ラン」、「セプテンバー」、「月の出をまって」、「ウォール街」など。
6 その他の国々の映画
ソ連映画に秀作が多かった。「黒い瞳」、「持参金のない娘」、「翌日戦争が始まった」、
「死者からの手紙」、「メッセンジャー・ボーイ」、(僕は評価しないが)ソクーロフの「孤独な声」など。「黒い瞳」を除く4本は高田馬場東映パラスで観た。
南米映画も前年に引き続き好調。アルゼンチンの「王様の映画」、「南東からきた男」、「ナイト・オブ・ペンシルズ」、キューバの巨匠ウンベルト・ソラス監督の「ルシア」、ブラジルの「ピンタット」など。この頃アルゼンチン映画は毎年のように入ってきていた。何と言ってもフェルナンド・E・ソラナス監督の存在が大きい。
この年10月5日から13日にかけて草月ホールで「ラテンアメリカ映画祭」が開かれ、ウンベルト・ソラス監督の「成功した男」をわざわざ東京まで出かけて観ている。しかし「キネカ錦糸町」で観た「ルシア」も「成功した男」も悲しいことに全く記憶に残っていない。
英仏以外でこの年公開されたヨーロッパ映画は少ない。しかし、ドイツの「ベルリン・天使の詩」と「都会のアリス」、ポーランドの「太陽の年」、チェコの「スイート・スイート・ビレッジ」とさすがに傑作、秀作ぞろいだ。
日本映画では「となりのトトロ」、「TOMORROW明日」、「火垂るの墓」が3大傑作。この3
本だけ観ておけば十分事足りる。日本映画が活気を取り戻すのはようやく2000年代になってからである。
7 未公開作品の発掘
未公開作品の初公開も引き続き盛んだった。三百人劇場で「ヨーロッパの名匠たち フリッツ・ラングとジャン・ルノワール」と題して、「死刑執行人もまた死す」(87年12月19~88年1月8日)、「捕らえられた伍長」(1月9日~22日)、「恐怖省」(1月23日~2月5日)の3本が上映された。この面で三百人劇場が果たした役割はどんなに評価してもしすぎることはない。ジョン・フォード監督の「タバコ・ロード」もこの年に初公開された。
【1988年 マイ・ベストテン】
1 芙蓉鎮 謝 晋(シェ・チン)
2 エル・ノルテ 約束の地 グレゴリー・ナヴァ
3 さよなら子供たち ルイ・マル
4 死刑執行人もまた死す フリッツ・ラング
5 愛と宿命の泉 クロード・ベリ
6 遠い夜明け リチャード・アッテンボロー
7 フランスの思い出 ジャン・ルー・ユベール
8 八月の鯨 リンゼイ・アンダーソン
9 スイート・スイート・ヴィレッジ イジー・メンツェル
10 フル・メタル・ジャケット スタンリー・キューブリック
次 翌日戦争が始まった ユーリー・カラ
ワールド・アパート クリス・メンゲス
メイトワン1920 ジョン・セイルズ
ベルリン・天使の詩 ヴィム・ヴェンダース
黒い瞳 ニキータ・ミハルコフ
ディア・アメリカ ビル・コーチュリー
死者からの手紙 コンスタンチン・ロプシャンスキー
北京物語 鄭洞天(チェン・トンティエン)
グッド・モーニング・ベトナム バリー・レビンソン
ラジオ・デイズ ウッディ・アレン
友だちの恋人 エリック・ロメール
ウォール街 オリバー・ストーン
ミラグロ ロバート・レッドフォード
ラスト・エンペラー ベルナルド・ベルトルッチ
戦場の小さな天使たち ジョン・ブーアマン
予告された殺人の記録 フランチェスコ・ロージ
(注)
写真はマイ・チラシ・コレクションより。名前を挙げた作品はほとんど持っています。
コメント
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ETCマンツーマン英会話さん
コメントありがとうございます。だいぶ古い記事で、すっかり忘れていました。「アマンドラ!希望の歌」は素晴らしいドキュメンタリー映画ですが、残念なことにあまり知られていません。ぜひご覧になって、他の方にも広めてください。レビューも書いているので、参考にしていただければ嬉しいです。
ついでに書いておきますが、この傑作に匹敵する素晴らしいドキュメンタリー映画が日本で生まれました。東ティモールを題材にした「カンタ!ティモール」です。もうご覧になられたでしょうか。若い女性監督が作った作品ですが、非常に深い感銘を受けました。各地で自主上映しているので、ぜひとも機会があったらご覧ください。
投稿: ゴブリン | 2014年4月 8日 (火) 23:50
南アフリカ関連の映画を観ています。『ワールドアパート』を調べていてこちらにたどりつきました。「アマンドラ!希望の歌」、是非見ます。ご紹介に感謝!
投稿: ETCマンツーマン英会話 | 2014年4月 7日 (月) 19:32