シャンプー台のむこうに
2000年 イギリス 2001年12月公開
評価:★★★★
原題:Blow Dry
監督:パディ・ブレスナック
脚本:サイモン・ボーフォイ
製作総指揮:シドニー・ポラック
出演:アラン・リックマン、ジョシュ・ハートネット、レイチェル・グリフィス
ナターシャ・リチャードソン、レイチェル・リー・クック、ビル・ナイ
ヒュー・ボネヴィル、ウォーレン・クラーク、ハイジ・クラム
ローズマリー・ハリス、ピーター・マクドナルド、マイケル・マケルハットン
デヴィッド・ブラッドリー、レイ・エメット・ブラウン
ローズマリー・ハリス
1年くらい前に中古店でDVDを手に入れた作品。退院後の療養期間中なのであまり肩の凝らないものをということで選んでみた。期待以上に面白い映画だった。拾い物の逸品。映画のタイプとしては、一度バラバラになった家族が全英ヘアドレッサー選手権をきっかけに再び絆を取り戻すというよくあるタイプのハートウォーミング・コメディである。したがって、何の変哲もないコメディだと一蹴する向きもないではないのだが、あれこれブログを読んでみると全体としてはすこぶる評判がいい。確かによく出来ているのだ。あっさり先が読めてしまうストーリーに依拠しながらも、これだけ魅力的な映画に仕立てている手腕はむしろ褒められるべきだろう。
ではどこがありきたりのものと違うのか。一つにはいくつかのジャンル・系統からおいしいところを取ってきて、それらをバランスよく組み合わせていることである。90年代以降のイギリス映画は、「Qeen Victoria 至上の愛」、「エリザベス」、「アイリス」、「いつか晴れた日に」、「日陰のふたり」、「プライドと偏見」、「オリバー・ツイスト」などの文芸映画や歴史劇を別にすれば、大きく3つの系統に分けられるだろう。一つは「ウェールズの山」、「ブラス!」、「フル・モンティ」、「リトルダンサー」、「グリーン・フィンガーズ」、「ベッカムに恋して」、「カレンダー・ガールズ」などの系統。努力して困難を乗り越え成功を掴むという、明るい元気が出るタイプの映画だ。二つ目は「リフ・ラフ」、「レディバード・レディバード」、「ボクと空と麦畑」、「人生は、時々晴れ」、「がんばれリアム」、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」、「家族のかたち」、「SWEET SIXTEEN」、「やさしくキスをして」などの、イギリスの現状を反映したつらく、厳しく、暗い系統の作品群。社会を反映したもう一つの系統は「シャロウ・グレイブ」、「トレインスポッティング」、「ザ・クリミナル」、「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」、「ロンドン・ドッグズ」などの一連のイギリス版犯罪映画である。いずれも、サッチャー時代に福祉国家から競争国家に路線転換し、アル中や薬中や犯罪がはびこるリトル・アメリカ化したイギリス社会の明と暗の反映である。「シャンプー台のむこうに」は明らかに最初の明るい楽天的タイプに入る。観終わった後のさわやかさはこのタイプの作品に共通する要素である。
もう一つイギリスのテレビ番組でよく見かけるコメディ・ドラマの要素がこれに付け加えられている。おどけた会話や表情や身振り、コンテストに出演したヘアドレッサーや司会を務める町長たちの大げさで滑稽なキャラクター造形などはまさにこの伝統を引き継いでいる。これらにさらに「壊れた家族の再生」というファミリー・ドラマの要素が加えられているところが「シャンプー台のむこうに」のユニークな特徴なのである。これはどちらかというとアメリカ映画が得意とする分野で、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」、「ラスト・マップ 真実を探して」、「エイプリルの七面鳥」、「イン・アメリカ三つの小さな願いごと」、「海辺の家」、「アメリカ、家族のいる風景」、「綴り字のシーズン」、「ドア・イン・ザ・フロア」、「イン・ハー・シューズ」など数え上げればきりがない。イギリスにも「秘密と嘘」や「人生は、時々晴れ」などいくつかあるが、アメリカ映画ほど単純には描かれない。要するに、「シャンプー台のむこうに」はこれらの明るい要素のいいとこ取りなのである。くすくす笑わせながらストーリーが展開し、時々しんみりさせ、最後はお約束の明るいハッピーエンド。そりゃ楽しめますよ。あまり難しいことを言わず映画の流れに乗っかって楽しめばいい。コメディなのだから。普通なら有り得ないことが「自然に」展開されるという特殊な領域はアニメだが、実写版でこれに近いのがコメディ。コメディは既成の枠から外れたところで成り立つジャンルである。既成の枠を踏み越えるから面白いと言ってもいい。少々の無理は笑って済ます。それでいいのである。
「シャンプー台のむこうに」の魅力はこれにとどまらない。イギリスの牧歌的な風景が楽しめるのも魅力の一つ。舞台はイングランド北部のヨークシャー州。キースリーという田舎町。高い山がなく、なだらかな丘が続くイギリスの田園風景は絵のように美しい。素朴な郊外のファームハウスやそこに住む素朴な人々。羊も出てくるのどかな風景。
しかし何といっても面白いのは全英ヘアドレッサー選手権そのものとコンテスト出場者のキャラクターである。サイモン・ボーフォイの練りに練った脚本のコミカルな仕掛けがこれに命を吹き込んでいる。全英ヘアドレッサー選手権なるものは恐らく実在しないのだろう が、アメリカには実際あるらしく、スタッフがラスヴェガスまで取材に行ったというコメントがメイキングの中にある。それはともかく、全英ヘアドレッサー選手権は4回戦行われて、その合計点で優勝を争う。「女性ヘア・ブロー部門」、「男性フリースタイル部門」、「ナイト・ヘア部門」そして「トータル・ルック部門」。会場となったキースリーの代表が映画の主人公たちである。かつて2連勝したが3連覇目前に妻に逃げられて挫折、今はすっかりしょぼくれて田舎町のしがない理髪店を営んでいるフィル(アラン・リックマン)。コンテストに出る気など全くない。妻とはこの10年間口もきいていない。不甲斐ない父親に不満を抱きつつ自分はコンテスト出場に前向きなその息子ブライアン(ジョシュ・ハートネット)。フィルの妻シェリー。実はすぐ近くで別の美容院を営んでいる。そしてそのシェリーと駆け落ちした相手サンドラ(レイチェル・グリフィス)。何とシェリーの同棲相手は女性だったのである。元はコンテストの時のモデルだった。
この真っ二つに割れていた4人が再びチームを組みコンテストに出場する。出だしは不調で回が進むごとに順位が上がり、最終決戦の「トータル・ルック部門」で大逆転という、まるで2004年のアテネ・オリンピックでの男子体操のような展開。否が応でも盛り上がるという仕掛け。しかも1回ごとに登場する髪型がより大胆に、より奇抜になってゆく。優勝をさらった決めのトータル・ルックは小林幸子もあっとのけぞるとんでもない大胆スタイル。うれしさは優勝ばかりではない。優勝と共に4人は家族になった。もともと夫と息子に出場を持ちかけたシェリーの目的は「優勝」ではなく、「私たち4人が家族になること」だった。宙を舞うフィルのハサミは「家族の再生に向けての架け橋だ!」と司会者も思わず興奮して叫んだ、ということはないが、めでたしめでたしのエンディング。こうなると分かっていてもやはり引き込まれてしまう。それだけ映画に力があるということだ。
小ネタを積み重ねたギャグの用い方も効果抜群。最初のあたりにブライアンが老人の髪を切っているシーンが出てくる。老人にあれこれ話しかけているのを見かけた人が誰に話しかけているのかと問う。ブライアンは老人の足の指に引っ掛けてある名札を観て名前を言う。つまりその老人は死体だったのだ。本物の髪で練習したいためにブライアンは死体置き場の死体を練習用に使っていた!このブラックさがいかにもイギリス映画らしくていい。しかもこれにはもう一つ笑えるエピソードがある。恋人のクリスティーナ(レイチェル・リー・クック)と一緒に死体を使ってカラーリングの練習をしていた時、ひょんなことから外に出たら鍵がかかって戻れなくなってしまう。翌日その老人の葬儀のために集まってきた人たちが窓から覗いて「シド・ヴィシャスだ」と叫ぶところは爆笑ものの傑作。とにかく練習をしたいクリスティーナは羊もまだらに染めてしまう。
多少不満なのはコンテストに出場したライバルたちがいまひとつ活躍しないこと。強敵があってこそコンテストは盛り上がる。95分という短い映画なので、さすがにそこまでは手が回らなかったということだろう。ただその中でも異彩を放っているのがフィルの最大のライバル、最近2連覇しているレイモンド(通称レイ)。演じているビル・ナイの小悪党ぶりが笑える。中年のおっさんたちがロックバンドを再結成するコミカルな音楽映画「スティル・クレイジー」のくたびれたヴォーカル役で最初に意識した脇役俳優だが、腕は一流なのに下手な小細工ばかりしているこの役柄も見事にぴったりはまっている。まったくの悪人でないところがいい。
しかし何といってもこの映画を支えているのはアラン・リックマン、レイチェル・グリフィス、ナターシャ・リチャードソンの3人。何をやらせてもうまいアラン・リックマンはさすがの存在感。女房に逃げられてしょぼくれた生活を送っている出だしのやる気のない態度から(チャップリンの「犬の生活」をもじって言えば「負け犬の生活」を送っていた)、カリスマ美容師として復活する最後の「トータル・ルック部門」での颯爽としたハサミ捌きまで(背伸びをすると足の裏のはさみの刺青が見えるのが可笑しい)堂々と演じきっている。「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」でジャクリーヌの姉ヒラリーを演じたレイチェル・グリフィスは、ここでは一転してコメディエンヌぶりを発揮している。ラストの変身振りもすごい。ナターシャ・リチャードソンに言及する人はほとんどいないが、僕はこの可愛いおばちゃん女優が痛く気に入ってしまった。主に舞台やテレビで活躍している人らしい。ここでは不治の病を抱えているという設定だが、湿っぽくならずに明るく前向きに行動する姿がさわやかだ。彼女は何とイギリス映画界の巨匠トニー・リチャードソン監督と大女優ヴァネッサ・レッドグレイヴの娘だそうである。
しかし登場人物の中でもっとも異彩を放っていたのは町長トニー役のウォーレン・クラーク。キースリーが全英ヘアドレッサー選手権の会場に選ばれた時は町おこしにうってつけの企画とばかりに大喜びで飛びつく。いかにも小さな田舎町らしく、予算をちびって会場は古いダンスホールを改装して使い、駅の電車発着時刻表示板のお古を電光掲示板代わりに使うというけちけちぶりが笑える。自ら司会を買って出るが、最初は選手権のこともヘア ドレッシングのことも分からないので完全に一人会場から浮いている。それが回を追うごとにどんどん板についてきて司会者らしくなってゆく。それに連れて衣装もどんどん派手になってくる。ひたすら町のために選手権を盛り上げようと涙ぐましい努力をする姿に、彼なりに町を愛してるんだといつしか応援したくなってしまう。最後の「トータル・ルック部門」の頃には司会者を越えてすっかりエンターテイナーになっている。もうほとんど自己陶酔の境地に入っている感じだ。選手権終了後も、勢い余ってか、一人ステージに残ってプレスリーのI Just Can’t Help Believingを陶酔したように歌いまくる。どうやら口パクで、歌こそ歌っていないが、その振り付けのはまりっぷりは「ビヨンドtheシー」のケヴィン・スペ イシー並み。いや、お見事でした。
このように、一見単純なストーリーながら、実に様々な要素が盛りだくさんに詰め込まれている。ほとんど触れなかったが、ブライアンとクリスティーナ(フィルのライバルであるレイの娘)の恋愛も描かれている。恐らく「ロミオとジュリエット」を意識しているのだろう。これだけ色々詰め込んでも展開にもたつきはない。アメリカ映画のようなド派手な演出や豪華さはなくても、アイデアしだいでこれだけ魅力的な作品が作れるのだ。イギリス映画の実力や恐るべし。
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cyazさん コメントありがとうございます。
実に素朴ですがとことん楽しめる良質の一品でした。雑誌か何かで名前を覚えていて、中古店で見つけたときはホクホク顔で買ってきたのですが、一旦買ってしまうとなかなか観ないのですよね、これが。レンタルすれば返却期限があるのでいやでも観るのですが、手元にあると安心してしまうのか、そのうちにと思っているうちに1年たっていました。
短い作品ながらコメントしどころ満載の充実した作品でした。
投稿: ゴブリン | 2006年12月 1日 (金) 09:40
ゴブリンさん、こんにちは^^
いつもTBありがとうございますm(__)m
この映画は僕の好きな映画の一本です!
2002年、劇場で観た映画の中でベスト⑨に挙げた作品で、リックマンは助演男優賞に勝手にさせてもらいました(笑)
こういうサイズの映画が少なくなりましたが、良質の作品はなかなか商業ベースに乗らないのですが、それでも秀逸な作品をできるだけ観たい気がします。素朴ながら、沢山の映画を観つつ、その“素朴”が大切だと感じる昨今です。
いい映画を中古店でチョイスされましたね^^
なかなかコメントをお返しできないですが、これからもよろしくお願い致しますm(__)m
投稿: cyaz | 2006年12月 1日 (金) 08:32
canさん コメントありがとうございます。
こういう映画はいいですね。難しいことを考えずに楽しめる。映画本来の魅力だと思います。「ブラス!」にしても「フル・モンティ」にしても、イギリス映画にはアメリカ映画とはまた違った味がありますね。
アラン・リックマンは本当に芸達者です。「ギャラクシー・クエスト」のトカゲ頭、ハリポタ・シリーズのプロフェッサー・スネイプ、「ダイ・ハード」の憎たらしい犯人役、何をやらせてもうまい。イギリスの俳優のほとんどは舞台でシェイクスピアを通ってきていますから名優ぞろい。その中でなおかつ異彩を放っているのですからたいしたものです。
投稿: ゴブリン | 2006年11月28日 (火) 02:14
TBありがとうございました
本当に、盛りだくさんな内容でありながら、全然とっちらかった感じじゃなくて、ラストはいい気持ちにさせてくれる、素敵な作品だと思います
アラン・リックマン、大好きです
投稿: can | 2006年11月28日 (火) 01:49