ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!
2005年 アメリカ・イギリス 2006年3月公開 85分
原題: WALLACE & GROMIT IN THE CURSE OF THE WERE-RABBIT
監督: ニック・パーク、スティーヴ・ボックス
製作: ニック・パーク、クレア・ジェニングス、ピーター・ロード、カーラ・シェリー
デヴィッド・スプロクストン
製作総指揮: ジェフリー・カッツェンバーグ、セシル・クレイマー、マイケル・ローズ
脚本: ニック・パーク、スティーヴ・ボックス、ボブ・ベイカー、マーク・バートン
撮影: トリスタン・オリヴァー、デイヴ・アレックス・リデット
プロダクションデザイン: フィル・ルイス
編集: デヴィッド・マコーミック、グレゴリー・パーラー
音楽: ジュリアン・ノット
音楽プロデューサー: ハンス・ジマー
声の出演:
ピーター・サリス (ウォレス)
レイフ・ファインズ(ヴィクター・クォーターメイン)
ヘレナ・ボナム=カーター (レディ・トッティントン)
ピーター・ケイ (PCマッキントッシュ)
ニコラス・スミス (クレメント・ヘッジ)
リズ・スミス (マルチ夫人)
ジョン・トムソン
「ウォレスとグルミット ウサギ男の呪い」、より英語の原題に近いタイトルにするとこんな感じか。WERE-RABBITは造語で、狼男のWEREWOLFをもじったもの。WEREはbe動詞の過去形ではなくて「男」という意味の古語。
「ウォレスとグルミット」シリーズ。97年に「チーズ・ホリデー」(89)を観てすっかり気に入ってしまった。以来「ペンギンに気をつけろ!」(93)、「危機一髪!」(95) と観てきたがどれも傑作。このシリーズとは違うが、同じニック・パーク作品で、英国アードマン社と米国のドリームワークス社が共同製作した長編「チキンラン」(00)もまた、「ウォレスとグルミット」シリーズとは違った味わいだが、よく出来た作品だった。そして今回の「野菜畑で大ピンチ!」はアードマン社とドリームワークス社の共同製作2作目。「ウォレスとグルミット」シリーズとしては初の長編となるが、これまた傑作。これまでのところニック・パーク作品にハズレなし!いやはや立派なものである。
プリミティブで素朴な 「キリクと魔女」や切り絵アニメ「プリンス・アンド・プリンセス」で知られるミッシェル・オスロ〔6月にDVDが出た世界初の長編アニメ「アクメッド王子の冒険」(1926)は切り絵アニメの元祖でもある〕、絵に素朴な味わいがある「ベルヴィル・ランデブー」のシルヴァン・ショメ、「真夏の夜の夢」などの人形アニメ作家イジー・トルンカ、「霧につつまれたハリネズミ」や「話の話」のユーリ・ノルシュテイン、「道成寺」、「死者の書」などで知られる人形アニメの川本喜八郎等々、世界にはユニークな作風のアニメ作家がたくさんいる。しかし、作品の質に人気度を加えてみると、日本の宮崎駿、アメリカのティム・バートン、イギリスのニック・パークが現在の3大アニメーション映画作家といえるだろう。
アニメのヒット作品というと「モンスターズ・インク」、「バグズ・ライフ」、「トイ・ストーリー」、「Mr.インクレディブル」などのピクサー/ディズニー系、「アンツ」、「チキンラン」、「シュレック」、「シュレック2」、「森のリトル・ギャング」などのドリームワークス系といったアメリカ勢が圧倒しているが、これらは特定の作家の個性は比較的希薄で、むしろ制作会社の姿勢のほうが目立つ。ピクサー系はディズニー色が強いのでどちらかというと子供向けの作風で、ドリームワークス系は皮肉や風刺の利いた大人も楽しめるアニメという印象だ。
「ウォレスとグルミット」シリーズはそれまで長くても30分程度の長さだったが、初の長編「野菜畑で大ピンチ!」では85分という長大な長さになった(数秒分撮影するのに数日間かかるというクレイ・アニメーションにとっては文字通り「長大」である)。当然一部にCG処理も施している。恐らくCGによって製作時間もだいぶ短縮されただろう。詳しい技術的なことは分からないが、ややぎこちなかった動きが非常に滑らかになったのもCGのおかげかも知れない。粘土で出来た人形を少しずつ動かしては撮影するという制作方法だから、それまでなら宙に浮いているものを撮るには苦労しただろうが、CGを使えば作業がだいぶ楽になったはずだ。例えば、車が砂利道で急停車した時砂利が弾き飛ばされるシーンがあったが、CGを使わずにあの砂利を撮影するのはほとんど不可能だったろう。DVD付属の音声解説で確認してみたが、巨大な掃除機のような「ウサギ吸引捕獲器」に吸い込まれたウサギたちがふわふわと浮いているシーンもCG処理を施している。
しかしなんといっても一番の変化は映画のテンポ。「ウォレスとグルミット」はゆったりとしたテンポが持ち味だった。ユニークなキャラクターと機械仕掛けや背景の細部などへのこだわり、シュールな展開のストーリーが魅力だった。この独特の世界を楽しむものであって、動きなどは少々ぎこちなくてもいい。そういうコンセプトだったと思う。いや、そのぎこちなさすら魅力の一部だったと言ってもいい。クレイ・アニメーションの性質としてスピード感は出しにくい。しかしドリームワークスと組んだとたん、画面が疾走しはじめた。「危機一髪!」でそれまでよりスピード感が増したと思っていたが、今度はそんなもんじゃない。ほとんどアメリカ・アニメ並みのスピード感が出ている。それに付随して空を飛ぶシーンが増え、その動きも自然になった。明らかにドリームワークス/CG効果である。
ではそれによってそれまでの持ち味が崩れ、魅力が薄れたか。必ずしもそうではない。正直言って、100%満喫したかというと何か物足りないものはあった。クレイ・アニメらしい素朴な味わいがやや薄れ、どこかアメリカのアニメみたいになってしまったなという感じもした。しかし、そこはニック・パーク。基本はしっかり抑えている。「危機一髪!」のレビューで書いた「どこかとぼけたユーモアと『サンダーバード』並みのメカキチぶり」はしっかり温存している。自分のこだわりは決して捨てていない。
さらには、恐らくアメリカと組んだからだろう、意識的にイギリスらしさをこれまで以上に押し出している。マナーハウスに住む大金持ちのレディ・トッティントンと彼女の財産を狙っ ている傲慢な紳士ヴィクターという組み合わせ、ペスト(害虫、害獣)といいながらも殺さずに捕まえては自分の家で飼う動物愛護ぶり、年に一度の町を挙げてのお祭“巨大野菜コンテスト”(TVドラマ「バーナビー警部」シリーズにも似たような催しがよく出てくる)等々。この判断は良かったのか微妙なところだ。アメリカに同化されるよりはましだが、どこか浮世離れした不思議ワールドが地上に降りてきた感じもある。ただ「危機一髪!」あたりから既にそういう傾向に移りつつあった。1作目の純粋なファンタジー・ワールド(「ナイトメア・ビフォー・クリスマス」を連想させられた)から2作目、3作目となるにつれてどんどん世俗的になってきていた。他の作品へのアリュージョンも多用して、ファンタジーの世界から趣味の世界に変化していった印象がある。まあ、印象だからもう一度全作通して観てみないと確かなことはいえないが。いずれにしても、CGを駆使してスピーディになったこととクレイ・アニメらしさが後退しているという印象はどうやら無関係ではないようだ(他にも同じことを指摘している人がいる)。まあ「チキンラン」も似たような作りだったし、それほど嘆くことでもない。
ストーリーの中心になるのは“巨大野菜コンテスト”。町中の人たちがコンテストに向けそれぞれいろいろな野菜を手塩にかけて育てている。グルミットも巨大な瓜を育てており、毎日いとおしそうに撫でさすってはうっとりとして眺めている。主催者は町の有力者レディ・トッティントン。コンテストを目前にして彼女や町中の人たちが頭を悩ませているのが野菜の「天敵」であるウサギたち。そして町中の巨大野菜を守っている集中警備システムを開発したのが町の発明家ウォレス。ほとんどの家庭の庭にはセンサー付きの置物があり、怪しい物影がその前を横切るとセンサーが作動しウォレスの家の警報がなる仕掛け。ウォレスの家の壁には彼の警備システムに加入している人たちの顔をかたどった仮面がびっしりかけてあり、センサーが反応すると庭の置物と壁の仮面の目が光る。仮面を見ればどこの家に侵入者があったかわかる。まるで「何とか警備保障」みたいだ。そうそう警備会社の名前は「アンチペスト」。害獣駆除なんでもお引き受けいたします。
警報が鳴ると例のおなじみ「起床マシーン」で飛び起き、007並の装備を積んだ特殊改造車を駆って現場に急行。ウサギをとっ捕まえると近所の人たちが家から出てきて拍手を送る。ここまでが導入部分。ウォレスたちは捕まえたウサギを殺さず、全部家に連れ帰って飼っている。家中ウサギだらけ。あまりに数が多いのでウォレスはウサギが野菜嫌いになれば問題は解決すると考える。そこでまた例によって怪しげな機械が登場する。こういう機械を考え出すのは天才的にうまい。しかし途中操作を間違えたりして結局実験は中断してしまう。
そうこうしているうちに町に巨大な怪物ウサギが現れた。中盤から後半にかけてこの巨大ウサギとウォレスたちの熾烈な戦いが展開される。これにレディ・トッティントンと結婚し て財産を手に入れようと狙うヴィクターが絡み、話はドタバタ調の破天荒な展開になってゆく。ヴィクターとウォレスは巨大ウサギ退治のライバルになる。ウォレスは捕まえようとするが、ヴィクターはライフルで撃ち殺そうとする。ヴィクターには見るからに意地の悪そうな顔をした愛犬がおり、途中グルミットとその犬が飛行機でカーチェイスならぬプレーン・チェイスをするという場面もある。遊園地の乗り物の飛行機なので(なぜか空を飛んでしまう)一定の時間が立つと止まってしまい、コインを追加で入れないと動き出さないというギャグが傑作だった。
とにかくとんでもない発想がこの映画の魅力の1つ。レディ・トッティントンのお屋敷の広大な庭には見渡す限りウサギが巣穴を作っている。これらのウサギをいっぺんに捕獲するためのマシーンが先ほどの「ウサギ吸引捕獲器」。巣穴にホースをつなぎ一気に吸い込んでしまうという強引なマシーン。穴の外にいるウサギまで吸い込んでしまうという優れもの。ヴィクターのカツラまで吸い込んでしまうのが可笑しい。
後は怒涛のハチャメチャ展開に。ただ見逃せないのはパロディ味。いろいろと遊んでいます。巨大ウサギがビルを上ってゆくシーンはまるでキングコング。神出鬼没でなかなか正体が分からない段階の不気味な雰囲気と巨大な影だけが建物に映るあたりは狼男のパロディ。監督自身が「世界初のベジタリアン・ホラー」と言っているように、そもそも肉食ではない巨大ウサギの驚異というのが人を食っている。何しろ被害は人間ではなく巨大野菜。そんな不自然なものを作ってコンテストをすること自体が自然に反していると言っているようだ。
キャラクターの面白さもまた魅力の1つ。巨大ウサギをおびき寄せる囮の張りぼてメスウサギ(グルミットが動かしているが、そのなまめかしいからだの動きはとても粘土の人形とは思えない)、どこにも敬虔なところが感じられない牧師、大まかな顔の作りと実に単純で分かりやすい性格のヴィクター、豚鼻でちっともかわいくないがどこか愛嬌のあるウサギ、相変わらず想像力豊かな発明の才能を発揮しているがとんでもない失敗もしでかすウォレス、そしてなんと言っても顔や目の動きが言葉以上にものを言うグルミットがたまらなく魅力的だ。
ウォレスは言ってみればドラえもんのように次々と物を作り出す才能とのび太のおっちょこちょいな性格を併せ持った性格で、グルミットはそれを支えるしっかりもんの女房役。今回もこのコンビの巻き起こすとんでもない大騒動に観客は引きずり回される。スピード感あふれるアメリカ製アニメの要素が増えたが、いつもの手間隙かけた手作り感や粘土の質感は相変わらず。小道具への執拗なこだわりも相変わらず相当なもの。ホラー風味の味付けがなされているが、エロもグロもない、人間味ととぼけたユーモアにあふれた作風は今回も健在だ。
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昨日は、春休みでヒマを持て余している長男と、長男の友達二人を連れて「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!(日本語吹替え版)」を鑑賞。
ウォレスの声は萩本欽一で、人柄がよいけど、どことなく頼りにならない感じが出ていて良かったです。
レディ・トッティントン役の飯島直子は、最初に声優の名前が表示されていなければわからないほど色っぽい声で、うまかったです。
この映画でかわいかったのは、その他大勢のウサギたち。穴にポコポコ吸い込まれていくところも、巨大ウサギの雄たけびに合わせてパフォーマンス... [続きを読む]
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いや~このシリーズ結構好きなんです。
犬好きってのもありますけど。。。クールなグルミット最高!
初公開の「チーズ・ホリデー」「ペンギンに気をつけろ!」
は確か二本立てで十三!の第七藝術劇場で観たなぁと
思い出しました。もう結構前ですよね。
今回は...... [続きを読む]
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『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』、映画館で観ました。年に一度のお祭“巨大野菜コンテスト”まであとわずか。発明家ウォレスと忠犬グルミットはプロの害獣駆除隊《アンチ・ペスト》として畑を荒らすウサギから野菜を守っていた。しかし、ある夜、巨大ウサギが畑を荒らしまわる事件が発生する‥‥。 あの『チキンラン』から丸5年、今か今かと待ちわびたニック・パークの最新作。しかも、オイラが愛し�... [続きを読む]
よろ川長TOMさん コメントありがとうございます。
遠慮には及びません。とても参考になるご指摘をいただきました。ふ~む、なるほどね。そうやって撮っていたのか。思いつきもしませんでしたね。まさに「プロジェクトX」のような発想の転換。
僕は何度か、CGがなかった頃の大道具や美術の人たちの工夫をおろそかにしてはいけないと書いたことがありますが、考えてみればクレイ・アニメーションは制限がありすぎるほどあるだけに、それだけ奇抜な工夫が山のように隠れているのでしょうね。窮すれば通ず、人間の智恵と発想の豊かさはものすごいですね。こういう話僕大好きです。
僕は作品そのものへのこだわりが大きすぎて、あまりそれ以外の面(例えば技術面)に関心が向かないのが欠点です。これからもいろいろと教えを乞いたいと思います。こちらこそどうぞよろしく。
投稿: ゴブリン | 2006年9月16日 (土) 00:22
ゴブリンさん、偉そうなものいいをしてごめんなさい。
かくいう私もよく調べずに書いてよくエライ目にあっているのですが。
ちなみに宙に浮いているシーンなどは元祖スターウォーズで使われた技法でおなじみですが、回転可能な棒の先につけたクレイ人形をいつものように地道に動かしてはコマ撮りし、あとで棒を消す手法だと思われます。
ほかにも視点を天地逆に作ってみたり、カメラの死角になる部分に可動軸を持ってくることで、結構意外な動きを表現できることは『2001年宇宙の旅』でも実証されてますね。
特撮のネタばらしは夢が壊れるので好きではありませんが、工夫を凝らした職人芸をお伝えするのはむしろ良いことかも知れません。
これからもよろしくお願いします。
投稿: よろ川長TOM | 2006年9月15日 (金) 17:06
よろ川長TOMさん コメント&TBありがとうございます。
ご指摘の通りだと思います。僕は詳しい技術的なことを分からずに書いていますが、僕もはじめから全部CGで作ったとは思っていません。僕らのような素人はそのような部分的な処理も含めてCGで作ったと言っていると思うのですが、正確には「一部CG処理をした」と書くべきでしたね。
記事にも書いたように宙を飛んでいるものはコマ撮りでは撮影できないでしょうから、例えば砂利の部分やウサギがぷかぷか浮いている部分をCGで処理するというイメージで書いたものです。当然他の部分はクレイアニメで撮ったのだと思います。
文章は難しいものですね。気をつけて書いているつもりでも不正確な記述だったりします。特に技術的な面は僕は何も分からないので、的外れなことを書いていることもあると思います。ご指摘ありがとうございました。記事の文章も手直ししてみます。
投稿: ゴブリン | 2006年9月14日 (木) 02:18
ゴブリンさん、トラバありがとうございます。いつもお世話になってます。
ところで、この作品が上映された頃もくだんの吸引器のシーンをCGだと紹介していたマスコミが多かったのですが、私はCGというのは“インフィニD”や“ストラタ3D”などを駆使しコンピューター上で無から制作されたものを指すと思っています。
失礼を承知で申し上げますと、私は試写で観てパンフなどがないので確かなことは判らないものの、W&Gの場合は一応クレイアニメで一連の動きをコマ撮り撮影した上で、その画像をビデオ合成・編集によって空を飛ばせたりしているように見受けられます。
これをCGと一緒にするのはスタッフに気の毒だと思いますが如何でしょうか。
投稿: よろ川長TOM | 2006年9月14日 (木) 01:06