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2006年8月11日 (金)

Uボート

Deepblue015 1981年 西ドイツ 1982年1月公開
監督:ヴォルフガング・ペーターゼン
製作:ギュンター・ロールバッハ
製作総指揮:ルッツ・ヘンクスト
原作:ロータル=ギュンター・ブーフハイム
脚本:ウォルフガング・ペーターゼン
撮影:ヨスト・ヴァカーノ
音楽:クラウス・ドルディンガー
出演:ユルゲン・プロフノウ、ヘルベルト・グリューネマイヤー
    クラウス・ヴェンネマン ベルント・タウバー
   マルティン・ゼメルロッゲ、マルティン・マイ、 エルウィン・レーダー
    クロード・オリヴァー・ルドルフ、ヤン・フェダー

  先日「ドイツ映画ベスト100」を載せたとき、1位の「Uボート」をまだ観ていないのが気になった。以前「海の牙」のレビューを書いた時もこの映画は気になっていた。「Uボート」が公開された82年ごろは、一時年間に観た映画の本数が一桁台まで落ちていた頃から立ち直って間もない頃で、年間66本しか観なかった年だ。名作主義に徹し、内外の古典的名作ばかりをむさぼるように観ていた頃なので、エンターテインメントの潜水艦映画など目に入らなかったのだろう。ともかく、観たい時が観る時とばかり「Uボート」をアマゾンで注文して手に入れた。

  裁判物と並んで潜水艦物は傑作が多い。駆逐艦との死闘、潜水艦同士の戦い、とにかく限定された空間に閉じ込められているので、一種のパニックものの味わいもあり、緊張感あふれる映画になる。ぱっと頭に浮かぶだけでも、「海の牙」、「眼下の敵」、「深く静かに潜行せよ」、「原子力潜水艦浮上せず」、「マーフィの戦い」、「U-571」、「クリムゾン・タイド」、「レッド・オクトーバーを追え」、「ユリョン」など結構観ている。「ユリョン」はがっかりしたが、それを除けばいずれも水準以上の出来だ。もっとも日本の「ローレライ」は観る気も起きなかったが。

  「Uボート」はさすがにベスト100の1位に選ばれただけあって、3時間を越える長丁場をまったく飽きさせない傑作だった(観たのは上映時間209分のディレクターズ・カット版)。第1級のエンターテインメント映画、戦争映画であり、「眼下の敵」と並ぶ潜水艦映画の最高峰、かつ第1級のパニック映画でもある。監督はヴォルフガング・ペーターゼン。これまで「ネバーエンティング・ストーリー」(1984)、「第5惑星」(1985)、「ザ・シークレット・サービス」(1993)、「エアフォース・ワン」(1997)、「アウトブレイク」(1995)、「パーフェクト・ストーム」(2000)と観てきたが、傑作だと思ったのは1本もない。SFの「第5惑星」は悪くはないが、期待したほどではなかった。後は凡作ぞろい。今年「ポセイドン」が6月に公開されたが、最近流行のお手軽焼き直しものではこれも期待薄だ(元の「ポセイドン・アドベンチャー」は傑作)。どうも「Uボート」が生涯最高傑作になる気配濃厚。

  「ウィキペディア」によるとUボートは「ドイツ語のUnterseeboot(英語: Undersea boat )の略称である」。ドイツ軍の潜水艦一般をさす呼称である。映画の冒頭字幕が入る。日本語のスーパーはだいぶ省略してあるので多少補っておく。

  1941年、ドイツ占領下のフランス、ラ・ロシェル軍港。イギリスへの輸送を絶ちイギリスを兵糧攻めにしようとヒトラーが期待をかけた潜水艦隊は、初めて大規模な反撃を受けた。イギリスの貨物船は今やより強力でより性能のいい駆逐艦に守られて大西洋を渡っている。その結果Uボートの損害は甚大なものになった。にもかかわらずドイツの司令部は更なるUボートの攻撃を命じた。未熟な乗組員を乗せたUボートがフランスの港から次々に出撃して行った。大西洋の支配権をめぐる戦いはドイツ軍の不利な状況にあった。 ドイツ海軍Uボート要員4万人のうち3万人が帰還しなかった。

  冒頭、潜水艦の艦長(ユルゲン・プロフノウ)を乗せた1台の車が海岸沿いを走っている。酔っ払いが道端にたむろし、車に小便の洗礼をあびせる。その日は出撃の前日だった。乗組員たちは出航前最後のパーティで酔っ払って大騒ぎしている。ちなみに、パーティで騎士十字章の受賞者トムセン大尉が受賞の挨拶をする場面が思わせぶりに出てくるが、意外なことにこの後はほとんど画面に出てこない。元々はテレビシリーズだったのでTV版では出てくるのかもしれないが、ともかく映画ではこの日めちゃくちゃに酔っ払っている彼の姿しか描かれない(一度大西洋上でトムセンが指揮するUボートと出会うが、信号を送って互いの健闘を祈っただけですぐ分かれる)。翌日、すっかり軍人の顔に戻った乗組員たちがUボートの甲板上に勢ぞろいしている。艦長が現れ、従軍記者のヴェルナー少尉(ヘルベルト・グリューネマイヤー)が同乗することを部下に告げる。そしていよいよ出航。

  記者のヴェルナーが乗り込むのは語り手が必用だったからだろう。基本的に彼の視点で描かれる。丁度「海の牙」で医師ギベールが乗り込み、最後に彼だけが生き残って一切の顛末を手記として記録したのと同じ役割である。乗組員が素人のヴェルナーを連れて艦内を案内する場面があるが、あれは彼と同時に観客にも説明しているのである。実際彼がいなければトイレが1つだけで、50人で共用していることなどわれわれには分からなかった。「海の牙」のギベール医師も「Uボート」のヴェルナーも観察者なのである。乗組員には当たり前で説明の必要もないことが、彼らにとってはすべて新鮮なのだ。ヴェルナーがブリッジで若い乗組員の写真を撮っていると、艦長が写真は帰還する時に撮れと言う。みなまだ子供だが、帰る頃にはひげ面になっているからと。「イギリス軍は新聞を見たら恥じ入るぞ。ガキを敵にしているとな。私は老人になった気分だ。子供十字軍だからな。」冒頭の字幕にもあったが、次々にUボートが撃沈され、経験をつんだ優秀な乗組員が払底しているのだ。終戦直前の日本軍と同じである。

  最初の1時間ほどは長々と戦闘のない艦内描写が続く。それでも退屈しないのは普段観ることのない潜水艦の内部のリアルな描写が続くからだ。出航したばかりは船内のあちこちに荷物や食料があふれ、乗組員たちは片付けに大童だ。この部分のハイライトは水圧テストの場面。艦長は船を深く潜行させる。150メートルあたりまで来ると、水圧で船が不気味にきしみだす。不安そうに周りを見回す乗組員たち。ヴェルナーは緊張のあまり汗をかいている。160メートル。「今日はここまで」という艦長の声で一同ほっとする。実はこれが後の伏線になっている。どれくらいまで潜行すると危険なのか前もって観客に教えているのだ。とにかく逃げ場のない閉じられた空間。駆逐艦による爆雷攻撃の恐怖と水圧の恐怖。一旦戦闘が始まったときの恐怖感は「パニック・ルーム」などの比ではない。

  乗組員も観客も早く戦闘が始まらないかとじりじりし始めた頃、ようやく敵の船(なんと無謀にも駆逐艦を攻撃しようというのだ)を見つけ攻撃態勢に入る。魚雷攻撃の準備。発射口が開く。緊張がみなぎる。しかし攻撃直前潜望鏡から敵艦が消えてしまう。潜望鏡をすSaba3 ばやくめぐらすと何とすぐ目の前に敵の駆逐艦がいた。先に攻撃を仕掛けるならともかく、駆逐艦に気づかれたら潜水艦は逃げるしかない。駆逐艦は英語でdestroyer、まさに潜水艦の天敵である。攻撃するどころか、逆に爆雷攻撃を受ける。180メートルまで急速潜行。爆雷攻撃で艦内はまるで震度7クラスの地震のような揺れ。しばらくはパニック映画状態。こうなったらただじっと息を潜めて耐えるだけ。とにかく敵の姿が映らないのが却って不気味だ。船の底が映るだけだ。これも観客にしか見えない。潜水艦の中ではスクリュー音だけが敵の存在を示している。まるでスピルバーグの「激突!」のような見えない敵の恐怖。潜水艦映画でおなじみのコーン、コーンというソナーの音はこの映画ではほとんど出てこない。最後のクライマックスあたりで一度出てくるだけだ。

  ようやく敵艦のスクリュー音が消える。しかし安心は出来ない。「これからが心理戦だ」と艦長。この艦長を演じたユルゲン・プロフノウが素晴らしい。これほど精悍でそれでいて人間味のある顔を持っている俳優はそういない。実に渋くていい役者だ。この人なら命を預けてもいいと観ているこっちまで思えてくるほどだ。他の出演作は「砂の惑星」(1984)、「イングリッシュ・ペイシェント」(1996)、「ザ・フォール」(1998、日本未公開)しか観ていないが、まったく印象が残っていない。いい俳優なのだが作品に恵まれていない感じだ。

  それはともかく、この場は何とか難を逃れた。いやはや、映画が始まって1時間たっているのにまだ一度も攻撃していないのである。これで退屈させないのだから、やはり演出と脚本が秀逸なのだ。海上に浮上した時に、ブリッジにたたきつけてくる波のしぶきがすさまじい。一度見張りの一人が波にさらわれかけたほどだ。肋骨を3本折る重傷。日常描写も巧みだ。閉じられた空間なので匂いがこもる。画面から悪臭が匂ってきそうだ。航海が長引いたため、パンにカビが生えてくる描写もあった。艦長や将校たちがテーブルを囲んで食事をしている場面が何度も出てくる。時々そこを通り抜ける者がおり、通路側に座っている者はいちいち立ち上がらなければならない。潜水艦の狭さが伝わってくる。とにかくつぶさに艦内を描写して飽きさせない演出はうまい。

  しかし後半は戦闘場面も含め、緊迫した場面満載。怒涛の1時間半が待っている。ある波が静かな夜、ついに敵艦5隻を発見。今度こそと勇み立つ乗組員たち。魚雷3発発射。しかし駆逐艦に見つかり砲撃を受ける。潜行。爆雷攻撃。もぐった後は音がたより。魚雷が敵艦に命中した音が伝わってくる。攻撃は成功。3発とも命中。しかし今は駆逐艦が味方の仇とばかり猛攻撃を仕掛けてきている。後はもう深くもぐるしか手はない。190メートル。210。220、230。前半に水圧テストを見せていたことがここで生きてくる。息詰る緊張感。テストの時は160でやめた。今はとっくに200を越えている。突然すさまじい音と共に水圧でボルトが飛ぶ。あちこちでボルトが飛び、つなぎ目が外れ浸水する。弾丸のように飛んできたボルトが当たって負傷するものも現れる。ここからはまたパニック映画になる。船内は大混乱。耐え切れなくなりパニック状態になった機関士(「幽霊」と言うあだなのヨハン)が船外に出ようとしてブリッジのはしごを上りかける。こうなったら艦長が制しても抑えられない。艦長が銃を取りに行っている間に他の乗組員が取り押さえて持ち場に連れ戻す。危うく銃殺されるところだった。この危機も何とか乗り切る。戦闘日誌には「潜行6時間後に敵駆逐艦は追撃を断念した」と記入された。

  この後の場面も印象的だ。Uボートは海面に浮上する。外を見ると夕焼けのように空が赤い。不思議な雰囲気だ。実はまだ敵艦が燃えていたのだ。炎が映って空が赤く見えていたのである。6時間たってもまだ沈んでいない!この演出は見事だった。とどめの魚雷を放つ。手前に潜水艦があり向こう側に燃えている敵艦。魚雷を放ってしばらくして敵艦に火柱が上がる。この構図も秀逸だった。ところがまだ敵艦上に生存者がおり、体に火が付いたまま海に飛び込んでいるのが見える。十分時間があったのに味方を見捨てていったのかと艦長は怒るが、しばし沈黙の後船を後退させるよう命ずる。後ろで顔を見合わせる乗組員たち。生存者がこちらに向かって泳いできたからだ。同じ海の男たちを見殺しにするのはさすがにつらかったのだろう。しかも輸送船だから戦闘員ではなく民間人だ。戦争のむごさを感じさせる場面だった。

  この後がいよいよクライマックス。艦長宛の暗号電報が届く。イタリアのラ・スペチアに入港せよ、その前にスペインのビゴで燃料補給との命令だった。これが如何にとんでもない命令であるかはすぐに分かる。スペインからイタリアに向かうにはジブラルタル海峡を通らねばならない。狭いし敵がうようよいる。まるで敵の駐屯地の真ん中をジープで通り抜けようとするようなもの。自殺行為に等しい。しかし軍人は命令に逆らえない。ヴェルナーともう限界に来ていた機関長をスペインで降ろすつもりだったが、これも司令部に却下された。全員死地に赴くしかない。艦長は悩んだ挙句、ジブラルタル海峡の手前まで浮上したまま行き、そこから潜行してスクリューを止め、海流に乗ってブラルタル海峡を通過する作戦を立てた。音さえ立てなければ通過できるかもしれない。わずかな希望が見える。

  しかしジブラルタル海峡に入る直前に発見され、敵の飛行機から爆撃を受ける。どこか損害を受けたのだろう、潜行したとたんコントロールがきかなくなりそのまま船は沈み続けた。前回の230メートルどころではない。深度計の目盛を超えてしまう。280メートル。幸いそこが海底だった。被害甚大。海底に横たわったまま動けない。撃沈したと思って敵は去ったが、問題は水圧と時間。酸素もいつかは尽きる。ここからの30分くらいはすごい。この絶望的状況をどう乗り越えるのか。ここから先も書きたいが我慢しよう。ただ、15時間を越える奮闘の末彼らは浮上に成功して無事母港に帰還するのだが、その先にはまたとんでもない結末が待っていたとだけ書いておこう。どうです、まだ観ていない人は観たくなるでしょう。そうです、是非観ていただきたい。この傑作を見逃す手はない(おとといまで見逃していた自分が言うのもなんだが)。

  ストーリーに直接関係のないところだけちょっと書きましょう。憔悴しきった雰囲気の中でヴェルナーが艦長に語った言葉。「私は望んだ。″一度極限状態に身を置こう。母親が我らを探し回らず、女が我らの前に現れず、現実のみが残酷に支配する所″。これが今Deepblue023_1 だ。これこそ現実だ。」もう1つ。乗組員たちが「ティペラリの歌」を歌う場面が2度出てくる。以前オーストラリアで取材したドキュメンタリー番組にこの歌が出てきて耳に残っていた。”It’s a long way to Tipperary, it’s a long way to go.” この曲を聴くと年配の人はみんな涙を流すという。思いを込めてゆっくりしたリズムで歌うので、日本で言えば「ふるさと」のような歌なのかと思っていた。しかしここでは早いリズムで勇ましく歌われていた。ネットで調べてみると「世界のマーチ」というCDのシリーズに収められているので行進曲のようだ。イギリスの古謡で、ティペラリはアイルランドの地名(州名でもある)である。ドイツ人にとっての「リリー・マルレーン」に当たるような曲なのだろう。ドイツ人にすれば敵の歌を歌っていることになる。それだけに印象的だった(「シルミド」でも最後に「北」の革命歌を歌う場面が出てくる)。

  「Uボート」で出色なのは艦内の日常を描くリアルさだ。「Uボート」は確かに戦争を描いてはいるが、勇ましい戦闘映画ではない。最初の3分の1まで一度も魚雷を発射していないというのは象徴的である。普通の潜水艦映画は行き詰る戦闘シーン、駆逐艦や敵の潜水艦との駆け引きに焦点が当てられるが、この映画では戦闘をしていない兵士たちの日常、あるいは戦闘場面でも勇ましく戦う姿ではなく、爆雷の衝撃に吹き飛ばされ水圧の恐怖に顔をゆがめておびえる姿が強調されている。この映画が普通の潜水艦映画のレベルを遥かに超えているのはそのユニークな視点のためである。不衛生状態が続くために毛じらみが発生して、下半身丸出してチンチンを手で隠しながら医者の前に列を作っている姿には情けなさはあっても勇ましさのかけらもない。トレヴェニアンの『ワイオミングの惨劇』(新潮文庫)というサスペンス小説に次のような会話がある。

  「戦争ってどんなでした?すごい冒険だったでしょう?」
  「戦争が?戦争なんてだいたいが退屈だ。兵隊はいつも濡れて凍えてる。それにくたびれてる。虫に刺されてかゆい。そのうち突然みんなが銃を撃ちだし、怒鳴ったり、走りまわったりする。ものすごく恐ろしくて唾も飲めないくらいだ。闘いはやがて終わり、仲間が何人か死んで、けが人もでる。無傷な者はまたかゆいところを掻いたり、あくびをしたりする毎日に戻る。それが戦争だ。」

  Uボートが給油のためにスペインのビゴに立ち寄った時、船長や士官たちを食事に招いた現地のドイツ人は、上の引用のように勇ましい戦争の土産話をしきりに艦長から聞きだそうとしていた。しかし実際そこに立っていたのは薄汚れた服を着たよれよれの男たちだった(あまりに艦長がみすぼらしい身なりをしているので、隣にいる士官を艦長と間違えて握手したほどだ)。戦争の実態はハリウッド映画のようではない。それは誰もが知っていることだが、そのように戦争を描いた映画は少ない。なぜならそれでは「映画的面白さ」が出せないからである。第1次大戦で大量の戦死者を出したことで有名なソンムの塹壕戦を描いた「ザ・トレンチ」(「トレンチ」は塹壕という意味)という映画がある。ほとんど戦闘場面もなく、ただ延々と塹壕の中の兵士たちの日常を描いた映画だ。まさに上の引用の通り。だから実に退屈でつまらない映画だった。唯一の救いは部下の信頼篤い軍曹(だったと思う)役に扮したダニエル・クレイグの見事な存在感だ。なんてうまい俳優だと感心した(「シルヴィア」で詩人テッド・ヒューズに扮し、「ミュンヘン」で車輌のスペシャリスト、スティーヴを演じた人)。しかし、その彼も最後の最後に出てくる突撃場面で、塹壕を飛び出たとたんにあっけなく撃たれて死んでしまう。散々な出来の映画だったが、しかし戦争とはこんなもんだというのはよく分かる。戦場の兵士はアンチ・ヒーロー以外の何者でもない。「Uボート」は同じように戦争をリアルに描きながら、なお緊張感を保ち続けた稀有な映画である。

  反戦映画という作りではない。顔の見えない敵ならいくらでも撃てる。西部劇のインディアンやアメリカの戦争映画におけるドイツ兵のように。彼らは撃たれてばたばたと倒れてゆくだけだ。しかし敵の中に一旦自分と同じ人間を見たとき、人は簡単に銃の引き金を引けなくなる。そこまで描いた時反戦映画になる。「Uボート」でも敵の輸送船の生存者が助けを求めた時それに近づいた。しかし「顔」が見える前に潜水艦は後退してしまった。あくまで敵は顔が見えないままにとどめた(それが悪いと言っているわけではない)。代わりに、戦争のむなしさ、戦争の見苦しさや汚らしさやつらさ、戦争の恐怖がこれでもかと描きこまれている。乗組員たちは勇敢に戦う英雄ではない。恐怖に顔を引きつらせて見えない敵におびえる卑小な人間たちである。しかし彼らは違った意味で勇敢であった。水が勢いよく吹き込んでくる穴に必死で詰め物をしてふさぎ、もう修理できないだろうというほどめちゃめちゃに破損した部分を何とか工夫して直してしまう。不眠不休で奮闘するその姿は感動的ですらあった。あの一度パニックになった機関士のヨハンも海底まで沈んだときはふらふらになるまで逃げずに踏ん張った。彼らは単なる乗組員ではなく、船のどこがどうなっているかを知り尽くした優秀なメカニックでもある。その描き方がいい。

  潜水艦という牢獄のような閉鎖空間の中で展開する人間ドラマ。人間臭さ、汗臭さ、物が腐る悪臭、英雄たちではなく等身大の人間たちをリアルに描いた。そのリアルな映像を映し出した、艦内を縦横無尽に駆け巡るキャメラワークが見事だった。一旦緊急事態になると乗組員たちは一斉に走り出すのだが、キャメラは被写体と一緒に走り出す。いったいどうやって撮ったのかと不思議に思うほど自由自在にキャメラが動いていた。スピルバーグの「宇宙戦争」に出てきた、ぶっといホースのようなものの先にレンズが付いている監視装置を火星人から借りてきたのだろうか?冗談はともかく、「Uボート」は優れた脚本と演出と技術によって作り出された傑作である。

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コメント

 ほんやら堂さん いつも丁寧なコメントをいただきありがとうございます。
 やはりご覧になっていましたか。僕は気になりながらも観るのがだいぶ遅れてしまいました。偉そうに「これがおすすめ」などと書いていても、結構見逃している傑作はまだまだたくさんあると思いました。
 『ワイオミングの惨劇』もお読みになりましたか。うれしいですね、トレヴェニアンお好きなのでしょうか。本文に引用した部分はたまたま気に入ってパソコンに抜書きしておいたものです。こまめに引用を書き取っておくと思わぬところで役に立つものです。

ゴブリンさんこんばんわ.
「Uボート」は,昔見ました.
元来潜水艦ものは「眼下の敵」以来のファンです.あの緊迫感は一種独特なものですね.
ジブラルタル海峡の死地を脱出して嵐の海上に躍り出た瞬間の開放感,浪を蹴立てて故国に向け突っ走るUボートのシーンは,未だに印象深く覚えています.
そして母港で彼らを待っていた運命も….
偶然ですが,「ワイオミングの惨劇」も最近読みました.長いエピローグと最後の2行が印象的でした.
ではまた.

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