イギリス小説を読む⑧ イギリスとファンタジーの伝統
(1)イギリス児童文学におけるファンタジーの系譜
W.M.サッカレー William Makepeace Thackeray(1811-63)
『バラと指輪』The Rose and the Ring(1855)
チャールズ・ディケンズ Charles Dickens(1812-70)
『クリスマス・キャロル』A Christmas Carol (1843)
ジョン・ラスキン John Ruskin(1819-1900)
『黄金の川の王様』The King of. the Golden River or the Black Brothers(1851)
チャ-ルズ・キングズリ Charles Kingsley(1819-75)
『水の子たち』The Water-Babies(1863)
トマス・ヒューズ Thomas Hughes(1822-96)
『トム・ブラウンの学校生活』(1857)
ジョージ・マクドナルド George MacDonald(1824-1905)
『ファンタステス』Phantastes; A Faerie Romance for Men and women(1858)
『北風のうしろの国』At the Back of the North Wind (1871)
『リリス』Lilith (1895)
『黄金の鍵』The Golden Key (1871)
『ファンタステス』 Phantastes (1858)
ルイス・キャロル Lewis Carroll(1832-98)
『不思議の国のアリス』Alice's Adventures in Wonderland (1865)
『鏡の国のアリス』Through the Looking-Glass (1871)
フランシス・E・H・バーネット Frances Eliza Hodgson Burnett(1849-1924)
『秘密の花園』The Secret Garden(1909)
ロバート・L・スティーヴンソン Robert L. Stevenson(1850-94)
『宝島』Treasure Island(1883)
オスカー・ワイルド Oscar Wilde(1854-1900)
『幸福な王子』Happy Prince and Other Stories(1888)
ケネス・グレーアム Kenneth Grahame(1859-1932)
『たのしい川べ』The Wind in the Willows(1908)
ジェームズ・バリー James M.Barrie(1860-1937)
『ピーター・パン』 Peter Pan in Ksensington Gardens(1906)
ラドヤード・キップリング Rudyard Kipling(1865-1936)
『ジャングル・ブック』The Jungle Book(1894)
ビアトリクス・ポター Beatrix Potter(1866-1943)
『ピーター・ラビットのおはなし』(1901)
エリナー・ファージョン Eleanor Farjeon(1881-1965)
『銀のシギ』The silver curlew(1953)
『本たちの小部屋』The Little Bookroom(1955)
『リンゴ畑のマーティン・ピピン』 Martin Pippin in the apple orchard
『ムギと王さま』
『ガラスのくつ』
A・A・ミルン A.A.Milne(1882-1924)
『熊のプーさん』Winnie-the-Pooh(1926)
ヒュー・ロフティング(1886-1947)
『ドリトル先生物語』シリーズ
J・R・R・トールキン J. R. R. Tolkien(1892-1973)
『ホビットの冒険』The Hobbit(1949)
『指輪物語』
『旅の仲間』The Fellowship of the Ring(1954)
『二つの塔』The Two Towers(1855)
『王の帰還』The Return of the King(1955)
ルーシー・ボストン Lucy Boston(1892-1990)
『グリーン・ノウの子どもたち』The Children of Green Knowe
『グリーン・ノウの川』The River at Green Knowe
『グリーン・ノウのお客さま』A Stranger at Green Knowe
C・S・ルイス C.S. Lewis(1898-1963)
「ナルニア国ものがたり」シリーズ(7巻)
『ライオンと魔女』The Lion, the Witch and the Wardrobe(1950)
『カスピアン王子のつのぶえ』Prince Caspian(1951)
メアリー・ノートン Mary Norton(1903-1992)
『床下の小人たち』The borrowers(1952)
『野に出た小人たち』The Borrowers Afield(1955)
パメラ・L・トラヴァース Pamela L. Travers(1906- )
『風にのってきたメアリー・ポピンズ』Mary Poppins(1934)
ジョーン・G・ロビンソン Joan Gale Robinson(1910-88)
『思い出のマーニー』 When Marnie Was There(1967)
キャサリン・ストー Catherine Storr(1913- )
『マリアンヌの夢』 Marianne Dreams(1958)
ロアルド・ダール Roald Dahl(1916-90)
『魔女がいっぱい』
『チョコレート工場の秘密』(1964)
メアリー・スチュアート Mary Stewart(1916-2014)
『小さな魔法のほうき』The Little Broomstick(1971)
フィリッパ・ピアス A. Philippa Pearce(1920- )
『トムは真夜中の庭で』Tom's Midnight Garden(1958)
『真夜中のパーティ』What the Neighbours Did and Other Stories(1959-72)
『まぼろしの小さい犬』A Dog So Small(1962)
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ Diana Wynne Jones(1934-)
『トニーノの歌う魔法』The Magicians of Caprona(1980)
『9年目の魔法』Fire and Hemlock(1984)
『魔法使いハウルと火の悪魔』Howl's Moving Castle(1986)
『クリストファーの魔法の旅』The Lives of Christopher Chant(1988)
『アブダラと空飛ぶ絨毯』Castle in the Air(1990)
アラン・ガーナー Alan Garner(1935- )
『ゴムラスの月』The Moon of Gomrath(1963)
アンジェラ・カーター Angela Carter(1940-92)
『魔法の玩具店』The Magic Toyshop(1967)
『ラヴ』Love(1971)
『血染めの部屋』The Bloody Chamber(1979)
『夜ごとのサーカス』Nights at the Circus(1984)
『ワイズ・チルドレン』Wise Children(1991)
フィリップ・プルマン(1946-)
『黄金の羅針盤』Noethern Lights/The Golden Compass(1965)
『神秘の短剣』 The Subtle Knife(1997)
『琥珀の望遠鏡』The Amber Spyglass(2000)
J・K・ローリング J.K.Rowling
『ハリー・ポッターと賢者の石』Harry Potter and the Philosopher's Stone(1997)
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』Harry Potter and the Chamber of Secrets
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』Harry Potter and the Prizoner of Azkaban
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』Harry Potter and the Goblet of Fire(2000)
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』Harry Potter and the Order of the Phoenix
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』Harry Potter and the Half-Blood Prince(2005)
『ハリー・ポッターと死の秘宝』Harry Potter and the Deathly Hallows (2007)
デボラ・インストール Deborah Install
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』A Robot in the Garden(2015)
(2)リアリズム系列の児童文学作家たち
イディス・ネズビット(1858-1924)
『砂の妖精』Five Children and It(1902)
アーサー・ランサムArthur Ramssome(1884-1967)
『ツバメ号とアマゾン号』Swallows and Amazons(1930)
『ツバメの谷』
『ヤマネコ号の冒険』
『長い冬休み』Winter Holiday(1933)
ローズマリー・サトクリフ Rosemary Sutcliff(1920-92)
『太陽の騎士』Worrior Scarlet(1958)
『ともしびをかかげて』The Lantern Bearers(1959)
『第9軍団の鷲』
『銀の枝』The Silver Branch(1957)
『王のしるし』The Mark of the Horse Lord(1965)
『ケルトの白馬』
『アーサー王と円卓の騎士』The Sword and the Circle(1981)
『アーサー王と聖杯の物語』The Light Beyond the Forest(1979)
『アーサー王最後の戦い』The Road to Camlann(1981)
ジョン・ロウ・タウンゼンド John Rowe Townsend(1922- )
『ぼくらのジャングル街』The Gumble's Yard(1961)
『アーノルドのはげしい夏』The Intruder(1969)
ウィリアム・メイン William Mayne(1928- )
『砂』Sand(1964)
『地に消える少年鼓手』Earthfasts(1966)
キャスリーン・ペイトン Kathleen M. Peyton(1929- )
『愛の旅だち』Flambards(1967)
『雲のはて』The Edge of the Cloud(1969)
『めぐりくる夏』Flambards in summer(1969)
(3)イギリスとファンタジー
【1 イギリス児童文学におけるファンタジーの系譜】
→上記作品リスト参照
【2 なぜイギリスはファンタジー大国になったのか】
「イギリスの『ナンセンス』は...「不思議の国のアリス」やリアの詩や多くのナーサリー・ライムを生んだもので、イギリスの子どもに贈られた宝物である。この宝物によって本を読むイギリスの子どもには、どこの国の子どもも知らないようなまったく独特の世界がひらかれている。いまではくまのプーさん、ピーターラビット、ピーター・パン、ドリトル先生、メアリー・ポピンズなど、多くの人物がこの領域に集まっている。そしてほかのいかなる国も、これに匹敵するものを持ちあわせていない。」
ベッティーナ・ヒューリマン『ヨーロッパの子どもの本』(ちくま学芸文庫、1993)より
1 イギリスの児童文学の源流(1) 伝説、ナーサリー・ライム
・イギリスの伝説:ロビン・フッド、アーサー王伝説
→昔のイギリスの蒸気機関車にはアーサー王ゆかりの人物の名前がつけられていた。
「サー・ランスロット号」「サー・パーシヴァル号」「サー・ケイ号」「アーサー王号」etc.
・ナーサリー・ライム(童謡):マザー・グース
2 イギリスの児童文学の源流(2) 昔話、フェアリー・テイル
・ファンタジーはフェアリー・テイルから生まれ、フェアリー・テイルは昔話から生まれた。
・昔話、口承物語、おとぎ話、言い伝え、伝承、伝説
→本来は子供のためのものではないが、もっぱら子供が読むものになった。
→教訓が含まれているから
・昔話の収集:グリム兄弟
昔話の創作:アンデルセン
3 子供の本の創作
・最初の子供向け創作童話
→ダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)とジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』(1726) はイギリスで最初に書かれた小説だが、刊行後すぐに子供向けに書き直されたものが出回り、人気を博した。
・『ロビンソン・クルーソー』と『ガリヴァー旅行記』が子供の本になったとき、前者の宗教に関する部分、後者の風刺的な面が大幅に削られた。
→島に漂流したロビンソンが難破船から引き揚げてきた物品の中で一番重要だったものは、聖書とそこに書かれていた聖句だった。「苦難の日に私に呼びかけなさい。そうすれば私はあなたを救い、あなたは私をたたえるだろう」。それくらい宗教的要素は重要であったが、児童向けの本に改作された際、『ロビンソン・クルーソー』から神の摂理に対するキリスト教的信仰などの表現や聖書からの引用が大部分削られてしまった。
→『ガリヴァー旅行記』の狙いはイギリスとその時代のイギリスの政治を風刺することにあった。しかしそういう政治的部分はそぎ取られ、小人の国や巨人の国への冒険物語にされてしまった。なお、ガリバーは他にラピュタと、猿のように退化した人間ヤフーをフウイヌムという知的な馬が支配する国にもわたっている。ラピュタは極東にあり、近くの日本にも立ち寄っている。ガリバーは日本で「踏絵」を迫られるが断固拒否する。
・物語から教訓臭さを取り除く 創作童話の発展
→大人向けの要素が削られ、単なる冒険物語になったとき子供の本になった。その時、リアリスティックな冒険と夢の物語、空想的な冒険物語が生まれた。
→わくわくする面白い物語を読むという読書本来の楽しさ
4 子供の発見
・子供は17世紀に「発見」された。
・フィリッペ・アリエス「<子供>の誕生」(1960)
→17世紀以降、人々の年齢意識や発達段階への関心が高まり、その結果、子供が大人とは違う存在であることに大人たちが気づくようになった。
→「子供はその純真さ、優しさ、ひょうきんさのゆえに、大人にとって楽しさとくつろぎの源、いわば「愛らしさ」と呼び慣わされているようなものになっているのである。」
→学校の発達、家庭の変化、子供の死亡率の低下
5 妖精
・妖精:別世界の超自然的な存在
→トールキン:妖精物語=妖精についての物語ではなく、妖精の国についての物語
すぐ身近にある世界、恐れと驚きを覚えさせる国、驚異の異世界
・妖精は美しいどころかむしろ奇怪である。むしろ日本の妖怪、水木しげるの世界に近い。
→『妖精 Who’s Who』や『妖精辞典』に載っている妖精のほとんどは妖怪のような姿
→「ロード・オブ・ザ・リング」でエルフは人間よりも美しい存在として出てくるが、「ハリー・ポッター」シリーズに登場するハウスエルフのドビーは「ロード・オブ・ザ・リング」のゴラムに近い醜い姿をしている。
「ハリー・ポッター」シリーズに出てくるトロルは怪物のような姿の巨人だが、ムーミンのように可愛らしいトロルもいる。
→クリント・イーストウッド監督の映画に「チェンジリング」という作品がある。タイトルの“チェンジリング(取り替え子)”とはアイルランドの民話によく出てくる妖精の名前である。チェンジリングはさらわれた人間の赤ん坊の身代りに置いてゆかれる妖精であり、皺くちゃで不気味な姿であるとされている。
6 ファンタジーの出現
・『不思議の国のアリス』:純粋に楽しみを目的にした最初の物語
→教訓の排除、想像力の解放、ナンセンスの発見
→最初から子供の読者を想定した、いわゆる児童文学が成立したのは『不思議の国のアリス』の誕生以降である。多数の児童文学が書かれ始めるのは20世紀に入ってからである。
・G.K.チェスタートン
→異端と思っていたものこそが正統である
→おとぎ話は「完全に道理に敵っているもの」で、最も現実離れしていて、空想的なものがむしろ現実的なものだ。
→正統の世界に立ち返るためには、不合理を捨て去り、人類の歴史の黎明期に存在し、子どものころには誰もが持っていた「驚嘆の感性」をよみがえらせる必要がある。(『正統とは何か』)
・トールキン
フェアリー・ストーリーは現実生活で起こってほしいことを扱う。そのほしいという望みを満たしたときフェアリー・ストーリーは成功したことになる。
→an unsatisfied desireという表現は、C.S.ルイスも使っている。
→人間は魚のように自由に深海を泳ぐことができない。鳥のようにかろやかに大空を飛行できない。人間以外の生き物と自由に話すことができない。限界があるからかえってそれを越えたいという願望をつのらせる。
・妖精の国のリアリティ、現在に出発点をもつ現代のファンタジー
7 なぜファンタジーはイギリスで圧倒的に多く産まれたのか
・妖精が身近な存在だった。ケルトの伝統が息づいている。
→ファンタジーの源泉はケルト民族の豊かな想像力(幻想性が強い)
→『指輪物語』:ドワーフ、エルフ、トロル、大男、ゴブリン、竜
創作はホビットとゴラムだけ →ホビットは人間(ホモ)とウサギ(ラビット)の合成語
→アイルランドのナショナル・シンボル4つのうち2つが妖精である。日本でいえば、河童と天狗が富士山や桜と並んでいるようなもの。
①植物のシャムロック、②楽器の竪琴、③バンシー、④レプラコーン
→アイルランドには有名なファンタジー作家は少ないが、民話の宝庫である。
→ウェールズには中世物語集『マビノギ』Mabinogiがある。 アーサー王に関しては5編を収録
→ファンタジーの最大の源泉である伝承の昔話が聞かれるのはほとんどゲール語である。
ダブリンのユニヴァーシティ・カレッジの民俗学研究所(伝承物語の記録採集)
エジンバラ大学のスコットランド研究所(伝承物語の研究)
・スコットランドやアイルランドの風土や地理的特性 →薄明のケルトの妖域
どこから妖精が出てきてもおかしくない、さながらおとぎの国に踏み込んだような光景が多くある。また、高緯度で冬は夜が非常に長い。
→グリムには妖精は登場しない。アメリカの乾いた土地にも妖精は住めない。イギリス以外の児童文学やファンタジーで妖精が登場するものは少ない(魔女や魔法使いはよく出てくるが)。
ローラ・インガルス・ワイルダー『大草原の小さな家』シリーズ(アメリカ)
ライマン・フランク・ボーム『オズの魔法使い』(1900(アメリカ)
アーシュラ・K・ル=グウィン『ゲド戦記』シリーズ(アメリカ)
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ『星の王子さま』(1943) (フランス)
ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(1979)(ドイツ)
トーベ・ヤンソン『ムーミン・シリーズ』(フィンランド) *ムーミンはトロルである
アストリッド・リンドグレーン『長くつ下のピッピ』(スウェーデン)
8 ケルト人とイギリス
・ケルト人とは中央アジアの草原から馬と車輪付きの乗り物を持ってヨーロッパに渡来したインド・ヨーロッパ語派の民族である。
・ブリテン島のスコットランド、ウェールズ、コーンウォールそしてアイルランド、フランスのブルターニュ地方などにその民族と言語が現存している。
・ケルト人がいつブリテン諸島に渡来したかははっきりせず、通説では鉄製武器を持つケルト戦士集団によって征服されたとされるが、新石器時代の先住民が大陸ケルトの文化的影響によって変質したとする説もある。いずれにしてもローマ帝国に征服される以前のブリテン島には戦車に乗り、鉄製武器をもつケルト部族社会が展開していた。
・西暦1世紀にイングランドとウェールズはローマの支配を受け、この地方のケルト人はローマ化する。5世紀にゲルマン人がガリアに侵入すると、ローマ帝国はブリタニアの支配を放棄し、ローマ軍団を大陸に引き上げた。この間隙を突いてアングロ・サクソン人が海を渡ってイングランドに侵入した。
・同じブリテン島でも西部のウェールズはアングロ・サクソンの征服が及ばず、ケルトの言語が残存した。スコットランドやアイルランドはもともとローマの支配すら受けなかった地域である。
・当初の宗教は自然崇拝の多神教であり、ドルイドと呼ばれる神官がそれを司っていた。 初期のドルイドは、祭祀のみでなく、政治や司法などにも関わっていた。
・後にギリシア語やラテン語を参照にして、ケルト人独自のオーガム文字が生まれた。しかし後世に、ケルト人がキリスト教化すると、これはラテン文字に取って代わられた。
・キリスト教化したあとも、ケルト人独特の文化はまったく消滅したわけではない。現代でもウェールズやスコットランドやアイルランドには、イングランドとは異なる独自の文化がいくらか残っている。
<参考文献>
W.B.イェイツ『ケルトの薄明』(ちくま文庫)
W.B.イェイツ編『ケルト妖精物語』(ちくま文庫)
キャサリン・ブリッグズ『妖精 Who’s Who』(ちくま文庫)
〃 『妖精辞典』(冨山房)
井村君江『妖精学入門』(講談社現代新書)
〃 『ケルトの神話』(ちくま文庫)
J・R・R・トールキン『妖精物語について』(評論社)
(4)おまけ:J.R.R. トールキンの『ホビット』
『ホビット』の初版がイギリスで出版されたのは1937年のことである。若干の改定を加えた第2版がイギリスで出たのが1951年である。その続編という位置付けの『指輪物語』がイギリスで出たのが1954年から55にかけてである。『指輪物語』は日本でも大評判になったので知っている人も多いだろう。今年映画化作品も日本で公開されることになっている。『ホビット』の翻訳は岩波書店から出ていたが、1997年に原書房から「完全版」と銘打って新訳が出た。資料満載の豪華版である。特に各国の翻訳につけられた挿絵がふんだんに取り入れられているのがうれしい。
物語は、ホビットのビルボ・バギンズが、ドワーフたちや魔法使いのガンダルフと繰り広げるさまざまな冒険を描いている。ホビットとは「背丈は低く人間の半分ぐらい、髭をはやした矮人(ドワーフ)よりも小柄です。髭はなく、とくにかわった魔法がつかえるというわけでも ありません。せいぜいが、すばやく目立たずに姿を消すことができるぐらいのものですが、こんなありふれた魔法でもけっこう役には立ちます。...ホビットの腹はだいたいつき出ています。はでな原色の洋服(たいてい緑か黄)を身にまとっていますが、靴をはくことはない。なぜなら生まれつき足の裏がなめし皮のように固くなっており、(巻き毛の)髪の毛とおなじような、こわくて暖かそうな栗色の毛が生えているからです」とあるように、トールキンが創造した空想上の存在である。その他、エルフ(妖精)、竜、トロル、ゴブリン、岩石巨人(「スター・ウォーズ」に出てきたような奴)、ゴクリ(ゴラム)、などの空想上の生き物が多数登場する。ただし人間や狼や鷲なども登場する。ホビットとドワーフと人間は共存しており、言葉が通じ合う。完全にトールキンが創造した架空の世界の中で物語が進行する。作者が作った地図も添えられていて、宮崎駿のマンガ版『風の谷のナウシカ』を連想させる。挿絵もトールキン本人が書いており、絵の才能をうかがわせる(新訳にはそのカラー写真が収録されている)。
<物語>
ビルボの家にガンダルフと13人のドワーフたちが訪ねてきて、ビルボを冒険の旅に誘う。ドワーフの族長ソーリンの祖父の時代に、ドワーフたちは山で鉱山を掘り、黄金や宝石を見つけ富と名声を得た。しかし竜のスモーグが彼らを襲い、宝を独り占めにしてしまった。ソーリンはその先祖の財産を取り戻しに行くというのだ。初めは断ったビルボだが、彼の血にも伝説の英雄の血を引くトック家の血が流れていたため、ついに冒険の旅に出ることを承知する。
彼らの旅は冒険の連続である。トロルに食われそうになったり、ゴブリンに追われたり、(そのゴブリンの穴で、ビルボは指にはめると姿が見えなくなる不思議な指輪を拾う)、ゴクリと謎なぞ合戦をしたり、狼に追われたり。闇の森に入ると、飢えに悩まされたあげくに巨大クモに襲われ、やっと逃げると今度はエルフに捕らえられる。
エルフからも何とか脱出して森を突破し、ようやく竜のいる山に着く。火を吹く竜に手を焼くが竜は人間の町を襲ったときにバードという英雄に退治されてしまう。しかし街を竜に破壊された人間たちとエルフたちが共同で宝の分け前を手に入れるために山に向かうと、ドワーフの長ソーリンはそれを拒否する。危うく戦争になりかけたとき、ゴブリンと狼の大群が襲撃してくる。人間とエルフとドワーフたちは急遽手を組み、連合軍を組んでゴブリンに立ち向かう。激しい戦闘(後に「5軍の戦い」と呼ばれる)の末、ドワーフたちは何とか勝利をおさめる。ソーリンは戦闘で深手を負い、最後に改心して、宝をみんなに分けるよう言い残して死んだ。すべてかたがつき、ビルボはガンダルフと帰途に就く。
« ナイト・ウォッチ | トップページ | イギリス小説を読む⑨ 『土曜の夜と日曜の朝』 »
この記事へのコメントは終了しました。
コメント