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2006年6月24日 (土)

カーテンコール

Cyou 04年 日本 05年11月公開
監督:佐々部清
原案:秋田光彦
脚本:佐々部清
撮影:坂江正明
出演:伊藤歩、藤井隆、鶴田真由、奥貫薫、津田寛治
    橋龍吾、田山涼成、栗田麗、伊原剛志 黒田福美
    井上堯之、藤村志保、夏八木勲、水谷妃里、福本清三

  この映画が扱う時代は昭和30年代から40年代と現代である。昭和30年代から40年代の日本映画界といえば頂点から急速な衰退へと移行してゆく時代に当たる。そのあたりを以前「近頃日本映画が元気だ」という文章に簡潔にまとめたことがあるので、そこから一部引用しておこう。

  しかし60年代の高度成長期に入りテレビが普及してくると、映画はテレビに次第に押されてゆき、長期低落の傾向が顕著になってくる。60、70年代には市川崑、今村昌平、浦山桐郎、岡本喜八、黒木和雄、熊井啓、新藤兼人、勅使河原宏、野村芳太郎、羽仁進、増村保造、山田洋次、吉田喜重などの新しい世代が活躍するが、もはや巨匠の時代は終わったといってよいだろう。

  それでもまだ今よりは活況を呈していた。この時代に様々な大ヒットシリーズが生まれている。70年代の東映を支えた「仁義なき戦い」、「トラック野郎」の2大ヒットシリーズ、それらと並ぶ東映の看板作品となった「網走番外地」シリーズ。東映はまた美空ひばり主演の映画も数多く製作した。ひばりと結婚したマイトガイ小林旭は石原裕次郎、「拳銃無頼帖」シリーズの赤木圭一郎とならんで日活の人気を支えた。松竹のご存知「男はつらいよ」シリーズは、第1作発表後27年間に48作が製作される大ヒットシリーズとなった。大映は勝新太郎の3大人気シリーズ、「座頭市」シリーズ、「兵隊やくざ」シリーズ、「悪名」シリーズを放ち、市川雷蔵主演の「陸軍中野学校」シリーズも大ヒットさせた。植木等の「無責任&日本一」シリーズとクレイジーキャッツの「クレイジー作戦」シリーズは喜劇の東宝。東宝はこの他にも森繁の社長シリーズと駅前シリーズ、加山雄三の若大将シリーズなどヒットシリーズをいくつも抱えていた。

  「カーテンコール」の特に前半は数々のヒット作を生んできた日本映画へのオマージュであり、懐かしい映画がたくさんスクリーンに登場する。「いつでも夢を」、「下町の太陽」、「網走番外地」、「続・男はつらいよ」等々。名作というよりも広く大衆に支持されたヒット作品、いわゆるプログラム・ピクチャーズが中心。音楽も倍賞智恵子の「下町の太陽」(歌が先にヒットし、翌年山田洋次が映画にした)、橋幸夫と吉永小百合のデュエットで大ヒットした「いつでも夢を」とグループ・サウンズ時代を代表するザ・タイガースの名曲「花の首飾り」がなつかしい。〝星よりひそかに 雨よりやさしく〟という「いつでも夢を」のメロディーは何度も流れ、特に最後の重要な場面では効果的に使われていた(「いつでも夢を」と「寒い朝」は今でもファンが多い名曲だ)。テレビが普及し映画が斜陽になってきた頃の代表曲が「花の首飾り」。64年の東京オリンピックを期に一気に普及したテレビという媒体を得て爆発的に広まったGSブーム(60年代後半)の中心にいたのは、ジュリーこと沢田研二というカリスマ的ヴォーカリストを擁したザ・タイガース(「チデジン」岸辺一徳と岸辺シロー兄弟もメンバー)。「花の首飾り」はそんな新しい時代を象徴する曲として映画の中で歌われている。堺正章、井上順、かまやつひろしが在籍したことで有名なザ・スパイダースの名も出てくる(”歌詞間違えて、スッパイダース” というギャグ)。「パッチギ」の冒頭でもオックスの有名な失神コンサートが出てくるが、まさにあの時代だ。佐々部清監督の「チルソクの夏」で描かれる時代はさらにその10年くらい後の77年である。

  この映画の事実上の主人公は、地方の小さな映画館“みなと劇場”に勤めながら日本映画の歴史とともに生きてきた一人の幕間芸人・安川修平である。安川修平の若い頃を藤井隆、年老いた頃を元ザ・スパイダースのメンバー井上堯之が演じている。今では消息不明となった安川修平を、ある失敗が元で福岡のタウン誌に異動させられた橋本香織(伊藤歩)が取材することになり、彼の人生を再構成しつつ遂にはその行方を突き止めるというのがメインのストーリーである。

  香織の実家は下関である。そこには疎遠になった父が住んでいた。香織は実家から通いながら取材を続ける。したがって「チルソクの夏」、「四日間の奇蹟」と共に下関三部作を形作っている。最初に観た佐々部清監督作品は「半落ち」。これにはがっかりした。しかし「チルソクの夏」は若い出演者たちの演技が未熟で完成度の高い作品とはいえないが、映画に込められたメッセージは強く胸に迫ってきた。「四日間の奇蹟」は未見。3本目となる「カーテンコール」もストレートで甘い映画だが観客の心をつかんでぐいぐい引きずり込んでゆく力を持った作品だ。これが3本の中では一番出来がいいと思う。ただし「チルソクの夏」と「カーテンコール」に共通する在日というテーマに関しては「チルソクの夏」の方がずっと深く追求している(だからこそ俳優たちのつたなさを超えて芯にあるテーマが胸に訴えかけてくる)。

  香織が与えられた仕事は<懐かしマイブーム>の取材。一通の葉書が彼女の関心を引いた。そこには「昭和30年代終わりから40年代中ごろまで 下関の映画館にいた幕間芸Komachi1_1 人を探して欲しい」と書かれていた。まさにテーマにうってつけの素材。香織はさっそく“みなと劇場”へ安川修平の取材に行く(「あの子を探して」の看板が見える)。館主は代替わりしていて修平のことは覚えていなかった。幸い昭和33年(東京タワーができた年、「ALWAYS三丁目の夕日」の時代)からそこに勤めているという宮部絹代(藤村志保)から話を聞くことができた。「絹代」という名前は明らかに田中絹代を意識して付けられている。「風の中の牝鳥」、「夜の女たち」、「西鶴一代女」、「煙突の見える場所」、「雨月物語」、「山椒大夫」、「流れる」、「彼岸花」、「サンダカン八番娼館 望郷」など日本映画を代表する数々の名作に出演してきた大女優である。ここにも先達に対する監督のオマージュがある。

  宮部絹代が語ったのは修平が映画館で雇われ、やがてひょんなことから芸人としての才能を買われ幕間芸人として人気を博した絶頂期から、映画が斜陽になり遂には首になるまでの彼の半生だった。彼の人生の浮き沈みは見事に映画産業の隆盛、衰退と軌を一にしていた。修平の半生を語りながら当時の映画館の様子が描かれる。絶頂期にはもう1軒映画館を経営していたので上映が終わったフィルムを自転車で修平が運んでゆく。法被を着てビラ配りや呼び込みをやり、映画館の前にできた行列を整理する。映画館前の雑踏や館内の立ち見客が時代を感じさせる。回想場面はモノクロなのだが、映される映画はカラーになっているのが面白い(昔は「総天然色」と麗々しく謳っていたものだ)。香織がホールのドアを開けて中に入るとそこは昔の空間で、彼女だけがカラーで周りの観客が白黒というシュールな場面もあった。

  修平が単なる雇い人から芸人になったきっかけは「座頭市物語」だった。昔は途中でフィルムが止まってしまうことがよくあった。投光機の熱でフィルムが見る見る溶けて行くのが見えることもあった。珍しくもないことだから普通なら特に騒ぎになることはないが、この場合は切れた場面が悪かった。座頭市(勝新太郎)と平手造酒(天知茂)の映画史上有名な決闘場面の最中にフィルムが止まってしまったのだ。観客が「馬鹿野郎、何だ肝心なところで」とばかりに怒り出すのも無理はない。騒然とする観客をなだめようととっさに修平が舞台に上がる。驚いて見守る観客たち。修平はいきなり箒を刀に見立てマイク片手に効果音を出しながら座頭市の殺陣のまねを始める。これが受けた。気を良くして歌まで歌い始める。満場やんやの喝采。この瞬間形態模写の芸人安川修平が誕生した。「形態模写」という言葉が懐かしい。「声帯模写」や「声色(こわいろ)」という言葉もあった。どれも今では死語。「ものまね」という言葉が新しく出てきたときには変な言葉だと当時は違和感を感じたものだ。

  とまあ、こんな事情でいきなり「幕間芸人」になってしまった修平。そんなわけだからどこの地方にもそんな芸人がいたわけではないだろう。少なくとも僕は見たことも聞いたこともない。ともかく、僕の子供の頃は幕間にはニュース映画を流していたものだ。あるいは全国を探せば似たようなことをやっていた人は他にもいたかもしれないが。

  話を修平本人に戻そう。後半との関連で重要なのは話をした宮部絹代が日本人だということ。彼女は、安川修平が来たのは36年だが、なぜか正社員にはならなかったと言っていた。その理由が後半で明らかになる。実は修平は在日コリアンだったことが判明する。香織はさらに調査を進め(その間にかつての同級生金田信哲(橋龍吾)が民団で活動していることを知る)、修平と妻の良江(奥貫薫)の間にできた娘美里が近くに住んでいることを突き止める。この良江を演じた奥貫薫が素晴らしい。良江と修平の出会いの場面(破れ目をガムテープで補修したロビーのイス!)や“みなと劇場”の舞台で挙げた結婚式、そして妻と子供を舞台に上げて挨拶した最後の舞台(「たった一人のファンはこいつでした、女房です」)の場面は感動的だ。藤井隆も力演だったが静かに彼を支える奥貫薫の姿が素直に心を打つ。

  香織は美里(鶴田真由)に会いに行く。どこか反応が変だ。迷惑そうに見える。何度もしつこいくらい食い下がって、やっと修平が済洲(チェジュ)島出身で母は大分出身(美里が5歳のときに亡くなる)、“みなと劇場”を首になった後はキャバレーなどで歌を歌っていたが長くは雇ってもらえなかったこと(「所詮は素人の芸だったんよ」という言葉が痛い)、そしてついには食ってゆけなくなり「いい子にしていたら迎えに来るけえ」といったまま結局二度と現れなかったことなどを聞き出す。美里は父を恨んでいたのだ。鶴田真由があっと驚く変身ぶりで、暗い影を背負って生きてきた女性の悲しい人生を見事に演じている。この後半部分は泣かせどころ満載で、安易なお涙頂戴ものになるぎりぎりのところで抑えているが、安っぽい人情ものと批判する人もいるだろう。父を嫌っている美里に、そうは言ってもお父さんには会いたいはずだと香織がしつこく食い下がるところは僕も押し付けがましさを感じた。しかし、映画の衰退とともにどこへともなく姿を消した修平の後半生が次第に明らTuki_gura_250_04_1 かになってゆく後半部分は、ミステリーのような面白さだけではなく、在日として日本で生きる辛さ、時代に取り残された人物の哀れさ、それと同時にそれでも何とか生き抜いてきたたくましさが前面に出た展開になり、ストーリーにぐっと厚みが増す。その点を評価したい。

  香織はついに修平の居所を確認し、済洲島まで会いに行く。家の中から出てきた老人(井上堯之)が「安川修平さんですね」と問いかけられ、ニコっと笑った顔が実に素晴らしかった。やっと連絡が取れた修平は閉館が決まった“みなと劇場”(撮影されたのは北九州市にある「八幡有楽映劇」という実在の映画館)にゲストとして参加する。「さよなら終幕 みなと劇場 61年間ありがとうございました 8月15日」と書かれた横断幕。その横に「懐かしの幕間芸人安川修平」と書いた立て看板。さらにその横に「閉館のお知らせ」の小さな看板。何十年かぶりに舞台に上がって修平がしわがれ声で歌った「いつでも夢を」はまさに絶品。先代館主の遺影を舞台に向けてそっと劇場の隅に立つ館主。香織の目には涙が。

  映画の最後は済洲島への美里の旅。ここは書きたいところだがぐっと我慢しよう。思えばこの映画は人生の旅を描いていたのかもしれない。時代の波に翻弄され押し流されながらも、最後は自分のペースで歩いてきた修平の旅。その修平の下へ今度は娘の美里が旅立ってゆく。いつまで待っても帰ってこなかった父。なら自分から行こう。ストレートな展開なのでラストの予想が付いてしまうが、それでも悪くないラストだ。

  原案を作った秋田光彦は「原案は私が高校時代、大阪・千日前で目撃した幕間芸人が元になってはいるが、映画のシナリオは佐々部監督のオリジナルである」と語っている。佐々部監督は「 最初は、日本映画が活気のあった時代の自分にとっての『ニュー・シネマ・パラダイス』を撮ろう、と考えていたのですが、撮っているうちに、どんどん家族が出てきた。最終的には『ニュー・シネマ・パラダイス家族編』になりました」とインタビューに答えている。この映画の特徴がよく説明されている(ちなみに、よく似た映画にマルチェロ・マストロヤンニ主演の「スプレンドール」というのもある)。

  キャストもなかなか豪華にそろえてある。上で紹介したほかに、東京時代の上司に伊原剛志、香織の父は夏八木勲、ミニコミ誌の編集長には黒田福美、劇場の映写技師には福本清三、若い頃の宮部絹代を水谷妃里、美里の夫役に津田寛治、高校時代同級生金田信哲に橋龍吾。

  「ALWAYS三丁目の夕日」もそうだが、どうしてもこの手の懐古趣味の映画は甘い人情話になってしまう。そこが魅力でもあるが物足りないところでもある。しかし満点は付けられないにしても好ましい作品であることは率直に認めたい。昨年の日本映画は実に充実していた。まだ「ゲルマニウムの夜」、「埋もれ木」などを見落としてはいるが、最後に昨年の日本映画マイ・ベストテンを上げておこう。5点満点をつけたものは1本もない。すべて4点。一応の順位はつけてあるが、ほとんど横並びに近い。

  1.  メゾン・ド・ヒミコ            犬童一心監督
  2.  運命じゃない人            内田けんじ監督
  3.  ALWAYS三丁目の夕日       山崎貴監督
  4.  いつか読書する日          緒方明監督
  5.  パッチギ                井筒和幸監督
  6.  カーテンコール             佐々部清監督
  7.  村の写真集              三原光尋監督
  8.  フライ、ダディ、フライ          成島出監督
  9.  リンダ リンダ リンダ        山下敦弘監督
  10.  青空のゆくえ             長澤雅彦監督
  11.  NANA                  大谷健太郎監督

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コメント

ビジネスマナーの電話さん

 コメントありがとうございます。最近は時間がなくてほとんどレビューを書いていません。それでも良ければ、またときどき覗いてみてください。

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

TATSUYAさん TB&コメントありがとうございます。

コメントの内容は僕も同感です。井上尭之の歌と存在感は圧倒的でしたね。

在日問題は、最近その問題を扱った力作が多いので、確かに物足りないものがあります。

でも全体としてみればそれほど出来は悪くないと思いました。「ALWAYS三丁目の夕陽」や「村の写真集」と並ぶ、昨年のレトロ調映画の代表作だと思います。

初めまして、達也です。
『カーテンコール』映画で観ました。
実は、昨日『出口の無い海』を
映画館で観てきたのですが、
佐々部監督の映画と故郷の山口に
対する深い愛情と、オマージュを感じました。
『カーテンコール』のよさは、
キャスティングに尽きると思います。
「香織」を演じた伊藤歩は、華やかさは
ありませんが、ドキュメンタリーな
トーンを出すにはうってつけですし、
藤村志保さんの存在は、日本映画そのもの。
藤井隆と成長した鶴田真由も良い。
極めつけは、晩年の修平を演じた
「井上尭之」に尽きる。
長さん亡き後、あんな味を出せる役者
(ギタリストですが)がいたのか・・・。
とにかく、絶妙のキャスティングに拍手。
ただ、在日問題の描き方が、
中途半端な気がしました。
修平のその葛藤を伏線で描いて欲しかった
気がします。佐々部監督の次回作にも
大いに期待します。

P.S トラバさせてくださいね。

 タウムさんコメントありがとうございます TBはうまく入らなかったようです。時々相性が悪い時があるようです、あしからず。
 この映画結構甘いですからね。映画の出来としてはいいとは言えません。でも僕は嫌いではないです。結構甘党なもので。

TBさせていただきました。
期待しすぎたせいか、面白くありませんでした。

 kimion20002000さん コメントとTBありがとうございます。
 僕もこの映画を観ながら自分の育った町の映画館を思い出していました。近くに確か4館くらいあったと思いますが、残念ながらだいぶ前に全部なくなってしまいました。懐かしさはありますが、子供の頃に行ったので「カーテンコール」のような思い入れはありません。
 思い出ができる前に東京に行ってしまい、気がついたらなくなっていました。時代の移り変わりというのは無情なものですね。

コメ&TBありがとう。
僕の町にも、こんな映画館があってね、高校のときは、よく授業をさぼっていったよ。

奥貫薫との古典的なデート。よかったなあ。貧乏でも、いい、嫁さんだ。

鶴田真由も、ちょっと、疲れた感じが、よかった。

このふたりあたりが、今後も中堅実力派女優になっていくんでしょうね。

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