クライシス・オブ・アメリカ
2004年 アメリカ
監督: ジョナサン・デミ
製作: イロナ・ハーツバーグ、ジョナサン・デミ、スコット・ルーディン、ティナ・シナトラ
脚本: ダニエル・パイン、ディーン・ジョーガリス
撮影: タク・フジモト
原作: リチャード・コンドン
音楽: レイチェル・ポートマン
出演:デンゼル・ワシントン、メリル・ストリープ、リーヴ・シュレイバー
ジェフリー・ライト、キンバリー・エリス、ジョン・ヴォイト
ブルーノ・ガンツ、テッド・レヴィン、ミゲル・ファーラー
サイモン・マクバーニー、ヴェラ・ ファーミガ
今年のアカデミー賞は社会派が圧倒した。テロリストの苦悩を描いた「ミュンヘン」、赤狩りをテーマにした「グッドナイト&グッドラック」、様々な人種・階層の人々の群像劇「クラッ シュ」、CIAと石油資本を告発した「シリアナ」、炭鉱での女性差別を批判した「スタンドアップ」、カウボーイの同性愛を取り上げた「ブロークバック・マウンテン」。ノミネート作品以外にも死の商人を主題にした「ロード・オブ・ウォー」や戦争の大儀を問う「ジャーヘッド」がある。2月に開催されたベルリン映画祭でも英国にするイスラム教徒をアルカイダと間違えて虐待した問題を描いた「ロード・トゥ・グランタナモ」や深刻な失業問題を扱った「イッツ・ウィンター」をはじめ社会性の強い作品が集まった(「シリアナ」も招待作品として上映された)。
韓国では国産映画を守っていたスクリーンクォータ制の縮小(国産映画の年間上映日数の割り当てを146日から73日に減らす)が3月7日の閣議で決定された。アメリカの圧力が背後にある。チョン・ドヨン、アン・ソンギ、チャン・ドンゴン、カン・ヘジョン、チェ・ミンシク、キム・ジウン、チョン・ユンチョルなど韓国を代表する俳優や監督をはじめ映画人はデモを行い、これに強く抗議してきた。こちらはフィクションではなく、現実的課題として映画と政治の問題が論じられている。
いうまでもなくこれらに対する日本での反応は鈍い。韓国映画界の大問題はほとんどろくに報道されず、アカデミー賞は「ブロークバック・マウンテン」にばかり報道の関心が集まっていた。同性愛問題を認知するかどうかがハリウッドの開放度の目安というわけだ。かつてセックス描写が表現の自由のものさしのように言われていたのと同じである。性描写も含めて表現の自由を守ることはいうまでもなく重要だが、セックス描写ばかりを問題にするのは問題の矮小化である。同性愛問題も同じことだ。
少し話題がずれたので元に戻そう。前にも書いたが、このように社会派の映画が台頭してきたのは9.11からアフガニン戦争、イラク戦争をへて今日に至るアメリカの政治姿勢に対する映画人の態度が変化してきたからである。おそらくその変化のきっかけとなった映画はマイケル・ムーア監督の「華氏911」あたりだろう。歯に衣着せぬブッシュ批判がアメリカ内外の議論を沸騰させた。ほぼそれと同じ時期にアメリカで公開されたのが「クライシス・オブ・アメリカ」である。こちらはフィクションという形を取りながら、アメリカを影で動かす巨大コングロマリットと副大統領候補の恐るべき関係を暴き出している。
大胆な設定だが、実はこれまた過去の作品のリメイクである。元になったのはジョン・フランケンハイマー監督の「影なき狙撃者」(63年)。リバイバル時に「失われた時を求めて」と改題されている。僕が90年にレンタル店で借りたビデオはこちらのタイトルになっていた。ジョン・フランケンハイマー監督と言えばシドニー・ルメットやスタンリー・クレイマーなどと並ぶ社会派の巨 匠として知られる。傑作といえるのはデビュー直後の60年代の作品に集中している。「明日なき十代」(60年)、「終身犯」(61年)、「五月の七日間」(63年)、「大列車作戦」(64年)、「フィクサー」(68年)あたりが代表作。重厚な持ち味を遺憾なく発揮して次々と傑作を作り出していた。「五月の七日間」と「フィクサー」が最高傑作だと思うが、残念なことにどちらもまだDVDが出ていない。これらに比べると70年代以降の作品はぐっと質が落ちると言わざるを得ない(ほとんどが大味になってしまう)。62年の「影なき狙撃者」はまさに彼の絶頂期に作られたことになる。これも結構有名な作品だが、ほとんど記憶がないところを見ると、僕としてはそれほど感心しなかったと思われる。
「クライシス・オブ・アメリカ」のストーリーは元の作品と大筋ではほぼ同じだが、40年以上時間の隔たりがあるので当然いくつかの設定に変更が加えられている。そもそも原題のThe Manchurian Candidate は直訳すると「満州の候補者」だが、中国(当時よく中共と呼ばれていた)の操り人形という意味である。まさに冷戦時代の産物である(同時に赤狩り批判も込められている)。朝鮮戦争が湾岸戦争に変えられているのは当然だが、特に大きな変更は背後で操る敵と操る手段である洗脳の仕方である。背後の敵は共産国からアメリカ内部に置き換えられる。マンチュリアン・グローバル社というアメリカ政治に奥深く食い込んでいる巨大企業である。
一方人間を洗脳して操る方法は当然より現代的になっている。操られる人間の脳にチップを埋め込み、ある言葉を聴くと洗脳された人格が表れる。62年版はトランプのあるカードが引き金になっていた。しかしこれがどうも荒唐無稽な感じがする。リアリティが売り物の政治劇にSFの題材を持ち込んだようでしっくりこない。「クライシス・オブ・アメリカ」はある程度期待してみたのだが、結果は期待を下回った。その主な理由の一つはこの荒唐無稽さだ。ある合図を送ることで人物を操るという設定だから、洗脳というよりマインド・コントロールに近いが、本当にそんなことが可能なのか。治療のため医療機器をインプラントする事はすでに行われているようだが、そこから埋め込んだチップで人を操ることまではまだはるかに距離があるだろう。脳の構造は心臓などよりはるかに複雑で、ペースメーカーを埋め込むようには行かないはずだ。現代のハイテクをもってしてもこれはまだ荒唐無稽という感じはぬぐえない。むしろなんとか真理教のローテクの方がはるかに脅威としてリアリティを感じさせるのは皮肉だ。さらに、何者かが最前線から負傷した小隊を連れ去り小さな島で手術を施す、しかも息子を盲愛している母親がその息子に対する危険な手術を許すという設定も著しく説得力に欠ける。
ジャンルとしては政治サスペンスなのだが、湾岸戦争下のクウェートで負傷した米軍大尉ベン・マルコ(デンゼル・ワシントン)が、クウェートで実際には何が起こったのかを探ってゆくという展開が今ひとつサスペンスとして弱い。しかも、副大統領候補レイモンド・ショー(リーヴ・シュレイバー)、その母親エレノア・ショー(メリル・ストリープ)、その二人の疑惑を追及するベン・マルコ大尉に焦点が絞られすぎ、その結果アメリカの政権の中枢部に巣くう根深い腐敗の追及ではなく、エレノアの野望をベンがどう食い止めるかという展開に関心が向けられてしまう。途中でFBIが絡んできて、最期にはFBIが何事もなかったかのように事件の真相をもみ消してしまうという結末の付け方は悪くはないが、かといって意外というほどでもない。全体としてみると、社会派ドラマというよりもエンターテインメントに傾いている。
結局問題の根源を個人に収斂させてしまった。そこに問題があると思われる。実際DVDの付録映像で脚本担当のダニエル・パインが次のように語っている。「この作品が描く“敵”とは、アメリカや世界を支配しようというその考え方だ。エレノアのゆがんだ野望は世の中に悲劇をもたらす。だからこの作品では敵はマンチュリアン社ではなくエレノアなんだ。」確かにエレノア役のメリル・ストリープは圧倒的な存在感である。おかげでマンチュリアン・グローバル社がかすんでいるほどである。しかしエレノアがマンチュリアン・グローバル社に利用されていた面も当然あるはずだ。この種の会社がそんなやわなはずはない。この点ではTVドラマ「24」の方がまだ複雑に描かれていた。やはり問題を単純化しているといわざるを得ない。
アメリカの世界支配構造は相当奥が深く、様々な要素が複雑に入り組み絡まりあっているので、1本の映画でそれをすべて描き出すのはそもそも無理である。批判政党が弱小で保守の2大政党が政権をたらしまわしにしている米国内の政治構造、武器商人や石油関連企業や多国籍企業などが米政権内に深く食い込み、内外の利権をむさぼっている構造、日本政府に代表されるアメリカの「言いなり」政権が側面からアメリカを支えている国際的政治構造、これらの複雑な構造を総体的に描き出さなければその全体像はつかめない。「クライシス・オブ・アメリカ・サーガ」といった壮大な連作でも作らなければとうてい描けるものではない。しかし様々な角度からアメリカの政治と社会を鋭くえぐる映画が現れてきた。それらの作品群を総合的に捕えることで複眼的なアメリカ像が見えてくるかもしれない。色々不満はあるが、「クライシス・オブ・アメリカ」はそれらの作品群のさきがけになった映画だと言える。
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「クライシス・オブ・アメリカ」 (2004) 米 THE MANCHURIAN CANDIDATE
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カゴメさん しばらくぶりです。コメント&TBありがとうございます。
この種の陰謀映画&小説は多数作られているので、水準以上の物を作るにはかなりの新味と工夫が要求されます。ところが40年以上も前の作品のリメイクですから、新味を加えるといっても限界があります。そんな手抜きをするよりオリジナル脚本でアメリカの裏側に切り込んでほしかったですね。
投稿: ゴブリン | 2006年3月24日 (金) 00:02
お久しぶりです。
カゴメもこの作品は今一つピンと来なかったですね。
陰謀にしても良く考えたらかなりちゃっちで粗漏が多いですし、
ストリープにしてもワシントンにしても、
いささかケバがあり過ぎで、落ち着いて観ていられません。
アメリカという国はさすがにガタイはデカイので、
我々庶民には窺い知れぬような陰謀や策略が、
そこかしこに渦巻いている様に思えますが、
結構単純な欲望を原理にして、
権力が結び付いているようにも思えます。
ブッシュにしても取り巻きのネオコン連中にしても、
あんまり頭良さそうじゃないし(笑)・・・。
マイケル・ムーアあたりに見透かされるようじゃ大した事ないような…。
もっともあれ自体が、真相の暴露を未然に糊塗する為の予防線だったら、
それはそれで迂遠で壮大な陰謀ですが(笑)
投稿: カゴメ | 2006年3月23日 (木) 21:52