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2006年1月 9日 (月)

運命じゃない人

0043232004年 日本
監督:内田けんじ
脚本:内田けんじ
プロデューサー:天野真弓
撮影:井上恵一郎
音楽:石橋光晴
美術:黒須康雄
出演:中村靖日、山中聡、霧島れいか、板谷由夏、山下規介

  今年最初に映画館で観た映画。映画館で観るのは「メゾン・ド・ヒミコ」以来ほぼ1ヶ月ぶりだ。「有頂天ホテル」と「ALWAYS 三丁目の夕日」の前売り券も買ってあるので来週以降に観る予定。どういうわけか年末から年始にかけて観たい映画が集中した。去年の秋ごろまではほとんど観たい映画が来なかったのに。だいたい上田に来るのが遅すぎる。「運命じゃない人」なんか今月末にDVDが出る予定だ。ぎりぎり間に合った、というか無理して映画館で観なくてもよかったんじゃないかという思いが頭をよぎる。

  まあ、ぼやきはこれくらいにしておこう。「運命じゃない人」は非常に面白かった。脚本が実によく出来ている。ほとんどアイデアと脚本の勝利だ。話の展開としては「メメント」や「ペパーミント・キャンディ」と似ており、時間を逆に遡ってゆく展開である。ただ、遡ると言っても「メメント」や「ペパーミント・キャンディ」のようにどんどん前の時間に戻るのではない。ある登場人物の視点でA時点からB時点までストーリーをたどり、次に別の登場人物の視点でまたA時点あたりからB時点あたりまでたどりなおすという展開である。これを、登場人物を変えて何回か繰り返す。そうすると同じ場面を何度も別の角度から見ることになり、最初のストーリーで見えていなかったことが見えてくる。なるほどそうか、そういうことだったのか、と観客は思わず唸り驚きまた納得するわけである。この奇抜なアイデアが見事に功を奏している。観客はやられたと降参するしかない。

  発想は携帯電話から湧いてきたということだ。携帯ならどこからかけているか分からない。別の場所で同じ時間を生きている。そこにミステリアスなものを感じたのだそうだ。オリジナルだから「メメント」や「ペパーミント・キャンディ」などの類似の映画があっても二番煎じという感じはない。先日レビューした「ダブリン上等!」は、最初はばらばらだった複数のエピソードがストーリーが進行するに連れて互いにつながってゆくというタイプの映画だが、「運命じゃない人」は丁度このタイプと時間を逆に遡るタイプの映画を合わせ、さらに複数の視点で同じ出来事を観るという「パルプ・フィクション」あるいは松本清張の『ガラスの城』(この語りのトリックには驚嘆しますよ)的展開を加えたようなストーリー構成になっている。とにかくこの構成がユニークだ。まさに語りのマジック、語りは騙りだ。時間を巻き戻し視点を変えることで、このパラレル・ワールドの全貌がしだいに明らかになってゆく。そして見えなかったものが見え、何でもないと思えた些細なことが誰も予想しないようなところに結びついていく意外性をたっぷり楽しむ。そんな映画だ。

  これだけ言えばほとんど事足りる。後は観ていただけばいい。と言って終わるのもなんだからもう少し付け足しておきましょう。面白いといってもそこはエンターテインメント映画。別に深みがあるわけではない。形式はだいぶ違うが、味わいや雰囲気的には「約三十の嘘」に近い。そんな感じの軽い映画。騙し騙され、出し抜き出し抜かれ、でもって恋愛もあるよという作り。まあ、難しいことは言わず楽しめばいい。

  主要登場人物は5人。まじめで気弱そうなサラリーマン宮田武(中村靖日)、婚約を破棄されてしょんぼりしている桑田真紀(霧島れいか)、宮田の元恋人倉田あゆみ(板谷由夏)、宮田の親友で私立探偵の神田(山中聡)、やくざの浅井志信(山下規介)。ストーリーは宮田が過ごした一晩を5人の角度から描いている。その晩宮田は桑田真紀と出会い、彼女が帰る際に電話番号を聞きだした。つまり最後まで宮田は楽しい一晩を過ごしたのである。でも彼は全く何も知らなかった、同じ時間に彼の気付かないところで2000万円の金が絡むとpp-xんでもないドタバタ劇が進行していたことを。彼にとっては思わず踊りだしたくなるようなうれしい一夜だったが、他の4人(というか正確には3人)にとっては悪夢のような一夜だったことを。宮田のことを友人の神田が「別の星に生きてる」と言うが、これだけ大騒ぎがあったことに何も気付いていない宮田は神田には確かにそう見えるだろう。

  登場人物は皆どこか間が抜けていて憎めない。特にやくざのエピソードが面白い。やくざ稼業も楽じゃないとしきりに嘆く。「事務所の家賃に光熱費。子分の食事代に小遣い。冠婚葬祭に上納金。ヤクザも大変よ。」金がないので、便利屋のやまちゃんに協力してもらって、見せ金として一番上と下だけが本物の偽の札束を作るあたりは妙に情けなくて笑える。便利屋のやまちゃんはいろんなところで活躍していい味付けになっている。 典型的な低予算映画だが、脚本がよければこれだけのものが作れる。内田けんじ監督がインタビューで次のように語っている。

  僕は脚本の段階で確実に「面白い」と思えるものを作ってからじゃないと、撮る度胸が
  ないんです。あと、大学時代に観た仲間うちの学生映画がたるいものばっかりだった
  んです。映画を撮りたい学生って、脚本よりも映像ありきの人が多くて、一本も面白い
  と思えるものがなかった。そういう自主製作映画ノリへの対抗意識は、すごくありまし
  た。

  手塚治虫も同じようなことを言っていた。若い人にはものすごく絵のうまい人がいるが、結局いいストーリーを考え出せなければ優れた漫画は作れないと。手塚はいくらでもアイデアがわいてきたと言っている。もっとも誰もが彼の様な才能を持っているわけではないが、肝心なのはストーリーこそ命だという点である。内田けんじ監督は「プロットをパズルみたいに組み立てていく」のに1年かかったと語っている。基本の「設計図が完成してからは、実際に執筆したのは十日間だけ」だったという。「まさに “構成命”の映画でした。」

  配役については板谷由香だけ最初から彼女と決めていたようだ。これは理解できる。僕もすっかり彼女の魅力にはまってしまった。彼女を観たのは初めてだが、色気があってなんとも魅力的だ。ちょっと今井美樹に似ている。笑うと頬のあたりに線が入るのも同じだ。他の俳優も皆個性的で映画のユニークさによくマッチしている。特に神田役の山中聡がいい。ざっくばらんな感じに親しみがもてる。今の若い俳優には珍しい野性味を感じさせる。

  タイトルは神田が宮田に言う「30過ぎたら運命の出会いなんて無いんだよ」という台詞からつけられたのだろう。しかし、必死で桑田真紀の乗るタクシーを追いかけた宮田の純情さが実を結びそうな気配で終わる。どうやらこれは「運命の人」との出会いだったようだ。才気ばしった監督によくある斜に構えた姿勢ではなく、平凡な人たちに寄せる視線があたたかい。この姿勢をなくしてほしくない。本人は「僕自身、サービス精神たっぷりのエンタテインメント映画が大好きなので、そういう楽しいものを撮っていきたい」と語っているのでたぶん心配ないだろう。

  なお彼は「ぴあフィルムフェスティバル(PFF)」でスカラーシップを受け、その援助で「運命じゃない人」を作っている。このスカラーシップで作られた作品には結構優れたものが多いようだし、受賞者もそろって将来を感じさせる人たちのようだ。若手の登竜門としてこれからも優秀な映画人を育てることに貢献してほしい。

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コメント

真紅さん コメントありがとうございます。
 やはり映画の決め手は脚本でしょうね。脚本でかなりの部分が決まってしまうのではないでしょうか。今はほとんどの監督が脚本にかかわっていますね。
 もちろん演出や編集、撮影や音楽なども大事な要素ですが、脚本の段階で良くないといいものはなかなか出来ないと思います。
 まあ、発想の奇抜さ、意外性、ある種のどんでん返しで勝負する「キサラギ」やこの映画のようなタイプは特殊な例ですが、この映画ほど鮮やかにやられるとただもう感心するしかありませんね。

ゴブリンさま、こんにちは。TBありがとうございました。
当方からはTBが届かないようで、すみません。コメント失礼します。

監督の新作『アフタースクール』も面白かったのですが、本作も脚本が素晴らしいですね。
繰り返し観てもその度「面白い」と感じられ、新しい発見がある優れた映画だと思います。
板谷さん、確かに笑顔が今井美樹に似ていますね。真顔だと似ていないのに、不思議です。
無名の役者さんばかりでも、脚本次第で面白い映画は作ることができるというお手本のような映画でした。
映画は、やはり脚本が命なのでしょうか・・・。
ではでは、失礼します。

 あかん隊さん はじめまして コメントありがとうございます。
 僕も映画館で観てよかったとおもいます。ただもっと早く上映してほしい!
 山中聡が中村晴日にいう台詞はみんな褒めていますね。確かにうまい台詞でした。ただその後で後ろに座っている霧島れいかをナンパするところは、ちょとやりすぎですね。あんなので口説かれる女はいないですよ。

こんばんは。TBありがとうございます!
DVDは予約済みですが、劇場で観て良かったと思ってます。(笑)
「おもしろい」映画は、あまりたくさんありませんね。
お話の構成がおもしろいというか、なんというか…。うまく言えませんが。ものすごく忙しくて、読みたい本、観たい映画がたくさんたまっているのですが、気になります。記事中の本…。
板谷由香、山中聡、中村晴日…と、なかなかのキャストでしたし、なんといっても「あとで使えそうな台詞」がたくさんあって、すごく嬉しかったです。(爆)
内田監督には、期待しちゃいますね!

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