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2006年1月27日 (金)

イギリス小説を読む⑤ 『エスター・ウォーターズ』その1

aimiku-ajisai 今回のテーマ:最下層出身ヒロインの戦い

<ジョージ・ムア著作年表>
George Moore(1852-1933)  
 1885  A Mummer's Wife  
 1888  Confessions of a Young Man 『一青年の告白』(岩波文庫)
 1894  Esther Waters          『エスター・ウォーターズ』(国書刊行会)
 1898  Evelyn Innes

<ストーリー>
  物語はエスターが英国南東部のある駅のプラットフォームに立っているところから始まる。その時エスターは20歳。「がっしりした体格で短いたくましい腕をして」いる。エスターはバーフィールド家に住み込みで奉公するためにやってきたのである。人に仕えるのは初めてではないが、バーフィールド家ほどのお屋敷に勤めるのは初めてであり、不安げな様子である。屋敷の手前でウィリアムという若い男に道を尋ねた。たくましい体格の男で、彼はバーフィールド家の料理長であるラッチ夫人の息子だった。

  エスターはすぐに女中仲間のマーガレットと仲良くなり、バーフィールド家の人々も幸い良い人たちで、エスターは安定した生活を送る。バーフィールド夫人は農夫の娘で、領主に見初められて結婚した人だった。エスターと同じ宗教の信者だったこともあり、エスターには優しくして何かとかばってくれた。字を読めないエスターに字を教えてくれたりもした(結局ものにならなかったが)。バーフィールド氏と息子のアーサー、そして執事のジョン・ランダルやウィリアムたちは競馬に夢中だった。バーフィールド氏は自分の馬をレースに出しており、アーサーは騎手であった。しかしエスターは信仰心のあつい娘で、賭けは罪深いことだと考えていた。

  エスターの両親はプリマス同胞教会の熱心な信者であった。しかし父は早く亡くなり、母親は再婚をした。再婚後次々に子供が生まれ、母親は貧血状態になり健康が衰えていた。エスターは小さな乳母のように妹や弟の面倒を見、母親が心配のあまり学校にも通わなかった。だからエスターは読み書きができないのである。継父のソーンダーズは機関車にペンキを塗る職人で、酒が好きだった。大家族を養うためにエスターは17歳になると奉公に出された。わずかな給金で散々こき使われて来た。

  平穏な生活に少し退屈を感じ始めていたころ、ウィリアムがエスターに近づいて来た。ある日ウィリアムにお前は俺の女房だと言われ、その言葉に酔っているうちに肉体関係を結ばれてしまった。はっと気が付いて逃げ帰ったエスターは、その後ウィリアムを許せず、何度ウィリアムが話しかけて来ても相手にしなかった。ウィリアムは不誠実な男ではないが、エスターは持ち前の頑固でかたくなな性格のため、簡単にはウィリアムを許せなかった。一方ウィリアムは何日たっても態度が変わらないエスターの頑固さにうんざりして、勝手にしろという気持ちになっていた。彼はペギーという別の女性と付き合い始め、ついには二人で屋敷を出て行ってしまう。

  しばらくは周りから同情されていたが、そのうち妊娠していることにエスターは気づく。首になる不安に駆られながら、エスターは次の給金が出るまで腹が大きくなっていることを隠し通す決意をする。子供が七カ月ほどになった時、エスターはバーフィールド夫人に事実を打ち明ける。夫人も同情してくれたが、さすがにエスターを屋敷に置いておくことはできなかった。やめた後の苦労をおもんばかって特別に四ポンドを与え、再雇用に必要な人物証明書も書いてくれた。雨と風が吹き荒れる日、エスターはバーフィールド家の屋敷を去った。

  エclip-lo6スターはとりあえず行くところもないので、親の家に戻った。家では小さな妹たちが内職でおもちゃの犬を作っていた。子供が多すぎて、かつかつの生活なのである。父親は場所がないからと言ってエスターを家に置くことを認めなかった。しかし、エスターが部屋代として週に10シリング払うというと、コロッと態度が変わり、置いてもらえることになった。父親は部屋代のほかにエスターから酒代をしばしばせびった。当時病院に入院するには病院に寄付をしている人からの紹介状が必要だった。しかし、エスターが未婚の母だと知ると次々に断られ、散々歩き回ったあげくようやく紹介状を手に入れることができた。わずかな蓄えも尽きかけたころようやく子供が生まれた。

  エスターは男の子を産んだ。出産後妹の一人が病院に来て、母親が死んだと伝えた。実は、母親も同じ時期に出産を控えていたが、子供たちのめんどうを見なければならなかったので、家で出産したのだった。しかし度重なる出産で体が弱っていた母親は、死産のうえ弱り切って死んでしまったのである。エスターは母親の葬式にも出られなかった。父親は子供たちを連れオーストラリアに行ってしまった。

  エスターはついに一人きりになってしまった。しかもベッドが足りないからと病院からも追い出される。それでもエスターは乳母の仕事を何とか見つけた。勤めの間スパイヤズ夫人に子供を預けていた。しかし赤ん坊のことが気になって仕方がない。だが女主人は週末にエスターが赤ん坊に会いに行くことを許さなかった。エスターは自分の前の二人の乳母が、二人とも預けていた赤ん坊を死なせたことが気になった。「この裕福な女の子共が生きるために、二人の貧しい女の子供たちが犠牲にされた」のだ。エスターには真実が見えて来た。

   あたしのような者の口から申すことではございませんが、そんなおっしゃり方をする
 奥様はよこしまな方です。たとえててなし子でもそれは子供が悪いんじゃございませ 
 んし、ててなし子だからといって見捨てられてよいものではありませんし、見捨てろと
 おっしゃる権利があなたさまにあるわけではございません。もしあなたさまが最初に 
 わがままをなさらず、ご自分の赤ちゃんにご自分でお乳をあげなすったならば、そん
 なことをお考えになりませんでしたでしょう。ところがあたしのような貧しい女を雇って、
 本来は別のこのものである乳を自分の子供にやらせるようになさると、もう見捨てら
 れたかわいそうな子供のことは何もお考えにならないのです。そんな子は私生児な
 んだから、死んで始末がついたほうがいい、とおっしゃるのです。...結局こういう
 ことなんです。あなたさまのような裕福な方々がお金を払って、スパイヤズさんのよ
 うな人たちがかわいそうな子供たちの始末をする。二、三回ミルクを替え、少しほっ
 たらかしにする、そうすれば貧しい奉公人の女は自分の赤ん坊を育てる面倒がなく
 なって、金持ちの女の飢えた赤ん坊を見事な子供に仕立て上げることができるんで
 す。

  エスターは首になった。一文なしで、奉公先も失ったエスターにはいよいよ救貧院しか行くところがなかった。何としても子供を救貧院に入れたくはなかったが、ほかに道のないエスターは仕方なく救貧院に入った。救貧院には年14ポンド以下の求人しかこないが、人づて にやっと年16ポンドという仕事が見つかった。一日17時間の苛酷な雑働きの仕事だった。気が狂うほど働いてエスターは結局その仕事を辞めた。次に見つけた奉公先は2年続いたが、子供がいることが分かり「だらしない女」は置いておけないと首になった。その後エスターはいろんな奉公先で歯を食いしばって耐えながら働いてきた。だが長く続かない。主人の息子に追いかけ回され解雇させられたこともあった。去って行くエスターに「器量のよい女中を置くことは危ない」という女主人の声が耳に入った。それでもエスターはくじけなかった。

  それはまことに壮烈な戦いだった。下層の者、私生児である者にむかって文明が結
 集させるすべての勢力を敵にまわして子供の命を守ろうとする母親の戦いだった。今
 日は働き口を得ていても、それが続く保証はない。自分の健康が頼みの綱で、それに
 もまして運と、雇い主の個人的な気まぐれにみじめにも左右された。街角で見捨てら
 れた母親がぼろのなかから茶色の手と腕をさしのべ、小さい子供たちのために物乞
 いをしている姿を見ると、彼女は自分の生活の危うさを思い知らされた。三か月職に
 あぶれてしまえば、自分もまた路上にさまよう身となるだろう。花売り、マッチ売り、そ
 れとも--

  「それとも--」の後には言うまでもなく「売春婦」という言葉が続くはずだ。確かに一歩間違えばエスターはそこまで転落しかねなかった。

   売春婦たちはいつもより早い時刻に郊外を後にし、白い服を腰のまわりになびか
 せ羽毛のボアを歩道から数インチのあたりまで垂らして、フラムからはるばるやって
 来ていた。だがこの優雅な装いの奥に、エスターは女中だった少女を認めることが
 できた。彼女たちの身の上は自分の身の上だった。どの娘も捨てられて、おそらくそ
 れぞれが子供を養っているのだった。だが彼女たちは働き口を見つけることにかけ
 てエスターほど幸運に恵まれなかった。違いはそれだけだった。

  当てもなくロンドンをさまよっているときに、エスターはバーフィールド家で一緒だったマーガレットに偶然出会う。マーガレットはバーフィールド家が競馬で破産したと教えた。

  エスターは次にミス・ライスという女性に雇われる。子供の養育費を考えるとどうしても年clip-window2 16ポンド以上はないとやっていけないと計算したエスターは、14ポンドと提案したミス・ライスに大胆にも16ポンドを要求した。以前救貧院にいたこと、未婚の母であることを正直に打ち明けたエスターを気に入り、ミス・ライスは彼女を雇った。しかも苦しい中で子供の養育費も込めて18ポンド出してくれたのである。ミス・ライスとはうまくやって行けた。そのうちエスターはフレッド・パーソンズという文房具を扱う男と知り合った。同じプリマス同胞教会の信者であるフレッドはエスターを好きになる。エスターは28歳になり、結婚するには潮時だった。週30シリング稼ぐフレッドは結婚相手として悪くなかった。敬虔な信者であるフレッドは、彼女の過去を知っても結婚の意志を変えなかった。

  ところが思いがけずエスターは彼女の子供の父親であるウィリアムとまた出会ってしまった。彼は今はペギーとも別居していて、エスターに結婚を迫ってきた。エスターは悩んだ。貧弱な体格で、堅実ではあるが宗教的信念により考えが狭いところがあるフレッドを選ぶか、昔の恨みはあるが、子供の父親であり、たくましく、競馬の賭け元をして3000ポンドの財産があるウィリアムを選ぶか。息子のジャックは死んだと教えられていた実の父が現れて最初は戸惑っていたが、しだいになついていった。ついに結婚したらエスターと息子のジャッキーに500ポンドやると言われて、エスターの決意が固まる。かくしてエスターはウィリアムの経営するパブの女主人になった。彼女がパブを切り盛りし、ウィリアムは競馬の賭け元の商売に精を出した。ジャッキーは親元を離れ学校に通っていた。ウィリアムは賭けごとをしているが、誠実でまじめな男だった。その後数年間エスターの幸福な時期が続いた。

  だが、その幸福も長くは続かなかった。ウィリアムは競馬場から競馬場へとまわり歩くうち、ある冬の寒い日に雨に濡れて風邪を引いてしまった。体をこわし外で商売ができなくなったウィリアムは、自分のパブで非合法に馬券を売り始める。そこへ、かつて結婚まで考えたフレッドがやってきて、このまま闇で馬券を売っていると危ないと警告した。彼はあくまでも誠実であり、エスターを救おうと思って忠告したのである。しかしエスターは、いまだに信仰心をなくしてはいなかったが、自分には「夫と子供があり、それを大事にするのがあたしの務めです」と答える。もちろんエスター自身は競馬や賭け事を罪深い事だと思っていたので、夫にフレッドが言ったことを伝え、自分からも闇の馬券を売るのを止めるよう説得した。しかしウィリアムは逆に怒り出し、やめようとはしなかった。ただし、営業停止はこわいので慎重に客を選ぶよう用心することにした。

  だが、ある時おとりの客に馬券を売ってしまい、警察に検挙されてしまう。営業停止になり、店を手放さざるを得なくなった。エスターは7年間必死で働いたのに、結局何も後に残らなかったと嘆く。ウィリアムの体調も日増しに悪化し、今ではやけくそぎみに自分で競馬に賭けているが、負けがこんでいる。医者に見せるとウィリアムは結核にかかっており、エジプトに行かなければ命はないと言われた。しかしエジプトに行く金が無いので、一か八か彼は最後の賭けを始めた。一時は大穴を当てたりしたが、最後の最後にすべてを失ってしまった。エスターは死ぬ前に息子に会いたいという夫のために、学校へジャッキーを迎えに行った。スクスクと育った息子を見て、彼女は「この子のために生きなければならない。たとえ自分自身は人生に未練がなくとも」という思いをかみしめる。ウィリアムはジャッキーにけっして競馬や賭けごとには手を出さないと約束させ、そして死んでいった。

  エスターは再び、最初と同じ駅のプラットフォームに立っていた。ほとんど財産を無くし、荒れ果てた屋敷に一人寂しく住んでいる、かつての女主人バーフィールド夫人の世話をするためにまたウッドヴューに戻ってきたのだ。ちょうど18年前の振出に戻っていた。ウィリアムが死んだ後エスターはまた無一文になり、生活のために低賃金で働いていた時、バーフィールド夫人のことを思い出したのだ。夫人は快くエスターを迎えてくれた。エスターはバーフィールド家を出た後に経験したことを夫人に語って聞かせた。「苦しい戦いでございましたし、まだ戦いは終わってはおりません。息子がきちんとした仕事につくまでは終わりません。息子が一人前になって落ち着くのを見るまでは生きていたいと思います。」

  何カ月かが過ぎ、二人は主人と女中というよりも、友達同士のようになって暮らしていた。もちろんエスターは「奥様]という敬称をやめなかったし、二人が同じテーブルで食事することもなかった。それでも二人の関係は親しいものになっていた。エスターは今が人生の一番幸せな時だと思った。ジャッキーは結局よい職には就けず、軍隊に入った。作品は軍服を着たりりしい青年が荒れたバーフィールドの屋敷にやってくるところで終わる。「彼女は自分が女の仕事をやりおおせたということだけを感じていた。彼女はジャックを一人前に育て上げたのであり、それが十分な報酬であった。」

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