ビフォア・サンセット
2004年 アメリカ
原題:Before Sunset
脚本:リチャード・リンクレイター、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
監督:リチャード・リンクレイター
撮影:リー・ダニエル
出演:イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
「恋人までの 距離(ディスタンス)」の続編である。僕はこの前編を観ていない。しかし最初の10分ほどで前編とのつながりは理解できるので、特に前編を観ていなくても支障はない。もちろん「恋人までの 距離」を先に観ておけばより感慨深いものがあるのだろうが。前編の最後でアメリカ人青年ジェシー(イーサン・ホーク)とフランス人学生のセリーヌ(ジュリー・デルピー)は半年後にウィーンで会う約束をして分かれる。しかし結局半年後にはセリーヌは都合で行けず、再会を果たせぬまま9年の年月が流れた。
その後ジェシーは小説家になっていた。セリーヌとの出会いを小説にして出版し成功した。彼がパリの書店で朗読会を開いているところに突然セリーヌが現れる。思わぬ再会に心を弾ませる二人。しかしその日帰国する予定のジェシーにはわずかな時間しか残されていなかった。映画は二人が再会し、別れるまでの85分間をリアル・タイムで描いてゆく。
二人は9年間の互いの生活を語りまた互いに聞き出そうとする。この9年間の空隙は互いに大きな心の隙間を生み、また二人を大きく変えた。ジェシーは結婚し子供もいる。しかし夫婦仲は冷め、子供だけが生きがいである。セリーヌは国際環境団体「グリーンクロス」で働いている。セリーヌはその後何人もの男と付き合ったが、未だに独身である。彼女の心の一角にはジェシーへの思いが消えずに残っており、他のどんな男にもそれを埋める事は出来なかったのだ。決して心を満たされることのなかった9年間。二人は9歳年を取り、人生経験を積んだが、心のどこかに互いの存在が引っかかっていた。その間生活は続いていたが、二人の思い出は冷凍保存されたように常に新鮮だった。だからセリーヌはジェシーの朗読会がある事を知って会いに行ったのだし、ジェシーはわずかな時間をすべて彼女との再会に費やしたのだ。
この映画は全編会話で埋め尽くされている。二人は延々と会話を交わすことによって互いの気持ちを確認しあう。嘘をついたり、相手をからかったりし合いながらも、この9年間互いを求め合っていたことを確認しあう。最初は互いに軽くジャブを繰り出し探りを入れる。しかしセリーヌのアパートに向かうタクシーの中でとうとう二人は本心を明かす。軽妙な会話もここにいたって感情を交えた悲痛な告白に変わる。互いに連絡も取れず、満たされぬまま過ごした9年間。あの時「なぜ電話番号を交換しなかったのだろう」。取り返しの付かない時間が流れ去ってしまったのだ。しかも再会した二人に残された時間はどんどん少なくなってゆく。だがなかなか別れることが出来ない。ジェシーはついにセリーヌのアパートにまで行ってしまう。いつまでもぐずぐずして去ろうとしないジェシーと、もう時間がないわよと言いつつも強いて彼を追い出そうとはしないセリーヌを映したまま幕。
これほど言葉が詰め込まれた映画も珍しい。その会話が実に自然だ。脚本にはイーサン・ホークとジュリー・デルピーも加わり、リンクレイター監督と3人が共同で練り上げていったものだ。最初の戸惑いながらの会話から、取り留めのない思い出話、一種の駆け引きの様な遠まわしな表現や皮肉、からかい、夢の話などを交え、しだいに本心が見えてくる展開は実に自然でよく出来ている。二人が書店から出て、カフェに向かって歩いてゆく途中の会話を手持ちカメラで長々と映して行くところからぐんぐん引き込まれてゆく。すれ違う人は誰も振り返りもしない。なんでもないごく普通の会話。それでいてよく練られていることが分かる。この自然さがいい。
会話が中心なので舞台劇のようだが、手持ちカメラで自由にパリの街中を移動してゆくところは映画ならではの演出だ。それでいて焦点は二人の男女にずっと絞られている。パリのカフェも遊覧船もあくまで背景に退く。唯一存在感のあったのはセリーヌのアパート。あのしみだらけの階段と彼女の部屋。そして何といってもニーナ・シモンのCD。セリーヌがニーナ・シモンの物まねをしながらコンサートの様子を再現する場面はとりわけ素晴らしい。「ベイビー、飛行機に遅れるわよ」なんて台詞も様になっている。ジェシーに請われて歌も1曲披露している。ジュリー・デルピー、なかなかの芸人だ。
アメリカ映画だがフランス映画の様なタッチ。どこかエリック・ロメールを思わせる。単にパリが舞台というだけではない。しゃれた会話とその間隙からにじみ出てくるやるせない思い。どうしてもストレートな表現になりがちのアメリカ映画とは一味もふた味も違う。この微妙なヨーロッパ的タッチがこの映画を際立たせている。ひょっとして前作よりも出来はいいのではないか。時間の空隙と心の隙間、それを埋めようとするかのような言葉の洪水。取り返せない時間と満たされぬ思い。絵にかいたようなラブ・ロマンスの設定は前作があったからこそ成り立った。むしろこちらを先に観て、その後第1作を観たほうがより自然に入り込めるかもしれない。
最後のクールな終わり方にも好感が持てる。別れの場面を哀愁切々と描くような終わり方をあえて避けている。ジェシーはまだセリーヌの部屋にいて帰りたくなさそうだ。そんな状態のまま終わってしまう。ひょっとしたら飛行機をキャンセルしたのではないか。そんな想像も可能だ。
ジュリー・デルピーといえば「汚れた血」と「ティコ・ムーン」が印象的だ。「ティコ・ムーン」の独特の髪型と真っ赤な髪の毛が不思議に似合っていた。不思議な顔で、特にあの目というかまぶたに特徴がある。今ひとつブレイクしないが、どこか地味な印象があるからだろう。この映画を観て「トリコロール/白の愛」を観たくなった。どういうわけかシリーズ中「青」だけしかまだ観ていない。
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9年前、ユーロトレインの車内で偶然出会い、ウィーンの街で一夜だけを
共にしたアメリカ人のジェシー(イーサン・フォーク)と
フランス人のセリーヌ(ジュリー・デルビー)。
半年後の再会を約束したものの、それは果たされぬまま9年の月日が流れた。
作家となったジェシーは、パリの書店で行なわれたキャンペーンの席で
遂にセリーヌとの再会を果たす。
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イーサン・ホーク(=ユマ・サーマンの元夫)が主演だったので・・・
なんに気なしにDVD借りてみました。
2004年製作のラブ・ストーリー、81分もの。
あらすじ以下ネタバレ注意↓
(反転モード・・左クリックのままマウスを動かしてね)
作家のジェシー(イーサン・ホーク)・・出版記念の書店周りツアーでパリに・・・
その作品のモデルはフランス人のセリーヌ(ジュリー・デルピー)。
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メルさん コメントありがとうございます。
あのラストシーン、その後どうなったのか含みがあって気になりますよね。
それともう一つ気になるのは、第3作目があるのかどうか。ここで終わらせておくのがベストだと思いますが、もし作られるのならどんな話になるのか。いろいろと想像を膨らませるのもまた楽しい。二度目の再会も悪くないか。そのためには、ちゃんと連絡先を聞いておけよ。今度は。
投稿: ゴブリン | 2005年12月19日 (月) 16:25
コメントどうもありがとうございました♪TBもトライしていただいたようで感謝感謝です♪TBさせて頂きましたm(_ _)m
毎度のことながら、ゴブリンさんのレビューはほんとにすごい! 知らなかったこと、気づかなかったことをここに来くると分からせてもらえる、って言う感じです♪ この記事も読んでて、あぁ~そうだったなぁ、とか、へぇ~、そうだったんだ!とか^^
映画全体も勿論ですが、あのラスト、私もすごく気に入りました♪飛行機をキャンセルしたと思いたい私です(^^ゞ
投稿: メル | 2005年12月19日 (月) 08:04