あの頃名画座があった(改訂版)⑧
◆87年
この年は年間で119本観た。うち日本映画は33本。70年代後半に年間1桁台という信じられない時期があったが、その後徐々に本数が増え、84年からまた100本台に戻った。この頃ロードショー料金1500円。国立フィルムセンターは一般300円、学生200円だった。初めて行った73年頃は70円だったから、14年で4倍以上に値上がりしている。
映画祭および特集
この年も映画祭や各種特集が多かった。様々あったが、何といっても個人的に思い入れが強いのは文芸座で開催された「中国映画祭‘87」である。10月31日から12月1日までの期間で8本が上映された。もちろん8本全部を観た。料金は一般1500円、学生1300円、前売り1200円。初めて観た中国映画はチェン・カイコーの「大閲兵」である。僕にとって思い出深い映画だ。他に「黒砲事件」、「恋愛季節」、「最後の冬」、「死者の訪問」、「スタンド・イン」、「盗馬賊」、「古井戸」を観た。最後の「古井戸」はこの年の第2回東京国際映画祭のグランプリ作品。この年から中国映画は日本で知られるようになった。名作「黄色い大地」と「野山」が公開されたのもこの87年である。秋ごろから「黄色い大地」という中国映画がすごいらしいといううわさを聞くようになった。観たのは数年後だが、まだ観ぬ中国映画に対する関心が高まっていたので、「中国映画祭‘87」にせっせと通ったのである。とにかくその質の高さに驚いた。88年から東京を離れ長野県の上田市に来たのだが、その後数年間は無理して「中国映画祭」に通った。その後の中国映画の活躍はご存知の通りだが、そのレベルの高さを決定的に世界に印象付けたのは88年に日本で公開された「芙蓉鎮」である。これは文革の生々しい実体を描いた衝撃的な映画だった。
2月から3月にかけて三百人劇場で「五所平之助特集」。当日券1200円。「鶏はふたたび鳴く」と「大阪の宿」を観た。銀座文化2でも2月~3月にかけて「懐かしの名画スペシャル」特集があり、「逢びき」を観た。一般1200円。岩波ホールでは3月28日から4月3日にかけて「アルゼンチン映画祭」が開催された。料金は当日・前売とも1500円。5本を上映。うち「ミス・メリー」、「オフィシャル・ストーリー」、「戦場の少年たち」の3本を観る。中でも「オフィシャル・ストーリー」は圧倒的な傑作。この年のマイ・ベストテンの1位である。アルゼンチン映画は数こそ少ないがコンスタントに日本に入ってきている。88年の10月には草月ホールで「ラテンアメリカ映画祭」が開かれ、90年10月には銀座テアトル西友で「新ラテンアメリカ映画祭‘90」が開催されている。
87年はしきりに三百人劇場に通った年だ。まず4月から5月にかけて「ソビエト映画の全貌‘87」。当日券1200円、学生1200円、特別鑑賞券1000円。目玉は長いことソ連で上映禁止になっていた「道中の点検」。堂々たる傑作である。他に観たのは「女狙撃兵マリュートカ」、「鬼戦車T-34」、「処刑の丘」、「想い出の夏休み」、「ローラーとバイオリン」、「アンドレイ・ルブリョフ」、「十月」、「全線」、「ワッサ」、「ジプシーは空に消える」、「アエリータ」、「十月のレーニン」、「解任」。実に14本も観ている。二度目に観る映画も何本か含まれているが、いかに充実した企画だったか分かる。
同じ三百人劇場で9月に「メキシコ時代のルイス・ブニュエル特集」が組まれた。「エル」、「乱暴もの」、「愛なき女」、「嵐が丘」の4本を観る。12月から翌1月にかけては「ヨーロッパの名匠たち フリッツ・ラングとジャン・ルノワール」と「日本未公開・幻の二大傑作特集」の二つの企画が並行して組まれた。前者は「死刑執行人もまた死す」、「捕らえられた伍長」、「恐怖省」の3本とも観たが、後者は「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」と「キス・ミー・ケイト」のうち「キス・ミー・ケイト」を観逃している。
松竹シネサロンでは5月に3期目の「寅さんまつり」、第25作~36作まで12本を上映。うち2本を観る。大晦日にはまた新作「男はつらいよ 寅次郎物語」を観て帰省。 第2回東京国際映画祭はなぜか行っていない。理由は覚えていないが、ロードショーで観ようと想ったのかもしれない。ただ映画祭協賛企画と銘打った「フェデリコ・フェリーニ映画祭」が9月25日から10月1日にかけて渋谷のパルコ劇場とスペース・パート3で開催され、「青春群像」を観ている。前売券1200円。
欧米映画先進国以外の映画
上記のアルゼンチン映画祭と「ソビエト映画の全貌‘87」での上映作品以外に、アルゼンチン映画では「タンゴ――ガルデルの亡命」(フェルナンド・E・ソラナス監督)をスペース・パート3で、ソ連映画では「サクリファイス」(アンドレイ・タルコフスキー監督)を有楽町スバル座で、「ロビンソナーダ」と「ソポトへの旅」をシャンテシネ2で観ている。
他に珍しい東ドイツの「フィアンセ」(ギュンター・リュッカー監督)を高田馬場東映パレスで、 トルコ映画「敵」(ユルマズ・ギュネイ監督)を岩波ホールで、チェコの人形アニメーション「真夏の夜の夢」(イジィ・トルンカ監督)を新宿東映ホール2で、スペインの記録映画「戒厳令下チリ潜入記」(ミゲル・リティン監督)を文芸座ル・ピリエで観ている。人形アニメ大国と言われるチェコの中でもイジィ・トルンカは巨匠と言われる存在だが、この頃はまだ無名だった。はじめてあの独特の味わいを持った人形の姿と一切台詞のない不思議な世界を観た時は心底驚嘆したものだ。「戒厳令下チリ潜入記」はスペイン映画だが監督はチリの亡命監督ミゲル・リティン。映画の前に岩波新書で手記が出ていたので楽しみにしていた映画だ。潜入して撮っているので実に貴重な映像である。特にアジェンデ政権がピノチェトによるクーデターで倒されるあたりの記録映像はものすごい迫力だった。
未公開作品の発掘
この点では三百人劇場が果たした役割は大きい。上記特集で上映されたフリッツ・ラングの「死刑執行人もまた死す」と「恐怖省」、ジャン・ルノワールの「捕らえられた伍長」、マイケル・カーティスの「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」とジョージ・シドニーの「キス・ミー・ケイト」は、いずれもそれまで幻の未公開作品だったものである。
また同劇場の企画「メキシコ時代のルイス・ブニュエル特集」で上映された作品もおそらく日本初公開である。この後毎年のように新たな作品が発掘されヴェールを脱ぐことになる。
ACT日参、小津ブームは続く、シャンテシネ開館
ACTにはこの年の前半よく通った(なぜか6月以降は1回も行っていない)。いつもながら貴重な作品をここで観ることが出来た。「カビリアの夜」、「民族の祭典」、「夜と霧」、「我輩はカモである」、「醜女の深情」、「キートンのカレッジライフ」、「秋刀魚の味」、「風の中の牝鶏」、「国民の創生」、「イントレランス」、「タクシー・ドライバー」、「明日に向かって撃て」、「ハスラー」、「尼僧ヨアンナ」、「パサジェルカ」、「影」など。
この年も小津ブームが続いた。いや、ブームと言うより、名画座や自主上映館の定番という本来あるべき姿になったというべきかも知れない。「落第はしたけれど」、「淑女は何を忘れたか」、「晩春」、「秋日和」、「風の中の牝鶏」、「秋刀魚の味」、「麦秋」、「浮草物語」などを観ている。
この年初めて行った映画館は日比谷のシャンテシネ1と2である。1では「グッドモーニング・バビロン」、2では上記の「ロビンソナーダ」と「ソポトへの旅」を観ている。恐らくこの年に開館したと想われる。当時としては豪華な感じの映画館ができたという印象だった。今年の8月に久々にシャンテシネ3で「モディリアーニ真実の愛」を観てきた。恐らく十数年ぶりである。映画館横の広場には有名人の手形が押されたタイルが敷いてあった。確か昔はなかったはずだ。すっかり「お登りさん」になった自分を感じた。
結びとして
これで連載は終了です。8回にわたる大企画も何とか年内に終わらせることが出来てほっとしています。88年以降についてはまた切り口を変えて年毎にまとめて行くつもりです。88年以降は東京を離れてしまいますし、そもそもタイトルの名画座そのものがなくなっていきます。地方にいたのでは東京の様子も分かりません。
僕にとって90年代はビデオで映画を観る時代でした。2000年以降はビデオからしだいにDVDへ移行し、今年から完全にDVD一本になりました。劇場で映画を観るのは年に数本に過ぎません。その範囲で分かることを書いてみようと想います。
【1987年 マイ・ベストテン】
1 オフィシャル・ストーリー ルイス・プエンソ
2 サルバドル 遥かなる日々 オリバー・ストーン
3 戒厳令下チリ潜入記 ミゲル・リティン
4 炎628 エレム・クリモフ
5 敵 ユルマズ・ギュネイ
6 道中の点検 アレクセイ・ゲルマン
7 バウンティフルへの旅 ピーター・マスターソン
8 死刑執行人もまた死す フリッツ・ラング
9 スタンド・バイ・ミー ロブ・ライナー
10 ミッション ローランド・ジョフィ
次 古井戸 呉 天明(ウー・ティエンミン)
プラトーン オリバー・ストーン
グッド・モーニング・バビロン タヴィアーニ兄弟
真夏の夜の夢 イジィ・トルンカ
大閲兵 チェン・カイコー
最後の冬 呉子牛(ウー・ヅーニィウ)
緑の光線 エリック・ロメール
マイ・ビューティフル・ランドレット スティーブン・フリアーズ
ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ マイケル・カーティス
ジンジャーとフレッド フェデリコ・フェリーニ
タンゴ――ガルデルの亡命 フェルナンド・E・ソラナス
ハンナとその姉妹 ウディ・アレン
C階段 ジャン・シャルル・タケラ
サクリファイス アンドレイ・タルコフスキー
眺めのいい部屋 ジェイムズ・アイヴォリー
モーニング・アフター シドニー・ルメット