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2005年10月25日 (火)

タッチ・オブ・スパイス

2003年 ギリシャ・トルコSD-ca-carousel01
脚本:タソス・ブルメティス
監督:タソス・ブルメティス
撮影:タキス・ゼルビラコス
出演:ジョージ・コラフェイス、タソス・バンディス
    マルコス・オッセ、バサク・コクルカヤ

   イエロクリス・ミハイリディス、レニア・ルイジドゥ

 

  禁を破って1週間レンタルになってからではなく新作で借りた今年3本目の映画。他の2本は「大統領の理髪師」と「海を飛ぶ夢」。今のところこの3本は今年公開作品のベスト3である。期待を裏切らない、いや期待以上の傑作だった。

 ギリシャ映画というと今の30代以下の人たちにとってはテオ・アンゲロプロスの映画くらいしか思い浮かばないかもしれない。しかし70年代までは、ギリシャ映画といえばまず「日曜はダメよ」(1960年、ジュールス・ダッシン監督)と「その男ゾルバ」((1964年、マイケル・カコヤニス監督)が真っ先に思い浮かんだものだ。主演のメリナ・メルクーリとイレーネ・パパスの2大女優は日本でもよく知られていた。カコヤニスはイレーネ・パパス主演で「エレクトラ」(1961年)と「イフゲニア」(1978年)も撮っている。アメリカで撮った「トロイアの女」(1971年)にもイレーネ・パパスが出ている。これは初めて岩波ホールで観た映画で、個人的にも思い出深い(観たのは77年2月9日)。67年の「魚が出てきた日」も昔よくテレビでやっていた。

   一方ダッシンは48年の「裸の町」、62年の「死んでもいい」、64年の「トプカピ」などが有名だ。この3本も昔よくテレビで放映されていた。55年の「男の争い」はフィルムノワールの傑作として知られる。彼は別にギリシャ系ではなく、ロシア系アメリカ人だが、66年にメリナ・メルクーリと結婚した関係でギリシャゆかりの映画を何本か撮っているのである。メリナ・メルクーリと組んだ79年の「女の叫び」も岩波ホールで公開された。二人の作品のうち、ギリシャ悲劇を題材にしたものは岩波ホール向きだと言える。政治サスペンスの名作「Z」(69年)で知られるコスタ・ガブラスも忘れてはならない。72年の「戒厳令」と82年の「ミッシング」も優れた作品で、社会派の巨匠として知られた。しかし90年の「ミュージック・ボックス」は今ひとつで、97年の「マッド・シティ」はもう観る気もしなかった。

 アンゲロプロスは「旅芸人の記録」(1975年)で衝撃的な日本デビューを果たした。日本公開は79年で、これも岩波ホールで上映された。79年の岩波ホールは「家族の肖像」「木靴の樹」「旅芸人の記録」と立て続けに名作を日本に紹介した。当時の岩波ホールが果たした役割はどんなに称賛してもしすぎることはない。ただ、客筋はいかにも「わたし芸術が好きザマス」という感じの金持ちおばさんが圧倒的に多くて、あまり雰囲気は好きではなかったが。もう十数年行っていないが、今でも開演前に階段にずらっと並んで待っていたのを思い出す。

  またまた前置きが長くなってしまった。「タッチ・オブ・スパイス」は久々に観るアンゲロプロス以外のギリシャ映画である。アンゲロプロスのような高踏的な衒いはなく、その分観やすく分かりやすい。ギリシャで記録的な大ヒットを飛ばしたのもうなずける。前半はどこか「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」を思わせる雰囲気で展開する。雑貨屋ではなくスパイス屋で、トルコ人ではなくトルコに住むギリシャ人の話ではあるが。しかし商品が所狭しと並ぶ店内、あるいは老人と少年の交流を描いた点では共通するものがある。ひとつ大きな違いは、「タッチ・オブ・スパイス」には淡い恋が描かれていることである。ファニス少年と幼馴染のサイメ。料理が得意なファニスは肉団子に入れる効果的なスパイスを教える代わりに、ダンスが得意なサイメに踊りを踊らせる。キスをねだるのかと思ったが、このあたりはいかにも子供らしくてかわいい。幸せな時代だったが、やがてトルコとギリシャの間でキプロス島の領有をめぐる紛争が勃発して、ファニスは両親と共にギリシャに強制退去させられる。キプロス島はギリシャとトルコの間に刺さったとげの様なものだ。何度も紛争の火種になっている。

angels4   中盤はギリシャでの生活が中心に描かれる。ファニスが料理の腕を発揮する様子が中心に描かれる。終盤はまたイスタンブールが舞台だ。ファニスはトルコに残ったおじいさんを見舞いに35年ぶりにイスタンブールへ行く。しかしおじいさんはすぐ亡くなってしまう。だがそこでファニスはサイメに再会する。この部分はスペインの名作「黄昏の恋」を思わせる切なくも美しい展開になる。共に戦争によって引き裂かれた男女が描かれる。「黄昏の恋」ではスペイン戦争によって、「タッチ・オブ・スパイス」ではキプロス島の領有をめぐるギリシャとトルコの紛争によって。ここにも戦争によって「引き裂かれた世代」があったのだ。

  この映画には素晴らしい場面がたくさんある。まず、ファニスたちがギリシャに強制退去させられる時の別れの場面がいい。駅でおじいさんはファニスに言う。「2ヵ月後には私も行く。サイメを連れてな。一緒に暮らそう。星を見て待て。もし私が遅くなっても、同じ星を見るのを思い出せ。空には見える星もあれば、見えない星もある。いつも人は目に見えないことにこそ興味を持つ。塩やコショウが見えないとまずいか?違うだろ、それでも決めては塩加減だ。」タイトルの「タッチ・オブ・スパイス」の意味はここにある。人生には目に見えない隠し味が必要なのだと。また星は色々とシンボリックに使われている。タイトルバックには宇宙が映される。また、長じてファニスは宇宙物理学者になっている。おじいさんに会えない間ずっと星を眺めていたのだろう。

  サイメは別れに「私を忘れないように」とスパイスをつめた大きな箱(ままごと用か?)を渡す。「また会えたら料理して、私は踊るから。」しかし二人はその後35年間会えなかったのである。

  中盤のギリシャ編はユーモラスな味付けになっている。ファニスは料理が得意で、学校でも男の子とは遊ばずに、女の子とばかり遊んでいる。親が心配して台所から締め出したり、ボーイスカウトに入れたりするが、隙を見てはあちこちで料理の腕を振るっていた。ふんだんにギリシャ料理が出てくる。おいしい料理は人間関係を滑らかにし、また明るくする。

    学校の教師がファニスがトルコなまりのギリシャ語を話して困ると父親に告げる場面も傑作だ。ギリシャの英雄の名にトルコ風の語尾変化をつけて話しているというのだ。しかし、ただユーモラスなだけではない。トルコからギリシャに逃れてきた一家は「トルコではギリシャ人、ギリシャではトルコ人扱い」される。色々といじめに合ったようだ。

   一方トルコへの郷愁も語られる。ファニスの父親が、おじいさんがギリシャに来ると何度も言いながら結局来ないのはもっともだと語る場面である。「あの街は世界一美しい。」だから離れられないのだと言うのである。退去勧告をしたトルコ人の係官がイスラムに改宗すれば残れると彼に耳打ちしたそうだ。「即答できなかった。5秒間心が揺れた。あれは人生最悪の5秒だった。」涙ながらに父親が語るこの場面も名場面のひとつだ。

  終盤の再会の場面。ここは二つのシーンだけ取り上げよう。サイメはファニスになぜ戻ってこなかったのと問いかける。ファニスの答えはこうだ。「怖かったんだ、再び離れる瞬間が。」恐らくこれは本心だろう。35年。長い月日だ。それでも再会した二人はお互いの愛がうせていないことを確認する。再びトルコに戻ってきた時ファニスは英語を話していた。子供の頃にトルコを離れていたので、大人になった時にはすっかりトルコ語を忘れていたのだろう。共通語である英語がサイメとファニスをつないでいた。しかしもちろんそれだけではない。星空が二人をつないでいた。遠く離れながら同じ星を眺めていたのはおじいさんとファニスだけではなく、サイメも同じだったのだろう。

  サイメと別れたファニスは、昔住んでいた懐かしい店の二階に上がる。すっかり古びていたるところに蜘蛛の巣が張っている。ふとファニスは床に落ちているスパイスを見つける。昔おじいさんがしたように、机の上に何種類ものスパイスを並べる。そして一気に息を吹きかけると、スパイスの粉が埃のように舞い上がる。冒頭の宇宙空間の映像がそれにかぶさる。宇宙空間に浮かんでいた雲の様な星雲はこの埃だったのである。そしてもう一つ、宇宙空間にあるはずのないものが冒頭の映像には映っている。しだいに手前に近づいてきてやっとそれが何か分かる。それが何かは言わない。ただ、映画の途中で空中に飛ばされたものだとだけ言っておこう。

 

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コメント

 kimion20002000さん コメントありがとうございます。
 ご指摘の場面、レビューを書くときには忘れていましたが、本当に素晴らしいショットでしたね。あの独特の詠唱、不思議な発声と長く引きずりまたうねるような歌い方、これにズームアウトしてゆく映像が重なり、ものすごい効果を上げていました。最初はどこかのベランダの様なところで歌っているのかと思わせておいて、キャメラが引いてゆくと高い尖塔の上で歌っていることが分かる。あの映像効果にはドキッとさせられました。

本当に印象に残る会話と象徴的な映像がたくさんありましたね。

コンスタンチノープルの街のシーン。塔から男が呼びかけの詠唱。ずっと、ひいて、モスクが移り、どんどん引いて、集会場などの断面が映し出される。

そして、ギリシャ街区に回りこんで、スパイス屋に入り込む。

ため息の出る映像でした。

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