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2005年10月30日 (日)

理由

監督:大林宣彦 anmo
原作:宮部みゆき 『理由』(新潮文庫刊)
脚本:大林宣彦、石森史郎
撮影:加藤雄大
美術:竹内公一 
出演:村田雄浩、寺島咲、岸部一徳、大和田伸也、久本雅美
    宝生舞、松田美由紀、赤座美代子、風吹ジュン
    山田辰夫、渡辺裕之、柄本明、渡辺えり子、菅井きん
    小林聡美、古手川祐子、加瀬亮、厚木拓郎、左時枝
    細山田隆人、ベンガル、伊藤歩、立川談志、南田洋子
    石橋蓮司、小林稔侍、永六輔、勝野洋、片岡鶴太郎
    根岸季衣、峰岸徹、裕木奈江、中江有里、その他多数

 原作を先に読んでいたが、映画もなかなかよく出来ていると思った。多くの出演者がインタビューを受けるということは知っていたが、映画を観るまではそれがどういうことか分からなかった。東京のあるマンションで発生した殺人事件の関係者がテレビか何かの取材に答えて、自分の見たこと経験したことを次々に語って行くという珍しい作りになっている。もちろん原作とはまったく違う形式だ。しかし監督自身が出来るだけ原作に忠実に描きたかったと語っているように、語りの形式は違うが事実関係はあまり変えていない。

  多くの関係者が自分の見たことを語るという方法を取ったのは、黒澤明の「羅生門」のように証言が食い違い結局真相は「藪の中」という結論にもってゆきたかったからではない。問題の事件というのは、マンションの1室で3人が殺されており、1人が窓から転落するというセンセーショナルな事件だが、後に被害者たちはすべてその部屋の住人ではなかったというさらにセンセーショナルな事実が浮かび上がってくる。では殺された人たちは一体誰だったのか、誰が犯人で、動機は何だったのか。原作の展開は見事で、ぐいぐいと読者を引き込んでゆく。この複雑に入り組んだストーリーが展開する長大な原作をどう料理するのか。そのまま描いたのでは何時間あっても足りない。そこで考え出されたのがこの方法、関係者が次々にインタビューに答えることによって徐々に事件の真相が解明されてゆくという展開であろう。真相は藪の中という展開にならなかったのは、原作がそういう展開ではなかったからだ。原作の狙いは人間存在の不可解さを描くことではなく、このような事件を生んだ現代日本社会の闇の部分を浮かび上がらせることにある。唯一謎のまま残されるのは、犯行現場となった部屋の隣に住んでいた主婦(久本雅美)が確かに見たという人影が一体誰だったのかという点である。しかし証言というのは食い違うことはよくある事で、これはこれでリアルであるとも言える。

yk01   関係者や目撃者のインタビューでつなぐという大胆な構成は特に破綻もなく、謎の解明という結末へと向かって観客をどんどんひきつけて行く。しかし一つ物足りないものがある。それはなぜこのような悲惨な犯罪が起こったかという問題に対する追求だ。犯人の人物像が十分描きこまれていないため、なぜあのような残虐な犯行を行ったのかわからない。また、マンションの住人がそっくり入れ替わっていたことの背後には様々な日本の社会事情が介在しているわけだが、そのあたりも十分描かれているとはいえない。原作は単なる謎解きに終わらず、日本の社会のゆがみをもっと描きこんでいたと思う。長大な原作なので映画化する際にはどうしても切り落とさなければならない部分が出てくるが、人物像とその社会背景という肝心な部分をかなりそぎ落としてしまった。話が交錯する中で次第に真相が見えてくるという部分だけが残った。その限りでは面白く見られるのだが、深みに欠ける。犯人が最後に夜の街の中に飛び降りてゆくシーンをシンボリックに描き、その後で関係者の一人である少年の言葉、「自分も同じことをしたかもしれない」という問いを投げかける。少年の思いとしてはそれでもよいが、映画全体としては疑問を投げかける前に問題の核心をもっと掘り下げておくべきだった。飛び降りるシーンのCGも安っぽい。

 映画化不可能と言われた原作をよく換骨奪胎してまとめ上げた点は評価できるが、インタビューで構成したために人物像の掘り下げが浅くなってしまった。もっとも、宮部みゆきの原作自体もその点では物足りないものがある。読んでいる間はぐんぐん読者をひきつけ、途中で止められなくなるほどだが、読み終わった後しばらくたつとどんな話だったかほとんど忘れてしまう。松本清張の『ゼロの焦点』や水上勉の『飢餓海峡』は時間がたっても鮮明に記憶が残っている。まあ、これは比べる相手が大きすぎるが、それにしてもほとんど後に残らないということはまだまだ通俗ミステリーの域から抜け出ていないことを意味しているのではないか。着想のユニークさ、ストーリー運びのうまさは当代指折りだが、作家として大成してゆくのはまだまだこれからだと思う。

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