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2005年10月20日 (木)

女ひとり大地を行く

cut_b-gear101953年
監督:亀井文夫
出演:山田五十鈴、宇野重吉、織本順吉、内藤武敏
    中村栄二、岸旗江、北林谷栄

 亀井文夫監督による独立プロ映画の名作である。脚本に新藤兼人が加わっている。山田五十鈴主演。戦前から既に大スターだった彼女が独立プロの映画に出る、しかもまったくの汚れ役を演じる。当時相当な物議をかもしたようだ。正直言って山田五十鈴という女優はあまり好きではなかった。特に美人だとも思わないし、女優としてもさほど優れているとも思わなかった。しかしこの映画を観て初めて彼女を大女優だと感じた。当時30代の後半だったが、若くはつらつとした年齢から、初老の年齢まで見事に演じ分けた。老け役を演じている時の彼女はむしろ女優として輝いていた。女優によっては顔を汚すこと自体を嫌う人もいるのに、彼女は坑道の中に入って働く役までひるむことなく演じたのである。

 独立プロの作品だけに今見るとかなり紋切り型のせりふが目立つ。しかし当時の労働運動の言葉は実際そんなものだったかもしれない。時代が変わってしまったのだ。炭鉱町を描いた映画といえばイギリスのウェールズを舞台としたジョン・フォードの名作「わが谷は緑なりき」が思い出される。ウェールズを描いたこれまで最高の作品である。「わが谷は緑なりき」はウェールズにおける炭鉱産業の衰退とそこで働くある炭坑夫一家が崩壊してゆく様を叙情的に描いたものである。それに対して「女ひとり大地を行く」は一旦崩壊しかかった家族の再生を描いている。

 昭和七年冬、秋田県横手在の農夫山田喜作(宇野重吉)は生活苦のため妻サヨ(山田五十鈴)と二人の子を残して北海道の炭鉱に行った。しかしそのあまりに過酷な労働と無慈悲なまでの扱いに(脱走しようとした炭坑夫が見せしめに焼きごてを押し当てられ殺される場面が出てくる)耐えかね脱走を図る。その時ガス爆発事故が起き多くの犠牲者が出た。山田喜作は幸い助かったが、彼もその事故で死んだものと思われる。

 仕送りを断たれたサヨは夫を頼って炭鉱に行くが、そこで夫は事故で死んだと知らされる。生活のためサヨは女坑夫としてそこで働く決意をする。やがて戦争が始まり、彼女に好意をもつ炭坑夫の金子も出征して戦死する。やがて朝鮮戦争が始まり炭鉱は増産の指示を出した。その頃サヨの夫の喜作は家族を探してこの炭鉱に戻り働いていた。体を壊したサヨは炭鉱の仕事をやめていたので、そのことを知らなかった。次男の喜代二も炭鉱で働いていたが、父の顔を覚えていなかった。

 無理な増産体制のため事故が頻発する。組合は無理な増産を中止するよう要求してストに入る。生活苦を嫌って女と駆け落ちしていたサヨの長男喜一が町に戻ってきて、金欲しさから嘘をついて、組合の先頭に立って活動している弟の喜代二を陥れる証言をする。その証言によって喜代二は坑内の排水ポンプを動かす送電線を切断した犯人とされてしまう。やがて一切の真相が判明し、喜代二は釈放され、喜一も改心して母の許に戻る。寝込んでいるサヨの元に夫の喜作がやってきて再会の言葉を交わす。しかし既に体がぼろぼろになっていたサヨは「やっとあなたに二人の子供を渡すことが出来た」と言って息を引き取る。

 このようなストーリーのため宇野重吉は最初と最後しか登場しない。サヨの息子たちなどの若手の俳優に混じって山田五十鈴を脇で支えたのは、長屋の隣に住む北林谷栄とそのsnowrabbit夫の花澤徳衛である。この二人はさすがにうまい。特に北林谷栄の存在感は抜群で、炭鉱の上役も平気で怒鳴りつける。せめて息子だけには教育を受けさせたいと気丈に働く山田五十鈴とはまた違い、北林谷栄は少々のことではへこたれないたくましい女性役を演じている。また、独立プロならではの視点として、炭鉱で働かされていた中国人捕虜が出てくる。脚気でまともに働けないため棒で殴られる中国人の役を加藤嘉が演じている。殴られている彼を助けたのは戦死した金子だ。彼は戦後中国に帰り、サヨが死んだ日に連帯の意味を込めた旗をサヨに送ってくる。喜作は二人の息子に命じてサヨの亡骸にその旗をかけてやる。

 ストはまだ続いている。ラストは喜代二と彼に思いを寄せる孝子が立つ丘の頂上に向かって、若者たちが旗を持ち労働歌を歌いながら一列になって上ってくるシーンだ。いかにも独立プロ作品という描き方で、時代を感じる。このタイプの映画は今では完全に日本映画から、いやほとんどの国の映画から消えてしまった。しかし今見ても、紋切り型のせりふや思想性が前面に出過ぎているところなどが気にはなるが、力強い作品だと感じる。戦う労働者ではなく、家族のために身を削るようにして働き死んでいったひとりの母親を中心にすえたことが、この作品を成功させている。貴重な歴史的作品がDVDでよみがえったことの意味は大きい。

 次男喜代二を演じた内藤武敏のインタビュー(特典映像)によると、撮影は北海道の夕張炭鉱で行われたそうだ。映画にも出てくるが、せまい谷間に炭鉱町が作られ、斜面にびっしりと長屋が立ち並んでいる。下から見るとまるで戦艦の様な光景だったそうである。非常に面白いインタビューで、特に撮影中に炭坑労働者がストに入ってしまい、撮影が難航したエピソードが興味深い。撮影隊も炭坑夫たちもともに生活がかかっている。炭坑労働者の生活とその思いがじかに伝わってきたそうだ。スタッフはみなその長屋に今で言うホームステイをしたわけだが、町の人たちはみな人なつこく、ノックも挨拶もなく突然家の中に入ってきて、また挨拶もなく出て行くそうだ。それでも1週間か10日もすれば慣れてきて、自分も同じようにふらっと他人の家には入れるようになったという。

 亀井文夫は、戦時中表向きは国策にそってはいるがその裏にぎりぎりの抵抗を込めて撮った「戦ふ兵隊」「上海」、あるいは戦後の「日本の悲劇」などで知られる。日本を代表するドキュメンタリー作家である。もっと知られていなければならない重要な人物である。早く彼の代表作がまとまってDVDになることを強く望む。 (佐藤忠男著『キネマと砲聲』に「亀井文夫の孤立した戦い」という章がある。ぜひ一読を進めたい。)

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コメント

春声@さん
 再びコメントをいただきありがとうございます。

 最近の佐藤忠男氏の著書はどれも優れたものだと思います。昔読んだ大島渚論は全く納得できない評価でしたが、近年のものはいいですね。
 『キネマと砲聲』は馴染のないテーマなので読み通すのはつらいかもしれませんが、馴染がないだけに歴史の空白をかなり埋めた労作で、実に新鮮でした。
 僕も86年以来中国映画はかなり観てきたつもりですが、さすがプロだけあって佐藤忠男氏にはかないません。何しろ現地に行って、そこでなければ観られない作品まで観てきているわけですから。日本で一番中国映画に詳しい人かもしれません。

以前にゴブリンさんに”読むように”とおすすめを受けていた本をようやく読了しました。
「キネマと砲聲」佐藤忠男著 岩波現代文庫・社会91
”日中映画前史”と副題され日中戦争前後、中国大陸で日本から渡った映画人がいかに中国の映画界に関わりあっていったか、また中国の映画が当時いかに作られ観賞されていたかなど、普段あまり興味を抱かないテーマに集中され、書かれた本です。
戦争という事態がが横たわっているだけに歴史の勉強にもなり、なにより佐藤忠男さんが実際に観賞したそれらの映画について著述してあるので、こちらは”未見の映画でありながら、成る程なあと、説得させられる”内容になっています。
-このことが素晴らしいと思えました。
相変わらずのゴブリンさんのご健筆、感心しています。

春声@さん

 はじめまして。コメントありがとうございます。福岡映画サークル協議会というのは面白そうな団体ですね。僕も「映画の会」というシンプルな名前の6、7人のグループで毎月それぞれが持ち寄った映画を観ています。
 来月は「どっこい生きてる」を観るのですか。その作品も短評を書いていますので機会があればご覧になってください。
 独立プロ作品には僕も関心があり、DVD-BOX「独立プロ名画特選 1」(「荷車の歌」「太陽のない街」「真空地帯」所収)や「戦ふ兵隊」、「上海」もDVDで持っています。忙しくて観る時間がないのですが。今井正や山本薩夫の代表的作品はほとんど観ました。
 そちらのブログも先ほどちょっとのぞかせていただきました。同じココログで同じ05年から開設しているのに今までその存在を知りませんでした。これを機会に今後ともよろしくお願いいたします。
 春声@さんが名前を挙げていらっしゃる「地の群れ」、「モーターサイクル・ダイアリーズ」、「メイトワン1920 暗黒の決闘」、「ケス」、「ブラス!」、「アンジェラの灰」、「フラガール」、「三池 終わらない炭鉱(ヤマ)の物語 」は最後のドキュメンタリー映画を除き僕もすべて観ました。
 「ブラス!」や「リトル・ダンサー」に出てくるストは1984年4月から85年3月まで丸1年間続いた炭鉱ストが背景にあります。イギリスを福祉国家からリトル・アメリカというべき競争社会に改造したサッチャー政権最大の敵の一つが当時最強を誇った炭鉱組合でした。炭鉱組合の敗北はイギリス労働運動にも深刻な打撃を与えました。この大闘争はまさにサッチャー時代の象徴的出来事でした。90年代イギリス映画の興隆はこのサッチャーの80年代を批判的に乗り越えようとするところから生じたと言っていいと思います。。
 と同時に「トレインスポッティング」や「ザ・クリミナル」「ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」「フェイス」などの犯罪映画も生まれたのです。貧富の差が拡大し、薬中やアル中が広まったことがその背景にあります。
 映画はフィクションですが、現実と完全に切り離すことはできません。独立プロの作品群はその現実とフィクションのかかわらせ方の一つのスタイルを示した作品群です。すぐれた作品とは言い難いものも少なくないと感じますが、今なおその輝きを失わない傑作も少なくありません。
 忙しくてなかなか他の方のブログを見ている時間はないのですが、時折お邪魔させていただくこともあると思います。
 

Google検索で 女ひとり大地を行く と入れたところ
ここがヒットしまして、なにか見たような鯨ちゃんのレイアウト。Nifty の Cocolog ですよね。実は私もこのレイアウトにて、先頃、映画『女ひとり大地を行く』関連でBlogを書いていたのです。昨日思い立ってレイアウトを変更はしましたが、思わずびっくりしました
(笑)。11月29日にはまさしくこの映画『女ひとり大地を行く』を福岡市にて自主上映をやったグループの会員です。ゴブリンさんの丁寧な「女ひとり」の書き込みを読みました。DVDで御覧になったんですね。私(春声@)はかなり映画好き人間ですが、流石にこの独立プロ作品は長いこと未見のままでした。所属してている福岡映画サークル協議会が幸いにこの作品を例会として取り上げましたので勢い込んで先日観賞してきました。
戦後の労働運動の歴史の中で明確に存在した-労使対立-労働者は団結して労働条件を闘いとらねばならなかった-これについて亀井文夫監督が正面から取り組んだ劇映画です。ですからゴブリンさんが言われるようにややプロパガンダ的要素が画面から立ち上るのは避けがたいかもしれません。亀井文夫監督は最初から最後までそういうふうに割り切っていたそうです。春声@はそういった視点から、この映画に対し難点を見出そうとは全然思いません。それよりもむしろ日本映画の歴史の中で果たした独立プロ諸作品を”あらためて現代に蘇らせること””製作陣の努力を思い、また出演陣に<懐かしさ>を感じる、そんな点に大きな意味を見出して、この映画に向き合いました。その意味では”期待に違わぬ”出来でした。
来年1月の末には今井正監督の『どっこい生きてる』で飯田蝶子にスクリーンで出会える企画も予定していて、楽しみにしています。もっとも、多くの人々に観に来て頂く必要がありますので、しかるべく準備もしなければならぬとは思っているところです。長文のコメントになりました。今後ともゴブリンさんBlogに多いに期待申し上げております。   では、また。春声@

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