座頭市物語
1962年 大映京都
原作:子母沢寛
【スタッフ】
脚本:犬塚稔
監督:三隅研次
音楽:伊福部昭
撮影:牧浦地志
美術:内藤昭
【出演】
勝新太郎 、万里昌代 、島田竜三、三田村元、天知茂、真城千都世、毛利郁子
南道郎 柳永二郎、千葉敏郎、守田学、舟木洋一、市川謹也、尾上栄五郎、山路義人
急に「座頭市物語」が観たくなった。細谷正充編『時代劇原作選集』(双葉文庫)を読んだせいである。たまたま本屋で見つけたのだが、これは買ってよかった。タイトル通り時代劇映画の原作を集めた短編集で、「赤西蠣太」(原作:志賀直哉)「椿三十郎」(原作:山本周五郎)「座頭市物語」(原作:下母沢寛)「切腹」(原作:滝口康彦)「武士道残酷物語」(原作:南條範夫)など10編の短編が収録されている。
「座頭市」シリーズはこれまでまともに観たことはなかった。正直言って、見るほどの映画ではないと思っていた。しかしこの間日本映画の古典が次々にDVD化され、レンタル店に並ぶようになった。ほんの3、4年前まではとても考えられなかったことである。観たいと思うアメリカ映画が激減していることもあって、このところ精力的に昔の日本映画を見直してきた。そういう事情もあって、これまで見向きもしなかった「座頭市」も視野に入ってきたのである。
原作は『ふところ手帖』に収められた非常に短いエッセイである。エッセイといっても実際には短編小説に近い。話の大筋しか書かれていないので、映画化するにあたって大幅な書き込み、キャラクターの肉付け、筋の変更が必要となった。脚本の犬塚稔がこれに見事に応えた。特に座頭市(勝新太郎)と平手造酒(天知茂)のキャラクターは映画によって生まれ変わったと言っていいほど見事な性格付けがなされている。平手造酒は原作では単にやくざの出入りで死んだとしか書かれていない。座頭市とは直接剣を交えてはいない。これを映画では座頭市との一騎打ちという筋に変え、最大の見せ場にした。この変更は成功している。
筋以上に見事なのは何といっても平手造酒の性格付けだ。尾羽打ち枯らし、やくざの用心棒にまで成り下がった労咳病みの凄腕剣士、ニヒルな表情と隙のない立ち居振る舞い。この陰のある剣士の役を天知茂が見事に演じている。昔から絶賛されてきたが、確かに素晴らしい。だが犬塚稔の脚本の素晴らしさはそれにとどまらない。座頭市と平手造酒の人間的ふれあいを描きこんだこと、それがあってこそこの映画は成功したのである。
二人が初めて会ったのは川辺である。釣りをしている座頭市の隣に平手造酒がやってきて並んで釣りをする。ススキの原っぱを歩いて近づいてくる平手造酒の足元だけを写すショットが実に効果的で、場面に緊張感がみなぎる。しばらく何気ない言葉を交わすが、それだけで(恐らく息遣いから)座頭市は平手造酒が病気持ちであることを見抜く。二人は互いの実力を感じ取ると共に、互いの人間性に触れ、惹かれあうものを感じる。緊張感を底に秘めたのどかな川釣りの場面。忘れがたいシーンである。
二人はやくざの用心棒同士である。座頭市は飯岡の助五郎(「本日休診」で八春先生を演じた柳永二郎)の客分で、平手造酒は笹川の繁蔵(島田竜三)に雇われた用心棒。助五郎は最近台頭してきた新勢力の繁蔵を叩き潰そうと機会を伺っている。座頭市にとってやくざ同士の勢力争いなどどうでもいいことだが、状況が否応なく二人を対決へと向かわせる。
二人が対決する場面はこの映画のクライマックスである。剣戟も確かに素晴らしい。しかしそれ以上に、二人の立会いの場面には互いを認め合いながらも切り合わなくてはならないというやるせない無常感が漂っており、秀逸である。「つまらないやくざの手にかかるより貴公に切られたかった」とささやくように言い残して果てた平手造酒の凄絶な最後に、座頭市は見えない目に涙を浮かべて泣く。名場面である。
「座頭市物語」はシリーズ化され、テレビシリーズも含めれば百本以上のエピソードが製作されたそうだが、そもそもシリーズ化されるのは第1作が優れているからである。シリーズ化されれば、これでもかこれでもかとばかり演出や殺陣は派手になってゆかざるを得ない。50人斬りとか100人斬りとかありえない世界に突入してゆく。その分ドラマ性は痩せてゆくだろう。この第1作が優れているのは殺陣や出入りの派手さだけではない。主要登場人物たちの性格付けとドラマ性を丹念に練り上げているからである。座頭市の描き方は多面的だ。目にも留まらぬ速さでろうそくを縦に真っ二つに切って見せたりする一方で、川に幅の狭い丸太をわたしただけの橋がうまく渡れず、四つんばいになってへっぴり腰で這って行く情けない姿も捉えている。
ただ、これだけ長くシリーズが続くということは平均して優れた出来栄えであったということでもある。それだけ座頭市という人物像が魅力的だったといえる。
他の登場人物としてはおたねを演じた万里昌代が印象的である。月夜の晩におたねと座頭市が並んで水辺を歩くシーンは実に美しい。白黒の映像が実に効果的だ。
最後に余談だが、映画を観ながらずっと平手造酒役の天知茂が誰かに似ていると思っていた。映画が終わる頃やっと誰に似ているか分かった。「ER」のルカ・コバッチュ(ゴラン・ヴィシュニック)だ。あの頬のこけよう、無精ひげを伸ばしたうつむき加減の暗い表情。ちょうど自暴自棄になっていた時期のコバッチュそっくりだ。天知茂はどちらかというと四角い顔である。撮影中のスナップ写真(DVDの特典映像)を見ると素顔は当時も四角い顔だ。しかし平手造酒に扮すると頬がこけた細面の顔になってしまう。メークのマジックだろうが、一体どうやったのか。プロの技とはすごいものだ。
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