駅前旅館
1958年 東宝
監督:豊田四郎
原作:井伏鱒二
音楽:団伊玖磨
出演:森繁久彌、フランキー堺、伴淳三郎、淡島千景
草笛光子、淡路惠子、藤木悠、多々良純、左卜全
森川信、山茶花究、三井美奈、浪花千栄子
原作が井伏鱒二とは知らなかった。こんなものも書いていたのか。もう一つ驚いたことは「駅前」とは上野駅の前だった。時代が違うのだから当然だが、70年代半ば頃で既に上野駅の前には旅館なんかなかった。映画に描かれた街頭風景はまったく消え去っていたし、そもそも駅舎そのものが違う。実に意外だった。
上野駅のまん前の旅館だから当然修学旅行の生徒たちがどかどかとやってくる。ものすごい騒ぎだ。その旅館の館主が寅さんの初代「おいちゃん」役の森川信。最初は十朱久雄かと思った。しばらくしてやっと分かった。その女将さん役が草笛光子。計算高くて冷酷なところがある。番頭役が森繁久彌。ベテランの番頭だが、今の時代は電話一本で何十人という客が取れるのだから、腕の立つ番頭なんかいらないといって森繁を首にする提案をするのはこのおかみさんだ。森繁の下で働くのがフランキー堺。相変わらずの芸達者で、客にロカビリーをせがまれて、三味線を手にロカビリーを歌って見せる場面は傑作だ。ライバル旅館の番頭が伴淳三郎と多々良純。森繁とフランキー堺、そして他の店の番頭たちがよく通う料理屋の女主人が淡島千景。彼女は森繁に「ほの字」だ。色気があって実に魅力的だ。いつ見ても淡島千景はいい。修学旅行の生徒を引き連れてくる先生の一人が左卜全。長野県の女工たちを引き連れてきたのが淡路惠子と浪花千栄子。淡路惠子は森繁と昔縁があった。風呂場で森繁をつねったことがある。耳たぶが魅力的だったと言って淡島千景にやきもちを焼かせる。とまあ錚々たる芸達者たちが繰り広げるにぎやかな風俗コメディである。当時大ヒットし、東宝のドル箱の一つとなった「駅前」シリーズの記念すべき第1作。
とにかく騒々しい。次からつぎから客が来て、やくざも絡んで、その上恋愛も絡めてなんやかんやとてんこ盛り。人気が出るはずだ。庶民生活の活気に満ち満ちている。こういう猥雑で活気のある映画はまず今では撮れないだろう。時代が変わってしまったのだ。
駅前の浄化運動に腹を立てたやくざがこの旅館に因縁をつけに来たとき、そのドサクサの中で森繁は首にされてしまう。まだ地方の旅館なら彼の腕も役に立つだろうと、彼は山梨の方だったかに流れてゆく。すると淡島千景が彼を追いかけてくる。せまい田舎道に馬車を二台並べて、通れないので後ろから怒鳴り散らす自動車の群れを尻目に、2人はすずしい顔でのんびりと田舎道を行く。愉快でさわやかなラストだ。
「駅前」シリーズはだいぶ昔1本だけ観に行ったことがある。一つだけはっきり覚えているシーンがあるが、そのシーンは出てこなかったのでシリーズの中の別の1本だったのだろう。
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