寄せ集め映画短評集 その3
在庫一掃セール第3弾。今度はアメリカ映画5連発
「マッチスティック・メン」(2003年、リドリー・スコット監督)
いい映画だと思った。あえてジャンルに分ければ、ヒューマン犯罪コメディって感じか。極端な潔癖症で神経科医にもかかっている詐欺師が、14年ぶりに会った娘に振り回されてあたふたする。ついには相棒に詐欺にかけられる。犯罪コメディたるゆえんだ。そして最後がいい。だまされたのをきっかけに彼は立ち直り、結婚してまじめに働いている。ある日1年ぶりに娘とばったり出会う。彼は娘を許す。そして親子として別れる。ヒューマン・コメディたるゆえんである。
ほとんどありえないような設定だが、それを可能にしているのがさえない主人公を演じたニコラス・ケイジだ。何で俺がこんな目にあうんだとあたふた走り回る役柄は彼の18番だ。医者の薬が切れるととたんに呂律が回らなくなり、医者を必死で探すあたりのぼろぼろになった演技がいい。一番彼らしさが出ている映画だ。イラク侵略で国内がとげとげしくなっている時にこのような映画を作ったスタッフに拍手を送ろう。
「コンフィデンス」(2002年、ジェームズ・フォーリー監督、アメリカ)
詐欺師の話だ。めまぐるしい展開。スピーディでシャープな演出が売り。だましだまされる展開に引き込まれるが、あまりに展開が速すぎて、味わいが少ない。昔の「スティング」や「ハスラー」や「シンシナティ・キッド」のように、登場人物の性格や人間関係をじっくりと描き、緊張感を持ちながらじわじわと展開して行く作りが懐かしい。
最近のハリウッド映画はCGを駆使して、これまで描けなかった迫力ある映像を創造できるようになったが、あまりに見所を盛り込みすぎ、テンポがめまぐるしくなりすぎて、まるでゲームのようになってしまった。「キッチン・ストーリー」の様なほかの国のゆったりとしたリズムの映画や、同じアメリカ映画でも「ストレイト・ストーリー」の様なゆったりとしたテンポの映画が却って新鮮に思えるのはそのためだ。もうそろそろ、ハリウッドは映画作りを見直す時期に来ているだろう。
主演のエドワーズ・バーンズが渋くていい味を出している。
サルバドル~遥かなる日々(1985年、オリバー・ストーン監督、アメリカ)
「プラトーン」ほどの評判にはならなかったが、アメリカの他国介入政策に対する批判はより厳しく、その姿勢は一貫しており、作品の出来ははるかに上である。オリバー・ストーン監督の最高傑作。イラク情勢が完全に泥沼化している今こそ、この映画を見直すいい機会ではないだろうか。
最前線という限界状況におかれた一兵士の目を通して描かれた「プラトーン」に対し、「サルバドル」は金のためにエル・サルバドルにやってきた新聞記者を主人公に設定した。記者の行動範囲の広さを最大限にいかして、虐殺現場、左翼ゲリラとの戦闘場面、ゲリラとの会見、アメリカ大使館の内部、ただおざなりにインタビューする他のアメリカのマスコミ等、エル・サルバドルの実情を多角的に捉え、現地の軍事政権をアメリカ政府がどのように利用し、間接的に支配しているかをダイナミックに暴きだして見せる。
自ら死の危険を冒して取材するうちに記者のリチャードはアメリカの姿勢に疑問を抱き始め、絶えず死の恐怖におかれている民衆に共感を覚える。ゲリラになると言う少年にリチャードが「神のご加護があるように」と言うと、少年が「この国にはもう神はいない」と答えるシーンが印象的だ。そしてラストがいい。リチャードは現地 で愛した女性を何とかアメリカまで連れ出すことに成功するが、今度はアメリカの移民局員によって強制的に連れ戻されてしまう。リチャードはただ呆然と立ちすくむ。悲痛なシーンである。
リチャードを演じるジェームズ・ウッズも見事だが、同僚の記者キャサディを演じるジョン・サベージが出色である。いつかキャパの様な写真を撮りたいという彼の姿勢から、リチャードは真の記者魂を学ぶ。キャサディは戦闘場面を取材中、戦闘機に撃たれて死ぬが、その戦闘機がアメリカから提供されたものだったというのも皮肉である。
「アメリカン・ジャスティス」(2000年、トニー・ビル監督、アメリカ)
炭坑労働者が1年以上にわたってストを打ち抜き、最後に勝利する映画だ。「エアフォース・ワン」とは対極にある映画である。主演はホリー・ハンター。炭坑労働者の妻役。
冒頭に落盤事故がおきる。利益のみを追求する経営者が安全性を無視した結果だ。そこへ組合のオルグがやってくる。きちんと背広を着た男で、見かけは労働者から浮いている。不安を感じさせるが、映画が進むうちに誠実な組合員であることが分かってくる。彼の前の幹部は組合の金をくすねていて今は監獄に入っている。労働組合の負の面も描かれているのである。最初は彼も同じいい加減なやつだと思っていた組合員やホリー・ハンターもやがて彼に説得されてストに入る。最初はホリー・ハンターの夫のほうが組合活動に熱心だったが、ストが長引くにつれて男たちは情熱をなくしかけてゆく。反対に労働者の妻たちが立ち上がる。まるで「北の零年」だ。長期戦になった時こそ女性の真価が発揮される。
スト破りの乗ったトラックを追い返すために、男たちはピケを張っていたが裁判で3人までしかピケ・ラインに立てないことになる。そこで組合員でない女たちなら文句はないだろうと妻たちがピケを張る。トラックが強引にピケ・ラインを越えようとすると彼女たちは道に寝転び抵抗する。ベルトルッチの「1900年」に出てくる有名なシーンを意識したと思われる。
しかしさすがにストも長引くと寝返る者も出てくる。ついに経営側についた労働者がストをしている労働者を銃で射殺するという事件がおきる。これがきっかけになって裁判で労働者側が勝利する。
型どおりといえば型どおりの映画だが、その基本的な姿勢には共感できる。かつて「ノーマ・レイ」(マーティン・リット監督、1979年)、「メイトワン1920」(ジョン・セイルズ監督、1987年)という労働組合の戦いを正面から描いた力作があったが、これはそれに続くものである。地味だが、貴重な作品だといえる。
「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年、ソフィア・コッポラ監督、日米)
日本でオールロケをしたことが評判になったが、日本ロケはそれほど意味がないと思える。ストーリーの骨格は共にアメリカから日本にやってきた男女が、異国の文化の違いに戸惑い、うまくいっていない夫婦関係に不満を感じ、たまたま同じホテルに泊まったことがきっかけになって近づいてゆくというものだ。この部分はそれなりに観る者を惹きつけるものがある。しかしそこが日本である必要は特に感じなかった。異国であればどこでも良かったのではないか。しかも日本人はおよそ愚かしく描かれている。ネオン輝く大都会だが、そこに住む人間達は愚かでどこか荒廃している。京都も一部描かれているが、ここは素晴らしい場所として描かれている。しかし人はほとんど描かれず、風景のみがクローズアップされている。大都会があり、便利で近代的な生活を送っており、素晴らしい風景にも恵まれているが、そこに住む人々は中身のない愚か者ばかり、それが日本の印象だ。もちろん日本人以外にも愚かな人物は登場する。イヴリン・ウォーの名前で泊まっているというアメリカ人女優がそうだ。仕事ばかりで妻を顧みないシャーロットの夫もしかり。しかし人間観察がそれで深まっているとは到底思えない。日本も大都会ばかりではない。同じ東京でも下町はまた違う面があるはずだ。薄っぺらな人間観察が映画の邪魔になっている。ストーリーと舞台のこの乖離が完成度を低めている。
主演の2人はいい味を出している。ビル・マーレイ(ボブ)の渋さ。スカーレット・ヨハンソン(シャーロット)の可憐さ。スカーレット・ヨハンソンは「アメリカン・ラプソディー」の時よりもぐっと大人の女になっている。この2人が最後まで肉体関係に進まないところがいい。互いに惹かれあいながら分かれる。さわやかなラストだ。それだけに薄っぺらな人間描写が惜しまれる。俗世間を離れて2人の中心人物の濃厚な魂の交わりを描こうという狙いだったのかもしれないが、その意図は裏目に出たようだ。
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ほんやら堂さん TB&コメントありがとうございます。
いわゆる下にもおかない歓待というやつですね。日本人は有名人に弱いですからね。あれも皮肉なんでしょうけど。
ソフィア・コッポラは才能はあるのでしょうけど、もっと経験を積む必要があるかもしれませんね。いい脚本と出会えれば案外化けるかも。
投稿: ゴブリン | 2006年10月12日 (木) 01:07
ゴブリンさん,TB&コメントありがとうございました.
つい好き嫌いがはっきり出てしまって,お恥ずかしい次第です.
この映画で主人公ボブ・ハリスに対するホテルの人達の応対って凄いですね.ソフィア・コッポラもトーキョーでこんな応対を受けたのかしらん.
こちとらビジネスホテルに泊まったことしかないから,どーもよく分からん.
投稿: ほんやら堂 | 2006年10月11日 (水) 22:28
ちんとんさん コメントありがとうございます。
「ロスト・イン・トランスレーション」は決して悪くない映画だと思います。主演の二人はとてもいい味を出していますからね。それだけに、旅先とはいえ日本の描き方や主演の二人以外の人間の描き方が薄っぺらなのが残念でした。
投稿: ゴブリン | 2006年1月15日 (日) 13:04
「ロスト・イン・トランスレーション」ですが、確かに日本でなくても、タイのバンコクでも、トルコのイスタンブールでも良かったような感じではあります。日本人としては、確かに下町だってあるしと言いたくなりますよね。ただ「旅人」ってこんなものじゃないかなとも思います。巡礼みたいなもので、こういう非日常にぽかっと放り出されて、初めて何かに気づく。この映画ではその「何か」さえはっきりとは描かれていないけれど…。
「笑の大学」にお誘いいただいた"ご縁"で、こちらにもトラックバックさせていただいていきます。
投稿: ちんとん@ホームビデオシアター | 2006年1月15日 (日) 10:07