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2005年8月31日 (水)

阿弥陀堂だより

071500112002年
監督:小泉堯史
出演:寺尾聰、樋口可南子、北林谷栄、小西真奈美、多村高廣
香川京子、井川比佐志、吉岡秀隆

 デビュー作こそ絶賛されたがその後まったく売れず本も出せない作家(上田孝夫/寺尾聰)と、最先端の医療現場での働き過ぎによるストレスがたまりその上流産が重なってパニック障害を起こしたその妻(上田美智子/樋口可南子)。その二人が夫の故郷長野県の飯山市の山奥に引っ越してくるところから映画は始まる。ふるさとの山々は美しく、四季折々にその姿を変えてゆく。すんだ空気と清流。青空を映す棚田。素朴な人々。子供たちは人懐こく、「夕焼け小やけ」を歌いながら家路につく。

 都会で傷つき、田舎に帰りその傷を癒す。キム・ギドクの「春夏秋冬そして春」と共通する主題を持つ映画だ。違いは「春夏秋冬そして春」の方は人里離れた湖の上の寺が舞台で、戻ってきた男は老僧と二人で暮らす。「阿弥陀堂だより」では主人公夫婦は自然と村人の両方に抱かれて生活する。人間関係を絶たず、むしろ人との出会いと付き合いの中で心の傷が癒えてゆく。この違いは重要だ。

 都会で傷ついた夫婦が自然の中で人間として快復して行く。二人は村の死者が祭られている阿弥陀堂を守る96歳になるおうめ婆さん(北林谷栄)をしばしば訪問するうちに、喉の肉腫を患い声が出なくなった少女小百合(小西真奈美)に出会う。美智子は小百合の手術を手伝うために東京に行き、無事手術を成功させて医者としての自信を取り戻す。しばらくぶらぶらしていた孝夫も、小百合が村の広報誌に書いている「阿弥陀堂だより」に触発され再び机に向かう。

 まるで絵に書いたような話だ。日本ヒーリング協会推薦、日本森林浴愛好者連合会協賛(そんな団体があるかどうか知らないが)とポスターに書いてあるんじゃないかと思わず目で探してしまいそうになる。キム・ギドクの映画の様な人間の黒い欲望や情念が入り込む余地はない。出てくる人は皆善人で、助け合って生きている。このストレートさが甘いといえば甘いし、物足りないといえば物足りない。

 しかし「阿弥陀堂だより」の描く世界は観るものを否応なくひきつける魅力を持っている。「阿弥陀堂だより」に感じる魅力は、別の韓国映画でいえば「おばあちゃんの家」に通じる魅力である。同じ信州にいても街中に住んでいる者にはあの自然の豊かさ、美しさはうらやましい。それにしても何という贅沢な暮らしだ。

 畑には何でも植えてあります。
 ナス、キュウリ、トマト、カボチャ、スイカ
 そのとき体がほしがるものを好きなように食べてきました。
 質素なものばかり食べていたのが長寿につながったとしたら、
 それはお金がなかったからできたのです。貧乏はありがたいことです。

おうめ婆さんのこの言葉は、自然に寄り添って暮らすことがかえって贅沢だということを逆説的に語っている。夏は障子やふすまを思いっきり開け放ち、家に風を入れる。サッシで閉め切った今の建物ではそうは行かない。阿弥陀堂にしても、孝夫の師である幸田の家にしても、開放的な昔の日本家屋だ。障子を開け放った夏は、庭から家を通して裏の景色が見える。そして冬、

 雪が降ると山と里の境がなくなり、
 どこも白一色になります。
 山の奥にあるご先祖様たちの住むあの世界と、里のこの世の境がなくなって、
 どちらがどちらだかわからなくなるのが冬です。

空と山の境がなくなるように、人々も自然の中に溶け込んで生活している。渓流で釣りをして、夜はその魚で骨酒を楽しむ。神楽の様な祭りもある。

 もしこの映画に足りないものがあるとすれば、キム・ギドクの映画の様な黒い情念と欲望のほとばしりではなく、自然とともに生活する厳しさである。貧しさや冬の雪はここではむしろ詩的に美化されているが、実際には貧しさゆえにつらい労働に耐えなければならなかっただろうし、冬の生活は厳しいものだったであろう。矢口高雄の名作漫画「蛍雪時代」に描かれた東北の山奥での農作業の厳しさは想像を絶するものだ。腰が曲がるほど働かなければ食べてゆけない寒村の生活。雪に閉じ込められほとんど外に出られない冬があるからこそ、雪解けの春のすがすがしさは何倍にもなる。同じように散々苦労を重ねてきたからこそ「貧乏はありがたい」と言えるのだ。

 飯山の生活は東北の寒村とはまた違うだろうが、それでも都会の快適さに比べたらはるかに過酷であろう。棚田一つとっても、そこでの作業は平地の田んぼよりずっと手がかかるはずだ。この映画は生活を描いているようでいて、実はそれほど描いてはいない。美化されていることは確かだ。

 しかし、以上のことを認めた上でなおこの映画は優れた作品だと言いたい。単なる癒しだけの映画ではない。阿弥陀堂を接点として展開する孝夫夫婦とおうめ婆さんと小百合の人間関係はドラマとしてうまく描けている。中でも北林谷栄の存在感は圧倒的である。笠智衆が老け役男優の代表だとすれば、彼女は老け役女優の代表である。若い頃新藤兼人監督の「原爆の子」(52)を観たときには、本当に役と同じくらいの年齢だと錯覚したほどだ。1911年生まれだから実際は41歳だった。「阿弥陀堂」の時は91歳だったことになる。敬服に値する女優だ。宇野重吉とも共演していたわけだから、親子2代と共演したわけである。

 小泉堯史監督の経歴を見ていたら何と茨城県の水戸市出身ではないか。同県出身とは知らなかった。しかも水戸はお袋の生まれたところだ。そう言えば、インタビューを聞いていて少しどこかの訛りがあるとは感じていた。まさか茨城訛りだったとは。不思議なもので急に親しみが湧く。「雨上がる」はがっかりしたが、「阿弥陀堂だより」はいい。うん、(力を込めて)すごくいい。

 新作の「博士の愛した数式」はやっと上田でロケをしてくれた。球場でのロケの時エキストラで出るつもりだったが、当日になってつい面倒くさくなって行きそびれてしまった。しまった、行っとけばよかったなあ。

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コメント

カゴメさん TB&コメントありがとうございます。

本当にいまどきこんな純粋な映画は他にありません。実際より美化されていると分かっていても心を惹かれてしまう。稀有な作品でした。

「博士の愛した数式」のエキストラ、今思うと本当に悔しい。しかも今年を代表する傑作ですからね。生深津絵里だって見れたかもしれないのに!うう、いまさら何を言っても遅い。反省!

ゴブリンさん、TB感謝です♪♪♪

>まるで絵に書いたような話だ。

実を言うとそーなんですよね(苦笑)。
だって、信州の田舎の無医村地味た過疎の村で、
あんなまとまった数の子供がいるんだろうか?と(笑)。

ただ、物事の暗部陰部が嫌という程、次から次へと暴かれまくる昨今、
こんな素敵なエッセンスばかりを抽出した作品があっても良い、
いや、一品くらいはあってくれっ!
と思うのも人情ですなぁぁ(笑)。

>「雨上がる」はがっかりしたが、

うん、何となく分る気もします。

>球場でのロケの時エキストラで出るつもりだったが、当日になってつい面倒くさくなって行きそびれてしまった。しまった、行っとけばよかったなあ。

うっわーー、勿体無いっ!
エキストラは楽しいですよぉ。ただのエキストラの癖に、
忽ち「自分の作品」になっちゃいますもん。現場の空気感は独特ですし。

ちなみに「かもめ食堂」を観たですが、
あれは近来稀に見る傑作でありました。素晴らしかった…。
と、もうご覧になったんですね。
さすがゴブリンさんです。

KSさん いつもありがとうございます。
 この映画は退屈かなと心配しながら観たのですが、やはりいつの間にかひきつけられていました。映像の美しさはいうまでもなく、人と自然が溶け合うように一体化している世界、人と人との温かい交流に心を洗われます。信州の山懐の奥深さに触れることができました。

五十音順リスト拝見すると、つい、過去ログにコメントしちゃいます(^_^;
「阿弥陀堂だより」は飛行機の機内映画でみました。時代劇ファンなので「雨あがる」は劇場で観てるのですが、こっちは上記の理由で、なんの前知識も・・・というか、映画を観たいとも思っていない状況で、他にすることもなく、漠然とスクリーンに目を向けていたら始まったという状況でした。
淡々とほんとに淡々と特に劇的な展開があるわけでもなく(もちろん波はあるわけですが)、自然に流れていくストーリーにいつしかひきつけられている自分がいました。
基本的に、文学的な作品よりもエンターテイメント系を観てしまう自分ですが、心に染み入った一編でした。

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「阿弥陀堂だより」(2002) 日本 監督:小泉堯史プロデューサー:柘植靖司 桜井勉 荒木美也子エグゼクティブプロデューサー:原正人 椎名保原作:南木佳士(『阿弥陀堂だより』文藝春秋刊)撮影:上田正治美術:村木与四郎 酒井賢編集:阿賀英登 音楽:加古隆出演:寺尾聰 ...... [続きを読む]

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