知られざる傑作「エル・ノルテ 約束の地」
1983年 アメリカ映画 1988年11月公開
監督:グレゴリー・ナヴァ
製作:アンナ・トーマス
脚本:グレゴリー・ナヴァ、アンナ・トマス
撮影:ジェームズ・グレノン
出演:ザイア・シルヴィア・グティエレス、デヴィッド・ビラルパンド
アリシア・デル・ラゴ、エルネスト・ゴメス・クルーズ
ルペ・オンティベロス、トニー・プラナ
「エル・ノルテ」という作品の題名は北を意味する。ここで言う北とはアメリカを指す。つまり主人公はグァテマラ出身の兄妹なのである。彼らはひどい弾圧にあって、祖国を捨て約束の地アメリカへと脱出を図る。二人は多くの人々の助けにより何とかアメリカに着くが、そこに待っていたものはやはり悲惨な現実であった。
移民、いや不法入国者の目からアメリカを描くという大胆な発想は、それ自体ユニークであり、それまでになかった視点である。これは移民が増えつつあるアメリカの現実の反映であるが、このような映画をアメリカの資本が作ってしまうという点も注目に値する。
作品は三部から構成されている。第一部では、グァテマラにおける苛酷な現実と、それに反抗して主人公たちの父親を含む人々が反抗を企てるが、事前に見破られ虐殺されることが描かれる。首謀者たちは全員撃ち殺され、主人公たちの父親は首を切られ木に吊される。母親も連れ去られ、身の危険を感じた兄妹二人は北へ逃げることを決意した。ここでは二つの印象深いエピソードがある。兄妹が北へ逃げることを思い立ったきっかけの一つは、彼らのおばがアメリカがいかに素晴らしい国であるかを語って聞かせてくれたことである。逃亡のための資金を求めて妹がそのおばのところへ行くと、おばはいつかアメリカへ行くでことを夢見てためていた金を惜しげもなくその娘に渡す。「私はもうその夢を果たすには老い過ぎてしまった。このお金はあなたたちが北へ行くために使いなさい。」彼女はお金と一緒にアメリカへの夢をめいに渡したのだ。
もう一つのエピソードは、兄と北へ向かう直前に妹がわざわざ家に立ち寄るところだ。彼女は母がいつもお祈りをしていた祭壇のローソクに三つ火をつける。一つは「父さんに」、一つは「母さんに」そして三つめは「村の人々に」。自分の家族だけではなく、残された村人たち(彼らにもまた苛酷な現実が待っている)のことも思いやる心が胸を打つ。
第二部は国境越えである。二人は案内人に指示された山を越えずに、より安全な地下の水道管(現在は使われていない)を通って国境を越える。途中ネズミの集団に襲われるが、このことが後の悲劇の伏線になる。第二部の最後はとりわけ印象的だ。ようやくトンネルを抜け出た二人は、アメリカの地に立つ。二人の前にはきらきらと宝石のように美しいサン・ディエゴの夜の灯が輝いていた。追い求めていた夢、約束の地アメリカがまばゆいばかりに輝いていたのだ。シスター・キャリーがシカゴの街に見たよりももっとまばゆい大都会がそこにあったのだ。その輝きは二人を歓迎しているかに見えた。
だが新天地で生活して行くうちにこの期待は無残にも崩れさってゆく。第三部はアメリカにおけるふたりの束の間の喜びと、その後に突然訪れる悲劇を描く。兄はウェイターの職にありつき順調にやっていたが、他のウェイターのねたみによって不法入国者であることを密告され職を失う。「ここでは生き残るためにはどんなことでもやるんだ」という友人の言葉が耳に残る。せっかく得た職を失いあせった兄は、妹と別れるわけにはゆかないため一度断っていたシカゴで工場の監督をする仕事に飛び付く。彼は夜の12時ごろに発つ飛行機に乗ろうと身支度していたが、そこへ妹と一緒に女中をしている女性が彼を呼びにきた。何と妹が以前ネズミに咬まれたことが原因でチフスにかかって重体だと知らされる。今この時に何という皮肉か。しかし一旦シカゴ行きを決めていた兄はどうしても空港へ行くという。呼びに来た女性は「あんたの妹は死にかけているが、あんたはもう死んでいる」と吐き捨てるように言って立ち去る。残った兄は鞄の上に頭をたれる。
次の場面で飛行機が飛び立つ。彼が乗ったかどうかはわからない。そして次にベッドの上で呻いている妹が映される。その隣には、兄が座っていた!彼は仕事を捨て妹を選んだのだ。だが彼の励ましもむなしく妹は死んでしまう。妹が最後に語ったのは次のような言葉だった。「メキシコにあるのは貧乏だけ。この北だって私たちを受け入れてくれない。いつになったら家が見つかるの。...きっと私たちが死んだ時なのね。」一人残った兄はまた日雇いの仕事に戻る。スコップを動かす手を休め、遠くを見つめる彼の目に故郷の村の景色が映る。再び木に吊るされた父の首のシルエットが現れ幕となる。
「約束の地」というタイトルはよく使われるが、それた裏切られた希望、幻滅という皮肉な意味で使われることが多い。もちろん、ここではアメリカのすべてが否定されているわけではない。移民労働者の悲惨な現実に焦点が当てられている。また中南米における搾取と貧困という問題も必ずしも十分に描かれているとは言えない。しかしこの作品はアメリカの社会を描く視点に新らしい、かつ重要な視角を加えた。アメリカが今抱えている大きな矛盾の一つを、大胆にも意表を突く角度から取り上げてみせたのである。そして同時に、その矛盾の根源には中南米の国々が抱える深刻な問題があるのだということを描き出してみせた。ただ、その中南米が抱える問題にはアメリカも大きく一枚かんでいるという視点がなかったのは残念だ。
公開時はあまり話題にならなかったが、ぜひ一見を勧めたい優れた作品である。
1990年8月4日執筆
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