酔っ払った馬の時間
2000年 イラン映画
監督、脚本:バフマン・ゴバディ
出演:アヨブ・アハマディ、アーマネ・エクティアルディニ
マディ・エクティアルディニ、ロージン・ユネシ
監督は「ブラックボード」で黒板を背負った教師役の一人を演じたバフマン・ゴバディ。同じように国境地帯で密輸をしている人々が描かれているが、映画のできはこちらの方が遥かに上だ。「ブラックボード」と違って、こちらはまず状況を十分描いている。イランとイラクの国境地帯。クルド族のある一家が物語の中心。5人の子供がいる一家だが、母親は一番下の子を産んだときに亡くなった。父親は密輸が見つかり殺されてしまう。残された子供たち5人は必死で生きようとする。長男マディは病気で、15歳だが3歳程度にしか成長していない。弟妹みんなが彼の世話をしている。特にまだ小さい次女のアーマネがマディを抱えている姿はそれだけで感動的だ。この子がなんともかわいい。
生活は次男のアヨブが一家を支えて密輸の仕事をして何とか支えている。病気の兄に手術を受けさせようとするが稼ぎは少なく、生活するだけで精一杯だ。長女のロジーンはマディの世話もしてくれるというので結婚を受け入れるが、相手の母親が厄介者はお断りだとマディだけを突き返した。代わりにロバを一頭くれた。そのロバをイランで売ってマディに手術を受けさせようとアヨブは密輸のキャラバンに加わる。しかし警備隊が待ち伏せており人々は坂を転げるようにして逃げ惑う。ロバの背中からはずされた巨大なタイヤが雪の斜面を転がってくる場面は映像として実に見事だ。ロバは寒さに耐えられるようにと出発前に酒を飲まされている(タイトルはここから来ている)。しかし飲ませすぎて酔っ払ってしまい、なかなか起き上がらない。逃げ遅れたアヨブは仲間からはぐれてしまう。それでもマディのことをあきらめきれないアヨブはロバを連れて国境線の鉄条網を踏み越えて行く。映画はここで突然終わってしまう。その後どうなったかは観客の想像に任せるというわけだ。物足りない気がするが、国境地帯で命がけで密輸をしながら生活しているクルドの人々をこれほどリアルに描いた映画はほかにない。
これはクルド語で描かれた実質的に最初の映画である。監督のゴバディ自身もクルド人だ。トルコ領に住むクルドの人々を描いたトルコ映画の名作「路」ほどの衝撃はないが、危険と背中合わせの生活をリアルに描いた演出は見事である。雪山を越えてゆく場面の美しさはネパール映画「キャラバン」を思い起こさせる。やはりイラン映画は中国映画と並び世界の頂点に立つ水準である。
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