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カテゴリー「映画」の記事

2020年11月27日 (金)

これから観たい&おすすめ映画・BD(20年12月)

【新作映画】公開日
11月13日
 「プラスチックの海」(クレイグ・リーソン監督、イギリス・香港)
11月20日
 「ホモ・サピエンスの涙」(ロイ・アンダーソン監督、スウェーデン・独・ノルウェー)
 「エイブのキッチンストーリー」(フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督、米・ブラジル)
 「THE CROSSING~香港と大陸をまたぐ少女~」(バイ・シュエ監督、中国)
 「家なき子 希望の歌声」(アントワーヌ・ブロシエ監督、フランス)
11月27日
 「ヒトラーに盗られたうさぎ」(カロリーヌ・リンク監督、ドイツ)
 「アーニャは、きっと来る」(ベン・クックソン監督、イギリス・ベルギー)
 「アンダードッグ 前編/後編」(武正晴監督、日本)
 「君は彼方」(瀬名快伸監督、日本)
11月28日
 「バクラウ 地図から消された村」(クレーベル・メンドンサ・フィーリョ、他、監督、ブラジル・仏)
12月4日
 「ミセス・ノイズィ」(天野千尋監督、日本)
 「魔女がいっぱい」(ロバート・ゼメキス監督、アメリカ)
 「ベター・ウォッチ・アウト クリスマスの侵略者」(クリス・ベコパー監督、米・豪)
 「燃ゆる女の肖像」(セリーヌ・シアマ監督、フランス)
 「100日間のシンプルライフ」(フロリアン・ダーヴィト・フィッツ監督、ドイツ)
12月10日
 「今際の国のアリス」(佐藤信介監督、日本)
12月11日
 「新解釈・三國志」(福田雄一監督、日本)
 「ネクスト・ドリーム/ふたりで叶える夢」(ニーシャ・ガナトラ監督、アメリカ)
 「パリのどこかで、あなたと」(セドリック・クラピッシュ監督、フランス)
 「ハッピー・オールド・イヤー」(ナワポン・タムロンラタナリット監督、タイ)
 「天外者」(田中三敏監督、日本)
12月18日
 「声優夫婦の甘くない生活」(エフゲニー・ルーマン監督、イスラエル)
 「また、あなたとブッククラブで」(ビル・ホルダーマン監督、アメリカ)
 「クローゼット」(キム・グァンビン監督、韓国)
 「私をくいとめて」(第九明子監督、日本)

【新作DVD・BD】レンタル開始日
11月27日
 「CURE」(黒沢清監督、日本)
12月2日
 「イップ・マン 完結」(ウィルソン・イップ監督、香港)
 「お名前はアドルフ?」(セーンケ・ヴォルトマン監督、ドイツ)
 「きっと・またあえる」(ニテーシュ・ティワーリー監督、インド)
 「権力に告ぐ」(チョン・ジヨン監督、韓国)
 「コリーニ事件」(マルコ・クロイツパイントナー監督、ドイツ)
 「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」(テリー・ギリアム監督、英・仏・スペイン・ベルギー・他)
 「やっぱり契約破棄していいですか!?」(トム・エドモンズ監督、イギリス)
 「ルース・エドガー」(ジュリアス・オナー監督、アメリカ)
 「レイニデイ・イン・ニューヨーク」(ウディ・アレン監督、アメリカ)
 「水曜日が消えた」(吉野耕平監督、日本)
 「ステップ」(飯塚健監督、日本)
 「のぼる小寺さん」(古厨智之監督、日本)
 「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」(レミ・シャイエ監督、デンマーク)
 「パリの恋人たち」(ルイ・ガレル監督、フランス)
 「ライド・ライク・ア・ガール」(レイチェル・グリフィス監督、オーストラリア)
12月4日
 「ディック・ロングはなぜ死んだのか」(ダニエル・シャイナート監督、アメリカ)
 「レ・ミゼラブル」(ラジ・リ監督、フランス)
12月16日
 「音楽」(岩井澤健治監督、日本)
12月23日
 「クライマーズ」(ダニエル・リー監督、中国)
 「グランド・ジャーニー」(ニコラ・ヴァニエ監督、フランス・ノルウェー)
 「T-34 レジェンド・オブ・ウォー」(アレクセイ・シドロフ監督、ロシア)
 「透明人間」(リー・ワネル監督、米・オーストラリア)
 「一度も撃ってません」(阪本順治監督、日本)
 「思い、思われ、ふり・ふられ」(三木孝浩監督、日本)
12月25日
 「その手に触れるまで」(ダルデンヌ兄弟監督、ベルギー・フランス)
1月6日
 「チア・アップ!」(ザラ・ヘイズ監督、アメリカ)
 「盗まれたカラヴァッジョ」(ロベルト・アンドー監督、フランス・イタリア)
 「リトル・ジョー」(ジェシカ・ハウスナー監督、オーストリア・英・独)
1月8日
 「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」(アグニェシュカ・ホランド監督、ポーランド・英・他)
 「ハニーボーイ」(アルマ・ハレル監督、アメリカ)
 「ラ・ヨローナ ~彷徨う女~」(ハイロ・ブスタマンテ監督、グアテマラ)
1月15日
 「ディヴァイン・フューリー/使者」(キム・ジュファン監督、韓国)
1月20日
 「カセットテープ・ダイアリーズ」(グリンダ・チャーダ監督、イギリス)
 「SKIN / スキン」(ガイ・ナティーヴ監督、アメリカ)

【旧作DVD・BD】発売日
11月27日
 「ダグラス・サークBlu-ray BOX」(54, 56, 57、ダグラス・サーク監督、アメリカ)
  収録作品:「「心のともしび」「大空の凱歌」「翼に賭ける命」
 「落穂拾い」(2000,2002、アニエス・ヴァルダ監督、フランス)「落穂拾い・二年後」も収録
12月2日
 「フルメタル・ジャケット」(1987、スタンリー・キューブリック監督、アメリカ)
 「ローマの休日」(1953、ウィリアム・ワイラー監督、アメリカ)
 「Vフォー・ヴェンデッタ」(2006、ジェームズ・マクティーグ監督、アメリカ)
12月16日
 「秀子の車掌さん」(1941、成瀬巳喜男監督、日本)
12月18日
 「赤と黒」(1954、クロード・オータン・ララ監督、フランス)
 「穴」(1960、ジャック・ベッケル監督、フランス)
12月25日
 「金綺泳(キム・ギヨン)傑作選 BOX」(60~90、韓国)
  収録作品:「下女」「玄界灘は知っている」「高麗葬」「水女」「火女’82」「死んでもいい経験」
1月8日
 「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(1990、ケヴィン・コスナー監督、アメリカ)
1月20日
 「さびしんぼう」(1985、大林宜彦監督)

*色がついているのは特に注目している作品です。

 

 

2020年11月18日 (水)

ゴブリンのこれがおすすめ 54 ソ連・ロシア映画

ソ連・ロシア映画 オールタイム傑作選

 こちらも「ゴブリンのこれがおすすめ」シリーズの第2回で「ニキータ・ミハルコフ監督、70年代から90年代のソ連・ロシア映画」特集を組んでいますが、やはり長い歴史を持つソ連・ロシア映画だけにその全貌を紹介したいと思って、あえて重複を恐れずオールタイム傑作選を挙げてみました。


【長い前書き】
 ソ連映画との本格的な出会いは1973年に東京の大学に入学してからだ。入学してすぐ73年4月29日には銀座松坂屋でエイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」、翌30日には「十月」を見ている。それまで自主上映で何度か上映されていただけで、幻の名作といわれて久しかった映画である。このあまりにも有名な作品がたまたまこの年一般の人の前でヴェールを脱いだのである。何という幸運。期待したほどではなかったが、幻の名作を観ることができただけでも田舎出の学生にとっては感涙ものだった。73年5月17日には新宿の紀伊国屋ホールで「イワン雷帝」の特別上映を観ている。これも幻だった映画である。赤を中心にしたカラーの鮮烈な画面が記憶に残っている。

 ソ連映画を大量に観たのは翌74年である。74年2月15日に後楽園シネマで「バイカルの夜明け」を観た。当時後楽園で大シベリア博覧会が開かれており、それにあわせて大シベリア博記念特別番組と銘打ち、「ソビエト名作映画月間」として23本のソ連映画が上映されたのである。その頃はソ連映画を観る機会は極めて少なく、これだけ大規模にソ連映画を上映するのはおそらく画期的なことだったと思われる。3日ごとにでプログラムが替わるのだが、春休みに入っていたので最初の3本(「シベリヤ物語」「おかあさん」「大尉の娘」)を除いて全部観た。文字通り平均3日おきに通ったのである。観た作品のタイトルを挙げると、「湖畔にて」、「戦争と平和」、「遠い日の白ロシア駅」、「戦争と貞操」、「大地」、「アジアの嵐」、「戦艦ポチョムキン」、「復活」、「外套」、「貴族の巣」、「人間の運命」、「リア王」、「ハムレット」、「ワーニャ伯父さん」、「罪と罰」、「小さな英雄の詩」、「子犬を連れた貴婦人」、「がんばれかめさん」、「ルカじいさんと苗木」。80年代に三百人劇場などで大規模なソ連映画祭が開催されるようになったが、そこでも取り上げられなかった作品が多く含まれており、DVD化も望めないので貴重な特集だった。今ではかすかに記憶の中に残っているだけだが、特に「湖畔にて」と「遠い日の白ロシア駅」の2本はどうしてももう一度観たいと思っている。

 一回に2~3本を上映するのだが、その合間に短編アニメを上映していた。当時のプログラムには載っていないので、作品名も本数も今では分からないのだが、そのレベルの高さに驚いたものである。今のアニメに比べると動きはぎこちないのだが、ウィットに富んだ、独特の世界を作っていた。不確かな記憶ながら、大人が見て楽しむ作品が多かったように思う。宮崎駿が現れるはるか前で、アニメといえばディズニーという時代だっただけに、大人のユーモアがたっぷり盛り込まれたアニメにすっかり感心したのだ。今でも当時のプログラムを観ると、休憩時間に流されていたメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲のメロディーが頭に浮かんでくる。

 80年に日経小ホールで「ジプシーは空に消える」と「ナーペト」を見ている。どちらもソ連映画だが、この頃街頭でおじさんに誘われて「ソビエト映画鑑賞会」なる会に入っていて、その例会で観たのである。大手町の日経新聞社のビルの中にある日経小ホールが会場だった。めったに行かない場所だし、普通の映画館ではないので何とも不思議な空間だと感じた。ソ連映画はめったに観る機会がないので貴重な経験だったが、長くは通わずにやめてしまった。

 81年の1月31日には千石の三百人劇場で「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」を観ている。三百人劇場初体験である。その後頻繁に通うことになる。特に何回か開催されたソビエト映画特集は実に貴重な特集だった。73年に後楽園シネマで開催された例の「ソビエト名作映画月間」の際に見逃した「シベリヤ物語」を81年の4月に見ている(同時上映はソ連初のカラー映画「石の花」だった)。

 84年4月14日、この日三百人劇場で忘れられない映画を観た。当時三百人劇場は4月から5月にかけて「ソビエト映画の全貌」という特集を組んでおり、その一環として上映されたカレン・シャフナザーロフ監督の「ジャズメン」を観たのである。1920年代のオデッサが舞台。主人公はジャズのピアノ弾きである。当時ソ連ではジャズはブルジョア文化の手先とされ、理解されていなかった。それでも主人公はジャズが好きでやめられず、たまたま監獄で知り合ったサキソフォン吹きの男を交えてバンドを結成するが、その男は軍楽隊出身でアドリブが全くできない(汗)。ジャズが好きで好きでしょうがない青年の情熱を描いたさわやかな映画で、特にピアノを弾いているときの彼の笑顔が素晴らしい。好きでたまらないことをやっているときの人間の顔はこれ程輝くものか。忘れられない映画の一つである。そのときの特集では他にアニメ「話の話」を観た。

 87年に三百人劇場で開催された「ソビエト映画の全貌'87」も素晴らしかった。三百人劇場は当時毎年のようにソ連映画の特集を組んでいたが、この特集は様々な意味で注目に値する。まず何といっても、これまでめったに見る機会のなかった作品が多数上映プログラムに含まれていた点を評価すべきだろう。ソ連初のSF映画「アエリータ」の様な貴重な作品の発掘は大いに意義のあることだ。しかし、最もうれしかったことは「女狙撃兵マリュートカ」、「鬼戦車T-34」、「処刑の丘」、「思いでの夏休み」等々、名作と言われながらも長らく見る機会を得られなかった作品に出会えたことである。

 2点目としては全6期に分けてソビエト映画の様々な側面を一応網羅できるように企画を組んだことが挙げられる。特にタルコフスキーの作品を6本加えたことは、前年の12月に彼が亡くなったこともあってタイムリーであった。それまで空席が目立った客席が、タルコフスキーの作品を上映する日になると、とたんに満員になったのだから、確かに関心は高かった。幾つもの雑誌でタルコフスキー特集が組まれていた最中だけに若いファンにとっては絶好の機会だったろう。彼の遺作となった「サクリファイス」も当時上映中で、しばらくタルコフスキー・ブームが続いていた。

 3点目として、作品完成後検閲に引っ掛かり15年もお蔵入りしていたアレクセイ・ゲルマン監督「道中の点検」がこのプログラムの第一弾として公開されたことである。この作品はどうしてこれまで上映禁止になっていたのかと思うほどすぐれた映画である。これだけの作品が15年間も公開されないでいたということは驚くべき事実だ。しかし当時のソ連の一連の動きは映画製作・上映の面にも一大改革をもたらしつつあるようだ。実際この作品がソ連内外で公開されたこと自体、ソ連におけるペレストロイカの影響が芸術の分野にも及んできていることの興味深い一例である。この「道中の点検」や、ウラジーミル・コリドフ監督の「コミッサール」、テンギズ・アブラゼ監督の「懴悔」などはソ連内外で反響を呼びおこした。ソ連にはまだまだ埋もれた名作がありそうだ。

 こうしてリストを作ってみると、2000年代が手薄なのがはっきり分かる。ニキータ・ミハルコフ監督以降大監督が出てこない。実際に停滞しているのか、それともすぐれた作品があるにもかかわらず十分なリサーチがされてない、あるいは売れないと踏んで公開やDVD/BDの発売を見合わせているのか、何とも判断が付かない。しかし国際映画祭でも最近ソ連映画の名前を聞かなくなったのは確かだ。それでもこれだけの傑作群を生み出してきた映画大国だ、完全に火が消えてしまったとは思えない。いつかこの休眠状態から目覚めてほしいものだ。

 

【おすすめソ連・ロシア映画】
「アエリータ」(1924) ヤーコフ・プロタザーノフ監督
「戦艦ポチョムキン」(1925) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督
「母」(1925) フセヴォロド・プドフキン監督
「アジアの嵐」(1928) フセヴォロド・プドフキン監督
「十月」(1928) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督
「全線」(1929) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督
「大地」(1930) アレクサンドル・ドブジェンコ監督
「人生案内」(1931) ニコライ・エック監督
「十月のレーニン」(1937) ミハイル・ロンム監督
「アレクサンドル・ネフスキー」(1938) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督
「石の花」(1946) アレクサンドル・プトゥシコ監督
「イワン雷帝」(1946) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督
「シベリヤ物語」(1947) イワン・プイリエフ監督
「女狙撃兵マリュートカ」(1956) グリゴーリ・チュフライ監督
「ドン・キホーテ」(1957) グリゴーリー・コージンツェフ監督
「鶴は翔んでゆく」(1957) ミハイル・カラトーゾフ監督 ※旧邦題「戦争と貞操」
「雪の女王」(1957) レフ・アタマーノフ監督
「静かなるドン」(1958) セルゲイ・ゲラーシモフ監督
「大尉の娘」(1959) ヴラディミール・カプルノフスキー監督
「人間の運命」(1959) セルゲイ・ボンダルチュク監督
「小犬をつれた貴婦人」(1959) イオシフ・ヘイフィッツ監督
「外套」(1959) アレクセイ・バターロフ監督
「誓いの休暇」(1960) グリゴーリ・チュフライ監督
「復活」(1961) ミハイル・シュヴァイツェル監督
「僕の村は戦場だった」(1963) アンドレイ・タルコフスキー監督
「ハムレット」(1964) グリゴーリー・コージンツェフ監督
「鬼戦車T-34」(1964) ニキータ・クリヒン、レオニード・メナケル監督
「落ち葉」(1966)  オタール・イオセリアーニ監督、ジョージア
「戦争と平和」(1965-67) セルゲイ・ボンダルチュク監督
「コミッサール」(1967)アレクサンドル・アスコリドフ監督
「妖婆・死棺の呪い」(1967) アレクサンドル・プトゥシコ監督
「アンドレイ・ルブリョフ」(1967) アンドレイ・タルコフスキー監督
「貴族の巣」(1969) アンドレイ・ミハルコフ・コンチャロフスキー監督
「ざくろの色」(1969)セルゲイ・パラジャーノフ、他、監督
「放浪の画家ピロスマニ」(1969) ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督、ジョージア
「湖畔にて」(1970) セルゲイ・ゲラーシモフ監督
「罪と罰」(1970) レフ・クリジャーノフ監督
「チャイコフスキー」(1970) イーゴリ・タランキン監督
「リア王」(1970) グリゴーリー・コージンツェフ監督
「がんばれかめさん」(1971) ロラン・ブイコフ監督
「帰郷」(1971) ウラジミール・ナウモフ、アレクサンドル・アロフ監督
「小さな英雄の詩」(1971) レフ・ゴルーブ監督
「道中の点検」(1971) アレクセイ・ゲルマン監督
「遠い日の白ロシア駅」(1971) アンドレイ・スミルノフ監督
「ワーニャ伯父さん」(1971) アンドレイ・ミハルコフ・コンチャロフスキー監督
「バイカルの夜明け」(1972) ヴィクトール・トレクボヴィッチ監督
「惑星ソラリス」(1972) アンドレイ・タルコフスキー監督
「ルカじいさんと苗木」(1973) レゾ・チヘイーゼ監督
「鏡」(1974) アンドレイ・タルコフスキー監督
「霧の中のハリネズミ」(1975) ユーリ・ノルシュテイン監督
「想い出の夏休み」(1975) セルゲイ・ソロビヨフ監督
「デルス・ウザーラ」(1975) 黒澤明監督
「愛の奴隷」(1976) ニキータ・ミハルコフ監督
「ジプシーは空に消える」(1976) エミーリ・ロチャヌー監督
「処刑の丘」(1976) ラリーサ・シェピチコ監督
「機械じかけのピアノのための未完成の戯曲」(1977) ニキータ・ミハルコフ監督
「孤独な声」(1978) アレクサンドル・ソクーロフ監督
「メキシコ万歳」(1979) セルゲイ・M・エイゼンシュテイン監督
「オブローモフの生涯より」」(1979) ニキータ・ミハルコフ監督
「話の話」(1979) ユーリ・ノルシュテイン監督
「モスクワは涙を信じない」(1980) ウラジーミル・メニショフ監督
「スタフ王の野蛮な狩り」(1980) ワレーリー・ルビンチワ監督
「ふたりの駅」(1982) エリダル・リャザーノフ監督
「解任」(1982) ユーリー・ライズマン監督
「ワッサ」(1982) グレープ・パンフィーロフ監督
「ジャズメン」(1983) カレン・シャフナザーロフ監督
「ノスタルジア」(1983) アンドレイ・タルコフスキー監督
「懺悔」(1984) テンギズ・アブラゼ監督、ジョージア・ソ連
「炎628」(1985) エレム・グリモフ監督
「死者からの手紙」(1986) コンスタンチン・ロプシャンスキー監督
「サクリファイス」(1986) アンドレイ・タルコフスキー監督
「翌日戦争が始まった」(1987) ユーリー・カラ監督
「黒い瞳」(1987)  ニキータ・ミハルコフ監督、イタリア
「アシク・ケリブ」(1988)  セルゲイ・パラジャーノフ、ダヴィッド・アバシッゼ監督
「タクシー・ブルース」(1990) パーベル・ルンギン監督、ソ連・フランス
「ウルガ」(1991)  ニキータ・ミハルコフ監督
「太陽に灼かれて」(1994)  ニキータ・ミハルコフ監督
「コーカサスの虜」(1996) セルゲイ・ボドロフ監督、カザフスタン・ロシア
「あの娘と自転車に乗って」(1998)  アクタン・アブディカリコフ監督、キルギス・仏
「シベリアの理髪師」(1999) ニキータ・ミハルコフ監督
「老人と海」(1999)  アレクサンドル・ペトロフ監督、ロシア・カナダ・日本
「ククーシュカ ラップランドの妖精」(2002)  アレクサンドル・ロゴシュキン監督
「ここに幸あり」(2006)  オタール・イオセリアーニ監督、仏・伊・ロシア
「12人の怒れる男」(2007) ニキータ・ミハルコフ監督
「明りを灯す人」(2010)  アクタン・アリム・クバト監督、キルギス・仏・独・他
「独裁者と小さな孫」(2014)  モフセン・マフマルバフ監督、ジョージア・仏・英・独
「草原の実験」(2014)  アレクサンドル・コット監督
「裁かれるは善人のみ」(2014)  アンドレイ・ズビャギンツェフ監督
「サリュート7」(2016)  クリム・シペンコ監督
「スペースウォーカー」(2017)  ドミトリー・キセレフ監督


【その他DVDアニメ短編集】
「ユーリ・ノルシュテイン作品集」
「ロシア・アニメーション傑作選集vlo.1」
「ロシア・アニメーション傑作選集vlo.2」
「ロシア・アニメーション傑作選集vlo.3」

 

ゴブリンのこれがおすすめ 53 フランス映画

フランス映画 オールタイム傑作選

 「ゴブリンのこれがおすすめ」シリーズの第1回で「ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、1930年代フランス映画」を取り上げましたが、今回はこれまで観たフランス映画から好きな作品を全部取り上げました。いつものようにただ長いリストが並ぶだけですが、チェックリストとしてでも何でも好きなように利用していただければ作った甲斐があるというものです。個人的には30年代から50年代のヌーヴェルヴァーグ以前の作品に特に愛着があります。しかしこうしてずらっと並べてみると各時代に優れた作品があり、ヨーロッパ随一の映画大国と言って差し支えないでしょう。

「裁かるるジャンヌ」(1928) カール・ドライエル監督
「巴里の屋根の下」(1930) ルネ・クレール監督
「自由を我等に」(1931) ルネ・クレール監督
「春の驟雨」(1931) パウル・フェヨシュ監督
「外人部隊」(1933) ジャック・フェデー監督
「巴里祭」(1933) ルネ・クレール監督
「モンパルナスの夜」(1933) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「商船テナシチー」(1934) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「にんじん」(1934) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「ミモザ館」(1934) ジャック・フェデー監督
「女だけの都」(1935) ジャック・フェデー監督
「地の果てを行く」(1935) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「どん底」(1936) ジャン・ルノワール監督
「望郷」(1936) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「我等の仲間」(1936) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「大いなる幻影」(1937) ジャン・ルノワール監督
「舞踏会の手帳」(1937) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「北ホテル」(1938) マルセル・カルネ監督
「霧の波止場」(1938) マルセル・カルネ監督
「格子なき牢獄」(1938) レオニード・モギー監督
「獣人」(1938) ジャン・ルノワール監督
「ゲームの規則」(1939) ジャン・ルノワール監督
「旅路の果て」(1939) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「悪魔が夜来る」(1942) マルセル・カルネ監督
「天井桟敷の人々」(1944) マルセル・カルネ監督
「鉄路の闘い」(1945) ルネ・クレマン監督
「美女と野獣」(1946) ジャン・コクトー監督
「海の牙」(1947) ルネ・クレマン監督
「肉体の悪魔」(1947) クロード・オータン=ララ監督
「オルフェ」(1949) ジャン・コクトー監督
「港のマリー」(1949) マルセル・カルネ監督
「河」(1951) ジャン・ルノワール監督
「肉体の冠」(1951) ジャック・ベッケル監督
「巴里の空の下セーヌは流れる」(1951) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「恐怖の報酬()1952) アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督
「禁じられた遊び」(1952) ルネ・クレマン監督
「嘆きのテレーズ」(1952)  マルセル・カルネ監督
「ぼくの伯父さんの休暇」(1952) ジャック・タチ監督
「白い馬」(1953) アルベール・ラモリス監督
「悪魔のような女」(1955) アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督
「男の争い」(1955) ジュールス・ダッシン監督
「ヘッドライト」(1955) アンリ・ヴェルヌイユ監督
「夜と霧」(1955) アラン・レネ監督
「夜の騎士道」(1955) ルネ・クレール監督
「わが青春のマリアンヌ」(1955) ジュリアン・デュヴィヴィエ監督
「赤い風船」(1956) アルベール・ラモリス監督
「幸福への招待」(1956) アンリ・ヴェルヌイユ監督
「抵抗」(1956) ロベール・ブレッソン監督
「死刑台のエレベーター」(1957) ルイ・マル監督
「宿命」(1957) ジュールス・ダッシン監督
「眼には眼を」(1957) アンドレ・カイヤット監督、フランス・イタリア
「リラの門」(1957) ルネ・クレール監督
「恋人たち」(1958) ルイ・マル監督
「ぼくの伯父さん」(1958) ジャック・タチ監督
「モンパルナスの灯」(1958) ジャック・ベッケル監督
「大人は判ってくれない」(1959) フランソワ・トリュフォー監督
「黒いオルフェ」(1959) マルセル・カミュ監督
「二十四時間の情事」(1959) アレン・レネ監督
「穴」(1960) ジャック・ベッケル監督
「かくも長き不在」」(1960) アンリ・コルピ監督
「太陽がいっぱい」(1960) ルネ・クレマン監督
「地下鉄のザジ」(1960)  ルイ・マル監督
「5時から7時までのクレオ」(1961)アニエス・ヴァルダ監督
「血とバラ」(1961)ロジェ・ヴァディム監督
「突然炎のごとく」(1961)フランソワ・トリュフォー監督
「わんぱく戦争」(1961) イブ・ロベール監督
「エヴァの匂い」(1962)  ジョセフ・ロージー監督
「シベールの日曜日」(1962) セルジュ・ブールギニオン監督
「地下室のメロディー」(1962) アンリ・ヴェルヌイユ監督
「捕らえられた伍長」(1962) ジャン・ルノワール監督
「ふくろうの河」(1962) ロベール・アンリコ監督
「冬の猿」(1962)  アンリ・ヴェルヌイユ監督
「いぬ」(1963) ジャン・ピエール・メルヴィル監督
「誘拐」(1963) アンドレ・カイアット監督
「小間使いの日記」(1964) ルイス・ブニュエル監督、フランス、イタリア
「幸福」(1965) アニエス・ヴァルダ監督
「男と女」(1966) クロード・ルルーシュ監督
「華氏451」(1966) フランソワ・トリュフォー監督
「戦争は終わった」(1966) アラン・レネ監督
「巴里は燃えているか」(1966) ルネ・クレマン監督
「奇襲戦隊」(1967)コスタ=ガブラス監督
「サムライ」(1967)ジャン=ピエール・メルヴィル監督
「パリのめぐり逢い」(1967)クロード・ルルーシュ監督
「冒険者たち」(1967)  ロベール・アンリコ監督
「まぼろしの市街戦」(1967) フィリップ・ド・ブロカ監督
「銀河」(1968) ルイス・ブニュエル監督
「黒衣の花嫁」(1968) フランソワ・トリュフォー監督
「さらば友よ」(1968) ジャン・エルマン監督
「影の軍隊」(1969)  ジャン・ピエール・メルヴィル監督
「ジェフ」(1969) ジャン・エルマン監督
「Z」(1969) コスタ・ガブラス監督、仏・アルジェリア
「愛のために死す」(1970) アンドレ・カイヤット監督
「クレールの膝」(1970) エリック・ロメール監督
「仁義」(1970) ジャン・ピエール・メルヴィル監督
「ブルジョワジーの密かな愉しみ」(1972)  ルイス・ブニュエル監督
「戒厳令」(1973)コスタ=ガブラス監督、フランス・イタリア
「パピヨン」(1973)フランクリン・J・シャフナー監督
「自由の幻想」(1974) ルイス・ブニュエル監督
「追想」(1975) ロベール・アンリコ監督
「欲望のあいまいな対象」(1977)  ルイス・ブニュエル監督、フランス・スペイン
「王と鳥」(1980) ポール・グリモー監督
「ディーバ」(1981) ジャン・ジャック・ベネックス監督
「最後の戦い」(1981) リュック・ベッソン監督
「ダントン」(1982) アンジェイ・ワイダ監督
「ボーイ・ミーツ・ガール」(1983) レオス・カラックス監督
「マルチニックの少年」(1983) ユーザン・パルシー監督
「田舎の日曜日」(1984) ベルトラン・タヴェルニエ監督
「スペシャリスト」(1984) パトリス・ルコント監督
「C階段」(1984) ジャン・シャルル・タケラ監督
「愛と宿命の泉」(1986) クロード・ベリ監督
「薔薇の名前」(1986) ジャン・ジャック・アノー監督
「緑の光線」(1986) エリック・ロメール監督
「汚れた血」(1986) レオス・カラックス監督
「ラウンド・ミッドナイト」(1986)  ベルトラン・タヴェルニエ監督
「悪霊」(1987) アンジェイ・ワイダ監督
「さよなら子供たち」(1987) ルイ・マル監督
「友だちの恋人」(1987) エリック・ロメール監督
「フランスの思い出」(1987) ジャン・ルー・ユベール監督
「グラン・ブルー」(1988) リュック・ベッソン監督
「サンドイッチの年」(1988) ピエール・ブートロン監督
「読書する女」(1988) ミシェル・ドビル監督
「五月のミル」(1989) ルイ・マル監督
「仕立て屋の恋」(1989) パトリス・ルコント監督
「ロシュアルドとジュリエット」(1989) コリーヌ・セロー監督
「髪結いの亭主」(1990) パトリス・ルコント監督
「キリクと魔女」(1990)ミッシェル・オスロ監督
「ニキータ」(1990)リュック・ベッソン監督
「マルセルの夏」(1990) イブ・ロベール監督
「アトランティス」(1991) リュック・ベッソン監督
「ウルガ」(1991) ニキータ・ミハルコフ監督
「デリカテッセン」(1991) ジャン・ピエール・ジュネ監督
「ポンヌフの恋人」(1991)  レオス・カラックス監督
「マルセルのお城」(1991)  イブ・ロベール監督
「愛人/ラマン」(1993)  ジャン・ジャック・アノー監督
「ジェルミナル」(1993)  クロード・ベリ監督
「トリコロール青の愛」(1993)  クシシュトフ・キェシロフスキ監督
「パリ空港の人々」(1993) フィリップ・リオレ監督
「イヴォンヌの香り」(1994) パトリス・ルコント監督
「記憶の扉」(1994) ジュゼッペ・トルナトーレ監督
「レオン」(1994) リュック・ベッソン監督
「レ・ミゼラブル」(1995) クロード・ルルーシュ監督
「ロスト・チルドレン」(1995) ジャン・ピエール・ジュネ監督
「パトリス・ルコントの大喝采」(1995)  パトリス・ルコント監督
「リディキュール」(1995) パトリス・ルコント監督
「アパートメント」(1995) ジル・ミモーニ監督
「猫が行方不明」(1996) セドリック・クラピッシュ
「パリのレストラン」(1996) ローラン・ベネギ監督
「ガッジョ・ディーロ」(1997) トニー・ガトリフ監督、フランス、ルーマニア
「ニノの空」(1997) マニュエル・ポワソエ監督
「キリクと魔女」(1998) ミッシェル・オスロ監督
「ショコラ」(2000)  ラッセ・ハレストレム監督
「アメリ」(2001) ジャン・ピエール・ジュネ監督
「女はみんな生きている」(2001) コリーヌ・セロー監督
「まぼろし」(2001) フランソワ・オゾン監督
「夕映えの道」(2001)  レネ・フェレ監督
「WATARIDORI」」(2001)  ジャック・クルーゾ&ミシェル・デバ
「月曜日に乾杯!」(2002) オタール・イオセリアーニ監督、フランス・イタリア
「小さな中国のお針子」(2002)  ダイ・シージエ監督
「トランスポーター」(2002)ルイ・レテリエ&コリー・ユン監督、仏・米
「ベルヴィル・ランデブー」(2002) シルヴァン・ショメ監督、仏・カナダ、ベルギー
「僕のスウィング」(2002) トニー・ガトリフ監督、日・仏
「ピエロの赤い鼻」(2003) ジャン・ベッケル監督
「ぼくセザール10歳半1m39cm」(2003) リシャール・ベリ監督
「あるいは裏切りという名の犬」(2004) オリヴィエ・マルシャル監督
「クレールの刺繍」(2004) エレオノール・フォーシェ監督
「コーラス」(2004) クリストフ・バラティエ監督、フランス・スイス・ドイツ
「スイミング・プール」(2004) フランソワ・オゾン監督
「みんな誰かの愛しい人」(2004) アニエス・ジャウィ監督
「ロング・エンゲージメント」(2004) ジャン・ピエール・ジュネ監督
「隠された記憶」(2005) ミヒャエル・ハネケ監督、フランス・オーストリア・ドイツ・イタリア
「皇帝ペンギン」(2005)  リュック・ジャケ監督
「サン・ジャックへの道」(2005)コリーヌ・セロー監督
「約束の旅路」(2005)ラデュ・ミヘイレアニュ監督
「アズールとアスマール」(2006)ミッシェル・オスロ監督
「トランシルヴァニア」(2006)トニー・ガトリフ監督
「モンテーニュ通りのカフェ」(2006)ダニエル・トンプソン監督
「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(2007)オリヴィエ・ダアン監督、フランス・他
「画家と庭師とカンパーニュ」(2007)ジャン・ベッケル監督
「潜水服は蝶の夢を見る」(2007)ジュリアン・シュナーベル監督、米・仏
「クリスマス・ストーリー」(2008)アルノー・デプレシャン監督
「幸せはシャンソニア劇場から」(2008)クリストフ・バラティエ監督、仏・独・チェコ
「セラフィーヌの庭」(2008)マルタン・プロヴォスト監督、仏・ベルギー・独
「夏時間の庭」(2008)オリヴィエ・アサイヤス監督
「パリ20区、僕たちのクラス」(2008)ローラン・カンテ監督
「愛について、ある土曜日の面会室」(2009)レア・フェネール監督
「オーケストラ!」(2009)ラデュ・ミヘイレアニュ監督
「イリュージョニスト」(2010)シルヴァン・ショメ監督、英・仏
「黄色い星の子供たち」(2010)ローズ・ボッシュ監督、フランス・ドイツ・ハンガリー
「さすらいの女神たち」(2010)マチュー・アマルリック監督
「サラの鍵」(2010)ジル・パケ=ブランネール監督
「屋根裏部屋のマリアたち」(2010)フィリップ・ル・ゲイ監督
「夜のとばりの物語」(2010)ミッシェル・オスロ監督
「アーティスト」(2011)ミシェル・アザナヴィシウス監督
「おとなのけんか」(2011)ロマン・ポランスキー監督、仏・独・ポーランド
「キリマンジャロの雪」(2011)ロベール・ゲディギャン監督
「最強のふたり」(2011)エリック・トレダノ、オリヴィエ・ナカシュ監督
「みんなで一緒に暮らしたら」(2011)ステファン・ロブラン監督、仏・独
「夜のとばりの物語 ―醒めない夢―」(2011)ミッシェル・オスロ監督
「スーサイド・ショップ」(2012)パトリス・ルコント監督、仏・ベルギー・カナダ
「世界の果ての通学路」(2012)パスカル・プリッソン監督
「もうひとりの息子」(2012)ロレーヌ・レヴィ監督
「ある過去の行方」(2013)アスガー・ファルハディ監督、仏・伊
「ぼくを探しに」(2013)シルヴァン・ショメ監督
「友よ、さらばと言おう」(2014)フレッド・カヴァイエ監督
「アヴリルと奇妙な世界」(2015)クリスティアン・デマール、他監督、仏・ベルギー・加
「ブルゴーニュで会いましょう」(2015)ジェローム・ル・メール監督、フランス
「ロング・ウェイ・ノース地球のてっぺん」(2015)レミ・シャイエ監督、仏・デンマーク
「顔たち、ところどころ」(2017)アニエス・ヴァルダ、JR監督
「シュヴァルの理想宮 ある郵便配達員の夢」(2018)ニルス・タヴェルニエ監督
「ディリリとパリの時間旅行」(2018)ミッシェル・オスロ監督、仏・独・ベルギー

 

2020年11月15日 (日)

「ブレッドウィナー」をより深く理解するために

「ブレッドウィナー」(2017) アイルランド・カナダ・ルクセンブルク ★★★★☆
監督:ノラ・トゥーミー
原作:デボラ・エリス
脚本:アニータ・ドロン
声優:サーラ・チャウドリー、ソーマ・バティア、ラーラ・サディク、シャイスタ・ラティーフ、カワ・アダ
   アリ・バドシャー、ヌーリン・グラムガウス

 イスラエルのユニークなアニメ「戦場でワルツを」(2008、アリ・フォルマン監督)を観た時、ついにアニメ界にも社会派アニメ、あるいはリアリズム・アニメと呼べる作品が出現したと驚いたものだ。レバノン戦争をイスラエル側から描いたという点では実写版の「レバノン」(2009)と並ぶ傑作だ(こちらはキャメラが一貫して戦車の中から出ないという、これまたユニークな設定の映画で、まれにみる迫真力で迫ってくる)。「戦場でワルツを」はまさに画期的なアニメだったが、他に社会問題と真摯に向き合ったアニメがなかったわけではない。老夫婦を通じて核戦争による放射能汚染の恐怖を描いたイギリスの傑作「風が吹くとき」(1986、ジミー・T・ムラカミ監督)、人種問題を描いた「アズールとアスマール」(2006、ミッシェル・オスロ監督)、そして父を探して旅に出た少年が見たディストピアを描いたブラジル製アニメ「父を探して」(2013、アレ・アブレウ監督)など。認知症で養護老人施設に入れられた老人を描いたスペインの「しわ」(2011、イグナシオ・フェレーラス監督)のような作品もあった。これにタリバン支配下のアフガニスタンを描いた「ブレッドウィナー」(2017)が加わった。まだまだ数は少ないが、この流れは今後着実に広まってゆくだろう。

 アフガニスタン戦争とタリバンの暴虐。これも先日取り上げたイギリス映画「オフィシャル・シークレット」(2018、ギャヴィン・フッド監督)と同じ9.11後の混乱、テロリズムへの反撃を旗印に掲げたアメリカ主導の強引な侵略戦争がもたらした泥沼状態を描いたものである。タリバンの厳格な原理主義が国民生活を圧迫し、男手がいないため少女が男の子に扮して家族の生活を支えるというのは「アフガン零年」(2003、セディク・バルマク監督)と全く同じ設定だ。これは衝撃的な作品だった。タリバンの無法ぶりに体中から怒りが噴出す思いで観た。神の名を語りながら、人道にもとる非情な振る舞いを平気で行う。アメリカの侵略も非道だが、タリバンも許せない。女の子であることが発覚したマリナは宗教裁判にかけられ、無理やりある老人の嫁にされてしまう。マリナを演じた少女は親を亡くし物乞いをしていたという。人類に進歩はないのか。怒りと虚無感に襲われたものだ。

 しかしこの映画を観て、タリバンの暴虐ぶりをイスラム教そのものと結びつけるのは早計である。たとえばイランはかつてミニスカートの女性がいたほど開放的な国だった。それがホメイニ革命で一変したのである。イスラム原理主義がはびこり実に窮屈な国になってしまった。その変化の前と後を描いたのがイランのマルジャン・サトラビが描いた自伝的漫画「ペルセポリス」である(アニメ化されたがそちらは観ていないので、原作の漫画を取り上げた)。窮屈な現体制に反発して大学生のヒロインはバクーニンの無政府主義に共感するというのだから、どれほど硬直した考え方がまかり通っていたか分かろうというもの。

 イラン関連でさらに2本の映画を取り上げたい。一つは「ブレッドウィナー」と同じく女性が男装する「オフサイド・ガールズ」。男装すると言っても「ブレッドウィナー」とはだいぶ事情は違う。イランでは女性はサッカー場に入れない。しかし女性でも熱心なサッカーファンはいるわけで、あと1勝すればワールドカップ出場が決まるという大事な試合をどうしても会場で観たい女性たちは男に変装して会場にもぐりこもうとする。しかし入口で女性とバレてしまい、拘束されて会場横に臨時に作られた柵の中に押し込められる。柵と言っても簡単に乗り越えられるものなので、数人の兵士が見張りに付いている。女性たちはどうして女はサッカー場に入れないのかと兵士たちに食って掛かる。兵士たちはそういう風に定められているからだとか、汚い言葉が飛び交うので女性はいかない方が良いとしか答えられない。もともと合理的な理由などないのだ。納得しない女性たちに詰め寄られてたじたじとなる兵士たち。サッカー場から女性を締め出すというのは理不尽ではあるが、タリバンのような残虐さはない。

 ここで強調しておくが、原理主義者の硬直した頑迷さという点ではキリスト教も同じなのだ。アメリカ映画に「風の遺産」(1960、スタンリー・クレイマー監督)という知られざる名作がある。これはある教員が高校で進化論を教えたために逮捕され裁判沙汰になったという、アメリカの歴史上有名なスコープス裁判(俗に猿裁判と呼ばれる)を真正面から描いた映画だ。キリスト教原理主義者は聖書の真実――天地創造、処女降臨、復活――を本質的真実だと考える。したがって人間は猿から進化したとする進化論の考え方は神への冒涜だと主張して譲らない。実に骨太な法廷劇で、弁護士にスペンサー・トレイシー、検事にフレデリック・マーチという共にオスカーを2度ずつ受賞した名優を配し、さらに弁護側支持の新聞記者にジーン・ケリーを起用している。

 もう1本紹介したいイラン映画は「サイクリスト」、「パンと植木鉢」などで知られるモフセン・マフマルバフ監督がアフガン難民の問題に鋭く迫った「カンダハール」(2001)である。米国の同時多発テロ発生直前に撮られた作品だ。内戦を逃れてカナダへ移住したアフガニスタン人女性ジャーナリストのもとにタリバン政権の拠点であるカンダハールに残してきた妹から悲痛な現状を嘆き自殺をほのめかす手紙が届く。姉はなんとしてでも妹を助け出そうと決死の覚悟でアフガニスタンに潜入する。「ブレッドウィナー」同様、アフガニスタン以外の国が作ったアフガニスタンの現状を描く映画だ。当事者でない国で映画が製作されることに疑問を感じる向きもあるだろう。おそらくこの問題は森と木の例えと似ている。当事者には木は見えるが、生きるのに精いっぱいで森全体を見る余裕はない。一方岡目八目という言葉があるように、他国の人びとには外側から見ているので森全体は比較的とらえやすい。だが、その一方で一本、一本の木はなかなか見えにくい。だから、それぞれの作品があっていいのだ。むしろ様々な視点から描かれる作品があってしかるべきである。一つの観点だけで一国の状況がすべてが描けるはずはない。一面的で偏った視点からしか物事を見ないからヘイトスピーチが起こるのだ。

 「カンダハール」はアフガニスタンの現状をイラン人の観点から描いたという点で注目に値する。欧米諸国では、物質文化が爛熟し、個人的な欲求の追求に視点が向きがちで、自分を越えた大きな社会的政治的問題の所在に気づきにくくなっている。一方、新進諸国では、文化や人々の意識は別の成熟の仕方をたどった。人々は自分を取り巻く大きな社会的矛盾の中で自分の問題をとらえざるを得ない。テーマや状況の深刻さ、葛藤の質と重みが違ってくる。うめき声や叫びに満ちているが、その中から自分や社会のありようを見つめ直そうとする真摯な姿勢や問いかけが現れてくる。悲劇的な結末を迎える作品もあるが、多くは決して悲観的ではなく、人間がこんなことであっていいのかという根源的な問いかけがなされている。社会の重圧感を描くと同時に、それらを跳ね返そうとする意志、苦しくても明るさをなくさず生き続けようとする姿勢、現実を押し返そうとする躍動感なども描き出されている。これらの国々の映画にわれわれが共感するのはそのためだ。

 アメリカ映画のようなCGを駆使した映画も見せ場満載のジェットコースター・ムービーはない。むしろゆったりとしたテンポで淡々と綴られる「観覧車ムービー」が多い。しかしアメリカ映画にはない独特の味わいと深刻な問題意識がある。2000年代に入り、「アマンドラ!希望の歌」(2002)、「ホテル・ルワンダ」(2004)、「母たちの村」(2004)、「約束の旅路」(2005)、「ナイロビの蜂」(2005)、「ロード・オブ・ウォー」(2005)、「ブラッド・ダイヤモンド」(2006)、「輝く夜明けに向かって」(2006)、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」(2006)などアフリカ映画やアフリカを舞台にした映画が続々と作られてきたのは、以上のことと無関係ではないだろう。

 2005年ごろからドキュメンタリー映画が目立って増えてきており、しかも劇映画をしのぐ力作が少なくないこともこのことと無関係ではないだろう。いずれも現実の矛盾の裂け目からにじみ出てきたような作品群である。劇映画が触れようとしない現実に光を当て、劇映画以上に深く切り込んでゆくドキュメンタリー映画が着実に地位を確保しつつある。

 これに関してもう一つ指摘しておきたい。2003年に少数民族を描いた映画が3本公開された。1本はニュージーランドのマオリに伝わる伝説を主題にした映画「クジラの島の少女」(2003、ニキ・カーロ監督)だ。族長の娘に生まれ、また伝説の英雄パイケアの名を受け継ぎながら、女だというだけで伝統を受け継ぐことを拒否された少女が主人公である。女の子ゆえの差別にもめげずに因習に立ち向かってゆくパイケアの姿勢が共感を誘う。パイケアを演じたケイシャ・キャッスル=ヒューズの、じっと前を見つめる黒い瞳がなんとも魅力的だ。2本目はアボリジニの少女たちが隔離施設を抜け出し家族のもとに帰るまでを描いたオーストラリア映画「裸足の1500マイル」(2002、フィリップ・ノイス監督)である。ヒロインたちの逃走を支えていたのは民族が伝えてきた知恵であり、差別に屈しない民族の誇だった。白人たちの根深い人種差別意識も鋭く抉り出されている(有名な白豪主義はオーストラリア版アパルトヘイトと言って良い)。もう1本はイヌイット語でイヌイットを描いた最初の映画「氷海の伝説」(2001、ザカリアス・クヌク監督)である。上映時間が3時間近くに及ぶ氷上の人間ドラマ、一大叙事詩である。氷しかない世界だが、人間さえいればドラマは生まれるのだということを教えられる。このように少数民族を描いた優れた映画がそろって日本で公開された2003年という年は、記念すべき年といえるだろう。これまで世界映画市場に無縁だった国や地域や民族の人たちが、自分たちの言葉と様式で語り始めた。これらの声に真摯に耳を傾ければ、私たちの世界を見る視野もきっと広がるだろう。

 誤解を避けるために付け加えておくが、欧米先進諸国や日本の映画に優れたものがないと言いたいわけではない。例えば、女が男の格好をすると言うことを取り上げてみれば、古い映画では男装の麗人という形で描かれることがほとんどだった[例えば「モロッコ」(1930)のマレーネ・ディートリッヒ]。しかし近年はLGBTQ関連の映画が多く作られている(男が女装するケースが多いが)。例えば、「蜘蛛女のキス」(1985、ヘクトール・バベンコ監督)、ジュリアン・ジャロルド監督の「キンキー・ブーツ」(2005)、犬童一心監督の「メゾン・ド・ヒミコ」(2005)、「トランスアメリカ」(2005、ダンカン・タッカー監督)、あるいは先進国映画ではないがフィリピン映画「ダイ・ビューティフル」(2016、ジュン・ロブレス・ラナ監督)など。いずれもこの問題に真摯に向き合っている優れた映画である。「トランスアメリカ」は性転換手術を目前に控えた中年男性が、まだ若い頃付き合っていた女性との間に息子がいると知らされ、やむを得ない事情でその息子を引き取りにアメリカを横断する旅に出るという映画だ。その時父親はすでにブリーという女性名を名乗りおばさんの姿をしていた。ブリーは自分が父親であることを隠し、ただ青年を迎えに来た親切なおばさんと名乗った。彼(女)は息子との旅を通じて、自分が元は男であること、そして彼の父親であることという二つの秘密を息子と共有し、ともに乗り越えてゆくのである。「トランスアメリカ」というタイトルにはアメリカ横断という意味の他に「トランス・ジェンダー」という意味が込められている。さらに言えば、女性に性転換した中年男性を女優が演じているのである。二重のひねりが加えられている。

 系譜をたどるのはこの辺にして、作品の内容に少し触れておこう。「ブレッドウィナー」は映画館で観た。DVDで観た時のようにメモが取れないので、内容の細かいところはだいぶ忘れている(鑑賞日は10月27日)。そこで原作の翻訳を代わりに引用したりすることになるが、お許しいただきたい。映画の冒頭の辺り、街頭でパヴァーナとその父が座ってわずかばかりの物を売り、字の読めない人たちの代わりに手紙を代読(代筆もしているようだ)する商売をしている場面がある。ちなみに、代読屋といえば、中南米映画を代表する名作、ブラジル映画「セントラル・ステーション」(1998、ヴァルテル・サレス監督)が思い浮かぶ。こちらのヒロインは元教員で、字の書けない人の代わりに手紙を書く代筆屋である。このような職業が成り立つこと自体、どちらの国にも字の読み書きができない人が多数いることが暗示されている。

 また話が脱線してしまったので元に戻そう。座りながら二人はいろいろ話をしている。その中でアフガニスタンが長年外国の侵略にさらされてきたことが語られる。映画と同じではないだろうが、重要なことなので翻訳本から引用しておく。

 歴史、とくにアフガニスタンの歴史は、パヴァ―ナの大好きな科目だ。アフガニスタンには、古代からさまざまな民族がやって来た。四千年前にはペルシア人、その後アレキサンダー大王、ギリシャ人、アラブ人、トルコ人、イギリス人とつづき、最後にやってきたのがソ連だ。なかでも十四世紀、サマルカンドから攻めてきた征服者ティムールは、敵の頭を切り落とし、果物屋のメロンのように高く積み上げたという。これらの人びとはみな、パヴァーナの美しい国をうばおうとやってきた。そしてアフガン人は、それらを全部追い出したのだ!
 しかし今、この国はタリバン兵によって支配されている。かれらはアフガン人だが、生活についてとても厳しい規制を押し付けてくる。

 ここには決して外敵に屈しなかったアフガン人の民族的誇りが語られている。しかし皮肉なことに今国を支配しているのは内なる敵だった。ここにこの映画の重要な主題が描き出されている。自分たちの生活を脅かす者たちに決して屈しないというヒロインの誇りと、しかし抗いがたい暴虐で人々を押さえつけているタリバンの理不尽なまでの抑圧機構の恐怖である。パヴァーナの芯の強さはこの誇りを引き継いでいるが、もう一つ重要なのは両親の教養と物語る能力を受け継いでいることである。両親は英語を話し、父はイギリスの大学で勉強をした事もある。西洋の知識を持っていることがタリバンの押し付けてくる理不尽な抑圧に反発する原動力の一つになっている。もちろんイギリスは帝国主義者として乗り込んできたわけだが、イギリス人から学んだ知識がタリバンの論理に屈しない力を与えているとも考えられるのだ。

 また余談になるが、シャーロック・ホームズの盟友ワトソンは最初に登場した時アフガン帰りだと明記されている。彼はアフガンに軍医として従軍し、負傷してイギリスに送還されてきたのである。軍医であったとはいえ、彼も大英帝国による植民地政策の一翼を担っていたことは記憶しておくべきである。

 また「ブレッドウィナー」に戻ろう。アニメ版は最初の辺りは原作とほぼ重なっているが、4分の1も過ぎたあたりからだいぶ違ってくる。原作では墓場に爆弾が落ちて昔埋められた死者の骨が地面に突き出ているのをパヴァーナとショーツィアが掘り出す場面(それを仲買人に渡すと良い金になる)や、ぎっしりと人で埋まったサッカーの競技場で泥棒をした男たちの手をタリバン兵がこれ見よがしに切り落として見せる場面など、残虐な場面が描かれている。児童文学として書かれているせいか、「アフガン零年」を観た時ほどの衝撃や怒りを感じないが、アニメではカットされている。

 アニメでも描かれているが違う使いかたをされているのは手紙を読んでくれと頼んでくるタリバン兵 のエピソードだ(原作には「タリバン兵は、たいてい字が読めないんだから」という記述がある)。それは妻の叔母に当たる人が彼の妻あてに書いた古い手紙だった。手紙の内容を聞いた彼は涙をひとつぶ流す。彼の妻はすでに死んでいたのだ。涙を流したこのタリバン兵のことがしばらくパヴァーナの心に引っかかっている。タリバンにも自分たちと同じ感情があるのか。彼女が初めてそういう疑問を感じた場面である。原作では短いエピソードとして一度出て来るだけだが、このタリバン兵は映画では終盤近くでもう一度登場し、重要な役割を果たすことになる。

 アニメ版では原作のかなりの部分を割愛せざるを得なかったが、代わって取り入れたのは劇中劇のような形で描かれる物語である。パヴァーナが小さな弟に語って聞かせる物語だが、少年が象の怪物に奪われた種を取り戻そうとする冒険譚である。つまり、アニメはタリバン勢力による支配の恐怖を盛りだくさんに描くことではなく、物語の持つ力、言葉の力、自由に想像する力を描くことを選んだ。その物語の主人公は地雷を踏んで死んでしまった彼女の兄スレイマンである。この物語にはミッシェル・オスロ監督の「キリクと魔女」(1998)を思わせるプリミティヴな力がある。物語る能力はパヴァーナが父から受け継いだものである。それがまたパヴァーナを通じて弟に受け継がれてゆく。そしてこの物語が時につらい現実にめげそうになるパヴァーナに力を与えているのだ。

 突然だがここで2本の映画を紹介したい。「ココシリ」「エレジー」である。チベットカモシカの密猟を食い止めようと奮闘する山岳パトロール隊を描いた中国映画「ココシリ」(2004、ルー・チュ-アン監督)が山岳パトロール隊側から見た映画だとすれば、密輸グループの悲惨な末路を描いたトルコ映画「エレジー」(1971、ユルマズ・ギュネイ監督)は密輸団側から描いた映画だと言える。生きんがために密輸に手を染める「悪党」たち。しかしどこか憎めない。彼らとて生きていかなければならない。「人間性を失うギリギリのところまで追い詰められ」、生活のために一線を越えた男たち。そこにはイラン映画「酔っ払った馬の時間」(2000、バフマン・ゴバディ監督)に描かれた、イランとイラクの国境地帯で密輸をして生活を立てているクルド族の人々と重なるものがある。あるいは、アメリカ映画「ロード・オブ・ウォー」(2005、アンドリュー・ニコル監督)で不時着した飛行機があっという間に村人たちによって解体され、使えるものはすべて持ち去られるシーンを思い浮かべてもいい(「骨」だけになった飛行機の残骸は「ココシリ」に出てくる骨だけになったカモシカの死骸を連想させる)。ここではむしろ虐げられた貧しい人たちの「たくましい生活力」が肯定的に描かれている。

 この文脈でとらえ直せば、「ブレッドウィナー」は「人間性を失うギリギリのところまで追い詰められ」、生活のために一線を越えた女の子が男に成りすまして家族の生活を支える映画だと言い換えても良いだろう。この映画が観客に与えるインパクトは根本的にはこの極限状態とその中で生きるために大きな決意をした女の子のひたむきに生きようとする活力から来ていると言っていい。衝撃度は「アフガン零年」に劣るが、ファンタジー的要素を残しながらリアリズムを追求したアニメとして「ブレッドウィナー」は長く記憶するに値する作品だと思う。

 原作のデボラ・エリス著『生きのびるために』(さ・え・ら書房)については多くの人が紹介しているので省略する。ここでは「ブレッドウィナー」を制作したアイルランドのアニメスタジオ“カートゥーン・サルーン”について簡単に触れておきたい。「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(2014)を観たのは2017年だった。翌2018年には「ブレンダンとケルズの秘密」(2009)を観た。三部作の最終作「ウルフウォーカー」(2020)はつい先日、11月11日に観た。三部作の中では何といっても最初に観た「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」の印象が強い。初めて観るケルト系アニメ。アイルランドのケルト系音楽は大好きで数百枚持っているが(「ゴブリンのこれがおすすめ38」を参照)、アイルランドのアニメを観るのは初めてだった。その魅力は何といってもあの独特のケルト的意匠だ。「イギリス小説を読む⑧ イギリスとファンタジーの伝統」で書いたが、イギリスが世界一のファンタジー大国になったのはケルト文化の影響が大きいと思っている。アイルランド、スコットランド、ウェールズ、アーサー王伝説が色濃く残っているイングランドのコーンウォール地方(アーサー王はアングロ・サクソン系ではなくケルト人である)、フランスのブルターニュ地方などにケルト文化が残っている。アイリッシュ・トラッド/ケルト・ミュージックでいえばスペインやカナダの一部にも伝統が残っている。イギリスのファンタジーによく登場する妖精(日本の妖怪に近い)はケルト文化の深い影響を受けている。ケルトの深い森には妖精たちがいつひょいっと姿を現しても不思議でない雰囲気が漂っているのだ。

 もう一つ特筆すべきなのはあの独特のケルト文様である(ケルト十字架の形も独特だ)。あの幾何学的で複雑な文様。他のどこにもない全く独自の物で、いくら眺めても飽きない。このケルト独特の意匠と並ぶのは他にロシアの衣装(意匠)くらいしか思い浮かばない(『ビリービンとロシア絵本の黄金時代』、東京美術をぜひ参照してほしい)。ソ連の古典的アニメ「雪の女王」や「森は生きている」などにもその片鱗が表れている。“カートゥーン・サルーン”は今後どんな作品を生んでゆくのだろうか。19世紀の末にイェーツなどを中心にアイルランド文芸復興運動がおこるが、同時に民話や神話や伝説の掘り起こしと記録を進める運動も起こった。つまり素材は豊富にあるわけだ。これらの素材にどう新しい命を吹き込むのか、あるいは「ブレッドウィナー」のように新しい世界を開拓してゆくのか。これからが楽しみだ。

 最後にもう一度原作に戻ろう。原作のラストはパヴァーナとショーツィアとの別れの場面。2人は20年後の春分の日に再開することを誓い合う。パヴァーナが「どこで?」と聞くとショーツィアは「パリのエッフェル塔のてっぺんよ!」と答える。ショーツィアと別れた後、パヴァーナは一人思いにふける。「二十年。その二十年の間に、いったいなにが待ち受けているのだろう。自分は、まだアフガニスタンにいるだろうか?この国に平和がやってきて、自分は学校にかよい、仕事を持ち、結婚することができるだろうか?」原作が出版されたのは2000年だ。その時は予想もしていなかっただろうが、翌年の9月11日にアメリカであの同時多発テロが起きる。10月には対テロ戦争と称してアメリカなどによるアフガニスタンへの空爆が始まる。以後アフガン紛争はもつれにもつれて、いまだに終結を見ない。そのような状況のもと、2019年の12月に映画版「ブレッドウィナー」が日本で公開された。僕が見たのは2020年である。つまり今年がその20年後なのだ。この20年の間に、パヴァーナが願った事柄のうち一体どれだけが実現されたのだろうか。正直あの二人がパリのエッフェル塔のてっぺんで出会えるとは思えないのが悲しい。そう想いを馳せた時、この現実の重みがわれわれの肩にずっしりと食い込んでくる。

【おまけ 2010年以降のおすすめアニメ】
「ウルフウォーカー」(2020)トム・ムーア、ロス・スチュワート監督、アイルランド・他
「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019)片渕須直監督、日本
「ディリリとパリの時間旅行」(2018)ミッシェル・オスロ監督、仏・独・ベルギー
「ペンギン・ハイウェイ」(2018)石田祐康監督、日本
「ブレッドウィナー」(2017)ノラ・トゥーミー監督、アイルランド・カナダ・ルクセンブルク
「メアリと魔女の花」(2017)米林宏昌監督、日本
「夜明け告げるルーのうた」(2017)湯浅政明監督、日本
「リメンバー・ミー」(2017)リー・アンクリッチ監督、アメリカ
「エセルとアーネスト ふたりの物語」(2016)ロジャー・メインウッド監督、英・他
「この世界の片隅に」(2016)片渕須直監督、日本
「アヴリルと奇妙な世界」(2015)クリスティアン・デマール、他監督、仏・ベルギー・加
「ロング・ウェイ・ノース地球のてっぺん」(2015)レミ・シャイエ監督、仏・デンマーク
「思い出のマーニー」(2014)米林宏昌監督、日本
「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」(2014)トム・ムーア監督、アイルランド、他
「かぐや姫の物語」(2013)高畑勲監督、日本
「父を探して」(2013)アレ・アブレウ監督、ブラジル
「しわ」(2011)イグナシオ・フェレーラス監督、スペイン
「メリダとおそろしの森」(2012)マーク・アンドリュース、他監督、米
「おおかみこどもの雨と雪」(2012)細田守監督、日本
「夜のとばりの物語 ―醒めない夢―」(2011)ミッシェル・オスロ監督、フランス
「夜のとばりの物語」(2010)ミッシェル・オスロ監督、フランス

 

2020年11月 2日 (月)

ショーン・コネリー追悼

 つい2日前の10月31日にショーン・コネリーが亡くなった。好きな俳優だったのでここに謹んで哀悼の意を表し、彼についての思い出を語ろうと思う。僕らの世代ではショーン・コネリー(1930年~2020年)と聞いてまず思い浮かべるのは007シリーズだろう。イギリスを代表するシリーズもので、いまだにボンド役を替えて続いている。末尾のベスト・テンにも2本入れているが、正直このシリーズは大して好きではない。当時絶大な人気で、次のボンドガールは誰だそうだとよく話題になっていたが、僕自身は特に強く関心を持ったことはない。正直どれも同じ感じで、映画日記を観ないとどれを観てどれを観ていないかも判然としない。それに何といってもショーン・コネリーの、颯爽とはしているものの、脂ぎったどや顔はあまり好きになれなかった。そういえば数千枚あるDVDコレクションの中に007物は1枚もない(ショーン・コネリー版以外も含めて)。それでも歴代のボンド役で誰が一番かと問われれば、迷うことなくショーン・コネリーと答えるだろう。僕にとって、いや僕らの世代にとってと言わせてもらおう、ショーン・コネリー以外のジェームズ・ボンドはすべて彼の代役に過ぎない。それくらい圧倒的な存在感があったことは確かだ。

 007時代では「男の闘い」がダントツで優れている。名優リチャード・ハリスとの丁々発止のやり取りが見事で、初期の最高傑作だと思う。その後70年代から80年代半ばまで長い低迷期が続く。渋みが増し、味のある役者として第一線に復帰してきたと感じたのは1986年の「薔薇の名前」だ。堂々たる存在感で、名優の風格が漂っていた。役者として見た場合、これ以降の作品に代表作が集中している。もちろん重厚な役だけではなく飄々とした役もこなす。「薔薇の名前」以降では「アンタッチャブル」、「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」と「小説家を見つけたら」が特に良い。

 しかし作品年表を見てみると、90年代以降はそれ程突出して優れたものはあまりない。良い役者なのだが、どうも今一つ作品に恵まれていない気がする。こうやって振り返ってみると、80年代半ばから90年代半ばまでが役者として一番充実していた時期かもしれない。

 僕はあくまで作品中心に考えるので、監督にしろ俳優にしろ個人のパーソナルなことには一切関心がない。だから彼の死亡記事を見て、あれこれ調べて初めて彼がスコットランド出身だと言うことを知った。スコットランド人としてのプライドも高く、ジェームズ・ボンドもスコットランド出身にしてスコットランドのアクセント(訛り)を直さなかったという。う~ん、ボンドがスコットランド出身とは知らなかった。そういえばショーンはアイルランド系の名前だ(英語のジョンに当たる)。どうして気が付かなかったのか、われながら情ない。まあアクセントについては、当時のテレビでの映画放送はほとんど吹替だったから気づきようもなかったわけだが、たとえ字幕版だったとしても気づいたかどうか。

 それはともかく今晩はショーン・コネリーを偲んで「アンタッチャブル」でも観てみよう。

【ショーン・コネリー マイ・ベスト・テン】
「007/ロシアより愛をこめて」(1963) テレンス・ヤング監督、イギリス
「007/ゴールドフィンガー」(1964) ガイ・ハミルトン監督、イギリス
「男の闘い」(1969) マーティン・リット監督、アメリカ
「薔薇の名前」(1986) ジャン=ジャック・アノー監督、仏・西独・伊
「アンタッチャブル」(1987) ブライアン・デ・パルマ監督、アメリカ
「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」(1989) スティーヴン・スピルバーグ監督、アメリカ
「レッド・オクトーバーを追え」(1990) ジョン・マクティアナン監督、アメリカ
「理由」(1995) アーネ・グリムシャー監督、アメリカ
「ザ・ロック」(1996) マイケル・ベイ監督、アメリカ
「小説家を見つけたら」(2000) ガス・ヴァン・サント監督、アメリカ

 

 

2020年10月31日 (土)

これから観たい&おすすめ映画・BD(20年11月)

【新作映画】公開日
10月16日
 「薬の神じゃない」(ウェン・ムーイエ監督、中国)
10月17日
 「靴ひも」(ヤコブ・ゴールドヴァッサー監督、イスラエル)
 「アイヌモシリ」(福永壮志監督、日本)
10月23日
 「キーパー ある兵士の奇跡」(マルクス・H・ローゼンミュラー監督、イギリス・ドイツ)
 「朝が来る」(河瀨直美監督、日本)
 「おもかげ」(ロドリゴ・ソロゴイェン監督、スペイン・フランス)
 「スタートアップ!」(チェ・ジョンヨル監督、韓国)
 「ストレイ・ドッグ」(カリン・クサマ監督、アメリカ)
 「空に住む」(青山真治監督、日本)
10月30日
 「パピチャ 未来へのランウェイ」(ムニア・メドゥール監督、フランス・アルジェリア・他)
 「罪の声」(土井裕泰監督、日本)
 「ウルフウォーカー」(トム・ムーア、ロス・スチュアート監督、アイルランド・ルクセンブルク)
10月31日
 「私たちの青春、台湾」(フー・ユー監督、台湾)
11月6日
 「461個のおべんとう」(兼重淳監督、日本)
 「ジオラマボーイ・パノラマガール」(瀬田なつき監督、日本)
 「ビューティフル・ドリーマー」(本広克行監督、日本)
 「ストックホルム・ケース」(ロバート・パドロー監督、カナダ・スウェーデン)
 「おらおらでひとりいぐも」(沖田修一監督、日本)
11月13日
 「ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒」(クリス・バトラー監督、アメリカ)
 「詩人の恋」(キム・ヤンヒ監督、韓国)
 「THE CAVE サッカー少年救出までの18日間」(トム・ウォーラー監督、タイ・アイルランド)
 「さくら」(矢崎仁司監督、日本)
 「ドクター・デスの遺産—BLACK FILE-」(深川栄洋監督、日本)
 「シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!」(アレクシス・ミシャリク監督、フランス)
11月14日
 「国葬」(セルゲイ・ロズニツァ監督、オランダ・リトアニア)
 「粛清裁判」(セルゲイ・ロズニツァ監督、ロシア・オランダ)
 「アウステルリッツ」(セルゲイ・ロズニツァ監督、ドイツ)
11月20日
 「泣く子はいねぇが」(佐藤快磨監督、日本)
 「ホモ・サピエンスの涙」(ロイ・アンダーソン監督、スウェーデン・ドイツ・ノルウェー)
 「エイブのキッチンストーリー」(フェルナンド・グロスタイン・アンドラーデ監督、米・ブラジル)
 「滑走路」(大庭功睦監督、日本)
 「ばるぼら」(手塚眞監督、日・独・英)

【新作DVD・BD】レンタル開始日
10月21日
 「カラー・アウト・オブ・スペース――遭遇――」(リチャード・スタンリー監督、ポルトガル、他)
11月3日
 「リンドグレーン」(ベアニル・フィッシャー・クリステンセン監督、スウェーデン・デンマーク)
11月4日
 「ANNA / アナ」(リュック・ベッソン監督、フランス・アメリカ)
 「最高の花婿 アンコール」(フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督、フランス)
 「デッド・ドント・ダイ」(ジム・ジャームッシュ監督、スウェーデン・アメリカ)
 「ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち」(キム・グエン監督、米)
11月6日
 「悪人伝」(イ・ウォンテ監督、韓国)
 「15年後のラブソング」(ジェシー・ベレッツ監督、米・英)
 「ハリエット」(ケイシー・レモンズ監督、アメリカ)
 「ポップスター」(ブラディ・コーベット監督、アメリカ)
 「ライブリポート」(スティーヴン・C・ミラー監督、イギリス・アメリカ)
 「Fukushima 50」(若松節朗監督、日本)
11月20日
 「ワイルド・ローズ」(トム・ハーパー監督、イギリス)
 「SHADOW / 影武者」(チャン・イーモウ監督、中国)
 「追龍」(バリー・ウォン監督、中国・香港)
12月2日
 「イップ・マン 完結」(ウィルソン・イップ監督、香港)
 「お名前はアドルフ?」(セーンケ・ヴォルトマン監督、ドイツ)
 「きっと・またあえる」(ニテーシュ・ティワーリー監督、インド)
 「権力に告ぐ」(チョン・ジヨン監督、韓国)
 「コリーニ事件」(マルコ・クロイツパイントナー監督、ドイツ)
 「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」(テリー・ギリアム監督、英・仏・スペイン・ベルギー・他)
 「やっぱり契約破棄していいですか!?」(トム・エドモンズ監督、イギリス)
 「ルース・エドガー」(ジュリアス・オナー監督、アメリカ)
 「レイニデイ・イン・ニューヨーク」(ウディ・アレン監督、アメリカ)
 「水曜日が消えた」(吉野耕平監督、日本)
 「ステップ」(飯塚健監督、日本)
 「のぼる小寺さん」(古厨智之監督、日本)
 「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」(レミ・シャイエ監督、デンマーク)
12月4日
 「ディック・ロングはなぜ死んだのか」(ダニエル・シャイナート監督、アメリカ)
 「レ・ミゼラブル」(ラジ・リ監督、フランス)

【旧作DVD・BD】発売日
10月30日
 「愛の奇跡」(1966、ジョン・カサヴェテス監督、アメリカ)
11月6日
 「ゴースト/ニューヨークの幻」(1990、ジェリー・ザッカー監督、アメリカ)
 「スパルタカス」(1960、スタンリ-・キューブリック監督、アメリカ)
11月11日
 「リバー・ランズ・スルー・イット」(1992、ロバート・レッドフォード監督、アメリカ)
11月18日
 「ラストエンペラー」(1987、ベルナルド・ベルトルッチ監督、伊・英・中国)
 「海の上のピアニスト」(1999、ジュゼッペ・トルナトーレ監督、アメリカ・イタリア)
11月20日
 「SHADOW / 影武者」(チャン・イーモウ監督、中国)
11月27日
 「マルグリット・デュラス Blu-ray BOX」(1974-79、マルグリット・デュラス監督、フランス)
 収録作品:「インディア・ソング」「パクステル・ヴェラ・パクステル」「トラック」「商船ナイト号」
12月2日
 「フルメタル・ジャケット」(1987、スタンリー・キューブリック監督、アメリカ)
 「ローマの休日」(1953、ウィリアム・ワイラー監督、アメリカ)

*色がついているのは特に注目している作品です。

 

2020年10月18日 (日)

「オフィシャル・シークレット」を理解するために

「オフィシャル・シークレット」(2018)イギリス ★★★★☆
 監督:ギャヴィン・フッド
 脚本:サラ・バーンスタイン、グレゴリー・バーンスタイン、ギャヴィン・フッド
 撮影監督:フロリアン・ホーフマイスター
 出演:キーラ・ナイトレイ、マット・スミス、マシュー・グード、リス・エヴァンス
   アダム・バクリ、レイフ・ファインズ、コンリース・ヒル、インディラ・バルマ
   ジェレミー・ノーサム、ジョン・ヘファーナン、マイアンナ・バーリング
   ハティ・モラハン

 先日上田の映画館で「オフィシャル・シークレット」を観た。期待以上の力作だった。国家機密の内部告発という点では「シチズンフォー スノーデンの暴露」(2014)に通じる映画だが、映画の出来は「オフィシャル・シークレット」の方がはるかに上だ(もう1本の「スノーデン」は未見)。むしろこの映画は告発者自身だけではなく、新聞記者の闘いも描かれているので、「ペンタゴン・ペーパーズ」(2017)、「スポットライト 世紀のスクープ」(2015)、古くは「大統領の陰謀」(1976)や「カンバセーション盗聴」(1974)の系譜ともつながっている。さらには「グッドナイト&グッドラック」(2005)、「ココシリ」(2004)、「サルバドル 遥かなる日々」(1986)などを思い浮かべても良いだろう。この手の映画はアメリカに秀作が多いが、イギリス映画では極めて珍しい。そういう意味でも貴重だし、映画としてもすぐれていると思った。ただし、植民地問題を描いた作品に関していえばイギリス映画に傑作は多い。「おじいさんと草原の小学校」(2010)、「麦の穂をゆらす風」(2006)、「遠い夜明け」(1987)、「ワールド・アパート」(1987)、「ミッション」(1986)、「ズール戦争」(1963)など。アパルトヘイト問題に関してはアメリカにも「アマンドラ!希望の歌」(2002)、「白く渇いた季節」(1989、「マルチニックの少年」のユーザン・パルシー監督)という傑作がある。

 政治映画という系譜で見ると、「ヴェロニカ・ゲリン」(2003)、「マイケル・コリンズ」(1996)、「フロスト×ニクソン」(2008)、「ボビー」(2006)、「ミッシング」(1982)、「1987、ある闘いの真実」(2017)、「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」(2017)、「大統領の理髪師」(2004)、「光州5・18」(2007)、「Z」(1969)などともつながってくる。最近は韓国映画に力作が多い。こうやって並べてみると、もはや「スミス都へ行く」(1939)の牧歌的世界ははるか遠い昔話のように思えてくる。もう1本、タイトルも似ている映画にアルゼンチンの名作「オフィシャル・ストーリー」(1985)がある。こちらは一人の女性歴史教師が軍事独裁政権による反体制派虐殺という真実を突き止めるという作品。岩波ホールで観たが、中南米映画を代表する傑作だ。

 これらの一連の作品と比べると日本映画のこの分野での貧弱さは隠しようもない。「新聞記者」(2019)は期待外れだったし、「記憶にございません!」(2019)はさすがに良く出来ているが、コメディ・タッチの映画である(風刺はちょっとした味付け程度)。他に思い当たるのは「東京原発」(2004)や「金融腐食列島 呪縛」(1999)ぐらいか。1950年代から60年代にかけて作られた独立プロの作品以来、日本では政治的テーマを扱うこと自体がほとんどタブーになっている感がある。むしろ原発問題を抉り出した鎌仲ひとみ監督の「ミツバチの羽音と地球の回転」(2010)や「六ヶ所村ラプソディー」(2006)のように、ドキュメンタリーの方に傑作が多いというのが実感である。

 系譜をたどるのはこの辺にして、「オフィシャル・シークレット」に描かれたイギリスの政治的状況を次に押さえておきたい。最近非常に注目されているライターであるブレイディみかこ氏が『ザ・レフト UK左翼セレブ列伝』(Pヴァイン)の中でケン・ローチ監督を最初に取り上げていて、彼の政治的原点について次のように書いている。

終戦直後の空襲の焼け跡に立った英国の庶民たちが、戦前の「貧者がスラムという檻の中で切り捨てられた社会」に戻ることを拒み、「淫らなまでに格差が広がった社会」にNOを突きつけた結果が、「ゆりかごから墓場まで」の社会福祉国家の建設だったのである。(p.22)

このドキュメンタリー(注:「ザ・スピリット・オブ・45」)を見てわたしが驚いたのは、サッチャ-以降の英国の政権が、いかにこの1945年の民衆のスピリットを歴史から葬り去ろうとしてきたかということだ。(p.22)

「サッチャーの真の息子」と言われたトニー・ブレアの労働党も、戦後英国の起点であったはずの1945年のスピリットを無かったことにしたのである。(p.23)

 この3カ所の引用文に「オフィシャル・シークレット」の歴史的背景が要約されている。「サッチャーの時代とイギリス映画①」という記事の中でも同じことを書いているので少し補っておこう。世界で最初に産業革命を起こし、最初の工業国家となったイギリスは、この国力を生かして19世紀後半には大英帝国として世界各地に植民地を持つほどの大国となった。しかしイギリスを含むヨーロッパは第一次世界大戦と第二次世界大戦の直接の戦場となり、国土は荒廃し人々の生活は疲弊していた。そんな荒廃の中から生まれたのが、労働党が作り上げた「ゆりかごから墓場まで」という標語で知られる社会福祉国家である。しかしその後イギリスは「英国病」と呼ばれる不況に陥り、右肩下がりの長期低落傾向から抜け出せずにいた。

 そこに登場したのが保守党のサッチャー政権である。イギリス最初の女性首相で「鉄の女」と呼ばれた彼女は、福祉国家こそが経済停滞の主要原因だと主張し、イギリスを市場経済中心の競争社会に作り変えた。サッチャーにとっての人間の美徳は自助、独立の精神、努力、簡約、勤勉などであり、福祉政策は人々に国家に頼る体質を植えつけ、労働意欲をそいでいると批判した。そして社会保障をどんどん削ってゆき、国営企業の民営化を進めた。「自助」というキーワードが象徴的だ。「自助」とはまさにサッチャーが唱えたスローガンだった。安倍政権とその後を継いだ菅政権が目指しているのはまさにこのサッチャー路線なのである。これからは税金を国民の生活を支えることに使うことはどんどん減らしてゆくから政府を頼るな、自分のことは自分で何とかしろ。こういう方向に政治を転換させた。一億総中流なんてついこないだまで言っていたが、いまや日本は低所得者層が激増し、格差社会になってしまった。「自助」が金科玉条のように大手をふるってのさばってくると、生活保護を受けるという憲法で保障された当然の権利がまるでずるをしているように言われるようになる。そんなとんでもない国に日本はなってしまったのである。

 サッチャーによる荒療治でイギリスは表面上確かに豊かになったが、その一方でアメリカ的な消費生活が急速に拡大し、金の有無だけがその人間関係を決定する社会に変貌していった。競争意識が高まることによって経済は好転したが、極端な上昇志向や拝金主義が蔓延し、弱者は切り捨てられることになった。サッチャー時代の自助努力による立身出世というイデオロギーは、上昇志向の個人が他人を踏みにじって這いあがろうとする風潮を生み、そのあおりでかつてのコミュニティという人のつながりは解体されてゆく。這い上がる余地のない失業者や社会の最底辺にいる者たちは、出口のない閉塞した社会の中に捕らわれて抜け出せない。社会が人々を外から蝕み、酒とドラッグが中から蝕(むしば)んでゆく。競争社会+自助=弱肉強食の非情な世界。つまりそういうことだ。サッチャーの敷いた路線がイギリスをどのように変質させてしまったかを圧倒的なリアリティで描いたのが「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016)と「家族を想うとき」(2019)というケン・ローチ監督の2本の映画である。そこに描かれていたのはかつて世界に冠たる福祉国家であったイギリスの成れの果てである。イギリスは今やこんなに国民に冷たい国家に成り下がってしまったのか。観客は驚愕し、唖然とせずにいられない。

 新型コロナウィルスの感染拡大で封鎖された武漢市で暮らす作家の方方がブログで書き続けた60日間の日記をまとめた『武漢日記』(河出書房新社、1600円)が日本で出版されたが、その中で彼女は「国の文明度を測る唯一の基準は『弱者に対してどういう態度をとるか』だ」と書いている。世界中に広まったコロナウィルスは、医療制度や社会保障制度等が充実していない発展途上国ばかりではなく、ヨーロッパやアメリカなどの先進国でも猛威を振るった。日本を含む先進国がそろって進めてきたのは、国民生活の基盤である社会保障制度を掘り崩し、効率一辺倒の競争社会に作り替えることだった。そんな新自由主義路線の危うさが皮肉なことにコロナウィルスによって露わになったのである。今まさに問われているのは、「弱者に対してどういう態度をとるか」という問題なのだ。

 さて、もう一度焦点をイギリスに戻そう。80年代以降(サッチャーは79年から90年まで政権を維持したので、80年代はまるまるサッチャーの時代だった)イギリスはリトル・アメリカと化したのである。サッチャーの後を継いだメージャー首相(名前に反して全くマイナーな存在だった)に代わって政権を取ったのは労働党のトニー・ブレアである。ブレア首相は「ニュー・レイバー」を掲げて若々しくさっそうと登場したが、すぐ化けの皮ははがれた。保守党から労働党に替わったが、結局彼はサッチャー路線を根本的には変えられなかった。いや彼だけではない、今に至るまでイギリスはサッチャー路線から抜け出せていない。輝いていたかに見えたブレア首相の新しい路線という仮面がボロボロになって剥げ落ち、文字通り地に堕ちたのはイギリスがアメリカと並んでイラク侵攻に参加した時である。大英帝国の栄光は遠い昔の記憶となり、イギリスは今やアメリカの腰巾着にまで成り下がった。サッチャー政権時代にアルゼンチンと小さな島の領有権をめぐって戦ったフォークランド紛争は今思えば帝国主義の最後のあがきだったと思えるが(イギリス側は当初あんな小国など一ひねりだ、一週間もあれば片が付くと豪語していたが、結局勝つことは勝ったが戦闘が終結したのは3か月後だった)、イラク戦争の頃にはアメリカとの同盟関係を最重視する対アメリカ従属国家、言ってみれば旧ソ連時代の東欧諸国のような位置にまで落ちてしまっていた。しかもこの時代のアメリカは保守反動の時代だった。サッチャー時代のアメリカ大統領はロナルド・レーガンであり、イラク戦争時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュだった(2代後の大統領ジョージ・W・ブッシュは彼の息子)。

 「オフィシャル・シークレット」を理解するとき、こういった事柄をどうしても知っておく必要がある。そうでなければ、この映画を深く理解することはできない。「政府は変わる、私は国民に仕えている」というキャサリンの言葉は、こういう文脈の中でとらえられてこそその重みが真に理解できるのである。彼女は最初からそういう確固とした考えを持っていたから国家機密を告発したわけではない。イラク攻撃に根拠がないにもかかわらずいくつかの小国の弱みを握ってアメリカに賛成するよう圧力をかけるという裏工作の卑劣さが許せなかったからである。しかし直後に彼女は自分のした事の重大さに気づき、思い悩む。「国家の嘘を暴く」がこの映画のキャッチコピーらしい。そしてしばしばポリティカル・サスペンスと呼ばれる。確かにその通りではある。アメリカはトンキン湾事件をでっちあげてベトナム戦争に介入したように、今度もまたイラクに大量破壊兵器があるという口実でイラク攻撃に踏み切った。その口実に根拠がないことをキャサリンは事前に知ってしまった。そしてその国家機密を告発したことが公務秘密法違反に問われ、彼女は起訴される。彼女を弁護しようとするリベラルな弁護士が現れ、法廷闘争に焦点が向けられてゆく。そういう意味では確かにポリティカル・サスペンスである。

 しかしこの映画で描かれるのはその裁判闘争での駆け引きだけではない。キャサリンの心の揺れがつぶさに描かれていることを忘れてはいけない。機密を暴露した時彼女は一人だった。たった一人ではとても国家権力に立ち向かえるものではない。しかもたまたま彼女の夫がトルコ系移民であったため逮捕され、彼女はますます追いつめられる。しかし彼女は追い詰められながらも何度も思い直し、新聞記者や弁護士たちという共に戦う仲間を得ることで彼女の決心は揺らぎないものに替わってゆく。自分が忠誠を誓うべきは国家権力なのか、国民なのか。自分が従うべきはアメリカとの同盟という大義名分によって押し付けられている偽りなのか、それとも真実なのか。家族まで巻き込まれて恫喝され、迷い悩みながら到達したのが、「政府は変わる、私は国民に仕えている」という認識なのである。この人間ドラマが作品に奥行きを与えていることを見落とすべきではない。

 キャサリンの告発を取り上げた新聞社は「オブザーバー」紙だった。その前にいくつもの新聞社に断られてやっと拾い上げてくれたのがこの新聞だった。この新聞についても少し説明がいるだろう。イギリスは階級社会である。階級によって楽しむスポーツも違うし、読む新聞も違う。イギリスの新聞は日本の新聞より支持する政党や読者層がはっきりと分かれている。全国紙でいえば、左翼支持の傾向が強いのは一般紙では「ガーディアン」、「インディペンデント」、大衆紙では「デイリー・ミラー」の3紙。キャサリンの告発文が載った「オブザーバー」紙は実質的に「ガーディアン」紙の日曜版である。

 キャサリン、新聞社、弁護士が互いに絡み合って展開するサスペンスフルな展開はめまぐるしい展開で確かに面白い。せっかくの大スクープが校正係によってアメリカつづりをイギリスつづりに直されてしまったために、偽物だと指摘を受ける展開が予想外で面白い(当の校正係の女性はいたたまれない思いだったろうが)。そして詳しくは書けないが、紆余曲折を経て裁判が告訴取り下げという形で終結するまでの緊迫した展開もなかなか秀逸だ。キャサリンは言ってみれば一種のスパイ行為を強要されたわけだが、その元をたどれば2001年9月11日の同時多発テロに行き着く。しかしそれが始まりではない。アメリカは9.11のテロ行為を口を極めて非難したが、何の理由もなくテロ事件が起こったわけではない。テロ行為を肯定するつもりはないが、そもそもあのテロはアメリカが世界の警察として行ってきた数々の暴虐行為に対する報復だったのである。アメリカはテロリストを非難する前に、なぜこれほどアメリカは世界から嫌われているのかを真剣に反省すべきだった(中東諸国では炎上し崩れ去るツインタワーの映像を観て大勢の人々が歓声を上げていた)。

 その反省なしにテロに対する報復をしゃにむに強行したからアフガンやイラクのような泥沼にはまり込んでしまったのである。テレビ・ドラマや映画ではテロリストといえばひたすら卑劣な連中として描かれるようになる。イギリスのテレビ・ドラマ「MI-5 英国機密諜報部」は若い頃のキーリー・ホーズ、ルパート・ペンリー=ジョーンズが魅力的で大好きなドラマだが、事件がテロリストがらみになると途端に荒唐無稽な展開になり説得力に欠ける。それは一連のアメリカの警察ドラマも全く同じだ。9.11直後のピリピリした雰囲気は収まったが、トランプ大統領の登場で再び偏見と排除の論理がはびこってき始めている。仏教やキリスト教をはじめ、世界中のほとんどの宗教や新興宗教は信徒離れに悩んでいるが、イスラム教はその例外である。だからいつまでも緊張状態がなくならない。ある意味テロリストを生み出しているのは反イスラム勢力だと言えないこともないからだ。この憎しみの連鎖はいつ断ち切れるのか。いまだ見通しがつかないのが残念でならない。

 最後に監督とキャストについて簡単に触れておきたい。ギャヴィン・フッド監督作品を観るのは「アイ・イン・ザ・スカイ」(2015) に続いて2本目である。この映画は大好きなヘレン・ミレン主演であるにもかかわらず、正直期待外れだった。テロリストへの攻撃を優先するか、巻き添えになりそうな少女の命を優先するかで英米の首脳陣が迷うというのかメインの主題。その設定にどうしても疑問が残る。巻き添えになるのが少女でなければ問題はないのかという疑問だ。すべてがその一点にかかっているだけに最後まですっきりしなかった。これに比べると「オフィシャル・シークレット」は格段に完成度が高い。今後の作品に期待が持てる。

 キャストの中でとりわけ称賛したいのは主演のキーラ・ナイトレイである。あの暗い表情は最初誰かと思ったほどである。最初に注目したのは「ベッカムに恋して」(2002) だったが(もっとも主演のパーミンダ・ナーグラの方がはるかに存在感はあったが)、その後も「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズ、「プライドと偏見」(2005)、「はじまりのうた」(2013) など多くの作品で印象的な仕事をしている。「オフィシャル・シークレット」は彼女の代表作の一つになるだろう。弁護士役のレイフ・ファインズはさすがの存在感。しかし「シンドラーのリスト」(1993)、「イングリッシュ・ペイシェント」(1996)、「太陽の雫」(1999)、「ナイロビの蜂」(2005)の頃に比べると最近作は印象が薄いのは否めない。それ以降の物で印象に残るのは「グランド・ブダペスト・ホテル」(2013) ぐらいか。しかしまだ老け込むのは早い。今後の作品に期待しよう。

 もう一人印象的だったのは新聞記者役のリス・エヴァンス。「ノッティングヒルの恋人」(1999)での強烈な役柄が最初の出会い。それから「パイレーツ・ロック」(2009) で演じたアメリカ帰りの超売れっ子DJ役のセクシーさに驚愕。こんな役も演じられるとはびっくり!「オフィシャル・シークレット」ではガンガン怒鳴り散らす役柄がはまること。今のところこの3作がマイ・ベスト3だ。

 

「オフィシャル・シークレット」とつながる系譜の作品リスト
「家族を想うとき」(2019)ケン・ローチ監督、イギリス・フランス・ベルギー 
「記憶にございません!」(2019)三谷幸喜監督、日本
「新聞記者」(2019)藤井道人監督、日本
「国家が破産する日」(2018)チェ・グクヒ監督、韓国
「1987、ある闘いの真実」(2017)チャン・ジュナン監督、韓国
「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」(2017)チャン・フン監督、韓国
「ペンタゴン・ペーパーズ」(2017)スティーヴン・スピルバーグ監督、アメリカ
「わたしは、ダニエル・ブレイク」(2016)ケン・ローチ監督、英・仏・ベルギー
「スポットライト 世紀のスクープ」(2015)トム・マッカーシー監督、アメリカ
「シチズンフォー スノーデンの暴露」(2014) ローラ・ポイトラス監督、アメリカ・ドイツ
「おじいさんと草原の小学校」(2010)ジャスティン・チャドウィック監督、イギリス
「オレンジと太陽」(2010)ジム・ローチ監督、イギリス
「ミツバチの羽音と地球の回転」(2010)鎌仲ひとみ監督、日本
「ルート・アイリッシュ」(2010)ケン・ローチ監督、英・仏・・ベルギー・伊・スペイン
「フロスト×ニクソン」(2008)ロン・ハワード監督、アメリカ
「この自由な世界で」(2007)ケン・ローチ監督、イギリス・他
「光州5・18」(2007)キム・ジフン監督、韓国
「ボビー」(2006)エミリオ・エステヴェス監督、アメリカ
「麦の穂をゆらす風」(2006)ケン・ローチ監督、イギリス、アイルランド、他
「六ヶ所村ラプソディー」(2006)鎌仲ひとみ監督、日本
「グッドナイト&グッドラック」(2005)ジョージ・クルーニー監督、アメリカ
「ココシリ」(2004) ルー・チュ-アン監督、中国
「東京原発」(2004) 山川元監督、日本
「大統領の理髪師」(2004) イム・チャンサン監督、韓国
「ヴェロニカ・ゲリン」(2003) ジョエル・シュマッカー監督、米・アイルランド・英
「アマンドラ!希望の歌」(2002) リー・ハーシュ監督、南アフリカ・アメリカ
「1票のラブレター」(2001) ババク・パヤミ監督、イラン
「金融腐食列島 呪縛」(1999) 原田真人監督、日本
「マイケル・コリンズ」(1996)ニール・ジョーダン監督、アイルランド・英・米
「白く渇いた季節」(1989) ユーザン・パルシー監督、アメリカ
「戒厳令下チリ潜入記」(1988) ミゲル・リティン監督、スペイン
「遠い夜明け」(1987) リチャード・アッテンボロー監督、イギリス
「ワールド・アパート」(1987) クリス・メンゲス監督、イギリス
「サルバドル 遥かなる日々」(1986) オリヴァー・ストーン監督、アメリカ
「ミッション」(1986) ローランド・ジョフィ監督、イギリス
「オフィシャル・ストーリー」(1985) ルイス・プエンソ監督、アルゼンチン
「ミッシング」(1982) コスタ・ガブラス監督、アメリカ
「大統領の陰謀」(1976) アラン・J・パクラ監督、アメリカ
「カンバセーション盗聴」(1974) フランシス・F・コッポラ監督、アメリカ
「Z」(1969) コスタ=ガヴラス監督、フランス・アルジェリア
「ズール戦争」(1963) サイ・エンドフィールド監督、イギリス・アメリカ
「スミス都へ行く」(1939) フランク・キャプラ監督、アメリカ

 

2020年10月 1日 (木)

先月観た映画 採点表(2020年9月)

「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019)片渕須直監督、日本 ★★★★★
「娘は戦場で生まれた」(2019)ワアド・アル=カティーブ、エドワード・ワッツ監督、英・シリア ★★★★☆
「らくだの涙」(2003)ビャンバスレン・ダヴァー、ルイジ・ファロルニ監督、ドイツ ★★★★△
「わが故郷の歌」(2002)バフマン・ゴバディ監督、イラン ★★★★△
「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」(2019)タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ監督、米 ★★★★△
「三人の妻への手紙」(1949)ジョセフ・L・マンキウィッツ監督、アメリカ ★★★★
「記憶にございません!」(2019)三谷幸喜監督、日本 ★★★★
「イエスタデイ」(2019)ダニー・ボイル監督、イギリス ★★★★
「ファヒム パリが見た奇跡」(2019)ピエール=フランソワ・マルタン=ラヴァル、仏 ★★★★
「メアリーの総て」(2017)ハイファ・アル=マンスール監督、英・ルクセンブルク・米 ★★★★
「巴里祭」(1932)ルネ・クレール監督、フランス ★★★★
「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(2015)ジョージ・ミラー監督、オーストラリア ★★★★
「ぜんぶ、フィデルのせい」(2006)ジュリー・ガヴラス監督、イタリア・フランス ★★★★
「キングスマン:ゴールデン・サークル」(2017)マシュー・ヴォーン監督、イギリス ★★★★
「DESTINY 鎌倉ものがたり」(2017)山崎貴監督、日本 ★★★★▽
「ベルリンのリュミエール」(1995)ヴィム・ヴェンダース監督、ドイツ ★★★★▽
「PRESSURE/プレッシャー」(2015)ロン・スカルペッロ監督、イギリス ★★★★▽
「ストロベリーナイト」(2013)佐藤祐市監督、日本 ★★★☆
「在りし日の歌」(2019)ワン・シャオシュアイ監督、中国 ★★★☆
「ディア・ハンター」(1978)マイケル・チミノ監督、アメリカ ★★★
「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」(2013)ジャンフランコ・ロージ監督、伊・仏 ★★

主演男優
 5 ザック・ゴットセイゲン「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」
 4 中井貴一「記憶にございません!」
   シャハブ・エブラヒミ「わが故郷の歌」

主演女優
 4 ニナ・ケルヴェル「ぜんぶ、フィデルのせい」
   リンダ・ダーネル「三人の妻への手紙」
   ジーン・クレイン「三人の妻への手紙」
   シャーリーズ・セロン「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
   アナベラ「巴里祭」
   高畑充希「DESTINY 鎌倉ものがたり」

助演男優
 5 大沢たかお「ストロベリーナイト」
 4 ディーン・フジオカ「記憶にございません!」
   コリン・ファース「キングスマン:ゴールデン・サークル」
   シャイア・ラブーフ「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」

助演女優
 5 小池栄子「記憶にございません!」
   ジュリアン・ムーア「キングスマン:ゴールデン・サークル」
 4 リリー・ジェームズ「イエスタデイ」
   ダコタ・ジョンソン「ザ・ピーナッツバター・ファルコン」

2020年9月20日 (日)

これから観たい&おすすめ映画・BD(20年10月)

【新作映画】公開日
9月18日
 「マーティン・エデン」(ピエトロ・マルチェッロ監督、イタリア・フランス・ドイツ)
 「メイキング・オブ・モータウン」(ベンジャミン&ゲイブ・ターナー監督、英・米)
 「TENET テネット」(クリストファー・ノーラン監督、アメリカ)
9月19日
 「ヴィタリナ」(ペドロ・コスタ監督、ポルトガル)
 「友達やめた。」(今村彩子監督、日本)
9月25日
 「ヒットマン エージェント:ジュン」(チェ・ウォンソプ監督、韓国)
 「マティアス&アキシム」(グザヴィエ・ドラン監督、カナダ)
 「クライマーズ」(ダニエル・リー監督、中国)
 「リアム・ギャラガー:アズ・イット・ワズ」(チャーリー・ライトニング、他監督、英)
 「アダムス・ファミリー」(コンラッド・ドーノン監督、アメリカ)
 「ミッドナイトスワン」(内田英治監督、日本)
10月2日
 「ある画家の数奇な運命」(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督、独)
 「小説の神様 君としか描けない物語」(久保茂昭監督、日本)
 「浅田家!」(中野量太監督、日本)
 「ムヒカ 世界でいちばん貧しい大統領から日本人へ」(田部井一真監督、日本)
 「フェアウェル」(ルル・ワン監督、アメリカ・中国)
10月3日
 「生きちゃった」(石井裕也監督、日本)
10月6日
 「望み」(堤幸彦監督、日本)
10月9日
 82年生まれ、キム・ジヨン」(キム・ドヨン監督、韓国)
 「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」(ジョー・タルボット監督、米)
 「異端の鳥」(ヴァーツラフ・マルホウル監督、チェコスロヴァキア・ウクライナ)
 「本気のしるし<劇場版>」(深田晃司監督、日本)
 「星の子」(大森立嗣監督、日本)
10月16日
 「みをつくし料理帖」(角川春樹監督、日本)
 「スパイの妻」(黒沢清監督、日本)
 「博士と狂人」(P.B.シェムラン監督、英・仏・アイルランド・アイスランド)

【新作DVD・BD】レンタル開始日
9月25日
 「もみの家」(坂本欣弘監督、日本)
 「沖縄スパイ戦史」(三上智恵監督、日本)
 「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(片瀬須直監督、日本)
10月2日
 「イーディ、83歳初めての山登り」(サイモン・ハンター監督、イギリス)
 「未成年」(キム・ユンソク監督、韓国)
 「娘は戦場で生まれた」(ワアド・アル=カティーブ&エドワード・ワッツ監督、英・シリア)
 「ラフィキ:ふたりの夢」(ワヌリ・カヒウ監督、ケニヤ・南アフリカ・仏・レバノン・他)
 「風の電話」(諏訪敦彦監督、日本)
 「Red」(三島有紀子監督、日本)
 「私のちいさなお葬式」(ウラジーミル・コット監督、ロシア)
 「暗数殺人」(キム・テギュン監督、韓国)
 「ウォール 絶体絶命」(アフマド・ホッシン監督、レバノン・フランス)
10月7日
 「ジェイド・ダイナスティ 破壊王、降臨。」(チン・シウトン監督、中国)
 「象は静かに座っている」(フー・ボー監督、中国)
 「一度死んでみた」(浜崎慎治監督、日本)
 「ジョン・F・ドノヴァンの死と生」(グザヴィエ・ドラン監督、カナダ・イギリス)
10月14日
 「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」(グレタ・ガーウィグ監督、アメリカ)
10月16日
 「エマの瞳」(シルヴィオ・ソルディーニ監督、イタリア・スイス)
10月21日
 「シェイクスピアの庭」(ケネス・ブラナー監督、イギリス)
10月23日
 「エジソンズ・ゲーム」(アルフォンソ・ゴメス・レホン監督、アメリカ)
10月30日
 「在りし日の歌」(ワン・シャオシュアイ監督、中国)
11月3日
 「リンドグレーン」(ベアニル・フィッシャー・クリステンセン監督、スウェーデン・デンマーク)
11月4日
 「ANNA / アナ」(リュック・ベッソン監督、フランス・アメリカ)
 「最高の花婿 アンコール」(フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督、フランス)
 「テッド・ドント・ダイ」(ジム・ジャームッシュ監督、スウェーデン・アメリカ)
 「ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち」(キム・グエン監督、米)
11月6日
 「悪人伝」(イ・ウォンテ監督、韓国)
 「15年後のラブソング」(ジェシー・ベレッツ監督、米・英)
 「ハリエット」(ケイシー・レモンズ監督、アメリカ)
 「ポップスター」(ブラディ・コーベット監督、アメリカ)
 「ライブリポート」(スティーヴン・C・ミラー監督、イギリス・アメリカ)

【旧作DVD・BD】発売日
9月25日
 「都会の女」(1930、F.W.ムルナウ監督、アメリカ)
 「赤い砂漠」(1964、ミケランジェロ・アントニオーニ監督、イタリア・フランス)
10月14日
 「黄金の七人 Blu-ray BOX」(1965,66、マルコヴィカリオ監督、伊・仏・スペイン)
   収録作品:「黄金の七人」、「続・黄金の七人 レインボー作戦」
11月18日
 「ラストエンペラー」(1987、ベルナルド・ベルトルッチ監督、伊・英・中国)
11月20日
 「SHADOW / 影武者」(チャン・イーモウ監督、中国)

*色がついているのは特に注目している作品です。

 

 

2020年9月 1日 (火)

先月観た映画 採点表(2020年8月)

「家族を想うとき」(2019)ケン・ローチ監督、イギリス・フランス・ベルギー ★★★★★
「1917 命をかけた伝令」(2019)サム・メンデス監督、イギリス・アメリカ ★★★★★
「コールド・フィーバー」(1995)フリドリック・トール・フリドリクソン監督、アイスランド・米 ★★★★☆
「ホテル・ムンバイ」(2018)アンソニー・マラス監督、オーストラリア・米・インド ★★★★△
「ベトナムを懐う」(2017)グエン・クワン・ユン監督、ベトナム ★★★★△
「明日へ」(2014)プ・ジヨン監督、韓国 ★★★★△
「マルリナの明日」(2017)モーリー・スルヤ監督、インドネシア・仏・マレーシア・タイ★★★★△
「羅生門」(1950)黒澤明監督、日本★★★★△
「最愛の子」(2014)ピーター・チャン監督、中国・香港 ★★★★△
「緋色の街/スカーレット・ストリート」(1945)フリッツ・ラング監督、アメリカ ★★★★
「ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密」(2016)ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、米 ★★★★
「借りぐらしのアリエッティ」(2010)米林宏昌監督、日本 ★★★★
「ペンギン・ハイウェイ」(2018)石田祐康監督、日本 ★★★★
「風船」(1956)川島雄三監督、日本 ★★★★
「夜明け告げるルーのうた」(2017)湯浅政明監督、日本 ★★★★
「男はつらいよ お帰り寅さん」(2019)山田洋次監督、日本 ★★★★
「ゴールド」(1974)ピーター・R・ハント監督、イギリス ★★★★▽
「ヴァーサス/ケン・ローチ映画と人生」(2016)ルイーズ・オズモンド監督、イギリス ★★★★▽
「アンロック/陰謀のコード」(2017)マイケル・アプテッド監督、チェコ・スイス・英・米 ★★★★▽
「宇宙ショーへようこそ」(2010)舛成孝二監督、日本 ★★★★▽
「マルクス・エンゲルス」(2017)ラウル・ペック監督、フランス・ドイツ・ベルギー★★★★▽
「草原に黄色い花を見つける」(2016)ヴィクター・ヴー監督、ベトナム ★★★★▽
「孤独のススメ」(2013)ディーデリク・エビンゲ監督、オランダ ★★★☆
「白昼堂々」(1968)野村芳太郎監督、日本 ★★★☆
「神聖なる一族24人の娘たち」(2012)アレクセイ・フェドルチェンコ監督、ロシア ★★★☆
「アイス・ストーム」(1997)アン・リー監督、アメリカ ★★★
「友情」(1975)宮崎晃監督、日本 ★★★

 

主演男優
 5 ホアイ・リン「ベトナムを懐う」
   ジョージ・マッケイ「1917 命をかけた伝令」
   エドワード・G・ロビンソン「緋色の街/スカーレット・ストリート」
   クリス・ヒッチェン「家族を想うとき」
   永瀬正敏「コールド・フィーバー」
   森雅之「風船」
 4 デヴ・パテル「ホテル・ムンバイ」
   森雅之「羅生門」

主演女優
 5 マーシャ・ティモシー「マルリナの明日」
 4 ヨム・ジョンア「明日へ」

助演男優
 5 アヌパム・カー「ホテル・ムンバイ」
 4 チー・タイ「ベトナムを懐う」

助演女優
 5 ヴィッキー・チャオ「最愛の子」
 4 デビー・ハニーウッド「家族を想うとき」
   ジョーン・ベネット「緋色の街/スカーレット・ストリート」
   北原三枝「風船」
   芦川いづみ「風船」

 

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