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2020年12月13日 (日)

ゴブリンのこれがおすすめ 55 ドイツ映画

「カリガリ博士」(1919) ロベルト・ヴィーネ監督
「吸血鬼ノスフェラトゥ」(1921)F.W.ムルナウ監督
「死滅の谷」(1921) フリッツ・ラング監督
「ドクトル・マブゼ」(1922) フリッツ・ラング監督
「最後の人」(1924) F.W.ムルナウ監督
「ニーベルンゲン/ジークフリート」(1924) フリッツ・ラング監督
「ヴァリエテ」(1925) E.A.デュポン監督
「アクメッド王子の冒険」(1926) ロッテ・ライニガー監督
「メトロポリス」(1926) フリッツ・ラング監督
「パンドラの箱」(1929)ゲオルグ・ヴィルヘルム・パプスト監督
「嘆きの天使」(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督
「M」(1931) フリッツ・ラング監督
「會議は踊る」(1931) エリック・シャレル監督
「制服の処女」(1931)  レオンティーネ・サガン監督、仏・独
「こわれ瓶」(1936) グスタフ・ウチツキ監督
「民族の祭典」(1938)  レニ・リーフェンシュタール監督
「罠 ブルーム事件」(1948) エーリッヒ・エンゲル監督(東独)
「菩提樹」(1956) ヴォルフガング・リーベンアイナー監督
「朝な夕なに」(1957) ヴォルフガング・リーベンアイナー監督
「野バラ」(1957) マックス・ノイフェルト監督
「橋」(1959) ベルンハルト・ヴィッキ監督
「忘れな草」(1959) アルツール・マリア・ラーベナルト監督
「アギーレ/神の怒り」(1972) ヴェルナー・ヘルツォーク監督
「カスパー・ハウザーの謎」(1975) ヴェルナー・ヘルツォーク監督
「歌う女歌わない女」(1977) アニエス・ヴァルダ監督
「秋のドイツ」(1978)  ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、アルフ・ブルステリン、他
「ノスフェラトゥ」(1978) ヴェルナー・ヘルツォーク監督
「獄中のギュネイ」(1979) H.シュテンペル、M.リプケンス監督
「ブリキの太鼓」(1979) フォルカー・シュレンドルフ監督
「マリア・ブラウンの結婚」(1979) ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督
「ドイツ・青ざめた母」(1980)ヘルマ・サンダース=ブラームス監督
「Uボート」(1981)ウォルフガング・ペーターセン監督
「ベロニカ・フォスの憧れ」(1982)ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督
「フィツカラルド」(1982)ヴェルナー・ヘルツォーク監督、西ドイツ・ペルー
「パリ、テキサス」(1984) ヴィム・ヴェンダース監督
「ストレンジャー・ザン・パラダイス」(1984) ジム・ジャームッシュ監督
「ダウン・バイ・ロー」(1986) ジム・ジャームッシュ監督、アメリカ・西ドイツ
「ビヨンド・サイレンス」(1996) カロリーヌ・リンク監督
「ベルリン・天使の詩」(1987) ヴィム・ヴェンダース監督
「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997) トーマス・ヤーン監督
「ラン・ローラ・ラン」(1998) トム・ティクヴァ監督
「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1999) ヴィム・ヴェンダース監督、独・米・仏・キューバ
「マーサの幸せレシピ」(2001) サンドラ・ネットルベック監督
「名もなきアフリカの地で」(2001) カロリーヌ・リンク監督
「グッバイ・レーニン!」(2003) ヴォルフガング・ベッカー監督
「らくだの涙」(2003)ビャンバスレン・ダヴァー、ルイジ・ファロルニ監督
「ヒトラー 最期の12日間」(2004) オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督
「天空の草原のナンサ」(2005) ビャンバスレン・ダヴァー監督
「善き人のためのソナタ」」(2006) フロリアン・ドナースマルク監督
「アイガー北壁」(2008)フィリップ・シュテルツェル監督、独・オーストリア・スイス
「アンノウン」(2011)ジャウマ・コレット=セラ監督、ドイツ・アメリカ
「さよなら、アドルフ」(2012)ケイト・ショートランド監督、オーストラリア・独・英
「ハンナ・アーレント」(2012)マルガレーテ・フォン・トロッタ監督、独・仏・他
「東ベルリンから来た女」(2012)クリスティアン・ペツォールト監督
「消えた声が、その名を呼ぶ」(2014)ファティ・アキン監督、独・仏・伊・トルコ、他
「帰ってきたヒトラー」(2015)ダーヴィト・ヴネント監督、ドイツ
「生きうつしのプリマ」(2016)マルガレーテ・フォン・トロッタ監督
「50年後のボクたちは」(2016)ファティ・アキン監督
「女は二度決断する」(2017)ファティ・アキン監督
「バルーン 奇跡の脱出飛行」(2018)ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ監督

 僕が集中的に映画を観始めたのは70年代初めだが、そのころドイツ映画を観ることはめったになかった。当時はほとんどテレビで映画を観ていたが、テレビで放映されるのは圧倒的にアメリカ映画が多く、他にフランス映画やイタリア映画が混じる程度だった。日本映画ですら時代劇を除けば滅多に放送されなかった。70年代初めに僕がテレビで観たドイツ映画といえば「朝な夕なに」、「野バラ」、「忘れな草」のようなおとなしい、ややかしこまった映画がほとんどだった。

 ドイツ映画は「黄金の20年代」と呼ばれる1920年代に一連の名作群を生み出し、アメリカと並ぶ当時の最高水準にあったと言って良いだろう。「黄金の20年代」というのはドイツ史で言えばワイマール共和国時代(1919-1933)に相当する。第1次世界大戦と第2次世界大戦間の時代で、ナチスの台頭により終焉を迎えた。ワイマール憲法は当時としては極めて民主的な内容を持ち、自由主義的、民主主義的共和国の建設を目指していた。しかし二つの世界大戦に挟まれたこの時代はインフレと貧困に悩まされる不安の時代でもあり、退廃的なムードが巷に沈殿していた。その時代に美術界に生まれたのが表現主義であり、映画界にもドイツ表現主義映画と一般に呼ばれる映画が出現し、盛んに映画が製作されドイツは映画大国となった。

 しかしこの時代のドイツ映画を表現主義映画一色とみなしてはいけない。この時代のドイツ映画をドイツ文化センターがまとめた冊子「ドイツの映画史 社会批判リアリズム映画 サイレント映画からトーキーへ」という資料を基に概観しておこう。表現主義映画は1925年ごろを境に退潮してゆき、代わってリアリズム的な映画が台頭した。新即物主義と呼ばれる作品群やソ連のアヴァンギャルド映画に触発されたプロレタリア・リアリズム映画である。新即物主義映画の代表はヴィルフリート・パッセ監督の「ベルリンの市場」(1929)。プロレタリア・リアリズム映画を代表するのはスラタン・ドゥートフ監督の「クーレ・ワンペ」(1932)。脚本担当者の一人はベルトルト・ブレヒトである。30年代初めのワイマールの混乱した状況をとらえた貴重なドキュメントである。もちろんリアリズム的映画にも様々な作風があり、これらの映画の一部はベルリンの貧民街を独特の哀愁をこめて描いたベルリンの郷土画家、ハインリヒ・ツィレの名前を取って「ツィレ映画」と呼ばれた。ゲールハルト・ランブレヒトの「第五階級」(1925)がその代表作である。あるいはブルーノ・ラーン監督の「街の悲劇」(1927)のような「街路映画」も1930年ごろまで多く作られた。中産階級の人々が単調な日常生活を抜け出し、大衆が群がる都会の街路の喧騒に引かれてゆくというタイプの映画だ。

 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督が1980年に「ベルリン・アレクサンダー広場」というテレビ用シリーズ映画を製作した。同じアルフレート・デーブリーンの原作を映画化した映画が1931年にも作られている。ピール・ユッツィ監督の「ベルリン・アレクサンダー広場」である。ピール・ユッツィ監督はプロレタリア映画作家で、この映画はシネマ・ヴェリテ的趣があった。あるいはドイツ時代のロバート・シオドマクが監督しビリー・ワイルダーが脚本を書いた(共にこの映画で映画人としてデビューした)「日曜日の人々」もこの時代を代表する作品として記憶に値する。北ドイツ放送「NDR」が発表した「ドイツ映画ベスト100」で99位にランクインされた作品である。都会のサラリーマン生活の哀歓を描きながらも、小市民的メロドラマには堕していない作品だという。「ドイツの映画史 社会批判リアリズム映画 サイレント映画からトーキーへ」からの紹介はこの辺にしておくが、これらの作品が今日DVDやBDで入手困難というのは残念なことである。いつかワイマール時代のドイツ映画BOXセットが発売されることを切に願う。

 ワイマール共和国時代はしかしナチスの台頭によって終焉を迎えるが、同時にドイツ映画の黄金時代も終わりを告げる。才能あるユダヤ人や反ナチスの映画人が外国に(特にアメリカ)亡命したために、30年代後半から60年代にかけてのドイツ映画は見る影もなく衰退してしまったのである。テレビでドイツ映画が滅多に放送されなかったのはそういう事情だった。

 僕が名作と呼べるドイツ映画に接したのは73年に東京の大学に入ってからである。京橋の国立フィルムセンター(現在の国立映画アーカイブ)で73年10月から12月にかけて「1930年代ヨーロッパ映画特集」という特集が組まれ、全部で17本観たがその中の3本が「會議は踊る」、「制服の処女」、「こわれ瓶」などのドイツ映画だったのである。高校生の時に映画史を読みふけり名前だけ知っていた作品が何本も観られたのだから、夢中で通ったものだ。この時初めてドイツ映画の水準の高さを実感したのである。

 その後だいぶ時間が空いて、次にまとめてドイツ映画を観たのは84年である。高田馬場にあったACTでドイツ表現主義のサイレント映画「カリガリ博士」、「ジーグフリート」、「ヴァリエテ」を観た。偶然かもしれないがほぼ時を同じくして赤坂の東ドイツ文化センターで「スクリーン上のデーモン――表現主義の影」という特集が組まれていて、そこで「巨人ゴーレム」と「ドクトル・マブゼ」を観ている。ここへは後に『ドイツ映画の黎明――「三文映画」と「作家映画」』という特集が組まれたときも観に行っている。これもめったに観られない貴重な企画だった。

 それ以降はドイツ映画をよく見るようになった。70年代から才能ある新しい監督たちが活躍し始め、それらの傑作群が80年代中ごろから日本にどっと入ってきたのである。これらの新しいドイツ映画はニュー・ジャーマン・シネマと呼ばれるようになった。ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(「マリア・ブラウンの結婚」、「ベロニカ・フォスの憧れ」)、ヴェルナー・ヘルツォーク(「フィツカラルド」、「アギーレ・神の怒り」)、ヴィム・ヴェンダース(「パリ・テキサス」)、フォルカー・シュレンドルフ(「ブリキの太鼓」)、ヘルマ・サンダース=ブラームス(「ドイツ 青ざめた母」、「エミリーの未来」)などがその代表的な監督たちである。これらの新しい映画とは別に古典も観る機会があった。85年の3月にユーロスペース(円山町に移転する前、まだ西口の高速下にあったころ)で「死滅の谷」、「ジークフリート」、「最後の人」などのサイレント時代の傑作を観ている。

 90年代はやや失速した感があったが、2000年代に入って少し盛り返してきた感じだ。しかしさすがに70年代医から80年代にかけての勢いはない。マルガレーテ・フォン・トロッタ監督やファティ・アキン監督以外は今一つパッとしない。新しい才能が出てきて何とかかつての勢いを取り戻してほしいものだ。

 最後に珍しいドイツのテレビ・ドラマを紹介しておきたい。「ジェネレーション・ウォー」(2013)という誤解を招くようなタイトルが付けられているが、第二次世界大戦をドイツ側から描いた傑作ドラマである。映画では「橋」や「Uボート」が有名だが、これらの名作に劣らない素晴らしい出来だ。迷わず満点の5点を献上した。機会があればぜひ観てほしい。

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