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2020年7月13日 (月)

コレクター人生

前書き
 「ゴブリンのこれがおすすめ 48 漫画」という記事の中で「漫画は、本、映画、音楽とともに、もはや僕の生活の一部だ」と書いた。これに写真を加えるとほぼ僕の趣味のすべてと重なる。これまで自分の趣味についてはいくつかのエッセイで書いてきた。映画については「あの頃名画座があった(改訂版)①~⑧」、音楽については「音楽との長い付き合い」、漫画については「漫画との付き合い」、本については「文学の面白さ」で取り上げてきた。「あの頃名画座があった(改訂版)①~⑧」はこのブログに収録してあるが、それ以外の3つのエッセイは本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」に掲載していた。しかし何年か前に大本の業者がホームページのサポートをやめてしまったために、ある日突然「緑の杜のゴブリン」が消滅してしまった。前もって知っていれば大事な記事はバックアップしておいたのだが、何せ突然だったので予防措置がとれなかった。まあ、ほとんどの記事は当ブログと重なっているのだが、エッセイや映画などの各種作品リストは本館ホームページにだけ載せておいたものが多い。元原稿はパソコンに残っているが、追加分はホームページにだけ書き足したので、追加分はホームページと共に宙に消えてしまった。もう一つのブログ、「ゴブリンのつれづれ写真日記」もまだ閲覧はできるものの、何年も新しい記事を書いていなかったためにブログ管理者権が消滅していて、これもいつまでネット上に残っているのか分からない。

 まあ、ボヤキはこれくらいにしておこう。「漫画との付き合い」というエッセイは冒頭に挙げた「ゴブリンのこれがおすすめ 48 漫画」という記事の中に入れ込んである。しかし「音楽との長い付き合い」は「ゴブリンのこれがおすすめ 47 シンガー・ソングライター(外国編)」でほんのわずか触れただけ。「文学の面白さ」は全くどこにも触れられていない。ということなので、この記事では音楽について本格的に触れたい。文学はちょっと触れるだけにとどめる。

 かなり長い記事になってしまいましたが、興味があるようでしたらお付き合いください。

僕はコレクターであってマニアではない
 正確な数は自分でもわからないが、CDは7,8千枚(レコードはだいぶ処分したがまだ1千枚以上はあるはず)、DVDとBDは2千枚くらいか(これまで観た映画が4千数百本ですから多分これくらいでしょう)、本に至っては万単位だろう。とにかく小学生のころから集めるのが好きだった。小学生の頃の本棚は「少年サンデー」や「少年マガジン」がぎっしり詰まっていた(「少年ジャンプ」の創刊は1968年で、もう中学生になっていたので当時はたぶん買っていない)。小説(物語)との出会いは小学校の5年生ごろだと思う。まったく勉強をしない僕を心配して、母親が小学館の『少年少女世界の名作文学』(当時480円:毎月1冊ずつ配本される)の定期購読を始めたのである。厚さ5センチほどもある大部なシリーズ本で、世界文学全集の子供版である。内容も子供用にやさしく書きなおされており、子供にも楽しめる部分だけを収録していたと思われる。

 最初のうちは本なんて女が読むものと馬鹿にして読まなかったが、たまたま「みつばちマーヤの冒険」を読んでその面白さにはまってしまった。巣を襲撃してきたクマバチと巣を守ろうとするミツバチとのすさまじい戦いの場面に一気に引きこまれた。それ以来、ほかにも面白い物語があるかと次々に読み漁るようになり、いつの間にか次の号が配本されるのを楽しみに待つようになっていた。

 『少年少女世界の名作文学』以外の本も読むようになった。小学生のころ好きだったのはモーリス・ルブランの“怪盗ルパン”シリーズ、コナン・ドイルの“シャーロック・ホームズ”シリーズ、江戸川乱歩の“少年探偵団”シリーズ、そしてジュール・ヴェルヌの『十五少年漂流記』や『地底旅行』など。とにかく推理ものや冒険ものをわくわくしながら読みふけったものだ(『赤毛のアン』など女の子が主人公の物語も好きだった)。

 『十五少年漂流記』や『地底旅行』など何度読み返したかわからない。しばらくするとまた読みたくなり、読んでまた時間がたつとまた読みたくなる。夢中になって読みふけっていて、ふと気がつくといつの間にか夕方になって暗くなっており、顔を本にくっつけるようにして読んでいる自分に気がつくこともしばしばだった。

 中学生になるとSF小説をむさぼるように読みだした。創元文庫などを片っ端から買ってきては読み漁った。大好きなジュール・ヴェルヌも当時出ていた傑作集を全巻まとめて買ってきて読んだ。中三ごろにSF小説から推理小説に移行し、高校生になると推理小説から純文学に移っていった。当時何種類も出ていた世界文学全集をこれまた片っ端から読み漁った。トルストイの『戦争と平和』やメルヴィルの『白鯨』などの大長編を数カ月かけて読んだものだ。冬の寒い時は今のような暖房施設がなかったので布団に入って本を読んだ。片手で本を持ち、もう一方の手を布団に入れて温める。そうやって持つ手を交代しながら読んだものである。そうそう、高校生の時は外国文学一辺倒だったが、大学生になってからは日本文学も読み始めた。大学院生時代には児童文学にまで関心を広めた。

 映画を本格的に観始めたのは高校2年生の時から。ヒッチコックの「白い恐怖」を観たのがきっかけだ。以来、高校2年生から3年生にかけてはほぼ毎日映画を観ていた。これまで4千本以上の映画を観てきたが、年間でいちばん多く見たのが高校3年生の時。1年で3百数十本を観た。つまらない受験勉強など目もくれず、本を読んでいなければ映画を観ている、映画を観ていなければ本を読んでいるという生活をしていた。

 音楽はどうだったか。初めてレコードを買ったのは恐らく中三くらいの時だ。父親が商店会の付き合いで歌を覚えるためと称して、ステレオを買ったのがきっかけだった。ナショナルのテクニクスというどでかいステレオだった。高さが70~80センチもあったろうか。幅も本体と両脇のスピーカーを合わせて1メートル数十センチほどあっただろう。後のミニコンポと比べるとまことにバカでかい家具調のステレオだった。とにかくスピーカーが大きくて、音を鳴らすとガラス窓(今のようなサッシではない)がカタカタ振動したのを覚えている。実家のある日立市は電気の日立の発祥地で、いわゆる企業城下町である。しかしなぜか父は日立の製品が嫌いで、家の電気製品は全部ナショナルの製品だった。テクニクスは当時の最新機で、テレビでも宣伝をしていた。今でも「テクニークスー」というメロディを覚えている。

 父は何枚かレコードを買ってきてしばらく聞いていたが、すぐに飽きて使わなくなってしまった。もっぱらステレオを使っていたのは僕だった。最初に買ったレコードは二枚のシングル盤、藤圭子の「圭子の夢は夜開く」と森山香代子の「白い蝶のサンバ」だった。当時たまたま流行っていたのである。GS全盛のころだと思うが、特に音楽に興味があったわけではないので、流行っているものなら何でもよかったのだろう。それから少ない小遣いをはたいてシングル盤を少しずつ買い込んでいった。アルバムは高くてとても初めのうちは手が出なかった。値段はシングル盤が5~600円、LP盤が2000円、コンパクトLP盤(33回転だがシングル盤のサイズで4曲くらい入っていた)が700円だった。その当時買ったレコードは今では貴重なものもあるが、今思うと顔が赤らむようなものも多かった。森山香代子と布施明が大好きで、シングル盤をそれぞれ5~6枚もっていたと思う。他に、ゼーガーとエバンスの「西暦2525年」、カフ・リンクスの「トレイシー」、エジソン・ライトハウスの「恋の炎」、クリスティーの「イエロー・リバー」、CCRの「プラウド・メアリー」、ドーンの「ノックは三回」、ルー・クリスティーの「魔法」、フィフス・ディメンションの「輝く星座」など。最初に買ったアルバムはどれだったか覚えてないが、当時もっていたのはアンディ・ウイリアムズ、グレン・ミラー、映画音楽集、PPM(ピータ、ポール&マリー)のライブ盤、シャルル・アズナブール、シャンソン名曲集、カンツォーネ名曲集、それとビートルズの「ヘイ・ジュード」(アメリカ編集版)などだった。他にコンパクトLP盤で「サウンド・オブ・ミュージック」のサントラ盤、サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」、ブラザーズ・フォーなどがあった。何で高校生がこんなのを聞いていたのかと自分でも驚くようなものも入っているが、それはおそらく映画の影響だろう。

 高校に入学して入ったクラブは音楽部だった。これは合唱部なのだが、「涙を越えて」のような合唱向きの歌のほかに、「輝く星座~レット・ザ・サンシャイン・イン」、「ノックは三回」、「悲惨な戦争」、「サウンド・オブ・サイレンス」、「明日にかける橋」、「レット・イット・ビー」、「アンド・アイ・ラヴ・ハー」などの洋楽もよく歌った。まだフォーク・ブームが続いていたころで、当時はPPMやブラザーズ・フォーが大好きだった(今でも好きだが)。

 しかし僕が本格的なコレクターになったのは東京の大学に入学してからだ。暇さえあれば古本屋を巡り、当時300円で入れた安い名画座を回り、中古レコード屋にも入り浸っていた。集めていたのは本やレコードばかりではない。マッチ箱や電車の切符なども集めていた。当時は喫煙率が高く、大学生も例外ではない。喫茶店やレストランにはその店独自の絵柄が入ったマッチ箱が置いてあった。もちろん無料。見事なデザインの物も少なからずあり、新しい店に入ると必ずマッチ箱をもらってきたものだ。あるときにあまりに多くなったので棄ててしまったが、お気に入りの物だけでも残しておくべきだったと今は悔やむ。他にも映画のチラシやパンフレットなどを集めていた。パンフレットはもう買わなくなったが、チラシは今でも集めている。

 これだけ集めていればマニアと呼びたくなるかもしれないが、僕は自分を一度もマニアだと思ったことはない。大量に買い集めるからコレクターではあるが、その集め方は決してマニアックではない。音楽はできるだけ多様なジャンルを聞くようにしているし、映画は「世界中の映画を観てやろう」というのがモットーだ。性格的にもおよそオタクとは程遠いし、特定のジャンルや人物関連の物をすべて集めようなどと思ったことはない。映画でも音楽でも役者やミュージシャン個人のプライベートなことには一切関心はない。あくまで僕の関心は作品それ自体にあり(個人の問題はあくまで作品評価と関わる事柄にだけ関心を向けている)、買うに値すると思ったものだけ買っている。ただその数が普通の人より多いだけだ。

 東京にいたころから古本屋と中古レコード屋をよく回った。映画もロードショーではなく、名画座にばかり通っていた。時代の流れで仕方なくレコードからCDに乗り換えてからも中古が中心だ。中古に出るまで2年でも3年でも辛抱強く待つ。たとえ中古屋で見かけてもCDなら1400円以上ならば、もっと安いのを見つけるまで待つ。アマゾンで探すようになってからでも同じ。どうしてもほしいものは多少基準額を上回っても買うことはある。しかしたいていは我慢する。もう何十年も中古買いを続けてきて身についた習慣だ。知り合いのコレクターは「そういう買い方が出来るからうらやましい」というが、もうこれで何十年もやってきたのだ。シリーズものだって安いものから買う。当然最初は歯抜けの様な状態だ。それでいい。安く手に入れることが至上命令なのだから。いつかはそろうだろう、そういう気持ちで集めている。これが僕のやり方である。初版本に何万円も出す、ジャズのオリジナル版に数千円を投げ出すなどという趣味は全く無い。ただただ安いから中古品を買うのである。出久根達郎のエッセイが好きでよく読むが、彼の本に出てくる貴重本を血眼になって捜し回る人種とは僕は本質的に異人種である。実際、学部生・大学院生時代には、年間百本以上の映画を観、数百冊の本を買い、数百枚のレコードを買う(ひと月に70枚以上のレコードを買ったこともある)にはそうする以外になかったのだ。そういえば、車も中古車以外買ったことがない。

 

コレクター人生(学部生・大学院生時代)
  僕が古本屋めぐりを始めたのは大学に入学した1973年以降、東京中の中古レコード店めぐりを始めたのは80年代初め。以来今日まで本、CD、DVDは基本的に中古で買ってきた。古本屋や中古店に入ったら端から端まで、CDならAからZまでなめるように見て行く。欲しいCDはメモ用紙に数千枚分びっしりリストアップしてあった。棚の前でめぼしいのを見つけたら、すでに持っているかどうかメモを見て確かめる。これを怠ると同じものを買って泣くことになる(買ったものは線を引いて消すのだが、これも忘れるとやばいことになる)。

 中古店ばかり回っていたのには安く買えるからという以外にもう一つ理由があった。僕は流行というものにほとんど関心がなかった、例えば映画でいうと、大学1年だった1973年に観た新作はわずか7、8本程度だ。テレビで観たものが古いのは当然だが、映画館で観たのもほとんどが昔の名作である。この時期で既に徹底した名作主義になっている。評判の新作にはほとんど目もくれず、過去の名作を観られるところならどこにでも行っている。新作の時に観ることはめったになく、名画座に回ってきたときに観る。東京から上田に移ってきて映画をほとんどレンタルで観るようになってからも基本的姿勢は同じだ。1週間レンタルになってから観る。とにかく、人より早く観ることに意味があるとは全く考えない。今評判の映画でも10年後には忘れ去られているかもしれない。それより作られて30年たった今でも名作として語り継がれている映画を観る方が確実だ。確かにあの頃既にそう考えていた。ただ80年代は新作もかなり観ていた。欧米映画先進国以外の映画がどっと日本に入ってくるようになったからだ。岩波ホールにもしきりに通っている。東欧、南欧、南米、アフリカ、中国、北欧などの映画が入って来るようになって、僕の意識が大きく転換する。旧作(名作)主義から「世界中の映画を観てやろう」という姿勢に変わる。この転換が今の僕の原点である。上田に来てからは映画観が数館しかないのでどうしてもレンタル中心になってしまったが、大ヒット作品ではなく世界中の映画を観てやろうという姿勢は変わっていない。もっとも今は動画配信で映画やドラマを観ているので、レンタル店通いすらしなくなったが。

 中古主義がより徹底していたのは音楽だ。しかしこちらも最初から中古主義だったわけではない。順を追って大学に入学した当初から話を始めよう。きっかけや理由は覚えていないが、大学に入学してから好みが一変し、突然クラシック一辺倒になったのだ。とにかく『レコード芸術』を毎月買ってレコードをチェックしては、大学生協で買ってきた。大学1年の時家庭教師をしていたのだが、週2回教えて月1万円もらっていた。それを全部レコードにつぎ込んだのである。大学生協でレコードは2割引。当時LPレコードは2500円だったので、生協で買えば2000円。1万円で5枚買える。クラシックの在庫は自分の大学よりも明大の生協の方が豊富だったので、そこにもよく買いに行ったものだ。そのころ中古レコードは買わなかったが、代わりに廉価版が発売されるようになった。フルトヴェングラーやトスカニーニの廉価版が発売された時はうれしかった。確か当時千円くらいだったか。

 クラシック熱は大学院に入るころまで続いた。80年代の初め頃、念願のラジカセを買った。まだステレオは高嶺の花だった。では、ステレオがなかったのに買ったLPレコードはどうしていたのか。お盆と正月に帰省するとき紙袋に詰めて実家に持ち帰り、そこで聞いていたのである。両手に持った紙袋がずっしりと重かったことを覚えている。つまりそれまでは手元にあっても聴けなかったのだ。話をラジカセに戻そう。ラジカセを買ってから80年代の半ば頃まではよくFM放送を聞いた。僕がラジオを聞いたのはこの時期だけだ。高校生のころ時々夜中に「ユア・ヒット・パレード」を聞いたりしたことはあったが、それほどしょっちゅうというわけではなかった。FM雑誌を買い出したのもこの頃、80年代に入ってからである。その頃は『FM fan』を愛読していた。当初はFM番組のチェックが主たる目的だった。FM雑誌で1~2週間先の番組をチェックして、ラジカセで片っ端からカセットテープに録音していた。一体何本くらい取ったのか自分でも分からない。数百本はあっただろう。

 ラジカセを買ったころから音楽の好みが大きく変わった。面白いもので、好きなジャンルは少しずつ変わるのである。クラシック一辺倒だった時でも、最初は交響曲が好きで、次にバイオリン曲、それからピアノ曲、室内楽と好みが移り、最後はバロックに行き着いた。今でもバロックとモーツァルトが好きだ。歌ものや管弦楽曲はなぜかあまり好きになれなかった。ラジオ番組を聞くことでしだいにクラシック以外のジャンルにも関心が広がっていった。FMを通じてロックや日本のニュー・ミュージック、そしてジャズにも耳を傾けるようになったのだ。

 変化はそれだけではなかった。当初はFM番組のチェックのために音楽雑誌を買っていたが、次第にラジオを聞かなくなり、その結果レコードの新譜案内しか見なくなったのである。映画の情報をもっぱら『ぴあ』から得ていたように、レコードやその後のCDの新譜情報はもっぱら音楽雑誌に頼っている。当時定期購読していた雑誌は『FM fan』と『レコード・コレクターズ』だった。『レコ芸』はクラシックをあまり聴かなくなった時から買わなくなり、代わりに『スイング・ジャーナル』を買うようになった。ラジオを聞いていた頃から当時のベストテンなど流行りの音楽にはさして関心がなかった。むしろ過去の名盤に関心が向き、名盤特集を見つけると無条件で買っていた。そういう資料を基に買いたいものを選んでいた。だからものすごい勢いでレコードやCDを中古で買っていたが、そのほとんどすべては買ってきて初めて聴くのである。たまに聞き覚えのある曲が入っていて、ああこの曲はこのグループが歌っていたのかと思ったりすることがあった。

 最初から流行り廃りに関心がないのだからこれで何も問題ない。もちろん新譜案内や名盤案内を読んでこれが良さそうだと選んで買うわけだから、当たりはずれがあるのは当然である。所詮は他人の推薦である。でもまあ買ってがっかりするのは1割程度だろう。年季が入ってくると自分の好みも分かって来るし、紹介文を読んでどんな内容かも検討が付くようになる。ヒット曲は自然に耳に入って来るので意識しなくても覚えてしまうが、それで買ってみようとは別に思わないのだからこれで良いのである。考えてみれば本や映画だって同じことである。どちらも様々なメディアで情報を得て買ったり観たりするわけだ。読んでみて、観てみて初めてどういう作品か分かるのである。音楽もこれと同じことをしているだけだ。

 ただ、音楽の場合レコードやCDを聞くばかりではなく、コンサートにも行っていた。東京にいた頃はクラシックも何度か聴きに行ったが、もっぱら通ったのは規模の小さなライブハウスだった。新宿の「ルイード」、「ロフト」、「ピット・イン」、渋谷の「テイク・オフ7」、「エッグマン」、「ジャンジャン」。だめだ、他にもあったが名前を忘れてしまった。六本木や下北沢、銀座にも行ったなあ。悲しいことに名前が出てこない。

 ジャズを別にすると、もっぱら女性歌手ばかり聴きに行っていた。せっかく間近で見られるのだから、聴くだけでなく見る楽しみもないとね。エポ、上田知華とカリョービン、中原めいこ、高橋真梨子、谷山浩子、それにあの頃西島三重子が好きで何度も聴きに行ったな。そうそう「ロフト」では山崎ハコを聴いたっけ。彼女にふさわしい暗い場所だった。こうやって名前を挙げてみると顔が赤くなる。ミ-ハーだったのね。

 話を音楽のジャンルに戻そう。ジャズに出会ったのは80年代初め、大学院生のころだった。ジャズとの出会いが僕の音楽の嗜好を根本的に変えてしまったと言ってもよい。決してジャズ一辺倒にはならなかったが、この時からずっと一番好きなジャンルはジャズなのである。クラシックばかり聞いていた頃からジャズには関心があったのだが、周りにジャズが好きな友達がいなかったために、ずっと未知のジャンルだったのである。FM放送が僕をぐっとジャズに近づけたのだ。最初はヴォーカルをもっぱら聞いた。なんとなくその方が取っ付きやすかったのである。知識もなかったので、何から聞いたらよいのか分からなかったということもある。ところが、ある時たまたま古本屋でジャズの名盤を特集した雑誌を買った。「スイング・ジャーナル」誌の別冊である。むさぼるようにその雑誌から知識を吸収し、忘れないように手帳を作ってメモした。ジャケット写真も切り抜いて手帳に張り付けていた。その手帳を持ってレコード店へ行ったのである。初めて買ったジャズのレコードは、忘れもしないコルトレーンの「至上の愛」と「バラード」だった。銀座の輸入レコード店で見つけた。棚から取り出した時手がふるえたのを覚えている。「至上の愛」はよく理解できなかったが、「バラード」は気に入った。この時から本格的にジャズにのめり込んで行ったのである。とにかく一気にジャズの知識を詰め込んだので、買いたいレコードが山ほどあったわけだ。

 その後ジャズを始めソウルやブルース、そしてロックのレコードを次々に買いまくった。買うのはもちろん中古レコードだ。渋谷の「レコファン」、「セコハン」、「ディスク・ユニオン」、「ハンター」、新宿の「えとせとら」(入り口が「OS劇場」というストリップ劇場の隣だった)、「ディスク・ユニオン」、「八月社」、「レコファン」、下北沢の「セコハン」、その他お茶の水、高田馬場、池袋、吉祥寺等、都内をくまなく捜し回った。今では名前を思い出せない店も何軒かある。渋谷の宮益坂沿いのビルの2階にあった店、高田馬場の神田川沿いにあったジャズ専門店とブルース専門店、新宿の「えとせとら」と同じ一角にあったラーメン屋の2階の店。これらの中古店のうちどれくらいが今でも残っているのだろうか。

 80年代の後半頃の中古レコードはだいたい千円くらいで買えた。定価より高いものは買うつもりはなかったので、だいたい1600円あたりが買うレコードの上限だった。中古で安いのが買えるのに、定価で買うのはばかばかしい。中古に出るまで2年でも3年でも辛抱強く待つ。たとえ中古屋でほしいものを見かけても、上限を超えていればもっと安いのを見つけるまで待つ。80年代半ばごろからCDを買い始めたが、こちらは確か上限が1500円くらいだったか。

 CDと言えば、最初に手に入れたCDはパチンコの景品だった。確かマドンナの「ライク・ア・ヴァージン」だったと思う。その後も何枚も景品でもらったが、長いこと聴けなかった。CDプレーヤーを持っていなかったからである。初めて買ったCDプレーヤーはソニーのウォークマン。小さくてかさばらないからだ。ミニコンポにつないで聴いていた。電車などで移動中にCDを聴くことはしたことがない。電車の中やレストラン、カフェなどでは常に文庫本を読んでいる。音楽は家でステレオで聞くものと決めている。僕は携帯もスマホも持ったことがないので、電車や車で移動中に映画を観たりする習慣もない。映画は家の大画面テレビで観ることにしている(東京にいたころと違って、上田に来てからは映画館で観ることはめったにない)。ゲームもインヴェーダー・ゲームがものすごい勢いで流行っていた頃から一度もやったことがない。まったく関心がなかった。僕がやるゲームはパソコンに無料で付いてくる「フリーセル」というカードゲームだけである。これは知的なゲームなので、ボケ防止に良いと思ってやっている。年に数回ふと思い出してやる程度だが、現在レベル54まで来ている。もう解けないゲームはほとんどなくなった。

 

コレクター人生(上田時代)
 中古品は安いのでどんどん買ってしまうが、コレクションの枚数が多くなるもう一つの理由は様々なジャンルを聞くからである。クラシック、ジャズ、フォーク、カントリー、ロック、R&B、ソウル、ブルース、レゲエ、ラテン、ワールド・ミュージック。日本のものも当然聞くし、90年代後半ごろからはアイルランドを中心としたケルト系ミュージック、スエーデンを中心とした北欧のポップス、中国のポップスにも関心を向け始めた。40台に入るとハード・ロックやヘビメタ系の騒々しいのは聴かなくなった。どれを聞いても同じラップ系は結局好きになれなかった。アフリカのものも持ってはいるが、今一つなじめない。逆に欲しいのになかなか手に入らないのはアイリッシュ・ミュージックやフォルクローレである。新星堂のレーベル、オ-マガトキは実に良心的でここでしか手に入らない貴重なアーチストのものをたくさん出しているが、悲しいかな、なかなか中古店では見かけない。

 ジャズ、ソウル、ブルース、レゲエとブラック・ミュージック系が好きなのは変らないが、最近聞いて良いと思うのは、アイルランド系、ブリティッシュ・モダン・トラッド系、フォーク系、カントリー系、シンガー・ソングライター系などの落ち着いた感じの音楽である。ジャズも昔からサックスが好きだが、最近はピアノを中心にしたものが心地よい。

 好みが変わったのには東京から上田に移ってきたことも遠因になっていると思われる。東京と違って、長野にはあまり中古レコード店がない。90年代から2000年代初めにかけてよく通ったのは上田の「ブック・オフ」、「メロディ・グリーン」、「サザン・スター」、「トム」、そして長野の「グッドタイムス」あたりである。この中古店めぐりはラウンドと称して、上田に来てからも20年近く続けていた。ただし、置いてあるものも東京に比べると貧弱で、日本のものが中心。ジャズに至ってはほとんど中古では手に入らない。したがって欲しいものと買えるものとが一致しない。長年そんな状態が続くと好みまで変わってくるのだろう。

 買う雑誌も変わってきた。『ぴあ』は地方都市では意味がないので、上田に来てから(88年以降)は買わなくなった。別の映画情報誌に替えた(最初に乗り換えた雑誌は憶えていないが、2000年代に『DVDでーた』を買い始め、現在は『DVD&動画配信でーた』というタイトルになっている)。『キネマ旬報』は毎年2月5日発売のベストテン号だけ買う(これはもう20年近く続いている)。音楽雑誌などは、何誌もあったFM雑誌は90年代末ごろに全滅。そのたびに別の雑誌に乗り換えてきた。定期的に買っていたのは『レコード・コレクターズ』、『ミュージック・マガジン』、『CDジャーナル』だが、今は『レコード・コレクターズ』と『ミュージック・マガジン』は特集号しか買わない。『CDジャーナル』は経営が苦しいのだろう、毎月出ていたのが今は季刊になってしまった。したがって現在毎月買っている音楽雑誌はない。昔買って積読だったものを今少しずつ読んでいるのが現状だ。しかしこれが却って具合が良い。10年前、15年前の新譜が今なら安く手に入るからだ。インターネット時代になった今でも、映画や音楽の情報はもっぱら雑誌で得ているが(もはや惰性だ)、買うのは今や地元の中古店ではなくアマゾンである。地元で手に入れば送料がかからないのだが、地元ではろくなものがない。送料を払ってでもアマゾンで買うしかないわけだ。時々狂ったように大量注文し(1回で50点を超えることもまれではない)、送料だけで万単位になるのには自分でもびっくりする。

 いくら地元の中古店を駆けずり回っても見つからないのが、インターネットなら簡単に見つかる。家から注文できるので移動の時間もかからない。便利な世の中になったものだ。もちろん、いくらインターネットだからといって検索してすぐに条件(つまり値段)に合うものが見つかるわけではない。値段が高ければ、安いのが見つかるまで何十回でも検索し続ける。ほしいものを見つけるにはじっくり時間と手間を書ける、脚で探そうがネットで探そうが、この基本はいまだに変わらない。

 

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