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2010年2月11日 (木)

戦場のレクイエム

2007年 中国 2009年1月公開
評価:★★★★★
監督:フォン・シャオガン
脚本:リュウ・ホン
撮影:リュイ・ユエ
出演:チャン・ハンユー、ドン・チャオ、ユエン・ウェンカン、タン・ヤン     
    リャオ・ファン、ワン・バオキアン、フー・ジュン、レン・クァン

 まず、フォン・シャオガン監督(馮小剛、1958年北京生まれ)のことから始めよう。最初に観た彼の映画は「ハッピー・フューネラル」 (2001)。03年の公開だが、中古で買ったDVDで05年に観た。ここまでやるかとあきれるほどにハチャメチャなコメディである。それまでに数十本の中国映画を観ていたが、中国映画というと人間ドラマをじっくり描くというイ100108_42_2 メージだった。初めて観た中国のコメディ映画はチャン・イーモウ監督の「キープ・クール」。04年に観ている。これも非常によくできたコメディだった。ねじれにねじれた状況をとことん突き詰めて笑いをとるというタイプで、実に新鮮だった。この映画を観て日本製コメディ映画のレベルの低さを改めて思い知らされた。この2本の映画を観て以来、中国のコメディ映画というと僕の中ではこの2本のイメージがどうしても付きまとってしまうほどである。

 フォン・シャオガン監督がかかわった映画で次に観たのが「わが家の犬は世界一」 (2002)。フォン・シャオガンは製作総指揮を務めている。中国の庶民生活をあきれるほど赤裸々に、リアルに描いた人情喜劇である。そして3本目に観たのがこの「戦場のレクイエム」 (2007)。この映画を観て改めてフォン・シャオガン監督に関心を持ち、他にどんな映画を撮っているか調べた。そしてアマゾンで手に入れて次に観たのが「イノセントワールド 天下無賊」 (2004)である。「女帝(エンペラー)」 は「LOVERS」タイプの映画らしいので、端から観る気はない。参考までに彼のフィルモグラフィーをあげておこう。初期の作品はほとんど日本未公開だが、一部映画祭などで短期上映されたことがあるようだ。未公開作品は二重かぎかっこを付け、原題を示してある。

フォン・シャオガン監督フィルモグラフィー
 「戦場のレクイエム」 (2007)
 「女帝(エンペラー)」 (2006)
 「イノセントワールド 天下無賊」 (2004)  
 『手機』(2003) 「わが家の犬は世界一」 (2002) 製作総指揮 
 「ハッピー・フューネラル」 (2001)
 『一声嘆息』(2000)
 「ミレニアム・ラブ」 (1999)
 「遥かなる想い」 (1998)
 「夢の請負人」 (1997)
 『天生胆小』(1994)
 『大撒把』(1992)
 『遭遇激情』 (1990)

 * * * * * * * * * * * * *

 『戦場のレクイエム』は前半と後半ではかなり趣が異なる。国共内戦でもっとも熾烈とされた淮海(わいかい)の戦いを描いた前半部分は、スピルバーグの「プライベート・ライアン」や韓国の「ブラザーフッド」、あるいはアメリカのテレビドラマの傑作「バンド・オブ・ブラザーズ」を思わせるリアルな戦闘場面が展開される。ところが後半はガラッと打って変わって「蟻の兵隊」(2006、池谷薫監督、ドキュメンタリー映画)のような展開になってゆく。前半と後半の境目の部分(朝鮮戦争の部分)は切り替わった最初のうちやや戸惑うが、違和感なく後半へとつながってゆく。こういうタイプの映画はかつてなかった。そういう意味でユニークな映画である。

 前半の戦闘シーンは「ブラザーフッド」を撮った韓国の技術スタッフの協力を得て撮影されたものである。なるほどだからあれほどリアルな戦闘場面が描けたのかと納得するが、ただそのリアリティはヴァーチャルなリアリティだということを付け加えておくべきだろう。当時の解放軍があれほど洗練された戦闘技術を持っていたとは思えない。ましてや振り向きざまに撃った弾が敵にあたるなど現実にはまずあり得ない(同じことを他の人も指摘していた)。つまり、格好良すぎる。あのリアリティは現実の国共内戦を基にしているのではなく、アメリカの戦争映画を基にして作られていることを認識しておくべきだ。あくまでヴァーチャルなリアリティなのである。

  冒頭の市街戦場面はスタンリー・キューブリックの「フルメタル・ジャケット」を思わせるが、その戦闘で軍規違反(捕虜の射殺)を犯した人民解放軍のグー・ズーティ連隊長と第9連隊はリウ・ゾーシュイ団長から旧炭鉱の防衛を命じられる。「旧炭鉱を正午まで守りきれ。集合ラッパを合図に随時撤収。」最前線に送られたグー・ズーティ連隊長と47名の兵士たちは、結局撤退する味方を前線に残って援護する捨石の役割を負わされた。次から次へと押し寄せる圧倒的な数の敵に中隊はグー中隊長を除いて全滅してしまう。

 この戦闘場面を観て韓国映画の傑作「帰らざる海兵」(1963、イ・マニ監督)を思い出した。この映画でも陽動作戦のおとりの役割をさせられた部隊は3人を除いて全滅する。後から後からまるで地から湧いてくるような中国軍(朝鮮戦争が舞台、ここでは中国軍は敵である)の数に圧倒される。40年以上も前の映画だが、その迫力は今観てもかなりのものだ。アメリカで映画の技術を学んできた韓国の若い映画人が90年代に次々と国際的水準の作品を作り始めたことはよく知られている。しかし韓国はずっと前からアメリカや日本から映画について学んでいたことが「帰らざる海兵」や「誤発弾」(1961、ユ・ヒョンモク監督)を観ればよくわかる(韓国映画の最高傑作とかつて言われた「誤発弾」を観ていて、しばしば日本映画を観ているような錯覚に陥ったものだ)。

 話を「戦場のレクイエム」に戻そう。この前半部分は単に戦闘場面の凄絶さ、リアルさだけに注目すべきではない。後半の部分のテーマとつながるある重要な場面が描かれる。グーは敵の砲弾を受けて一時的に耳が聞こえなくなってしまう。戦闘のあいまに小隊長の100108_45 ジアオが「集合ラッパを聞いた」と言い出す。だがグーには聞こえていなかった。耳が聞こえなくなっていたために聞こえなかったのか、それとも全滅が必至のこの状況から逃れたいための虚言か。隊員の意見は分かれる。迷った末、グーは突撃を命ずる。戦闘アクションを別にして、ドラマとしてみればこの場面が前半の山場だった。

 突撃か撤退か。ソ連映画の傑作「道中の点検」でパルチザンたちが迫られた決断(ドイツ軍の軍用列車が走っている橋を爆破しようとしていた時、ちょうどその下を味方の捕虜を乗せたはしけが通りかかった、爆破すべきか否か)を思わせる緊張の場面だった。あの時ラッパは鳴ったのか。自分がラッパを聞き逃したために兵をむざむざ全滅させてしまったのか。一人だけ生き残ったグーの心をこの疑問が苛んでいたに違いない。

 グーの心を悩ます問題がもう一つあった。激戦地准河(わいが)の戦闘で戦死した47名の兵士が全員失踪者扱いされているという問題である。そんなはずはない。彼らはみんなあの戦場で戦って死んだのだ。戦死者たちが敵の手に渡らないよう遺体を洞窟の中に集めたはずだ。突撃の時にワン指導員の手によって爆破させたあの洞窟のあたりに兵士たちは今も眠っているはずだ。

 ここから「戦場のレクイエム」は「蟻の兵隊」のような展開になってゆく。「蟻の兵隊」は、日本政府から逃亡兵とみなされ戦後補償を拒み続けられている元日本兵が、当時の真相を掘り起こすために中国に向かい様々な人と出会う様子を描いたドキュメンタリーである。実はここで「戦場のレクイエム」との重要な接点がある。なんと彼らは終戦後も中国に残留させられ、中国国民党系の軍閥と合流して、戦後なお4年間も共産党軍と戦っていたのである。

 主人公の奥村さんたちは、自分たちは「逃亡兵」ではなく、軍の命令によって残留させられたのだと主張する。「自分たちは、なぜ残留させられたのか?」その真相を明らかにするために彼らは中国に向かったのである。同様に、グーも勇敢に戦って死んでいった部下たちが「行方不明」扱いにされていることを許せなかった。無名戦士の墓を見て「生まれて名前を貰って生きてきたのに、無名として死んでいくのか」とうめく彼の姿にはその無念さがにじみ出ていた。

 奥村さん同様、彼も行動を起こす。一人黙々と元炭坑があったあたりを掘り続ける。やがて遺体が見つかり彼らは名誉を回復される。そしてあの長年彼を悩ませていたラッパの件も最後に真相が明らかになる。

 前半と後半を全く違うタッチにするというのは大胆な試みだが、結果的にそれによって人間ドラマとして深みが増したといえる。さすがは中国映画、アメリカ映画のようにヴァーチャルな戦争場面を楽しむ映画にとどまらず、また韓国の「ブラザーフッド」のようなべたべたした人間関係にならずに、人間ドラマを骨太に描き通した。

 グーの部下たちは最後に革命烈士として認められ、勲章が与えられる。それだけを取り上げると結局兵士たちを英雄として描きたかったと思えるかもしれない。しかしグーがたった一人で地面を掘り続けていたのは名誉欲のためでなかったことは明らかだ。彼を突き動かしていたのは、部下たちは「行方不明」者ではなく確かに戦場で戦って戦死したことを証明したい、そして無名のままの彼らに名前を回復してやりたいという思いだったに違いない。われわれはそこに共感するのである。

 無名戦士の墓というのは考えてみれば残酷である。彼らの一人として名前を持たない者などいない。どこの誰かもわからないまま打ち捨てられ、忘れられていった兵士たち。確かにグーの関心は自分と生死をともにした部下たちに集中しているが、彼らの名前を回復してやりたいという思いで行動する彼の姿を通して、われわれは戦場でむなしく倒れていったすべての兵士たちへと思いをつなぐことができる。

 最後に、グー・ズーティを演じたチャン・ハンユーについて一言。彼の演じたグー・ズーティは実に精悍だった。最初から最後まで彼の存在感が映画を引き締めていた。初めて観た気がしたが、実は「イノセントワールド 天下無賊」などフォン・シャオガン監督作品の常連だという。「戦場のレクイエム」が初めての主演作である。今後の活躍が楽しみだ。

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コメント

kimion20002000さん
 ご無沙汰しておりました。いつもコメントをいただきありがとうございます。
 「蟻の兵隊」と比較したレビューはいくつかのレビューを読ませていただいた中では他になかったように思います。それだけ「蟻の兵隊」を観た人が少ない、あるいはこの両方の作品を観る客層があまり重なっていないということでしょう。両方観ていればすぐ連想するはずですから。
 監督自身が語っていますが、これまで国共内戦を描いた映画はたくさんありましたが、いずれも解放軍を英雄的に描いたものばかりだということです。確かにそうでしょうね。もっとリアルに描きたいという監督の意欲は十分伝わってきました。

こんにちは。
『蟻の兵隊』との比較はおもしろいですね。
中国映画で、現代史としての戦争映画というのがこれが初めてだという解説を読んで、ちょっとびっくりしました。

http://blog.goo.ne.jp/kimion20002000/e/3fff41fdda6951fe7958acea9b98d3e1

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