映画の日に「劔岳 点の記」と「火天の城」を観てきました
11月1日は映画の日。久々に映画館(電気館)へ行ってきた。映画館で映画を観るのは今年になって初めて。この時とばかりに「劔岳 点の記」と「火天の城」の2本を続けて観た。今週末はうえだ城下町映画祭。何本か観たい映画があるので、ついでに1日券を買った。今週もまた映画館で映画が観られるぞ。
「劔岳 点の記」
さて、1本目に観た「劔岳 点の記」は実に立派な作品だった。かつてこれほどすぐれた山岳映画は日本で作られたことはなかったのではないか。外国でも山岳映画と呼べるものは少ない。すぐに思いつくのは「運命を分けたザイル」くらいしかない。いや、山岳映画というジャンルにこだわらなくても、「劔岳 点の記」は日本映画史上に残る傑作だと思った。何より、人間ドラマが実にしっかりしていた。わざとらしい泣かせの演出やこれ見よがしのスペクタクル・シーンなどは一切用いていない。山の美しさ、山の怖さが共に映し出されている。セットではなく実際に劔岳(2999m)・立山連峰各所でロケを行って撮った映像のすごさが際立つ。陸軍の陸地測量部と山岳会のライバル意識がたがいに山の仲間としての意識に変わってゆく過程も実に自然に描かれていた。
この映画に関してぜひ強調しておかなければならないことがある。陸地測量部(今の「国土地理院」)と山岳会の初登頂争いをドラマチックに盛り上げてやろうという色気を一切見せなかったことである。この映画が優れた作品になったのはまさにその点にあると言っても過言ではない。陸軍測量手の柴崎芳太郎(浅野忠信)たちが挑んだのはあくまで彼らの作業を阻む山の険しさや自然の厳しさであって山岳会のメンバーたちとの競争ではない。そそり立つ岩壁、ごつごつした岩肌がむき出しの切り立った尾根、雪崩、吹雪、ブリザード、今にも崩れそうな雪庇、隠れ潜むクレヴァス。劔岳への登頂路すら見つけられない。映画が描いたのはそれらの困難を乗り越えて任務を遂行する測量隊の苦闘である。
軍の上層部から下された何としても山岳会の先を越して初登頂を成し遂げよという厳命にもかかわらず、彼らが打ち込んだのは測量に必要な20数か所という地点に資材や機材を運びあげ、測量用やぐらを立て標石を埋め込み測量するという、彼らの本来の作業を遂行することであった。劔岳に登頂しその測量をすることはその作業の最終目標であり、山岳会との初登頂争いは軍の上層部やマスコミなどが勝手に騒ぎ立てていたことにすぎない。彼らはそのように行動し、映画はそのように描いた。そこが素晴らしいのだ。
初登頂争いの劇的な展開を期待してこの映画を観ることは、映画の中に登場したあの新聞記者と同じレベルでこの映画を観ることに他ならない。彼らが目指したのは「道を作ること」であって、山岳会に先んじることではない。もちろんできればそうしたいとは思っていたはずだが、それが第一の目標ではなかった。だからこそあの新聞記者は皮肉な目で描かれているのである。この皮肉な視点がいかに適切であるかは、映画ジャーナリズムなどの「劔岳 点の記」の宣伝の仕方を見ればよくわかるだろう。まさにどちらが先に劔岳の頂上に到達するかの争いを描いた映画であるかのように宣伝しているではないか。今も昔もマスコミの在り方は変わらないことがよくわかる。測量隊が頂上で見つけたぼろぼろの錫杖の頭と槍の穂先は彼らの努力をむなしくさせるものというよりも、初登頂争いというマスコミ的見方をあざ笑うものとして描かれているとみるべきだろう。もし、一番乗りを最高目標にしていたのなら、錫杖の頭と槍の穂先をこっそり持ち帰って自分たちが最初に劔岳を征服したことを誇示することもできたはずだ。三角点の確保という最終目的からすれば、彼らよりも先に誰かが登っていたかどうかはどうでもいいことなのである。
そもそも「征服」という考え方も彼らには無縁だったと思われる。それにこだわっていたのはむしろ山岳会のメンバーやマスコミだった。決して無理をせず、犠牲者を出さずに仕事を遂行する。そこにドラマチックな展開などない。浅野忠信の無表情な表情が示しているのは、淡々と任務を遂行する技術者の姿勢だ。彼らは軍のもとで働いているが、いわゆる軍人ではなく、嘱託のような身分の技師たちなのである。国防上の目的で地図を作るというよりは、地図を作ることそれ自体が彼らの目標だった。軍の思惑とは別の次元で彼らは行動していた。彼らは国防のためというよりは、「道を作る」ために行動したのだ。われわれはそこに共感するのである。山岳会のメンバーたちもそれを理解できたからこそ、「我々は登るのが目的だが、あなたがたは登ってからが仕事だ」と彼らの姿勢と行動に敬意を示したのだ。
何度か画面に映し出される、書棚に並ぶ膨大な数の点の記。彼ら(そして彼らの先輩たち)の業績が真に刻み込まれているのはその中であり、「初登頂」という栄冠にあるのではない。無名の人たちによって延々と綴られてきた記録の集積。柴崎芳太郎たちの業績はその新たな1ページにすぎず、いずれ無名のまま記録の一つとして膨大な記録の中に埋もれてゆく運命にある。それだけのことにすぎない。そしてそれだけのことに彼らは命がけで挑む価値と意義、そして誇りを見出していたのである。「何をやったのかが大事なのではない。何のためにそれをやったかが大事なのだ」という先輩技師古田(役所広司)の言葉もこのような文脈で理解すべきである。
山岳会のメンバーたちが測量隊に敬意を率直に示したように、測量隊のメンバーも同じ険しく厳しい山に挑んだ山岳会のメンバーたちに「仲間」としての共感を示した。互いに手旗信号を用いて意志を送り合うラストの場面は唯一いかにも感動を盛り上げてやろうという作為を感じて正直白けてしまったが、エンドロールでスタッフやキャストを一切の肩書なしで「仲間たち」としてのみ表記した点には深い共感を覚えた。
監督の木村大作は黒澤映画の撮影助手として「隠し砦の三悪人」 (1958)、「悪い奴ほどよく眠る」(1960)、「用心棒」(1961)、「椿三十郎」(1962)、「どですかでん」(1970)等の作品にかかわった人である。70年代から撮影監督として数多くの作品を撮ってきた。僕が観たのは「火宅の人」 (1986)、「駅 STATION」 (1981)、「 日本沈没」 (1973)の3本だけで、残念ながら代表作とされる「八甲田山」(1977)、「復活の日」 (1980)、「居酒屋兆冶」(1983)、「華の乱」(1988)などは観ていない。最近の作品では「憑神(つきがみ)」 (2007)、「単騎、千里を走る。」 (2005)、「鉄道員(ぽっぽや)」 (1999)、「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」 (1996)、「わが愛の譜 滝廉太郎物語」 (1993)など、それなりに話題になった作品を手掛けている。
主演は浅野忠信。「青春デンデケデケデケ」以来「劔岳 点の記」まで7本の作品を観た。「茶の味」で注目し、「サッドヴァケイション」も悪くなかったが、やはり「劔岳 点の記」が図抜けている。彼の代表作の一つになるだろう。
「火天の城」
続いて観た「火天の城」は「劔岳 点の記」に比べると従来のお定まりの映画作法に則った作品で、大分見劣りした。泣かせの演出や型どおりの人間の描き方が何か所も目についた。特に岡部又右衛門(西田敏行)の娘凛(福田沙紀)や敵の送りこんだ暗殺者うね(水野美紀)の描き方などはテレビドラマ並みのレベル。福田沙紀を前面に押し出した売り方にも、美男美女さえ出しておけば観客は集まるだろうという志の低さが如実に表れている。西田敏行が頑張っていただけに演出の低レベルさが残念だった。
ただ、築城に当たる群衆の描き方、恐らくCGによる山の上に巨大な城が築かれてゆく映像などはかなりの迫力だった。合戦シーンを売り物にしない時代劇というコンセプトも悪くない。
「劔岳 点の記」(2008年、日本)★★★★★
監督:木村大作、原作:新田次郎、脚本:木村大作、菊池淳夫、宮村敏正
出演:浅野忠信、香川照之、松田龍平、モロ師岡、蛍雪次郎、仁科貴、蟹江一平
仲村トオル、宮崎あおい、小澤征悦、鈴木砂羽、笹野高史、夏八木勲、役所広司
「火天の城」(2009年、日本)★★★☆
監督:田中光敏、原作:山本兼一、脚本:横田与志、撮影:浜田毅、美術:吉田孝
出演:西田敏行、福田沙紀、椎名桔平、大竹しのぶ、寺島進、山本太郎
石田卓也、上田耕一、ペ・ジョンミョン、熊谷真実、水野美紀
西岡徳馬、渡辺いっけい、河本準一、田口浩正、緒形直人、夏八木勲
« 先月観た映画(09年9月) | トップページ | これから観たい&おすすめ映画・DVD(09年12月) »
ななさん ご無沙汰してました。コメントありがとうございます。
「劔岳 点の記」は今年の邦画マイ・ベストテンのベスト3に入るのは間違いない気がします。非常に優れた映画だと思いました。
あの映像はすごかったですね。特に雲海の上で主人公たちが向き合っているシーンはとても神秘的でした。
撮影の苦労話が話題になり、また映画にもなるようですが、それを別にしても十分見ごたえあるドラマでした。
「火天の城」はがっかりしました。まあ、1週間レンタルになってから気が向けば観てみるという程度の映画ですね。
投稿: ゴブリン | 2009年11月20日 (金) 23:45
お久しぶりです。
「劔岳」は私もおおいに感動しました。
役者の演技もしっかりした物語の構成ももちろんよかったですが
何より山の映像に息を呑みました。
監督の信念や主義がはっきりと伝わってくる
素晴らしい邦画だと思いました。
「火天の城」の方は,世間の評判がイマイチだったので
スルーしてしまいましたが,正解だったようですね。
投稿: なな | 2009年11月15日 (日) 23:02