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2009年6月 4日 (木)

この自由な世界で

2007年 イギリス・イタリア・ドイツ・スペイン 2008年8月公開
評価:★★★★★
原題:It’s a Free World
監督:ケン・ローチ
配給:シネカノン
製作:レベッカ・オブライエン
脚本:ポール・ラヴァティ
撮影:ナイジェル・ウィロウビー
編集:ジョナサン・モリス
出演:カーストン・ウェアリング、ジュリエット・エリス、レズワフ・ジュリック
    ジョー・シフリート、コリン・コフリン、レイモンド・マーンズ
    フランク・ギルフーリー、デヴィッド・ドイル

<はじめに>
  5月の最終週に観た3本の映画はいずれも傑作だった。「おくりびと」、「ウォーリー」そして「この自由な世界で」。最初は3本とも本格レビューを書くつもりだったが、思うように時間が取れないので「ウォーリー」はシリーズ「先月観た映画(09年5月)」の短評で済ますことになりそうだ。

  「この自由な世界で」は昨年公開された映画の中で初めて満点をつけた作品。ケン・ローチ作品なので期待して観たが、その期待は裏切られなかった。僕にとってイギリス映画と中国映画は特別な位置にある。中国映画は80年代に文芸座で「中国映画祭」を観て衝撃を受けて以来、すっかりその魅力に取り付かれている。忙しくなってからも可能な限り作品を観てレビューを書くようにしている。一方、イギリス映画に強い関心を向ける理由は単純。大学と大学院でイギリス文学(特にディケンズとハーディ)を専攻したからである。映画に限らず、イギリスに関すること全般に今でも関心を向けている。

090509_41   そのイギリス映画の中でも、僕の中で特別重要な位置を占めているのがケン・ローチ監督作品である。最初に観たのが「カルラの歌」(98年10月)。次に観たのが「ケス」(99年2月)。次いで「マイ・ネーム・イズ・ジョー」(00年3月)。このあたりまではそれほどすごい監督とは感じなかった。ケン・ローチがマイク・リーと並んで現代イギリス映画界の2大巨匠だと思うようになったのは「リフ・ラフ」(00年10月)と「レディバード・レディバード」(01年3月)を観てからである。とりわけ「レディバード・レディバード」の衝撃は大きかった。体中から怒りが噴出す思いで観た。その後2本のオムニバス映画(どちらもケン・ローチが担当した部分は飛びぬけて優れていた)をはさんで観た「SWEET SIXTEEN」、「やさしくキスをして」、「麦の穂をゆらす風」そして「この自由な世界で」はいずれも傑作だった。

  今やケン・ローチ監督は僕が一番注目している監督である。「この自由な世界で」を観てレビューを書き出したとき、ケン・ローチ監督について本腰を入れて研究してみたいと思った。まだ観ていない作品のうち、「ナビゲーター ある鉄道員の物語」、「ブレッド&ローズ」、「夜空に星のあるように」の3本はすでにDVDを持っている。これらもいずれ観てレビューを書きたい。すでに観ている作品も、レビューを書いていないものは観直してレビューを書きたい。余力があれば監督論も書いてみたい。そうなるとイギリス映画史や現代イギリス史も視野に入れなければならない。また、ケン・ローチの作品のうち「この自由な世界で」も含めて9本の脚本を書いてきた(「カルラの歌」以降「ナビゲーター ある鉄道員の物語」を除くすべての作品)ポール・ラヴァティについても調べなくてはならないだろう。ほとんどライフワークに近い、大変な作業になる。まあ、ゴールは遥か彼方だが、目標があったほうが励みになるだろう。とりあえずは作品評を1本ずつ書き上げてゆくことにしよう。

【ケン・ローチ監督フィルモグラフィー+マイ評価】
 「この自由な世界で」 (2007) ★★★★★
 「麦の穂をゆらす風」 (2006) ★★★★★
 「明日へのチケット」 (2005) ★★★★☆(ケン・ローチ担当分)
 「やさしくキスをして」(2004) ★★★★☆
 「セプテンバー11」 (2002) ★★★★☆(ケン・ローチ担当分)
 「SWEET SIXTEEN」 (2002) ★★★★☆
 「ナビゲーター ある鉄道員の物語」 (2001)
 「ブレッド&ローズ」 (2000)
 「マイ・ネーム・イズ・ジョー」 (1998) ★★★☆
 「カルラの歌」(1996) ★★★★
 「大地と自由」(1995)
 「レディバード・レディバード」(1994) ★★★★★
 「リフ・ラフ」(1991) ★★★★☆
 「ブラック・アジェンダ/隠された真相 (1990)<未>
 「ケス」(1969)  ★★★★
 「夜空に星のあるように」 (1968)

 * * * * * * * * * * * * 

  この映画を論ずるには、まずヒロインであるアンジー(キルストン・ウェアリング)という人物について考察することから始めるのが良いだろう。脚本を書いたポール・ラヴァティは、公式サイトに納められたインタビューで彼女について次のように語っている。「アンジーについて最初から気に入っている点は、彼女が矛盾だらけだということ。そのほうが人間らしいと思う。」アンジーが「矛盾だらけ」の人物だという指摘は重要だが、その前に「そのほうが人間らしいと思う」という発言の意味を考えてみよう。これは同じく公式サイトのインタビューでケン・ローチ監督が語っていることと呼応している。彼は「もっと極端な物語にすることもできたと思いますが」という質問に対して次のように答えている。

 

  あまり極端な人物設定にすると、観客は最初の 1~2分でその人物を受けつけなくなってしまいます。「ああ納得がいく…もし彼女がやらなくても誰かがやることだ…競争の激しい業界なんだから、競争心は強くなくては…チャンスを掴むためにはタフな人間でなくては…」という具合に彼女の論理に入り込み、最後にはその理屈がいかにひどいものかに気づくわけです。

 

  つまり最初から極端な悪女として描いたのではアンジーが抱えている矛盾が描けなくなってしまう。資本主義社会の矛盾を描くことに狙いがあるのに、単なる個人の性格・資質の問題に矮小化されてしまう。フィクションにおける登場人物としても、ハリウッド映画のような型どおりの単純化されたキャラクターになってしまう。それでは矛盾に満ちた、生きた人物像が描けなくなる。そう言っているのだ。

080216_8_2   もともとアンジーには仕事の才能もあり、不法滞在のイラン人一家を放っておけず家に連れてきて、仕事まで紹介するような優しいところもある。仕事を首になったのも、尻を触ったセクハラ上司をはねつけたからだ。職を失い、一人息子ジェイミー(ジョー・シフリート)を抱えて何とか生計を立てようと必死で努力する。友人ローズ(ジュリエット・エリス)と組んでなんとか自分たちで職業紹介所(というと聞こえはいいが、平たく言えば日雇いの斡旋所)を立ち上げる。最初のうちは正規のビザを持っている労働者だけに仕事を斡旋していた。しかし多額のローンを抱え、自分たちの事務所も持ちたいという一心で、移民労働者たちからピンはねを始める。もう少しだけ儲けたらやめる、あともう少しだけ。しかし不法滞在の移民に仕事を斡旋することに踏み切ってから、彼女は坂道を転がり落ち始める。痛い目にもあうが、そのことで彼女は反省して足を洗うどころか、悪辣な稼業により深く手を染めてゆくことになる。ラストで登場する彼女の冷酷な目つき、移民希望者を吟味するあのハゲタカのような目つき。彼女はぞっとするほどの変貌を遂げていた。

  より自分の才能を発揮できる仕事をしたい、仕事と才能に見合った正当な報酬を得たい、何とか自分たちで作った会社を軌道に乗せたい、いつか両親に預けた一人息子を引き取り一緒に暮らしたい。そのためにはもう少し上に這い上がりたい。そういう思いでがむしゃらに突き進む彼女に、少なくともある時点までは、観客を共感させなくてはならない。彼女の願望には人間的に共感できる要素がなくてはならない。彼女が変貌してゆく過程の各段階で彼女が選択した道は「なるほど無理もない」と観る者を納得させるものでなければならない。その選択が彼女自身と彼女の周囲に新たな矛盾をもたらすものであるにもかかわらず。「そのほうが人間らしいと思う」とポール・ラヴァティが言ったのはそういう意味だろう。

 アンジーを見るからに悪党という人物像ではなく、いくつもの矛盾を抱え、葛藤しながら、当初自分が思い描いた方向とは違った方向へ否応なく突き進んでゆかざるを得ない人物として描いたからこそ、「この自由な世界で」は傑作になりえたのだ。職業斡旋所の場面で始まり、職業斡旋所の場面で終わる。しかしその間にアンジーはまったく違う人物になっていた。もっと安定した生活をしたい、息子と幸せに暮らしたいというささやかな願いを実現しようと必死になっていた女性は、ラストではハゲタカの様な目をした、儲けのためには手段を選ばない闇の斡旋業者になっていた。冒頭の場面と同じような場面で終わるだけに、その乖離の大きさに観客はたじろぐ。

 この終わり方が重要である。「この自由な世界で」のアンジーは、「ロード・オブ・ウォー」の主人公ユーリー・オルロフ(ニコラス・ケイジ)と同じなのだ。ユーリーは武器商人でありながら、眠っている息子のベッドでおもちゃの銃を見つけた時は、そっと取り上げてゴミ箱に捨てるような男だった。それが最後には片手を失った女の子に「手はまた生えてくる?」と聞かれても何の感慨も抱かない冷酷な死の商人に変貌している。

080518_28  アンジーとユーリー・オルロフ。この二人の人物造形が優れているのは、最後まで彼らを道徳的に改心させなかった点にある。並みの映画なら、そうしていただろう。それまでの自分を改め、最後はめでたしめでたしで終わる。作者が勝手に道徳的裁断を下し、「勧善懲悪」(poetical justice)で丸く収めてしまうという安易な結末にはしなかった。二人とも挫折もせず、改心もせず、ひたすら己の欲望を追求し続けるままで終わる。そのおぞましいが、しかし否定しがたい「現実」と観客は最後に向き合わざるを得ない。そして映画が終わった後に、何が彼女をそうさせたのかという問題を観客に突きつけてくるのだ。妥協をせず、そこまで押し通したところにケン・ローチの非凡さがある。

 アンジーは何度も困難にぶつかり、矛盾と葛藤を抱え、そのたびに選択を迫られた。その選択は彼女自身がしたものである。彼女の自由意志で。しかしよく考えてみると、常に彼女の背中を押していたものがある事に気づく。それは少しでも上に這い上がりたいという欲求だ。共同経営者のローズのような選択もできただろう。あるいは父親ジェフ(コリン・コフリン)の忠告に従うこともできた。しかしそのつど彼女は他人を踏みつけてでものし上がる道を選んだ。彼女の前には、そしてローズやアンジーの父親の前にも、資本主義の自由競争原理という道が敷かれていたのだ。その道を進むか、その道から外れるか、選択の余地は残されてはいるが、しかれた道そのものをなくすことはできない。それは厳然と常にそこにあるのだ。そしてアンジーにはそれが輝かしい未来に続く道、自由へと続く道に見えたのである。アンジーは自分でもそれと気づかぬまま、敷かれた道に沿ってがむしゃらに突き進んでいたのである。他人の忠告を振り切ってその路線をたどって行き着いた姿、それがラストのアンジーの姿である。少しでも上に這い上がりたいともがいているうちに、知らず知らず彼女は資本主義の冷徹な論理に絡め取られていたのである。

  今よりももっといい生活がしたい、もっと幸せになりたい。それ自体は誰でも持っている自然な願望である。だがそう思ったとたんに、自分がさまざまな個人的・社会的条件によってがんじがらめにされていることに気づく。シングル・マザーであるということ自体が社会の中ではきわめて不利な条件である。 それでも何とか少しでも上に這い上がりたい、そのためにはちょっとした不正に手を出しても良いだろう、自分の事務所が持てるようになるまでなら・・・。仕事が軌道に乗るまでだから・・・。そのちょっとした心の隙に芽生えたわずかなエゴイズムを資本主義という怪物は見逃さず、すかさず食い込んでくる。 ささやかな願望がいつしかどす黒い強欲に変わっていた。その変貌のリアルさ。それがあまりにリアルであるからこそ観客はたじろぎたくなるような居心地の悪さを感じるわけだ。

  食うか食われるかの自由競争原理の下でもがき苦しみ、踏みつけられる側から踏みつける側に這い上がったアンジー(もちろん這い上がっても、這い上がっても、彼女の上にはまた彼女を踏みつける連中がいるわけだが)。先のインタビューで、ケン・ローチはアンジーのことを次のように評している。「彼女は今の時代の精神性を非常によく表した存在でもある。数年後にはビジネスウーマン・オブ・ザ・イヤーになりそうな人物ですね。」あるいは、もっと端的に彼女を揶揄してこうも言っている。「『サッチャーの反革命』の申し子がアンジーです。」

  80年代はまるまるサッチャーの時代だった。その後何代か首相が変わり、保守党から労働党に変わったが、サッチャーが敷いたレールはいまだにイギリス社会を根本において規定している。「ゆりかごから墓場まで」という福祉社会のスローガンはとうに消えうせ、競争原理の下で国民が汲々とするリトル・アメリカになってしまった。経済は上向きになったものの格差は広がるばかり。薬中やアル中が蔓延し、「トレインスポッティング」や「ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ」、「レイヤー・ケーキ」などの映画がアメリカの真似をした絵空事どころか、リアリティをもって迫ってくる社会になってしまった。

  少しでも上に這い上がりたいともがき続けたアンジー。さまざまな段階で彼女は自分の自由意志で次のステップを選択した。彼女がその果てにつかんだ自由。端的に言えば、それは搾取する自由だった。いつの間にか彼女は踏みつけられる側から踏みつける側に回っていた。「何をしても自由な世界なのよ。」儲けるためなら手段を選ばない。そんな放縦な自由は一方で多くの不自由を生む。なぜなら利潤は搾取することから生まれるからだ。資本主義は人間のエゴイズムを食って成長する。

  トレーラーハウスで暮らす移民たちを警察に通報して強引に立ち退かせようとしたアンジーに向かって、共同経営者のローズはこう問い詰めた。「私を見て。アンジー私を見て。何をしても自由なの?」この問いに少し迷いながらアンジーは「たぶん違うわ」と答えた。この段階ではまだそう言うだけの良心はあった(皮肉なことに、立ち退かされる運命の移民たちの中には、かつて彼女が世話したイラン人家族もいたのだ)。しかし最後にはそれすらなくしてしまう。最後のウクライナの場面で、イギリスで働けるとうれしそうに微笑んでいる女性が写される。通訳が彼女の言葉をアンジーに伝えている。「子供を二人残して働きに出るそうで、この虹が幸せを運んでくれると。」虹はアンジーの会社のシンボルマークである。希望を胸に無邪気に微笑む女性。イギリスでどんな過酷な運命が彼女を待っているのか。そう案じずにはいられない。向かい側で彼女を見つめるアンジーの鋭い目には哀れみのかけらもうかがえない。彼女は今や他人の夢をむさぼり食って生き延びているのだ。

081225_25   英語に次のようなことわざがある。”Devil take the hindmost.”(遅れたやつは鬼に食われろ。)これこそまさに自由市場主義の冷徹な論理である。マルクスはさらに的確な表現を用いている。「大洪水よ、わが亡き後に来たれ!これがすべての資本のスローガンである。」この論理が多くの人間を突き動かしてきた。「貧乏暮らしはもう飽きた。浮かび上がりたい。見上げてばかりではなく、見下ろしたいんだ。」これは「男の闘い」(1969、マーティン・リット監督)で、劣悪な労働条件に抗議して抵抗運動を続ける炭鉱労働者の中に資本家側から送り込まれたスパイ(リチャード・ハリス)が言ったせりふだ。同じアイルランド移民である炭鉱労働者たちを裏切ってまでスパイになろうとする彼の背後には強烈な上昇志向があった。この映画もまた最後に勝ち残るのは炭鉱労働者の首魁ショーン・コネリーではなくスパイであるリチャード・ハリスの方である。中国映画「ココシリ」(2006、ルー・チュ-アン監督)ではチベットカモシカを乱獲する密猟者たちと彼らをとことん追跡する民間パトロール隊との死闘がすさまじいばかりの迫力で描かれるが、ここでもまた最後に生き残るのは密猟者たちだった。

 大企業が自ら生き残るために大量に派遣労働者や従業員を解雇している日本でも、この冷徹な論理は貫徹している。「この世のたががはずれてしまった。」(『ハムレット』)いつまでこんなことを続けるのか?すべて自由市場に任せておけばいいという路線はすでにアメリカで破綻している。その後の混乱の中からオバマ大統領が登場した。今後アメリカは、日本は、そして世界はどのような方向へ進むのか。

  ポール・ラヴァティはインタビューでこう言っている。「僕たちが映画のなかで見せようとしているのは、自身の行動には何かしらの結果がつきまとうということなんだ。」アンジーが失ったものは良心だけではない。おそらく家族も失ってしまった。そしてかすかな愛情を感じていたカロル(レズワフ・ジュリック)も。彼女はより自由になったのか?その後彼女はどうなってゆくのか?5年後、アンジーはどんな暮らしをしているのだろう。ポーランドから来た若者カロルは5年後も「この国は嘘だらけだ」と言っているのだろうか。そしてウクライナからイギリスに渡ったあの女性は?

 個々人の運命は誰にも予想できない。しかしこれだけはいえる。5年後も、20年後も、アンジーを誘い込んだあの一見輝いて見える「自由への道」は消えずに残っていると。そしてその道の先には・・・断崖が待ち受けているのかも知れない。

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コメント

真紅さん、ryokoさん、くまさん コメントありがとうございます。

真紅さん
<ケン・ローチは私も「心の父」と思っているくらい敬愛する監督さんです>

そこまで尊敬していたのですか。驚くと同時に、うれしく思いました。

「大地と自由」、「レディバード・レディバード」、「リフ・ラフ」あたりがDVD化されていないのは残念ですね。でも必ずいつかは入手可能になると思います。

ケン・ローチ研究は重たい課題ですが、あせらずにじっくり時間をかけて取り組みたいと思います。気持ちが逃げないようにあえてブログで宣言しました。気長にお待ちください。

ryokoさん
<自分をしっかり持っていなければそんな風になってゆく可能性があるかもしれないという居心地の悪さを実感しました>

それだけこの映画が資本主義の本質を突いていたということですね。今よりももっといい生活がしたい、もっと幸せになりたい。それ自体は誰でも持っている自然な願望ですが、そう思ったとたんに、自分がさまざまな個人的・社会的条件によってがんじがらめにされていることに気づく。シングル・マザーであるということ自体が社会の中ではきわめて不利な条件です。

それでも何とか少しでも上に這い上がりたい、そのためにはちょっとした不正に手を出しても良いだろう、自分の事務所が持てるようになるまでなら・・・。仕事が軌道に乗るまでだから・・・。そのちょっとした心の隙に芽生えたわずかなエゴイズムを資本主義という怪物は見逃さず、すかさず食い込んでくる。

ささやかな願望がいつしかどす黒い強欲に変わっていた。その変貌のリアルさ。それがあまりにリアルであるからこそ観客は「居心地の悪さ」を感じるのですね。

ryokoさんのコメントのおかげで、レビューを書いたときに明確にしきれなかった観点を整理できました。レビュー本体にも書き足しておきます。ありがとうございました。

くまさん
最初に「大地と自由」をご覧になったのですか。公開当時もちろん意識していた作品ですが、スペイン内戦の捉え方に疑問があるという批評をいくつか目にしたのでつい観そびれてしまいました。

当時ビデオは出ていたのですが、DVDはいまだに出ていませんね。当面はビデオでも良いからチャンスがあれば手に入れたいと思っています。

こんにちは、ゴブリンさん。
まだ「大地と自由」は見られていないんですね。私はこれをみて、ケンローチを発見しました。ここで歌われるインターナショナルのなんと新鮮なことか。でも確かにレンタル屋さんにおいてはいない。ぜひとも見てください。

こんばんは!
TBありがとうございました。
ケン・ローチ監督作品は、本作が初めてです。
欲望が人を変えてゆく怖さと、自分をしっかり持っていなければそんな風になってゆく可能性があるかもしれないという居心地の悪さを実感しました。

>資本主義は人間のエゴイズムを食って成長する。
まさに今の金融危機を物語る言葉で、心にずしりと響きました。
ぼちぼち他作品も見てみたいです。
ケン・ローチ監督研究、頑張ってください。

ゴブリンさん、こんにちは! TBありがとうございます。
英文学を専攻していらしたのですね。
ケン・ローチは私も「心の父」と思っているくらい敬愛する監督さんです。
でも初期の作品はほとんどDVD化されておらず、観ることが叶わない状況です。
いつか観られる日が来ることを信じて、そしてゴブリンさんの「ケン・ローチ論考」、楽しみに待っていますね。
本作は思いっきりケン・ローチ印の秀作だったと思います。
この自由競争世界は、いったい何処へ向かうのでしょうね。。

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