「エディット・ピアフ 愛の讃歌」を観ました
ミュージシャンの伝記映画というと昔から傑作が多い。ちなみに70年代以降に絞ってマイ・ベスト10を挙げれば以下のようになろうか。
「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(2007)
「風の前奏曲」(2004、ソーン・シラパバンレーン)
「ビヨンドtheシー」(2004、ボビー・ダーリン)
「五線譜のラブレター」(2004、コール・ポーター)
「永遠のマリア・カラス」(2002)
「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」(1998)
「シャイン」(1995、デヴィッド・ヘルフゴット)
「アマデウス」(1984、モーツァルト)
「歌え!ロレッタ愛のために」(1980、ロレッタ・リン)
「ウディ・ガスリー わが心のふるさと」(1976)
エディト・ピアフ。フランスが誇る偉大なシャンソン歌手。しかし僕が彼女のCDを買ったのはほんの1、2年くらい前だ。もちろん「愛の讃歌」や「バラ色の人生」は昔から名曲だと思っていた。しかしビリー・ホリデイ同様(この2人が同い年だということを「エディット・ピアフ 愛の讃歌」で初めて知った)何か古臭い気がしてさほど聞きたいとは思っていなかったのである。
初めてシャンソンのレコードを買ったのはもう30年以上前。高校生の時だった。そのころカンツォーネが好きで、その関連でシャンソンの2枚組みレコードを買ったのだ。シャルル・アズナブールの来日ライブ盤も持っていた。シャンソンやカンツォーネは今でこそCD店の片隅にしか置かれていないが、70年代頃まではまだ結構ファンがいたものだ。アダモやクロード・チアリはよくテレビに出ていたし、エンリコ・マシアス、ジルベール・ベコー、イヴ・モンタンなどは日本でも有名だった。60年代半ばから70年代にかけてポップス路線のシルヴィー・ヴァルタンとミシェル・ポルナレフがヒットを連発していた。
80年代前半はFMラジオから膨大な量のエア・チェック(懐かしい用語だ)をしていた。その頃はもうシャンソンのレコードは買わなかったが、カセットテープ(これも懐かしい)にはしばしば録音していた。コラ・ヴォケール、イヴェット・ジロー、シャルル・トレネ、ダミア、リュシエンヌ・ドリール、ジュリエット・グレコ、バルバラ、渋いところでジョルジュ・ムスタキ(当時はコアなファンがいた)、等々。ポップス・ロック系ではフランソワーズ・アルディ、フランス・ギャル、ジョニー・アリデイ、ミレイユ・マチュー、ナナ・ムスクーリ(アンジェラ・アキが出てきた時ナナ・ムスクーリにあまりにも似ているので、彼女の娘ではないかと思ったのは僕だけじゃないはず)。 CD時代になってからはめっきりフランスの音楽を聴かなくなった。せいぜい買ったのはミレーヌ・ファルメール、ララ・ファビアン、リアーヌ・フォリー、ブリジット・フォンテーヌ、パトリシア・カース、エンゾ・エンゾ、カーラ・ブルーニ、ヴァネッサ・パラディ程度。この中ではパトリシア・カースがダントツでいい。最近新譜を見かけなくなったのは残念だ。
しかしエディット・ピアフのCDは何度も手に取りながらつい最近まで買うことはなかった。そして実際に聞いてみても「愛の讃歌」と「バラ色の人生」以外はあまりに古臭くて何がいいのか分からなかったというのが本当のところだ。ただし、1曲だけ素晴らしい曲があった。それが「エディット・ピアフ 愛の讃歌」の最後で歌われる「水に流して(私は後悔しない)」だった。この曲には2つの有名曲に匹敵する輝きを感じた。
もちろんフランス語なので意味は分からずに聞いていたが、映画のラストで歌われたときにはその歌詞からピアフの様々な思いが読み取れて涙があふれ出た。あえて「愛の讃歌」と「バラ色の人生」を前面に出さずにさらっと流し、ラストのクライマックスに「水に流して(私は後悔しない)」を持ってきた演出は見事に成功していたと思う。
ビリー・ホリデイとエディット・ピアフ。奇しくも同じ年に生まれ、同じように苦難に満ちた壮絶な人生を送った二人の大歌手。それぞれの伝記映画「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実」と「エディット・ピアフ 愛の讃歌」の出来が雲泥の差になったのは、「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実」がビリー・ホリデイの人生をあまりにきれいに描きすぎたからである。少女時代の悲惨な環境や40歳代のピアフがまるで老婆のようになってしまう晩年を容赦なく描き出した後者に比べると、前者のビリーは美しすぎ、人種差別や麻薬・アルコール依存症でのた打ち回った彼女の人生が身に迫るほどは描かれていない。
ピアフの人生は大事なものを失い続ける人生だった。どんなに名声を得ても彼女の心にぽっかりと開いた空隙を埋めることはできなかった。薄汚いパリの路地裏を這いずり回るようにして生きていた少女時代、死の床で彼女の脳裏に去来するのはその思い出だった。頑固なまでに自分を押し通し、内部から瓦解するように崩れ落ちていった人生。人生の明と暗をこれほど冷徹に描き、なおかつ切なさとはかなさを伝え得ており、かつセンチメンタルになることを回避しえている映画は他になかなか思い当たらない。
「サン・ジャックへの道」、「約束の旅路」、「アズールとアスマール」、「トランシルヴァニア」そして「エディット・ピアフ 愛の讃歌」。昨年公開のフランス映画は実に充実していたことが分かる。ひょっとしたら今フランス映画は新しい黄金時代を迎えつつあるのかもしれない。
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