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« 第9回Golden Tomato Awards発表 その2 | トップページ | 先月観た映画(08年1月) »

2008年1月28日 (月)

約束の旅路

2005年 フランス 2007年3月公開
評価:★★★★☆
原題:Va,vis et deviens
監督・原案・脚本:ラデュ・ミヘイレアニュ
共同脚本:アラン=ミシェル・ブラン
音楽:アルマンド・アマール
撮影:レミー・シェヴラン
美術:アイタン・レヴィ
出演:ヤエル・アベカシス 、ロシュディ・ゼム 、モシェ・アガザイ 、モシェ・アベベ
    シラク・M・サバハ 、イツァーク・エドガー 、ロニ・ハダー 、ラミ・ダノン
   ミミ・アボネッシュ・カガダァ、マスキィ・シュリブゥ・シーバン

Itmt01  先日レビューを載せた「ボルベール」に続いてまた母親の強さと深い愛情を描いた秀作と出合った。主人公は息子なのだが、その息子を守り育てた3人の母親(実母、偽母、義母)の愛情深く力強い存在と息子の実母への強い思いがなければ成立しない映画だった。「約束の旅路」の主たる舞台はイスラエルだが、この映画はまたこのところ盛んに作られているアフリカ関連映画の系譜にも属する作品である。アフリカと何らかの関連を持つ映画は2000年代に入ってから一気に数が増えた。「名もなきアフリカの地で」(02)、「アマンドラ!希望の歌」(02)、「ホテル・ルワンダ」(04) 、「母たちの村」(04) 、「ダーウィンの悪夢」(04) 、「ロード・オブ・ウォー」(05)、「ナイロビの蜂」(05)、「ルワンダの涙」(05)、「ツォツィ」(05)、「エマニュエルの贈り物」(05)、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」(06)、「輝く夜明けに向かって」(06)、「ブラッド・ダイヤモンド」(06)等々。社会的・政治的・文化的矛盾が激烈な形で表出している地域なので、作り物の映画などはるかに凌ぐリアルな作品、深刻な心理的葛藤を伴った人間ドラマが描けるからである。

 ストーリーの大きな枠組みは「母をたずねて三千里」的メロドラマである。1984年の干ばつでスーダンの難民キャンプに逃れてきた母と子。そのキャンプにはたまたまエチオピアからイスラエルへ行こうとしていたユダヤ教徒の一団がいた。その一団をイスラエルへ飛行機で移送救出するという「モーセ作戦」が展開されていたのである。主人公の母親は、自分の息子をたまたま難民キャンプで息子をなくしたユダヤ人女性の子どもにしたて、せめて息子だけでも助けたいという思いで息子をイスラエルに送る。母親と離れ離れになった主人公は、養父母に育てられながらも実母への思いをもち続け、最後にやっと実母と再会する。これが大まかなストーリーである。邦題の「約束」とは、原題の「行きなさい。生きて何かになりなさい」という母親の言葉を守って主人公が医者になったこと、あるいは母との再会を果たすこと(主人公の妻サラはラスト近くで彼に「一つだけ約束して」と言ったが、それは実母を必ず探し出すという約束だったのではないか)を示していると同時に、約束の地エルサレムを表してもいるだろう。

 「約束の地」エルサレムとのつながりが重要である。メロドラマ的枠組みを持ちながら、この作品がいかにその枠組みを突き破り、単なるメロドラマに収まらない優れた人間ドラマになりえたかを考える上で大きなヒントを与えてくれるからだ。グレゴリー・ナヴァ監督の名作「エル・ノルテ 約束の地」(83)やアンジェイ・ワイダ監督の「約束の土地」(75)のように、「約束の地」という言葉はその「約束」が裏切られるという意味を込めて使われることが多い。キリスト教徒であることを隠しユダヤ人に成りすました主人公はシュロモと名づけられ、秘密を抱えて苦悩する。彼がイスラエルで体験した苦難はそれだけではない。彼らファラシャ(黒いユダヤ人)たちはイスラエルで露骨な人種差別に遭遇するのである。長い間差別を受けてきたユダヤ人が一方で黒人を差別している。そういう実態が描き出されている。あまつさえ、エチオピアのユダヤ人たちは本当のユダヤ人なのかという論議すら浮かび上がってくる。実母と遠く離れて暮らし、自己のアイデンティティーに悩み、愛情を注いでくれる養父母たちに嘘をついていることで葛藤し、人種差別に苦しむ。シュロモが体験したイスラエルでの生活は苦難に満ちていた。

 「約束の旅路」が他のアフリカ関連映画とは違うユニークな作品になっているのは、主人公のシュロモに複雑なアイデンティティを持たせているからである。それは例えば言葉にも表れている。シュロモはヘブライ語、フランス語、エチオピアのアムハラ語を話す(ただしアムハラ語の読み書きはできない)。イスラエルが主たる舞台だが、イスラエルが主題ではない。イスラエルの背後には常にアフリカがあった。ユダヤ人は迫害を受けながら聖地エルサレムを思ったが、シュロムはそのエルサレムで自分の故郷エチオピアとスーダンに残された母を思った。イスラエルに暮らす非ユダヤ人という独特のシチュエーションを設定したのは、主人公を現実の様々な矛盾と困難の中で描きたかったからである。

Reath1  子ども時代のシュロモの心の中を占めていたのはスーダンに残された母への思いとキリスト教徒でありながらユダヤ人を装うことから生じる葛藤である。母と別れたばかりであり、しかも子どもであるだけに母への思いは強い。シュロモは食事を口にせず、夜中に施設を抜け出してしまう。歩いてアフリカまで帰ろうとしたのである。やがて自ら左派だと認めるハラリ夫妻に引き取られるが、その後も食事を取ろうとしない。パンを食べずに捨ててしまう。学校の帰りにシュロモが靴を脱いで裸足で大地を踏みしめながら歩く場面やベッドから出て床に寝る場面などがあるので、最初は食べ物が口に合わないのだろうと観客は感じる。しかし彼が食べないのは成長することを拒んでいるためだった。窓辺で外の半月を見上げながらつぶやく(「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」の有名な場面を連想させられる)シュロモの言葉には胸を締め付けられる。「僕は変わりたくない。ママは僕が見分けられる?」自分が大きくなってしまっては、母と再会した時自分だと見分けられなくなってしまうのではないか。彼が食事を拒否する真意はそこにあった。学校で母の日にみんなで母の絵を描くが、シュロモだけ絵が描けないといういかにもメロドラマ的な場面よりもはるかに強烈に訴えてくる場面だ。裸足で歩こうとしたり床で寝たりするのも、単に新しい習慣に馴染めないだけではなく、難民キャンプにいる母親と同じ状態に自分をおきたかったのかも知れない。

 エルサレムの嘆きの壁での台詞も印象的だ。壁一面に詰め込まれた願い事の紙を見て、シェロモは「願い事だらけ、エルサレムの人は不幸なの?」と聞く。必ずしもイスラエルに対する皮肉が込められているわけではないだろう。シュロモ自身が悩み事を持ち、母に会いたいという強い願望を持ち続けているからこそ生じた「誤解」なのだ。

 シュロモにはいくつもの願い事があった。彼は1階に住むシルバーマンさんみたいになりたいと思う。「ある朝目覚めたら白人になっている。本当のユダヤ教徒のようになってる。」本当のユダヤ教徒のようになることは可能だが、白人になることは不可能である。シュロモが初めて学校に行った時、前の席の女の子がシュロモの手を触って自分の手を見た。指が黒くなっていないか確かめようとしたのだ。子どもの間ではまだそんな好奇心程度で済むが、大人たちの目は偏見で歪んでいた。白人の親たちはシュロモがいたのでは成績が下がるし伝染病がうつる危険性があるから彼を転校させてほしいと苦情を言ってきた。これに激しく抗議したのは義母のヤエル(ヤエル・アベカシス)だった。このシーンは素晴らしい。彼女は激しい怒りをあらわにし、「この子は世界一美しい子よ!」と叫んでシュロモに何度もキスをする。

 このときの彼女の態度は実に立派だった。恐らくシュロモを一番支えてきたのは彼女だったろう。彼女に関して一つ非常に重要なことがある。彼女と夫のヨラム(ロシュディ・ゼム)がシュロモを引き取りに現われた時のことである。最初にこの2人を見たとき、これは2週間もすればシュロモを突っ返してくるだろうと感じた。それほどこの二人のニコニコした親しげな態度は白々しく思えたのである。結果的にこの2人は素晴らしい両親になった。それにもかかわらず最初この2人が到底いい両親にはなれそうもないと見えたのは、それまでにわれわれがアフリカでの過酷な現実を見てきているからである。アフリカとイスラエルの間に大きな隔たりがある(単に地理的な距離を言っているのではない)と感じるから、真心を込めてシュロモに接しようとしていたに違いない二人の態度が白々しく映るのだ。

  冒頭に映し出される、死んだ子どもを抱えて呆然とする母親の姿。目は宙をさまよっている。難民キャンプには同じようなうつろな目をした人や不安げな表情の人たちが身を寄せ合うようにして集まっていた。子どもをなくした女性ハナにシュロモを預けた彼の母親。自分の体の一部を引きちぎられる思いだったろう。このハナという女性が実に立派だった。彼女は単に実母と義母となるヤエルの間をつないだというだけの存在ではない。自分の子どもを亡くした後だけに彼女はシュロモの母親の必死の思いを十分理解していた。彼女は実の母親に代わってシュロモを守った。ユダヤ人になりきること、秘密を絶対に守ること、そうしないとエチオピアに送り返されると何度も彼に言い聞かせる。切羽詰った状況のために実の母がやりたくでもできなかったことを、彼女は代わりに立派に果たした。そしてこう言い添える。「スーダンにいる本当のお母さんのことも忘れないで。いつか必ず会えるわ。」そのハナもイスラエル入国後ほどなくして病で亡くなってしまう。「母親」としてシュロモを守ってやれた期間は短かったが、彼女の言葉は幼かったシュロモの不安におびえる心を後ろからしっかりと支えていたに違いない。こういうぎりぎりのところで必死で生きてきた人たちの姿を見てきたからこそ、見るからに裕福そうで幸せそうなハラリ夫妻の笑顔がうわべだけのものではないかと感じてしまうのである。それだけアフリカの現状が過酷だったということだ。

 実際、ハラリ夫妻がシュロモを引き取ったのには政治的な思惑があった。夫のヨラムは将来の兵士を育てるために男の子をほしがった。ヤエルも左翼的政治信条からかわいそうな子どもを引き取ることにした。彼らは自分たちが左翼支持者であること、したがってあまり信心深くないことを率直にシュロモに話した。しかしそれは政治的信条から発した行為で、必ずしも深い愛情からではなかった。だから最初の内はギクシャクする。われわれがこの映画で経験するのは政治的信条から発したものが真の深い愛情に代わってゆくプロセスである。

 シュロモを転校させよという圧力が加えられたように、黒いユダヤ人を引き取るということはハラリ一家もまた人種差別の矢面に立つということである。彼らはそれを承知の上でシュロモを引き取った。そして偏見や差別に正面から立ち向かい、それらを跳ね返してきた。その過程において彼らとシュロモの絆は深められていったのである。

Sdglass0507  シュロモたち黒いユダヤ人の置かれた不安定な立場をファラシュの指導者の1人ケス・アムーラが端的に語っている。「エチオピアではユダヤ人だと非難され、ここでは似非だと非難される。エチオピアではわれわれは“魔術師”と呼ばれ、この国では“クシー”つまり黒人と呼ばれる。この国の政府に訴えたい。大勢のユダヤ人がエチオピアやスーダンに残っている。子供だけがここにいて両親はまだアフリカに残っている。」家族と引き離されている上に、エチオピアにいてもイスラエルにいても身の置き所がない人々(「パッチギ!」「タッチ・オブ・スパイス」にも同じような台詞が出てくる)。シュロモがケス・アムーラに言った「ケス、僕の祖国はどこ?」という言葉がなんとも悲痛だ。

 シュロモはむき出しの差別にも遭遇する。彼が愛したサラの父親はポーランド系のユダヤ人。シュロモを毛嫌いし、娘から引き離そうとする。シュロモは真剣にサラを愛しているが、愛しているからこそ本当はユダヤ人ではないという秘密が養父母だけではなくサラとの間にも入り込んできて彼をさいなむ。ついに彼は警察署で自分は本当のユダヤ人ではないと告白するが、逆に励まされてしまう。その警察官はルーマニアから来た人で、彼自身も差別を受けてきたのだろう。また偏見に満ちた白人どもがエチオピアのユダヤ人は本当のユダヤ人ではないといってシュロモをいじめているのだと勘違いしてしまうのだ。「君の同胞は月に12人も自殺している。われわれの過ちだ。」このシーンはどこかユーモラスで作品が重苦しくなるのを和らげている。しかしその時将来何になると聞かれて、シュロモは答えられなかった。これもまたシュロモの抱える大きな重荷だった。「生きて何者かになりなさい」という母の言葉は10年たってもシュロモの頭から離れることはなかったのだ。

 自分の祖国はどこか、自分は何者になればいいのか。シュロモの苦悩はアイデンティティを模索する苦悩だった。自分は何者になればいいのか、それは彼自身が引き受けなければならない課題だった。この映画はシュロモの成長の物語でもある。彼は何度も迷いながらも、彼を支えてくれた人々から多くを学んで成長していった。その1人がケス・アムーラである。アムハラ語が書けないシュロモは彼に頼んでスーダンの難民キャンプにいる実母への手紙を書いてもらっていた。その関係を通じて彼から多くを学んだ。もう1人はキブツにいるシュロムを訪ねてきた養祖父である。「土地は分かち合うべきだよ。太陽や日かげのように。互いに愛が学べるように。」アラブ人との対立が激しさを増す中、シュロモは対立ではなく共存の考え方を学んだ。彼が医師を目指す決心をしたのは恐らくこの老人の影響だろう。

 しかし一番身近にいて、もっとも彼を支えていたのは義母のヤエルである。シュロモが医者の勉強をするためにフランスに行く時、空港でヤエルはシュロモを養子に取るとき夫に反対したと打ち明ける。「後悔していない。彼のおかげで(あなたと)家族になれたの。」去りかねているシュロモに彼女が言った「行きなさい、行って」という言葉は実母がシュロモを手放すときに言った言葉と重なる。この時点で既にヤエルは本当の母親のような存在になっていたのだ。自分は本当のユダヤ人ではないとシュロモから打ち明けられて、ショックのあまりシュロモを拒否したサラを説得したのもヤエルだった。シュロモの元に戻ってきたサラが言った「大勢のお母さんに愛されてるのね」という言葉はこの映画の中でもっとも感動的な言葉である。

 シュロモは3人の母親によって育てられ、成長して医者になった。国境なき医師団の一員としてスーダンで働いている時ついに彼は実母と再会する。搾り出すような大きな叫び声を発した母。シュロモが母を慕っていただけではない。母もシュロモのことを1日たりとも忘れていなかったのだろう。だから最後に声をあげて泣く、いや叫ぶのは母親なのである。母から母へのリレー。彼女たちは子どもの体を愛情という衣に包んで次の母親に渡したのだ。

 シュロモの長い旅はアフリカで始まりアフリカで終わる。難民キャンプにいるアフリカ人たちにとって「生きる」とは「死なないでいる」という意味でしかなかった。どう生きるかという選択肢は最初から奪われている。可能性が2つ以上なければそもそも「選択」は成り立たない。ただ死なないでいること、彼らにとっての「生」とはそれだけでしかなかった。それは「死」と隣り合わせの「生」だった。

Akari1   中国映画の名作「芙蓉鎮」でチン・シューティエンはユーインにささやいた。「生き抜け。ブタのように生き抜け。牛馬となっても生き抜け。」シュロモの実母は生きろと言っただけではなく、生き抜いて何者かになれと言った。母は別れ際に息子に大きな課題を与えたのだ。「芙蓉鎮」の場合、こんな理不尽な暴虐がいつまでも続くはずはない、いつか必ず中国は変わる、それまでどんなことをしてでも生き延びろという意味が込められていた。シュロモの実の母親は、息子には自分よりもっと人間らしく生きてほしいという願いを込めて送り出した。だからあえて息子に重い課題を負わせたのだろう。母は息子に「死なないでいる」生ではなく、本当の意味で生きろといったのだ。生きるとは選択することである。自分で自分の生きる道を選び取ることである。困難に出会いながらもそれを乗り越え、成長して何者かになる。迷うからこそ人は成長できる。自分は何になればいいのか、迷い続けた末にシュロモは人の役に立つ仕事に就こうと考えたのである。彼の苦悩の背後にはいつも母の言葉があった。体は離れていても、母はいつも彼と一緒にいたのだ。シュロモにとって「約束の地」とはエルサレムではなく、アフリカだったのだ。

 初期ボブ・ディランのドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」に印象的なせりふがある。メイヴィス・ステイプルズが「人と呼ばれるのにどれだけの道を歩まねばならないのか」という「風に吹かれて」の中の有名な歌詞に対して言った言葉だ。「(白人の彼に)なぜこれが書けるの?私の父の経験そのものよ。人間扱いされなかった父のね。」彼女はディランの詩の本質的意味を正確にとらえていた。「風に吹かれて」の歌詞をじっくり味わうことはシュロモの長い旅を理解するうえで大きな示唆を与えてくれるだろう。
How many roads must a man walk down
before you call him a man ?

Yes 'n' how many years can some people exist
before they're allowed to be free? 

Yes 'n' how many ears must one man have
before he can hear people cry?

Yes 'n' how many deaths will it take till he knows
that too many people have died?

<付録>
エキプ・ド・シネマ上映作品マイ・ベスト30
*印がついているものは岩波ホールで観たもの。
77年から89年の12年間に岩波ホールで45本観た。

「大地のうた」3部作*(サタジット・レイ監督)
「大いなる幻影」(37、ジャン・ルノワール監督)
「自由の幻想」(74、ルイス・ブニュエル監督)
「ピロスマニ」(69、ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督)
「家族の肖像」*(74、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
「奇跡」(55、カール・ドライヤー監督)
「木靴の木」*(78、エルマンノ・オルミ監督)
「旅芸人の記憶」*(75、テオ・アンゲロプロス監督)
「山猫」*(63、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
「歌っているのはだれ?」*(80、スロボダン・シャン監督)
「ファニーとアレクサンドル」*(82、イングマール・ベルイマン監督)
「マルチニックの少年」*(83、ユーザン・パルシー監督)
「パパは、出張中!」*(85、エミール・クストリッツァ監督)
「オフィシャル・ストーリー」*(85、ルイス・プエンソ監督)
「芙蓉鎮」*(87、シェ・チン監督)
「八月の鯨」*(87、リンゼイ・アンダーソン監督)
「コルチャック先生」(90、アンジェイ・ワイダ監督)
「森の中の淑女たち」(90、シンシア・スコット監督)
「フィオナの海」(94、ジョン・セイルズ監督)
「パーフェクト・サークル」(97、アデミル・ケノヴィッチ監督)
「宋家の三姉妹」(97、メイベル・チャン監督)
「パッション・フィッシュ」(92、ジョン・セイルズ監督)
「山の郵便配達」(99、フォ・ジェンチイ監督)
「おばあちゃんの家」(02、イ・ジョンヒャン監督)
「父と暮らせば」(04、黒木和雄監督)
「酔画仙」(02、イム・グォンテク監督)
「亀も空を飛ぶ」(04、バフマン・ゴバディ監督)
「母たちの村」(04、ウスマン・センベーヌ監督)
「紙屋悦子の青春」(06、黒木和雄監督)
「約束の旅路」(05、ラデュ・ミヘイレアニュ監督)

■こちらもおすすめ
「フェリーニの道化師」(70、フェデリコ・フェリーニ監督)
「トロイアの女」*(71、マイケル・カコヤニス監督)
「惑星ソラリス」(72、アンドレイ・タルコフスキー監督)
「遠い雷鳴」*(73、サタジット・レイ監督)
「だれのものでもないチェレ」(76、ラースロー・ラノーディ監督)
「女の叫び」*(78、ジュールス・ダッシン監督)
「メキシコ万歳」*(79、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督)
「大理石の男」*(77、アンジェイ・ワイダ監督)
「ルードウィヒ 神々の黄昏」*(72、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
「チェスをする人」*(77、サタジット・レイ監督)
「約束の土地」*(75、アンジェイ・ワイダ監督)
「アレクサンダー大王」*(80、テオ・アンゲロプロス監督)
「無人の野」*(80、グエン・ホン・セン監督)
「ゲームの規則」(39、ジャン・ルノワール監督)
「アギーレ・神の怒り」*(72、ウェルナー・ヘルツォーク監督)
「エミタイ」*(71、ウスマン・センベーヌ監督)
「ドイツ・青ざめた母」*(80、ヘルマ・サンダース=ブラームス監督)
「白樺の林」*(70、アンジェイ・ワイダ監督)
「アルシノとコンドル」*(82、ミゲール・リッティン監督)
「家と世界」*(84、サタジット・レイ監督)
「群れ」*(78、ユルマズ・ギュネイ監督)
「敵」*(79、ユルマズ・ギュネイ監督)
「TOMORROW/明日」(88、黒木和雄監督)
「悪霊」(87、アンジェイ・ワイダ監督)
「チェド」(76、ウスマン・センベーヌ監督)
「乳泉村の子」(91、シェ・チン監督)
「アントニア」(マルレーン・ゴリス監督)
「氷海の伝説」(01、ザカリアス・クヌク監督)
「夕映えの道」(01、ルネ・フェレ監督)
「美しい夏キリシマ」(03、黒木和雄監督)
「上海家族」(02、ポン・シャオレン監督)

■気になる未見作品
「狂った一頁」(26、衣笠貞之助監督)
「十字路」(28、衣笠貞之助監督)
「素晴らしき放浪者」(32、ジャン・ルノワール監督)
「希望の樹」(77、テンギズ・アブラーゼ監督)
「ジプシーのとき」(89、エミール・クストリッツァ監督)
「達磨はなぜ東へ行ったのか」(89、ペ・ヨンギュン監督)
「鷲の指輪」(92、アンジェイ・ワイダ監督)
「聖週間」(95、アンジェイ・ワイダ監督)
「阿片戦争」(97、シェ・チン監督)
「パン・タデウシュ物語」(92、アンジェイ・ワイダ監督)
「元始、女性は太陽であった」(01、羽田澄子監督)
「死者の書」(05、川本喜八郎監督)

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コメント

michiさん コメントありがとうございます。TBも入っていますのでご心配なく。
月を見上げるシーンは素晴らしかったですね。遠く離れ離れになっていても、同じ月を見上げることが出来る。その月は母と息子を同時に照らしていた。そう考えると、2人のつながりが感動的ですね。
「ホテル・ルワンダ」などアフリカや遠い国を描いた映画を観ると、この現状をどう変えればいいのか、自分に何ができるのかと考えざるを得ません。出来る事はほとんどないのですが、問題の所在を意識すること、現実を知ること、自分に何ができるかを常に意識することが大切なのでしょうね。少しずつでも理解の輪を広げてゆくことが大事なのだと思います。

TBありがとうございます。
私からのTBが不調のため、コメントにて失礼いたします。

私は、民族間の争いに疎く、
本作品を観てとてもショックで
月を母に見立てて話し掛ける少年の姿に涙がでました。
私に出来ることは何かあるのか、
深く考えさせられる映画でした。

ゴブリンさん、御快諾ありがとうございました。
また「緑の杜のゴブリン」のほうのリンク集にも
拙サイトを加えていただき、重ねてお礼申し上げます。
こちらこそ、今後ともよろしくお願いしますね。

ヤマさん コメント&リンクありがとうございます。「推薦」に値すると判断していただいたのは大変な名誉だと受け止めております。

前回コメントを入れていただいたときに、本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」のリンク集にも「間借り人の映画日誌」を追加しておきました。この場を借りてお知らせしておきます。

今後ともよろしくお願いいたします。

ゴブリンさん、こんにちは。本日付の拙サイトの更新で、
リンクフリーとお書きのサイト「緑の杜のゴブリン」と
そこのなかの映画日記『約束の旅路』を、
拙サイトの『約束の旅路』の拙日誌からの推薦テクストとして
リンクを貼りましたので、報告とお礼に参上しました。
もし、差支えがあれば、外しますが、ご了解いただけると幸いです。

ヤマさん 再びコメントありがとうございます。

僕の言っている「信念」はヤマさんの指摘している「意志」とそれほど遠いものではないと思います。恐らく「信念」という言葉の響きに対する感覚の違いが別の言葉を選ばせたのでしょう。

僕としてもそれまでさほど意識していなかった点を明確にする機会を与えていただいて感謝したい気持ちです。疑問あるいは問題意識を持つことで先に進めるということを改めてかみ締めたしだいです。

ゴブリンさん、早速にありがとうござました。
 そうか、強い信念ですか。
 まさしく御指摘のように「しばしばそれは硬直した考え方になる」“信念”というものを、常日頃から僕はあまり好もしく思っていないので、ハラリ夫妻のそれについて、その言葉を想起する余地がありませんでした(笑)。ですが、民族アイデンティティの大きな部分に宗教を置いているなかにあって、それゆえと言える部分で発生することもある差別に対して、「主義として人種差別を否定し、宗教的教義に縛られまい」とすること自体を“信念”としてハラリ夫妻が抱いていたから、というふうに観るのが最も自然なのかもしれませんね。
 でもって、単に思想信条的信念ではなく、人という、命を宿し命を育む生命体として存在していることがもたらしてくる実感のようなものとしての信念というイメージを触発していただきました。
 どうもありがとうございました。

ヤマさん コメントありがとうございます。
「過分の紹介」などとご謙遜には及びません。ヤマさんの「間借り人の映画日誌」は数ある映画レビュー・サイトの中でも屈指の優れたサイトだと思います。僕が本格的レビューを書く際に真っ先に参照させていただくサイトの一つなのですから。

サイトが移転していたことに気づかなくて申し訳ありません。さっそくリンクを更新しておきました。

最後に重たい宿題ですが、恐らくそれは信念なのだろうと思います。保守的なイスラエル社会の中で「左翼支持者」を自認するということは、いろんな点で周りの人たちとぶつかり合うことを余儀なくさせられるでしょう。どんな社会でも反体制派でいることは強い信念を必要とします。

主義として人種差別を否定し、宗教的教義に縛られまいと考える。大勢に流されるのではなく自分たちの正しいと考える道を進む。しかし、しばしばそれは硬直した考え方になることがあり、実際夫のヨラムは最後の頃には怒鳴り散らす姿が目立ち始めます。それでも信念は曲げなかったと思われますが、妻のヤエルはより大きな愛情をシュロモに注いでいます。シュロモを転校させよと迫る人たちに敢然として反論するあたりに彼女の強い信念が表れていますが、彼女にはそれと同時に深い愛情があった。愛情は時に理屈を超えますが、彼女の場合それがまた一つの信念だったと思われます。強い信念と深い愛情が一つに結びついていたところに彼女の強さがあったと思うのです。「母たちの村」のコレや「スタンドアップ」のジョージーに似た強さが彼女にはあった。そういうことではないでしょうか。

ゴブリンさん、お久しぶりです。
 こちらの「お気に入りホームページ」に過分の紹介とともに挙げていただいている『間借り人の映画日誌』のヤマです。
 この作品には、僕も強く打たれたのですが、ゴブリンさんががっしりと受け止めて綴っておいでのブログにもたいへん感銘を受けました。とりわけ「シュロモの長い旅はアフリカで始まりアフリカで終わる。難民キャンプにいるアフリカ人たちにとって“生きる”とは“死なないでいる”という意味でしかなかった。どう生きるかという選択肢は最初から奪われている。」以下のご指摘には感じ入った次第です。
 そこで一つご意見を拝聴してみたいとの思いが生じたのですが、「この映画で経験するのは政治的信条から発したものが真の深い愛情に代わってゆくプロセス」とお書きのなかで、ハラリ夫妻に「偏見や差別に正面から立ち向かい、それらを跳ね返」させた原動力は何だったと思われましたか? お構いなければ、ご意見を伺わせてください。

 あ、それとこの機会にご報告申し上げますが、拙サイトはプロバイダーの事情で、先頃http://wwwd.pikara.ne.jp/magarinin/index.html
のほうに移転しておりますので、お構いないときにリンク先を直しておいていただけるとありがたく存じます。

rinoさん コメント、およびご指摘ありがとうございます。
実は今ブログに異常が発生しています。それが不思議なことに、自宅のPCで自分のブログを見ると正常に見えるのですが、職場のPCで見ると左のサイドバーしか映りません。rinoさんのご指摘で、他にも正常に見えないケースがあることが分かりました。
ココログに問い合わせていくつかのアドバイスを受けました。色々試してみようと思います。何とか元に戻ってほしい。

TBありがとうございます。
こちらからもTB頂こうと思ったのですが、どうしてもこちらのPCでは貴ブログの全文を読むことができず、TBのURLも写せません。
その旨だけのコメントで失礼いたします。

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「ホテル・ルワンダ」のヒットによるものなのか、ここ最近はアフリカをテーマにした映画が多数製作されているようで、「ルワンダの涙」、「ツォツィ」、「ブラッド・ダイヤモンド」と、思いつくだけでも気になる話題作がいっぱいですが、その中でも、ブログを使ったキャンペーンが話題になっていた映画「約束の旅路」を、第七藝術劇場という映画館に観に行ってきました。... [続きを読む]

» 『約束の旅路』 [La.La.La]
JUGEMテーマ:映画 制作年:2005年  制作国:フランス  上映メディア:劇場公開  上映時間:149分  原題:VA, VIS ET DEVIENS  配給:クロックワーク  監督:ラデュ・ミヘイレアニュ  主演:ヤエル・アベカシス      ロシュディ・ゼム      モシェ・アカザイ      モシェ・アベベ ユダヤ人と偽り、スーダンの難民キャンプからイスラエルへと脱出し た9歳のエチオピア人少年。真実の名前を隠し新しい土地で生きる少 年の葛藤と苦難の人... [続きを読む]

» 約束の旅路 [しぇんて的風来坊ブログ]
生きる事、を切実に、少年の成長物語として描き、かつイスラエルがモーセ作戦としてユダヤ人としてエチオピアの人々をイスラエルに送ったという史実が背景になっている。(参考記事例:CANPANニュース) 送られる事になったその時点のスーダンでの難民キャンプ自体でのエピソードの始まり方自体が過酷です。 中略しますが、イスラエルでの生活は、養ってくれた家族がおりその家族自体がバリバリの右のイスラエル人で家族内でも悲惨ないじめに遭うとかではなく、家族はリベラルな一家で保護されてはいるものの、少年には秘密があ... [続きを読む]

» 『約束の旅路』ラデュ・ミヘイレアニ [藍空放浪記]
Va, vis et deviens 行け、生きろ、生まれ変われ まずこの映画がもたらしてくれた「エチオピアの山奥に黒人のユダヤ人が大昔から暮らしていた」というちょっと聞いただけではすぐに飲み込めない事柄に驚く。 ソロモン王とシヴァの女王の子孫である彼らは他のユダヤ人との接..... [続きを読む]

» 約束の旅路 [日っ歩~美味しいもの、映画、子育て...の日々~]
1984年、常に死とト隣り合わせの世界、スーダンの難民キャンプで、エチオピア系ユダヤ人がイスラエルへ移送されることを知ったある母親が、息子を死の恐怖から救うため、病気で息子を失ったばかりのエチオピア系ユダヤ人の女性に息子を託します。イスラエルへ無事辿り着いたその9... [続きを読む]

» 約束の旅路 [Polepole Life]
[画像] (劇場用ポスター) 『約束の旅路』公式HPリンク 映画は、アフリカ・スーダンの難民キャンプで一人の女性が 腕の中の息子を亡くすところから始まる。 そして、その様子をじっと見つめるもう一人の女性。 過酷な状況と、深い悲しみが冒頭から迫ってくる。 でも、それは単に難民キャンプでの悲惨なスナップではなく ここから、亡くなった子供に与えられるはずだったチャンスを 一人の少年が譲り受けるために旅立ち、生き、成長していく この物語の始まり。 わが子の命と人生を守る為に、主人公を突... [続きを読む]

» 約束の旅路 [とんとん亭]
「約束の旅路」 2007 仏 ★★★★★ エチオピアの北部ゴンダールの山中にファラシャと呼ばれるユダヤ人が住んで いた。彼らは、大昔から聖地エルサレムへの帰還を夢見ていた。 アメリカとイスラエルの政府は、ファラジャを救出するための“モーセ作戦” ...... [続きを読む]

» 約束の旅路 [きみのすきなところ。]
ファラシャと呼ばれ迫害されてきたエチオピア系ユダヤ人たちを救い出すため、1984年11月から85年1月にかけて米国とイスラエル主導で決行された“モーセ作戦”(エチオピア系ユダヤ人たちを、エチオピアの隣国スーダンの難民キャンプからイスラエルに秘密裏に移送する)。モシェ・アガザイ君演じる主人公のシュラモは、息子の身を案じる母に命ぜられ、ユダヤ教徒と身分を偽りイスラエルへ――― 嘘を吐き続けることへの葛藤。 肌の色や出身に対する謂れのない偏見。 過去の事件に対する罪悪感。 故郷に1人残した母へ... [続きを読む]

» #73.約束の旅路 [レザボアCATs]
この映画は最早、今年のロングラン・ヒットとして銘記される作品になるんじゃないかな、と思う。東京では、“岩波ホール”という、レアな劇場で公開されたのだけれど、それももう2ヶ月前の話。それなのに、こちらではまだまだやっているし、全国公開では、まだまだ6月、7....... [続きを読む]

» 約束の旅路 [TRUTH?ブログエリア]
原題:Va, vis et deviens監督:ラデュ・ミヘイレアニュ映画 仏  [続きを読む]

» 「約束の旅路」 [SolPoniente]
「約束の旅路」 監督 ラデュ・ミヘイレアニュ約束の旅路の【約束】は「何かになれ」という母親との【約束】と【約束】の地エルサレム、この2つの意味が兼ねられていたようです。この約束をベースに主人公シェロモのアイデンティティーの模索とシェロモを見守る4人の母...... [続きを読む]

» “約束の旅路” [小さな心の旅]
                  ★公式サイト    スーダンの難民キャンプ。    ユダヤ人であれば、イスラエルに脱出できることを知った、ある    エチオピア人の母は、我が子をユダヤ人と偽らせ送り出す。    生きて、何ものかになるようにと... [続きを読む]

» 約束の旅路 [★試写会中毒★]
満 足 度:★★★★★★★★        (★×10=満点)  監  督:ラデュ・ミヘイレアニュ キャスト:ヤエル・アベカシス       ロシュディ・ゼム       シラク・M・サバハ 、他 ■ブログ募金キャンペーン■ ブロガーが「約束の... [続きを読む]

» 約束の旅路 [とにかく、映画好きなもので。]
 母と子が交錯する人間の生き様を描いた物語。  エチオピア系ユダヤ人だけが、密かにイスラエルに行く事の出来た「モーセ作戦」を皮切りに、母と子の別れが冒頭に押し迫る。  子は母の元を離れる術に抗いながらも、このスーダンの難民キャンプの過酷....... [続きを読む]

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