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2008年1月

2008年1月28日 (月)

約束の旅路

2005年 フランス 2007年3月公開
評価:★★★★☆
原題:Va,vis et deviens
監督・原案・脚本:ラデュ・ミヘイレアニュ
共同脚本:アラン=ミシェル・ブラン
音楽:アルマンド・アマール
撮影:レミー・シェヴラン
美術:アイタン・レヴィ
出演:ヤエル・アベカシス 、ロシュディ・ゼム 、モシェ・アガザイ 、モシェ・アベベ
    シラク・M・サバハ 、イツァーク・エドガー 、ロニ・ハダー 、ラミ・ダノン
   ミミ・アボネッシュ・カガダァ、マスキィ・シュリブゥ・シーバン

Itmt01  先日レビューを載せた「ボルベール」に続いてまた母親の強さと深い愛情を描いた秀作と出合った。主人公は息子なのだが、その息子を守り育てた3人の母親(実母、偽母、義母)の愛情深く力強い存在と息子の実母への強い思いがなければ成立しない映画だった。「約束の旅路」の主たる舞台はイスラエルだが、この映画はまたこのところ盛んに作られているアフリカ関連映画の系譜にも属する作品である。アフリカと何らかの関連を持つ映画は2000年代に入ってから一気に数が増えた。「名もなきアフリカの地で」(02)、「アマンドラ!希望の歌」(02)、「ホテル・ルワンダ」(04) 、「母たちの村」(04) 、「ダーウィンの悪夢」(04) 、「ロード・オブ・ウォー」(05)、「ナイロビの蜂」(05)、「ルワンダの涙」(05)、「ツォツィ」(05)、「エマニュエルの贈り物」(05)、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」(06)、「輝く夜明けに向かって」(06)、「ブラッド・ダイヤモンド」(06)等々。社会的・政治的・文化的矛盾が激烈な形で表出している地域なので、作り物の映画などはるかに凌ぐリアルな作品、深刻な心理的葛藤を伴った人間ドラマが描けるからである。

 ストーリーの大きな枠組みは「母をたずねて三千里」的メロドラマである。1984年の干ばつでスーダンの難民キャンプに逃れてきた母と子。そのキャンプにはたまたまエチオピアからイスラエルへ行こうとしていたユダヤ教徒の一団がいた。その一団をイスラエルへ飛行機で移送救出するという「モーセ作戦」が展開されていたのである。主人公の母親は、自分の息子をたまたま難民キャンプで息子をなくしたユダヤ人女性の子どもにしたて、せめて息子だけでも助けたいという思いで息子をイスラエルに送る。母親と離れ離れになった主人公は、養父母に育てられながらも実母への思いをもち続け、最後にやっと実母と再会する。これが大まかなストーリーである。邦題の「約束」とは、原題の「行きなさい。生きて何かになりなさい」という母親の言葉を守って主人公が医者になったこと、あるいは母との再会を果たすこと(主人公の妻サラはラスト近くで彼に「一つだけ約束して」と言ったが、それは実母を必ず探し出すという約束だったのではないか)を示していると同時に、約束の地エルサレムを表してもいるだろう。

 「約束の地」エルサレムとのつながりが重要である。メロドラマ的枠組みを持ちながら、この作品がいかにその枠組みを突き破り、単なるメロドラマに収まらない優れた人間ドラマになりえたかを考える上で大きなヒントを与えてくれるからだ。グレゴリー・ナヴァ監督の名作「エル・ノルテ 約束の地」(83)やアンジェイ・ワイダ監督の「約束の土地」(75)のように、「約束の地」という言葉はその「約束」が裏切られるという意味を込めて使われることが多い。キリスト教徒であることを隠しユダヤ人に成りすました主人公はシュロモと名づけられ、秘密を抱えて苦悩する。彼がイスラエルで体験した苦難はそれだけではない。彼らファラシャ(黒いユダヤ人)たちはイスラエルで露骨な人種差別に遭遇するのである。長い間差別を受けてきたユダヤ人が一方で黒人を差別している。そういう実態が描き出されている。あまつさえ、エチオピアのユダヤ人たちは本当のユダヤ人なのかという論議すら浮かび上がってくる。実母と遠く離れて暮らし、自己のアイデンティティーに悩み、愛情を注いでくれる養父母たちに嘘をついていることで葛藤し、人種差別に苦しむ。シュロモが体験したイスラエルでの生活は苦難に満ちていた。

 「約束の旅路」が他のアフリカ関連映画とは違うユニークな作品になっているのは、主人公のシュロモに複雑なアイデンティティを持たせているからである。それは例えば言葉にも表れている。シュロモはヘブライ語、フランス語、エチオピアのアムハラ語を話す(ただしアムハラ語の読み書きはできない)。イスラエルが主たる舞台だが、イスラエルが主題ではない。イスラエルの背後には常にアフリカがあった。ユダヤ人は迫害を受けながら聖地エルサレムを思ったが、シュロムはそのエルサレムで自分の故郷エチオピアとスーダンに残された母を思った。イスラエルに暮らす非ユダヤ人という独特のシチュエーションを設定したのは、主人公を現実の様々な矛盾と困難の中で描きたかったからである。

Reath1  子ども時代のシュロモの心の中を占めていたのはスーダンに残された母への思いとキリスト教徒でありながらユダヤ人を装うことから生じる葛藤である。母と別れたばかりであり、しかも子どもであるだけに母への思いは強い。シュロモは食事を口にせず、夜中に施設を抜け出してしまう。歩いてアフリカまで帰ろうとしたのである。やがて自ら左派だと認めるハラリ夫妻に引き取られるが、その後も食事を取ろうとしない。パンを食べずに捨ててしまう。学校の帰りにシュロモが靴を脱いで裸足で大地を踏みしめながら歩く場面やベッドから出て床に寝る場面などがあるので、最初は食べ物が口に合わないのだろうと観客は感じる。しかし彼が食べないのは成長することを拒んでいるためだった。窓辺で外の半月を見上げながらつぶやく(「マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ」の有名な場面を連想させられる)シュロモの言葉には胸を締め付けられる。「僕は変わりたくない。ママは僕が見分けられる?」自分が大きくなってしまっては、母と再会した時自分だと見分けられなくなってしまうのではないか。彼が食事を拒否する真意はそこにあった。学校で母の日にみんなで母の絵を描くが、シュロモだけ絵が描けないといういかにもメロドラマ的な場面よりもはるかに強烈に訴えてくる場面だ。裸足で歩こうとしたり床で寝たりするのも、単に新しい習慣に馴染めないだけではなく、難民キャンプにいる母親と同じ状態に自分をおきたかったのかも知れない。

 エルサレムの嘆きの壁での台詞も印象的だ。壁一面に詰め込まれた願い事の紙を見て、シェロモは「願い事だらけ、エルサレムの人は不幸なの?」と聞く。必ずしもイスラエルに対する皮肉が込められているわけではないだろう。シュロモ自身が悩み事を持ち、母に会いたいという強い願望を持ち続けているからこそ生じた「誤解」なのだ。

 シュロモにはいくつもの願い事があった。彼は1階に住むシルバーマンさんみたいになりたいと思う。「ある朝目覚めたら白人になっている。本当のユダヤ教徒のようになってる。」本当のユダヤ教徒のようになることは可能だが、白人になることは不可能である。シュロモが初めて学校に行った時、前の席の女の子がシュロモの手を触って自分の手を見た。指が黒くなっていないか確かめようとしたのだ。子どもの間ではまだそんな好奇心程度で済むが、大人たちの目は偏見で歪んでいた。白人の親たちはシュロモがいたのでは成績が下がるし伝染病がうつる危険性があるから彼を転校させてほしいと苦情を言ってきた。これに激しく抗議したのは義母のヤエル(ヤエル・アベカシス)だった。このシーンは素晴らしい。彼女は激しい怒りをあらわにし、「この子は世界一美しい子よ!」と叫んでシュロモに何度もキスをする。

 このときの彼女の態度は実に立派だった。恐らくシュロモを一番支えてきたのは彼女だったろう。彼女に関して一つ非常に重要なことがある。彼女と夫のヨラム(ロシュディ・ゼム)がシュロモを引き取りに現われた時のことである。最初にこの2人を見たとき、これは2週間もすればシュロモを突っ返してくるだろうと感じた。それほどこの二人のニコニコした親しげな態度は白々しく思えたのである。結果的にこの2人は素晴らしい両親になった。それにもかかわらず最初この2人が到底いい両親にはなれそうもないと見えたのは、それまでにわれわれがアフリカでの過酷な現実を見てきているからである。アフリカとイスラエルの間に大きな隔たりがある(単に地理的な距離を言っているのではない)と感じるから、真心を込めてシュロモに接しようとしていたに違いない二人の態度が白々しく映るのだ。

  冒頭に映し出される、死んだ子どもを抱えて呆然とする母親の姿。目は宙をさまよっている。難民キャンプには同じようなうつろな目をした人や不安げな表情の人たちが身を寄せ合うようにして集まっていた。子どもをなくした女性ハナにシュロモを預けた彼の母親。自分の体の一部を引きちぎられる思いだったろう。このハナという女性が実に立派だった。彼女は単に実母と義母となるヤエルの間をつないだというだけの存在ではない。自分の子どもを亡くした後だけに彼女はシュロモの母親の必死の思いを十分理解していた。彼女は実の母親に代わってシュロモを守った。ユダヤ人になりきること、秘密を絶対に守ること、そうしないとエチオピアに送り返されると何度も彼に言い聞かせる。切羽詰った状況のために実の母がやりたくでもできなかったことを、彼女は代わりに立派に果たした。そしてこう言い添える。「スーダンにいる本当のお母さんのことも忘れないで。いつか必ず会えるわ。」そのハナもイスラエル入国後ほどなくして病で亡くなってしまう。「母親」としてシュロモを守ってやれた期間は短かったが、彼女の言葉は幼かったシュロモの不安におびえる心を後ろからしっかりと支えていたに違いない。こういうぎりぎりのところで必死で生きてきた人たちの姿を見てきたからこそ、見るからに裕福そうで幸せそうなハラリ夫妻の笑顔がうわべだけのものではないかと感じてしまうのである。それだけアフリカの現状が過酷だったということだ。

 実際、ハラリ夫妻がシュロモを引き取ったのには政治的な思惑があった。夫のヨラムは将来の兵士を育てるために男の子をほしがった。ヤエルも左翼的政治信条からかわいそうな子どもを引き取ることにした。彼らは自分たちが左翼支持者であること、したがってあまり信心深くないことを率直にシュロモに話した。しかしそれは政治的信条から発した行為で、必ずしも深い愛情からではなかった。だから最初の内はギクシャクする。われわれがこの映画で経験するのは政治的信条から発したものが真の深い愛情に代わってゆくプロセスである。

 シュロモを転校させよという圧力が加えられたように、黒いユダヤ人を引き取るということはハラリ一家もまた人種差別の矢面に立つということである。彼らはそれを承知の上でシュロモを引き取った。そして偏見や差別に正面から立ち向かい、それらを跳ね返してきた。その過程において彼らとシュロモの絆は深められていったのである。

Sdglass0507  シュロモたち黒いユダヤ人の置かれた不安定な立場をファラシュの指導者の1人ケス・アムーラが端的に語っている。「エチオピアではユダヤ人だと非難され、ここでは似非だと非難される。エチオピアではわれわれは“魔術師”と呼ばれ、この国では“クシー”つまり黒人と呼ばれる。この国の政府に訴えたい。大勢のユダヤ人がエチオピアやスーダンに残っている。子供だけがここにいて両親はまだアフリカに残っている。」家族と引き離されている上に、エチオピアにいてもイスラエルにいても身の置き所がない人々(「パッチギ!」「タッチ・オブ・スパイス」にも同じような台詞が出てくる)。シュロモがケス・アムーラに言った「ケス、僕の祖国はどこ?」という言葉がなんとも悲痛だ。

 シュロモはむき出しの差別にも遭遇する。彼が愛したサラの父親はポーランド系のユダヤ人。シュロモを毛嫌いし、娘から引き離そうとする。シュロモは真剣にサラを愛しているが、愛しているからこそ本当はユダヤ人ではないという秘密が養父母だけではなくサラとの間にも入り込んできて彼をさいなむ。ついに彼は警察署で自分は本当のユダヤ人ではないと告白するが、逆に励まされてしまう。その警察官はルーマニアから来た人で、彼自身も差別を受けてきたのだろう。また偏見に満ちた白人どもがエチオピアのユダヤ人は本当のユダヤ人ではないといってシュロモをいじめているのだと勘違いしてしまうのだ。「君の同胞は月に12人も自殺している。われわれの過ちだ。」このシーンはどこかユーモラスで作品が重苦しくなるのを和らげている。しかしその時将来何になると聞かれて、シュロモは答えられなかった。これもまたシュロモの抱える大きな重荷だった。「生きて何者かになりなさい」という母の言葉は10年たってもシュロモの頭から離れることはなかったのだ。

 自分の祖国はどこか、自分は何者になればいいのか。シュロモの苦悩はアイデンティティを模索する苦悩だった。自分は何者になればいいのか、それは彼自身が引き受けなければならない課題だった。この映画はシュロモの成長の物語でもある。彼は何度も迷いながらも、彼を支えてくれた人々から多くを学んで成長していった。その1人がケス・アムーラである。アムハラ語が書けないシュロモは彼に頼んでスーダンの難民キャンプにいる実母への手紙を書いてもらっていた。その関係を通じて彼から多くを学んだ。もう1人はキブツにいるシュロムを訪ねてきた養祖父である。「土地は分かち合うべきだよ。太陽や日かげのように。互いに愛が学べるように。」アラブ人との対立が激しさを増す中、シュロモは対立ではなく共存の考え方を学んだ。彼が医師を目指す決心をしたのは恐らくこの老人の影響だろう。

 しかし一番身近にいて、もっとも彼を支えていたのは義母のヤエルである。シュロモが医者の勉強をするためにフランスに行く時、空港でヤエルはシュロモを養子に取るとき夫に反対したと打ち明ける。「後悔していない。彼のおかげで(あなたと)家族になれたの。」去りかねているシュロモに彼女が言った「行きなさい、行って」という言葉は実母がシュロモを手放すときに言った言葉と重なる。この時点で既にヤエルは本当の母親のような存在になっていたのだ。自分は本当のユダヤ人ではないとシュロモから打ち明けられて、ショックのあまりシュロモを拒否したサラを説得したのもヤエルだった。シュロモの元に戻ってきたサラが言った「大勢のお母さんに愛されてるのね」という言葉はこの映画の中でもっとも感動的な言葉である。

 シュロモは3人の母親によって育てられ、成長して医者になった。国境なき医師団の一員としてスーダンで働いている時ついに彼は実母と再会する。搾り出すような大きな叫び声を発した母。シュロモが母を慕っていただけではない。母もシュロモのことを1日たりとも忘れていなかったのだろう。だから最後に声をあげて泣く、いや叫ぶのは母親なのである。母から母へのリレー。彼女たちは子どもの体を愛情という衣に包んで次の母親に渡したのだ。

 シュロモの長い旅はアフリカで始まりアフリカで終わる。難民キャンプにいるアフリカ人たちにとって「生きる」とは「死なないでいる」という意味でしかなかった。どう生きるかという選択肢は最初から奪われている。可能性が2つ以上なければそもそも「選択」は成り立たない。ただ死なないでいること、彼らにとっての「生」とはそれだけでしかなかった。それは「死」と隣り合わせの「生」だった。

Akari1   中国映画の名作「芙蓉鎮」でチン・シューティエンはユーインにささやいた。「生き抜け。ブタのように生き抜け。牛馬となっても生き抜け。」シュロモの実母は生きろと言っただけではなく、生き抜いて何者かになれと言った。母は別れ際に息子に大きな課題を与えたのだ。「芙蓉鎮」の場合、こんな理不尽な暴虐がいつまでも続くはずはない、いつか必ず中国は変わる、それまでどんなことをしてでも生き延びろという意味が込められていた。シュロモの実の母親は、息子には自分よりもっと人間らしく生きてほしいという願いを込めて送り出した。だからあえて息子に重い課題を負わせたのだろう。母は息子に「死なないでいる」生ではなく、本当の意味で生きろといったのだ。生きるとは選択することである。自分で自分の生きる道を選び取ることである。困難に出会いながらもそれを乗り越え、成長して何者かになる。迷うからこそ人は成長できる。自分は何になればいいのか、迷い続けた末にシュロモは人の役に立つ仕事に就こうと考えたのである。彼の苦悩の背後にはいつも母の言葉があった。体は離れていても、母はいつも彼と一緒にいたのだ。シュロモにとって「約束の地」とはエルサレムではなく、アフリカだったのだ。

 初期ボブ・ディランのドキュメンタリー映画「ノー・ディレクション・ホーム」に印象的なせりふがある。メイヴィス・ステイプルズが「人と呼ばれるのにどれだけの道を歩まねばならないのか」という「風に吹かれて」の中の有名な歌詞に対して言った言葉だ。「(白人の彼に)なぜこれが書けるの?私の父の経験そのものよ。人間扱いされなかった父のね。」彼女はディランの詩の本質的意味を正確にとらえていた。「風に吹かれて」の歌詞をじっくり味わうことはシュロモの長い旅を理解するうえで大きな示唆を与えてくれるだろう。
How many roads must a man walk down
before you call him a man ?

Yes 'n' how many years can some people exist
before they're allowed to be free? 

Yes 'n' how many ears must one man have
before he can hear people cry?

Yes 'n' how many deaths will it take till he knows
that too many people have died?

<付録>
エキプ・ド・シネマ上映作品マイ・ベスト30
*印がついているものは岩波ホールで観たもの。
77年から89年の12年間に岩波ホールで45本観た。

「大地のうた」3部作*(サタジット・レイ監督)
「大いなる幻影」(37、ジャン・ルノワール監督)
「自由の幻想」(74、ルイス・ブニュエル監督)
「ピロスマニ」(69、ゲオルギー・シェンゲラーヤ監督)
「家族の肖像」*(74、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
「奇跡」(55、カール・ドライヤー監督)
「木靴の木」*(78、エルマンノ・オルミ監督)
「旅芸人の記憶」*(75、テオ・アンゲロプロス監督)
「山猫」*(63、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
「歌っているのはだれ?」*(80、スロボダン・シャン監督)
「ファニーとアレクサンドル」*(82、イングマール・ベルイマン監督)
「マルチニックの少年」*(83、ユーザン・パルシー監督)
「パパは、出張中!」*(85、エミール・クストリッツァ監督)
「オフィシャル・ストーリー」*(85、ルイス・プエンソ監督)
「芙蓉鎮」*(87、シェ・チン監督)
「八月の鯨」*(87、リンゼイ・アンダーソン監督)
「コルチャック先生」(90、アンジェイ・ワイダ監督)
「森の中の淑女たち」(90、シンシア・スコット監督)
「フィオナの海」(94、ジョン・セイルズ監督)
「パーフェクト・サークル」(97、アデミル・ケノヴィッチ監督)
「宋家の三姉妹」(97、メイベル・チャン監督)
「パッション・フィッシュ」(92、ジョン・セイルズ監督)
「山の郵便配達」(99、フォ・ジェンチイ監督)
「おばあちゃんの家」(02、イ・ジョンヒャン監督)
「父と暮らせば」(04、黒木和雄監督)
「酔画仙」(02、イム・グォンテク監督)
「亀も空を飛ぶ」(04、バフマン・ゴバディ監督)
「母たちの村」(04、ウスマン・センベーヌ監督)
「紙屋悦子の青春」(06、黒木和雄監督)
「約束の旅路」(05、ラデュ・ミヘイレアニュ監督)

■こちらもおすすめ
「フェリーニの道化師」(70、フェデリコ・フェリーニ監督)
「トロイアの女」*(71、マイケル・カコヤニス監督)
「惑星ソラリス」(72、アンドレイ・タルコフスキー監督)
「遠い雷鳴」*(73、サタジット・レイ監督)
「だれのものでもないチェレ」(76、ラースロー・ラノーディ監督)
「女の叫び」*(78、ジュールス・ダッシン監督)
「メキシコ万歳」*(79、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督)
「大理石の男」*(77、アンジェイ・ワイダ監督)
「ルードウィヒ 神々の黄昏」*(72、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
「チェスをする人」*(77、サタジット・レイ監督)
「約束の土地」*(75、アンジェイ・ワイダ監督)
「アレクサンダー大王」*(80、テオ・アンゲロプロス監督)
「無人の野」*(80、グエン・ホン・セン監督)
「ゲームの規則」(39、ジャン・ルノワール監督)
「アギーレ・神の怒り」*(72、ウェルナー・ヘルツォーク監督)
「エミタイ」*(71、ウスマン・センベーヌ監督)
「ドイツ・青ざめた母」*(80、ヘルマ・サンダース=ブラームス監督)
「白樺の林」*(70、アンジェイ・ワイダ監督)
「アルシノとコンドル」*(82、ミゲール・リッティン監督)
「家と世界」*(84、サタジット・レイ監督)
「群れ」*(78、ユルマズ・ギュネイ監督)
「敵」*(79、ユルマズ・ギュネイ監督)
「TOMORROW/明日」(88、黒木和雄監督)
「悪霊」(87、アンジェイ・ワイダ監督)
「チェド」(76、ウスマン・センベーヌ監督)
「乳泉村の子」(91、シェ・チン監督)
「アントニア」(マルレーン・ゴリス監督)
「氷海の伝説」(01、ザカリアス・クヌク監督)
「夕映えの道」(01、ルネ・フェレ監督)
「美しい夏キリシマ」(03、黒木和雄監督)
「上海家族」(02、ポン・シャオレン監督)

■気になる未見作品
「狂った一頁」(26、衣笠貞之助監督)
「十字路」(28、衣笠貞之助監督)
「素晴らしき放浪者」(32、ジャン・ルノワール監督)
「希望の樹」(77、テンギズ・アブラーゼ監督)
「ジプシーのとき」(89、エミール・クストリッツァ監督)
「達磨はなぜ東へ行ったのか」(89、ペ・ヨンギュン監督)
「鷲の指輪」(92、アンジェイ・ワイダ監督)
「聖週間」(95、アンジェイ・ワイダ監督)
「阿片戦争」(97、シェ・チン監督)
「パン・タデウシュ物語」(92、アンジェイ・ワイダ監督)
「元始、女性は太陽であった」(01、羽田澄子監督)
「死者の書」(05、川本喜八郎監督)

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2008年1月24日 (木)

第9回Golden Tomato Awards発表 その2

【アクション/アドヴェンチャー部門】
1位(Winner) 「ボーン・アルティメイタム」The Bourne Ultimatum
 ポール・グリーングラス監督、マット・デイモン、ジュリア・スタイルズ主演
2位 Hot Fuzz
 エドガー・ライト監督、サイモン・ペッグ、ニック・フロスト主演
3位 Rescue Dawn
 ヴェルナー・ヘルツォーク監督、クリスチャン・ベール、スティーヴ・ザーン主演
4位 「ダイ・ハード4.0」Live Free or Die Hard
 レン・ワイズマン監督、ブルース・ウィリス、ジャスティン・ロング主演
5位 Exiled   
 ジョニー・トゥ監督、アンソニー・ウォン、ロイ・チョン主演

【アニメ部門】
1位(Winner) 「レミーのおいしいレストラン」Ratatouille
 ブラッド・バード監督
2位 「ザ・シンプソンズMovie 」The Simpsons Movie
 デヴィッド・シルヴァーマン監督
3位 「ペルセポリス」Persepolis
 マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・パロノー監督
4位 「パプリカ」Paprika
 今敏監督
5位 「サーフズ・アップ」Surf's Up
 クリス・バック、アッシュ・ブラノン監督

【コメディ部門】
1位(Winner) Juno
 ジェイソン・レイトマン監督、エレン・ペイジ、マイケル・セラ主演
2位 Knocked Up
 ジャッド・アパトウ監督、キャサリン・ヘイグル、セス・ローガン主演
3位 「ウェイトレス~おいしい人生のつくりかた」Waitress
 エイドリアン・シェリー監督、ケリー・ラッセル、ジェレミー・シスト主演
4位 Superbad
 グレッグ・モトーラ監督、マイケル・セラ、ジョナー・ヒル主演
5位 2 Days in Paris
 ジュリー・デルピー監督、ジュリー・デルピー、アダム・ゴールドバーグ主演

【ドラマ部門】
1位(Winner) Away From Her
 サラ・ポーリー監督、ジュリー・クリスティー、オリンピア・デュカキス主演
2位 Gone Baby Gone
 ベン・アフレック監督、ケイシー・アフレック、ミシェル・モナハン主演
3位  The Savages
 タマラ・ジェンキンズ監督、ローラ・リニー、フィリップ・シーモア・ホフマン主演
4位 There Will Be Blood
 ポール・トーマス・アンダーソン監督、ダニエル・デイ=ルイス、ポール・ダノ主演
5位 This is England
 シェイン・メドウズ監督、ジョー・ギルガン、スティーヴン・グレアム主演

【ホラー部門】
1位(Winner) Grindhouse
 クエンティン・タランティーノ、ロバート・ロドリゲス、イーライ・ロス監督
2位 1408
 マイケル・ハフストレム監督、ジョン・キューザック、サミュエル・L・ジャクソン主演
3位 28 Weeks Later
 ファン・カルロス・フレスナディージョ監督、キャサリン・マコーマック主演
4位 Stephen King's The Mist
 フランク・ダラボン監督、トーマス・ジェーン、マーシャ・ゲイ・ハーデン主演
5位 Black Sheep
 ジョナサン・キング監督、ネイサン・マイスター、ダニエル・メイソン主演

【キッズ/ファミリー部門】
1位(Winner) Enchanted
 ケヴィン・ライマ監督、エイミー・アダムズ、パトリック・デンプシー主演
2位 「テラビシアにかける橋」Bridge to Terabithia
 ガボア・クスポ監督、 ジョシュ・ハッチャーソン、アナソフィア・ロブ主演
3位 「ウォーター・ホース」The Water Horse: Legend of the Deep
 ジェイ・ラッセル監督、エミリー・ワトソン、アレックス・エテル主演
4位 The Last Mimzy
 ボブ・シェイ監督、ティモシー・ハットン、クリス・オニール主演
5位 Nancy Drew
 アンドリュー・フレミング監督、エマ・ロバーツ、ジョン・フリッター主演

【ロマンス部門】
1位(Winner) Atonement
 ジョー・ライト監督、キーラ・ナイトレイ、ジェイムズ・マカヴォイ主演
2位 Starter For 10
 トム・ヴォーン監督、ジェイムズ・マカヴォイ、ジェイムズ・コーデン主演
3位 「ジェイン・オースティンの読書会」The Jane Austen Book Club
 ロビン・スウィコード監督、キャシー・ベイカー、マリア・ベロ主演
4位 「ラブソングができるまで」Music and Lyrics
 マーク・ローレンス監督、ドリュー・バリモア、ヒュー・グラント主演
5位 Becoming Jane
 ジュリアン・ジャロルド監督、アン・ハサウェイ、ジェイムズ・マカヴォイ主演

【SF/ファンタジー】
1位(Winner) 「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」
 デヴィッド・イェイツ監督、ダニエル・ダドクリフ、ルパート・グリント主演
2位 Stardust
 マシュー・ヴォーン監督、チャーリー・コックス、クレア・デインズ主演
3位 Sunshine
 ダニー・ボイル監督、キリアン・マーフィー、クリス・エヴァンズ主演
4位 「ベオウルフ/呪われし勇者」Beowulf
 ロバート・ゼミキス監督、レイ・ウィンストン、アンソニー・ホプキンス主演
5位 Wristcutters: A Love Story
 ゴラン・デュキック監督、パトリック・フュジット、シェイ・ウィガム主演

【ドキュメンタリー部門】
1位(Winner) 「シッコ」Sicko
 マイケル・ムーア監督
2位 In the Shadow of the Moon
 デヴィッド・シングトン監督、ジム・ロヴェル、バズ・オルドリン主演
3位 The King of Kong: A Fistful of Quarters
 セス・ゴードン監督 
4位 No End in Sight
 チャールズ・ファーガソン監督
5位 My Kid Could Paint That
 Amir Bar-Lev監督

【外国語映画部門】
1位(Winner) 「善き人のためのソナタ」The Lives of Others
 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督、ウルリッヒ・ミューエ主演
2位 「グエムル 漢江の怪物」The Host
 ポン・ジュノ監督、ソン・ガンホ、パク・ヘイル、ペ・ドゥナ主演
3位 「潜水服は蝶の夢を見る」The Diving Bell and the Butterfly
 ジュリアン・シュナーベル監督、マチュー・アマルリック主演
4位 Ten Canoes
 Rolf De Heer, Peter Djigirr監督、Crusoe Kurddal, Jamie Gulpilil主演
5位 The Italian
 Andrey Kravchuk監督、Denis Moiseenko, Kolya Spiridonov主演

【スリラー部門】
1位(Winner) No Country for Old Men
 コーエン兄弟監督、トミー・リー・ジョーンズ、ジョシュ・ブローリン主演
2位 「ゾディアック」Zodiac
 デヴィッド・フィンチャー監督、ジェイク・ギレンホール、ロバート・ダウニー主演
3位 Michael Clayton
 トニー・ギルロイ監督、ジョージ・クルーニー、トム・ウィルキンソン主演
4位 Eastern Promises
  デヴィッド・クローネンバーグ監督、ヴィゴ・モ^テンセン、ナオミ・ワッツ主演
5位 Before the Devil Knows You're Dead
 シドニー・ルメット監督、フィリップ・シーモア・ホフマン、イーサン・ホーク主演

【ミュージカル部門】
1位(Winner) 「Onceダブリンの街角で」Once
 ジョン・カーニー監督、グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ主演
2位 「ヘアスプレー」Hairspray
 アダム・シャンクマン監督、ニコール・ブロンスキー、ジョン・トラヴォルタ主演
3位 「スウィーニー・トッド」Sweeney Todd: The Demon Barber of Fleet Street
 ティム・バートン監督、ジョニー・デップ、ヘレナ・ボナム・カーター主演
4位 Control
 アントン・コービン監督、サム・ライリー、サマンサ・モートン主演
5位 I'm Not There
 トッド・ヘインズ監督、クリスチャン・ベール、ケイト・ブランシェット主演

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2008年1月23日 (水)

第9回Golden Tomato Awards発表

Relief_2  アメリカの有名な映画情報・レビューサイトROTTEN TOMATOESが「9th Annual Golden Tomato Awards」を発表しました。とりあえず速報を流します。まだ日本で公開されていない作品についてはいずれ簡単なコメントを追加します。

  今回は全米の500館を越える劇場で公開された映画を対象とする「Wide Release」部門と500館以下を対象とした「Limited Release」部門を取り上げます。ジャンル別(アクション/アドヴェンチャー、アニメ、コメディー、ドラマ、ホラー、キッズ/ファミリー、ロマンス、SF/ファンタジー、ドキュメンタリー、外国語映画、スリラー、ミュージカル)のベスト5は次回紹介します。

【Wide Release部門】
1位(Winner) 「レミーのおいしいレストラン」Ratatouille
 ブラッド・バード監督、アニメ
2位 「ノーカントリー」No Country for Old Men
 コーエン兄弟監督、トミー・リー・ジョーンズ、ジョシュ・ブローリン主演
3位 「ボーン・アルティメイタム」The Bourne Ultimatum
 ポール・グリーングラス監督、マット・デイモン、ジュリア・スタイルズ主演
4位 「シッコ」Sicko
 マイケル・ムーア監督、ドキュメンタリー
5位 「ヘアスプレー」Hairspray
 アダム・シャンクマン監督、ニコール・ブロンスキー、ジョン・トラヴォルタ主演
6位 Juno
 ジェイソン・レイトマン監督、エレン・ペイジ、マイケル・セラ主演
7位 Knocked Up
 ジャッド・アパトウ監督、キャサリン・ヘイグル、セス・ローガン主演
8位 Gone Baby Gone
 ベンアフレック監督、ケイシー・アフレック、ミシェル・モナハン主演
9位 Enchanted
 ケヴィン・ライマ監督、エイミー・アダムズ、パトリック・デンプシー主演
10位 「ゾディアック」Zodiac
 デヴィッド・フィンチャー監督、ジェイク・ギレンホール、ロバート・ダウニー主演

【Limited Release部門】
1位(Winner) 「Onceダブリンの街角で」Once
 ジョン・カーニー監督、グレン・ハンサード、マルケタ・イルグロヴァ主演
2位 Away From Her
 サラ・ポーリー監督、ジュリー・クリスティー、オリンピア・デュカキス主演
3位 「善き人のためのソナタ」The Lives of Others
 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督、ウルリッヒ・ミューエ主演
4位 「グエムル 漢江の怪物」The Host
 ポン・ジュノ監督、ソン・ガンホ、パク・ヘイル、ペ・ドゥナ主演
5位 「潜水服は蝶の夢を見る」The Diving Bell and the Butterfly
 ジュリアン・シュナーベル監督、マチュー・アマルリック主演
6位 In the Shadow of the Moon
 デヴィッド・シングトン監督、ジム・ロヴェル、バズ・オルドリン主演
7位 The King of Kong: A Fistful of Quarters
 セス・ゴードン監督、ドキュメンタリー
8位 The Savages
 タマラ・ジェンキンズ監督、ローラ・リニー、フィリップ・シーモア・ホフマン主演
9位 There Will Be Blood
 ポール・トーマス・アンダーソン監督、ダニエル・デイ・ルイス、ポール・ダノ主演
10位 No End in Sight
 チャールズ・ファーガソン監督、ドキュメンタリー

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2008年1月21日 (月)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(08年2月)

【新作映画】
1月19日公開
 「ぜんぶ、フィデルのせい」(ジュリー・ガブラス監督、伊・仏)
 「Mr.ビーン カンヌで大迷惑?!」(スティーブ・ベンデラック監督、英)
1月26日公開
 「ビー・ムービー」(サイモン・J・スミス監督、アメリカ)
 「テラビシアにかける橋」(ガボア・クスポ監督、アメリカ)
 「フローズン・タイム」(ショーン・エリス監督、イギリス)
 「マリア・カラス 最後の恋」(ジョルジュ・カピターニ監督、伊・仏)
 「母べえ」(山田洋次監督、日本)
 「陰日向に咲く」(平川雄一朗監督、日本)
 「子猫の涙」(森岡利行監督、日本)
2月1日公開
 「アメリカン・ギャングスター」(リドリー・スコット監督、アメリカ)
 「ウォーター・ホース」(ジェイ・ラッセル監督、米・英)
2月2日公開
 「ラスト、コーション」(アン・リー監督、米・中国・台湾・香港)
 「ミスター・ロンリー」(ハーモニー・コリン監督、英・仏・他)
 「牡牛座 レーニンの肖像」(アレクサンドル・ソクーロフ監督、ロシア)
 「歓喜の歌」(松岡錠司監督、日本)
2月9日公開
 「団塊ボーイズ」(ウォルト・ベッカー監督、アメリカ)
 「君のためなら千回でも」(マーク・フォスター監督、アメリカ)
 「潜水服は蝶の夢を見る」(ジュリアン・シュナーベル監督、仏・米)
 「蒼ざめた馬」(カーレン・シャフナザーロフ監督、ロシア・仏)
 「胡同の理髪師」(ハスチョロー監督、中国)
 「スエリーの青空」(アリン・アイヌー監督、ポルトガル・他)
 「チーム・バチスタの栄光」(中村義洋監督、日本)
2月16日公開
 「マゴリアムおじさんの不思議なおもちゃや」(ザック・ヘルム監督、アメリカ)
 「エリザベス:ゴールデン・エイジ」(シェカール・カブール監督、英・仏)
 「ファーストフード・ネイション」(リチャード・リンクレイター監督、英・米)
 「奈緒子」(古厩智之監督、日本)
2月23日公開
 「トゥヤーの結婚」(ワン・チュアンアン監督、中国)
 「いつか眠りにつく前に」(ラホス・コルタイ監督、米・独)
3月8日公開
 「黒い土の少女」(チョン・スイル監督、韓国)

【新作DVD】
1月25日
 「アーサーとミニモイの不思議な国」(リュック・ベッソン監督、フランス)
 「チャーリーとパパの飛行機」(セドリック・カーン監督、フランス)
 「魔笛」(ケネス・ブラナー監督、英・仏)
 「見知らぬ女からの手紙」(シュー・ジンレイ監督、中国)
2月1日
 「それでも生きる子供たちへ」(スパイク・リー、他監督、仏・伊)
2月8日
 「ミス・ポター」(クリス・ヌーナン監督、英・米)
 「さらば、ベルリン」(スティーブン・ソダーバーグ監督、米)
 「大統領暗殺」(ガブリエル・レンジ監督、英)
 「不完全なふたり」(諏訪敦彦監督、日・仏)
 「セックスと哲学」(モフセン・マフマルバフ監督、フランス・イラク・他)
2月15日
 「エディット・ピアフ 愛の讃歌」(オリビエ・ダアン監督、仏・英・チェコ)
  「包帯クラブ」(堤幸彦監督、日本)
2月20日
 「パーフェクト・ストレンジャー」(ジェイムズ・フォーリー監督、アメリカ)
 「スターダスト」(マシュー・ボーン監督、英・米)
 「ハリウッドランド」(アレン・コールター監督、アメリカ)
2月22日
 「腑抜けども、悲しみの愛を見せろ」(吉田大八監督、日本)
 「インランド・エンパイア」(デヴィッド・リンチ監督、アメリカ)
2月27日
 「酔いどれ詩人になるまえに」(ベント・ハーメル監督、仏・独・他)
 「サッドヴァケイション」(青山真治監督、日本)
3月7日
 「ボーン・アルティメイタム」(ポール・グリーングラス監督、米・独)
 「遠くの空へ消えた」(行定勲監督、日本)
3月19日
 「めがね」(荻上直子監督、日本)
3月20日
 「クローズド・ノート」(行定勲監督、日本)
3月26日
 「パンズ・ラビリンス」(ギレルモ・デル・トロ監督、メキシコ・他)

【旧作DVD】
1月23日
 「オリバー!」(68、キャロル・リード監督、イギリス)
 「ことの次第」(82、ヴィム・ヴェンダース監督、西独)
1月25日
 「中川信夫傑作選 DVD-BOX」
 収録作品:「東海道四谷怪談」「怪談かさねが渕」「女吸血鬼」、他
1月26日
 「甘い生活」(60、フェデリコ・フェリーニ監督、イタリア)
 「13回の新月のある年に」(78、ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督、西独)
 「青春群像」(53、フェデリコ・フェリーニ監督、伊・仏)
 「フォーゲルエート城」(21、F.W.ムルナウ監督、ドイツ)
 「何が彼女をそうさせたか」(29、鈴木重吉監督、日本)
 「ロベール・ブレッソン DVD-BOX」
 収録作品:「ジャンヌ・ダルク裁判」、「湖のランスロ」、「たぶん悪魔が」
2月1日
 「ブリキの太鼓」(79、フォルカー・シュレンドルフ監督、独・他)
2月8日
 「赤い砂漠」(64、ミッケランジェロ・アントニオーニ監督、イタリア)

Rousoku  劇場新作は面白そうな作品がそろった。韓国映画「黒い土の少女」、米・台湾映画「ラスト、コーション」、中国映画「胡同の理髪師」、「トゥヤーの結婚」は期待大。ヨーロッパ映画では「ミスター・ロンリー」、「潜水服は蝶の夢を見る」、「ぜんぶ、フィデルのせい」あたりが面白そう。アメリカ映画では中年オヤジたちのロード・ムービー「団塊ボーイズ」と大女優競演の「いつか眠りにつく前に」が楽しみだ。この手の映画を作らせるとアメリカ映画はうまい。もう1本。アメリカ映画ながら、アフガニスタンの悲劇の歴史を描いた「君のためなら1000回でも」にも強く心を惹かれる。「エリザベス:ゴールデン・エイジ」は前作「エリザベス」を、「マリア・カラス 最後の恋」は傑作「永遠のマリア・カラス」を、「ウォーター・ホース」は「ミリオンズ」を、「母べえ」は時代劇3部作を超えられるか。

 新作DVDでは、「アーサーとミニモイの不思議な国」、「さらば、ベルリン」、「エディット・ピアフ 愛の讃歌」、「サッドヴァケイション」に注目。久々のケネス・ブラナー監督「魔笛」も気になる。しかし、「ボーン・アルティメイタム」、「めがね」、「クローズド・ノート」、「パンズ・ラビリンス」(今一番観たいのはこれ)などが控える3月に比べるとやや物足りない印象はぬぐえない。

 旧作DVDでは伊・仏・独の名作がまとまって出る。特にイタリア映画の有名作品がデジタル・リマスター版で出るのはうれしい。「東海道四谷怪談」で知られる中川信夫監督作品はぜひレンタル店で借りてみよう。

2008年1月14日 (月)

小冊子「CINEMA APIED」を紹介します

Photo_2  今日待ちに待っていたものが届いた。「CINEMA APIED」(アピエ社発行)という映画エッセーを集めた小冊子です。15×18センチくらいの本当に小さな冊子。実はこの冊子にエッセーを1編寄せていたのです。「CINEMA APIED」といっても知らない人が多いと思われますので、簡単に紹介しておきましょう。

 まず、アピエ社の詳細についてはホームページをご覧になってください。京都にある個人経営の小さな出版社のようです。「CINEMA APIED」の他に「APIED」という文芸雑誌を出しています。今回送られてきた「CINEMA APIED」は第3号。「悪役スター」特集です(1号の特集は「マイ・ヒロイン」、2号は「マイ・ヒーロー」)。僕は「悪党の魅力」という記事を載せました。

 全体で59ページという薄い冊子ですが、20数人の方がエッセイを寄せています。名前を見ても知らない方ばかり。でも、いずれ劣らぬシネフィル(映画狂)であることは文章を読めばすぐ分かります。面白く簡単に読め、肩のこらない文章ばかりですので、興味のある方はぜひ読んでみてください。ホームページに取扱書店一覧と購入申し込み要領(メール)が載っています。

 原稿依頼は突然届いたメールでした。たまたま僕の本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」が目に留まったのだそうです。何百とある映画サイトの中で目に留めていただいたのは正直うれしかった。全く知らない小冊子でしたが、喜んで書かせていただきました。

2008年1月12日 (土)

しゃべれども しゃべれども

2007年 日本 2007年5月公開
評価:★★★★
監督:平山秀幸
原作:佐藤多佳子
プロデューサー:渡辺敦、小川信司
エグゼクティブ・プロデューサー:豊島雅郎、奥田誠治、他
脚本:奥寺佐渡子
撮影:藤澤順一
音楽:安川午朗
落語監修・指導:林家三三、古今亭菊朗
出演:国分太一、香里奈、 森永悠希 、八千草薫、伊東四朗、松重豊、占部房子
    建蔵、日向とめ吉、山本浩司、下元史朗

 平山秀幸監督はこれまで「愛を乞う人」(1998年)、「学校の怪談4」(1999年)、「OUT」(2002年)と観てきたので、本作で4作目になる。さすがに平均して優れた作品を作っている(「学校の怪談4」は意外な佳作だった)。

Turitourou1  タイトルを観た感じではテレビドラマ並の軽い作品かと思ったが、どうして立派な作品である。噺家の卵が苦労して上達するという型通りの作品かと思っていたが、その卵が素人に落語を教えることによって彼自身も噺家として成長するというひねりが加えられていた。

 落語という地味な題材を持ってきたところにこの映画の一番の特異性と価値がある。80年代の漫才ブームを経て現在のお笑いブームに至る時の流れの中で、落語は常に片隅に追いやられていた。奇抜さばかりを追い求め、無理やり笑わせる今のお笑いの風潮にじっくり話芸を聞かせる落語の世界をぶつけてくるには当然現状への批判があるだろう。言葉と笑いがあふれかえっている一方で人間関係に悩み、うまくコミュニケーションを取れないでいる人たちの数も増えている。「しゃべれども しゃべれども」が描いたのは、不器用な生き方しかできない人たちが身を寄せ合い人間関係を作り上げてゆくことによって自分たちの枠を乗り越えてゆく過程である。

 言葉だけが問題なのではない。落語それ自体がうまくなれば良いということでもない(三つ葉の場合はこれが目標だが)。不器用な生き方しかできない人たちが共に同じ苦労をすることを通じて自分の生き方を見つけてゆくことが主題なのである。その意味では「深呼吸の必要」(香里奈の映画初出演作)に通じる作品である。「深呼吸の必要」は自分を見つめなおし、自分を変えたいと思う人たちが沖縄のサトウキビ刈りのバイトに集まってくる映画だ。共に観終わった後に同じような爽やかさを感じるのは、同じ主題を扱っているからである。

 香里奈やTOKIOの国分太一というアイドルを起用しながらありきたりのアイドル映画にしなかったことがこの映画を成功させている。国分太一にはあえて古典落語にこだわる落語家の卵、今昔亭三つ葉を演じさせ、香里奈には十河五月という他人とうまく接することができないためにいつも無愛想で怒っているような顔の女性を演じさせた。「今昔亭」という名前も暗示的である。舞台となるのも華やかな都心ではなく下町である。都電、路地、蕎麦屋、隅田川と遊覧船、ほおずき市などの下町風景が効果的に取り込まれている。

 ひょんなことから始めることになった落語教室に集まったのは、仏頂面の十河五月、関058244 西からの転校生で関西弁のために学校でいじめられている村林優(森永悠希)、元野球選手で今は解説者をやっているが、話すのが苦手という湯河原(松重豊)の3人。これらの「弟子」に落語を教えている三つ葉もまだ二つ目で、なかなか客の心をつかめず焦っている。かくして3人の、いや「師匠」である三つ葉も含めた4人の苦闘が始まる。年齢も性別も性格も違う3人の弟子たち。当然最初はギクシャクしている。それが村林優に湯河原が野球を教えたり、三つ葉と五月が急接近したりと次第に人間関係が深まってゆく。このあたりの展開は仲の悪い3人兄弟が共に聖地を目指す「サン・ジャックへの道」に通じる。落語がうまくなるに連れてそれぞれが自分の殻を脱ぎ捨ててゆき、絆も深まってゆく。とことん落語がうまくなる必要はない、不器用なりに自分を表現できるようになることが大切なのだ。

 下町情緒をたっぷり盛り込んだ人情話。単純だがしっかりとした作りで好感が持てる。出演者がまたいい。主演の国分太一には感心した。TOKIOには何の関心もなかったので、初めて観た感じがする。相当に練習をつんだと思われる落語もなかなかのものだったが、立ち居振る舞いからして落語家の雰囲気が漂っていたのは立派だ。途中で演じる「火焔太鼓」とラスト近くの一門会で演じる「火焔太鼓」では明らかに違っていた。映画の中に役者としての彼自身の成長を見た思いがした。和製クリストファー・ウォーケン松重豊はその渋い顔でさすがの存在感を示していたが、せっかくの彼の持ち味がストーリー展開の中でいまひとつ活かせていないのが残念。彼にも活躍の場を与えてほしかった(飲み屋で毒舌はいてるだけじゃねえ)。そう言えば、そもそも彼が「落語教室」に参加するのもかなり無理な設定のように思えた。

 三つ葉の師匠今昔亭小三文を演じた伊東四朗はさすがの貫禄。60年代に一世を風靡した「てんぷくトリオ」時代には三波伸介の影に隠れてそれほど才能があると思わなかったが、90年代以降は渋さと軽さを併せ持った役者として大活躍。今や日本の名優の一人といっていい。三つ葉の母親役を演じた八千草薫がこれまたいい。脇役ながら漫才映画らしく状況に応じてボケと突っ込みを共にやっている。こんな彼女を観たのは初めてだ。「門前の小僧習わぬ経を覚える」を地で行って、いつの間にか落語を覚えて「自分の方が上手いじゃない!」と独り言を言うところは実に可笑しい。香里奈の「火焔太鼓」はうまくない。しかし「深呼吸の必要」といい、この映画といい、彼女は案外地味な映画が似合うのかもしれない。

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2007年に観た主な映画

Kagaribiyuki1   2007年に観た映画は116本。このうち久々に観直した作品を除くと、初めて観た作品は105本でした。この中から4つ星半以上の得点をつけたものを挙げておきます。

 満点をつけたものではやはり古典的名作が多くを占めます。観直したい作品は山ほどあるのですが、新作に追われて思うに任せません。まあ、気長にやります。

  こうやってまとめてみると、日本、中国、台湾、韓国などアジア映画が多いのに驚きます。イラン映画を含め、80年代以降もっとも水準が上がったのはこの地域でしょう。それ以外では、やはり英米仏の映画大国が多くを占めます。アフリカ、中南米、北欧、東欧、旧ソ連圏、オセアニアの作品が少ないのは残念です。これらの地域の作品は意識的に観るようにしていますが、まだまだ公開数が少ない。ただ、昨年の後半に公開された中にはこれらの地域の作品が多数含まれているので、今年の前半はDVDでしっかり観ておこうと思っています。

★★★★★
「M」(31、フリッツ・ラング監督)
「亀も空を飛ぶ」(04、バフマン・ゴバディ監督)
「心の香り」(92、スン・チョウ監督)
「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(06、ロバート・アルトマン監督)
「世界最速のインディアン」(05、ロジャー・ドナルドソン監督)
「それでもボクはやってない」(07、周防正行監督)
「母たちの村」(04、ウスマン・センベーヌ監督)
「100人の子供たちが列車を待っている」(88、イグナシオ・アグエロ監督)
「芙蓉鎮」(87、シェ・チン監督)
「ボルベール」(06、ペドロ・アルモドバル監督)
「麦の穂をゆらす風」(06、ケン・ローチ監督)
「夫婦善哉」(55、豊田四郎監督)
「山猫」(63、ルキノ・ヴィスコンティ監督)

★★★★☆
「いぬ」(63、ジャン=ピエール・メルヴィル)
「王と鳥」(80、ポール・グリモー監督)
「王の男」(06、イ・ジュニク監督)
「男の闘い」(69、マーティン・リット監督)
「ALWAYS 続・三丁目の夕日」(07、山崎貴監督)
「隠された記憶」(05、ミヒャエル・ハネケ監督)
「影の軍隊」(69、ジャン=ピエール・メルヴィル)
「紙屋悦子の青春」(06、黒木和雄監督)
「キンキー・ブーツ」(05、ジュリアン・ジャロルド監督)
「クィーン」(06、スティーヴン・フリアーズ監督)
「グエムル 漢江の怪物」(06、ポン・ジュノ監督)
「孔雀 我が家の風景」(05、クー・チャンウェイ監督)
「恋人たちの食卓」(94、アン・リー監督)
「サン・ジャックへの道」(05、コリーヌ・セロー監督)
「16ブロック」(06、リチャード・ドナー監督)
「仁義」(70、ジャン=ピエール・メルヴィル)
「ダイ・ハード4.0」(07、レン・ワイズマン監督)
「天上の恋人」(02、ジャン・チンミン監督)
「父親たちの星条旗」(06、クリント・イーストウッド監督)
「トランスアメリカ」(06、ダンカン・タッカー監督)
「ドリームガールズ」(06、ビル・コンドン監督)
「トンマッコルへようこそ」(05、パク・クァンヒョン監督)
「長い散歩」(06、奥田瑛二監督)
「春にして君を想う」(91、フリドリック・トール・フリドリクソン監督)
「ブラックブック」(06、ポール・バーホーベン監督)
「ブロークン・フラワーズ」(05、ジム・ジャームッシュ監督)
「ぼくの国、パパの国」(99、ダミアン・オドネル監督)
「ボビー」(06、エミリオ・エステベス監督)
「ボーン・アイデンティティ」(02、ダグ・リーマン監督)
「ボーン・スプレマシー」(04、ポール・グリーングラス監督)
「マッチポイント」(05、ウディ・アレン監督)
「めがね」(07、荻上直子監督)
「夕凪の街 桜の国」(07、佐々部清監督)
「雪に願うこと」(05、根岸吉太郎監督)
「酔いどれ天使」(48、黒澤明監督)
「リストランテの夜」(96、スタンリー・トゥッチ、キャンベル・スコット監督)
「六ヶ所村ラプソディー」(06、鎌仲ひとみ監督)

2007年に公開された主な作品

Mozu1  あちこちのブログで2007年公開映画のベストテンが出始めています。僕はまだ30数本しか観ていない状態ですので、とてもベストテンどころではありません。そこで、とりあえず「これから観たい&おすすめ映画・DVD」シリーズでリストアップした作品を整理してみました。評価点もつけてあります。かなり量が多いので本館ホームページ「緑の杜のゴブリン」にのみ掲載してありますので、興味がありましたら参照してください。

 今年に入って「しゃべれども しゃべれども」、「レミーのおいしいレストラン」、「フランシスコの2人の息子」、「約束の旅路」の4本を観ました。いずれも優れた作品で、特に「約束の旅路」は深い感銘を覚える傑作でした。

 未見作品では「アズールとアスマール」、「アフター・ウェディング」、「雲南の少女ルオマの初恋」、「エディット・ピアフ 愛の賛歌」、「君の涙ドナウに流れ ハンガリー1956」、「呉清源 極みの棋譜」、「それでも生きる子供たちへ」、「中国の植物学者の娘たち」、「長江哀歌」、「トランシルヴァニア」、「パンズ・ラビリンス」、「ヒロシマナガサキ」、「ボーン・アルティメイタム」、「迷子の警察音楽隊」、「ミリキタニの猫」、「キサラギ」あたりに強く心を惹かれます。ああ、DVDが待ち遠しい。

2008年1月 7日 (月)

ボルベール<帰郷>

2006年 スペイン 2007年6月公開
評価:★★★★★
監督、脚本:ペドロ・アルモドバル
原題:VOLVER
撮影:ホセ・ルイス・アルカイネ
音楽:アルベルト・イグレシアス
出演:ペネロペ・クルス、カルメン・マウラ、ロラ・ドゥエニャス
    ブランカ・ポルティージョ 、チュス・ランプレアヴェ、ヨアンナ・コボ
    アントニオ・デ・ラ・トレ

 僕の知り合いが大学院の試験を受けた時「悲劇について900字以内で説明せよ」というような問題が出たらしい。ところがよほど緊張していたのか、彼は「900字」を「9字」と勘違いしてしまった。かつて誰も遭遇したことのないこの難問に、彼は悶死せんばかりに苦しみもだえたことだろう。七転八倒した揚句、彼は次のように答えた。「人が死ぬ。」

Crossregr  「人が死ぬ」という答えはなかなかに暗示的である。人生を全うした上での大往生という人もいるだろうから人の死がすべて悲劇的とは言えないが、悲劇に人の死がつきものだとは言えそうだ。では、殺人の場合はどうか。フィクションの場合、これは描き方次第ということになるだろう。描きようによって悲劇にも、サスペンスにも、喜劇にすらなる。おそらく問題は対象からの距離の取り方にあるだろう。上の話も、彼が陥った状況こそ悲劇的だったと言えないこともないが、傍から見れば笑い話である(本人には申し訳ないが)。スリラーの名手ヒッチコックはひとりの人間の死に周りがあたふたする「ハリーの災難」という喜劇を作った。自分の行為が彼の死因になったかも知れないと思い込んだ人々がそれぞれの思惑で行動する様を、映画は皮肉でユーモラスな目で距離を置いて描いてゆく。それぞれの人物は真剣に悩んでいるのだが、傍から見るとそれが滑稽に思えるわけだ。

 「ボルベール」にも2件の殺人が出てくる(1件は話だけだが)。しかし映画はサスペンス的な色調を帯びながらも、決して深刻にも悲劇的にもならない。ストーリー展開の軸になるのは娘による父親殺しである。ライムンダ(ペネロペ・クルス)の夫パコ(アントニオ・デ・ラ・トレ)は失業中でアルコールにおぼれていた。彼は血が通っていない娘のパウラ(ヨアンナ・コボ)に手を出し、もみ合った末娘に殺されてしまう。ライムンダは警察に通報せず自分で死体の処理をし、たまたま空いていた隣のレストランの大きな冷凍庫に死体を隠す。

 この辺の展開は平山秀幸監督の「OUT」(原作は桐野夏生)を思わせる。興味深いのはどちらも事態を明るく乗り切ってゆくことである。「OUT」は殺人というとんでもない状況をきっかけに、潤いのない生活からの「出口」を求めたパート主婦4人の逃避行を描く。原作は暗く重苦しいタッチのようだが、映画の語り口はコミカルでシュールである。死体をバラバラに解体する場面などはまるで弁当の盛り付けでもするように嬉々として興じている。だらしない男たちの付けが全部女性に回ってくるという展開も「ボルベール」と同じだ。映画版「OUT」は原作の重苦しさを振り払い、迫り来る恐怖を乗り越えて牢獄のような日常生活とその閉塞感から抜け出してゆく女性たちのバイタリティを描いた。夢以外何も持たずにアラスカに向けて旅立った彼女たちには悲壮感ではなく、むしろ開放感や爽快感があった。彼女たちは逃げているのではなく夢に向かっていたのである。もちろん彼女たちは現実から「跳躍」したのであって、現実を変えたわけではない。彼女たちに必ずしも未来は約束されてはいない。ファンタジーに逃げてしまった弱点はあるが、それでも人生はそれぞれ自分で掴み取るものだというメッセージは十分届いた。

 「ボルベール」も殺人を重苦しくは描かない。殺人を犯したことに対して主人公たちに『罪と罰』のような葛藤はない。むしろあっさりと処理している。だから悲劇的な展開にはならない。もちろんほとんど女性ばかりの登場人物にはそれぞれ悩みや人に明かせない秘密がある。しかしそれは殺人を犯したことに対してではなく、母と娘、父と娘などの関係に対する苦悩である。彼女たちは苦悩している。しかしその苦悩に真っ向から迫るのではなく、その後の彼女たちの大胆な行動や思わぬ話の展開に焦点を当てている。話が暗く重くならないのは、ファンタジー的要素やコミカルな要素をまぶしているからだけではない。彼女たちが望まずして背負った運命あるいは業に翻弄されるのではなく、その状況を自ら前向きに切り開いていったからなのだ。この映画の芯にあるのは女性の活力や生命力に対する賛美と、人生に対するポジティヴな視線である。

 彼女たちの突貫精神はまさにドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャの故郷にふさわしい(映画の舞台はラ・マンチャである)。しかし「ボルベール」で果敢に突き進むのは男ではなく女たちである。しかも彼女たちはドン・キホーテのように妄想に取りつかれてはいない。この映画が業に縛り付けられたり運命論に陥ったりしないのは、災いのもとは常に男であるという単純明快な考えがあるからだ。敵が明確に見えている。男はみな不実でだらし無く、女はみなたくましくしたたかだ。

  「ボルベール(回帰、帰還)」というタイトルは親子のきずなの再生というテーマと結びつCrystal0601191いている。回帰とはこの場合回復である。放蕩息子ならぬ放蕩親父は永遠に帰還せず、帰ってくるのは母親である。この映画で強調されているのは単なる女ではなく母の力である。ペネロペ・クルスの色気は女らしさよりも「母」としての包容力と活力、そして生命力を象徴するものとして描かれている。だから胸の豊満さをしつこく映し、付け尻をしてヴォリューム感を出しているのだ。どっしりとした存在感が強調されているのである。「怒りの葡萄」のジェーン・ダーウェル、「ベリッシマ」のアンナ・マニャーニ、そして「ふたりの女」のソフィア・ローレンなど、肝っ玉母ちゃんのイメージを持たされているのである。ライムンダの母イレーネ(カルメン・マウラ)がアグスティナの家でヴィスコンティの「ベリッシマ」を観て満足そうに笑うシーンが暗示的だ。

 娘パウラの傷をいやすのは母であるライムンダであり、ライムンダの傷をいやすのはその母であるイレーネである。母親は「ククーシュカ ラップランドの妖精」のククーシュカのような治癒力を持つ存在として登場する。イレーネの傷をいやすのは娘のライムンダだが、ライムンダは娘パウラを生んで母親になったからこそ自分の母親を理解できるようになったのだ。母親たちの生命力が前向きに描かれている。だからキム・ギドクの様な世界にはならないのである。

  親子2代にわたってレイプの被害にあうが(1件は未遂)、それは「春夏秋冬そして春」の様な永遠の業の輪廻にからめとられてはいない。ライムンダと違って娘のパウラの場合は 逆に父親を刺殺してしまう。そのことによって円環構造は断ち切られているのである。殺人、死体、幽霊が描かれるが「死」がテーマではない。テーマは「生」であり「親子(母娘)の絆」である。横溝正史の世界のような家族の陰惨な過去が絡んでいるにもかかわらず、おどろおどろしくならないのはそのためだ。なぜなら葛藤の質が違うからだ。「業」や「運命」などといった抽象的なものが葛藤の中心にあるのではなく、レイプや浮気などによって男から受けた体と精神への打撃が彼女たちの葛藤を生んでいるのである。彼女たちはそれを耐えるだけではなく、それに立ち向かった。男から逃げるのではなく、男を積極的に排除したのだ。男を「排除」しても彼女たちにはほとんど罪という認識すらない。自業自得だと言わんばかりだ。男たちの死はそのだらしなさと不道徳の報い。ライムンダが夫は私に愛想を尽かして家を出て行ったと、夫の不在を近所の人たちに説明した。妻に飽きたら男は黙って出てゆく。夫は出て行ったと説明されて誰も疑わない。男はその程度の存在として描かれている。アゴスティナは失踪した母をいつまでも探そうとするが、パコのことはだれも探さない。そのスパッとした割り切りかた、からっとした潔さがかえって爽快だ。この映画で家族という場合、それは女系の家族なのである。

 ただ、パウラによる父親殺しが引き起こすサスペンス、イレーネの幽霊が登場するミステリーじみた雰囲気がこの作品にいい味付けになっている。現在の底に暗く淀んでいる不可解な過去、何重もの底がある謎の深さ、カルロス・ルイス サフォン著『風の影』(集英社文庫)を思わせるこの謎めいた雰囲気が実に効果的なのだ。このサスペンスと謎が観客を作品の内奥にまで引きずりこんでゆくドライブとなっている。

 パコの死体を処理している最中に電話がかかってきたり、人が訪ねてきたりする。そのたびに画面に緊張が走る。ヒッチコックばりにサスペンスを盛り上げる。これが実に効果的だ。そうかと思うと、たまたま空いていた隣のレストランの冷凍庫に死体を詰めて一時保管しておいたら、近所で撮影をしていた映画クルーに営業中と誤解され、30人分のランチを作るはめに。近所の主婦たちに応援を頼んで頑張って作ったら、これが大評判になってしまう。価値があるものを生み出すのはいつも女たちなのである。こんな滑稽な展開もそつなく織り交ぜている。大盛況の店内のすぐ隣に死体があるにもかかわらず、ライムンダは全くあわてる様子もない。戦争を笑い飛ばした「ライフ・イズ・ミラクル」さながら、笑いの中にたくましく生きる力の輝きが描き出されている。

 「ボルベール」は「リトル・ミス・サンシャイン」「サン・ジャックへの道」「アメリカ、家族のいる風景」「クラッシュ」「ランド・オブ・プレンティ」に通じる家族再生のドラマだが、もっと生臭く土着的な雰囲気を持っている。「幽霊」の出現はその雰囲気の中で可能になっていTuki1 るのだ。映画の冒頭、ライムンダが娘のパウラと姉のソーレと一緒に母の墓参りに来ている。その時ライムンダの伯母パウラ(チュス・ランプレアヴェ)の隣人アグスティナ(ブランカ・ポルティージョ)も墓の手入れをしていた。それは何とアグスティナ自身の墓である。生前に墓を買い、自分で自分の墓の手入れをするのはその地方の習慣だとライムンダは娘に教えている。さらに地元の女性たちの会話の中で死者を目にするのはよくあることだという話が出てくる。あるいは、叔母がボケてる、私のことが分からなかったとソーレが言うのに対して、ライムンダは「風のせいよ。東風が人の気を変にするの」と答えたりしている。こういう雰囲気を作っておいて、ソーレが叔母の家で亡くなったはずの母と出くわすというとんでもない出来事がおこるのだ。死者が目の前に現れるというシュールな場面が違和感なく受け入れられるのはこのようにその土地の風土や風習をうまく取り込んでいるからである。この風土なら幽霊が出ても不思議ではない。どこか民話的なおおらかさがあるのだ。これが「ボルベール」にファンタジーの要素を付け加えている。なにせオナラの臭いも個性的な土地柄なのだ。

  夫殺しや父殺しが描かれながら、大して罪の意識を持たず、法的追求など埒外に置かれていても不自然に感じないのは、この民話的枠組みがあるからなのだ。「ボルベール」は寓意を込められた寓話的作品なのである。女性を賛美したプロパガンダ映画なのである。寓話やプロパガンダ作品は単純で硬直したものになりがちだが、この作品がその弊を免れているのは女たちの活力が枠組みを突き破るほどの輝きを持っているからであり、ブリューゲルの絵のように単純化された中に生活の実感や風土色が色濃く反映されているからである。スペインとフランドルという風土の違いはあるが、ブリューゲルの絵画と重ね合わせてこの映画を観てみるといろんな発見があるだろう。色彩の豊かさ、地方色や風土色、生活の中で生き生きと活動している人々、町の匂い生活の匂い人間の臭いが横溢している。人間の生臭さが一見単純な絵の中に凝縮されている。

 「ボルベール」に描かれた人間の生臭さの焦点はまさにこの臭い(「匂い」ではない)である。ソーレは最初に母の幽霊と出合った時それを信じられなかった。だからその出会いを自分の胸にしまいこんでしまった。その彼女が母の存在を確信するのは伯母の家にあったエアロバイクのハンドルについていた母の臭いである。ライムンダに至ってはトイレで「ママのオナラの臭い」を嗅いで母の存在を知るのだ。「北の国から」にも、留守の間に訪ねてきた母親が畳んでおいた洗濯物を手に取った蛍が「母さんの匂い」とつぶやく感動的な場面があった。「ボルベール」の場合はもっと笑いを誘うシーンになっているが、このやけに現実的な生臭さが幽霊を人間に引き戻すきっかけになっている。

 色もあふれている。「ボルベール」には赤のイメージが横溢している。ライムンダの服の色や流された血の色など。赤は情熱と活力と血を表している。ただし、この場合の血は殺Snow_01 人のみならず血縁のイメージとも結びついている。血縁はさらに連帯感に結びつく。イレーネもライムンダも互いを理解できずにいた時は苦悩や孤独にさいなまれていた。ライムンダはイレーネに「ママが必要なの。ママのいない日々はつらかった」と言い、イレーネも孫のパウラに「ママは私を嫌ってるの。娘に愛されない母親はとてもつらいのよ」と打ち明けている。「なぜ戻ってきたの」というパウラの問いに祖母は「孤独だったから」と答えている。イレーネもライムンダも一人で重荷を背負って生きていたのだ。バイタリティに溢れる女たちも一人では苦悩を抱え、それを押し隠すしかできない。絆が必要だった。和解がそれを取り戻させた。映画のラストに写される夜中のベンチで寄り添う母娘の姿が実に感動的だ。それぞれが抱えていた苦悩を打ち明けあい、それを共有することで絆は一層強まった。ライムンダが「ボルベール」というタンゴを歌う場面もこの映画のハイライトのひとつである。ライムンダが母から教わった歌だが、それ以上に愛する人の帰りを願う歌をおそらくイレーネは自分のこととして受け止めたのだろう。車の中で歌を聴きながら涙を流す。

 ライムンダが歌ったのは映画クルーたちの打ち上げの時だが、そのレストランでライムンダを手伝ったのは近所の女たちだった。彼女たちはパコの死体をレストランから運び出すときにもライムンダに手を貸した(「どうせ私たち、共犯なんだから」というセリフが暗示的だ)。ライムンダは決して一人ではなかった。映画が進むにつれて連帯の輪は広がっていたのである。一方のイレーネも、ただ息をひそめて隠れ忍んでいたのではなく、ボケた姉の世話をしていたのだ。その姉が死んだあとも今度は癌にかかったアゴスティナの世話をする。イレーネがテレビで「ピノキオ」を観ている場面がある。ピノキオの話は人形が苦難を乗り越えて人間の少年になる話である。イレーネも苦難を乗り越えて幽霊から生きた人間になった。いや母親になった。彼女はライムンダの過酷な体験を聞いて、なぜ娘が自分から離れていったのか、なぜ夫がベネズエラへ行ったのか初めて理解したのだ。娘が苦悩していた時自分が母としての役割を果たせなかったから娘が離れていったのだ。一人では背負いきれない重荷も二人で背負えば耐えられる。

  ライムンダがパコに何をしたのかなど色々話したいことがあると言った時、イレーネは「言わないでライムンダ。泣きそうになるから。幽霊は泣かないのよ」と言って娘を押しとどめた。そう言いながら娘を送り出した後で涙を流すのだ。「亀も空を飛ぶ」の少女アグリンは背負っている重荷に耐えかねて自殺した。「亀も空を飛ぶ」は優れた作品で、これも一つの表現方法である。だが、アルモドバル監督はむしろ重荷を背負ってなお力強く生きる女性たちを描いた。生きているからこそ涙を流す。今の涙が乾いても、また別の涙を流すだろう。生きていれば悲しみとも出会わざるを得ない。これからも幾たびとなく涙を流すだろう。そして人は涙を流すたびに強くなってゆくのだ。

<付録>
【スペイン映画マイ・ベスト10】
「ボルベール<帰郷>」(2006)  ペドロ・アルモドバル監督
「海を飛ぶ夢」(2004) アレハンドロ・アメナーバル監督
「キャロルの初恋」(2002) イマノル・ウリベ監督
「靴に恋して」(2002) ラモン・サラサール監督
「トーク・トゥ・ハー」(2002) ペドロ・アルモドバル監督
「オール・アバウト・マイ・マザー」(1999)  ペドロ・アルモドバル監督
「カルメン」(1983) カルロス・サウラ監督
「エル・スール」(1983) ヴィクトル・エリセ監督
「黄昏の恋」(1982) ホセ・ルイス・ガルシ監督
「ミツバチのささやき」(1973) ヴィクトル・エリセ監督

■こちらもおすすめ
「死ぬまでにしたい10のこと」(2002) イザベル・コヘット監督
「蝶の舌」(1999) ホセ・ルイス・クエルダ監督
「戒厳令下チリ潜入記」(1988) ミゲル・リティン監督
「ベルナルダ・アルバの家」(1987) マリオ・カムス監督
「神経衰弱ぎりぎりの女たち」(1987) ペドロ・アルモドバル監督
「バレンチナ物語」(1983) アントニオ・ホセ・ベタンコール監督
「血の婚礼」(1981)  カルロス・サウラ監督
「クエンカ事件」(1979) ピラール・ミロー監督
「汚れなき悪戯」(1955) ラディスラオ・ヴァホダ監督

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2008年1月 4日 (金)

谷根千そぞろ歩き

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。さて、本年最初の記事は「谷根千」散策です。今回もまた日記文に写真を豊富に載せてお届けします。

 * * * * * * * * * *

 大晦日に帰省する途中、谷根千(谷中・根津・千駄木)を歩いてきた。上野で山手線に乗り換えて日暮里駅へ行く。まず谷中霊園へ行く。ここは前回(99年)行かなかったところだ。入ってすぐ小平浪平の墓を見つけた。僕の実家は茨城県の日立市だが小平浪平は日立製作所の創業者である。小学校の歴史で必ず習う、地元では知らぬ者のいない有名人だ。しかし有名人の墓はこれしか見つけられなかった。広すぎるし、墓が多すぎてどこにあるのか分からない。稲垣浩、上田敏、川上音二郎、獅子文六、高橋お伝、長谷川一夫、横山大観などたくさんあるはずだが。まあ何度も来て根気よく探すしかないだろう。

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  日暮里駅の反対側に出て、御殿坂から夕やけだんだん、谷中銀座商店街へと進む。これは前にも通ったコースだ。商店街の途中にある書店で『谷根千』を7冊買った。目次を見てじっくりと選んだ。1冊525円。店主が谷根千の地図などをおまけにくれた。地図は家を出るとき持ってくるのを忘れたので大いに助かった。谷中歴史散歩という地図には七福神を始め、お寺や神社だけが載っている。その表紙の絵が素晴らしい。夕やけだんだんの上から商店街を見下ろした絵だ。絵というより滝田ゆうの名作漫画『寺島町奇譚』のようなタッチだ。作者は東京芸大卒の宮田琴(みやたこと)と書いてある。ネットで調べたら面白い仕事をしている人だ。非常に興味を引かれた。

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 商店街を抜けるとT字路になっている。根津神社に行きたかったので左折する。まっすぐ進むと三崎坂に出る。前回はこの坂沿いに「いせ辰」や喫茶「乱歩」に行ったが、今回はそのまま坂を突っ切りへび道に入る。ここも前回通ったところだが、名前の通りくねくねと道が曲がっている。かつては藍染川が流れていたところだ。道々気に入った路地や建物があると写真を撮った。へび道を抜けたところにある喫茶店に入って一休み。店の人にここはどの辺かと地図を見せて聞いたら、「根津八重垣界隈」というさらに詳しい緑色の地図をくれた。

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 根津神社は前の通りを渡ってすぐのところだった。何だこんなに近かったのか。前回もここまで来たが、根津神社はもっと先だと勝手に思い込んでいて、だんご坂の方に行ってしまった。今回も地図はざっと見ただけで、道なりに適当に歩いてきたのである。喫茶店でこの後どこを見て回るか計画を立てた。まずオバケ階段を見てから根津神社に行き、その後夏目漱石住居跡を見て、最後に大名時計博物館を回ることにした。

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  オバケ階段は何の変哲もない階段だった。間違ったのかと思って地元の人に聞いたら確かにあそこだと言う。どうしてオバケ階段なのかと聞いたら、上るときと降りるときでは段の数が違うからだと言っていた。恐らく1番下の段が上るときと降りるときでは段に見えたり見えなかったりするということだろう。それはともかく昔のオバケ階段の写真(こちらを参照)を見ると、下から見上げたとき、左に板塀右に石の塀があったのだが、今はそのどちらもない。しかも左側に別の石段があって、階段が2つ並んでいる形になっている。しかも左側の階段は上った先が行き止まりである。一体何のためにこの左側の階段はあるのか。こちらの方こそオバケ階段だという気がする。いやはや何とも不思議な階段たちだ。

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 根津神社はいろいろなものが盛りだくさんで面白かった。まず鳥居をくぐると赤い立派な門があり、その手前に緑色の橋がある。池に架かった橋だ。橋フェチとしては見逃せない。池に白い鳥が1羽とまっていた。橋、池、池の上の植え込み、どれも絵になる。もうその時点で根津神社にはまっていた。門と本殿を撮り、次に小さな鳥居がいくつも並んでいる通路(?)を撮る。通路の途中にお稲荷さんがあり、その先にまた別のお社がある。錦鯉がいるまた別の池もある。ぐるりと一周して本殿に戻ると、大晦日とあって本殿の前には何十人もお参りの人たちが列を作って待っていた。一周する間に20枚以上写真を撮っていた。来てよかった。僕は特に神社やお寺に興味があるわけではないが、ここは来てみる価値があると思った。

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 根津神社に夢中になったせいで、漱石住居跡と大名時計博物館を回るのを忘れてしまった。不忍通りを上野方面に歩き出してから思い出したが、引き返すのも面倒なのでそのまま不忍池まで歩いた。歩いて10分ちょっとか。そこで不忍池と弁天堂などを撮る。ここは盆と正月に帰省する際、電車を一時下車してよく一息入れに来るところだ。

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 2時間ほど歩いただろうか。さすがに疲れた。しかしこれだけ歩いて谷根千のごく一部しか見ていない。谷中霊園と根津神社以外は前回来たときとほぼ同じ道をたどっている。何回も通わないととても全部回り切れない。帰りにも寄ろうと思ったが上野まで立ちっ放しで疲れたのでまっすぐ上田に帰った。今度東京に来る時にでもまた寄ってみよう。谷根千は何度でも来てみたい町だ。

<ブログ内関連記事>
 森まゆみ著『路地の匂い 町の音』

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