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2007年2月18日 - 2007年2月24日

2007年2月21日 (水)

リトル・ミス・サンシャイン

2006年 アメリカ 2006年12月公開 Car008_s_1
評価:★★★★
監督:ジャナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス
脚本:マイケル・アーント
撮影:ティム・サーステッド
出演:グレッグ・キニア、トニ・コレット、スティーヴ・カレル
    アラン・アーキン、ポール・ダノ、アビゲイル・ブレスリン

 この映画は「グエムル 漢江の怪物」に似ている。別に「グエムル」はロード・ムービーではないし、「リトル・ミス・サンシャイン」にも当然怪物は出てこない。しかし「グエムル」が怪物に連れ去られたヒョンソを救うためにそれまでバラバラだった家族が力を合わせて行動するように、「リトル・ミス・サンシャイン」もオリーヴの“リトル・ミス・サンシャイン”コンテスト参加のために個性が強く協調性に欠ける家族が力を合わせるという映画である。「グエムル」の家族が戦った相手が怪物なら、「リトル・ミス・サンシャイン」の相手は「勝ち組/負け組」という考え方である。成功の夢を掴む機会は平等に与えられているというアメリカの夢はとうに破産し、社会の底辺であえぐ人たちは這い上がろうという気力すらなくしている。成功の夢は競争原理に姿を変え、人々を駆り立てる。乗り遅れた者は「負け犬」のレッテルを貼られて悩み苦しむ。競争社会の息苦しさの中で呻吟する人々。

 「リトル・ミス・サンシャイン」は個性豊かな人々が寄り集まった一つの家族が、ビューティー・クィーンになるというオリーヴ(アビゲイル・ブレスリン)の夢をかなえるために力を合わせるという話である。金のない彼らは飛行機にも乗れず、アリゾナ州アルバカーキから黄色いミニ・バスに乗り込んでカリフォルニアのレドンド・ビーチを目指す。彼らは勝ち組ではないが、まだ負け組と決まったわけでもない。なぜなら彼らには夢があるからだ。オリーヴの父リチャード(グレッグ・キニア)は「成功への9ステップ・プログラム」という怪しげな成功論を声高に振りかざし、世の人々を勝ち組と負け組に分けて考える人物。「私がこの世で嫌いなものは負け犬だ」などと公言している。その彼には自分の成功論を本にして出版するという夢がある。オリーヴの兄ドウェーン(ポール・ダノ)は空軍のテストパイロットになる夢がある。試験に合格するまでニーチェにならって「沈黙の誓い」をたてており、家族とも口を利かない。なんとこの家族の中には3つも夢があるのだ。

  出発前に家族が1人増える。病院から退院したばかりの叔父フランク(スティーヴ・カレル)だ。彼はリチャードの理論で言えば完全な負け犬。自称アメリカ最高のプルースト学者だが、恋人に捨てられて自殺未遂をした男。その恋人とは男、つまり彼はゲイである。しかも彼から恋人を奪ったのは同じプルースト研究者。二重の敗北に自殺を思い立ったわけだ。傷心の中年男。何とか勝ち組に這い上がろうという一家にとっては貧乏神がやってきたようなものだ。そうでなくても個性派ぞろいの一家は寄ると触ると口論の嵐。しかしまあ、このお騒がせおじさんが一家になじむこと!夢はあるもののオリーヴの家族はほとんど負け組だからおじさんもすんなり仲間に入れる。皆さん協調性など薬にもしたくないという人たちばかりなので事あるごとに言い合いになる。いやはや、先が思いやられる。

Ihana_1  オリーヴの“リトル・ミス・サンシャイン”コンテスト参加も棚からぼた餅式の繰り上がり当選。誰がどうやってオリーヴをカリフォルニアに連れて行くかでひともめした後、全員が黄色いミニ・バスに乗って行くことになった。そんなこんなでオンボロバスの珍道中が始まる。しかし、予想通り途中ハプニング続出で、一家のまとめ役であるオリーヴの母シェリル(トニ・コレット)は苦労の連続。ストレスがたまりタバコがやめられない。「グエムル」のレビューで、「私の考えでは、母親は賢く現実的で、家庭の中でとても強靱な存在なんです」というポン・ジュノ監督の言葉を引用した。ここでも確かにシェリルは唯一まともな存在に見える。しかし彼女の奮闘もこの懲りない面々の前ではほとんど成果を上げない。むしろいつの間にか家族が力を合わせて問題を乗り切るという展開になっているところがいい。

  アメリカ映画にはよくオンボロ車が出てくる。日本じゃまず見かけないボロ車が平気で走っている。この黄色いフォルクスワーゲンがまた家族に負けず個性的ですこぶるいい。見掛けは結構可愛くて、何もない荒野を走る姿が実に絵になる。それだけならどうということはないが、この車、お騒がせ一家以上にトラブルメイカーなのだ。ドアは外れるわ、クラクションは鳴りっ放しになるわ、果てはクラッチがいかれて押しがけでないと走らなくなってしまう。イヤイヤ2歳児以上にわがままだ。ところが、バラバラの家族をまとめたのはシェリルではなくこのオンボロ車だった。発進するたびに家族が後ろから押さなければならない。この一致団結した行動が一家を自然にまとめてゆく。ミニ・バスが壊れてゆくほど家族の結束は固まってゆく。言葉ではなく行動が一家を変え、家族の絆を深めるという描き方が素晴らしい。

 家族は次第にまとまってゆくのだが、旅の途中でそれぞれの夢が次々に壊れてゆく。成功論をぶち上げるリチャードは鼻息ばかり荒いが、彼の講演会にはまばらな参加者しか集まらない。本の出版計画は順調に進んでいるかに(少なくとも本人にとって)思えたが、結局取りやめになってしまう。一家にとって迷惑極まりないダメ親父を演じたグレッグ・キニアが惚れぼれするほどいい味を出している。一方、ニーチェかぶれで「ツァラトゥストラかく語りき」を読んでいた兄のドウェインも色盲だということが分かって、テスト・パイロットになる夢が断たれてしまう。車を飛び出し半狂乱になって絶叫する。失意の兄を慰めたのは妹のオリーヴだった。何も言わず兄の横に座って、寄り添うように肩に手をかけ、兄をそっと抱きしめるシーンはなかなかに感動的だ。

 一番のハプニングは旅の途中で爺さん(アラン・アーキン)が麻薬のやりすぎで頓死してしまうこと。この爺さんはつわものぞろいの一家の中でも際立って変だ。何しろヘロイン中毒で老人ホームを追い出されたという経歴の持ち主。ヘロインは若い奴には良くないが年寄りならいいと施設を出ても吸い続けている。言うことがまたハチャメチャだ。ドウェインに向って「若いうちはヤリまくれ!」と「有益な」アドバイス。結局、エロ爺のまま旅の途中で天寿を全うした(性格はとても真っ当とはいえないが)。死んだだけでも大変なのに、その上一家は葬式をめぐるごたごたに巻き込まれる。しかしこの一家そんなことではめげない。隙をついて爺さんの死体を持ち逃げする。ところが車で死体を運んで走っているところを、何と今度はパトロール警官に呼び止められる。だがこの絶体絶命の窮地もポルノ愛好家の爺さんが残した「置き土産」のおかげで無事乗り切る。さらに、しかしこの色ボケ爺さんは家族に一つだけ名言を残した。自信をなくしかけて落ち込むオリーヴに、「負け組とは負けることを恐れて挑戦しない人たちのことだ」と諭すのだ。亀の甲より年の功。阪神淡路大震災の際に一番活躍したのは受験勉強の優等生ではなく茶髪の兄ちゃん姉ちゃんたちだったように、競争原理などから一番遠いこの爺さんだから言えるせりふなのだ。

 この色ボケ爺さんを演じるのは何とアラン・アーキン。アラン・アーキンといえば「暗くなるKaeru3 まで待って」(1967)。盲目のオードリー・ヘップバーンを追い詰める殺人者の役がなんといっても強烈だった。初出演の「アメリカ上陸作戦」(1966)といい、不気味な役が似合う役者だが、障害者を演じた「愛すれど心さびしく」(1968)などもあり、なかなか才能のある役者だ。「キャッチ22」(1971)など代表作は6、70年代に集中している。一時とっくに引退したと思っていたが、「シザー・ハンズ」(1990)、「ガタカ」(1997)、「クアトロ・ディアス」(1997、これは知られざる傑作!)など90年代以降も活躍している。「リトル・ミス・サンシャイン」は晩年の代表作になるだろう。

 かくして、途中様々なハプニングに会いながらも一家は何とか会場に到着する。実際はわずかに遅れて、受付でまた一悶着あるのだが、それも何とかクリア。いよいよコンテスト本番となる。次々と出てくる大人顔負けのしなを作るライバルたちに家族は自信をなくしてしまう。恥をかくだけだから止めさせた方がいいんじゃないかと引き止めようとしたり、本番直前までどたばたが続く。散々ためにためておいて、いよいよオリーヴの出番。ここから先は書かないでおこう。一度もオリーヴのダンスを見せなかった理由が最後に分かる。そして家族が見せた反応とラストが一番の見所。

 ともかく、オリーヴはビューティー・クイーンにはなれなかった。それどころか「もう二度と出るな」と追い出される始末。だが、最後はさわやかだ。勝ち負けなんか決して重要ではない、みんなで団結して家族の絆を取り戻したことこそ一番の栄冠であるという分かりやすいメッセージが却って心地よい。オリーヴ役のアビゲイル・ブレスリンも見るからに可愛いという子役ではない。お腹が出た幼児体型で分厚いメガネをかけている。それがニコニコ笑顔を振りまく他のミス・コン出場者をキュートさで圧倒してしまうところが面白い。オリーヴという名前が暗示的だ。オリーヴを助けるのはポパイ。しかしこのオリーヴ、決して「ポパイ助けて」なんて叫ばない。そもそもこの映画に無類の力持ちのポパイは登場しない。力のない家族が力を合わせてオリーヴを助ける。「グエムル」と同じ。オリーヴは最後の自分のダンスがどういう意味を持っているのか自分では全く気づいていない。回りでおたおたする人々を尻目に踊り続ける。バスの中でもヘッドホーンをつけて、周りの大騒ぎから離れ1人自分の世界に没入している。ジタバタする家族から超然として終始変わらないマイペースっぷりが最高だ。

 結局この旅はそれぞれの夢が壊れてゆく旅なのだが、それでも一家にとって家族の絆が強められてゆく貴重な経験になった。このことが意味しているのは、家族の愛があれば夢なんかなくてもいいということではないだろう。誰にとっても夢は必要だ。だが、彼らが見ていた夢は多かれ少なかれ「成功の夢」だった。“リトル・ミス・サンシャイン”コンテストが象徴しているような競争原理に振り回されるのではなく、それぞれの身の丈にあった夢を持てばいい。そう言っているのだろう。

 最後もバスを押して帰るところがほほえましくも愉快だ。誰もがっかりなどしていない。彼らの顔には微笑が浮かんでいる。勝ち組になろうなんて考えはもう吹き飛んでいた。そう、そういう君たちこそ「ユー・アー・マイ・サンシャイン」さ。

<ブログ内関連記事>
ゴブリンのこれがおすすめ 12(ロード・ムービー)
漂流するアメリカの家族
グエムル 漢江の怪物
家族(70年、山田洋次監督)

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2007年2月20日 (火)

これから観たい&おすすめ映画・DVD(07年3月)

【新作映画】
2月24日公開
 「さくらん」(蜷川実花監督、日本)
 「ボビー」(エミリオ・エステベス監督、アメリカ)
 「叫び」(黒沢清監督、日本)
3月3日公開
 「パフューム ある人殺しの物語」(トム・ティクバ監督、独・仏・スペイン)
 「今宵、フィッツジェラルド劇場で」(ロバート・アルトマン監督、アメリカ)
 「パリ・ジュテーム」(ブリュノ・ポタリデス 、他監督、独・仏)
3月10日公開
 「ラスト・キング・オブ・スコットランド」(ケビン・マクドナルド監督、イギリス)
 「許されざるもの」(ユン・ジョンビン監督、韓国)
 「サン・ジャックへの道」(コリーヌ・セロー監督、フランス)
 「約束の旅路」(ラデュ・ミヘイレアニュ監督、フランス)
 「パラダイス・ナウ」(ハニ・アブ・アサド監督、独・仏・蘭・パレスチナ)
3月17日公開
 「ハッピー・フィート」(ジョージ・ミラー監督、豪・米)
 「春のめざめ」(アレクサンドル・ペトロフ監督、ロシア)
 「キトキト!」(吉田康弘監督、日本)
 「フランシスコの2人の息子」(ブレノ・シウヴェイラ監督、ブラジル)
3月24日公開
 「ユアン少年と小さな英雄」(ジョン・ヘンダーソン監督、イギリス)

【新作DVD】
2月21日
 「アタゴオルは猫の森」(西久保瑞穂監督、日本)
2月23日
 「ミュージック・クバーナ」(ヘルマン・クラル監督、キューバ・独・日)
 「紀子の食卓」(園子温監督、日本)
 「迷子」(リー・カンション監督、台湾)
3月2日
 「薬指の標本」(ディアーヌ・ベルトラン監督、仏・独・英)
 「トンマッコルへようこそ」(パク・クァンヒョン監督、韓国)
3月16日
 「フラガール」(李相日監督、日本)
 「カポーティ」(ベネット・ミラー監督、加・米)
3月21日
 「狩人と犬、最後の旅」(ニコラス・バニエ監督、フランス・カナダ他)
 「トゥモロー・ワールド」(アルフォンソ・キュアロン監督、英・米)
3月23日
 「太陽」(アレクサンドル・ソクーロフ監督、ロシア他)

【旧作DVD】
2月23日
 「青いパパイヤの香り」(93、トラン・アン・ユン監督、ベトナム)
2月24日
 「わらびのこう」(03、恩地日出夫監督、日本)
3月2日
 「タバコ・ロード」(41、ジョン・フォード監督、米)
3月24日
 「死と処女」(ロマン・ポランスキー監督、英・米・仏)

 新作は先日「Golden Tomato Awards発表」「Golden Tomato Awards発表 その2」で紹Earth_jewel_w1 介した作品がいくつか登場する。「今宵、フィッツジェラルド劇場で」、「ハッピー・フィート」、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」の3本。どれも期待できそうだ。

 新作DVDは花盛り。最大の話題作は言うまでもなく「フラガール」。他にも「トンマッコルへようこそ」、「カポーティ」、「太陽」、「トゥモロー・ワールド」など豪華なラインアップ。一方、旧作DVDはやや勢いが落ちた感じがする。今月だけのことであってほしい。

 ちょっと先の話だが、うれしいお知らせ。4月25日にケン・ローチ監督の「麦の穂をゆらす風」のDVDが出るのにあわせて、ようやく彼のDVD-BOXが出る。「麦の穂をゆらす風」、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」、「ブレッド&ローズ」、「ナビゲーター ある鉄道員の物語」、「明日へのチケット」の5作品を収録。この勢いで他の作品も続けてDVDを出してほしい。

2007年2月18日 (日)

漂流するアメリカの家族

  先週の日曜日に映画館で観た「リトル・ミス・サンシャイン」は愉快な映画だった。実にユHuiwto01 ニークな個性がそろった家族で、ハプニングだらけの旅とその途中のエピソードが面白い。そして圧巻は何といってもラストのダンス。” リトル・ミス・サンシャイン”コンテストでオリーヴが披露した踊りにはやられた。なるほどそうきたか!後で考えるとあちこち伏線が張られていたことに気づくが、意表をつくダンスに脱帽。

  昨日は「トランスアメリカ」を観た。こちらも家族のロード・ムービーだが、出来はさらに上回る傑作。フェリシティ・ハフマンが性転換手術を控える男性を演じ、その息子のケヴィン・ゼーガーズはドラッグに染まり男に体を売っているというねじれた親子関係。ひねりにひねった設定はアメリカというよりむしろイギリス的だが、ブラックな方向には向かわない。映画の味わいはアメリカ映画が得意とするファミリー・ドラマ。特異なシチュエーションであるにもかかわらず、人間的な情愛が意外なほどストレートに描かれている。

  ほとんど悪ふざけとも思える「リトル・ミス・サンシャイン」のラストのダンスにしろ、「トランスアメリカ」のねじれた人物設定にしろ、今のアメリカ映画はここまでやらなければ「個性的な」映画が作れないのかと考えさせられる。特に「トランスアメリカ」は、安易な作品がはびこるアメリカ映画の「お手軽病」を突き破る作品が多数公開された06年の中でもとりわけ異彩を放つ。とはいえ、窃盗で投獄されていた息子が意外にまともで、最後は父子の絆が取り戻されるという展開なので、決してひねた底意地の悪い映画ではない。既成の枠組みからどれだけ抜け出ているかで作品の良し悪しを計る向きには物足りないだろうが、これはこれで充分優れた映画だと僕は思う。

 「リトル・ミス・サンシャイン」★★★★
 「トランスアメリカ」★★★★☆

  いずれこの2作品ともレビューを書くつもりだが、ここではこの二つともロード・ムービーであるということについて若干考察してみたい。この2、3年に公開されたアメリカ映画には家族が旅をするロード・ムービーが結構ある。上記2作品のほかに、「ラスト・マップ/真実を探して」、ヴィム・ヴェンダース監督の「ランド・オブ・プレンティ」と「アメリカ、家族のいる風景」、未見だが「ブロークン・フラワーズ」など。家族ではないが「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」などもある。

  家族のロード・ムービーというパターンは今までそれほど多くなかった。最近になって急に増えてきたという感じだ。上に挙げた映画のほとんどは映画が始まった時家族はばらばらである。両親がそろっていないケースも多い。「リトル・ミス・サンシャイン」だけが両親もそろって祖父までいる。それは、これらの作品の中で一番従来のファミリー・ドラマに近いからである。親子そろって観られる映画なのだ。しかし、その「リトル・ミス・サンシャイン」の場合でも家族はばらばらである。ばらばらの家族がアメリカを漂流している。彼らの旅は家族の絆を求める旅である。だからただ目的地もなく漂っているわけではない。だが、不安定で波乱に満ちた旅である。家族同士が反発しあいながら次第に信頼を回復してゆく。互いに欠けている物を求め合っている。

  家族の絆を回復する旅だから途中で家族が離散したり(老人が途中で死ぬことはあるが)、目的地にたどり着けなかったりはしない。これらの映画には裏返しの願望が込められている。だが逆に言えば、それだけアメリカの家族が崩壊の危機にさらされているということだろう。従来のファミリー・ドラマがリアリティーを持ちえなくなってきている。自分を見失い、他人も見えなくなってきている。みんな自分の世界に引きこもってしまう。その典型が「リトル・ミス・サンシャイン」のドウェーン。彼は自分の部屋に閉じこもり誰とも口を利かない。互いに自分の殻に閉じこもり、会話が弾まない。家族の集まる食卓や居間には淀んだ空気が充満している。あるいは1人で暮らしている(「アメリカ、家族のいる風景」と「トランスアメリカ」は共に突然自分の子供が現われて慌てふためく映画である)。

  もちろん現実の社会では平穏に暮らしている家族も少なくないはずだ。映画はありふれた平凡な家庭を描くこともあるが、上記の作品は典型的なケースや極端なケースを象徴的Waveleaf_1 に描いている。しかしこれを例外的だと片付けるわけには行かない。現実の社会の中で深く広範に進行しつつある危機を抉り出しているとも言えるからだ。アメリカは世界一のストレス社会である。おまけに犯罪が日常的な不安社会でもある。失業や様々な差別もある。社会的軋轢が人々を外側から締め付け、麻薬やアルコール中毒、精神的不安が個人を内側から蝕む。いずれの問題もアメリカ映画では当たり前の日常生活のように描かれている。9・11後のアメリカの迷走ぶりがその不安に拍車をかけている。イラクへ介入し続ける一方で、ハリケーン・カトリーナはアメリカがアメリカ国民の生活と安全に無頓着なことや、社会保障体制が意外に脆弱であることが暴露された。上記の映画だけではない、アメリカ社会全体に淀んだ空気が沈殿している。

  淀んだ空気を吹き払うには「クラッシュ」が描いたように閉じられた窓を開け放ち、意識的に「触れ合い」を求める必要がある。じっと閉じこもるのではなく、行動を起こさなければならない。その行動のひとつが旅に出ることである。外の新鮮な空気に触れ、自分や家族をみつめなおす旅。旅は家族の絆を取り戻す特効薬として描かれている。今のところアメリカのぎすぎすした家族はこの特効薬で何とか千切れかかった絆を回復している。

  しかし薬は使い続けるうちに効かなくなってくる。さらに強い薬が必要になってくる。今後のアメリカ映画はどのような方向に進むのだろうか。安定を取り戻し再びのんきなファミリー・ドラマに回帰してゆくのか、あるいは旅も行き詰まるのか。「地獄の黙示録」のように謎にたどり着いたり、「アギーレ・神の怒り」のように仲間が途中で死に絶え残った1人も狂気にいたる展開になってゆくようなファミリー・ロード・ムービーが出現するのだろうか。ストレートな人間が1人もいない家族が出現するのだろうか(それに近い映画は既にたくさんあるが)。映画は社会を映す鏡。映画の移り変わりを深く理解するにはアメリカ社会の移り変わりを深く観察しなければならない。

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