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2007年10月28日 - 2007年11月3日

2007年11月 3日 (土)

「ミス・ポター」と「天然コケッコー」を観てきました

Sand_5  映画の日の11月1日、電気館で「ミス・ポター」と「天然コケッコー」を観てきました。この日は職場の記念日で毎年休みです。レンタルよりは高いけれど、ほぼ1本分の料金で2本観られるのはやはり得した気分です。1日だけとはいわず、11日、21日、31日も半額の日にしてくれないかねえ。あるいは毎週土日を半額の日にするとか。それにしても、平日とはいえ映画の日だというのに「ミス・ポター」は8人、「天然コケッコー」は6人しか観客がいなかった。地方の映画館は風前の灯なのか。

  3日から「ALWAYS 続三丁目の夕日」の公開が始まり、11月中旬には「めがね」、「エディット・ピアフ~愛の賛歌」が公開予定。なぜか毎年この時期になるといい映画が来るようになる。この機会にせっせと映画館で観ておかないと。そういえば、12月16日には長野大学(昨年も「スティーヴィー」を上映した)で「六ヶ所村ラプソディー」の上映会がある。

* * * * * * * * * * * * * * *

「ミス・ポター」(クリス・ヌーナン監督、2006年、英・米)
 評価:★★★★
 ベアトリクス・ポターのことはある程度知っているつもりでいた。「ピーター・ラビットのおはなし」の作者であることはもちろん、ナショナル・トラスト創立の時期から深い関係にあり(創立メンバーの1人の友人)、彼女自らも多くの土地を買って開発から守ったことも知っていたが、あんな上流出身だとは思わなかった。もっとも、ビアトリクス自身が映画の中で言っていたように、両親とも商売人の出でいわゆる成り上がりだ。もともと上流の出身ではないので、なおさら貴族などと付き合いを強めて、出身階級の連中を意識的に遠ざける。上へ上へと社会の階層を登ってゆこうとする当時の風潮がよく表現されていた。

 そんな両親の下に育ちながら、幼い頃から動物を観察し絵に描くことが好きなビアトリクスは、母親の早く結婚せよとの矢の催促をものともせず、絵本作家を目指していた。女性が就ける職業などまだまだ限られていた時代で、ましてや上流の子女が仕事をすることなどほとんど理解されなかった時代。絵本作家という職業もアーティストとしての地位も当然確立していない。物語は1902年に始まっているが、60年以上も在位していたヴィクトリア女王が亡くなったのはその前年の1901年である。まだまだヴィクトリア時代の風習が色濃く残っていた時代だった。

 「ピーター・ラビット」シリーズの編集者、ノーマン・ウォーンとの結婚も両親の、特に母親の激しい反対にあう。このあたりの描き方も良く出来ている。上流家庭の母親が娘の結婚にどれほど気をもむかはジェイン・オースティンの小説を読めばよく分かる。女性は結婚相手の財産にすがって生きるしかなかった時代である。上流家庭の子女であるからこそ手を汚して働くなどもってのほか。母親は貴族のバカ息子との縁談を次々と娘にもってくるが、どの婿候補も見るからにあほ面なのが可笑しい。このあたりは18世紀の末に書かれたジェイン・オースティンの小説世界さながら。100年前とちっとも変わっていない。

 レニー・ゼルウィガーが少しも上流の娘に見えないのがご愛嬌。アメリカのテキサス生まれじゃあ現代娘のブリジット・ジョーンズの方がまだ合っている。むしろユアン・マクレガーの方が上流の子弟に見えるくらいだ。「トレインスポッティング」のヤク中青年のイメージが鮮烈なので、これほど背広姿が似合うとは意外だった。

 ノーマン・ウォーンが結婚前に急死してしまうのも知らなかった。結果的に最後の別れになってしまった駅での別れのシーンは、ありきたりのシチュエーションだが、何故か記憶に残った。だが、ビアトリクスがノーマンの死を悼むシーンはそれほど湿っぽくはない。彼女の描いた絵が動いたり、馬車を曳く馬がウサギに見えたりと、全体的に明るくファンタジーの要素を込めて描かれているからだろう。強い女性という描き方ではないが、母親の忠告を振りきり自分の行き方を貫く姿勢が強調されている。動物を愛する気持ちが動物たちの棲む自然を開発から守るという考えにつながり、それがウィリアム・ヒーリスとの結婚につながるという描き方になっているのもいい。

 ただ全体としてみれば軽い映画である。ジェイン・オースティンのような入念な人間観察はなく、どちらかというと人物描写は平板だ。レニー・ゼルウィガーを主演にしたために、アメリカ映画的作りが入り込んでしまったのかも知れない。


「天然コケッコー」(山下敦弘監督、2007年、日本)

 評価:★★★★
 中学生の男女の淡い恋を描いたさわやかな映画だった。同じく中学生を主人公にした「青空のゆくえ」を思い浮かべながら観ていた。「小学生でもなく、高校生でもない、中学生という微妙な年齢をターゲットにした。人を好きになるという感情が芽生え始めた年齢、好きなのかそうでないのか自分でもはっきりしない。だからねっとりした嫉妬もなく、どろどろした恋のつばぜり合いもなく、またいじいじ、じめじめしたところもない。実にさっぱりしている。だから観終わった後がすがすがしいのだ。」これは「青空のゆくえ」のレビューで書いた文章だが、かなりの程度「天然コケッコー」にも当てはまる。そよ(夏帆)と広海(岡田将生)のぎこちないキスシーンがほほえましい。

Tukiusa  全校生徒がたったの7人(1人は東京からやってきたばかりの転校生・広海)しかいない山間の分校を舞台にしたところが実にユニークだ。言葉から関西の方だと思っていたが、島根県の浜田が舞台のようだ。女の子が自分を「わし」と言っているのが意外に可愛く聞こえるから面白い。「たそがれ清兵衛」や「スウィング・ガールズ」同様、方言が魅力の一つになっている。「いって帰ります」と言って出かけ、「帰りました~」と戻ってくる。田舎ならではのゆったりとした時間の流れや景色の美しさとあいまって、行ったことがないのに何故か懐かしさを感じてしまう。そう、この映画は「ALWAYS 三丁目の夕日」や「カーテンコール」と同様、懐かしさが売りなのである。ただ、時代を昔に設定するのではなく、いまだにこんな生活が残っているのかという田舎に設定しているところがユニークなのだ。

  くらもちふさこの原作漫画は知らないが、最近こういうふわふわした感じの漫画が多い気がする。こうの史代の漫画もこんな感じだ。特に劇的な展開はなく、淡々と描いてゆく。日常のごく些細なことがエピソードとして挟まれてゆく。生徒が少ないから上級生は自然に下級生の面倒を観ている。一番年下のさっちゃんがおしっこを漏らした時、そよはさっと床を拭き、「しとうなったらそよに言う約束じゃろ?」と声をかける。濡れたパンツをそよが洗っているシーンもごく自然だ。「青空のゆくえ」では正樹がアメリカに飛び去った後に映される青空が印象的だったが、「天然コケッコー」では海が印象的だ。生徒たちが海まで歩いてゆくシーンが面白い。ずっと山道のようなところを歩いている。なかなか着かない。こんな山ばかりのところに海があるのかと疑問に思った頃突然海が見える。どんな土地なのかよく分かるなかなか面白い演出だった。橋から飛び降り自殺した人の霊に足をつかまれてそよが動けなるエピソードも、迷信深い土地柄を表現する演出である(ちょっとやりすぎだと思ったが)。

  そんな生徒数たった6人の分校にイケメンの転校生が東京からやってくる。これがこの映画の一番の「大事件」である。穏やかだった水面に広がるささやかな波紋。中学生の女の子たちがそわそわし始める。バレンタイン・チョコがにわかに意味を持ち始める。弟に気遣いながらそよたちが広海にチョコを渡すシーンは実にさわやかだ。広海があまり都会的価値観を持ち出さないところがいい。この種のテーマの場合、普通なら田舎と都会の違いをいやみなほど強調するものだ。さっちゃんのパンツを洗った手でそよが触ったリンゴを広海が「おしっこの匂いがする」といって食べなかったシーンが最初に出てくる程度だ。あくまで大きな対立ではなく小さな波紋を描く手法。だから、郵便局のしげちゃんのぎょろ目と意味不明な行動がシュールな効果をもたらすのだ。このあたりは山下監督得意の演出が効いている。

 「青空のゆくえ」同様、塾通いや受験勉強などは出てこない。小学生も中学生ものびのびしている。まさに天然。それがこの映画の一番の魅力である。「一本の草や木を抜けば、その下から意外に複雑に広がった根が出てくる。同じように人間も社会に根を張って生きている。大地に収まっているときには見えないが、意外に深く広く根を張っていることが分かる。この映画は、一人の男子生徒がアメリカに引っ越す前に、自分の根の張り方を確認し、思い残したことを整理してゆく過程を描いている。」(「青空のゆくえ」のレビューより)これに対し「天然コケッコー」は東京から転校してきた男子生徒が田舎に根を張るまでを描いている。

 東京へ修学旅行に行ったとき、広海は昔の同級生から別れ際に校舎のかけらを渡される。彼らの学校は建て替えられるのである。広海はそのかけらを捨ててゆこうとするが、そよはそれをカバンに入れてもって帰ろうとした。広海はそのかけらを取り上げて割ってしまう。しかしその後がいい。小さくなったかけらをそよに渡すのだ。結局これが一番の東京土産だった。広海はその時、気持ちの上で東京への未練を吹っ切ったのだろう。広海と馬鹿ふざけしていた元同級生たちを見れば、東京で広海がどんな学校生活をしていたか察しがつく。かけらを渡したとき彼はその思いも一緒にそよに渡したのである。だから彼はそよと同じ地元の高校に進学したのである。たとえ坊主頭になっても田舎の高校を選んだのである。

 出演者の中では夏帆が特に印象的だった。これからどんな女優に育ってゆくのか楽しみだ。山下敦弘監督の作品を観るのは「リアリズムの宿」、「リンダリンダリンダ」に次いで3本目。どれも出来はいい。最近の日本映画の好調を支えている1人。作品に深みはないが、優れた演出力を持っているのが強み。彼も今後の作品が楽しみだ。

2007年10月31日 (水)

ゴブリンの映画チラシ・コレクション②

 映画チラシ・コレクションの第2弾です。アメリカ映画と日本映画が少ないのですが、80年代はヨーロッパ映画や第3世界の映画を中心に観ていたのです。日本映画も意外にたくさん観ていたのですが、文芸地下や並木座などで古典を中心に観ていましたのであまりチラシがありません。ただし2000年以降は結構ありますので、いずれ日本映画をまとめてご紹介しましょう。

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2007年10月29日 (月)

寄せ集め映画短評集 その16

 なかなか本格的なレビューが書けないので、久々に「寄せ集め映画短評集」シリーズを復活させます。他に待望の「クイーン」を観ました。期待通りの傑作でした。ヘレン・ミレン(彼女が観たくてこの映画を観たようなもの)が文句なしに素晴らしい。こちらは何とか本格レビューを書きたい。

ブラックブック(2006年、ポール・バーホーベン監督、オランダ・他)
  評価:★★★★
Win2  観る前はサスペンス映画に流れて肝心な人間ドラマが薄っぺらになっていないか心配だった。ポール・バーホーベン監督作品は「ロボコップ」、「トータル・リコール」、「氷の微笑」、「スターシップ・トゥルーパーズ」と観てきたが、要するにハリウッド大作路線にどっぷり浸かった監督というイメージしなかったからだ。それでもあえて観てみたのは本国オランダに帰って撮った映画だからである。

 ひょっとしたらという期待に賭けてみたわけだが、結果は悪くないと思った。思った以上にドイツ占領下の緊張した雰囲気がリアルに描かれていた。レジスタンスの描き方も斜に構えた描き方にはなっていない。スパイとなったエリス(カリス・ファン・ハウテン)がドイツ人将校ムンツェ(セバスチャン・コッホ)に近づいてゆくハラハラするプロセスは、「影の軍隊」でシモーヌ・シニョレたちがドイツ軍本部に乗り込んでゆくシーンを想起させる。レジスタンス内の裏切り者が誰なのかをめぐるサスペンス調の展開も悪くない。「影の軍隊」にしろ「日曜日には鼠を殺せ」にしろ、組織内の裏切りはつき物だ。エリスとムンツェが恋愛関係になるのはいかにもハリウッド調だが、これも不自然だと感じさせるほどではない。

 ただ不満だったのは裏切り者の描き方である。裏切り者が誰であるか分かってからの展開はまさにハリウッド映画。最大の問題点は裏切り者の葛藤が何も描かれていないこと。単なる腹黒い男という薄っぺらな描き方になっている。レジスタンスにしろナチスにしろ、ぎりぎりのところでせめぎ合っている。裏切り者も、どうにもならないところまで追い詰められて、意志に反して裏切らざるを得ないのである。「影の軍隊」でも「麦の穂をゆらす風」でも、裏切り者を処刑する場面は実に悲痛だった。「ブラックブック」にそれはない。身を犠牲にしてドイツ軍に潜入したエリスの描き方に比べると、裏切り者の描き方はあまりに浅薄だった。ハリウッドで身についた垢は肌にびっしりとこびりついていて、簡単には取れないようだ。

ザ・シューター 極大射程(2006年、アントワーン・フークア監督、米)
 評価:★★★★
 原作(スティーブン・ハンター著『極大射程』)の翻訳はだいぶ前にブックオフで手に入れていたのだが、それを読む前に映画の方を先に観ることになってしまった。原作はかなり評判になっていたので期待して観た。いや~、結構楽しめました。娯楽映画としては上出来だと思った。もっとも、近頃この手の映画はほとんど観なくなってしまったので、何を観ても楽しめてしまう傾向があるが(汗)。

 ストーリー自体は、元海兵隊の名狙撃手がある陰謀に利用されて使い捨てにされるところを間一髪逃げおおせ、罠にかけた奴らに復讐するというよくある展開。しかしどこかマット・デイモンの「ボーン・シリーズ」を思わせる作りで、主人公役のマーク・ウォルバーグが1人で陰謀グループに立ち向かう活躍ぶりがなかなか魅せる。「パーフェクト・ストーム」、「プラネット・オブ・ザ・エイプス」ではほとんど印象に残らなかったが、「ザ・シューター 極大射程」のマーク・ウォルバーグはいい。善人役が多いダニー・グローバーが悪役で出てくるのも新鮮だった。

ボビー(2006年、エミリオ・エステベス監督、米)
  評価:★★★★☆
  「ドリームガールズ」のレビューに載せた年表に少し書き足して、もう一度載せよう。

55-56年:バス・ボイコット運動
57年:リトルロック高校事件
61年:フリーダム・ライダーズ運動
63年:ワシントン大行進とキング牧師の有名な演説、ケネディ大統領暗殺
64年:強力な公民権法の成立、都市部で人種暴動が吹き荒れた「長く暑い夏」
65年:ベトナムへの北爆開始とベトナム反戦運動の高まり、マルコムXの暗殺
66年:黒人の急進的な政治組織ブラック・パンサー党の結成
68年:キング牧師とロバート・ケネディの暗殺、レッド・パワーの高まり

 ベトナム反戦運動、黒人の公民権運動などに揺れた60年代。アメリカの60年代は30年代と並ぶ政治の時代だった。マッカーシー旋風が吹き荒れた50年代の後、今度は反体制派の運動が盛り上がった。ヒッピー、アングラ(アンダーグラウンドの略)文化は日本にも影響を与えた。それは体制派の激しい反発も呼び起こし、暗殺事件が相次いだ。

 この時代はこれまでもいろんな映画に描かれてきた。「マルコムX」、「ロング・ウォーク・ホーム」(バス・ボイコット運動)、「ゲット・オン・ザ・バス」(ワシントン大行進)、「ミシシッピー・バーニング」、「レニー・ブルース」、「JFK」、「グッド・モーニング・ベトナム」などの一連のベトナム戦争もの、「小さな巨人」、「ソルジャー・ブルー」、「真夜中のカーボーイ」など(最初の2本は60年代が舞台ではないが、明らかに当時の価値観が反映している)のアメリカン・ニュー・シネマ、等々。

 「ボビー」は兄に続いて暗殺されたロバート・ケネディの暗殺場面をハイライトにして、その場に集まっていた人々を群像劇のように描いた作品である。群像劇の部分はさながらロMoon2_7 バート・アルトマンのようなタッチ。アンソニー・ホプキンス、デミ・ムーア、シャロン・ストーン、リンジー・ローハン、イライジャ・ウッド、ウィリアム・H・メイシー、ヘレン・ハント、クリスチャン・スレーター、ローレンス・フィッシュバーン、マーティン・シーン、ハリー・ベラフォンテ、そして監督のエミリオ・エステベス本人と、綺羅星のように有名俳優たちが入れ替わり立ち代り登場する。そしてなんといっても圧巻は暗殺場面に続く、大混乱になって人々が逃げ惑う映像にボビーの演説をかぶせたラストの場面。演説の力強さとその言葉を裏切るような映像のギャップがすごい。言葉が力を持っていた時代、そして暴力が言葉を押しのけていった時代。

 壁に書かれた”The once and future king”の文字に血痕が飛び散っているカットが印象的だった。最後にケネディ家の肖像写真が次々に映し出される。エンディング・ロールに流れるザ・アンダードッグズ・アンド・ブライアン・アダムズ、ウィズ・アレサ・フランクリンの「ネバー・ゴナ・ブレイク・マイ・フェイス」がぐいぐいと胸に迫ってくる。機会があればもう一度観直して、じっくりとレビューを書いてみたい映画だ。

不都合な真実(2006年、デイビス・グッゲンハイム監督、米)
 評価:★★★★
 アメリカの元副大統領アル・ゴアのスライド講演にパーソナルな映像をプラスしたドキュメンタリー映画。環境問題、特に地球温暖化の問題を取り上げ、豊富なデータを駆使してこの問題を無視し続けているアメリカ政府の姿勢を批判している。例えば、氷河が年々後退している様を、あたかも使用前・使用後の比較宣伝のように、具体的な映像を映し出すことで分かりやすく示している。最後には具体的な行動提起もしている。
 彼が訴えている内容自体は、様々なテレビや新聞の報道などで大体知っていることである。それほど新鮮味は感じなかったが、訴えていること自体にはある程度説得力を感じた。ただし、このまま行くと将来はこうなると示すあたりは不確かな推測が入り込んでいるし、数字が大げさな感じもする。また、彼の活動やこの映画自体が政治キャンペーンのような色彩を帯びていて(講演会というよりショーである)、また立候補したいのかと余計な勘繰りをしたくなったことは率直に書いておきたい。さらにアメリカがなぜ環境問題に不熱心なのかという点に関してもツッコミが不十分だと感じた。


あなたになら言える秘密のこと(2005年、イサベル・コイシェ監督、スペイン)

  評価:★★★★
 「死ぬまでにしたい10のこと」のイザベル・コイシェ監督と主演のサラ・ポーリーが再び組んだ新作。前作は、難病ものというお涙頂戴になりやすいテーマを扱いながら、安易に泣かせの演出を避け、残される人々へのヒロインの想いと彼女の人生最後の輝きを抑えた演出で描いて出色だった。"MY Life Without Me"という原題に込められた、自分の死んだ後の周りの人々の人生を気遣う彼女の優しさと、その人生を共有することができない悲しさが静かに胸に迫ってきた。

 はっきり言って、「あなたになら言える秘密のこと」は二番煎じの感は否めない。前作と似たようなムードの映画だという意味と、「ソフィーの選択」とほぼ同じ主題を描いているという意味で。どうしても「ソフィーの選択」と比較してしまうので、ハンナの告白は衝撃度が弱いと感じてしまう。サラ・ポーリー自身の演技は決して悪くはないのだが、メリル・ストリープや彼女が迫られた究極の選択と比べられたのではさすがに分が悪い。  ただし、告白部分の衝撃度を別にすれば、ベッドで寝たきりのティム・ロビンスとサラ・ポーリーのやり取りは素晴らしい出来だ。さすがは名優ティム・ロビンス、布団から顔が出ているだけの状態であるにもかかわらず、忘れがたい印象を残す。「ザ・プレイヤー」、「ショーシャンクの空に」と並ぶ彼の代表作になるだろう。

 海上にある油田掘削所の中の一室という限定された舞台。しかもティム・ロビンスは体に大やけどを負いベッドから動けない。その限られた条件の下で展開される二人の会話。動きをほとんど描けないという負の条件を軽妙でよく練られた会話で補っている。イザベル・コイシェの脚本が見事だということである。ただ残念なのは、ラストがアメリカ映画のようなありきたりの結末になっていること。スペイン映画なのに会話がすべて英語だということと何か関係がある気がする。


輝く夜明けに向って(2006年、フィリップ・ノイス監督、米・仏)

 評価:★★★☆
 たまたま「あなたになら言える秘密のこと」と同じ日に観たので、またティム・ロビンスが出てきて驚いた。南アフリカのアパルトヘイトを映画いた映画には「遠い夜明け」、「ワールド・アパート」、「白く乾いた季節」、「アマンドラ!希望の歌」などの傑作がある。「輝く夜明けに向って」はこれらと比べるとアメリカのサスペンス映画に近い演出で、その分問題の掘り下げ方が浅いと感じた。サスペンス映画と社会派ドラマの中間的な作品で、どっちつかずという印象を受けた。

 監督はフィリップ・ノイス。ハリウッドで「デッド・カーム/戦慄の航海」(未公開作品だが、なかなかの拾い物)、「パトリオット・ゲーム」、「硝子の塔」、「今そこにある危機」、「ボーン・コレクター」などを作った後、故郷のオーストラリアで「裸足の1500マイル」を製作した。アボリジニの女の子を主人公にした堂々たる傑作だった。アパルトヘイトを扱ったこの作品もハリウッド大作とは一味違うが、作りと演出は大きくハリウッド映画の方に振れている。

 この映画の曖昧なスタンスはティム・ロビンス演じるテロ対策班のニック・フォス部長に象徴的に表れている。この映画はアフリカ人のパトリック・チャムーソ(デレク・ルーク)が主人公なのだが、どうもニックの視点から描かれている気がするのだ。パトリックはテロリストと間違われて拘束され、拷問を受ける。妻までも捕らえられて暴力を受ける。やがて疑いは晴れるのだが、このことをきっかけにパトリックは本物のテロリストになるのである。パトリックは一貫して「テロリスト」と呼ばれているのである。これは明らかにニックの視点である。

 もちろん抑圧されているアフリカ人の側から見れば彼らは「自由の戦士」であり、フリーダム・ソングを歌う民衆の姿なども描かれてはいるのだが、どうも視点が不徹底なのだ。ニックが途中でアフリカ人の側に回る展開かとも思ったが、終始彼の立場は変わらない。最後にアパルトヘイト崩壊後何年かたってすっかりボケ老人のようになった哀れな姿が映されるだけだ。パトリックをテロリストとして執拗に追い詰めるニックの視点が異様に強調され、実際ANC(アフリカ民俗会議)の一員になったパトリックは破壊活動に走る。こういう描き方にはどうも9.11後のアメリカの対テロ戦争姿勢が反映している気がしてならない。この不徹底な姿勢とアフリカ民俗会議を単なるテロ集団とみなす姿勢が、この映画をサスペンス映画とも社会派ドラマともつかないどっちつかずの作品にしてしまっているようだ。

ゴブリンの映画チラシ・コレクション①

 先週の金曜日と土曜日は一日中薄暗くて陰鬱な日でした。雨が降っていたので写真を撮りにも行けない(もっとも、そのお陰で映画を3本観ることができたのですが)。外でデジカメを使うチャンスがなかったので、土曜日の昼間に家で別のものを撮影していました。映画のチラシを撮っていたのです。

 「あの頃こんな映画があった 1988年」の記事を書いたときに、初めてチラシをデジカメで撮りました。これはシリーズにするつもりでしたが、なかなか時間がなくて続きが書けないでいました。いずれシリーズ第2弾の「1989年」を書くつもりですが、その前にチラシを撮りだめしたわけです。

 僕がいつごろから映画のチラシを集めだしたのかはっきりした記憶はありません。持っているチラシから判断すると、どうやら80年代に入ってからのようです。すべて映画館などでただで貰ってきたもの。チラシを入れたクリアケースがもう7、8冊はあります。別に秘蔵コレクションにしているわけではありません。秘蔵は死蔵です。中には貴重なものもあるので、死蔵するのではなくブログに載せて映画ファンの間で分け合いたいとだいぶ前から思っていました。ただ、とにかく面倒でやらなかったのです。そして陰鬱な土曜日、やっとその機会ができました。

 今後何回かに分けて載せるつもりです。個別の映画だけではなく、映画祭や特集上映などのチラシ、パンフレット類なども撮るつもりです。記事が書けないときに埋め草で載せるつもりです。どうかお楽しみに。

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2007年10月28日 (日)

自然運動公園へ行く

  昼間、昼食をとった後長野大学のすぐ裏にある自然運動公園に行ってみた。前に記事を書いた宣教師館やいにしえの丘公園のすぐ近くなので、「塩田の文教地区探索」第2弾といってもいい。ここはグランドや体育館、プール、フィールドアスレチックなどの施設と、池を中心にした小さな公園がある。この池の周りが結構眺めがいいので、ちょっとした撮影ポイントなのである。実際、僕の他にも女性が1人三脚を立てて池を撮影していた。写真を撮っていたら声をかけられた。ちょっと前まではいろんな虫や鳥などがたくさんいたのに、今日来たら全くいないと残念がっていた。

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  確かにいつもは見かける水鳥が1羽もいない。それでもきれいに紅葉している木がいくつかあったので、それらをフレームに入れながら、主に池の周りを写真に撮った。今日は台風一過で雲ひとつない快晴。空が本当に美しい。いつもより空の部分を大きく取り入れるようにした。空自体を撮りたくて、見上げるようにして木の枝と空を撮ってみたが、うまく行ったかどうか。快晴の日の上田の空は見事に真っ青になる。東京にいた頃にはこんな真っ青で雲ひとつない空を見たことがなかった。空が美しいと実感できるのは、ひょっとすると相当贅沢なことなのかもしれない。

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  あまり時間がないので自然運動公園の一部しか写真が撮れなかった。それでも池の周りだけではさびしいので、体育館の前の木立、子供たちの遊戯施設の一部、さらにはプールの写真も撮った。この時期のプールは人気がないのでどこか寒々としている。車に戻ろうとプールの横を通ったとき、ススキの穂が陽の光を反射して息を呑むほど美しく輝いているのが目に入った。思わずしまいこんだカメラを取り出し、写真を撮った。角度を変えて光を反射してほとんど透明に見えるススキと、陰になっているススキの2枚撮った。ぼくの技術ではあの透明な輝きがうまくとらえられていないのが残念だ。陰になったススキも真っ青な空が背景になっているので、これまた別の美しさがある。何でもないススキの穂が光の加減でこんなに美しく見えるなんて新鮮な発見だった。

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