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2007年10月7日 - 2007年10月13日

2007年10月12日 (金)

塩田の文教地区を歩く

 午前中ちょっと時間が空いていたので駆け足で撮影に行ってきた。近場という以外に特に場所は決めていなかったが、ふと思いついて鴻の巣に行くことにした。行ったのは二度目だが、やっぱり間近に見るとかなりの奇観だ。茶色い岩肌がむき出しになり、それが風雨によって侵食されて急峻な崖になっている。足元には小砂利がたまり至極歩きにくい。足を滑らせないように気をつけながら近くまで登ってみる。よく海岸にある奇岩のように鋭く針のようにとがっている岩もある。岩といっても角の取れた丸い小砂利と砂の塊なので、恐らくひっかけばぼろぼろ崩れるのではないか(もちろん触ってはいないが)。ここはかつて海底だったところで、後に隆起してこんな様相を呈するようになった。よく探せば、砂利の間に貝が見つかるかもしれない。下から見上げると、空の青さと薄茶色の崖の色のコントラストが素晴らしい(快晴の日の上田は雲ひとつなく真っ青に晴れる)。

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<写真>
鴻の巣(6枚)

 今日は日差しが暑い。途中で上着を脱いでも体中汗だくになった。横の方に回り込むと遊歩道に出る。以前来た時にそっちにも行ってみたが、確か展望台まではいかなかったと思う。時間があれば展望台まで行って写真を撮ってみたかった。残念ながら今日は崖だけで我慢する。ここは深沢七郎原作『楢山節考』(ならやまぶしこう)の二度目の映画化作品(83年の今村昌平監督版、ただし僕は58年の木下恵介監督版しか観ていない)で、老人を谷底に突き落すシーンのロケ地になったところだ。突き落すシーンはテレビで何度か見たことがあるが、どのあたりで撮ったのかは分からなかった。そう言えば、その撮影の時放ったカラスがそのまま住みついてしまったという話を聞いたことがある。

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<写真>
鴻の巣(3枚):断崖を見上げる、足もとに積る小砂利、案内板

 その後「いにしえの丘公園」に行ってみた。このあたりは上田市の中でも独特の雰囲気があるところだ。上田には信州大学の繊維学部、長野大学(私立)、上田女子短期大学、県工科短大の4つの高等教育機関がある。そのうちの信州大学を除く3つが塩田地区に集中している。またそのあたりはリサーチパークと呼ばれる企業の研究所等が集中している地域でもある。信州の学海と呼ばれる塩田地区の中でも特に文教的雰囲気があり、またきれいに整備されているところで、ゆっくりと散歩するにはもってこいの場所である(坂道が多いのが玉に瑕だが)。いにしえの丘公園向かいの駐車場に車を停め、まずすぐその横に建っている旧宣教師館を写真に撮った。この建物は明治37年(1904年)にカナダ・メソジスト派新参町教会の婦人宣教師の住宅として、上田城跡に近い丸堀に建てられたが、平成5年に塩田地区にそっくり移設されたものである。移設されてすぐに中に入ったことがある。「アメリカン・コロニアル様式」の洋館で、室内は飾りすぎず実にシンプル。しかし細かい所に装飾が施されていて、アンティークな家具とよくマッチしていた。

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<写真>
旧宣教師館(2枚)、いにしえの丘公園

 いにしえの丘公園は古墳公園である。古墳時代後期(6-7世紀)頃に作られた塚穴原(つかあなはら)第1号、第2号古墳、他田塚(おさだづか)古墳の3基がある。インターネットで調べてみたら、他にも近辺には下之郷古墳群と呼ばれる古墳が40基ほどもあるらしい。そんなにあったのかと正直驚いた。公園の真ん中に前方後円墳をまねた塚が作られている。小さな公園だが、この一帯の雰囲気に合っていて和みのスポットになっている。

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<写真>
いにしえの丘公園(6枚)、下段真中は他田塚古墳

 その後駐車場の下にある「上田市技術研修センター」とその中にあるレストラン「リチェルカ」の写真を撮る。「リチェルカ」は眺めの素晴らしいテラスがあって女性に人気である。昼食時に行くとおばさん軍団に占領されていることは珍しくない。今日は写真だけ撮って素通り。隣の工科短大に行く。ここはうらやましいほど欝蒼とした緑に囲まれている。2、3枚写真を撮ってまたいにしえの丘公園の方に引き返す。今度はいにしえの丘公園前の坂道をさらに登って「マルチメディア情報センター」へ行く。ちょうど小学校の生徒がバス2台を連ねて見学に来ていた。ちょっと中を覗くと子供たちが楽しそうだったので、断って内部も撮らせてもらった。

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<写真>
リチェルカ、工科短大、マルチメディア情報センター

 ここも4、5枚写真を撮っただけですぐ出る。車に戻り帰ろうと思ったが、せっかくここまで来たのでついでに「ふるさとの森」にも行ってみることにした。「リチェルカ」のあたりから「マルチメディア情報センター」の横あたりまでがちょっとした散歩コースになっている。駐車場から旧宣教師館の裏側に入るとすぐ橋が見えた。細い川が流れているのだ。水量はいつ来てもわずか。ちょろちょろとしか流れていない。その橋の先にも小さな橋があった。小さくてなかなかかわいい橋だ。川に沿って上流側に歩いてみた。何か所かおかれている金属製の手すりには鳥の形の飾りがついていて、これがまたなかなかかわいい。散歩道には枯れ葉が積もり、あちこちにキノコが生えている。「マルチメディア情報センター」の横あたりには階段状に石を並べたスペースがある。野外コンサート会場のような作りだが、それにしては狭い。そこで何か催しが行われたとは聞かないし、前から何に使うのか不思議に思っていたところだ。そのあたりで散歩道は終わっている。短いコースだが、ちょっとぶらつくにはいいところだ。

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<写真>
ふるさとの森(9枚)

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2007年10月 7日 (日)

シセルとディー・ディー・ブリッジウォーターに酔う

 気持ちよく晴れた日曜日。昼間久しぶりにCDを聞いた。シセル・シルシェブーの「シセル・イン・シンフォニー」。シセル・バンドも加わったアンダース・イーヤス指揮ノルウェー放Utahime1 送オーケストラの演奏をバックに、クラシック曲やポピュラーソングを歌っている。プッチーニの「私のお父さん」と「ファイアー・イン・ユア・ハート」のノルウェー語ヴァージョンが特に印象に残った。いや驚いた。彼女がクラシックの修練を積んでいたことを不覚にも認識していなかった。彼女のCDは何枚も持っているので、他のCDにもクラシック曲が入っていたのかもしれないが、僕の意識の中にクラシック歌手としての彼女のイメージはまったくなかった。彼女のCDはほとんどどれも満点を付けたいほど気に入っているが、クラシックを歌う彼女は新しい発見だった。見事な発声とその透明な声にしばし魅了された。しかしどうして北欧の歌手はこうも透き通った声が出せるのか。デンマークのセシリア・ノービー、オランダ(正確には北欧ではないが)のフルーリーン。ジャズ界にも素晴らしい声の持ち主がいる。

  「シセル・イン・シンフォニー」の解説から簡単に彼女のプロフィールをまとめてみよう。シセル(シセルとシセル・シルシェブーの両方の表記がある)は1969年ノルウェーのベルゲン生まれ。7歳で子供の聖歌隊で歌い始める。15歳の時テレビに初出演して、当時の憧れであったバーブラ・ストライサンドの曲を歌った。16歳の時デビュー作「シセル」をリリース。今ではノルウェーの国民的歌手である。94年のリレハンメル冬季オリンピックでは、開会式で「ファイアー・イン・ユア・ハート」を歌って世界的に知られるようになる。97年には映画「タイタニック」と出会い、サントラでヴォーカル曲を担当した。クラシック界との関連で言えば、プラシド・ドミンゴとツアーをし、ホセ・カレーラスとデュエットした経歴がある。

  僕はリレハンメル冬季オリンピック当時すでに彼女の名前を知っていた記憶がある。レコード/CD記録ノートを調べてみたら、94年の9月17日に「ギフト・オブ・ラヴ」と「心のままに」を買っている。これが最初に買った彼女のCDだ。ということはオリンピックが開催された冬の時期にはまだCDを持っていなかったことになる。レコード評か何かで読んで、彼女の名前だけ知っていたということだろう。オリンピックで「ファイアー・イン・ユア・ハート」を聞いてすっかり気に入り、見つけたら買おうと思っていたということだと思われる。

  僕が持っているシセルのCD8枚はどれも素晴らしい出来だ。参考までに評価点付きで下にリストを挙げておく。なお最近の「楽園にて」、「マイ・ハート」、DVD「シセル・イン・コンサート」などを手に入れたいのだが、近所の中古店ではまず見かけたことはないし、アマゾンでも2000円近い値(DVDは3000円台)が付いていて手が出ない。安くなるまでもう少し待つしかない。

 「シセル・イン・シンフォニー」(01年) 5
 「オール・グッド・シングズ」(00年) 4
 「ザ・ベスト・オブ・シセル~ファイアー・イン・ユア・ハート」(98年) 5
 「ザ・ベスト・オブ・シセル」(98年) 5
 「アメイジング・グレイス」(94年) 5
 「心のままに」(94年) 5
 「森とフィヨルドの詩」(94年) 4
 「ギフト・オブ・ラヴ」(93年) 5

 シセルの歌を聞いてまた音楽好きの心がうずき出した。たまらず、今度はディー・ディー・ブリッジウォーターの古いレコードを引っ張り出す。というのも、1週間ほど前、新作の「レッド・アース」を中古店で衝動買いしたからだ。「レッド・アース」とはアフリカの大地のことだろう。最近アフリカ関連映画をよく観ていたし、ディー・ディーのCDは中古店ではめったに見かけることはないので、2000円以上したが禁を破って買ってしまった。マリの実力派ミュージシャンたちと組んだアフリカン・ジャズ&フュージョン版。素朴な太鼓の音がゴンゴンとリズムを刻み、何とも素朴だが力強い曲が流れてくる。時には単調ですらある曲調なのだが、聞くほどにリズムが体に染みこんできていつの間にかぐいぐい引き込まれてゆく。久々に聞いたアフリカ音楽だった。フェラ・クティ、ユッスー・ンドュール、サリフ・ケイタなど聞いていたのはもうだいぶ前だ。

G3  「シセル・イン・シンフォニー」を聞いた余韻がこの「レッド・アース」の記憶をよみがえらせ、ほこりをかぶったレコードを引っ張り出させた。聞いたのは「ディー・ディー・ブリッジウォーター」。デビュー作「アフロ・ブルー」に次ぐ2作目。「ゴブリンのこれがおすすめ 37」(レディ・ソウルを楽しむ特集)を書いた時から、また聞き直したいと思いながら時間がなくて聞きそびれていたものだ。ブログにかまけて最近CDを聞く時間が極端に減ってしまった。買ったまままだ聞いていないCDが100枚以上あるというありさま(涙)。70~80年代に必死でかき集めたレコードに至っては、2000枚ほどあるにもかかわらず、滅多に聞くこともなく過去の遺物と化していた。

 久々に聞いた「ディー・ディー・ブリッジウォーター」はやはり素晴らしかった。今では大物ジャズ歌手として知られるが、若い頃はソウルも歌っていた。若々しく力強い歌声、軽快な曲などは若い頃のナタリー・コールを彷彿とさせる。このレコードは何といってもジャケット写真が魅力的で昔からお気に入りだった。当時彼女は丸刈り頭だった(「アフロ・ブルー」のCDジャケット写真参照)。しかしここでは帽子が似合っている。CDタイトルは「私の肖像」。アマゾンで調べたら1万円近いとんでもない値がついていた。

  「ディー・ディー・ブリッジウォーター」を堪能して勢いは止まらず、次いでデビュー作「アフロ・ブルー」を聞いた。これもレコード。CDではくりくり頭を披露しているが、僕の持っているレコードではジャケットにオーブリー・ビアズリーの挿絵が使われている。日本製作盤で、彼女はこの「アフロ・ブルー」を引っ下げて70年代のジャズ・ヴォーカル界に颯爽と登場したのである。さすが今聞いても新鮮だ。

  「アフロ・ブルー」のライナー・ノートなどを基に、彼女についても簡単にプロフィールをまとめておこう。1950年5月27日、アメリカ・テネシー州メンフィス生まれ。名盤「ディア・エラ」で98年度グラミー賞「ベスト・ジャズヴォーカル・アルバム」賞を受賞。サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルド、カーメン・マクレエ亡き後、今やジャズ・ヴォーカル界の大歌手である。

  父親のマシュー・ゲリットはフィニアス・ニューボーンやブッカー・リトルやチャールズ・ロイ ドを指導した高校の音楽教師であり、ジャズ・トランペット奏者でもあった。5歳の頃のディー・ディーはよくレナ・ホーンやダイナ・ワシントンの物真似をしていたという。16歳の頃にナンシー・ウィルソンにあこがれる。16歳の時に父親のバンドで歌ったのが彼女の初舞台。70年に結婚したセシル・ブリッジウォーターもまた、父親がトランペッターで母親がピアニスト兼歌手という音楽一家育ちだった。自身もトランペット奏者だった。ディー・ディーは72~74年にサド・ジョーンズ=メル・ルイス・オーケストラで活躍する。レコード・デビュー作「アフロ・ブルー」以来15枚のアルバムを発表。僕が持っているのはその一部にすぎないが、どれも評価は高い。「ディス・イズ・ニュー」、「ディア・エラ」、「ディア・エラ・ライブ」が欲しいが、なかなか手に入らないのが残念。参考までに僕が持っているレコードとCDのリストを評価点付きで下に挙げておく。

 「レッド・アース」(07年) 5
 「シングズ・デューク・エリントン」(96年)  5
 「“ラヴ”&“ピース”トリビュート・トゥ・ホレス・シルヴァー」(95年) 5
 「ライヴ・イン・パリ」(87年)  5
 「ディー・ディー・ブリッジウォーター」(76年)  5
 「アフロ・ブルー」(74年)  4

 なお、彼女のディスコグラフィーはこちらを参照。

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