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2007年1月21日 - 2007年1月27日

2007年1月24日 (水)

あの頃こんな映画があった 1988年

■1988年Img_0200_1
 僕の映画自伝である「あの頃名画座があった(改訂版)⑧」の最後で「88年以降につい てはまた切り口を変えて年毎にまとめて行くつもりです」と書いた。その後時間がなくてほとんど放り投げていたが、そろそろまた連載を始めようと思う。「あの頃名画座があった」は自分がどこでどんな映画を観てきたかを中心に、覚えている限りで当時の映画環境も書き込んだ(東京中心だが)。88年からは東京を離れ長野県の上田市という地方小都市に移り住んだので映画はほとんどビデオ/DVDで観ている。「あの頃名画座があった」と同じ趣向では書けないので、新連載は日本で公開された作品を年毎にまとめることを試みてみようと思う。

 これまで何度も嘆いて見せたが、東京を離れると一気に映画環境は悪化する。当時上田にあった映画館は「ニューパール」、「上田映劇」、ポルノ専門館になっていた「東横劇場」、「敦煌」を観ただけですぐなくなってしまった「上田テアトル」の4館だけ。今残っているのは「映劇」だけである。4月1日にさっそく「上田映劇」で「フルメタル・ジャケット」を観ている。併映は何と「エルム街の悪夢」。どういう組み合わせだ!?最終上映回だったのでこちらは10分ほど観てパス。あんなもの真っ暗な中で1人では観たくないからね(始まった時はほかにもう1人観客がいたが、5分ほどで出て行ってしまった)。

 上田では物足りないので長野まで足を伸ばして「千石劇場」、「東宝中劇」、「長野東映」、「東宝グランド劇場」、「長野ロキシー」などへ行っている。しかし大した作品をやっていないのですぐ行かなくなってしまった。この年はまだ東京への未練たらたらで、結構週末を使って東京まで出かけている。まだ新幹線がなかった頃だから、片道2時間半もかけて通ってImg_0198_1 いたことになる。体力と若さがなければできないことだ。

 代わってビデオ生活が始まる。当時既にレンタルビデオ店があったが、東京にいた頃は当然映画館で観ていたのでビデオは借りたことがなかった。映画ノートを見ると、上田で借りた最初のビデオは「刑事ジョン・ブック目撃者」。9月の4日である。半年間我慢したわけだ。しかし背に腹は代えられない。一旦踏み切れば、後は堰を切ったように懐かしい映画、それまで見落としていた映画を借りまくっている。当時のビデオは嘆かわしいほど画質が悪かった。斜めの線などはぎざぎざになってまっすぐにならない。今のような大画面テレビもないので、小さな画面で画質の悪いビデオを見る情けなさ。しかし他にどうすることも出来ない。こうして、半年以上遅れて新作を観る生活が始まった。

【興行成績】
<洋画>
1位 「ラストエンペラー」
2位 「ランボー3 怒りのアフガン」 Img_0201_1
3位 「危険な情事」
4位 「ウィロー」
5位 「ニューヨーク東8番街の奇跡」
6位 「ロボコップ」
7位 「インナー・スペース」
8位 「クロコダイル・ダンディー2」
9位 「007/リビング・デイライツ」
10位 「フルメタル・ジャケット」

<邦画>
1位 「敦煌」
2位 「優駿 ORACION」
3位 「いこかもどろか」
4位 「あぶない刑事」
5位 「ドラえもん のび太のパラレル西遊記」
    「エスパー魔美 星空のダンシングドール」 Img_0199_1
    「ウルトラB ブラックホールからの独裁者B・B」
6位 「マルサの女2」
7位 「ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎狂騒曲」
    「はいからさんが通る」
8位 「マリリンに逢いたい」
9位 「帝都物語」
    「またまたあぶない刑事」
    「・ふ・た・り・ぼ・っ・ち・」  
     「男はつらいよ 寅次郎物語」
    「女咲かせます」

 Img_0202_2 興行成績を見てみるとその年どんな映画がはやり、何が話題になったか手っ取り早く分かる。88年は「ラストエンペラー」と「ロボコップ」の年である。壮絶な夫婦間の「戦争」を描いた「危険な情事」も話題になった。一方日本映画を見てみると情けなくなる。上記の諸作品と比べると、この1、2年の日本映画がいかに高いレベルに達し ているか分かろうというものである。まさに天と地の差である。数々の名作を生み出した50年代を頂点に、60年代以降はテレビに押されて下降線をたどり、80年代の末にはここまで落ち込んでいたのである。僕は80年代には年間に日本映画を数十本も観ていたが、そのほとんどは30年代から60年代にかけての作品だった。70年代までは日本映画の名作を観る機会が限られていたので、上映機会が増えた80年代に飢えたように観まくっていたからだが、新作に観るべきものがなかったからでもある。

 さて、興行成績はともかく、この年の特徴をゴブリン的視点から見直してみたい。この年Img_0192_1 の最大の成果と特徴は中国映画「芙蓉鎮」の公開と韓国映画の登場である。以下7点にわたってこの年の特徴をまとめてみたい。

1 「芙蓉鎮」の衝撃
 この年岩波ホールで公開された謝晋監督(この当時はまだ漢字表記だった)の「芙蓉鎮」は日本の映画ファンに大きな衝撃を与えた。文革のすさまじい実態をつぶさに描いた映画が日本で初めて公開されたのである。僕が中国映画を観たのはその前年の87年だが、まだその時は一部で注目されていたに過ぎない。この「芙蓉鎮」によって事実上はじめて中国映画のレベルの高さを日本人は知ったのである。僕は迷わずこの作品を88年のベストテン1位に選んでいる。  文芸座の「中国映画祭‘88」では6本が上映されたが、その中では「北京物語」と「晩鐘」が印象に残った。

2 韓国映画が初めて注目される
 この年に「旅人は休まない」、「鯨とりコレサニヤン」、「ディープ・ブルー・ナイト」が公開さImg_0204_1 れた。この頃はまだ韓国映画に対する僕の意識は低く、翌年に公開された台湾の「童年往時」や「恋々風塵」、あるいは「誰かがあなたを愛している」などの香港映画とかなり混同していた覚えがある。正直言って、91年公開の「達磨はなぜ東へ行ったのか」など、奇妙なタイトルの映画が入ってくるようになったなという程度の認識でしかなかった。だから観たのはいずれも数年後である。「誰かがあなたを愛している」は90年、「旅人は休まない」、「ディープ・ブルー・ナイト」、「恋々風塵」は91年、「童年往時」は93年、「鯨とりコレサニヤン」と「達磨はなぜ東へ行ったのか」は未だに観ていない。とにかくこの時期の韓国映画はまだ珍品扱いだったといっても過言ではないだろう。作品的にも今の恋愛もの全盛とは違ってより瞑想的で難解な作風だった。

3 イギリス映画
 イギリスからはこの年「遠い夜明け」と「ワールド・アパート」というアパルトヘイトを告発した傑作が2本入ってきた。アパルトヘイトが撤廃されたのは3年後の91年。2002年には「アマンドラ!希望の歌」という傑作ドキュメンタリーが生まれている。 イギリス映画では他にジョン・ブーアマン監督の秀作「戦場の小さな天使たち」やピーター・グリーナウェイ監督の「建築家の腹」があった。

4 フランスとイタリア映画
 フランス映画は上映数こそ多くないが、「愛と宿命の泉」、「さよなら子供たち」、「グレート・ブルー」、「フランスの思い出」などの傑作が公開された。エリック・ロメール作品も前年Img_0203_1 の「緑の光線」に続いて、「友だちの恋人」と「モード家の一夜」が公開された。他に「汚れた血」、「カンヌ映画通り」など。
 イタリア映画は「ラスト・エンペラー」の公開が最大の話題。しかし作品的には「1900年」に及ばない。他にフェリーニの「インテルビスタ」、フランチェスコ・ロージの「予告された殺人の記録」、エットーレ・スコラの「マカロニ」など、こちらも数は少ないが粒はそろっていた。

5 アメリカ映画
 88年はベトナム物に秀作がそろった年である。上記の「フルメタル・ジャケット」の他にベトナム物は「グッド・モーニング・ベトナム」と「ディア・アメリカ 戦場からの手紙」がある。ベトナム物以外では地味な作品に傑作が集中している。「ラジオ・デイズ」、「八月の鯨」、「メイトワン1920」、「ミラグロ 奇跡の地」、「エル・ノルテ 約束の地」など。
 他に注目すべき作品としては、「存在の耐えられない軽さ」、ジェイムズ・ジョイス原作の「ザ・デッド」、「月の輝く夜に」、「ミッドナイト・ラン」、「セプテンバー」、「月の出をまって」、「ウォール街」など。

6 その他の国々の映画
 ソ連映画に秀作が多かった。「黒い瞳」、「持参金のない娘」、「翌日戦争が始まった」、Img_0193_1 「死者からの手紙」、「メッセンジャー・ボーイ」、(僕は評価しないが)ソクーロフの「孤独な声」など。「黒い瞳」を除く4本は高田馬場東映パラスで観た。
 南米映画も前年に引き続き好調。アルゼンチンの「王様の映画」、「南東からきた男」、「ナイト・オブ・ペンシルズ」、キューバの巨匠ウンベルト・ソラス監督の「ルシア」、ブラジルの「ピンタット」など。この頃アルゼンチン映画は毎年のように入ってきていた。何と言ってもフェルナンド・E・ソラナス監督の存在が大きい。
   この年10月5日から13日にかけて草月ホールで「ラテンアメリカ映画祭」が開かれ、ウンベルト・ソラス監督の「成功した男」をわざわざ東京まで出かけて観ている。しかし「キネカ錦糸町」で観た「ルシア」も「成功した男」も悲しいことに全く記憶に残っていない。
 英仏以外でこの年公開されたヨーロッパ映画は少ない。しかし、ドイツの「ベルリン・天使の詩」と「都会のアリス」、ポーランドの「太陽の年」、チェコの「スイート・スイート・ビレッジ」とさすがに傑作、秀作ぞろいだ。
 日本映画では「となりのトトロ」、「TOMORROW明日」、「火垂るの墓」が3大傑作。この3Img_0195_1 本だけ観ておけば十分事足りる。日本映画が活気を取り戻すのはようやく2000年代になってからである。

7 未公開作品の発掘
  未公開作品の初公開も引き続き盛んだった。三百人劇場で「ヨーロッパの名匠たち フリッツ・ラングとジャン・ルノワール」と題して、「死刑執行人もまた死す」(87年12月19~88年1月8日)、「捕らえられた伍長」(1月9日~22日)、「恐怖省」(1月23日~2月5日)の3本が上映された。この面で三百人劇場が果たした役割はどんなに評価してもしすぎることはない。ジョン・フォード監督の「タバコ・ロード」もこの年に初公開された。

【1988年 マイ・ベストテン】
1 芙蓉鎮                謝 晋(シェ・チン)
2 エル・ノルテ 約束の地      グレゴリー・ナヴァ
3 さよなら子供たち          ルイ・マル
4 死刑執行人もまた死す       フリッツ・ラング
5 愛と宿命の泉            クロード・ベリ
6 遠い夜明け              リチャード・アッテンボロー
7 フランスの思い出          ジャン・ルー・ユベール
8 八月の鯨               リンゼイ・アンダーソン
9 スイート・スイート・ヴィレッジ    イジー・メンツェル
10 フル・メタル・ジャケット        スタンリー・キューブリック
次 翌日戦争が始まった        ユーリー・カラ   
  ワールド・アパート          クリス・メンゲス
  メイトワン1920           ジョン・セイルズ
  ベルリン・天使の詩         ヴィム・ヴェンダース
  黒い瞳                   ニキータ・ミハルコフ
  ディア・アメリカ              ビル・コーチュリー
  死者からの手紙            コンスタンチン・ロプシャンスキー
  北京物語                鄭洞天(チェン・トンティエン)
  グッド・モーニング・ベトナム       バリー・レビンソン
  ラジオ・デイズ               ウッディ・アレン
  友だちの恋人               エリック・ロメール
  ウォール街              オリバー・ストーン
  ミラグロ                   ロバート・レッドフォード
  ラスト・エンペラー          ベルナルド・ベルトルッチ
  戦場の小さな天使たち        ジョン・ブーアマン
  予告された殺人の記録       フランチェスコ・ロージ

(注)
 写真はマイ・チラシ・コレクションより。名前を挙げた作品はほとんど持っています。

2007年1月22日 (月)

男の闘い

1969年 アメリカ 1969年公開 Gen1
評価:★★★★
原題:THE MOLLY MAGUIRES
原作:アーサー・H・ルイス
監督:マーティン・リット
脚本:ウォルター・バーンスタイン
撮影:ジェームズ・ウォン・ハウ
音楽:ヘンリー・マンシーニ
出演:リチャード・ハリス、ショーン・コネリー、サマンサ・エッガー、フランク・フィンレイ
   アート・ランド、アンソニー・ザーブ、アンソニー・コステロ、ジョン・オルダーソン
   フィリップ・ボールネフ

 マーティン・リット、ハリウッドきっての硬派監督の一人。男くさいがリベラルな視点を持った映画を得意とする。代表作をあげると以下の作品あたりになろうか。

「暴力波止場」 (1957)
「長く熱い夜」 (1958)
「太陽の中の対決 」(1965)
「寒い国から帰ったスパイ」 (1965)
「男の闘い」 (1969)
「ボクサー」 (1970)
「ウディ・アレンの ザ・フロント」 (1976)
「ノーマ・レイ」 (1979)
「ナッツ」 (1987)
「アイリスへの手紙」 (1989)

 炭鉱を舞台にした組合と経営側の対立を描いた映画にはジョン・セイルズの「メイトワン 1920」やトニー・ビル監督の「アメリカン・ジャスティス」などがある。「男の闘い」もそれに通じる主題を持った映画。19世紀末、ペンシルヴァニアのある炭鉱が舞台。炭鉱夫はアイルランド系が主で、一部の炭鉱夫たちが″モリー・マグワイアズ″という秘密結社を結成して破壊活動を行っている。名前の元になったモリー・マグワイアという女性は17世紀アイルランドの農民の娘で、立ち退きを命じた地主に対する反乱を指導したジャンヌ・ダルクのような女性らしい。資本家側は″モリー・マグワイアズ″の幹部を一網打尽にしようとピンカートン探偵社から探偵を雇いスパイとして炭鉱夫たちの中に潜入させた。

 この映画は実話を元にしている。日本語サイトにはあまり情報がないので、英語サイトから基本的な情報を補っておこう。アレン・ピンカートン著『モリー・マグワイアズと探偵たち』は今日に至るまでこの問題の定本として知られている。言うまでもなく、この本は自分たちを法の守り手として描く一方でアイルランド系労働者たちを邪悪なテロリストとして描いている。1936年に出たウォルター・コールマンの『モリー・マグワイアズの暴動』はよりバランスの取れた本である。リベラル派のマーティン・リット監督はこのコールマンの本とアーサー・ルイスの著書(64年)に基づいてこの映画を作っている。監督のマーティン・リットと脚本のウォルター・バーンスタインは共に赤狩りでブラックリストに挙げられた経歴の持ち主。硬骨漢らしい題材の選び方だ。

 ジェームズ・マクパーランド(リチャード・ハリス)はある日汽車で炭鉱町にふらっと現われる。紹介された宿屋の女主人メアリー・レインズ(サマンサ・エッガー)にはジェームズ・マッケナと名乗る。こうして彼は炭鉱労働者たちに近づいてゆく。彼が炭鉱夫たちが集まる酒場に入ると中にいた全員が不審そうに彼を見つめる。やがて1人の男がマッケナにいちゃもんをつけ喧嘩になる。警官隊がやってきていきなりマッケナの頭を棍棒で殴りつける。ところが次の場面ではマッケナと警察署長(フランク・フィンレイ)が話し合っている。喧嘩は芝居で、炭鉱夫仲間にうまく入り込めるようにタフな男を印象付けようと仕組んだのだった。2人の会話からは実に多くのことが読み取れる。

署長「バカな奴らだ、ストでの負けを火薬で取り返せると思ってる。」
マッケナ「バカなわけじゃない。それがアイルランド人だ。」
署長「気が知れん。」
マッケナ「分からんさ。あんたはウェールズ人だからな。」
署長「そうだな。彼らにはヒベルニア協会という組織がある。」
マッケナ「同国人をかばいあう合法的な組織だ。」
署長「だがそれは表向きで、実は組合を隠れミノにして″モリー・マグワイアズ″という
  暴力結社が存在する。結社は全国的だ。別の炭鉱に出した密偵は2人が殺され1
  人は行方不明。そして次は君の番だ。」
マッケナ「俺は大丈夫さ。」
署長「リーダーたちを捕まえたい。見当はついている。この町にいるはずだ。証拠がな
  いので現行犯で逮捕したい。」
マッケナ「任せろ。」
署長「なめるとあの世行きだぞ。」
マッケナ「志願したのはドジるためじゃない。この国で芽を出したいからだ。貧乏暮らし
  はもう飽きた。浮かび上がりたい。見上げてばかりではなく、見下ろしたいんだ。」

 署長が言及した「スト」というのは1875年の1月から6月まで続いた「長いストライキ」のHuymgm04 ことで、組合側が敗北した。ジャック・キーオウ(ショーン・コネリー)を首魁とする″モリー・マグワイアズ″は、スト敗北後坑道の爆破など破壊活動を行っていたようだ。映画の冒頭部分がとりわけ有名である。真っ黒になって坑道の中で働く炭鉱夫たちの様子を延々写し出す。やがて休憩時間になり鉱夫たちは次々にトロッコに乗って地上に上がってゆくが、ジャック・キーオウら数名はわざとぐずぐずして最後になるのを待つ。そして数箇所に爆薬を仕掛けて地上に上がってくる。坑道口を背景にし、画面のこちら側に向ってキーオウたちが歩いてくる。何食わぬ顔をして別れを告げあい左右に散ってゆく。全員の姿が消えた後、腹に響く爆発音と共に坑道から火が噴出す。この間およそ15分、一言もせりふがない。卓抜な導入場面である。

 署長がウェールズ人だということも暗示的だ。当時、熟練したイギリス系の炭鉱夫に対して未熟練のアイルランド系労働者という対立図式があったようだ。マクパーランドがアイルランド人に好意的なことも意識しておくべきだ。名前からして彼もアイルランド系なのだろう。マクドナルドやマッケンジー、マッキントッシュなど、名前にMac(Mc)がつくのはアイルランド系かスコットランド系である。そして一番重要なポイントは「浮かび上がりたい」というマクパーランドの言葉だ。彼はそれまで散々苦労して来たに違いない。同胞を裏切ってまでスパイになろうとする彼の背後には強烈な上昇志向がある。映画はまず最初にこの点を観客の胸に刻みつけている。

 しかし彼はただ冷酷で計算高い男ではない。しだいに仲間から信頼され、ついに彼は″モリー・マグワイアズ″の一員になる。何度も破壊活動に同行する。そうしながらいつしかマッケナ(マクパーランド)はジャック・キーオウの人柄に惹かれてゆく。仲間に信頼されるには相手を信頼し友情を持たなければ見抜かれてしまう。芝居なのか本心なのか分からなくなってくる。映画の中で何度もキーオウとマッケナの心の触れ合いが描かれてゆく。最後にマッケナは資本家側を裏切り、キーオウたちの側に付くのではないか。そんな期待も観客に生まれてくる。この辺の描き方がうまい。

 ジャック・キーオウはテロリストである。マッケナことジェームズ・マクパーランドはスパイである。共に正義漢とは言えない2人が主人公である。この二人が共に魅力的に描かれなければこの映画の成功はない。マッケナへの信頼感は彼が次第にキーオウたちに引かれて行くことを描くことで得られてゆく。彼は警察署長と密会した時に、″モリー・マグワイアズ″のメンバーが警察に撃たれた仲間の仕返しに行こうとするのを本気で止めようとしたが止められなかったと署長に打ち明けている。より印象的な場面は、死んだ父親にまともな服を着せてやろうとキーオウが商店に押し入ったときだ。服を運び出し仲間に放り投げる。キーオウは店を破壊し始めるが、思わずマッケナも「破壊活動」に加わる。突然の感情の噴出。2人は商店に火をつける。「これで生きてると示せるぞ」とキーオウ。このとき二人はもっとも気持ちが接近していた。

 破壊活動を続けるキーオウに観客が共感するためには、彼の行動に納得の行く理由がなければならない。それは必ずしも充分描かれてはいない。映画製作上で何らかの規制があったのかどうかは分からない。いずれにせよ炭鉱における搾取の実態ははっきりとは描かれていない。低賃金など待遇面の他に安全軽視も重大な争点だったようだが(事故が多発していた)、その点も明示的には描かれていない。むしろ言葉によって暗示的に描くという方法を取っている。新入りのマッケナにまだ疑いの目を向けていたキーオウが、なぜこの町にやってきたのかとマッケナに聞く場面がある。マッケナは警察に追われていると答えるが、すぐに嘘だと見抜かれる。「坑道に比べたら刑務所はホテルだ。」だから刑務所を逃れるために炭鉱に来る奴はいないと。炭鉱の仕事がいかに過酷か間接的に語られている。

 もう一つ重要な場面は、上に挙げた商店を破壊する直前の場面。キーオウの父親の葬儀の場面である。キーオウのせりふから踏みにじられ続けてきた男の抵抗精神が読み取れる。

 彼(父)は静かだ。あんなふうには死ねない。・・・虫の鳴くほどの声も出さずに、逝っちまった。・・・42年も坑道にいて自分の声はこだまも残さなかった。・・・音を出すんだ親父。胸のつかえを吐き出せ。耳打ちでもいい、寝たままでだ。・・・沈黙は金というわけか。貝になったんだな。連中に叩き込まれたんだ。哀れな男だな。火薬は持ってた。新米の俺にその使い方を教えてくれた。なぜ自分のためには使えなかったんだ。奴らに示すべきだった。生きていることを。動物は音を出す。彼だって出すべきだった。搾取を免れるにはそれしかない。すべてを奪われていた。見ろ、死んでく服もないぞ。・・・奪ってやるぞ、着てゆく服を。

 商店を破壊しつくした後でキーオウが「これで生きてると示せるぞ」と叫んだのはこういう流れがあったからだ。こういう間接的な描き方だけでは過酷な搾取を充分描ききれていないが、ショーン・コネリーという脂の乗り切った役者の存在感が強烈に彼を後押しして、彼を魅力的な人物にしている。丁度007シリーズからの方向転換を目指し、俳優として別の可能性を模索していた頃の作品である。70年代はあまりいい作品に恵まれず、渋みを増した新生ショーン・コネリーとして注目され始めるのは86年の「薔薇の名前」以降である。

 警官二人が夜″モリー・マグワイアズ″のメンバー宅を襲撃し妻もろとも撃ち殺す場面も出ては来るが、どちらかというと先に″モリー・マグワイアズ″の破壊活動があり、彼らを捕まえようとする警察が武装して待ち伏せするという展開になっている。少なくともそういう印象を与える。実際には経営者側がならず者を雇ってたびたび炭鉱夫たちを襲撃させており、炭鉱夫たちは暴力に暴力で応酬していたという関係だったようだ。

 マーティン・リット監督は明らかにキーオウの側に共感を寄せて描いている。しかしスパイとして送り込まれたマッケナをあからさまな悪党として描かなかったために、この映画に独特の緊張感が生まれている。マッケナは最終的にどう行動するのか。彼は炭鉱夫仲間を裏切るのか、それとも最後に経営者側を裏切るのか。これが観客を引っ張る心理的ドライブとなっている。

 ほとんど男ばかりの映画の中で1人だけ比較的重要な位置にいる女性がいる。マッケナを泊めている宿の女主人メアリー・レインズだ。マッケナは次第に彼女に心を引かれてゆく。彼女は二度重要な役割を果たしている。一つ目は2人で丘の上にピクニックに行ったときだ。マッケナと彼女の会話からマッケナという男の性格がほの見える。

マッケナ「町で見てきただろう。貧乏人に品位などない、金で買うんだ。法律でさえパ
  ンみたいに買うんだ。」
メアリー「善と悪があるわ。」
マッケナ「欲しいものがあったら買うだけだ。」
メアリー「お金で買える以上のものがあるわ。」

 欲しいものは金で買うと言うマッケナ。最初に示した上昇志向、そしてこの何でも金で買えるという考え方。キーオウは彼を理性的だと言った。マッケナはキーオウに「俺は永遠にXmas200512091 生きる」と言った。果たして彼は最後にキーオウを売る。裁判に証人として出頭する時、彼は控え室でトランプをやって平然と呼ばれるのを待っていた。ピンカートン探偵社の上司から昇進の約束をされ彼は満足そうな顔を見せる。「仲間」を裏切ったことを悔いているのではないかというこちらの期待を見事に裏切る。彼はそういう男なのだ。情に流されず最後まで「理性的」だった。最後まで生き残る男。裁判でキーオウたちは死刑を宣告される。判決後、満足げな彼は法廷に1人残っていたメアリーと会う。まだ俺に気があるのかという思いで声をかけるが、返ってきたのは冷たい言葉だった。これがメアリーの二つ目の役割である。

 しかし最も打撃的な言葉を浴びせたのはキーオウ本人である。マッケナ、いやマクパーランドが監獄のキーオウに面会に行ったのだ。この場面は詳しく引用するに足る。

マクパーランド「必用なものはないか?」
キーオウ「火薬かな。」
マクパーランド「縁を切ってる。今でも火薬で勝てると思ってるのか。」
キーオウは笑う。
マクパーランド「じゃあなぜ?」
キーオウ「君も穴にいたから分かるだろう。黙って指をくわえてたか?」
マクパーランド「抜け出すことを考えたさ。」
キーオウ「出てどんな違いがある?上と下がいて、せめぎ合っている。いい思いは上
  だけだ。」
マクパーランド「では上に上がればいい。」
キーオウ「まあな、そして下をいじめるんだ。」

 不当な扱いがいやなら抜け出せばいい、あるいは自分が「上」になればいい。上昇志向の彼らしい言葉。キーオウに男として共感する面はあっても自分の信条は全く揺るがない。彼は「なぜ中止しなかった。本気で止めたのに」と聞くが、キーオウはまともに答えない。二人の考えは完全に平行線だ。ところが、途中からキーオウが会話の主導権を握る。

キーオウ「君が来たのは世間話や別れを言うためじゃない。」
マクパーランド「顔を見に来たんだ。」
キーオウ「免罪のためだ。」
マクパーランド「君は神父か」
キーオウ「罪を忘れたいんだろ。」
マクパーランド「そんなヤワではない。」
キーオウ「許しなら女からもらえるか。じゃあ罰だな、欲しいのは。罰せられれば自
  由に。それで来たんだ。罰を求めて。昔からだが十字架を背負った奴には我慢
  できない。」
ここでマクパーランドにつかみかかり警官に引き離され、なぐられる。
キーオウ「もう自由か、これで新しい人生へ出発できるか。」
マクパーランド「お陰でな。」
キーオウ「自由じゃないぞ。罰せられてもこの世に自由などない。」
マクパーランド「地獄で会おう。」

 この作品は徹頭徹尾炭鉱労働者側に立っている。僕がこの映画を評価する基本的な理由もそこにある。しかし優れた作品はすべてそうだが、善悪を単純には描かなかった。炭鉱の劣悪な労働条件や経営側の暴力など基本的情報が充分盛り込まれてはいないが、せりふを練り上げて人間ドラマとして見ごたえのある作品を作り上げている。

  リチャード・ハリスといえばホグワーツ魔法学校のダンブルドア校長の印象が強いかも知れない。しかし彼を知る上で見逃せない2本の傑作を是非観てほしい。エリオット・シルバースタイン監督の「馬と呼ばれた男」(1969)とその続編であるアーヴィン・カーシュナー監督の「サウス・ダコタの戦い」(1976)。もう1本。未公開作品だがロバート・デュヴァルと共演した「潮風とベーコンサンドとヘミングウェイ」(1993)も是非。以上の3本は知られざる傑作である。他に「荒野に生きる」(1971)、「赤い砂漠」(1964)、「孤独の報酬」(1963)、「戦艦バウンティ」(1962)も要チェック。

<参照>
Steve Schoenherr氏のレビュー
Shane Burridge氏のレビュー(Rotten Tomatoes)

2007年1月21日 (日)

この間観た映画、これから観る予定の映画

Kmyrn001   中国映画強化月間と宣言しながらもほとんど中国映画を観ていません。申し訳ありません。昨年の12月から1月にかけて大量にアマゾンで廉価DVDを入手したのでどうも目移りしてしまいました。一方でレンタルしたDVDもあるのでそちらも観なければなりません。ところが、この間書こうという意欲が湧く傑作になかなか出会えず、加えてまた忙しくなったので、レビューの筆も進みません。一応これまで観てまだレビューを載せていない映画のタイトルと評価点を示しておきます。

「ぼくを葬る」(フランソワ・オゾン監督、フランス)★★★
「ウォ・アイ・ニー」(チャン・ユアン監督、中国)★★★
「プラハ!」(フィリップ・レンチ監督、チェコ)★★★☆
「男の闘い」(マーティン・リット監督、アメリカ)★★★★

  「ぼくを葬る」は主人公に全く共感できず。オゾンの作品にはこういう作品がいくつかあります。「ウォ・アイ・ニー」は延々夫婦喧嘩を描いた異色の作品。全編これ怒鳴り合い映画。確かに異様な迫力はありますが、果たしていい映画なのか?疑問大。「プラハ!」は珍しいチェコ映画。プラハの春をミュージカル仕立てで描いたこれも異色作。ラストで突然現われるソ連の戦車がぞっとするほど巨大に見えるシーンは実にショッキングだ。しかし共産党政権下での「自由」が遊び戯れる若者の行動によって代表されるという描き方には底の浅さを感じます。

  「男の闘い」は炭鉱を舞台に過激な秘密結社とそこに送り込まれた経営者側のスパイの駆け引きを描いた力作。これはレビューを書きます。この映画を観た後あるショックなことがありました。「男の闘い」のデータをフリーソフト「映画日記」に書き込んでいたら、同じ題名の映画が既に入っているではありませんか。何と90年に一度観ていたのです。完全に忘れていました。映画を観ている間ずっと初めて観たつもりでいました。しかもこれが初めてではなく、これまでも「家族」や「ズール戦争」などで同じことがありました。いやはや、ここまで記憶力が落ちると危機感を覚えます。もっともアマゾンで見つけて買ったのですから、いい映画だという認識はどこかにあったわけです。それにしても観たことすら気づかなかったなんて悲しい。

  気を取り直して、これから観る予定の映画も挙げておきましょう。まず今レンタルしている「レイヤー・ケーキ」と「恋人たちの食卓」。手持ちのものでは川島雄三の「貸間あり」、「太陽の少年」、「ザ・フロント」、「野良犬」あたり。いずれも前に観てからだいぶたっています。

  さらには、「生まれてはみたけれど」、「大曽根家の朝」、「放浪記」、「煙突の見える場所」、「夫婦善哉」、「山椒大夫」、「赤線地帯」、「牛泥棒」、「ユーリ・ノルシュテイン作品集」、「一年の九日」、「季節の中で」、「吸血鬼ノスフェラトゥ」、「ヴァンパイア」、「戦火のかなた」、「ひまわり」、「サン・ロレンツォの夜」、「カオス・シチリア物語」、「ぼくは歩いてゆく」、「ハンガリアン」、「大いなる幻影」、「マンハッタンの二人の男」、「霧の波止場」、中国映画では「芙蓉鎮」、「最愛の夏」、「故郷の香り」、「早春二月」、「紅いコーリャン」、「スパイシー・ラブスープ」等々。気まぐれでその時の気分しだいで観ますので、これはあくまで予定です(あるいは今の関心です)。間にレンタル作品も当然入ります。まあ、気長に待ってください。

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