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2007年6月24日 - 2007年6月30日

2007年6月30日 (土)

産川探索 その1 鞍が淵を撮る

 病膏肓に入る。こんな表現を使ったのは初めてだと思うが、今はまさにそういう状態に070630_3 なっている。デジカメで写真を撮るのが面白くて仕方がない。毎週土日はどこかに出かけて、写真を撮っている。何か面白そうな情報を聴きつけたら、行って写真を撮ってくる。そんな体になってしまった。先日、そんなゴブリンの目にとまった記事がある。「週刊上田」という地元のミニコミ誌があるが、そこに「鞍が淵の周辺整備完成」という記事が載っていた。鞍が淵は「小泉小太郎」伝説の発祥の地である。この伝説は松谷みよ子の『龍の子太郎』の題材になった。学生の頃児童文学を読みあさった時期があり、『龍の子太郎』もそのころ読んだ。こういう記事を見たら行かないわけにはゆかない。早速今日行ってみることにした。

070630  その前にまずは腹ごしらえというわけで、西塩田小学校の近くにある「み田村」という蕎麦屋で食事。この店に入るのは初めて。店の内装は悪くない。窓からの眺めもいい。特に山田池の眺めがいい。後で写真を撮ることにする。きのこおろしうどんを頼んだ。麺のこしが相当に強い。でも味はまあまあだった。店の外に出て、たばこを一服。東屋が喫煙所になっていて、庭の作りも悪くない。

 車に戻ってカメラを取り、細い道を下りて山田池の写真を撮る。ここは以前まだ自転車によく乗っている頃に何度か来たところだ。雨の少ない上小(上田小県)地区にはたくさんのため池があるが、ここはその中でも特に眺めのいい池である。県道別所丸子線から見降ろしてもきれいだが、反対側から見るとさらに眺めがいい。すでに家を建てた後だが、こPhoto_113の池が眺められるところに家を建てるべきだったと後悔したものである。小高い丘の上にあるので、横に池と独鈷山を眺め、前には塩田平が見渡せる位置に建てたら最高だ。

 車に乗っていよいよ鞍が淵探索に出発。鞍が淵の正確な位置が分からないが、地図で おそらく独鈷温泉まで行けば見当がつくだろうと考えた。独鈷温泉まで行ってみると、すぐに「鞍が淵」と書いた案内板が目に入った。独鈷温泉のすぐ下を産川が流れていて、そこに飯前場橋が架かっている。その橋のすぐ横に「鞍が淵→」と書いた案内板が立っている。後はそれに従って細い山道を上がってゆくだけ。あまりに細い道なので対向車が来ないか少し心配になる。少し進んだところで左側に小さな鳥居があった。車を停めて写真を撮ろうとした。ところがバッテリー切れの表示。あわててバッテリーを入れ替える。2台の車がすれ違える道幅はないので、他の車が来ないかと気が気でない(結局最後まで1台もすれ違わなかったが)。なんとか写真を撮りまた坂を上る。あわてていたのでそれが何の社なのか確かめる余裕もなかった。

070630_13  道の右側を産川が流れていて、ずっと川のせせらぎが聞こえる。このあたりは山の中なので渓流になっている。さらに坂を上がると何かの工場らしきものが見える。それも越えてさらに上がると鞍が淵の表示が見え、その横に小さな駐車場があった。道の反対側にも駐車場があるので、併せると10台は停められるかもしれない。完全に森の中で巨木がうっそうと茂っている。車を停めた反対側に、木を切り開いた空間があり、鞍が淵についての説明が書かれた案内板が立っている。石垣を組んで平にしてあるので、何かの跡なのかもしれない。川の方に下りてゆく。川床には巨大な岩が肩を並べるようにいくつも居座っている。写真を撮るとフラッシュが作動する。巨木に覆われて昼なお暗い渓谷。文字通りの深山幽谷。憑かれたように写真を撮りまくる。しかし僕の技術ではこの景色の迫力を捉えられない。

 岩には苔がびっしりとこびりつき、地面は降り積もった枯葉で踏むと柔らかい。岩に亀裂070630_13_1 があったり、重なった岩の間を水が流れていたり、そこら中が撮影ポイントだ。岩伝いに川の中ほどまで行って撮った写真もある。岩は苔に覆われているので、足を滑らせやすい。細心の注意を払った。誰も観ていないこともあるが、こういう所に来ると冒険心がくすぐられるのである。今までずいぶん写真を撮ってきたが、早くパソコンに取り込んで、どんな風に映っているか見てみたいとこれほど思ったのは初めてだ。

070630_15  川沿いに上流の方に行くと赤いロープが切れ、少し上にある川沿いの遊歩道に出る。そこをさらに上流の方へ歩いて行った。大きな水音がするので滝か段差があるのだろうと思っていたら、川に90度の角度で水が流れ込んでいた。流れ込んでいる方はまっすぐなので川というより水路のように見える。しかし水が横から流れ込んでいる所より上流はほとんど水が流れていない。というより、行きどまりに見える。土管から水がちょろちょろ流れているだけだ。つまり下の渓流を流れている水はほとんどこの水路から流れ込んでいる水である。水路のようだが、これが本流ということになる。おそらく何かの事情で人が水の流れを変えたのだろう。水路のようにまっすぐ流れてきて、直角に曲がる川など無い。

 車に戻ると手や肩にクモの巣がたくさんくっついていた。車を停めたところのすぐ横にも070630_22 小さな橋があったので、これも写真にとる。最近は橋を見るとすぐ写真を撮りたくなる。重症だ。ともかく、また細い山道を下る。独鈷温泉下の飯前場橋のところでまた車を停め、写真を撮る。独鈷温泉下の道に出て、右折。この道沿いには中禅寺、塩野神社、竜光院、塩田城跡、前山寺、信濃デッサン館、無言館など、上田の観光名所がひしめいている。今日はそこまではいかず、中禅寺手前にある「塩田の郷マレットゴルフ場」に行った。道よりやや高い所にあるので、走っている車からは見えない。眺めがよさそうなので前から一度入ってみたいと思っていたのだ。もっとも、別にマレットゴルフに興味があるわけではない。写真を撮って、ついでに休憩したかっただけだ。なだらかな丘の斜面を全部使ってマレットゴルフ場にしている。結構な広さだ。駐車場から070630_19 周りを眺めるとこれまた景色がいい。しかし360度山しか見えない。島崎藤村の『夜明け前』の有名な一節「木曽路はすべて山の中である」をもじって、「信濃路はすべて山の中である」と書きたくなるくらいだ。

 冷たいものを飲んで一服して、また山を下りる。走っているうちに旧西塩田小学校に出た。今は「さくら国際高等学校」として使われている。普通の高校などに合わない人たちを対象とした通信制のフリースクールである。映画「学校の怪談4」などで使われた古い校舎(体育館は「卓球温泉」の卓球場として使われた)は車で走りながらでも目を引く。そういえば前に訪れた時(文化祭か何かをやっていて中に入れた)、2階で「小泉小太郎」伝説関連の絵だったか彫刻だったかが展示されていたのを思い出した。でも今回は素通り。

 別所丸子線の方に向かう途中で舌喰池が見えてきた。池の堤防が一部切れているとこ070630_17 ろがある。池の外から中の水が見える。絵として面白いので道端に車を停めて写真を撮った。堤防まで上がって池の写真も撮る。池を囲む手すりが木製でなかなか見た感じがいい。ふつうは緑色に塗った金属製のネットで囲んである。ここは前から木だったろうか?写真に突然興味がわき出す前は、そんなことに別段注意していなかった。写真を撮り始めると、それまで何気なく見ていた(つまり、見ていなかった)ものが見えてくる。もうこれは病みつきだ。家に帰って地図などを眺めていたら、もう明日の計画が頭に浮かんでいる(そんな暇ないのに)。産川の水源近くにある沢山湖や野倉の赤地蔵と夫婦道祖神なども撮ってみたい。塩野神社の月見堂にももう一度行ってみ070630_1 たい。依田川の上流部も気になる。そこら中にあるため池もシリーズで撮りたい。ああ、毎日が土日にならないかなあ。

 4時前に帰宅。庭の使っていないプランターの上で白い猫が気持ちよさそうに眠っている。どこかの野良猫だろうか。ここ数カ月ばかり、庭のプランターがこの猫の日向ぼっこ用ベッドになっている。

070630_23 070630_4 070630_4_3





<写真の説明>
舌喰池(左上)
鞍が淵、飯前場橋、舌喰池(左から)
鞍が淵(下の3枚)

070630_9 070630_20

070630_16









 ついでに先日産川の下流部分、浦野川に産川が合流するすぐ手前、古戦場公園の近くで撮った写真も載せおこう。浦野川はそのすぐ先で千曲川に注ぎ込んでいる。つまり、産川は千曲川の支流の浦野川のそのまた支流ということになる。

Img_0763_1 Img_0766_1 Photo_114







<上の写真の説明(左から)>
堀川橋
古戦場橋
古戦場橋から見た下流
 (左前方の山が突然切れたようになっている部分は「岩鼻」と呼ばれている。鼻っ先を正面から見ると大きな窪みが二つあり、見ようによっては髑髏のように見える。岩鼻の上は千曲公園になっており、上田の市街地が一望に見渡せる。)

<追記>
 一つ書き忘れていたことがありました。「み田村」の駐車場から別所丸子線に出る道で何Photo_115 とタヌキを見かけたのです。車の前を横切ってゆきました。これまでも夜ヘッドライトにタヌキらしき影が映ることはあったのですが、夜なので本当にタヌキなのかあるいは猫なのか確信が持てませんでした。しかし今日は昼間。間違いなくタヌキでした。これほどはっきり見たのは初めて。見かけたという話は何度も聞いたことはありますが、まさかこんな所で出会うとは。でも、さすがにシャッターチャンスはありませんでした。う~ん、残念。

2007年6月26日 (火)

プラダを着た悪魔

2006年 アメリカ 2006年11月公開
評価:★★★★
監督:デヴィッド・フランケル
原作:ローレン・ワイズバーガー 『プラダを着た悪魔』(早川書房刊)
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
撮影:フロリアン・バルハウス
撮影:フロリアン・バルハウス
出演:メリル・ストリープ、アン・ハサウェイ、エミリー・ブラント
    スタンリー・トゥッチ、エイドリアン・グレニアー、トレイシー・トムズ
    サイモン・ベイカー、レベッカ・メイダー、ジェームス・ノートン
    ジゼル・ブンチェン、デヴィッド・マーシャル・グラント

 「9時から5時まで」(1980)から26年、「ワーキング・ガール」(1988)から18年。かつて男X_dolls2_1 に伍して肩肘張って働いていた女性たちもこの映画を観るとだいぶスマートになってきたと感じる。まあ、それは職場がファッション雑誌の編集部だからということもあるだろう。華やかさでは群を抜いている。アメリカは徹底した競争社会。たとえ女性中心の職場でもうかうかしていたらすぐ首にされ、降格されてしまう。仕事を持つ女性は多いのに、なぜか女性の働く職場はあまり映画では描かれない。そのせいなのか、働く女性というとなぜか「ノーマ・レイ」(1979)や「スタンドアップ」(2005)などの戦う女性が思い浮かんでしまう。この映画は女性と仕事という問題を描いた久しぶりの映画なのである。

 女性中心の映画というと「ドリームガールズ」やこの「プラダを着た悪魔」などの華やかなビジネスが似合うと作る側は考えるのだろう。毎日ただ同じような仕事をこなしている職場を描いてもドラマにならない。男のサラリーマン映画というと名作「セールスマンの死」(1951)や「アパートの鍵貸します」(1960)、あるいは韓国映画「反則王」(2000)などのサラリーマンの悲哀感を描いた映画が想起される。バリバリ仕事をこなす猛烈ビジネスマンもよく登場するが、家庭を顧みない男としてたいてい家庭は崩壊している。「プラダを着た悪魔」で言えばミランダ(メリル・ストリープ)がそのタイプだ。

 職場そのものを描いてドラマになるのは警察、病院、新聞社などの毎日変化がある職場である。アメリカの傑作TVドラマ「ER」などは10年以上続いているのに全く水準が落ちない。救急病院の「仕事」は毎日が生と死の交錯するドラマなのである。「プラダを着た悪魔」の職場は人の生死には関係ないが、そのめまぐるしさは「ER」並みである。テンポの良い展開でぐいぐいストーリーが展開してゆく。単に華やかなだけではなく、流行の最先端を行く業界。日々の仕事そのものがドラマになる職場がまた一つ発見されたわけだ。毎日が戦いである。素人には全く同じにしか見えないベルトのどちらが服に合うか判断する能力を問われる職場。それを観ていたアンディ(アン・ハサウェイ)はどっちだって同じだろうと思わず失笑するが、その彼女にミランダが投げつけた言葉が象徴的だ。「でも、皮肉ね。“ファッションと無関係”と思ったセーターはそもそもここにいる私たちが選んだのよ。」、流行の最先端を行くだけではなく、流行そのものを作ってゆく業界なのである。

 そういう職場だから女性たちの一日は洋服選びと化粧で始まる。原作が女性だからこの L31a_1 あたりはリアリティがある。しかしこれだけ完全武装しても悪魔のような編集長ミランダの放 つ銃弾のような言葉の前では裸も同然。女性社員たちは戦々恐々としている。そこへ全くファッションに関心のないジャーナリスト志望のアンディが採用の面接を受けにくる。男の目からは彼女のファッションはなかなか魅力的だと思うのだが、ミランダのアシスタントであるエミリーから見ればまるで田舎出の山猿のように見えるのだろう。鼻であしらわれている。しかしミランダはファッションセンスではなく彼女の「意外性」を買って採用する。ここからアンディの苦闘が始まる。

 女性のあこがれの的である華やかな業界に、全くそんなことに関心のない女性が入社する。このひねりが効いている。最も途中でダサいアンディも最新ファッションに身を固めるレディに変身するわけで、そこが見せ場にもなっている。変身してみるとなるほど見違えるようだ。最初に着ていた服装がダサく見えてくるのだから面白い。王道を外さないところはさすがにアメリカ映画。しかし最後にアンディが初心を貫いて転職するところはなかなか芯がある。あっけなく成功をつかんでしまうあたりはいかにもアメリカ映画だが、ただ華麗なファッションを見せるだけに終わっていない点は評価できる。

 この映画を引き締めているのは「悪魔のような女」ミランダである。滅茶苦茶ワンマンで、次から次へとアンディに無理難題を迫る。やれ嵐で欠航している飛行機を何とか手配しろ、やれハリポタ・シリーズの新作のゲラを手に入れろと、「お前は何様じゃい」と突っ込みたくなるような要求を言いつけてくる。普段でも機関銃のように予定をまくしたて、新人アシスタントはメモをとる暇さえない。聞きなおしたり質問したりする余裕もない。”That’s all.”がミランダの口癖だ。しかし「悪魔」と言われる割には冷酷でも残酷でもないし、陰険でもない。自分のペースで仕事を進めたいだけなのだ。はっきり言って、「ER」のウィーバーの方がよっぽど憎々しい。冷酷とさえ思える。もちろんウィーバーとても悪魔ではない。人間的な弱みもある。ミランダはたとえて言えば、厳しく弟子を鍛える職人の親方のようなものだ。要求が高いから厳しく接する。だからミランダにそれほど反発を覚えない。むしろ正直言って物足りない。「どこが悪魔だ?」という気持ちが残ってしまう。メリル・ストリープはさすがの力演なのだが、彼女の性格づけが型どおりなのである。

 ミランダが弱みを見せるシーンが一度だけある。椅子にぐったりとした感じで横たわるミランダは疲れた顔をしている。珍しくすっぴんの彼女は目もとが老いを感じさせ、まるで別人のように見える。夫との離婚問題で落ち込んでいたのである。ミランダが初めて見せた人間味。おそらくこの時を境に、アンディの彼女に対する認識は変わっただろう。アンディを信頼しているから見せた人間的弱さ。彼女は悪魔でもなんでもない。必死で働き続けることでそれを隠してきただけである。

 しかしこの映画が面白いのは、アンディがミランダに対する認識を深めたまさにその後にミランダの元を去るところにある。ファッション業界のつまらなさを内部に入って知ったとJewelgrape5_1 いうのではない。やりがいがあるからこそ恋人との仲が冷えてしまうほど頑張ったのである。ミランダに失望したわけでもない。むしろミランダにはそれなりに尊敬を感じているはずだ。彼女の人間的な一面も知った。それでも仕事を辞めたのは本当に自分のやりたいことが他にあったからである。それなりにやりがいがある仕事だという思いはあっただろうが、しかし彼女には他人を蹴落として生きてゆく生き方を肯定できなかったのだ。それは自分の生き方ではない。職場を去った後でかつての同僚であったエミリーに服を譲る場面にそれが暗示されている。

 ミランダはやはり仕事人間だ。頑張れば頑張るほど周りを引きずり回してしまう。ミランダが唯一弱みを見せた時、「何か私にできることがありますか?」と聞くアンディにミランダはこう答えた。「仕事よ。」突然自分の元を去ったアンディにミランダは電話をかけてくる。アンディはその携帯電話を泉に投げ捨てる。それまではTVドラマ「24」のジャック・バウアーさながらに使っていた携帯を。彼女の都合など一切構わずに携帯が鳴り出す生活に彼女は別れを告げたのだ。

 携帯に振り回されているうちに、いつの間にか「選択の余地がないの」が口癖になっていた。ちょっとでも対応が遅いと叱りつけられる毎日。自分を見失い、恋人や友人たちも失いかけていた。最初は1年我慢すればキャリアがつくという気持ちだったのに。だが、ギリギリのところでアンディは自分を取り戻した。ジャーナリストになる夢を忘れず、「ミラー」誌の記者に採用される。こういう思い切った方向転換は日本人にはなかなかできない。そういう意味でさわやかなラストだった。ミランダの対応も立派だった。有名な雑誌社をなぜ途中で止めたのか「ミラー」誌から問い合わせが来た時、ミランダは「今までで一番失望した」と答えた。そしてさらにこう付け加えた。「彼女を雇わなかったら、あなたはバカだ。」

 主演のアン・ハサウェイが可憐で実に魅力的だ。「ブロークバック・マウンテン」でも好演したが、彼女にはやはりこういう映画が似合う。映画を観ている間中、ずっと誰かに似ていると思っていた。観終わってふと気がついた。大きなたれ目、厚ぼったい唇、黒髪。そう、キャサリン・ロスだ。「卒業」、「明日に向かって撃て」。僕らの世代はみな彼女にあこがれたものだ。特にサイズ6からサイズ4に変ってからは実によく似ている。次にどんな映画に出るのか楽しみだ。

 テンポが良く、ラストもさわやかだが、型どおりと言えば型通りの映画である。しかし、ファッションなどに全く関心がない僕でも楽しめる。それはつまり良くできているということだ。例えば日本でこんな映画が作れるだろうか。そう考えてみれば、この映画がなかなかの出来だということが分るだろう。

 That’s all.

2007年6月24日 (日)

馬坂橋は沈下橋だった

Bicycle2_3  「依田川探索 その1 馬坂橋を撮る」という記事を改めて読み直してふと思いついたことがある。馬坂橋の不思議な形について「橋の横に支えのような形の木組みがあるが、不思議なことに橋とはつながっていない。これは一体何のためにあるのか?上流側にだけにあるのも不思議だ。」と書いたが、ひょっとしてこれはいわゆる沈下橋ではないかと思い当たったのだ。Wikipediaで確かめてみたらどんぴしゃ。

  「橋の上に欄干が無く(あってもかなり低い)、水面からの高さが高くないことが特徴」、「一部の橋には流木避け(増水時流木やゴミが桁や橋脚に直撃して壊れるのを防止する為、橋上流部側面に設けられた斜め状の部材)が設置されている事もある」と解説されている。まさに馬坂橋の説明文を読んでいるようだ。なぜこんなに低く、また欄干がないのかと言えば、「増水時に、橋が水面下に没するようになっており、流木や土砂が橋桁に引っかかり橋が破壊されたり、川の水が塞止められ洪水になることを防ぐため」である。なるほど、納得。

  沈下橋というのは高知県の有名な四万十川での言い方で、他にも潜水橋や潜り橋、冠水橋などの呼び方があるらしい。実は、馬坂橋を見た時に一瞬沈下橋という言葉が頭をよぎった。しかしすぐ忘れてしまった。おそらく「まさか上田にあるはずがない」と無意識のうちに否定していたのかもしれない。

  沈下橋のことを何で知ったのかははっきりしない。一時富山和子の著書を読みあさっていた時期があったので、おそらくその中のどれかで読んだものと思われる。『水の文化史』(文芸春秋、文庫版もある)、『水と緑と土』(中公新書)、『水と緑の国、日本』(講談社)、『水の旅』(文春文庫)。どれも滅法面白い。ざっと目次を見てみると『水の旅』に沈下橋が触れられている。これだったか。あるいは四万十川はカヌーイスト野田知佑の本にも頻繁に出てくるのでそっちで読んだのかもしれない。野田知佑と椎名誠の本はこれまた一時期むさぼるように読んだ。まあ、いずれにせよ、四万十川はテレビなどでもよく取り上げられるので、いろんなところで見聞きしたのかもしれない。

  こうやってみると、僕はずっと川を意識していたのだ。思い返してみれば川との「付き合い」は今に始まったことではない。自分で川と橋の写真を撮り、それをブログで公開するということはつい最近、それもたまたま浦野川と出会ったことがきっかけで始めたばかりなので、自分でも最近新しいことを始めたつもりでいた。しかし川との付き合いは30年以上前から始まっていた。1997年12月18日に「川沿いを自転車で」というエッセイを書いた(ホームページ「緑の杜のゴブリン」に収録)。そこにも書いたが、川沿いの散歩を日課のごとく始めたのは1973年。江戸川のすぐ近く(千葉県流山市、最寄り駅は東武野田線の江戸川台)に住むようになってからだ。

  流山市と東京の調布市にいたころの記憶は江戸川と野川の記憶と深く、切り離しがたく結び付いている。上田に来て最初常田に住んでいた頃の記憶が千曲川散歩(散輪)と切り離せないのと同じである。海の近くで育った僕は水に惹かれる。海、湖、川、池、何でもいい。学生の頃、銀座に行けば無性に勝鬨橋を渡って晴海埠頭に行きたくなった。海が見たくて仕方がなかった。今でも盆と正月に実家の日立に帰るとよく海を見に行く。長野県には海がないからだ。何も遮るものがない海を見ると開放感を感じる。

  ハンガリー映画の名作「ハンガリアン」に、ドイツに出稼ぎにきたハンガリー人農夫たちが初めて海を見るシーンがある。海のない国から来た人たちが初めて見た海。男たちは嬉しそうに石ころだらけの海岸を波打ち際まで走ってゆく。波をよけきれずに足を濡らしてしまうもの、病気なのに海に入ろうとして止められるもの。特にどうということのない場面なのだが実に印象的だった。僕にとって海は子供のころから身近にあった。もし自分が大人になって初めて海を見たら、どう感じどう受け止めるのだろうか。

<追記>
 「上小橋梁百選」というホームページがある。馬坂橋の存在はこのホームページで知ったのだが、馬坂橋の説明文に沈下橋という言葉(あるいはそれにあたる地元の言い方)は使われていない。沈下橋という言葉が僕の頭に一瞬浮かんですぐ消えたのは、ここにそう書いてなかったからかも知れない。

 そのホームページに載っている馬坂橋の写真は架け替える前の写真である。洪水で何度も流失したと書いてあるので、昔から沈下橋として作られていたのだろう。それにしてもあの小さな川が橋を押し流すほど増水する光景は想像できない。写真を撮った時には橋の土台のコンクリートの部分すら水に浸かっていなかったのだから。

 もう一つ不思議なのは橋の高さと堤防の高さが同じこと。写真を見てもらえばわかるが、堤防上の道と橋は同じ高さで段差がない。ということは、橋が水面下に没するほど増水したら水は堤防自体も越えてしまうことになるだろう。いいのかそれで?どうして橋の高さを堤防より少し低くしないのか?

 ひとつ考えられるのは、以下の理由だ。橋に当たった水は橋を乗り越えるか左右に別れて流れる。そうすると橋の両端部分に水が押し寄せ、橋と堤防が接するあたりに大きな力が加わることになる。水の圧力が限界を超えると堤防が決壊するかもしれない。そうなると大変な被害が出る。それよりは堤防からあふれた分だけを堤防の外に流した方が被害は少ない。特定の個所に圧力が集中しなければ堤防はもつだろう。橋の高さと堤防の高さが同じなら、橋の両端に押し寄せた水はそのまま堤防を越えて外に流れる。橋が流されても橋だけを掛け替えればいいので堤防の修理はしなくて済む。そういうことか?

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