最近のトラックバック

お気に入りホームページ

お気に入りブログ 2

  • とんとん亭
    いい映画をたくさん観ているとんちゃんさんのブログ。映画の魅力を丁寧に語っています。
  • 新・豆酢館
    カテゴリーが実にユニーク。関心の広さと深さとユニークさが魅力です。
  • 虎猫の気まぐれシネマ日記
    猫が大好きなななさんのブログ。とても丁寧に、詳しく映画を紹介しています。
  • 犬儒学派的牧歌
    一見近寄りがたいタイトルですが、とても読みやすくまた内容の濃いレビューに出会えます。
  • TRUTH?ブログエリア
    GMNさんの充実したブログ。アメコミに強い方ですが、映画の記事もすごい。読ませます。
  • It's a Wonderful Life
    kazuponさんのブログ。観ている映画がかなり重なっているのでとても参考になります。
  • no movie no life
    洋画、邦画を問わず幅広くご覧になっています。しかも取り上げている映画は良質なものばかり!
  • 日っ歩~美味しいもの、映画、子育て...の日々
    おいしい物といい映画が大好きな方。味わいのある映画を選ぶ確かな目をお持ちです。
  • 再出発日記
    邦画を洋画と同じくらい観ておられます。社会的視点をしっかりとお持ちで、大いに勉強になります。
  • 藍空放浪記
    アジア映画を中心に幅広く映画をご覧になっています。レビューも長文で深い考察に満ちています。

お気に入りブログ

« 2007年4月29日 - 2007年5月5日 | トップページ | 2007年5月13日 - 2007年5月19日 »

2007年5月6日 - 2007年5月12日

2007年5月 9日 (水)

七尾の青柏祭を見てきました

  連休中の4日と5日に石川県の七尾と金沢に行ってきた。連休の間はどこへ行っても混5_3 むので、いつもは家で庭いじりをしたりちょっと近場へドライブしたりして過ごしていた。特に今年は映画のレビューが滞っているので連休中に一気に書きだめしておきたいという思いもあった。しかし知り合いに七尾の青柏祭を見に行こうと誘われたので、少し迷ったが思い切って行ってきた。

  長野県から石川県へ鉄道で行くのは非常に不便である。前は直通の特急があったが、何年も前になくなってしまった。電車だと6時間くらいかかるので、車で行くことにした。朝の6時半に上田を出発。ほとんど寝ていないので助手席でずっと寝ていた。もっとも高速はトンネルばかりなので特に眺めがいいわけでもない。途中氷見あたりで海岸に出る。非常に美しい海だった。驚いたことに波が全くない。考えてみれば湾になっているので当然なのだが、海と波は僕の中で分かちがたく結びついているので、プールのような海は不思議な感じがした。海岸沿いの道の駅で休憩。おにぎりとめった汁で軽く食事。めった汁は豚汁のような感じで、とてもおいしかった。帰ってからネットで調べてみたら、めった汁は豚汁の方言らしい。道理で似ているはずだ。汁の味が少し違う感じはしたが。10時半ごろ七尾の知り合いの家に着いた。

3_2   しばらくゆっくりして、お昼ごろ車で海岸へ。海べりの駐車場に車を止める。ものすごく暑 い日だった。上着を持っていったが、必要なかった。山王寺の境内で山車(「でか山」と呼ばれている)を見る。かなり大きい。でか山は3台ある。でか山の形は実にユニークだ。船のような形だが、両端が異常にせり上がっている。真横から見るとお猪口のような形。長方形の上に台形を載せたような形だ。扇を広げたような形なので上の方は下部の倍ほどの長さがある。高さも相当ある。ホームページで調べたら何と12メートルもある。車輪も2メートルあるので大人の背丈より高い。長さが13メートルで幅が4.5メートル。実に不安定な形だ。下部の長方形の部分が土台で、上の台形の部分が舞台のようになっている。歌舞伎や大河ドラマなどにちなんだ人形や背景がしつらえられている。例えば1台は「川中島の合戦の場」が舞台で、山本勘助や上杉謙信、武田信玄などの人形が立っている。

  舞台には子供たちが何人も上がっている。昔は男の子しか上がれなかったそうだが、今7 は女の子も上れるようになった。扇状に広がっている翼の部分に横棒がくくりつけてある。大胆な子供はそこに上っている。かなりの高さだし、その横棒しか掴まるところがないのでかなり怖いだろう。特に動いている時はスリル満点だろうな。

  僕は大きな祭のないところで育ったので、祭が近づくと血が騒ぐなどという感覚は全くない。神輿を担いだこともないし、法被すら着たことはない。だから山車を引く気もなく写真だけ撮ろうと思っていたが、知り合いの奥さんが綱を引けと強く勧めるので仕方なく引くことにした。

  いきなり動き出すのではなく、でか山の前部の台に5人の人が立っていて、その人たちがまず歌を歌う。それが終わってから山車を引くという手順。合図があって縄を持つ。みんなで一斉に3本の縄を引っ張る。でか山が動き出した。ここの祭は見物客が自由に縄を引ける。でか山のすぐ前は危険なので(あの2メートルの車輪の下敷きになったら命はない、戦車にひかれるようなものだ)そこだけは地元の慣れた人たちが固まっているが、真ん中から先の方は誰でも自由に縄を持てる。

16_1   最初は若干方向転換するのでかなり力がいったが、一旦まっすぐになると大して力は要らない。すいすい進む。前部の台に立っている5人の人たちが声をあげて(マイクが付いているようだ)盛り上げる。大して力は要らないが、何せ道が狭い。わざわざ広い道路ではなく、狭い路地を選んで走る。ちょっと進む角度がずれると両脇の民家や電柱と接触する。綱を引いていたので見えなかったが、道具を使って方向を調整しているようだ。一気に四つ辻まで引いてそこで一旦とめる。

  実はそこからが見せ場なのだ。四辻で方向転換をするのだが、山車はまっすぐにしか進めないし、道幅ぎりぎりなので普通には曲がれない。ではどうやって曲がるのか。とんでもなく面倒な方法を取るのである。僕は実際に見るまでは岸和田の「だんじり祭」のようなものを想像していた。だんじり祭は角に来ても止まらずに、かなりの勢いで角を曲がる。しかし青柏祭のでか山は曲がるのが大変。長々としち面倒くさい手順を経なければならないのだ。まず長い棒を山車の下に入れて、てこの原理で後ろの二つの車輪を持ち上げる。そして、何と後輪を持ち上げている間に5つ目の車輪を下におろすのである。といってもボンド・カーのようにボタン一つで入れ替えられるわけではない。この車輪は後輪の間に組み込んであって、これを手動で下ろすのである。5つ目の車輪は横向きに15 取り付けてある。二つの前輪と新たな車輪の3つの車輪で山車を支える形になる。3つ目の車輪は前輪と直角に交わる角度になっているので、前輪を軸にして3つ目の車輪を横に回して向きを変えるわけだ。丁度お尻を振る形になる。方向を変えた後は、また逆の手順で浮いていた後輪を元に戻す。方向転換が完了するまでかなりの時間がかかった。しかも山車が進むコースはわざわざクランク状になっているところを選んでいるので、角に来るたびにこれを繰り返すのである。なんとも気の長い祭だ。それでも山車がぐるっと回転した時には「おおっ」という歓声が上がった。

  二つ目の辻に来たところで綱を引くのをやめた。暑い日だったが、湿度が低いので心配Photo_70 したほど汗はかかなかった。その後は七尾の街を散策した。古い街並みが残っていてどことなく風情を感じる。ただ、祭がないときはだいぶ寂れた感じなのかもしれない。丁度各店先で「花嫁のれん」の展示会をやっていた。このあたりの古くからの風習で、花嫁に行くときにのれんを持ってゆくそうである。のれんといってもふすま2枚分の大きさがある。着物を買うような値段だそうだ。のれんというよりも着物の柄を楽しむ感じ。色々な店を覗いたが、様々な柄と色合いがあって興味深かった。一軒の店では家紋の話を聞かせてもらった。自分の家の家紋すら知らないが、結構面白い話だった。一旦家に戻り、夜はまた海岸へ出て花火大会を楽しんだ。

  翌日は車で金沢へ行った。途中千里浜という所で海岸へ出る。なんと波打ち際に「なぎさドライブウェイ」とかいう車道が作られている。車道といっても単に砂浜を踏み固めたもの3_1 だ。波がその「道路」のすぐそばまで打ち寄せていた。ここは湾の外側になるので波がある。ちょっと車を止めて写真を撮る。それにしても誰がこんなものを考えたのか。摩訶不思議な「道」だった。

  兼六園の近くに車を止める。金沢は昔出張で何度も来たことがあるが、ここしばらくご無沙汰だったので懐かしかった。兼六園の中を歩いて横切る。二の丸公園で催しをやっていた。色々なお菓子を集めた催しで、屋台がたくさん出ており、人も多かった。この日もものすごい暑さ。半そでの人が多い。日陰は涼しいが、日向に出ると汗ばむ。

4_4   昔の郭に行く。ここも3度目くらいになるか。疲れたので喫茶室に入って休憩。冷たいハーブ・ティーを頼んだ(名前は忘れた)。赤い色で、甘くておいしかった。

  帰りは糸魚川で高速を下りて、小谷村、白馬村、小川村、長野市を通って上田へ。こっちの方がずっと景色はいい。

2007年5月 6日 (日)

ゴブリンのこれがおすすめ 37

レディ・ソウルを楽しむ

ソウル、R&B女性ヴォーカルを堪能する名盤80選
アニタ・ベイカー「ラプチュア」  
アレサ・フランクリン「レディ・ソウル」
    〃      「あなただけを愛して」
    〃      「スパークル」
アン・ヴォーグ「EV3」
    〃   「ファンキー・ディーヴァズ」
アンジー・ストーン「マホガニー・ソウル」
アンジェラ・ジョンソン「ゴット・トゥー・レット・イット・ゴー」  
アンドレア・マーティン「ザ・ベスト・オブ・ミー」 Mado_renga_g_1
ヴァネッサ・ウィリアムズ「アルフィー」  
ウェンディ・モートン「ウェンディ・モートン」
エモーションズ「フラワーズ」  
オリータ・アダムズ「リズム・オブ・ライフ」  
カーリーン・アンダーソン「ブレスト・バードゥン」
キャリン・ホワイト「リチュアル・オブ・ラブ」
     〃    「キャリン・ホワイト」  
グラディス・ナイト&ピップス「ザ・ベスト」
        〃       「アンソロジー」
        〃       「さよならは悲しい言葉」
        〃       「イマジネーション」
        〃       「スタンディング・オベイション」
        〃       「オール・アワ・ラブ」  
ケリー・プライス「ミラー・ミラー」
ジョイス・ケネディ「ルッキン・フォー・トラブル」
ジョス・ストーン「ザ・ソウル・セッションズ」  
ショーラ・アーマ「マッチ・ラブ」
     〃   「スーパーソニック」
ジョーン・アーマトレイディング「ホワッツ・インサイド」  
ダイアナ・キング「シンク・ライク・ア・ガール」
ダイアナ・ロス&ザ・スプリームズ「アンソロジー」  
チャカ・カーン「ビ・バップを歌う女」
    〃   「アイ・フィール・フォー・ユー」
ディオンヌ・ファリス「野性」
ディー・ディー・ブリッジウォーター「ディー・ディー・ブリッジウォーター」  
ディナ・キャロル「オンリー・ヒューマン」
ティナ・ターナー「プリーズ・プリーズ・プリーズ」
     〃   「リバー・ディープ・マウンテン・ハイ」
     〃   「トゥー・ホット・トゥー・ホールド」
デニ・ハインズ「イマジネイション」
デニース・ウィリアムス「私のデニース」
       〃     「ソング・バード」  
デニス・ラサール「ベスト・オブ・デニス・ラサール・オン・マラコ」
     〃    「ア・レディ・イン・ザ・ストリート」  
デブラ・モーガン「ダンス・ウィズ・ミー」
    〃    「イッツ・ノット・オーヴァー」  
デボラ・コックス「センチメンタル」
トニ・ブラクストン「シークレッツ」  
トリーネ・レイン「そよかぜを胸に抱いて」
    〃   「ファインダーズ・キーパーズ」
トレイシー・チャップマン「トレイシー・チャップマン」  
ナタリー・コール「ザ・ソウル・オブ・ナタリー・コール1975-1980」
     〃   「エヴァーラスティング」
     〃   「ナタリー」
ニーナ・シモン「ニーナとピアノ」
パティ・ラべル「ウィナー・イン・ユー」
     〃  「ビー・ユアセルフ」
     〃  「ベスト・オブ・パティ・ラヴェル」  
パフ・ジョンソン「ミラクル」  
ホイットニー・ヒューストン「ザ・グレイテスト・ヒッツ」
        〃      「天使の贈りもの」
        〃      「そよ風の贈りもの」
        〃      「ホイットニーⅡ」
ポインター・シスターズ「ブラック・アンド・ホワイト」
ミリー・ジャクソン「アン・イミテーション・オブ・ラブ」
メアリー・メアリー「サンクフル」
メイヴィス・ステイプルズ「ザ・ヴォイス」  
メイシー・グレイ「ザ・トラブル・ウィズ・ビーイング・マイセルフ」
メリー・ウェルズ「グレイテスト・ヒッツ」
モナ・リサ「“11-20-79”」
ラヴァーン・ベイカー「ラヴァーン・ベイカー」
ラシェル・フェレル「ラシェル・フェレル・デビュー!」
ラベル「マ・メール・ロワ」
 〃 「ナイトバーズ」 
ルトリシア・マクニール「マイ・サイド・オブ・タウン」
ロバータ・フラック「やさしく歌って」
     〃    「ファースト・テイク」
     〃    「チャプター・トゥー」
ロリータ・ハラウェイ「クライ・トゥー・ミー」  
ローリン・ヒル「MTVアンプラグド」
サントラ「ドリームガールズ」

■こちらも要チェック
ココ・リー「ジャスト・ノー・アザー・ウェイ」
サラ・ジェーン・モリス「リーヴィング・ホーム」
フェイス・ヒル「フェイス」
ルトリシア・マクニール「ワッチャ・ビーン・ドゥイング」

  「ドリームガールズ」のレビューをやっと書き上げました。もうだいぶ映画の記憶は薄れかけているので、映画というよりも音楽に関する記述が多くなってしまった。それはともかく、勢いで自分のお気に入りソウル/R&BのCDリストを作ってしまいました。せっかくなので「ゴブリンのこれがおすすめ」シリーズに入れることにしたしだい。以前にもシリーズの10回目と11回目で「女性ヴォーカルを楽しむ」を特集していますので違和感はないでしょう。
  僕の一番のお気に入りソウル女性歌手は”レディ・ソウル”アレサ・フランクリンではなくグラディス・ナイト。彼女もモータウン出身だが、ブッダ時代にも傑作が多い。「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソンに感動した人は是非「夜汽車よ!ジョージアへ」(「イマジネーション」に収録)や「さよならは悲しい言葉」を聴いてほしい。
  リストにはアレサ・フランクリン、ナタリー・コール、ホイットニー・ヒューストン、ロバータ・フラックなどの誰でも知っているビッグ・シンガーからかなりディープな人・グループまで入っています。一方で、アシャンティ、アリシア・キーズ、エリカ・バドゥ、エリーシャ・ラヴァーン、シャーデー、ジャネット・ケイ、ブランディ、デスティニーズ・チャイルド、ビヨンセ、ミッシー・エリオットなどは入っていません。もう一つ僕の口に合わないからです。人に好みがあるのは当然ですので、あくまで参考として受け止めてください。

ドリームガールズ

アメリカ 2007年2月公開 Jewelgrape5
評価:★★★★☆
原題:Dreamgirls
監督・脚本:ビル・コンドン
撮影:トビアス・シュリッスラー
振付:ファティマ・ロビンソン
作詞:トム・アイン
音楽:ヘンリー・クリーガー
音楽スーパーバイザー:ランディ・スペンドラヴ、マット・サリヴァン
出演:ジェニファー・ハドソン 、ビヨンセ・ノウルズ、ジェイミー・フォックス
    エディ・マーフィー、アニカ・ノニ・ローズ 、 ダニー・グローバー
    キース・ロビンソン、シャロン・リール、ヒントン・バトル、ジョン・リスゴー
    ロバート・チッチーニ

  僕はジーン・ケリー、フレッド・アステア/ジンジャー・ロジャース、ビング・クロスビーなどが歌い踊る「正統派」のミュージカル映画はあまり好きではない。楽曲が古いし、ストーリーは貧弱なのでどうももう一つ乗れない。ただ、作曲家やミュージシャンの伝記ものはストーリーの骨格があるので結構好きである。古くは「未完成交響楽」、「愛情物語」、「ベニイ・グッドマン物語」、「グレン・ミラー物語」、「五つの銅貨」など。もう少し下って、「歌え!ロレッタ愛のために」、「ローズ」、「アマデウス」、「永遠のマリア・カラス」、「ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ」あたりになると傑作ぞろい。この伝統は最近の「Ray/レイ」、「五線譜のラブレター」、「ビヨンドtheシー」などへとつながっている。一方、「シカゴ」、「プロデューサーズ」など「正統派」のミュージカルにも優れた作品が現われてきた。楽曲、演出共にかつてのものに比べると格段によくなっている。一時廃れたと思われていたこれらのジャンルは最近また充実してきた。

  この二つの系統の延長線上に優れた映画がまた1本加わった。「ドリームガールズ」は「ザ・スプリームズ」をモデルにしているので伝記映画の系統に近いが、せりふの途中で突然歌い出すあたりはオーソドックスなミュージカル的でもある。しかし主要な登場人物がすべて黒人キャストというのは異色である。他に思い当たるのは少ない。東京にいた頃渋谷の「ユーロスペース」で観たキャブ・キャロウェイの記録映画「ミニー・ザ・ムーチャー」、渋谷ジョイシネマで観た同じく記録映画「ゴスペル」(ジェームズ・クリーブランドやシャーリー・シーザーなど出演)が思い浮かぶ程度。劇映画では「黒いオルフェ」くらいしか思い当たらない。しかし、いずれもソウル・ミュージックをたっぷり堪能できる劇映画からは程遠い。音楽のジャンルとして一番近い劇映画は、ダイアナ・ロスが偉大なジャズ歌手ビリー・ホリデイを演じた「ビリー・ホリデイ物語/奇妙な果実」やウーピー・ゴールドバーグ主演でゴスペル・ブームの火付け役になった「天使にラブ・ソングを」とその続編あたりになるだろうか。こう考えてみると、ブラック・ミュージックの、いやアメリカの音楽の主要なジャンルであるソウル/R&Bを前面に押し出した劇映画がこれまでほとんどなかったことが逆に分かる。ミュージカルや音楽映画のジャンルは一貫して白人と白人音楽中心だったのである。

  「ドリームガールズ」の一番の魅力は歌そのものにある。ブラック・ミュージックに慣れていない人にはうるさいし暑苦しくてかなわないだろうが、それこそがブラック・ミュージックの魅力である。そもそも白人とは声の質が違うのだ。総じて声が太い。ちょっと声を聴いただけで歌っているのが白人か黒人か分かるほどだ。だから朗々と歌い上げるかシャウトするタイプの歌手が多い。もちろん黒人歌手でもディオンヌ・ワーウィックやナンシー・ウィルソンなどソフトな声の持ち主もいる。ダイアナ・ロスもどちらかといえばこのタイプだろう。

  「ドリームガールズ」は60年代に一世を風靡したザ・スプリームズ(当時は「シュープリームス」と呼んでいた)をモデルにした映画である。当初まだ「ドリーメッツ」と言っていた頃のリード・ヴォーカルは野太い声でシャウトし歌い上げる一時代前のタイプのエフィー・ホワイト(ジェニファー・ハドソン)だった。しかし「ドリームガールズ」としてデビューした時リード・ヴォーカルはソフトな声のディーナ・ジョーンズ(ビヨンセ・ノウルズ)に代わっていた。その理由は二つある。一つはディーナのほうがスタイルもよく美人だったこと。もう一つはエフィーの野太い声と熱唱型の歌い方が白人のリスナーも視野に入れたポップ路線には合わなかったこと。この主役交代による確執が「ドリームガールズ」の中心ストーリーである。それと並行するように、やはり一時代前のスターであるジェームス・“サンダー”・アーリー(エディ・マーフィ)の人気の失墜が描かれる。エディー・マーフィのリトル・リチャード風もっこりリーゼントは50年代のスタイルだ。

  「ドリームガールズ」の歌曲の魅力を語る前にブラック・ミュージックの豊かさ多様さを強調しておかなければならない。ブラック・ミュージックはアメリカの音楽に計り知れないほど大きな影響を与えた。白人の音楽が黒人の音楽を取り入れなかったならば、今のアメリカの音楽はずっと貧弱なものになっていただろう。吉田ルイ子の『ハーレムの熱い日々』(昭和47年、講談社)に面白い記述がある。「いかにもハーレムの建物らしいのは、エレベーターの扉が開くたびにちがった音楽が聞こえてくることだ。三階ではゴスペル、五階ではブルース、十二階でジャズ、十六階でリズムアンドブルース、そして二十階ではキューバンリズムというように。」黒人の音楽と白人の音楽が出会い、融合したからこそアメリカは世界でもっとも多様な音楽を生み出したのである。 「ドリームガールズ」の中でも60年代の多様な音楽がふんだんに出てくる。

  冒頭の新人発掘オーディションで優勝したのはリトル何某という大柄な男。B・B・キングばりにブルースをうなっていた。当時の大物歌手ジェームズ・アーリー(エディ・マーフィ)はJBばりにR&Bをど派手にシャウトしていた。優勝こそ逃したものの(最初から優勝者は決まっていた雰囲気)、エフィー、ディーナ、ローレル(アニカ・ノニ・ローズ)の3人による女性コーラスグループ「ドリーメッツ」の歌った「ムーブ」もすごい。この「ドリーメッツ」が後に「ドリームガールズ」になるわけだが、リード・ヴォーカルのエフィの歌のうまさ、豊かな声量にいきなり惹きつけられてしまう。ジェニファー・ハドソンの力量は驚くべきである。へヴィなR&Bで観客の心をのっけから鷲づかみにしてしまう。

  「ドリーメッツ」に対する観客の圧倒的支持に目をつけたのがカーティス・テイラー・ジュニア(ジェイミー・フォックス)という男である。車のディーラーだが音楽業界に食い込みたいという野心を持っていた。モータウンの創設者ベリー・ゴーディ・ジュニアがモデルである。この男とにかく時代の流れを読むのがめっぽううまい。彼の野心は大胆なものだった。それまで黒人の音楽はほとんど黒人の中でしか聞かれなかったが、彼はさらに白人のリスナーまで取り込もうと考えていたのである。そのためには人目を引く素材が必要であり、泥臭い黒人音楽ではなく、ポップな白人向きの歌を黒人に歌わせようと言うわけだ。かくして「ドリームガールズ」の旗揚げとなるが、その際にリード・ヴォーカルが歌のうまいエフィから美人のディーナに替えられてしまう。そして「歌え!ロレッタ愛のために」でも描かれたような猛烈な売り込み。札束が飛ぶ。

  しかしこの映画の見所は、主役が美人のディーナではなくエッタ・ジェイムズのような体型のエフィーだという点にある。音楽業界の裏側を見せつつ、主役交代をめぐる人間ドラマに焦点が当てられる。のし上がってゆくものとその影で落ちぶれて行くもの。エフィーのモデルとされるフローレンス・バラードは主役交代後アルコールに溺れ若くして亡くなるが、エフィーは持ち前の歌の力で再起を図り、ラストでは4人目の「ドリームガール」として舞台で「ドリームガールズ」と共演する。ラストの泣かせの演出はいかにもハリウッド的だが、ドラマよりも歌に重きがあるのでそれほど大きな欠点ではない。

  とにかくオリジナルの楽曲がどれも素晴らしい。しかもドラマの要所要所でその場面にUtahime1_1 ぴったりと合った楽曲が用意されているので効果はさらに倍増。見事な演出だ。勢いに乗っているときの曲ももちろんいいのだが、大きな転機が訪れた時の曲がとりわけ素晴らしい。エフィーの目に余る「わがまま」(遅刻したのはカーティスの子を妊娠してため病院にいっていたからだが、彼女はその事を誰にも言わなかった)のためにカーティスに首を宣言された時に歌う”And I Am Telling You I’m Not Going”。この映画のハイライトとなる力強い曲だ。哀しみと悔しさを込めて切々とかつ朗々と歌い上げるスケールの大きい曲である。低音から高音までうねるようにいくつもの起伏があるこの長い曲をジェニファー・ハドソンは語るように、そして思いのたけを振り絞るように歌いきった。声だけではなく心まで天に駆け上ってゆくような名唱である。しかしこの曲だけが突出して素晴らしいわけではない。彼女の復帰第1作"I Am Changing"や作曲家C.C.ホワイト(キース・ロビンソン)がエフィーのために書いたバラード"One Night Only"も素晴らしい曲だ。

  ジェニファー・ハドソンに比べるとビヨンセはどうしても見劣りしてしまうが、エフィーに続いて彼女も強引なカーティスの下を離れようと決意した時に歌う”Listen”も、操り人形だったそれまでの自分を乗り越え、これからは自分の歌を歌いたいという気持ちがこもった熱唱だった。もう一人忘れてはいけない。エディ・マーフィ演じるジェームス・アーリーの最後の熱演。彼も気に染まないまま流行のやわな歌を最初は歌っていたが、途中で彼本来のブリブリR&Bを歌い出す。「下品」なブラック・ミュージックに白人の観客たちは引いてゆく。しかしジェームズは止まらない。ついには乗りすぎて興奮のあまりズボンを下してしまう。これが彼のミュージシャン生命と彼自身の命を絶ってしまうわけだが、俺が本当に歌いたいのはこれだという彼の熱いパフォーマンスには感動すら覚える。

  時代の変化についてゆけなかったジェームズの死。ところどころ差し挟まれるキング牧師の演説や暴動のシーン。この映画のもう一つの主題は時代の変化だった。残念なことに、当時の社会情勢を映す映像は点描的にしか差し挟まれていない。時代の動きに敏感なカーティスによってディーナが髪型をアフロ・ヘアーに変えた程度だ(ロバータ・フラックの3作目「クアイエット・ファイアー」のジャケット写真を意識しているのかもしれない)。しかしこの時代の変化は劇的だった。アメリカが空前の繁栄を享受していた黄金の50年代の後に続いたのは激動の60年代だった。公民権運動とベトナム反戦運動の高まり。それまで押さえつけられていた黒人や先住民たちの不満と怒りがブラック・パワーとそれに呼応したレッド・パワーと呼ばれる社会的運動として噴出した。この10年間にアメリカ現代史の重要な出来事が相次いで起こっている。

63年:ワシントン大行進とキング牧師の有名な演説、ケネディ大統領暗殺
64年:強力な公民権法の成立、都市部で人種暴動が吹き荒れた「長く暑い夏」
65年:ベトナムへの北爆開始とベトナム反戦運動の高まり、マルコムXの暗殺
66年:黒人の急進的な政治組織ブラック・パンサー党の結成
68年:キング牧師とロバート・ケネディの暗殺、レッド・パワーの高まり

 対立する政治の流れがぶつかり合い、暗殺事件が相次いだ。当然黒人大衆の意識も大きく変化した。黒人が白人に対して劣等感を感じる主要な要素は二つある。黒い肌とちりちりの髪。マルコムXの自伝には、彼が若い頃髪の毛をコテと薬剤を使って直毛にしようと涙ぐましい努力を重ねていたエピソードが記述されている。しかし60年代に入って彼らの意識が変わった。彼らは逆にこの二つの要素を誇示し始めた。「ブラック・イズ・ビューティフル」の標語を掲げて黒い肌を誇示し、こぞって髪型をアフロ・ヘアーに変えてちりちりの髪をむしろ目立たせた。カーティスが髪型をアフロ・ヘアーにしたディーナのポスターを作ったのはこの変化に乗っかったのである。

  「ドリームガールズ」の背景にはこのような社会の変動が隠れている。「ドリームガールズ」というタイトルが意味深長だ。「ドリーメッツ(小さな夢)」から「ドリームガールズ」へ。黒人大衆の意識の変化に乗って大きな夢をつかんだ3人の女性たち。そして「ドリーム」は言うまでもなく”I have a dream.”と何度も繰り返されたキング牧師の有名な演説(これは20世紀で最も優れた演説の一つである)と重なっている。「私には夢がある。私の四人の小さい子ども達が、肌の色ではなく内なる人格で評価される国に住める日がいつか来るという夢が。・・・将来いつか、幼い黒人の子ども達が幼い白人の子ども達と手に手を取って兄弟姉妹となり得る日が来る夢が。」残念ながら「ドリームガールズ」にはこれほど強い、そして痛切な思いは込められていない。彼女たちの夢はむしろ「成功の夢」だった。

  しかしその夢は彼女たちがチャンスをつかめる可能性があって初めて実現するものである。60~70年代の公民権運動はマイノリティたちが社会に進出するチャンスを大きく広げた。なにしろ70年代までは白人俳優と混じってスクリーンに立てる黒人俳優はシドニー・ポアチエくらいだったのである。今思うと隔世の感がある。カーティスはこの時代の変化を的確につかんでいたに違いない。カーティスが目指した路線はそれまでの黒人音楽が持っていた泥臭く、野太く、粘つくような音楽性をスマートで口当たりのいいものにする路線だった。その点で正直物足りないと感じるところもある。しかしそうすることで、それまでほぼ黒人たち内部に限られていたリスナーを飛躍的に増やした功績を過小評価すべきではないだろう。その勢いは、当時ビートルズを始めとするイギリス勢の攻勢にアメリカ側で唯一対抗できたのは「シュープリームス」だけだったと言われるほどである。

  4人で舞台に立つラストは甘いと感じるが、その前にディーナが独善的過ぎるカーティスの下を去る決意をするシーンは、彼女たちの新しい可能性を示唆していて素直に胸を打つ。いやあのラストですら、フローレンス・バラードが果たせなかった夢をスクリーンの上で実現させたと考えれば感慨深いものもある。

  最後にジェニファー・ハドソンについて一言。確かに彼女はビヨンセのような美人ではない。しかし彼女には茶目っ気があって、ちょっとしたそぶりが可愛く見える。実に魅力的な女性だと思う。歌手としてだけでなく女優としても、とてつもない可能性を持った大器だ。この後どんな作品に登場するのか、実に楽しみだ。

〔参考〕
  ブラック・ミュージックの源流の一つにミンストレル・ショーがある。白人が顔を黒塗りにして舞台に立つショーである。有名なトーキー第1作「ジャズ・シンガー」(1927)やそこで主演したアル・ジョルソンの伝記映画「ジョルスン物語」(1946)でミンストレル・ショーが描かれている。あるいは先日紹介した『黒人ばかりのアポロ劇場』にもその舞台裏が紹介されている。

  インターネット上では「Crisscross」という非常に優れたサイトに収録されている「明らかになるミンストレル・ショーの真実」を是非読んでいただきたい。最近の研究成果も取り入れた優れた考察である。「Crisscross」というサイトはだいぶ前から本館HP「緑の杜のゴブリン」のリンクに入れてあるが、このサイトに納められている論考(「記事」ではなくこう呼ぶのがふさわしい)はいずれもきわめて水準の高いものばかりである。恐らくプロの手になるものだろう。時間があるときにじっくり目を通してみることをおすすめする。

  モータウンからはザ・スプリームズ以外にも、コモドアーズ、スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ、テンプテーションズ、ジャクソン・ファイヴ、フォー・トップス、マーサ・リーヴス&ザ・ヴァンデラス、マーヴェレッツ、グラディス・ナイト&ピップス、スティーヴィー・ワンダー、メリー・ウェルズなどの素晴らしいグループやシンガーが生まれた。よりディープな世界を覗きたい場合はサザン・ソウルやブルースを中心にしたスタックス・レーベルをおすすめする。スタックス傘下のアーティストたちが結集した一大野外コンサートを収録した「ワッツタックス」は是非聴いてほしい。CDとDVDの両方が出ている。アイザック・ヘイズ、カーラ・トーマス、ステイプル・シンガーズ、アルバート・キングなどの熱い演奏が聴ける。

 「ゴブリンのこれがおすすめ 37」でソウル女性ヴォーカルの名盤80枚を挙げていますので、興味のある方はそちらもどうぞ。

« 2007年4月29日 - 2007年5月5日 | トップページ | 2007年5月13日 - 2007年5月19日 »

ゴブリンのHPと別館ブログ

フォト
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ