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2007年4月29日 - 2007年5月5日

2007年5月 3日 (木)

「麦の穂をゆらす風」を観ました

 アイルランドの歴史に関する本は学生の頃に何冊か読んだことがある。イギリス文学が0070 専門だったが、イギリスを知る上で世界中に植民地を持っていた帝国主義国家としての面を見落とすわけに行かないからだ。アメリカの歴史を知る上で奴隷制の問題、先住民や黒人などへの人種差別問題を欠かすことが出来ないのと同じである。

  アイルランドに対するイギリスの支配は過酷なものだった。恐らくその根底にはケルト系民族に対する差別意識があったに違いない。アメリカ映画だが、イングランドに対するスコットランド人の闘いを描いた「ブレイブ・ハート」の冒頭で、スコットランドの貴族たちがイングランド軍に虐殺されて天井から吊るされている場面が描かれる。全編を通じてスコットランド人を下等な生き物のように扱っているイングランド人の差別意識が描き出されている(原作ほどではないが)。「麦の穂をゆらす風」の冒頭にもホッケーの後「集会を開いた」と主人公たちがイギリス兵に難癖をつけられ、質問に英語で答えなかったミホールが殺される場面が出てくる。人を人とも思わない高圧的で傲慢な態度は「ブレイブ・ハート」と同じだ。恐らくインドや南アフリカなどで取っていた態度と同じだろう。帝国主義と人種差別意識は一体のものである。

  以前「『ウォレスとグルミット 危機一髪!』とファンタジーの伝統」という記事で次のように書いた。

  『ガリヴァー旅行記』と言えば巨人の国と小人の国の話が有名だが、宮崎駿の「天空の城ラピュタ」のラピュタと検索エンジン「ヤフー」のヤフーは『ガリヴァー旅行記』に出てくるものである。『ガリヴァー旅行記』は4話からなり、ガリヴァーは巨人の国、小人の国、ラピュタ、ヤフーの国を訪れるのである。ヤフーはほとんど猿にまで退化した人間で馬に支配されている。まるで「猿の惑星」の世界だ。ラピュタは空飛ぶ島だが、実はこれはイギリスを暗に示している。 アイルランドは長い間イギリスの植民地だった。ラピュタは空中から下界を支配し、ひとたび反乱があれば地上に落下して「暴徒たち」を押しつぶすのである。

  『ガリヴァー旅行記』は風刺と皮肉に満ち溢れた本だが、子供向きに書き直されたときにその政治性がすっぱり削り落とされたのである。『ガリヴァー旅行記』の著者ジョナサン・スイフトはダブリン生まれのアイルランド人である。思想的には保守派だが、こと対イギリス問題となると徹底してラディカルな態度を取った。地上の民を支配するラピュタは明らかにアイルランドとイギリスの関係の暗喩である。「麦の穂をゆらす風」はアイルランドとイギリスの歴史的関係を抜きにしては語れない。

  ケン・ローチ作品はオムニバスの「セプテンバー11」も含めて9本観たが、どれも優れた作品である。ディケンズのように階級社会イギリスを上からではなく下から描いた作家である。しかもディケンズよりはるかにラディカルな立場に立っている。その彼の傑作群の中でも「麦の穂をゆらす風」は今のところ頂点に位置する作品ではないか。この映画を観てそう思った。ケン・ローチはついに抑圧され奪い尽くされてきた植民地の立場からイギリスを見るところまで至った。甘さの入り込む余地のない非妥協的でリアリスト的な態度はほとんどの作品に一貫しているが、この作品には抑圧からの解放という熱くたぎる思いが前面に押し出されている。同時に、裏切った仲間を処刑せざるを得ない非情さに揺らぐ内的葛藤も描きこまれている。さらには、完全独立か不完全ではあっても実を取るかというアイルランド人内部における路線の対立もリアリストの冷徹な目で見つめている。

  2006年度公開作品で見逃している作品はまだまだあるが、少なくとも今のところ「麦の穂をゆらす風」が暫定1位である。「母たちの村」、「ココシリ」、「スタンドアップ」、「ホテル・ルワンダ」、「スティーヴィー」、「ノー・ディレクション・ホーム」、「スパングリッシュ」、「メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬」、「ククーシュカ ラップランドの妖精」までがベストテン。上位を戦う映画ばかりが占めているのはもちろん僕の好みである(下記のタイトルにレビューへのリンクを付けてあります)。

「麦の穂をゆらす風」 ★★★★★

2007年4月30日 (月)

「マッチポイント」を観ました

  いや~、久しぶりのウディ・アレン。ここ最近の作品はいまひとつだと聞いていたのでしBd05 ばらくご無沙汰していた。しかし「マッチポイント」はなかなか評判がいい。もちろん多少期待して観た。結果は期待をはるかに上回った。上出来です。ウディ・アレンにしては珍しい作風だ。BBC製作のイギリス映画というのも興味深い。最初は恋愛映画という趣で始まる。貧しいアイルランド出身の青年があれやれよと言う間に成功をつかみかかる。つかみかかった成功が指の先からすり抜けていくのではないかとハラハラさせられる。しかし首尾よく社長の娘と結婚して逆玉の輿に。

  ところが、よせばいいのに昔の愛人と浮気をはじめ、よくある話で浮気相手が妊娠してしまう。主人公の青年は自分の掴み取った成功を守るために浮気相手を始末しようとたくらむ。このあたりはほとんどセオドア・ドライサーの『アメリカの悲劇』に似た展開。映画の最初にテニスのシーンが映され(主人公は元テニスのコーチという設定)、ネットに当たって上に跳ね上がったボールがどちら側のコートに落ちるかで運命が大きく異なるとのナレーションが入る。これが最後まで不気味な通奏低音のようにドラマの底を流れている。どういう結末になるのか、最後まで観客はひきつけられてしまう。実にうまいストーリー展開になっている。危険な恋愛+犯罪サスペンスという展開にちょっとひねったフィルム・ノワールの味付け。いやいや老体ながらウディ・アレン健在です。男女のねじれて、こじれて、もつれた恋愛を描かせたら実にうまい。俳優時代も含め彼の映画はもう10本以上観たが、「マッチポイント」は70年代から90年代にかけての傑作群に引けを取らない出来だ。この偏屈親父や恐るべし。

  主演のジョナサン・リース・マイヤーズを観るのは「マイケル・コリンズ」、「ベルベット・ゴールドマイン」、「ベッカムに恋して」「アレキサンダー」に続いて6本目。けばけばしく派手派手な「ベルベット・ゴールドマイン」よりこちらの方がずっと記憶に残りそうだ。危うげな表情と佇まいに何とも惹きつけられた(「もうちょっと先のことを考えて行動せんかい!」と突っ込みも入れたくなるが)。スカーレット・ヨハンソンは「モンタナの風に抱かれて」、「ゴースト・ワールド」、「アメリカン・ラプソディ」、「真珠の耳飾の少女」、「ロスト・イン・トランスレーション」に続いてこちらも6本目。妖艶ではないが、あの分厚い唇をフルに活かしたセクシーな役。彼女の出演作はどれもいいが、これも彼女の代表作の一つになるだろう。傑作「Dearフランキー」の母親役が強い印象を残すエミリー・モーティマーは、ここではしきりに子供を欲しがる妻の役。キーラ・ナイトレイのちょっと上の世代、ケイト・ウィンスレット、サマンサ・モートン、タラ・フィッツジェラルド、エミリー・ワトソン、ヘレナ・ボナム・カーターあたりに近い世代。もっと活躍して欲しい女優だ。

  昨日念願の「麦の穂をゆらす風」を借りてきた。早く観たい。連休後半には旅行の予定も入っているのでなかなかレビューを書く時間が取れないが、もう開き直ってがんがん映画を観よう。

「マッチポイント」 ★★★★☆
 2005年 ウディ・アレン監督 イギリス

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