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2007年9月23日 (日)

「夢がない橋」を発見!?

 金曜日に中国出張から帰ってきました。と言っても着いたのは夜中の2時。シャワーを浴びてすぐ寝て、また朝から仕事。地獄の日程でした。月曜日に出発した時も夜中の2時半。自宅から空港までは行きも帰りも長距離タクシー。マイクロバスサイズですが、とにかく揺れるのでとても眠れたものではありませんでした。新幹線で行けばよかったと今更ながら思います。青島と北京を回ってきたのですが強行軍の旅。ずっと体調を壊しっぱなし。詳しい中国旅行記はまた後でブログに載せます。

  さて、今日の土曜日は久々にゆっくりできた。11時まで寝てましたよ。もっと寝ていたいくらいだったが暑くて目が覚めてしまった。まったく、9月の下旬だというのに30度を超えるとは一体どうなってるんだ。

  十分寝たので元気回復。昼食の後また探索に出かける。今日も特に目的地は定めないままに出発した。丸子方面に走りだしたので、依田川の探索に向かうことにした。152号線を進み、以前写真を撮った腰越橋と立石の中間点あたりに車を乗り入れる。武石沖の交差点の少し手前あたり。車を停めて、歩いて川に向かう。以外に距離があった。川の表情は武石川との合流点あたりとほぼ同じ。大きな岩が川底にごつごつと飛び出している。ただ上流から流されてきたというよりは、もともとあった岩盤が川に削られて残っているという感じだ。上流側に堰のようなものがある。川の水を一部別の水路に引き込んでいるようだ。依田川のこのあたり、つまり武石川との合流点の少し上流あたりから「大渕・中渕」の少し下流あたりまでが一番野性的で好きだ。

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<写真>
依田川(2枚)、五反田橋

 車を出し、さらに上流に行く。前にも来た立岩あたりを川沿いに走る。前回は歩いて渡った駒形橋を今度は車で渡って、さらに奥まで行ってみた。坂道を上ってゆくとやや大きな道に出たので最初は左折した。特に何もないので途中で引き返す。今度は先ほど上がってきた道を通り過ぎてそのまままっすぐ進んだ。道はすぐ下り始める。このまま行けばまた川に出ると思ったら、案の定依田川に架かる橋に出た。橋を越えて近くに停車。橋の写真を撮る。五反田大橋という名前だった。すぐ上流にも青い色の橋が見える。そこからまた川沿いに上流方向に進んでみた。川はすぐ見えなくなり、町中の生活道路を走る感じになる。しばらく町中を進むと142号線に合流し、その142号線はすぐまた長久保の信号で152号線に合流する。142号線と152号線はそのまま1本になり、大和橋の信号でまた142号線と152号線に分かれる。その時左右が逆になる。つまり142号線と152号線はX状に交わっているわけだ。その交差するところが点ではなく短い線になっているということである。初めてここを通った時152号線をまっすぐ走っていたはずがいつの間にか142号線になり、またしばらくして152号線になっているので戸惑ったものだ。142号線(中山道)は和田峠に向かい、152号線は大門峠(白樺湖方面)に向かう。

 152号線を進むことにした。この道は今年2月にブランシュたかやまスキー場と不動滝に行った時以来だ。このあたりはスキー場がひしめき、白樺湖、女神湖、霧ケ峰、八島ヶ原湿原、長門牧場、蓼科牧場、ビーナスラインなど観光名所がたくさんあるところだ。いずれも一通りは行ったことがある。今回は依田川探索の延長なので、名所よりもやはり川にこだわりたい。川は道の右側を流れている。走っている時はそれが依田川だと思っていた。川の方向に下りる道があったので右折してみる。すぐ橋に出た。橋の手前に車を停める。橋の名前は大門橋。川は依田川ではなく大門川だった。よく地図を観直してみると、大和橋で142号線と152号線に分かれた時、依田川は152号線に別れを告げ142号線について行ってしまったのだ。この浮気者め。ちょうど大和橋のところで依田川に大門川が合流しているので気がつかなかった。大門川は152号線に沿って流れている。大和橋は142号線と152号線、さらには依田川と大門川が1点で交わる結節点だったのである。知らなかった。川に興味を持たなければ、永遠に気付かなかったかもしれない。

 それはともかく、話を大門橋に戻そう。橋自体は普通の橋だが(ただし鹿曲川の望月橋のように車用と歩行者用の橋が二つ並んで架かっている)、川の上流側が階段状になっていていい表情をしていた。上流と下流に別の橋がそれぞれ見える。橋の両端の横にそれぞれ石碑が建っていた。こちら側に立っているのは災害の記念碑だが、有名な大臣だったか首相だったかの名前が麗々しく彫ってあったので無視。反対側にあるのは小野沢戎平という医者の顕彰碑である。こちらは地域医療に尽くした人らしいので一応写真を撮った。橋のすぐ下流側には常福寺があった。赤い帽子とよだれかけを付けたお地蔵さんが並んでいたのでこれも写真に撮る。

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<写真>
大門橋、大門橋から上流を臨む、お地蔵さんたち

 下流の橋が気になるので道を戻ってそちらに行ってみる。しかしどうも橋の方に行く道が見つからない。少し先に行ったところで川の方に入る道があったので曲がってみる。すぐ橋があった。しかし先ほど見えた橋とは違う。さっき見えたのは白っぽい橋だったが、こちらはこげ茶色だ。とにかく近くに車を停めて写真を撮ろうとした。橋の名前を写真に撮ろうとした時、のけぞるほど仰天した。「夢がない橋」!?なんだこれは?どうしてこんなお先真っ暗な、東京凡太(古っ!)が命名したような夢もチボーもない名前にしたのか?いやはや橋の名前にもいろいろあるが、こんな身も蓋もない名前は聞いたことがない。あきれ果てながらしっかりと橋の写真を撮る。欄干に花を模したかわいいレリーフが付けられている。う~、花が枯れているデザインでなくてよかった。平成12年3月完成となっているのでまだ新しい橋だ。それにしてもこのネーミングの感性なんとかならないか。でも、考えようによっては珍しい名前なので、「こんなの知ってた?」シリーズでも作ろうかと本気で考えた。

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<写真>
夢がない橋(3枚)

 写真を撮り終えてまた元の152号線に戻ろうかと思ったが、今の道の先に何があるか気になったので少し先まで行ってみることにした。まさに正解だった。しばらく上ると道は下りになる。その先にまた橋があった。写真を撮ろうと名前を観たら、何と今度は「夢の架け橋」。もうここまでくれば唖然とするばかり。長門町に未来はないな。先ほどの橋とペアなのだろうが(こちらは平成11年完成なので1年早い)、「夢の架け橋」ときてはそのセンスはもはや絶望的だ。この橋を先に見てから「夢がない橋」に行ったら飛び降りる奴が出るぞ!そんなことを考えながら、一方でまた別の考えも浮かんでいた。これについては最後に書くことにする。

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<写真>
夢の架け橋(3枚、真中は川の上流側)

 あまりのことに頭がくらくらしながら車の方に戻る。その時不思議なことに気づいた。川の名前が大門川になっているではないか!?今峠を越えてきたはず。峠の両側を同じ川が流れているはずはない。だとしたら「夢がない橋」が架かっていたのは何の川だ?車で戻る時に「夢がない橋」が架かっている川の名前を走りながら確認した。やはり大門川になっている。どういうこと?とっさに川が流れる方向を確認してやっと納得がいった。要するに、大門川はぐるっと山を回り込むようにして流れていたのだ。「夢がない橋」は上流側、「夢の架け橋」は下流側。そういうことだった。しかしまあ、今まで出会った中では群を抜く不思議空間だ。年末までまだ3カ月以上あるが、「ゴブリン選定 輝け!不思議空間大賞2007」を授与しちゃおうじゃないの。

 また152号線に戻って、大門峠方向に向かう。仏岩温泉の看板があったのでそこに行ってみることにする。地図には仏岩橋も載っているので、案外いい橋かもしれないという期待もあった。行ってみると仏岩橋はなんてことない橋だった。白いガードレールの付いた貧弱な橋だ。がっかり。その先の仏岩温泉も閉まっていた。仏岩も探してみたが、それらしい岩は見当たらない。ただ、温泉から向かいの山を見ていた時はっとひらめいた。山のあちこちで岩がむき出しになっている。そのうちのどれかの形が仏に見えるということかも知れない。帰宅後ネットで調べたら当たらずとも遠からずというところ。向かいの山のてっぺんあたり、そそり立つ岩場の上に宝篋印塔という石塔が立っているらしい。「応長元年(1311)」と銘が入っているというのだからとてつもなく古い。そんな昔に一体誰が、どうやって運びあげたのか?謎の石塔らしい。

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<写真>
仏岩橋、仏岩のある山、夢かない橋

 ここまでで引き返す。家に着いてすぐデジカメの写真をパソコンに取り入れた。どうしても確かめておきたいことがあったからだ。パソコンの画面に「夢がない橋」の名前の部分を映し出した。やっぱり。いや~、お騒がせしました。よくよく見たら、「夢がない橋」ではなく「夢かない橋」だった。上で書いた「別の考え」とはこのことだった。つまり「夢叶い橋」。そういうことね。最初から漢字で書いておけよ。と八つ当たりしながらも、自分の早とちりを反省。そうかそうか、それなら「夢の架け橋」とペアになるわねえ。知り合いに落ち込んでいる奴がいたらここに連れてきて励ましてやろうか。でも「夢かない橋」の方はやっぱり止めておくか。落ち込んでいると僕みたいに勘違いして、いきなり川に飛び込みかねないからね。

<追記>
 この文章を書いていて、思い出したエピソードがある。まだ東京に住んでいた頃。場所は新宿駅の東口。駅からアルタ前に出ると、左のガードに昔は大きな映画の看板がいくつも並んでいた。ある時その中の一つに「日銀を越えて」というのがあった。ちょうど円高という言葉が日本人の間に定着しつつある頃で、円高問題を扱ったシリアスな社会派ドラマかと思った。しかしそれにしては絵が合わない。なんだかアルプスのような山が映っている。近くまで行って真相判明。「日銀」ではなく「白銀を越えて」だった。アドベンチャー・ファミリー・シリーズの最新作だったのだろう。いやあ、あの頃から目が悪かったのね。

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